( ^ω^)ブーンと円のようです

2: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:12:57.44 ID:N9hhxP6w0


      ( ^ω^)ブーンと円のようです


          第四話「海の記憶」



3: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:16:22.25 ID:N9hhxP6w0
……目を覚ましたのは午前九時をまわってからの事だった。

喉は小ぶりのドリアンが突っ込まれているみたいに痛んだし、
頭には鼓動に合わせてバットで殴られているような鈍痛があった。

周囲はなぜだか暗い…おかしいな。

ここまで考えて、昨晩は内藤の家に泊めてもらったことを思い出した。


('A`)「うあ…口くせえ…」


ドクオは体に掛かっていた布団を払いのけると、
上半身を起こして肩をぐるぐると回した。
ちゃんとした二日酔いに見舞われたのは本当に久しぶりのことだった。



4: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:20:59.90 ID:N9hhxP6w0
ドクオがそれまで寝ていた部屋は、朝と言えどほとんど真っ暗だった。
内藤家の仏間の隣にある、今は客間として使われているその一角は
部屋の四方を襖と押し入れに囲まれ、隙間から入ってくる光以外には光源が無い。

起き上がったドクオが襖の一つに手をかけて一気に開くと、
部屋には玄関のくもりガラスを通した朝の柔らかい光が差し込み、
山の冷涼な空気が室内へと流れ込んできた。
同時にドクオの呼気で淀んだ部屋の空気が、足元をドライアイスの煙のように抜けていく。


('A`)「………」


キッチンのほうからは煮物のような香りが漂ってきている。
…これはロマネスクの言っていた『芋を炊いたやつ』の匂いか。



5: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:23:52.01 ID:N9hhxP6w0


('A`)「ブーンさえいれば、普通の朝なのにな」


そうひとりごちると、ドクオはキッチンへと向かった。
ロマネスクは今の時間なら、そろそろ食事を済ませて新聞でも読んでいる頃だろう。

ドクオは、廊下から食堂につながるドアが開けっ放しになっているのを見つけると
ひょいと顔だけ出して中の様子をうかがう。

子供の頃のドクオは、こうするのが好きだった。
誰かに気づかれるまで、その部屋にいる人達を観察出来る。
そして、気づかれた時の相手のびっくりしたような顔を見るのが、なんとも悦なのだ。



6: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:26:48.12 ID:N9hhxP6w0
しかしドクオが顔を食卓に向けたとき、ロマネスクとまっすぐ目が合った。



( ФωФ)Σ('A`;)



(;'A`)「うおっ!」


(;ФωФ)「うむ…」


一瞬の微妙な沈黙ののち、
ロマネスクは咳払いを一つしてからドクオに改めて顔を向けた。

( ФωФ)「ドクオくん、今朝はだいじょうぶか?相当飲んでいたが」


(;'A`)「ええ、まあ僕は大丈夫です…」



7: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:34:23.34 ID:N9hhxP6w0
大丈夫ではなかった。
驚いたせいなのか、落ち着いていた頭痛がぶり返してしまった。

驚かそうとしたらたまたまこっちを向いていたなんて…。
いや、足音で気づいていたのか…?
…どちらにしろ、今日は朝からついていない。

( ФωФ)「…ならいいんだが。
       朝飯は食っていくだろう?」


('A`)「おっ!ありがとうございます」

そう言ったドクオは食卓の上に目を向けた。
以前世話になっていた頃に使っていた自分の茶碗が、
温かい食事と一緒に、かつての自分の指定席に伏せてあった。
ドクオがこの家から離れてからもう十年近くなるというのに。

('A`)(おじさん…まだとっておいてくれてたのか)


ドクオは何も言わず、ただいただきますとだけ言って席についた。
ロマネスクはきっといまでも、自分が家族の一員だと思ってくれているのだろう。
そうならクドクドとお礼などしても詮無いことである。



9: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:38:04.36 ID:N9hhxP6w0
まず手始めに例の里芋を煮た物を口にほおりこんだ。
一日置いてしまったせいか、思ったよりパサパサしている。
      
( ФωФ)「しかし、あいつも遅いな…
       もう帰ってくる頃なんだが…」


('A`)「ブーンですか?でもまあ大丈夫なんでしょう?
    迷い家だか通過儀礼だとか、よくわからないけど」

口の中に入っていた芋を、温かいほうじ茶で流しこんでから慎重に口を開く。
ドクオは、朝から昨日のような困惑の中に引きずり込まれたくはなかった。


( ФωФ)「もしかするとあいつは選ばれたのかもしれん」


そういったロマネスクの顔に淡い表情の影のようなものがさす。
ドクオにはそれが笑みに思えたが正確なところは分かりかねた。


('A`)「…選ばれたからそこに行くんじゃないんでしたっけ?」


村人の中から、その場所に呼ばれたものだけがそこに引き寄せられる。
ドクオはそう、ロマネスクに聞かされていた。



10: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:41:22.89 ID:N9hhxP6w0
( ФωФ)「さらに絞られるんだ、数十人から最終的にひとりにまでな。
       他の奴らは試験みたいなものを受けさせられてから、
       その晩のうちに順次、適当なものを持たされて追い出されていく。
       最後の一人に残っても選ばれるとは限らないが……。
       しかし、現に翌朝まで帰ってこないということは…」


( ФωФ)「あいつは恐らくは“紡ぎ手”に選ばれたんだろう」


(;'A`)「ツムギテ…?」

ツムギテ、ドクオの脳内辞書にそんな単語はない。
だが、糸を紡ぐの『紡』に選手の『手』を漢字でアテるのかな?
というところまではなんとか想像がつく。
…そして頭をよぎったのは小学校のころ教科書に出てきた、糸を紡ぐ機械の事だった。


(;'A`)「なんですかそれは?森の中に糸繰車でも置いてあるんですか…?」


森にひとつぽつんと置いてある古ぼけた糸繰車。
それが風に吹かれて音もなく、くるくると回る…。

ドクオの脳裏にそんなイメージがふっ、と湧いてきた。



11: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:46:15.73 ID:N9hhxP6w0
( ФωФ)「…あそこには過去があるんだ。
       失われた過去がね…。
       その過去と過去を繋ぎ合わせる…。
       あそこではそんな仕事をさせられた」

(;'A`)「過去?…まさか過去に行くとか、
     そういう事ですか?…冗談でしょ?」

ドクオはロマネスクがそういうことを言うなんて信じられなかった。
いつものロマネスクは、幽霊特番や超常現象スペシャルが大っ嫌いなのだ。

( ФωФ)「そうじゃない、過去は記憶。
       人の記憶なんだ…」

そういうと、ロマネスクは背中をイスの背に預け、静かに目を閉じた。
そして再び目を開いた先には、内藤の七五三の時の写真が飾ってある。
両親や妹と一緒に写った内藤は、屈託なく笑っていた。

( ФωФ)「…私も紡ぎ手だった。
       二十一の時、あそこに行って半月ほど作業をして帰ってきた」

ロマネスクはドクオの表情が固まりきらないうちに、そう続けた。

(;'A`)「…」

なるほど、親子二代で難関試験にパスしたってわけだ。
だが、合格して半月労働させられるなんて割に合わないな…。
よっぽど何か良いものをもらわないと。

そう思ったドクオはふとあることに気がついた。



12: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:50:06.89 ID:N9hhxP6w0

( ФωФ)「簡単な仕事だった…ある意味できつい仕事ではあったがね…」

( ФωФ)「そしてだ、私はそこでその報酬として様々な贈り物を受けた」

なぜ今までこのことを気に掛けなかったのだろうか?
その場所に行った以上、「何か」を受け取って帰ってくることになるのだ。

そしてそれは、ただのみやげ物ではない。
きっと目の前の老人はマヨイガ伝承に登場する魔法の品々を…

(;'A`)「いったいおじさんは、なにを持ち帰って来たんですか…?」


( ФωФ)「…」

ロマネスクは、無言で仏間の方を指さした。

(;'A`)「おじさん………?」


( ФωФ)「そこだ、そこに全てしまってある」


('A`;)「そこにって………え?」


ドクオは座ったまま廊下の方を振り返った。
そこにはドクオがいままで眠っていた闇が、
いまも襖に囲まれて、そこにあるはずだった。



13: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/15(火) 23:58:13.90 ID:N9hhxP6w0
―――――――――――――――――――――――――――




( 'ω`)「お…」

ドクオが目を覚ましたのと時を同じくして、
内藤はベッドに仰向けに寝ている自分に気がついた。
その顔には、幾筋もの涙の流れたあとが残っている。
目を開けて見覚えの無い天井を見あげるうちに、昨日の記憶が徐々に蘇っていく。

妻と娘の最期の日…その当の本人登場の再現ドラマ。

老人、青白い皮膚。

野次馬たちのさんざめくような話し声。

まだ熱さを残すアスファルトの上で泣き崩れる自分。

そこまで思い出したが、どこで意識が途切れたか思い出せない。
まるでひどい深酒をしたあとのようだ。

(;^ω^)「くそっ…」

内藤は軽く二の腕の辺りをさすってから、体の方へ意識を向けた。
長い時間に渡って強く噛み締めていたのか、なんだか歯がぐらぐらした。
さらに、ずっと同じ姿勢で寝ていたようで体中の筋が石のように固くなっている。

…そして、いつここに運ばれたのだろうか?ずいぶん長い間寝ていた気がするのだが。



14: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:05:11.26 ID:6RsK89Q60
そういえば、と思った内藤は顔に慌てて手をやった。
どこにも異常はない…両目ともちゃんと揃っているし、
大きめの耳と、気にしている低い鼻は所定の位置についている。

しかし…昨日は左目にとんでもない事をされた気がしたのだが…。


(;^ω^)(あれも幻覚だったのかお…?)


内藤は慎重にからだを起こすと、ベッドに座ったまま周囲を見渡す。
見たことも無い部屋だった。
おそらく、廊下に並んでいた たくさんの部屋の一つなのだろう。


部屋の中には、備え付けのクローゼットとスプリングベッド、それにテレビが一台。
イスが二脚にライティングデスクが一つ…。

いつの間に運んだのか、ベッドサイドにあったイスには内藤の荷物が乗っけてある。
汚れた窓からは背の高い雑草が、尖った先端で天を突いているのが見えた。


( ^ω^)(なんか、ビジネスホテルみたいな造りだおね…)


ただ、ホテルとは違って部屋のものに統一感がなかった。
枕は数年前のアニメキャラがプリントされている子供用の小さなものだったが、
布団は品の良い感じのするダウン百パーセントの新品だった。
テレビはごく普通のアナログテレビで、あちこちにポケモンシールが貼ってある。
(電源を入れると、普通にメーテレの報道番組をやっていた)



15 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2009/12/16(水) 00:10:53.41 ID:6RsK89Q60
(;^ω^)「何だおここは…」

適当にゴミ捨て場からかき集めてきたような無秩序。
何故か急に内藤の胸に昨日の激しい感情の残滓が浮かび上がってきた。

でも、それが具体的にどういったものか内藤には分からなかった。
感傷…悲しみ…怒り…憎しみ…それに準ずるものなのは確かなのだが、
今朝の内藤の中には、実を言えばはっきりとした感情は一つも無い。

道端のイタチの死体のような匂いを漂わせている
ヌルヌルした小さな塊が胸に一つ、ぽつんと取り残されていただけだった。

内藤には、それがとても不思議に感じられた。
きのう、あれほど荒れ狂っていた自分がなぜこんなに冷静でいられるのか…。
しかし、いくら考えても答えは出なかった。

(;^ω^)(こんなこと気にしても仕方が無いかお…
      そんなことよりもここから何とかして出る方法は…)

そんなことを考えていると、ちょうど誰かががドアを開けて入ってきた。
慌てて顔をそちらに向けると、昨日の紺のツナギ姿の女だった。

女は緩やかに右手をあげ、立ち上がろうとした内藤を制した。
その顔には無表情とも、不機嫌とも言えそうな…
よくわからない雰囲気が張り付いている。

lw´‐ _‐ノv「そのままで結構だ。
       …おはよう日本」

(;^ω^)「お、おはようだお…」



16: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:13:32.23 ID:6RsK89Q60
ついつい、内藤は普通に挨拶を返してしまった。
そして相手は自分を監禁している一味だと言う事を思い出し、ガックリとうなだれた。
昨日からペースを相手側に完全に奪われている。

そんな様子の内藤に関知すること無く、
女は独り言のような調子で話しかけてきた。

lw´‐ _‐ノv「よく眠れたかしら?…その様子じゃそうは見えないね」

( ^ω^)「いや…最高の寝起きだお。
       昨日はジジイに目を指で突き刺されるし、
       トラウマを見せつけられて精神崩壊ギリギリの所まで行ったからね」    

内藤の精一杯の皮肉だったが、
女は眉ひとつ動かさずにふっと鼻を鳴らしただけだった。
罪の無い冗談さえ、この場所はその意味を霧散させてしまうのだ。
内藤はそう思い込んでおいた。

lw´‐ _‐ノv「荒巻は手荒なのが好みなの。
       でも、今後はああいうのは無いから安心してちょうだい」


荒巻?昨日の老人のことだろうか。
…あれは手荒ってもんじゃないぞ。
内藤はそう思ったが口を閉じていた。
今度はどこに何を突き刺されるか分かったもんじゃない。



18: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:18:16.94 ID:6RsK89Q60
( ^ω^)「ところで何しに来たんだお?」

lw´‐ _‐ノv「そうだったね…食事の支度ができたのでよびにきたんだ。
       いっしょに 食 べ な い か?」

(*^ω^)「おっ!それはい…」

( ^ω^)「…」

(; ω )(ゔっ!)

内藤は…また騙されてほいほいついていくところだった。

(;^ω^)(ここで同調したら相手の思うつぼだお。
      また、変なものを見せられかねん…しかしなぁ、腹へったしな〜…)

lw´‐ _‐ノv「…」

女は黙ったままの内藤の様子を黙ってみていたが、
そのまま出ていってしまった。
女の姿がドアの向こうへと完全に消えてしまうと、
内藤はさっきより深くため息を付き、そのまま後ろに倒れ込んだ。

(;^ω^)(これでいいんだお、これで…僕は屈しないお)

とは心ではそう思ったものの、現実の空腹にはやはり勝てない。
内藤は起き上がってイスに乗せてあった荷物の中を漁ったが、めぼしい物は何もなかった。
工具箱に入っていたグリースはエネルギーになりそうだったが、
経営十年目のガソリンスタンドの、店主の耳の後ろのを拭いたタオルのような臭いがした。
残念ながら、内藤に舐める気は毛ほども起きない。



19: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:22:57.38 ID:6RsK89Q60
( ^ω^)「…はあ」

内藤は、今しがた思いついたくだらない比喩のせいで、
娘に読んでやった絵本で見た子供の遊び歌を思い出していた。


麹を食べたネズミを殺した猫をいじめた犬を突き上げた角の捻くれた牛を…。


その次は何が出てきたっけ…ガソリンスタンドでもタオルでもなかったと思ったが。


そんなとりとめも無いことを考えながらグリースを箱に戻した。
そしてより深く、再び、大きく、溜息をつく。

( 'ω`)「…はぁぁぁぁ」



20: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:28:41.86 ID:6RsK89Q60
lw´‐ _‐ノv「…なにか悩み事かね?」


女は、内藤の耳に吐息がかかるくらいに顔を近づけてそっとささやいた。
耳の後ろに生えている産毛から順に内藤の毛が逆立っていく。

(;^ω^)「うわっ!い、いつからいたんだお!!」


lw´‐ _‐ノv「そうねぇ、工具箱から出したチューブの匂いを嗅いでた辺りかな?
       ………なにしてたの、あれ」

いつのまにか女が盆の上に食事を乗せて戻ってきていた。
焼きおにぎりとお新香、それにアジの干物が一枚。
香ばしい醤油の香りが部屋の中を満たす。

その臭いを嗅いだ内藤は、
胃袋で言う幽門の辺りがぎゅっと締め付けられるようなかんじがした。

(;^ω^)「いや…食えるかな〜、なんて思ったりして」


lw´‐ _‐ノv「…食える訳ないだろ常考。
       人間なら米を食え、米を」

女は机の上に盆を置くと、
イスの一つに腰掛けて部屋の中を見回した。
その顔は春の曇り空のような表情から、ピクリとも変化しない。



22: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:36:31.55 ID:6RsK89Q60
( ^ω^)「わざわざすまなかったお…」

lw´‐ _‐ノv「いいよ、どうせ暇だしね。
       …で食べないの?」

( ^ω^)「…いただくお」

内藤は結局、出された食事を綺麗に平らげてしまった。
食後、ぼんやりと満腹感に浸っていた内藤だったが、女の声で現実に引き戻された。

lw´‐ _‐ノv「ところであなたはここで働くことを了承するの?」

( ^ω^)「…どうせ拒否したらまた同じことをするんだろう?
       まったく、喪黒福造ばりのおしおきだおね」

いや、それ以上だ。
と、内藤は思った…喪黒の場合は一瞬いい思いができる。
でも僕の場合は悪いことは何もしていないし、唐突に ダァァァ! だ。
まったく、冗談じゃない。

lw´‐ _‐ノv「そのことなら…言っとくけどあれはお仕置きじゃないよ。
       今日からあんたがやる仕事のリハーサルみたいなもんだよ。
       …記憶の中に潜航して、その記憶を身につける。
       そして、身につけた記憶同士を結びつけて“ハーモニー”を奏でる」

女はヒューっと抑揚の無い低い口笛を吹く。
風で電線が鳴るときのような音…。
内藤には、どことなく女の口調が昨日の老人のものと似ている気がした。

そのせいなのか、内藤の脳裏に再び昨日の出来事がフラッシュバックする。



23: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:39:00.45 ID:6RsK89Q60
(;^ω^)「昨日のあれは…?あれは…いったいなんなんだお…?
       幻とは思えないお、あれは僕の見た光景そのものだった…」

揺れる炎、オレンジ色に浮かび上がるツンとデレの笑顔。
……落ちていく黒い影。
内藤は目を閉じてその光景を反芻した。

そこに、女の声がどこか違う惑星から聞こえてくる。
その途端に昨日体験してきたことが、急にその色彩と立体感を失っていく。
あたかも一夜の夢であったかのように。

lw´‐ _‐ノv「あれは、あなたの記憶そのもの。
       正確にはあなたの意識を記憶の中に落として、
       過去を追体験させた結果なんだけどね」


( ^ω^)「…」

まったく突拍子も無い話だ。
正直、どう答えていいか内藤はわからなかった。

分からないといえば…内藤は自分の中から、
なにか決定的なものが抜け落ちているような気がした。



24: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:44:15.29 ID:6RsK89Q60
(;^ω^)(なんか…忘れてるって言うか…)

内藤はどうしても引っかかった。
眉を顰めて何かを思い出そうとする内藤を見て、女が諭すような口調で言う。

lw´‐ _‐ノv「あなたにとってもこれは悪い話じゃないよ?
       きちんと報酬は支払われるし、そのほかいろいろな特典もつく。
       いや、付加給与と言った方がいいかな…」

( ^ω^)「付加給与…?」

内藤は耳慣れない単語に首を捻った。
たしか、保険の関係で聞いたことがあるような気がしたが…。
この女が使っているような意味ではなかった気がする。

lw´‐ _‐ノv「まあいいや、習うより慣れろだ。
       さっそく仕事だ、内藤ホライゾン」

面倒になったのか女は立ち上がり、内藤の腕を掴もうとして手を伸ばしてきたが
内藤はそれを間一髪のところで避けた。
昨晩のように、引き摺られてどこかに連れて行かれるのはごめんだった。

(;^ω^)「自分で歩くから大丈夫だお!」

lw´‐ _‐ノv「ふむ……まぁ良かろう
       では二階が仕事場になる。
       こっちだ、ついてこい」

女は残念そうにそういうと足早に部屋を出た。
内藤も一拍遅れて、その後を追う。



25: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:48:24.02 ID:6RsK89Q60
(;^ω^)(まったく、訳の解らんやつだお…)

そう思いつつも、内藤は気が楽だった。
少なくとも素肌にバスローブのジジイと一緒に、
薄汚れた納屋に押し込められるよりは全然いい。

( ^ω^)「もうどうとでもなれだお…」

内藤は女の背中に向かってボソっとつぶやいた。

女はちょっと目を離した隙に かなり先を歩いていた。
時々振り返っては止まり…一定の距離をあけて、ついてくる内藤を誘導する。

ホールまで来ると女は、
「ちょっとまって」と言ってホールの奥にあるドアの向こうへ消えた。



27: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:53:05.71 ID:6RsK89Q60
…そういえばどこに階段なんかあるんだろう?
内藤は周囲を見回したが、それらしいものは見当たらない。


( ^ω^)「お…あれか?」


数分後、ようやく内藤は天井にそれらしきものを見つけた。
木製の、取っ手のついた蓋のようなものがホールの天井のど真ん中についている。


(;^ω^)(しかし…あんなところにどうやって登るんだお…
       天井まで軽く四メートルはあるけど…まさかハシゴ?)


内藤はゾッとした。
高いところは、あまり好きではない。

そうこうしているうちに女が戻ってきた。
手には一本30センチほどの太い棒切れをたくさん抱えている。


lw´;‐ _‐ノv「ふぅ、じゃあ組み立てるよ!」


そういうやいなや、女は持っていた棒切れをすべて床にばら撒いた。

内藤はホッとした。
何が何だか良く分からないが、とりあえずハシゴではなさそうだ。



28: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 00:57:40.64 ID:6RsK89Q60
( ^ω^)「…」

内藤がその棒を一本手にとってみると、
片端はネジ、もう片端にはネジ穴が開いている。
どうやら、これを一本の長い棒にする気らしい。
女は先端がネジではなくフック状になったものを、ツナギの右前のポケットに指している。

(;^ω^)(なるほど、フックを取っ手に引っ掛けてあの蓋を開けるんだおね。)

なんてまどろっこしいんだ。
まさか、いちいちこんなことをして出入りするのか…?
内藤はただ棒をひねっているだけの組立の様子をみていると、
だんだん見ているこちら側まで疲れてくるような気がした。

(;^ω^)「て、手伝うお!」

lw´‐ _‐ノv「ん、ありがと」

たまらず女に助け舟を出した。
こういうのを黙って見守っている事ほど、ストレスの貯まることはない



29: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:01:09.09 ID:6RsK89Q60
( ^ω^)キュッ…キュッ…

lw´‐ _‐ノvキュッキュキュキュキュ

(;^ω^)キュ…キュッ

lw´‐ _‐ノvキュククキュククキュキュキュキュキュ

(;^ω^)キュッ…キュッ(なんかしゃべれお…)


結局、何も話すことなく棒が完成すると、
女はそれを旗竿のように立ててフックを件の蓋に引っ掛けた。

lw´;‐ _‐ノv「あれ…。
        んしょ…む…おかしいな」

だが、うまく蓋が横にスライドしないようだ。
それまで飄々としていた女だったが、
ここへきてはじめてその表情が崩れた。
押しても、引いても、天井の蓋はびくともしない。



30: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:07:02.70 ID:6RsK89Q60

lw´#‐ _‐ノv「ぐぐぐぐぐ…」

女は顔を真っ赤にし、全身を棒にあずけるような姿勢で蓋と格闘しはじめた。
しかし、それでも蓋は頑固にも開こうとはしない。

女はとうとう棒を蹴ったり、殴ったりし始めた。
一発ごとに女の顔は、鬼のような…羅刹のような…
いや、もっと恐ろしいものを連想させる顔になっていく。


  ィ'ト―-イ、
lw´#‐ 皿‐ノv「んぎぎぎぎぎ!
         ほあちゃ!はあああああっ!!」

 ィ'ト―-イ、                    
lw´#゚益゚ノv「ぬおああああああ!!!!!1!」


(;^ω^)(…うわ、すごい顔だお…これじゃまるでぶちぎれた…いやそれより)

女の顔色が、赤から蒼白に変わっていく。
まずいんじゃないか、これは。

(;^ω^)「ちょっとだいじょぶかお!僕に代わるお!!」

lw´#‐ _‐ノv「たのむ…わたし…もうだめ」

lw´  _ ノv「キュウ」



31 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2009/12/16(水) 01:12:35.67 ID:6RsK89Q60

女は棒から手を離すとその場にへたりこんだ。
…案外線が細い娘のようだ。
一瞬、どすぐろいオーラがその背中に立ち昇った気がしたが、
………きっと気のせいである。

棒を受け取った内藤は、その重量になるほどと思った。
棒の素材自体が、かなり重い木材でできている。
女の細腕にこの重量はちょっときついだろう。
それで問題の蓋の方はといえば…


( ^ω^)「おい…ちょっと」

lw´;‐ _‐ノv「ハアハア…なに?」

( ^ω^)「この蓋は…スライド式じゃなくて、跳ね上げ式だお」

lw´‐ _‐ノv「…え?」

( ^ω^)「…」

内藤が蓋を完全に押し上げると、その手にパチッと何かがはまったような感触があった。
そして静かに棒を引き戻すと、蓋は開いたまま固定されていた。
数秒後、ポッカリと空いた穴から金属製のハシゴがゆっくりと降りてくる。



32: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:15:26.53 ID:6RsK89Q60
lw´‐ _‐ノv「…」

( ^ω^)「…」

lw´*‐ _‐ノv「てへっ」

( ^ω^)「…」

lw´‐ _‐ノv「…」

( ^ω^)「…」

lw´‐ _‐ノvコホン

lw´‐ _‐ノv「…先に登るよ」

( ^ω^)「うん」

女はそういうとさっさとハシゴを登っていった。
心なしかその顔は赤いような気がする。

( ^ω^)「はぁ…」

何度目か分からないため息を口からもらすと、
内藤は仕方なく、女のあとを追った。

――――――――――――――――――
―――――――――
―――――
…。



33: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:19:57.09 ID:6RsK89Q60
ハシゴを登った先は、暗く細長い廊下のような部屋だった。
ハシゴを登りきった直後、暗がりに慣れない目のせいで、
目の前にあったハシゴを格納しているボックスに頭をぶつけそうになった。
どうやら機械でハシゴを下ろしているらしく、
内藤の鼻にツンとする古い機械油のにおいがした。

そして、突き当たりにはスチール製の素っ気ないドアが一枚。
その下からは、蛍光灯の白い明かりが漏れている。

lw´‐ _‐ノv「この先が記憶の保管庫。
       忘れられた記憶をしまってあるところ…」

重々しい口調ではあったが、さっきの一件で何もかもが台無しだった。
少なくとも、もう内藤は動揺しない。


( ^ω^)「…昨日、あのおじいさんからいろいろ聞いたんだけど
      なんで人の“記憶”が輪っかになったり、
      それを他人の僕が読み取ったりできるんだお?
      おまけに今日は保管庫と来たもんだ…。
      もう何が何だか……」


lw´‐ _‐ノv「…柳田國男は読んだことある?」


( ^ω^)「いや、無いお…民俗学のセンセーだったっけ?」



34: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:23:30.05 ID:6RsK89Q60
lw´‐ _‐ノv「まあそうね、彼によると死んだ人の魂は
       山野に帰ってから何十年と言う年月を経て、
       だれもがその人の事を忘れた後に
       山の中にある祖霊の固まりと合体して消滅するの」

lw´‐ _‐ノv「まあ実際そうなんだけど、
       そのとき、その魂のパーソナルデータは…
       すなわち記憶はどこにいくと思う?」

(;^ω^)「…ここだって言うつもりかお…?」

この山小屋にそんな機能があるとは、内藤にはもちろん信じられない。

(#^ω^)「昨日のジジイの電波会話の続きなら、御免こうむるお。
       だいたいきみは…」

くってかかろうとすると、
女は内藤の目をじっと見据えて、ゆっくりと一音一音を区切るように言った。

lw´‐ _‐ノv「信じろ、とは無理に言わないけど…。
       じゃあまず、一回体験してみることね。
       ろくに考えずに否定するのは簡単なことじゃない?」

(;^ω^)「体験…?」

そういえばさっき女は、昨日の「あれ」はリハーサルだと言っていた。
まさか、内藤は思わず後ずさった。
またやるのか、あれを。



35: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:28:16.45 ID:6RsK89Q60
lw´;‐ _‐ノv「そんなに怖がるなよ…。
        あなたのああいう記憶はもう見る機会ないから」

(;^ω^)「そ、そうかお…?」


本当は他人の過去だって見るのは嫌だったが、
やらなきゃ出さないと言われたら…やっぱりどうしてもやらざるを得ない。

二人はドアの方へと近づいた。
やはり、見れば見るほど無愛想なドアだ。
独房のドアだと言われても納得できる。

lw´‐ _‐ノv「さ、無駄話はここまでにしてさっさと終わらせましょう」

(;^ω^)「わかったけど…本当に大丈夫なのかお…?」

lw´‐ _‐ノv「大丈夫、大丈夫、じゃあいってらっしゃい」

(;^ω^)「…君は来ないのかお?」

lw´‐ _‐ノv「ここから先は紡ぎ手のみが行くことを許されている…。
       私は絶対にダメ」

(;^ω^)「そうかお…まあ一人で行くのは構わないんだけど
       中で僕は何してりゃあいいんだお?」

lw´‐ _‐ノv「それなんだけど、その中は大きな倉庫みたいになってる。
       記憶はわかりやすい感じにしまわれてるから、適当なのを選んで。
       あとはそれに触って念じるだけで“再生”される」



36: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:31:33.11 ID:6RsK89Q60
再生…きっと昨日の“記憶の追体験”の事を言っているんだろう。
いったい今度はどんなものを見せられるのだろうか。
いきなり、目の前にチンチンぶらぶらとか、鮮血したたる首一つとか…。
…内藤は身震いした。

lw´‐ _‐ノv「再生が始まったら、登場人物に話しかけるも良し。
       干渉せずにじっと隠れているも良し。
       ちなみに相手からこちらは見えてるよ」

(;^ω^)「…登場人物?」

lw´‐ _‐ノv「だから、その記憶に出てくる登場人物さね。
       つまり主人公とそれを囲む人々さ」

(;^ω^)「は?主人公とか登場人物とか…何をいってるんだお?」

lw´‐ _‐ノv「記憶ってさ、一種のドラマなんだよ。
       自分がいて友達がいて…そういう日常の物語。
       そこでは自分が主人公で、周りの人は登場人物なの」

lw´‐ _‐ノv「これからあなたには、そこに潜り込んで
       新しい登場人物としてドラマに出てもらうというわけね」

(;^ω^)「つまり、昨日僕がやられたことを他人にやるって訳かお」

lw´‐ _‐ノv「大体そう、ただ紡ぎ手として
       もう少しやらなきゃいけないことがあるの」

( ^ω^)「…なにをすればいいんだお」



37: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:35:20.33 ID:6RsK89Q60
lw´‐ _‐ノv「巡り合わせるんだよ、中にしまってある記憶同士を。
       例えば、別れ別れになった兄弟を引き合わせるとか…。
       まぁどういう意味かは、中に入ったらわかると思う」


…肝心な部分は何も教えてくれないんだな。
そう思った内藤が口をはさむ間もなく、女は続けた。


lw´‐ _‐ノv「でもこういう場合にしても、そうでない場合にしろ、
       あなたが正しいと思ったことをすればいいんじゃないの?
       それで問題はたいてい解決するじゃない、こういうのって」

( ^ω^)「それはそうだけどそれでいいのかお?
       僕がもし、失敗したらどうするんだお」

lw´‐ _‐ノv「あ〜、まぁミスったってダイジョブよ
       なかにいる奴らは…どうせみんなもう死んでるんだから」

(;^ω^)「そんな無茶苦茶な…」

lw´‐ _‐ノv「ムチャクチャで結構よ。
       さっさと済ませましょう?」

(;^ω^)「そうせかすなお…」

さっきから、女は内藤を目の前の部屋に押し込みたくてしょうがないようだ。



38: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:40:11.14 ID:6RsK89Q60
lw´‐ _‐ノv「ああ、そうそう。
       記憶の中で何が起ころうとあなたは今を生きてる人間よ。
       あなたの心以外には、あっちは干渉できないから安心して」

(;^ω^)「帰ってきたら廃人…みたいなことにならないかお?」

lw´;‐ _‐ノv「…そういう意味じゃない。
        彼らのドラマを見て心を動かされるとか…そういうことよ。
        …なにかあなた勘違いしてるみたいだけど、
        ここに命を脅かす危険なものなんて何も無いからね」

( ^ω^)「まあ…わかったお。
       ゆっくり行ってくるお」



これ以上会話を続けていても仕方なさそうだと思った内藤は、
にっこり笑って女のお望みのとおりに、さっさと部屋に入ってしまうことにした。

女の言うように部屋の中が安全で安心であると言う保証はなかったが、
いつまでも廊下で揉めていても仕方なかった。

内藤は、ドアを開けてそのなかへと足を踏み入れた。



39: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:44:28.09 ID:6RsK89Q60


―――――ドアの向こうはひたすら広い空間だった。
天井には無数の蛍光灯がぶら下がっている。
まるで蛍光灯が一つ一つが星のようだ、と内藤は思った。
天井がそれだけ高かったのである。

一面に白いタイルが敷き詰められた床の上には、
内藤の背とほぼ同じ高さの書類整理棚のようなものがところ狭しと立ち並んでいる。

その姿はあたかも、灰色の森のようである。
しかしその箱の森は、内藤には森と言うよりも
ある不吉なものを思い起こさせた。

(;^ω^)(これは見たことあるお…これは…)

       モ ル グ
(;^ω^)「死体安置室だお…」

そうつぶやいた内藤は、反響が殆どない事に気付く。
このロッジの二階にどうしてこんな広い空間が広がっているのか?
内藤には、もう気にした方が負けな気がしてきていた。

( ^ω^)(どうでもいいけど、
      記憶とやらを探さないと風呂にも入れんお…)
       
内藤は手近にあった金属製の筐体に、
三段ほどの引き出しがついていることを発見し、その一番上を試しに引き開けた。



40: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:47:52.75 ID:6RsK89Q60
中には五十センチ四方ほどの大きさだろうか、
乾いた黄色い泥のかたまりが入っている。
  _,
(;^ω^)「…なんじゃこりゃ?」

内藤がそれをつまみ上げると、
パリパリという音をたてて底板からかたまりが剥がれた。
顔を近づけてよく見てみると、泥の合間に布地が見える。

( ^ω^)「これは…服かなんかかお…?」

結局それは、泥まみれになったワンピースだった。
泥が乾かぬうちに、丁寧に畳んでこの引き出しに入れられたらしい。

( ^ω^)「…」


内藤は途方に暮れてしまった。
こんなものを抱えてどうしろと言うのか。
内藤は洗濯なら得意だったが、ここには洗濯機も洗剤も無い。

と、ここで内藤は女の言っていたことを思い出す。
触って、念じる…それだけで再生される。



41: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:50:21.86 ID:6RsK89Q60
(;^ω^)(念じろって言われても…。
       いったいこれはどういうものなんだお。
       記憶が再生される…つまり、これの持ち主の記憶を…?)

内藤は、その小さなワンピースを手に持ったまま、
とりあえず瞳を閉じてじっとしていることにした。

( ω )「…」


(; ω )「お…?」

ぐらり、なぜか体が斜めになったような気がした。
急に目をつぶったときに平衡感覚を失って、
真っ直ぐ立てなくなるあの感覚のようだった。

だが、本当にそうだと言い切れるだろうか。
そう思った内藤に言い知れぬ不安感がやってくる。


( ^ω^)「…」

内藤は目を開けて周囲の様子を見てみた。
…もちろんなんの変化も無い。
水を打ったような静寂が辺りを包んでいる。
ただそれだけ。

内藤はちょっと迷ってから、その「作業」を続けることにした。



42: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:53:41.93 ID:6RsK89Q60
( ω )「…」

( ω )「……ん」

内藤は、今度は体が前のめりになるのを感じた。
その次は右…左…後ろ…内藤は筐体に寄りかかって、
規則的にやってくるその感じを抑えようとするが効果は薄かった。

内藤のなかに生じたそのゆらぎは、
乗り物に乗ってぐるぐるとその場を旋回している感じによく似ている。

回るメリーゴーランドだ。

それが一番近い。
と、内藤は結論付ける。

しばらく内藤はそうしていたが、
瞼の裏に白抜きの文字が浮き上がってきた。
それは、はっきりとこう読める。



         ノパ听)ヒートと海音の記憶のようです



(; ω )(…なんだおこれは!!!!)

ヒート?かいおん?いったい何の話だ!?
…まさかもう再生されるのか?



43: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 01:58:03.83 ID:6RsK89Q60
そう思った内藤は目を開けようとするも、
すでに目が開かない事が分かっただけだった。
それだけではない、全身がいつの間にか硬直している。

(;゚ω゚)(クソッ!!)

それに気づいてしまった内藤の体は、
地面に立てた棒からゆっくり手を離したようにパタっと倒れる。

(; ω )「…!」

顔に冷たいタイルの感触が…感じられなかった。
グニャグニャした匿名のゴムみたいな不穏なものに、
床に敷き詰められたタイルが置き換わっていた。

(; ω )「………う」

しばらくして全身に軽いしびれがピリピリとはしる。
それと同時に僕の体の感覚が蘇ってくる。
よかった、とホッとした僕は立ち上がって目を開けた。

( ^ω^)

ノハ;゚听)


( ^ω^)


(;^ω^)「へ…?」



44: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:02:11.77 ID:6RsK89Q60
周囲の灰色の森も白いタイルも、もうどこにもなかった。
いるのは、なぜだかびっくりしている小さな女の子が一人だけである。
そして体の自由を取り戻した僕に、女の子は間髪入れずに質問をぶつけてきた。


ノハ;゚听)「いま、あなたいったいどこから出てきたの…?」


そんなことを聞かれても困る。
僕にだってあそこがどこなのか分からないのだ。

僕は周りの様子を苦し紛れに見回してみた。
一面の緑、そして見覚えのある石組み…近所の築山だ。
むかし砦があったとか言う…。
遠くからは、美府(びっぷ)の浜に打ち寄せる波の音が聞こえる。


(;^ω^)(って…え、なんでこんなに近場なんだお)


どこか自分のしらないところに飛ばされる。
と、思っていた僕は…なんというか呆気に取られた。
ここは僕の家から数百メートルと離れていないのだ。

ノハ;゚听)「いきなり、ふわって…インド人?」

何も言わずに目を周囲に泳がせている僕を尻目に、
女の子は僕がインド人ではないのかという鋭い考察を展開した。
…いったいいつの時代なんだ。



45: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:05:36.46 ID:6RsK89Q60
(;^ω^)「僕は日本人だお!」

ノハ;゚听)「うおおおお!しゃべった!インド人がしゃべった!」

(;^ω^)「頼むからそこから離れて!落ち着いてくれお!」

ノハ;゚听)「わかった!うわー…すごいの見ちゃった」

( ^ω^)(いったい僕はどんなふうに見えてたんだお…)

僕はとりあえず、時間を確認することにした。
この子でもそのくらいは知っているだろう。

( ^ω^)「ごめん、ちょっと聞きたいんだけど…
       今っていつ?」

ノハ*゚听)「いつって五時くらいじゃないの…」

(;^ω^)「いや、あー…昭和何年だっけって事なんだけど」

女の子の格好からして少なくとも平成の時代ではなかった。
…いまどき、もんぺ姿の女の子なんてドラマでしか見たことが無い。

ノハ*゚听)「?しょうわ二十一ねんだけど…」

(;^ω^)「ありがとう、二十一年か…」(ムチャクチャむかしじゃねえかお!)

昭和二十一年、西暦にすれば1946年。
終戦後、一年と経っていない時代の記憶…。
それも時間は違えど、ご近所での出来事である。



46: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:10:17.77 ID:6RsK89Q60
ん?昭和二十一年…?

となにかに引っかかった僕の思考を、女の子の声が寸断した。

ノハ*゚听)「で!おじさんは誰なの?
      いきなり現れてきたけど!?」

(;^ω^)「うぇ…な、内藤だお」

ノハ*゚听)「内藤というと、
       ホライズンおじさんの親戚?」

女の子の口から、期せずして僕にとってお馴染みの名前が飛び出した。
僕のおじいちゃんの名前だ。
僕のホライゾンと言う名前は、彼の名前からとられたものだった。

( ^ω^)(おじいちゃんの時代ってわけかお…)

僕としては、これを端緒にしないわけにはいかなかった。
祖父の名前以外に、この記憶と僕とを結びつけるものは何も無いのだ。

(;^ω^)「そうなんだお、東京の方に出てたんだけど帰ってきたんだお。
       ホライズンおじさんはげんきかお?」


ノハ*゚听)「元気だよ!このまえチンチン出して踊ってた!!」


(;^ω^)「そ、それはよかったお…」
      (ちょwwwwwじwいwさwんw自重しろwwww)



47: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:14:00.36 ID:6RsK89Q60
どうやら、おじいちゃんは昔から変わらなかったようである。
そういえば…僕はまだこの子の名前を知らなかったんだった。
僕はとりあえず、女の子の名前を聞いてみた。

( ^ω^)「ところで君はどこの子?」

ノハ;゚听)「私は…あの…」

( ^ω^)「?」

女の子は急に下を向いてしまった。
…人前で「チンチン」と、言える子供の反応ではない。

ノパ听)「羅宇字(らうんじ)のあたりに住んでるヒートって言うんだけど…」

女の子が住んでいる地区は…被差別部落のあたりだった。
恥ずかしそうにしていたのはそれが原因だったのか、
と合点がいくと同時に、その名前を聞いた僕は思わず聞き返した。

(;゚ω゚)「ヒート?ヒートちゃんって言うんだおね?」

ノハ;゚听)「うん、そうだけど…どうしたの?」

いままでに自分の住んでいるところを、人に話した時の反応と違うのに驚いたのか。
女の子は目を丸くして僕を見ていた。

(;゚ω゚)「…」

ノハ;゚听)「おじさん…?」



48: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:18:38.67 ID:6RsK89Q60
さっき、瞼の裏に浮かんできた白い文字にあった名前と同じ名前。
まさか、この子が主人公なのか。

…そのとき、僕は地面の下に何かを感じた気がした。

(;゚ω゚)「おお?」

なにか、下から大きなものがやってくるような…。
それからすぐ、僕は1946年という年に何が起きたかを思い出す。


(;゚ω゚)(そうだお!たしか…1946年だお!)


1946年。

昔、美府南海地震が起きて僕の住んでいる街が津波に飲み込まれた年。



49: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:20:07.01 ID:6RsK89Q60
(;゚ω゚)「そういうことかお…!」

そして、部屋に入る前に女から言われた一言が、僕の頭蓋の内側に今一度大きく響いた。


『なかにいる奴らは…どうせもうみんな死んでるんだから』


彼方に聞こえる海鳴りが僕の耳朶に染み込む。
でも、いつもとは違ってその音は僕に安らぎをもたらしてはくれない。
僕にはその音は次第に大きく、どんどんと近づいているような気がしていた。



50: ◆MsdInw62ztuy :2009/12/16(水) 02:22:51.29 ID:6RsK89Q60

               第四話 おわり



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