ドクオは正義のヒーローになれないようです

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:26:57.55 ID:JJVv25WU0
第二部 第六話『血着! 〜ドス女VSハインリッヒ 後編〜』

〜前回までのあらすじ〜

俺は敵の海賊島に潜入し,船長の部屋に乗り込んだ。誰もいない。
くそっ,ヤツはどこだっ!
とそこで,ベッドの上に鎖で縛り付けられている黒人娘を見つけた。
彼女は叫んだ「カズマ! 来てくれたの?」
俺にはこんな丸顔の黒人女は知り合いにいないのだが……ってマノン?

そんな馬鹿な,彼女は卵形の顔をしていたし,薔薇色の肌だった。
そして二重で勝気なグリーンの瞳を持っているんだ。
しかしそれは間違いなくマノンだった。
顔と肌はボコボコに殴られ腫れて黒ずんでいて,片目はつぶれている。
左脚は膝から逆方向にまがっており,歯も1本も残っていない。

「ごめんね,カズマ。分からない? そうよね,私ここに連れて来られてから
 一度もお風呂に入っていないし,汚くて分からないわよね。

 あれからね,私ずっと何度も海賊たちに抱かれたわ。
 でもね,私その相手をカズマだと思うようにしたの,だってカズマなら
 殴られても何をされても嫌じゃない。耐えられるから。許してくれる?

 私,鏡すら見てないのよ。
 前に思い切り抵抗したとき殴られて以来,目も良く見えなくて……。
 ねぇ,私醜くなった?」

俺は彼女を抱きしめ,唇を吸った

「いや,マノンは綺麗なままだよ」



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:28:56.80 ID:JJVv25WU0


          * 以下、何事も無かったかのように再開 *


イ从゚ ー゚ノi、「ったく、儂がどうしてこんなこと……」
五時間ほどかけ、やっとのことで川を塞き止めていた土砂を全て取り除き、
銀はやれやれと悪態をついた。

いくら自分が人間以上の身体能力の持ち主とはいえ、
重労働であることに変わりはないし、疲労だってする。

なし崩しとはいえ、何の縁もない人間達の為にここまでするなど、
到底考えられないことだった。

('e')「やあ、半日もかからずやってのけるとは、流石だな」
感心したように、セントジョーンズが声をかけた。

イ从゚ ー゚ノi、「貴様……! 儂一人に仕事を全部押し付けおって!
       自分で受けた仕事なら、少しは手伝え!!」
('e')「最初に言っただろう?
   私は肉体労働は得意じゃないんだ。
   適材適所、というやつさ」
憤慨する銀を尻目に、セントジョーンズは微笑を浮かべながら答えた。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:29:22.47 ID:JJVv25WU0
('e')「さて、一先ずはこれで大丈夫だな。
   どうだい? 人助けというのも、たまには良いものだろう?」
イ从゚ ー゚ノi、「誰が……! いいか、儂は二度とこんなこと……」
そう言おうとする銀の袖を、一人の少女が引っ張った。

イ从゚ ー゚ノi、「……? 何じゃ、お主は?」
少女は訝しがる銀の視線を避けるように目を伏せ、
何やらもじもじとしていたが、やがて意を決したように銀の手に一輪の花を差し出した。

「あ、あの……ありがとう、お姉ちゃん!」
少女はそれだけ言うと、恥ずかしさからか銀の前から駆け出して行ってしまった。

イ从゚ ー゚ノi、「…………」
銀は少女から手渡された花を持ったまま、ぽかんとした様子でその場に立ち尽くしていた。

今のは、何なのだろうか。
自分は別に、あの少女達を助けてやろうなんて気持ちはさらさら無かった。
にもかかわらず、何故あの少女はお礼なんて言ってきたのだろう。

銀達人外には、ありえないことだ。
超常の力を持つ人外は、他者からの手助けなんて必要としないし、
見ず知らずの者を助けることもない。
それ故、誰かにお礼を言うことなんてほとんど有り得ないのだ。

誰かに助けて貰わねば生きていけないなど、弱いという証拠であり、耐え難き恥辱。
ずっと、そう思ってきた。

なのに――
なのに人間は、どうしてああも真っ直ぐ誰かに感謝の気持ちを向けることが出来るのか。



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:29:45.28 ID:JJVv25WU0
('e')「良い物を貰ったようだな」
セントジョーンズが銀の後ろから声をかけた。

('e')「どうだい? 誰かからお礼を言われて、どんな気持ちかな?」
続けて、セントジョーンズが訊ねた。

イ从゚ ー゚ノi、「…………」
銀はもう一度手に持った花を見やり、しばし考えた。

ずっと一人で生きてきた。
一人で、やってこれた。
それで充分だと、思っていた。

だけど、今、感じているこの気持ちは――

イ从゚ ー゚ノi、「……悪くはないな」
それだけ、銀は短く答えた。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:30:02.76 ID:JJVv25WU0

                     ・

                     ・

                     ・

イ从゚ ー゚ノi、「…………」
仰向けに倒れた状態で、銀は意識を取り戻した。

……何故自分はこうして倒れているのだろう。
思い出しながら、体を起こそうとする。

イ从゚ ー゚ノi、「つッ……!」
右脇腹に、激しい鈍痛が走る。
見ると、折れた肋骨が肉から飛び出し、血がそこから流れ出していた。

そうか。
さっきハインリッヒからの一撃を喰らって、派手に吹き飛ばされたのだった。
つまり、今はまだ戦闘の真っ最中で――

从 ゚∀从「うおるああああああああああああああああああああああああ!!」
その時、頭上からハインリッヒが叫び声と共にバットを振り下ろしてきた。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:30:21.24 ID:JJVv25WU0
イ从゚ ー゚ノi、「くッ!!」
体を横に回転させ、寸前でその一撃を避ける。

先程まで銀が居た場所をハインリッヒの金属バットが打ち据え、
地面を抉って大量の土を巻き上げる。

激しい轟音と地響き。
まともに喰らえば、間違いなく上半身を粉砕されていただろう。

从 ゚∀从「ンだよ。 外しちまったか」
ハインリッヒがバットを両手に持ち直しながら銀の方に向いた。

このままでは、ヤバい。
銀の額を冷たい汗が伝う。
何とかして、この状況を打開する手段を考えなければ。

ミ,,゚(叉)「る……おおおおおおおおおオォォ!!」
人狼へと姿を変え、ハインリッヒに突進した。

だが、これだけでは駄目だ。
いくら筋力や速度を強化しようが、
ハインリッヒの能力の前には全て跳ね返される。

ロマネスクのように、その能力の容量すら凌駕する程の圧倒的な力があれば話は別だが、
今の自分にそこまでの力は無い。
ならば――



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:31:07.20 ID:JJVv25WU0
ミ,,゚(叉)「るあァッ!!」
走りながら落ちていた石を拾い上げ、
ハインリッヒの眉間目掛けて投げつけた。

ただの石でも、銀の力で投げれば銃弾以上の威力を持つ。
当たれば、痛いでは済まない。

ミ,,゚(叉)「シィィッ!!」
そして、その石は囮。
上段の石に目を奪わせた隙に、下段から本命の一閃を斬り上げる。
これなら――

从 ゚∀从「甘えんだよ」
しかし、ハインリッヒは余裕の笑みを崩すことは無かった。
次の瞬間――



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:31:40.55 ID:JJVv25WU0
ミ,,゚(叉)「!!?」
銀の体と石とが、同じ方向に跳ね返された。

ミ,,゚(叉)「がはッ!」
突進してきたのと同じ速度で背中から地面に叩きつけられ、
銀が苦しげに呻き声を上げる。

从 ゚∀从「フェイントかけりゃどうにかなると思ったんだろうが無駄無駄ァ。
      単純な物理攻撃じゃ、絶対にオレは倒せねえんだよ」
背中にバットを担いだまま、ハインリッヒが銀を見下ろしてきた。

さっき、追い討ちをかける時間はあった筈なのに――
いつでも殺れると言いたいのか……!

从 ゚∀从「さあ来いよ。 まだまだこんなもんじゃねえんだろ?
      パーティはこれからだぜ」
ハインリッヒが、挑発するように手招きをした。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:32:07.99 ID:JJVv25WU0

                    ・

                    ・

                    ・

('e')「ぐうう……! がああッ……!」
老人の亡骸を前に、セントジョーンズは獣のような嗚咽をもらしていた。

あれから――
銀とセントジョーンズは、一緒に各地を巡っていた。

その先で、人間達と関わり、
助け、時には助けられて、何十年も旅を続けていた。

その中で、銀は確実に変わっていた。
人間から教えられることは沢山あった。

助け合うこと、他者を慈しむことの尊さ、
挙げていけば枚挙に暇が無い。

だから、銀は人間と関わり合うことが好きになっていた。
セントジョーンズも、それは一緒だったのだろう。

だが――



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:32:35.09 ID:JJVv25WU0
('e')「う、うああああ、がああああああああああ……!」
人間と人外とは、同じ時間を共有することは出来ない。

今、セントジョーンズの前に横たわる老人の遺体も、
出会った時は腕白な少年だった。
ずっと友達でいると、そう約束していた。

だけど――
人間の寿命は、人外に比べて余りに短過ぎた。

イ从゚ ー゚ノi、「セントジョーンズ……」
銀はセントジョーンズの肩に手を置いた。

これで、人間との死別は何度目になるだろう。
幾人もの人間が、銀達の横を通り過ぎていった。
幾人もの人間が、銀達より先に死んでいった。
この痛みには、いつまでも慣れそうにない。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:33:00.79 ID:JJVv25WU0
('e')「どうして…… 何故だ!
   何故私達は老いない! 何故朽ちない! 何故死なない!
   何故、こんな思いをしながら生きていかねばならないのだ!
   これが、超人の業というものなのか!?
   普通の生を我々は望んではいけないというのか!?
   何故、これ程の責め苦を受け続けねばならないのだ!!」
狂ったように、セントジョーンズが叫ぶ。

イ从゚ ー゚ノi、「セントジョーンズ……」
それ以上、銀は何も言えなかった。

セントジョーンズ、彼は、人外として生きていくにはあまりに人間的過ぎ、そして繊細過ぎた。

イ从゚ ー゚ノi、「…………」
銀は俯いたまま、セントジョーンズに何も声をかけることが出来なかった。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:33:39.69 ID:JJVv25WU0



('e')「…………」
あれから、セントジョーンズはどこか変わってしまった。
銀はそう感じていた。

具体的にどこが、と聞かれても答えられないのだが、
とにかくどこか、以前の彼とは違ったもののように思えてならないのだ。

思い過ごしかもしれない。
しかし、そう楽観的に考えるには、あまりに違和感がある。

セントジョーンズが、
人間でも人外でもない、
もっと別の『何か』になっていってしまっているような――



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:34:05.87 ID:JJVv25WU0
イ从゚ ー゚ノi、「なあ、セント……」
銀は声をしたが、出来なかった。

('e')「どうしたんだね?」
いつもと変わらぬ穏やかな笑みで、セントジョーンズは銀の方を向いた。

イ从゚ ー゚ノi、「いや、何でもない……」
それだけ言うと、銀はそれ以上詮索するのをやめた。

そうだ。
そんな訳が無い。
自分の考えすぎた。
そう、思い込もうとしたのである。

――しかし、後で銀はそれを、死ぬ程後悔することになるのだった。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:34:38.65 ID:JJVv25WU0

                     ・

                     ・

                     ・

ミ,,゚(叉)「ガハッ……! ハアッ……ハアッ……!」
塊のような血を吐き出しながら、銀はよろよろと立ち上がった。

全身の骨のあちこちに罅が入り、砕かれ、肉は内出血でどす黒く変色していた。
再生能力も、余りのダメージの酷さに追いつかない。

あれから幾度と無くハインリッヒに向かっていったが、
ハインリッヒに掠り傷一つ負わせることが出来ない。
それ程、奴の力は圧倒的だったのだ。

从 ゚∀从「頑張るなあ、ええおい?」
銀の血で紅く染まったバットを振り回しながら、ハインリッヒが笑った。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:35:08.99 ID:JJVv25WU0
从 ゚∀从「あの化物のロマネスク程じゃねえが、
      オレを相手にここまで頑張った奴は多くねえ。
      そこは誇りに思っていいぜ?」
ミ,,゚(叉)「ふざけたことを……!」
言いながらも、もう体はほとんどまともに動かない。
このままでは、追い詰められて殺されるのは時間の問題だった。

だが、まだ手はある。
あと少し、もう少しだけこのままじっとしてくれていれば――

从 ゚∀从「まあでもそろそろ飽きてきたしな。
      ちゃっちゃと死んでくれや」
ハインリッヒが、銀に向かって歩みを進める。
と――



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:35:44.89 ID:JJVv25WU0
从 ゚∀从「あァ!?」
背後から聞こえてきたメキメキという音に、
ハインリッヒは思わず振り返った。
見ると、巨木がハインリッヒ目掛けて一直線に倒れてきている。

銀が木に予め切り込みを入れておき、
時限式でハインリッヒに向かって倒れるように細工をしていたのだ。

从 ゚∀从「なあァ!?」
思わぬ光景に、一瞬ではあるがハインリッヒは取り乱した。

ミ,,゚(叉)「貰った――!」
その隙を突いて、銀がハインリッヒに飛び掛った。

後ろからは巨木、前からは銀。
挟み撃ちの形で、それぞれハインリッヒに襲い掛かる。
だが――



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:36:08.55 ID:JJVv25WU0
ミ,,゚(叉)「ぐああッ!」
その不意打ちは、失敗に終わった。

ハインリッヒは左腕で巨木を受け止め、
銀を運動ベクトル操作によって弾き飛ばしたのだ。
弾き飛ばされた銀は、土煙を上げながら地面を転がる。

从 ゚∀从「危ねえ危ねえ……
      今のはちいっと肝が冷えたぜ」
受け止めた巨木を地面に払い落としながら、ハインリッヒが呟くように言った。

しくじった……!
今のが、正真正銘最後のチャンスだったのだ。

从 ゚∀从「だけどまあ、今ので打ち止めなんだろ?
      顔にそう書いてあるぜ」
勝利を確信した笑みで、ハインリッヒが銀を見据えた。

ミ,,゚(叉)「…………!」
銀は唇を噛んだ。
ハインリッヒの言う通り、もう自分には何も手立てが残っていない。
ここまでか……!



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:36:53.51 ID:JJVv25WU0
ミ,,゚(叉)「!!?」
その時、銀の脳裏にある言葉が甦った。


从 ゚∀从「危ねえ危ねえ……
      今のはちいっと肝が冷えたぜ」


危ない?
危ないだって?
まさか、それなら、もしかしたら――!

ミ,,゚(叉)「…………!」
銀の目に再び力が宿る。

さっきのハインリッヒの言葉。
あれが本当なら、一つだけ奴に勝つ方法が残っている。
確実ではないが、これに賭けるしかない……!



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:37:13.44 ID:JJVv25WU0
ミ,,゚(叉)「!!!」
銀は体を反転させると、ハインリッヒに背を向けて森の奥へと駆け出した。

从 ゚∀从「!? おい、手前! 逃げるつもりか!!」
セントジョーンズから、誇り高い性格と聞いていたこともあり、
銀の逃亡行為はハインリッヒにとっても全く予期せぬものであった。

面食らい、しばしあっけに取られるハインリッヒ。
が、それも一瞬のこと。

从 ゚∀从「逃がすと思ってんのか、ケダモノがァ!!」
バットを振り上げると、ハインリッヒはすぐさま銀を追いかけるのだった。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:37:30.48 ID:JJVv25WU0

                   ・

                   ・

                   ・

イ从゚ ー゚ノi、「!?」
銀は目の前の光景に己の目を疑った。

セントジョーンズと旅を続ける中で、立ち寄った小さな村。
そこで宿を借り、銀は少しの間村を離れていたのだが――
再び戻ってきた時、村の中の様子は一変してしまっていたのだ。

イ从゚ ー゚ノi、「これ、は――」
死体、死体、死体――

ほんの少し前、村を出る時には確かに生きていた筈の村人達が、
一人残らず殺されてしまっている。

一体、何が起こったというのだ!?
ここで、何が――

イ从゚ ー゚ノi、「ッ! セントジョーンズ!!」
そういえば、セントジョーンズはどうしたのだ。
あいつが、ここまでの惨状が起こるのを前にして、
何もしないなどとは考えられない。

まさか、この村を襲った奴にやられたのか!?
不安が、銀の鼓動を早くする。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:37:49.93 ID:JJVv25WU0
イ从゚ ー゚ノi、「!!!」
村の中央辺りで、銀は人影を見た。
あの姿、間違いない。
セントジョーンズだ。

イ从゚ ー゚ノi、「セントジョー――」
呼ぼうとして、銀はそこで言葉を止めた。
いや、それ以上何も言えなくなってしまったのだ。

立ち尽くすセントジョーンズ。
その体が、真っ赤な血で染まっていたから。

('e')「ああ、君か……」
銀に気付き、セントジョーンズが顔を向けた。
その表情は、魂が抜けたかのように胡乱だったが、
その瞳には底知れぬ狂気が渦巻いている。

イ从゚ ー゚ノi、「セントジョーンズ、これは――」
聞いてはいけない。
本能がそう告げていたが、それでも銀は訊ねずにはいられなかった。

悪い予感が、銀の心を埋め尽くす。
まさか。
いいや、そんな筈はない。
嘘で、嘘であってくれ……!



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 20:38:18.96 ID:JJVv25WU0
('e')「君の想像通りだよ。 これは、私がやった」
しかし、セントジョーンズの言葉は銀のその小さな願いを完全に打ち砕くものだった。

銀は確かにその言葉を聞いたのに、
心が、その言葉と現実を容易に受け入れない。
受け入れられない。

そんな筈はない。
だって、セントジョーンズは、あんなにも――

イ从゚ ー゚ノi、「何故じゃ! 何故じゃ、セントジョーンズ!!
       何故こんなことをした!!」
銀は叫んだ。

銀に人間の素晴らしさを教えたのは、他ならぬセントジョーンズだったのだ。
それが、そうしてこんなことを。

('e')「判ったのだよ」
短く、セントジョーンズはそう答えた。

('e')「結局、我々人外は、こういうことをすることでしか満たされない、生きていけない。
   膨大な力と時間、それがもたらすものは永劫に等しき苦痛と退屈。
   その忌まわしき呪縛は、所詮人間などとは共有出来ないものだったのだ」
静かに、セントジョーンズは続ける。

イ从゚ ー゚ノi、「だからどうだと言うのじゃ!
       それと、ここの人間達を殺したことと、何の関係がある!
       答えろ! 答えろ、セントジョーンズ!!」
日本刀を抜いて、銀がセントジョーンズに問い詰めた。



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:15:41.07 ID:EwqvKGyp0
('e')「さっきも言っただろう?
   退屈だったからさ。 結局、今まで人間の力になていたのも、究極は暇潰しの為に過ぎなかった。
   無論、最初は罪悪感があった。
   だが、一人、二人と次々殺していく中で、次第にその感覚は快楽へと変わっていってね。
   良いものだぞ、銀。
   絶対的な力で、人の人生を一方的に無茶苦茶にするというのは」
悪びれもせず、セントジョーンズはそう言って、
('e')「銀、君も一緒に来たまえ。
   これからは、退屈を紛らわし、欲望を満たす為の旅を続けよう」
そう、銀に手を差し出した。

イ从゚ ー゚ノi、「ふざけるなァ!!」
銀はその差し出された手を一閃にて斬り落とした。
切り口から、赤い血が迸る。

イ从゚ ー゚ノi、「そんな愚かなことの片棒など、担げるものか!
       一体どうしたというのじゃ、セントジョーンズ!
       お主は、間違ってもそんなことを言う奴ではなかったじゃろう!?」
銀が悲痛な声でセントジョーンズに言葉をぶつける。

信じたくなかったのだ。
セントジョーンズの、今のこの姿を。



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:15:59.49 ID:EwqvKGyp0
('e')「……いずれ君にも判る。
   永遠に続く生、その中で、清く正しく生きることなど、何の価値も無いことに。
   無限に続く離別と孤独。 それは決して、癒されることなど無いということに。
   苦痛と懊悩の連鎖。 それを無くす為には、そう、正気でなどいられないのだよ。
   ククッ、クククッ、クハハハハハハハハ!!」
セントジョーンズの目は、澄み渡っていた。
虚飾でも演技でもない。
心の底から、セントジョーンズはそう思っている。

何が、こいつを変えてしまったのか。
いいや、もう、その答えは判っている。

セントジョーンズは、人外として生きていくにはあまりに人間的過ぎ、そして繊細過ぎた。
だから――人外ですらない、化物になるしかなかったのだ。

そして、その責任は自分にもある。
あの時、自分はセントジョーンズに何も言ってやることが出来なかった。

あの時何か言葉を探せていれば――
セントジョーンズも、こうはならなかったかもしれないのだ。

……いや、もうそんなことを考えてもどうしようもない。
こいつは、今こうして道を踏み外してしまった。
ならばせめて、自分がそれにケリをつけるまで……!



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:17:04.21 ID:EwqvKGyp0
イ从゚ ー゚ノi、「……お主は、もう儂の知っているセントジョーンズなどではない。
       人外にすら劣る、ただの外道!
       ならば今ここで、儂がその命を絶つ!!」
銀は刀の切っ先をセントジョーンズに向けた。

('e')「やめておき給え。 私を殺しても、いずれ君が辛くなるだけだぞ。
   誓ってもいい。 君も、私と同じ道を辿る。
   その、気高く優しい心故にな。
   その時、拠り所となるのは私だけだ」
イ从゚ ー゚ノi、「黙れ!!!」
銀は刀を振り上げ、一足飛びでセントジョーンズへと斬りかかった。
しかし刃がセントジョーンズに触れる寸前、彼の姿は掻き消え、銀の遥か後方へと瞬間移動する。

('e')「ここで君と闘うつもりはない。
   君も、すぐには心の整理がつかないだろうからな。
   気が変わったらいつでも言い給え。
   いつまでも、私は待っているよ」
それだけ言い残すと、セントジョーンズは銀の前から姿を消した。
死体だらけの村に、銀だけが取り残される。

イ从゚ ー゚ノi、「セントジョオォーーーーーーーーンズッ!!!」
銀の叫びだけが、虚しく響き渡った。



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:17:23.66 ID:EwqvKGyp0

                       ・

                       ・

                       ・

从 ゚∀从「どおォ〜こ行ったァ〜?」
バットを振り回しながら、ハインリッヒは銀を探し回っていた。

血の跡からして、この辺りにいることは間違い無いのだが、
どこかに隠れているのか姿が見当たらない。

从 ゚∀从「ったく、往生際の悪い野朗だぜ……んん?」
と、ハインリッヒの目にあるものが飛び込んできた。

地面に開いた、穴。
見た感じからして、ついさっき掘られたばかりの穴のようだ。
ということは――



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:18:37.30 ID:EwqvKGyp0
从 ゚∀从「ぷっ、くくく、くあーはっはっはっはっはっはァ!!」
大口を開けて、ハインリッヒが笑い出す。

从 ゚∀从「おいおいおい、穴掘って逃げて行ったってのかよ!
      モグラかテメーはよお!!」
ハインリッヒの笑い声は止まらない。

从 ゚∀从「何が『銀獣』だ! 何が『人狼』だ!
      いいぜ逃がしてやるよ! その代わり、ロマネスクの基地の動物どもは皆殺しだぜ!!」
ハインリッヒがそう言って、ロマネスクの基地のある方向へと向き直った時――

从 ゚∀从「!?」
先程聞いたのと同じ、メキメキという音が、ハインリッヒの耳に聞こえてきた。

しかも、今度は一つではない。
周囲からいくつもの音が聞こえてきている。

从 ゚∀从「!!」
直後、ハインリッヒ目掛けて何本もの木が倒れ掛かってきた。
そのいずれもに、日本刀で切られたような切れ込みが入っている。

从 ゚∀从「何度も同じ手をォ!!」
ハインリッヒが運動ベクトル操作で、全ての木を弾き返した。
木々が見えない壁にぶち当たったかのように、宙へと浮き上がる。
刹那――



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:19:56.16 ID:EwqvKGyp0
ミ,,゚(叉)「かかった」
从 ゚∀从「!!?」
突如、地面から銀の腕が突き出され、ハインリッヒの右足首を掴んだ。

ミ,,゚(叉)「ぬうゥッ!」
掴むと同時に、銀は足首を力いっぱい引っ張った。

从 ゚∀从「ぐあッ!?」
バランスを崩し、ハインリッヒが顔面から地面に引き倒される。
直後、倒れたハインリッヒの首を地面のに隠れていた銀の右手ががっしりと掴んだ。

从 ゚∀从「なァッ! ぐアッ! がッ……!」
気道と頚動脈を締め付けられ、ハインリッヒが苦悶の表情を浮かべる。

何とか銀の手を首から引き剥がそうとするが、
がっちりと食い込んでびくとも動かない。

ならば、運動ベクトル操作で――

从 ゚∀从「…………!」
ハインリッヒの顔に絶望の色が浮かんだ。

運動ベクトル操作は、あくまで動いている物体に作用する能力。
しかし、銀は全く動いていない。
ただ、ハインリッヒの首を締め上げているだけ。
しかもこの密着している状態では、もし動いたとしてもハインリッヒごと動く為、
銀だけを運動ベクトル操作によって弾き飛ばすことは不可能なのだ。



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:21:31.52 ID:EwqvKGyp0
ミ,,゚(叉)「……ようやく、捉えた」
ハインリッヒの首を締め上げながら、銀が言った。

ミ,,゚(叉)「運動ベクトル操作――確かに、恐るべき能力じゃ。
     しかし、万能というわけでもないようじゃな」
从 ゚∀从「ごォ……! ガッ……!」
銀の右手に、更に力が込められていく。

ミ,,゚(叉)「お主の能力には、いくつか弱点がある。
     まず一つ目。 それは、ベクトル操作は一度に同じ方向にしか行えないこと。
     これは、石と儂とがお主の能力で全く同じ方向に跳ね返されたときに判った。
     そしてそれは、倒れ掛かる木の反対側から儂がお主に斬りかかったとき、
     お主は木を自分の腕で受けて、儂だけを能力で弾き飛ばしたことからも証明されておる。
     自在に運動ベクトルを操れるなら、木も儂もその自慢の能力で弾き飛ばせばいい筈じゃからな」
ハインリッヒの顔に血管が浮かび上がり、
顔面が赤く鬱血していくのを見ながら、銀は続けた。

ミ,,゚(叉)「もう一つ。 それは、お主の能力は常時発動しているわけではないということ。
     お主は言ったな? 『危なかった』、と。
     もし恒常的に運動ベクトル操作の障壁が発動しているなら、
     こんな言葉は出てこない筈なのじゃ。
     つまり、能力の発動にはお主の意思決定が必要であり、連続で使用できるものではないということ」
ズブリ、と銀の爪がハインリッヒの首に食い込んでいく。



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:22:07.73 ID:EwqvKGyp0
ミ,,゚(叉)「ここまで判れば、対策を練るのは簡単じゃ。
     地面に潜って隠れ、木を倒して頭上に注意を向けさせる。
     案の定、お主はその能力で木を回避した。
     つまり、運動ベクトル操作は上方向に向けて行われているということ。
     その瞬間、地面の下から手を出してお主の足首を掴む。
     この動作は上方向の動きである為、お主が上方向にベクトル操作をしている瞬間は、
     能力の影響をほとんど受けずに済む。
     万一気付かれても、連続で能力が発動出来ないならば反撃を受ける怖れも無い。
     そしてお主の能力の特性上、一旦こうして密着し、儂が全く動かなければ、能力は無力化される」
銀はその場から一寸も動かないまま、
ハインリッヒの首を絞め続けた。

从 ゚∀从「がはッ……! ギィッ……!」
ハインリッヒが必死でもがくも、銀の手を首からはがすには至らなかった。
一歩一歩、しかし確実に、ハインリッヒは死へと近付いていく。



84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:22:39.52 ID:EwqvKGyp0
ミ,,゚(叉)「そして、お主の能力の最大の弱点。
     ――それは、お主自身じゃ。
     自分の能力を使いこなすことの出来なかったお主の未熟さが、
     この勝負の敗因じゃ!!」
止めと、銀がより一層の力を右手に込めた。

从 ゚∀从「ぐげらッ!!」
ハインリッヒの頚椎が砕け、有り得ない方向に頭が折れ曲がる。

そのまま銀の右手は肉と骨とを握り潰し、
ハインリッヒの頭部は胴体から離れて地面に転がり落ちた。

ミ,,゚(叉)「南無!!」
地面に転がったハインリッヒの頭部を、銀は右足で踏み潰す。
血と肉片と骨と脳漿が地面に撒き散り、ハインリッヒは完全に絶命するのだった。



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:24:20.45 ID:EwqvKGyp0



ミ,,゚(叉)「…………」
残ったハインリッヒの胴体を念入りに切り刻み、
万が一にも復活しないまで肉体を破壊したところで、
ようやく銀は一息ついた。

手強い相手だった。
一歩間違えれば、自分が死んでいてもおかしくはなかった。

ミ,,゚(叉)「…………」
今倒したハインリッヒという女も、セントジョーンズによって人外へと改造されたのだろうか。
あの、モナーと同じように。

ミ,,゚(叉)「…………!」
モナーもセントジョーンズも、道を踏み外した。
そして自分は、それを止めることが出来なかった。

どころか――
まかり間違えば、自分も彼らと同じ道を辿るかもしれないのだ……!



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:24:49.07 ID:EwqvKGyp0
ミ,,゚(叉)「…………」
銀は日本刀を鞘に納め、歩き出した。
JOW日本支部へと向かって。

随分と時間が経ってしまったが、
それでもいまから行けばまだ間に合う筈だ。
ドクオとロマネスクの、力になれる筈だ。

自分は何の為に闘っているのか。
ハインリッヒはそう聞いてきた。

今なら、答えられる気がする。
自分の闘う理由。
それは、そう、贖罪だ。

自分は、止めることが出来なかった。
モナーを。
セントジョーンズを。

だから、止めなければならない。
そう、今度こそは――


〜『血着! 〜ドス女VSハインリッヒ 後編〜』 終。
 次回、『『血着! 〜ロマネスクVSクックル〜』乞うご期待!〜



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/31(水) 21:25:57.98 ID:EwqvKGyp0
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