赤い雨、のようです
- 27: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:23:45.01 ID:ETkeZZFBO
- 【第1日目 五柳ギコ 00:00:44 落人地区 山小屋方面】
──乾いた鐘の音に顔を上げる。薄暗い山小屋の床が、体重の移動でみしりと軋んだ。
(,,゚Д゚)「……なんだぁ?こんな時間に」
雨の音を背景に、鐘の音は虚ろに、物悲しい色を帯びて遠く響く。
どこぞの酔っ払いが火の見櫓にでも登ったのかと考えて、あながち冗談にならないことに苦笑が漏れた。
(,,゚Д゚)「まさか、モララーさんだったりしてな」
やれ集まりだ、とくれば浴びるだけ飲んだくれては悪乗りするような人だ。あの人ならばやりかねない。
(,,゚Д゚)「ったく…人をパシらせといて良いご身分だごど」
確証も無いのに完全に彼のせいだと決めつけてぼやく。
飲めもしない酒の席に呼ばれた挙げ句、山小屋の戸締まりを確認してこいとこんな真夜中に駆り出された身としては、
愚痴の一つもこぼさずにはやっていられないというものだ。
(,,゚Д゚)「神父さんも、新しいワインだかなんだか知らねえけど、余計なことすんなってなだ」
山の男ときたら、一年中飲んだくれているのが相場というもの。
善意の差し入れなのだろうが、付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。
- 30: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:25:34.91 ID:ETkeZZFBO
- (,,゚Д゚)「……っと。こんなもんかね」
電気の通っていない山小屋の中を、懐中電灯で一通り照らす。
コンクリートの床の上には、昼間に伐った杉の丸太の山。
足元に転がったチェーンソーを壁に立て掛ければ、あとは小屋を出て南京錠を掛けるだけだ。
- 32: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:27:32.66 ID:ETkeZZFBO
- (,,゚Д゚)「……しかし黴臭ったらたまらねな。こったおんぼろ小屋、さっさと立て直したらえなさ」
外で風がびゅうと吹く。小屋のプレハブ壁 ががたがたと軋む。
よくは知らないが、先代の親方が若い頃に窮洞崎村の土方達にタダ同然の値で譲ってもらったらしい。
以来、この数十年間、補修に補修を重ねて使われ続けているようで、親方一家の守銭奴振りには一種尊敬の念さえ湧くというものだ。
(,,゚Д゚)「杉郷農林だって、最近だば充分儲けでらおの。山小屋の一つや二つ、買ったらいなさな」
一応、二、三人までなら泊まれるような寝床も有るとは言え、今じゃ誰も好んで泊まろうとはしない。
そりゃそうだ。こんな雨風の強い日には、まるで女の悲鳴みたいにして“小屋が泣く”のだから。
今だって、雨音に混じって遠くの方から……。
- 34: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:30:07.25 ID:ETkeZZFBO
- (,,゚Д゚)「……ん?」
耳を澄ます。
遠くの方から……なんだって?
今、俺は何を聞いた?
(,,゚Д゚)「……」
“──ぃ──コ──だが─?──”
プレハブの屋根を、大粒の雨が叩いている。
ぼつぼつぼつ。ぼつぼつぼつ。
声は、途切れ途切れに、その合間を縫うように聞こえてくる。
気のせい、では無い。梟の鳴き声でも、無い。
(,,゚Д゚)「こんな夜中に……?」
一体誰が?もう一度、その声がか細く響く。
- 35: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:32:21.24 ID:ETkeZZFBO
- “ギコォ──さいだぁ──?”
掠れているが、はっきりと聞こえた。
確かに、自分の名を呼ぶ、その声が。
その声の主に、俺は心当たりがあった。
(,,゚Д゚)「モララーさん…?どうして?」
あまりにも帰りが遅いから、と様子でも見に来たのだろうか?
まさか。俺が席を立った時点であの人は充分に出来上がっていた。
あと二杯も飲めば何時もの泡踊りを始めそうだったから、使いっぱしりを言い渡されてほっとすらしたのだ。
- 36: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:35:34.76 ID:ETkeZZFBO
- (,,゚Д゚)「……」
相変わらず、外では雨音が続いている。
自分を呼ぶモララーさんの声も、段々と近付いてきている。
風が吹く度に軋むこの小屋の中。急に背筋に寒気が走って、俺は足踏みした。
(,,゚Д゚)「……まぁ、あの人の事だしな」
大方、何時も通りの「悪乗り」が始まったのだろう。
肝試しだなんだと言いながら、ここまで来てしまったに違いない。
「ギコォ……どさいだぁ?」
山小屋のすぐ外で、モララーさんの声がする。今にも消え入りそうな、か細い声だ。悪い方に酔いが回ってしまったようだ。
酒が好きなのはわかったから周囲に迷惑だけはかけないでくれ。
こんな雨の中を歩いてきたら、間違いなく風邪を引く。
どうせ上がってきたらすぐさま“意識不明”になってしまうのだろう。
面倒を見る人間なんか、俺しかいない。
溜め息が、また漏れた。
- 37: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:37:30.96 ID:ETkeZZFBO
- 「ギコォ……どさいだぁ?」
小屋のガラス戸を、たたく音。
ここまで来て自分で戸も開けられないとは。最早、前後不覚になっているのは間違いない。
自分の運命を呪いながら、俺はガラス戸に向かって歩き出した。
(,,゚Д゚)「はいはい、こさいだんすよ。今開けるんすから、倒れねでけれんしよ」
ぼやきながら、戸に手をかけ、そこで俺は顔を上げる。
ガラスの向こうは、濃い闇でよく見えない。
代わりに、ガラスについた赤い手形が、はっきりと、この目に映った。
- 38: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:40:23.15 ID:ETkeZZFBO
- (,;゚Д゚)「──っ!」
息を呑む。手を離す。一歩、後ずさる。
「ギコォ……どさいだぁ…?」
ガラスの向こう。闇の中。
真っ赤に染まった人の掌が、ガラスをゆっくりと叩いた。
- 41: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:43:38.54 ID:ETkeZZFBO
- (,;゚Д゚)「な──な──」
真っ赤な手形を凝視する。生唾を嚥下する。
血だ。これは、血だ。
ここへ来る途中で、モララーさんは何かしらの大怪我をしてしまったのか。
大変なことになった。もう酔っ払いの世話どころの話じゃない。
応急手当て、119、薬箱はどこにやったか。様々な思考が頭の中をよぎった。
(,;゚Д゚)「えぇと…えぇと…!」
「ギコォ……」
外からの弱々しい声に、俺ははっとする。今は考えている場合じゃない。
(,;゚Д゚)「モララーさん、大丈夫ですか!?」
俺は、ガラス戸を勢いよく開けた。
- 43: ◆fkFC0hkKyQ :2009/11/12(木) 22:45:23.96 ID:ETkeZZFBO
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