( ^ω^)ブーンは自分病院に収容されるようです

20: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:21:41.98 ID:kP0lObDfP
第一話(一枚目)

(一つ、先に申し上げておきたいことがある。
 貴方も分かっているように、僕がこれから行うのは、記憶の再生だ。
 ところどころ、事実との齟齬が発生するかもしれないが、許して欲しい。

 僕は僕の出来うる限り、全ての物語を正確に、かつ客観的に述べるつもりである。
 無論、修正する手段があるのならば是非実行して欲しい。
 僕は僕の記憶に、何ら所持の権利を主張しない。では、回想を再開する)

翌朝、といっても十時半ごろだが、目覚めると家族が消えていた。

最初はそう不審な気もしなかった。
父親は会社だろうし妹は高校、母親にしたって、買い物に出かけていると考えればなんら不思議ではない。

それよりも、昨夜から続くひどい頭痛の方が悩みの種だった。

トソンはまだ床の上で眠っている。
僕は一旦、トソンにベッドを明け渡したのだが、彼女が寝心地を嫌がった。

(゚、゚トソン「硬いところの方が寝やすいのです。沈む地面は、安定しなくて恐ろしい」

というわけで、結局元の鞘に戻ったのである。

トソンはよく眠る。必ず僕より早く寝て、遅く起きる。
僕は彼女を起こさないように音を忍ばせて部屋を出て、
誰もいないリビングで頭痛薬を探し出し、水と一緒に飲み下した。



24: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:24:21.56 ID:kP0lObDfP
部屋に戻ると、トソンが目覚めて床の上に座っていた。

( ^ω^)「起こしたかお?」

(゚、゚トソン「いいえ、自分で目覚めました。今日も、大学はいいのですか?」

( ^ω^)「大丈夫だお、出席なんて、ほとんどとられないし……」

なるべく現実から目を逸らしつつ枕元に置いてある携帯電話を手に取る。時刻は十時四十五分。
新着メールや不在着信の類は無し。このところ毎日メールを送ってきた恋人からもきていない。

いよいよ諦めたのかもしれない。それはそれで結構なことだ。
とはいえ、このまま放置されるのも寂しい話なので、こちらからメールを送っておくことにした。

僕には恋人がいる。
名前をクーと言い、同じ大学の同じ学部に通っている同回生だ。

僕が急に大学へ行かなくなったものだから、心配しているらしく、
ここ最近はメールと電話の攻勢が凄まじかった。

川 ゚ -゚)「どうした、具合でも悪いのか?」

川 ゚ -゚)「何か家庭の事情でもあるのか?」

川 ゚ -゚)「遠慮なく言ってくれ、私は君の彼女だからな」



28: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:27:06.67 ID:kP0lObDfP
畢竟に、僕は彼女に何事も告げていない。無論トソンの存在にしたってだ。
ただ、少々厄介な風邪を引いたのだと嘘を吐いて、そのままにしておいた。
彼女は怪しがっていた風ではあったが、それ以上追求もしてこなかった。

トソンを見やると、彼女は本棚から漫画を取り出して熱心に読み耽っている。
僕はベッドに腰を下ろし、今日の予定について頭を巡らせた。

その時ふと、昨夜見た救急車の大群を思い出した。
あの光景は幻想か現実か? 
頭をひねらせたが、無理に想起しようとすると頭痛がぶり返しそうだったのでやめた。

そうだ、新聞だ。新聞を見ればいいのである。
あんなにも沢山の救急車が一斉に出動する事態がもし現実に起ったのなら、
当然翌朝の新聞に掲載されているはずである。

僕はリビングに引き返して朝刊を探した。ところが、どこを探しても朝刊がない。
いつもは誰かが食卓やカーペットの上に投げ出したままにしているのだが、
今日に限ってそれがどこにも見あたらないのだ。

まさかまだ郵便受けから出していないのか?
訝しみながら玄関に向かい、突っ掛けを履いて外に出る。
扉に付いた郵便受けには、案の定と言うべきか、朝刊が突き刺さったままになっていた。



32: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:30:36.69 ID:kP0lObDfP
ここに来て初めて、疑心がかま首を持ち上げた。
朝、届いた新聞を取って朝食に場に出すという習慣を、欠落させるなどとは考えにくい。
もしそうだとしても、外出するときに誰かが気付くはずだ。

少なくとも三人全員が家を出たその後、ドアの郵便受けに朝刊が残ったままである可能性は有り得るか?

その時、僕はようやく昨日の出来事をはっきりと思い出したのである。

無数の救急車のうち、数台がマンションの駐車場に入った。
赤い回転灯……サイレン音……ドアが開き、ドタバタと数人の足音……。

僕は廊下に出て、辺りを眺望した。
ここは四階であり、左右にそれぞれの部屋へ通じる扉が並んでいる。

マンションはL字型をしており、自室から眺められる道路や街並みを外側とするなら、ここは内側にあたる。
L字の空白部分には駐車場があり、その向こうには小高い山がある。
十一月もそろそろ終わろうとしているのに、紅葉は未だ盛んだ。

柵越しに見下ろせる駐車場には住民達の自動車が整然と並んでいる。
いつもより数が多い気がした。半数は通勤で使われるため、今この時間には無くなっていなければおかしい。

何より、マンション全体を異様な静けさが包み込んでいる。
そしてその静寂はマンション内だけに限らず、波紋状にどこまでも広がっている気さえした。
無論、見渡す限りには人っ子一人いない。



33: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:33:54.54 ID:kP0lObDfP
僕は一旦自室に引き返した。
相変わらずトソンは壁を背に漫画を読んでいる。
僕の異様な表情に気付いたのか、ついと首を上げた。

(゚、゚トソン「どうかしましたか? お顔が、あまり優れない」

僕はそれに応えず、というかまず何をすればいいのかが分からず、
とりあえず握りしめていた新聞を広げた。バサバサと折り込みチラシの束が床に散らばる。

昨日の救急車の件は、やはりどこにも掲載されていなかった。

だが、僕はすでにある種の確信を深めていた。あの救急車の群を、僕は確かに見たのだと。

( ^ω^)「トソン、昨日の夜中、救急車を見なかったかお?」

散乱したチラシに手を伸ばしかけていたトソンはビクリと身体を震わせた。

(゚、゚トソン「はい……? 覚えがありませんけど……」

( ^ω^)「サイレンを聞いたとか……」

(゚、゚トソン「申し訳ありません、実にぐっすりと安眠できておりましたもので」

だが、もし存在しないなら、この異様な静けさが説明できない。
慌ただしい動作で僕は携帯を取った。クーからの返信メールは来ていない。



34: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:36:39.79 ID:kP0lObDfP
家族が救急車で運ばれたとして……一体、何故だ?
彼らはいたって健康体だった。流行りのウイルスに罹っていた様子も無い。
そしてそれ以上に奇妙なのは……何故、僕だけ残されたのだ?

来ない返信メール。クーは割と頻繁にメールを寄越すタイプだった。
特に返事メールの素早さと来たら。彼女は妙な方向に律儀なのだ。

嫌な方向に連想は繋がっていく。まさかクーも連れ去られたのか?

いやいや、それは流石に飛躍しすぎというものだろう……。
第一、クーの家はこの近くにはない。彼女の家は電車で三十分ほどかかる県境にあるのだ。

だが、救急車は無数に存在していた……。
鬼ごっこでどれだけ巧みに隠れおおせたところで、
自分以外が全員鬼なら、見つかるのも時間の問題だろう。

でも、それなら余計に気にかかる……巧みに隠れ仰せたわけでもない、
鬼の巣に胡座をかいていた僕が見つからなかったのは一体何故だ……?

灯台もと暗しとでも言うつもりか。
冗談じゃない、今の時代にそんな過去の理屈が通用するもんか。

それに、連れ去られなかったのは、僕だけじゃないのだ

(゚、゚トソン「あれ、これは」

その『もう一人』が頓狂な声をあげた。



36: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:40:15.99 ID:kP0lObDfP
( ^ω^)「どうかしたかお?」

それにしても、こんな時はどうすればいいだろう?
119番? 警察? 行政団体? それとも病院を駆けずればいいのか?

第一、あんな大量の救急車、一体どこから湧き出てきたと言うのだろう。
消防署に配備されている救急車なんて、せいぜい二、三台だろうに……。

(゚、゚トソン「ほら、これ、ブーンさん宛てみたいですよ」

彼女が指し示したのはB5サイズの白黒印刷だった。
質の悪い紙を使っているらしく、裏から文字が透けて見える。さわり心地も、あまり愉快じゃない。

まず、一番上に大きく『失 踪 届』と書かれている。
太い油性マーカーでの走り書きだ。『踪』が漢字で書かれていなければ子どもの悪戯と判断するところだ。
続いて、ボールペンで書かれたらしい筆致で、以下のように記されている。

『拝啓 内藤ホライゾン様
 
 このたび失踪しました人々についてご報告致します。
 いずれも貴方と極めて深い関係にある方々。それぞれの詳細は数が膨大であるため省略します。

 なお、失踪者は全て自分病院に収容しましたことを重ねてご報告致します。
 また、便宜上、彼らの処置は緊急措置入院ということに致しました。
 身許をお引き受け為さる場合、お早めにお越し下さい……。

 追伸:身許お引き受けの御意思が無いと確認次第、収容者全員を移送致します……。

 報告人氏名:××××××××(実名などではなく、本当に×印が並んでいる)』



37: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:43:17.04 ID:kP0lObDfP
僕は怒りに身を震わさずにはいられなかった。
それはそうだろう、随分人を食った文章じゃないか。なめているとしか思えない。

大体、この文脈を疑いなく飲み込むなら、失踪者=収容者であり、
この紙面の書き手は救急車の全貌を知っていると言うことになる。

つまりこれは、極めて悪質な挑戦状、或いは脅迫状なのだ。
薄っぺらい用紙に手書きなのは、そういった意味合いを強調するためなのだろうか。
そう思うと余計に腹が立つ。

紙面の下半分には、『自分病院』とやらへの行き方が書かれている。
それによると、最寄り駅から電車で一時間ほど、
そこからバスを乗り継ぎ、更に一時間行った場所にあるらしい。

( ^ω^)「……」

それにしても、何故僕を対象としているのだ。
最早家族が拉致されたのは間違いない。あまつさえクーもさらわれたのかも知れないのだ。
そしてその全ての身元引き受けを、僕一人に押し付けるつもりらしい。

一回の学生に求める範疇を超えてはいないか。
クーにだって家族はいるのだから、そちらへ要求するのが正当だろう。

いずれにせよ、僕一人の手に負える話ではない。
だが、そう言って手をこまねいている訳にもいかないのだ。



38: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:45:37.32 ID:kP0lObDfP
市民の感覚からして、救急車とパトカーは同じような機関に所属しているはずだ。
つまり、その二つがグルでないとは言い切れない。

まず、僕一人でもその場所へ行くことが先決だろう。
まさかいきなり取って食ったりはしまい。手紙には身代金の類は記載されていないし、
案外本当に、ただ身許引き受けだけをやってほしいのかもしれない。

( ^ω^)「トソン、出かけるお」

が、その前に善後策を打っておくことにした。

まず、念のために家族やクーの電話番号に電話してみた。
家族の携帯は、リビングや妹の私室で鳴り響いた。つまり、彼らは誰一人電話を携行していない。
クーの携帯に至っては、圏外もしくは電源が切られているという女性音声のアナウンス。

まあ、おおよそ予想できていたことだ。大きな絶望ではない。
一連の騒動が茶番でないということが証明されただけだ。

次に、携帯に登録されている知り合いのリスト全員にメールを送りつけた。
用事の内容は深く告げず、ともかく用があるということだけを通知した。
何人から返事が来るか分からないが、数打てば当たるだろう。

食卓に書き置きを残しておく。これも念のための措置だ。大した効果は見込めない。

一連の作業を終えた頃、時刻は正午に迫っていた。
そろそろ出掛けなければならない。

本当はもう少し入念に準備しないといけないのだが、失踪届には、
『身許をお引き受け為さる場合、お早めにお越し下さい』という不気味な一文が挿入されている。
片道二時間以上であることも考慮すれば、あまりぐずぐずしていられない。



42: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:49:15.88 ID:kP0lObDfP
(゚、゚トソン「今日はどこへ行きますか? あそこが良いですね。あの、静かな場所」

トソンと一緒に外出するのは初めてではない。
手近な範囲ではあるが、毎日のように連れ出して歩いている。

連れて行った先で彼女が最も喜んだのは、バスで三十分ほどかかる近くの神社に行ったときだった。
小ぶりな山の中腹にあるその神社からは此処一帯の町並みを見下ろすことができ、
一回二百円で誰でも打つことができる巨大な鐘楼が特徴的である。

( ^ω^)「残念ながら、今日はもっと遠い場所だお」

着替えを終え、彼女と一緒に家を出る。

(゚、゚トソン「今日は、やけに静かですね」

マンションを後にするなり、トソンが呟いた。

確かに、言われればそんな気もする。
マンションの前の坂道は事故多発地帯でもある。よく電柱に花束が立てかけてあったりする。
それなりに車の通りが多く、そして人通りもある道路なのだが、今日はほとんど交通量がない。

かといって、全くないというわけでもないのだ。僅かだが車は通るし、その車も人が運転している。

僕らばかりが取り残されたわけではないようである。



43: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:53:02.42 ID:kP0lObDfP
徒歩十分で最寄り駅に着き、そこから電車に乗った。
平日の半端な時間ということもあってか、車内にはほとんど乗客がいない。

ここから何度かの乗り換えを経て、目的地へ目指すことになる。

目的となる駅へ行った事はないが、位置関係から考えて田舎である可能性が高い。
この辺りでは南へ下るほど都会度を増す。僕は今から、全く逆に北上せねばならないのだ。

( ^ω^)……」

救急車はわざわざそんなところにまで患者を運んだのだろうか。
……考えて答えの出る問題ではなさそうだった。
ただ、一番近い所の懸念は……。

(゚、゚トソン「なんですか、なんですか」

気がつくと僕はトソンの頭を撫でていた。
彼女を家に独りで置いておくわけにもいくまいが、連れて行くのもやはり不安だ。

病院のイメージとは白色で清潔……そうあってしかるべきだ。
しかし僕が今抱いているものはそれとは真逆であり、踏み込んだ瞬間に食い殺されそうな予感さえする。

窓外の景色は普段と同じように流れていく。
が、それさえどこか異形の様相に感じられるのは決して気のせいだけではあるまい。



46: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:55:22.34 ID:kP0lObDfP
第一話(二枚目)

電車を乗り継いで建物全体が錆び付いているような小さな駅で降り、
そこから客のほとんどいないバスに乗ってしばらく向かう。

窓外は徐々に田舎じみたものになっていき、やがて建造物の割合に自然風景が勝りだす。

途中で何度か停留所に止まり、終点であるその病院への道のりを行くころには、
もう他の乗客は誰もいなくなっていた。

林立する雑木林によって区切られた入り組んだ路地に入り、バスはガクンとスピードを落とす。
紅葉にまみれた山の麓にたどり着いた辺りで視界は急激に悪くなり、
鬱蒼とした木々の枝葉が窓ガラスを執拗に打ち付ける。

僕は丘の上に立つ、のどかな診療所を思い浮かべもしていたのだが、
やはり現実はそう甘いものではないようだ。

ポケットの携帯を取り出して見ると、時刻は三時近くになっていた。
電波の受信具合が怪しい。さっきから一本と零本の間を行ったり来たりしている。

もしも圏外になってしまえば、僕は言いようの無い不安にさらされることになるだろう。

友人たちに送ったメールには、まだ一通も返事が届いていない。
ただ単純に無視されているか。いまやその方がいくらかマシだ。



48: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:59:17.32 ID:kP0lObDfP
うねうねと波打つ上り坂の頂に達したところで、バスが停車した。
僕が小銭を入れて降車すると、バスはまるで逃げるように、一目散に元来た道へと引き返していった。

( ^ω^)「……」

目と鼻の先に、病院らしい敷地があるが、その予想との違いに僕はある意味圧倒された。
門は立派なものである。中世ヨーロッパの豪邸を思わせるようなふてぶてしい造りで、
その先にある噴水や芝生の広さも随分と豪勢だ。

ただ、その向こう側にある肝心の建築物そのものがいただけない。
まず平屋建てである。かといって坪数を稼いでいるわけでもなく、
せいぜい住宅地にあるそこそこ大き目の一軒家程度。

見たところ、その建築物は円形を成しているようである。
まるで盤面に一枚だけ置かれたオセロのコマみたいなちぐはぐさだ。
あれを病院と呼ぶにはどうにも無理がある。

もしや騙されたのだろうかという、久しぶりの猜疑心が湧き上がる。
だがそれにしてはあまりに手が込みすぎているし、何より、僕の置かれた状況に変化が生じたわけじゃない。
おかしいのは建築物の構造のみであり、それ自身が家族の無事を証明するわけじゃないのだから。

門の横の壁に『自分病院』と掘り込まれた銅版が掲げられている。
恐る恐る敷地内に入る。人の気配は無い。

右手の芝生に、地下へと繋がる下り坂がポッカリと口をあけている。
つくりから判断するに、救急車を収納する車庫であろう。

遠くから見ると陽光が反射していてよく分からなかったのだが、
円形の建築物の外壁は黄色人種の肌色である。結構な悪趣味だ。
中に入る前に、僕はもう一度だけ携帯を取り出した。新着メールは無い。



51: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:01:26.49 ID:kP0lObDfP
ミセ*゚ー゚)リ「あら、お客さん?」

自動ドアから建築物の内部に入ると、右手に受付をしているらしい若い白衣の女性がいた。
その顔を見て僕はふと、既視感を覚えた。見たことのある、或いは知り合いであるような気がする。
だが、それ以上のことはまるで思い出せないので、気のせいかなと思うことにした。

僕はまず、彼女にどのように声をかければいいかにまごついた。
いきなり糾弾にかかるのもヒステリックすぎるだろうし、かといって事情を詳しく説明できる自信も無い。

( ^ω^)「あのう……ここに、僕の家族が入院しているはずなんですが……」

入院という言葉が正しいのかどうかは分からなかったが、とりあえずそう言ってみた。
白衣の女性は「はあ」と要領の得ない返事をして首をかしげただけだ。

( ^ω^)「えっと、ここって病院ですよね?」

ミセ*゚ー゚)リ「そうですよ……ええ、一応」

( ^ω^)「一応って、随分曖昧な……」

ミセ*゚ー゚)リ「でも、お客さんの望みはかなえてあげられると思うわ」

彼女は艶笑を浮かべ、自分の手首にもう一方の手の指を這わせた。

僕は戸惑いながらあたりを見渡した。外から見たとおり、やはりそれほど広さがあるとは思えない。
ロビー、と呼んで良いのかも疑わしいが、空間自体それほど無く、意外と天井は高い。
奥に二つの巨大な鉄扉がある。横に取り付けられた装置で開閉させるようだ。

昇降機かもしれない。とすると、病院の主要空間は地下に広がっていると言うことだろうか。
もしそうだとすれば、随分と不健康な話だ。



52: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:04:08.88 ID:kP0lObDfP
ミセ*゚ー゚)リ「もしかしたら、あなたの家族はここに入院しているかもしれないわね」

やけに挑発的に見えるあくびをして、彼女は言った。

ミセ*゚ー゚)リ「昨日の夜中はたくさんの患者さんが運ばれてきたから……」

( ^ω^)「その人たちは、全員ここに収容されているのかお?」

ミセ*゚ー゚)リ「ええ、一応ね。本当に、大変だったんだから……。
      この病院、ただでさえ人手不足なのに病室だけはやけに多いのよ」

( ^ω^)「何か、患者さんの身許を扱ってるデータは無いのかお?
      ええと、カルテ、みたいな……」

ミセ*゚ー゚)リ「あるにはあるけど、全部無記名よ。年齢と症状、搬送日時だけ、取り敢えず書き留めておくの。
       名前で付ける薬が変わるわけじゃないんだもの……」

どうも、上手くはぐらかされているような気がする。少なくとも、彼女が協力的でないことは確かだ。

( ^ω^)「とにかく、家族に会わせて欲しいんだお。病室に案内して貰えるかお?」

ミセ*゚ー゚)リ「駄目よ、部外者は立ち入り禁止」

( ^ω^)「貴女が情報をくれないなら、僕はそうするしかないお。もしかしたら、関係者なのかもしれないのに」

ミセ*゚ー゚)リ「ならせめて、関係しているって言う証拠を見せてくださいな」

( ^ω^)「そっちが連れて行ったくせに……」



54: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:08:42.91 ID:kP0lObDfP
いい加減怒鳴りつけそうになった所に、重低音を響かせて奥にある右側の鉄扉がゆっくりと開かれた。
何十人と搭載出来そうな昇降機から、首に聴診器をぶら下げた初老の男が降りてくる。

( ´∀`)「おや、どうかしたの」

ミセ*゚ー゚)リ「副院長」

副院長、と呼ばれた男は元来そういう顔つきであるらしい微笑に見える表情で僕たちの所へ近づいてきた。
この男にも見覚えがある。しかし、やはり何時何処で会ったのかは思い出せない。

ミセ*゚ー゚)リ「こちらの方、昨日運ばれてきた患者さんのご家族らしいんですけど……」

彼女が口を尖らせて説明しているところへ割って入り、僕はポケットから、
しわくちゃになった紙片を取り出して副院長に突きつけた。無論、件の『失 踪 届』である。

( ^ω^)「これ、ここから届いた者ですよね」

( ´∀`)「ほう……?」

彼は白衣の胸ポケットから老眼鏡を取り出し、顔をしかめて失踪届を読み出した。
そしてはっきり苦笑と分かる苦笑を浮かべ、その紙片を受付係に手渡す。

( ´∀`)「きみ、これに見覚えは?」

ミセ*゚ー゚)リ「無いですよ、こんな安っぽい紙……」

さも全てを語り終えたというような雰囲気で副院長は僕に紙片を突き返した。



56: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:10:54.67 ID:kP0lObDfP
( ´∀`)「ここは一応、閉鎖病棟ということになっておりましてね……。
      病棟……まあ地下にあるんですが……患者と我々病院関係者以外は、入っちゃいけないんですわ。
      措置入院ってご存知です? 精神病の患者を無理矢理……まあ無理矢理ってわけじゃないか……
      ふふ……入院させてますので、ええ。今回は緊急だったので、まだ何もかも不整備なわけでして」

( ^ω^)「精神病? 僕の家族は精神病なのかお?」

( ´∀`)「患者はあなたのご家族……父親? 母親? それとも、兄弟姉妹かな」

( ^ω^)「全部だお……両親と、妹……僕以外、全員」

( ´∀`)「ふうむ。遺伝的に精神病の多い家庭なのかな? 昨今じゃ精神病も遺伝するって言われてましてね。
      そう……糖尿病みたいなものです。必ずなるってわけじゃないけど、そういう体質なんですな。
      しかしこう、時代が進むにつれ精神病患者は増えること増えること……。
      これが何でかって言うと、精神病が解明されるにつれ、その定義にカテゴライズされる人が増える。
      よく、過去の文豪が実は統合失調症だった、なんて疑われたりするでしょう?」

( ^ω^)「僕は家族を連れ戻しに来たのであって、そんな蘊蓄を聞きに来たんじゃないお」

( ´∀`)「まあまあ……そう、一つだけ方法があるよ」

副院長は受付係に振り返った。

( ´∀`)「底部のアレ、まだ誰も見に行ってないよね?」

ミセ*゚ー゚)リ「ええ、多分」

( ´∀`)「なら、丁度良い。ちょっと頼まれごとをしてくれないかな……何、そう難しい事じゃなくてね。
      この病院の底部に、廃棄物を処理するロボットアームがあるんだが、
      少し前から調子が悪くってね……ちょっと見てきてほしいんだよ、具合を」



57: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:13:31.64 ID:kP0lObDfP
( ^ω^)「なんで僕が、そんなこと……」

( ´∀`)「別にしたくなかったら、しなくてもいいんですよ。
      ただ、そうすることで貴方を病院関係者とみなし、病棟に入ることができるっていう……」

酷い交換条件だ。ある種脅迫と言っても構わない。
精神病院とは、そこに携わっている医者や看護婦まで患ってしまうものなのだろうか。

( ^ω^)「でも、この紙を見てくださいお」

僕は諦めずに先ほど突き返された紙片を取り出す。

( ^ω^)「ここにこう書いてあるお。
      『身許お引き受けの御意思が無いと確認次第、収容者全員を移送致します……。』」

( ´∀`)「ふむ、急がないといけないようですな」

( ^ω^)「あの、他人事みたいに言いますけどね、僕が急げるか急げないかは、
      そちらの裁量にかかってるわけですお。何なら、こうやって問答してる時間も勿体ない」

( ´∀`)「だから、仕事を引き受けくれれば入れるって言ってるでしょうが。分からない人だな……。
      第一、そんな紙切れ一枚で我々にどうしろっていうんです? これでも譲歩はしたつもりですがね。
      こういう病棟には病棟ごとに独自の規律があって、それには従って貰わないと……」

( ^ω^)「……」

どうも、このままでは埒が明きそうにない。ここから先へ進むには、彼の依頼を引き受けるほか無さそうだ。
なに、別に彼の依頼を忠実に達成する必要など無いのである。
家族三人、あわよくばクーを見つけたら、その足でさっさと脱走すればいいのである。



58: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:16:33.59 ID:kP0lObDfP
( ´∀`)「何なら、貴方も入院しますか。その紙を貴方自身が書いていないと言う証拠もないんだから……
      ふふ……まあ止めておきましょう。昨日収容した患者の数が半端じゃなくってね……」

( ^ω^)「で、具体的には何をすればいいんですかお?」

( ´∀`)「おお、引き受けてくださいますか……それはいい……。なにぶん深いところにありましてな、
      往路だけでも体力を使うんですよ……まあ、貴方は若いから大丈夫でしょうな。
      具体的にも何も、さっき言ったとおりです。ただ見に行って具合を確かめてくれればいい。
      で、その報告は私なり、彼女なりにしてくれれば良いです。
      後は、こちらで業者を呼びますから……」

( ^ω^)「分かりましたお……」

彼らとこれ以上会話するのは無駄に思えた。
本当はもっと訊きたいことがあるのだ。この不自然な状況そのものに、詰問しても構わないはずだった。
だが、それを彼らにしたところで、巧みな屁理屈で丸め込まれるに違いない。

まさかこの病棟の医療側が目の前の二人だけということはあるまい。

( ^ω^)「そう言えば、院長はいるんですかお?」

( ´∀`)「院長……?」

副院長は耳慣れない言葉を聞いたというような感じで眉を潜めた。

( ´∀`)「きみ、院長のこと知ってる?」

ミセ*゚ー゚)リ「いいえ……」

受付係も、頬を少し膨らませて否定した。



61: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:19:48.68 ID:kP0lObDfP
( ^ω^)「分からないんですかお? 院長の居場所……」

( ´∀`)「いや、居場所と言うよりも、存在そのものが曖昧で……。
      果たして最初から存在しているのか、いないのか」

おかしな話だ。それなら目の前の副院長が院長に繰り上がっても良いはずである。
或いは、存在を知りつつも、あえて認識をしていないのだろうか?
そうだとして、そんな扱いを受ける院長とは一体何なのか……。

……やはり、ここに長居しても碌な事にはならなさそうだ。さっさと歩を進めるに限る。

僕は奥にある二つの扉を眺めた。
病棟が地下に広がっているのだから、僕はその全貌をまるで把握することが出来ない。
言ってみればパンドラの箱だ。何が飛び出すか分からない、最後に希望があるかも分からない……。

( ^ω^)「……で、どっちの扉から行けばいいんですかお?」

( ´∀`)「右の扉はエレベータでね、使うにはIDカードが必要なんだ。
      患者の脱走を防ぐために、予備のカードも作ってないから……。
      申し訳ないけど、左の扉からお願いできるかな」

ポケットの携帯電話はバイブ機能を発揮しない。
と言うことは、誰からもメールは届いていないと言うことだ。
病院の地下にアンテナ設備が整っているとは思えない。つまり僕は、もう助けを期待できない。



62: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 23:22:18.87 ID:kP0lObDfP
受付台のコンピュータから操作したらしく、左側の重厚な鉄扉が自動で開いた。

( ´∀`)「一応、気をつけてね。こっちから何もしなければ、患者さんも暴れないとは思うけどね……」

( ^ω^)「この地下は、どれぐらいの広さなんですかお?」

( ´∀`)「さあ……我々も全部を知っている訳じゃないからねえ……。
      分業化っていうのかな。その方が効率が良いらしいよ」

僕は黙って鉄扉のそばへ歩み寄った。斜め下へ緩い勾配の階段が続いている。

( ´∀`)「生憎我々も忙しくってね。一緒に行ってあげることは出来ないが、
      なに、大丈夫さ。結局は下へ下へと降りていけばいい。目的地は一番下だからねえ」

( ^ω^)「……僕の目的地は、そこじゃないお」

若干怒りを孕ませた声で言い返すと、副院長は鼻を手でこすりながら慌てて言い繕った。

( ´∀`)「そりゃあ勿論、貴方の家族も道なりに行けば……ね」

真っ白な階段は左右に広々としていて、眩しすぎるほどの電球が狭い間隔で並んでいる。

僕はしばらく尻込みをしてから、下り階段の一段目に足をかけた。

第一話 終わり



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