( ^ω^)がリプレイするようです

6: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:31:36.45 ID:sbshstFz0

Scene10:二〇〇七年二月、長崎

『「道は示したお。人はやり直せる。だから、頑張るお。」
道を示した?それはもしかして懲戒免職を受けたブーンが再就職が決まったという事を指すのだろうか?
「それじゃあ、さようならだお。どうか、元気で生きていくんだお。」
考えをまとめる間もなく、ブーンは電話を切った。』

                                「('A`)ドクオが生きるという事について考えるようです」



8: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:33:47.15 ID:sbshstFz0

駅前の広場は人でにぎわっていた。

数年前に建てられたばかりの、わりかし新しい駅ビルへと入っていくもの、
ベンチに腰かけて、広場のスタジオで行われているラジオの公開放送に耳を傾けるもの、
騒がしく談笑する学生たちと、駅を行きかう人々の種類は実に雑多で様々だった。

まだまだ田舎には変わりないが、
それでも自分がこの町を出た頃に比べればはるかに発展している。

( ,,゚Д゚)「俺も年を取ったもんだな」

降り立った駅前の喧騒をかきわけながら、ギコはひとりごちた。

駅前のバス停で時刻表を確認する。

ギコの生家は町の中心部から少し離れた山のふもとにあり、バスの便はあまり多くない。
次のバスはどうやら三十分後にくるようだ。少し時間をつぶさなければなるまい。
別に歩いても二時間ほどで着くのだが、さすがにそこまでの気力がギコには無かった。

『若いころはバス代を浮かすために平気で歩いていたのになぁ』と、再びの老いを実感したギコ。
そんな気持ちを振り払うように歩道橋をのぼり、駅の向かいのバッティングセンターに足を運ぶ。
そして、実に久しぶりのスウィングに精を出した。

残念ながらヒット性の当たりは一度も出なかったが、それでも気分はいくらかマシだった。



10: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:35:00.52 ID:sbshstFz0

冬なのに汗ばんだ身体。
羽織っていたコートをたたんで手に持ち、ギコはバス停へと急いだ。

途中の歩道橋の上で目的のバスが来たのを確認した彼は、全速力で走り出す。
息を切らしてバスに乗り込んだときには、スーツさえ着ていられないほどに身体が火照っていた。

スーツを脱ぎ、ネクタイをゆるめながら近場の席へと腰掛ける。
『ようやく一息つける』と、背もたれに身体を預けて深呼吸をひとつしたところで、
ふいに隣の席の人物から声をかけられた。

('、`*川「……あんた、ギコ坊かい!?」

( ,,゚Д゚)「……ペニサスのおばちゃんやっか!!」

見開いたギコの瞳の先で、老婆は懐かしそうに笑っていた。



12: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:37:17.21 ID:sbshstFz0

                              *

('、`*川「懐かしかもんたい。何年ぶりかね?」

( ,,゚Д゚)「……十年ぶりくらいじゃねぇか?」

('、`*川「ホントにあんたは顔も出さんで……一回くらい顔ば見せてもバチは当たらんさね」

( ,,゚Д゚)「いやいや、オイも年に一度は帰ってきとっとよ?
    ばってん、だいぶ前におばちゃん店ば閉めたやっか? だけん、会いたくても会えんかったっさ。
    にしてもまだ生きとって安心したばい。死んだとかとばっかり思っとったよ」

('、`*川「よう言うばいw 減らず口は相変わらずたい」

バスに揺られながら、ギコは懐かしい人との会話に口調がついゆるんでしまった。

隣の老婆をギコは子供のころからペニサスのおばちゃんと呼んでいた。
理由はいたって単純。
老婆が昔、ギコの生家の近くで『ペニサス商店』という名の駄菓子屋を営んでいたからだ。

ちなみに老婆の苗字は『伊藤』である。

それなのになぜそんなけったいな名前にしたのかを、幼いころのギコはたずねたことがあった。



13: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:38:44.62 ID:sbshstFz0

('、`*川「だって、ペニサスの方がハイカラな感じがするやろ?」

『あるあ……ねーよwwww』と、幼いギコは思ったものである。

それからギコが上京する間際まで駄菓子屋は続いたが、
ギコが長崎の地を出る数週間前に、ペニサスは店をたたんでしまった。

('、`*川「さすがに身体がもたんとよ」

大切な思い出の詰まった店がなくなるのを寂しく思ったギコだったが、
理由を聞いて納得せざるをえなかった。

大通りをひた走るバスの中、ギコはうれしそうに笑うペニサスに向けてたずねる。

( ,,゚Д゚)「……身体は大丈夫とね?」

('、`*川「ああ、おかげさんでね。
    こん年になると、体調が悪かとが原爆のせいか年取ったせいかわからんごとなるばいw」

そうつぶやいてにっこりと笑う老婆であったが、ギコには笑うことができなかった。



15: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:40:58.41 ID:sbshstFz0

『被爆者』 いわゆる原爆の被害者のことをこう呼ぶが、
長崎の町でその方たちを見かけるのはなにも珍しいことではない。

よその土地では、被爆者だから、被爆者の親族だからと言う理由で
婚姻を認めてもらえないなどの差別にあえいでいた時代もあったらしい。
そして、ギコが知らないだけで今でもその差別はこの日本に根強く残っているのかもしれない。
いや、残っているに違いない。

しかし、『ギコのまわり』に限ってみればそんな差別など存在しなかった。
ギコの死んだ父親だって被爆者だったし、
親族に被爆者の方がいるのは当たり前というまでではないが、ざらにあった。

被爆者を否定するということは、つまりは自分の存在を否定することと同義であり、
徹底された平和教育の成果もあいまってか、
少なくとも『ギコのまわり』で被爆者を差別することなんてありえないことだった。

(これはあくまでギコのまわり、ギコの生まれたころには、である。
それ以前、もしくはギコの知らない場所で差別が無かったかと言えばそれはもちろん嘘になる)

そして、毎年八月九日に長崎の学生はみな登校日ということで学校へと赴く。
十一時二分には市内にサイレンが鳴り渡り、平和のための黙祷をささげる。

それが全国共通の行事だと思っていたギコは、東京に出て驚いたものだ。
東京の人々はみな、十一時二分に黙祷をささげるどころか、
八月九日が何の日であるか知らない者さえ存在していたからだ。

そしてそれが当たり前だと知ったとき、やるせない気持ちになったのをギコはよく覚えていた。



16: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:44:37.65 ID:sbshstFz0

窓から見える懐かしい風景を眺めながらそんなことを考えていると、
バスは大通りを抜け、狭い路地の裏手に入った。

路地の裏手は一車線弱の道をむりやり二車線にしたような道で
こんな狭い道をバスがよく通れるものだとギコが感心していると、隣のペニサスが再び話しかけてくる。

('、`*川「東京の暮らしはうまいっとるとね?」

( ,,゚Д゚)「……ああ。できの悪か部下ばもって苦労しとるけど、仕事は楽しかばい」

('、`*川「そりゃあよかったばいw」

とっさにギコは嘘をついた。

仕事だって私生活だって何一つうまくいっていない。
いつでも何かを自分はもてあましている。

そんな現状を何とかしようにも、
何からはじめればいいか、何をどうすればいいのか、皆目見当もつかない。

おまけに唯一うまくいっていた部下との関係も、よくわからないうちに壊れかけている。
『腐った根性をたたきなおしてこい』と言われても、自分の何が腐っているかがわからない。

何が悪いのだろう? 何が悪かったのだろう?

悩めば悩むほどすべてが悪いようにも思えて、そしてすべてが悪くないようにも思えて、
もはや悩むことさえ馬鹿馬鹿しくなってやめてしまいたくなる。



19: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:46:46.03 ID:sbshstFz0

('、`*川「あの暴れ者のガキ大将が刑事なんかやっとるなんて、世の中わからんもんたいねぇ」

隣から聞こえるペニサスの声。
さまよう自分の心中を察せられぬよう、ギコは平静をよそおいつつ声を返す。

( ,,゚Д゚)「うっせぇなぁw 言うほど暴れとらんかったやろうが?」

('、`*川「いーや、ひどかった。隣町のもんといつもケンカばしとったやろうが?
     いつも鼻たらしながら傷ばつくってうちの店に顔ば出して……クドクドクド……」

それからしばらく、ギコはペニサスに長々と昔のことで説教をされる羽目になった。

過去の行いを説教されるというのはなんとも腑に落ちないところではあるが、
説教されるということ事態が久しぶりのことで、その新鮮味がギコには妙にこそばゆかった。

(といってもギコはことあるごとに署長から説教をくらっているが、
当の本人は説教されているなんて猫の額ほども思っちゃいない)

やがて説教も佳境に入ると、ペニサスは腕を組み、コクコクとうなずきながらしみじみと言う。

('、`*川「でも、あんたは悪ガキやったばってん、
     正義感の強くて筋の一本とおった、下のもんの面倒ばよう見る子やったけんね。
     刑事なんて天職やろうが?」



22: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:48:40.94 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「……」

そんなことないんだ。

俺はいまだ下っ端で、部下にも見放されたようなダメなヤツなんだよ。
ついでにかみさんとの夜の生活なんかまったくない。男としてもからっきしダメだ。

ペニサスの言葉に自嘲気味な笑いを浮かべるギコ。
そんな彼を、ペニサスは隣の席から、にっこりと笑いながら覗き込んでくる。

孫の成功を疑わない祖母のように柔和な、菩薩のような笑顔。
それが胸に痛くて、申し訳なくて、ギコはあわてて話をそらした。

( ,,゚Д゚)「け、刑事も大変かとよ!? ほ、ほら、知っとるか?
    ホームレス連続殺傷事件のこと! あの事件の担当、俺なんだよ!!」

('、`*川「ほ、本当ね!? 内藤さんが殺された事件やろ!?」

( ,,゚Д゚)「そうそう。でも捜査がうまくいっとらんとよ。なかなか情報が少なくてなぁ……」

('、`*川「……本当に世の中は狭かねぇ」

『そうたい、そうたい』と、ふたりはコクコクとうなずき合った。



23: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:50:07.52 ID:sbshstFz0

そこでギコはハッと気づいた。

『内藤さん』ってどういうことだ? なぜ『さん』付けなのだ?

ペニサスはあたかも被害者の内藤を知っているかのような口ぶりをした。
不審に思い振り向いたギコの隣で、
ペニサスは相変わらず『世の中は狭かねぇ〜』としみじみとつぶやいている。

表情を一変させてギコは聞く。

(; ,,゚Д゚)「ちょ、ちょっと待て。おばちゃん、内藤ば知っとるとね!?」

急に鬼の形相で迫ってきたギコに肩をつかまれ、おどおどとするペニサス。

('、`*;川「い、いや、あたしは直接の面識はなかばってん、
    『被爆者の会』で仲の良か渡辺さんが知り合いやったらしくて、話ば聞かせてもらったとよ」

( ,,゚Д゚)「……なるほど」

とたんにギコの目が悪ガキから刑事のそれへと変化する。



24: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:52:03.69 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「おばちゃん、その人に会わせてくれ! 話を聞きたいんだゴルァ!!」

('、`*;川「そ、それはよかばってん……」

バスの隅まで響き渡るギコの声に驚いた表情を見せるペニサスであったが、
周囲の様子を伺いながら一言。

('、`*川「……あんたの降りるバス停、ここやろ?」





( ,,゚Д゚)「あ」






間抜けな一言を残したギコを乗せ、バスは無情にも発進した。



25: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:56:00.05 ID:sbshstFz0

                            *

帰郷最後の日、ギコはひとり、生家の近くの山を登っていた。

昔はけもの道同然だった山道も、今ではそれなりに整備されすっかり歩きやすくなっている。

人が関わっていく場所は次々と変わっていく。
それは町並みであったり、周囲を取り巻く環境だったり、人間自身であったりもする。

しかし、山道から見える山中の風景は幼いころとはなんら変わりない。
秘密基地を作るために釘を打ち付けた木々も、道半ばにある小川も、山中に設けられた防空壕も、
昔となんら変わることなくギコを迎えてくれた。

( ,,゚Д゚)「変わらないって事はいいもんだな」

そうつぶやいたギコだったが、そんなものなど滅多にないことくらい良くわかっていた。
変わらないものなんてこの世にはほとんど存在しない。だからこそそれは貴重でいとおしいのだ。

時は刻一刻と流れていくし、今見ている風景だって数百年後には様変わりしているだろう。
人間なんてその最たるもので、一日を経るごとにどんどんと変わっていく。
そして百年も経てば世界に存在する人間のほぼすべてが死に、あらたな世代に交代する。

それはこの世に生を受けたすべての命に定められた宿命であり、逃れることなどできようもない。



27: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 01:57:58.81 ID:sbshstFz0

それならば如何に変わっていくかが重要になってくるわけなのだが、
どのように変わればいいのか、どれが正しくてどれが間違いなのか、そんなことなどわかるはずもなく、
すぐに思考を切り離したギコは、ただ黙々と目の前に広がる山道を登ることに専念した。

緑の枕木で補強された階段を踏みしめると、まもなく頂上付近へと到着した。

見上げれば木々のカーテンはいまだ頭上を覆っており、空はその隙間からわずかな青をのぞかせるだけ。
視線をおろせば、目の前には神社の鳥居。
四国に本山のある神社の数ある分殿のひとつであるその先は、敷かれた石畳に導かれていた。

鳥居をくぐり、石畳に沿って歩を進めるギコ。
あたりは神のむしろにふさわしい静寂で、冬という季節もあいまってか、鳥の鳴き声ひとつ響かない。
しんと冷える空気に汗ばんだ身体を震わせ、ギコは神社のさらに奥を目指した。

やがて周囲から建物や石畳は消え、土ばかりの地面と高く伸びた木々だけが目立つようになる。

さらに二分ほど歩くとそれらも姿を消し、ギコの目の前に懐かしい風景が広がった。



29: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:00:05.99 ID:sbshstFz0

野球場の半分ほどの広さの草原だった。

冬なのに膝丈ほどまでに伸びた草々は青々と茂っており、ゆるやかな木枯らしにさらさらと踊っている。
覆うものなど何もない空は青に白が映えており、一時間ぶりの太陽は実にまぶしかった。

南側の草原はゆったりとした丘陵地帯になっており、
そのてっぺんにはギコの背丈の二倍ほどの岩が、ぽつりと、まるで墓標のようにそびえ立っている。

誰が何の目的でそこに岩を持ってきたのか。
その答えは誰も知らず、ギコは勝手に誰かの墓標と解釈すると、
昔と同じように手を合わせ一礼する。その岩を背もたれにして、草原に腰掛けた。

落ち着ける場所だった。

この場所を見つけたのは小学生のときのオリエンテーリングが最初。
それから何かいやなことがあると、ふらりとこの場所に足が進んでしまう。
しかしそれも長崎を出るまでのことで、それ以来、この場所に来たのは実に数十年ぶりにことだった。

見上げれば蒼い空、見渡せば青い草。

変わらない懐かしい風景に身をつつまれ、ギコは先日の出来事を思い出していた。



30: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:01:58.85 ID:sbshstFz0

                    *

从'ー'从「内藤さんはね、むかしね、近所に住んでいたのよ〜」

ペニサスを通じて会わせてもらった渡辺さんは七十代の老婆だった。
なんだかしゃべり方が間延びしていてイライラするが、そこは我慢だった。

从'ー'从「奥さんのツンさんと、あ〜、本当の名前は麗子さんっていうんだけどね、
     その人と仲良く暮らしていたのね〜。内藤さんね、よく奥さんに殴られてたな〜」

それは仲が良いと言っていいのか?
それよりもなぜ渡辺さんは長崎弁のなまりがないのだろうか?
ギコは妙なところばかり気になってしまっていた。

从'ー'从「そのときの私はまだ十代半ばの女学生でね、すっごくモテたんだよ〜。
     あ、いまでもモテモテなんだけどね〜」

んなこと聞いちゃいねーよ。さっさと本題に入りやがれ。

もちろんそんな心中を表情に出すことなく、
ギコは愛想笑いを浮かべながら渡辺さんの話を聞いていた。



31: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:04:32.60 ID:sbshstFz0

从'ー'从「内藤さんはね、すごく話しやすい人だったんだよ〜。
     だけど、どこか影のあるひとだった。あんまり男前じゃなかったけど、
     そんなところに私は惹かれちゃって〜、私はね、彼に想いを打ち明けたの〜」

( ,,゚Д゚)<ぶへぼぁ!

ギコは口にしていた緑茶をふきだした。
なんてことを言い出すんだ、このばあさんは。
大体、内藤には妻がいたんだろう……そんな男に告白なんてしないだろう……常識的に考えて。

口の周りをぬぐうギコを不思議そうな表情で眺めながら、渡辺さんは続ける。

从'ー'从「結局は断られちゃったんだけど〜、
     私はあきらめないで内藤さんのおうちに遊びに行ったの〜」

やることなすこと大胆だな、この女性は。
あきれるを通り越して半ば尊敬にも似たまなざしを向けながら、ギコは彼女の話にさらに耳を傾けた。

从'ー'从「内藤さんのおうちで夕食をいただいているとね、
     なんとなくだけどね、ふたりは愛し合っているんだな〜ってわかったの〜。
     普段はツンさんのお尻に内藤さんが敷かれている感じだったけど〜、
     ときどき見せる……なんて言うのかな、『目と目で通じ合う』みたいな感じがふたりにはあったのよね〜。

     そんなの見せつけられたら、私もあきらめるしかなくてね〜。内藤さんのおうちにいかなくなったの〜。
     だけど、そんな私を心配してツンさんがおうちに呼んでくれてね〜。
     それから、ツンさんと私はおねえちゃんと妹みたいな関係になったの〜」



32: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:07:26.22 ID:sbshstFz0

从'ー'从「ツンさんにはいろいろ教えてもらったな〜。
     お裁縫とか〜、お料理とか〜、それこそ家事全般を教えてもらったわ〜。
     すごく優しくて、でも怒ったら般若(ゆりしー)になるの〜。
     だけど私はツンさんのことが大好きだった〜」

内藤麗子との日々を思い出したのであろう、渡辺さんは話しながらクスクスと笑う。

どういう経緯で内藤夫妻と渡辺さんが仲良くなったかは一応わかった。
しかし、夫を狙った女と狙われた妻が仲良くなるものなのだろうか? 女の友情とはよくわからん。

そんな思案をめぐらせるギコの視線の先では、渡辺さんの表情が明らかに変化しつつあった。

从'ー'从「だけどある日突然、ツンさんは足腰が立たなくなっちゃったの〜。
     ツンさんは過労だろうって笑ってたけど、内藤さんは心配してすぐにお医者さんを呼んだの〜。
     でもお医者さんにもその原因はわからなくて、『安静になさい』ってだけ言って〜……」

そこまで言うと、突然、渡辺さんは両手で顔を覆ってわんわんと泣き始めた。
ギコに同行していたペニサスが、渡辺さんの背中をさすりながらなだめる。

しばらくして落ち着いたらしい渡辺さんは、それでもしゃくりをあげながら、涙声で続ける。



34: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:09:12.07 ID:sbshstFz0

从;ー;从「そのあとすぐわかったの〜。ツンさんは原爆症だったの〜。
      ツンさんは……それからどんどん痩せていって……、
      きれいだった髪は抜けてぼろぼろになって、血を吐いて『う〜う〜』ってうめくだけになって……、
      最後には目も見えなくなって……、苦しみながら死んでいったの〜……」

再び顔を両手で覆うと、渡辺さんは悲痛な声をあげる。

从;ー;从「なんで……なんであんな素敵な人があんなむごい死に方をしなければならなかったの〜?
      ひどいよ〜……あんまりだよ〜! 残された内藤さんだってかわいそうすぎるよ〜〜!!
      それに〜……」

渡辺さんは狂ったように首を振ると、悲鳴にも似た声で叫ぶ。

从;ー;从「……私もツンさんみたいにいつか死ぬのかと思ったら、怖くて怖くてたまらなかった〜!!
     私だって被爆者なの〜! ふいに独りになったときツンさんの死に方が頭の中にあらわれて、
     私も同じように死ぬって考えたら、狂いそうなくらいに不安になるの〜〜!
     ねぇ〜!? どうして私たちがこんな目にあわなきゃならないの〜!?
     ツンさんも、私も、ぺニサスも、他のみんなも、何も悪いことなんてしていないんだよ〜!?」

泣き叫ぶ渡辺さん。
ペニサスは彼女を抱きしめてやさしくなだめる。

目の前に広がる光景を目にして、ギコは舌を打った。



35: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:12:49.50 ID:sbshstFz0

うかつだった。

被爆者にその過去を聞くということは、
思い出したくもないであろう陰惨な体験を無理やり思い出させて語らせるということ。
ふたを閉めても臭ってくる過去の古傷を無理やりこじ開けて塩を塗りこむというこ。

どうしてこんな簡単なことに気づかなかった? 

自分の中の好奇心を最優先させるあまり、
渡辺さんの、そしてペニサスの苦しみなんかこれっぽっちも考えちゃいなかった。
しかも、感謝の気持ちを忘れ、心の中で悪態までついていた始末だ。

最低だ。
自分は最低の人間だ。
刑事としても。人間としても。
そしてなにより、長崎で育ったひとりの子供としても。

( ,,゚Д゚)「つらい話をさせて……本当にすみませんでした……」

深々と礼をするギコ。それが彼に出来る精一杯のことだった。

これ以上ここにいても、自分には何もできない。
できることと言えば、渡辺さんの気持ちを害することだけ。

そう思い、そのまま立ち上がりその場を去ろうとした彼を、渡辺さんは涙声で呼び止めた。



37: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:15:51.96 ID:sbshstFz0

从;ー;从「……内藤さんがそれからどんな人生を歩いたのか、あなた知ってる〜?」

( ,,゚Д゚)「……申し訳ない。私も今、それを調べている最中なんです」

从;ー;从「そうなの〜……」

残念そうな声を上げると、渡辺さんは涙をぬぐいながら続ける。

从;ー;从「内藤さんはツンさんのお葬式を終わらせたあと、
      何もかもを売り払って、この街を出て行っちゃった〜……。
      最後に私は、内藤さんに『これからどこへ行くの?』って尋ねたの〜。
      そしたら内藤さんは『僕はどこへ行くのかな?』って寂しそうに笑っただけ……。
      それが、私の見た内藤さんの最後の姿〜……」

しばらくの沈黙。
やがて渡辺さんはしかめた顔を上げ、最後に言った。

从'ー'从「だけど、私は信じてる〜。
     内藤さんはツンさんを失った。だけど、きっとそれからも強く生きたはずだわ〜。
     私だってそう〜。死の恐怖に襲われたり、たくさんの大切なものを失ったりしたけれど、
     それでも前を向いて強く生きてきた〜。
     私にできたことが内藤さんにできないはずがないもの〜。
     ギコさん。内藤さんのその後の人生がわかったら、私にも教えてくださいね〜」

そう言って、渡辺さんはニッコリと笑って見せた。



39: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:19:16.28 ID:sbshstFz0

                         *

渡辺さんの家を出たあと、ギコとぺニサスの二人は夕暮れの家路をたどっていた。

この国の西の果て。
日差しは心なしか強く感じられ、まるで心中を見透かすかのようにギコを照らす。

( ,, Д )「おばちゃん……」

('、`*川「……なんね?」

( ,, Д )「……すまなかった」

立ち止まり深々と礼をしたギコの姿は、
たそがれの日に照らされてオレンジに染まっていた。

( ,, Д )「おばちゃん達にとって、原爆の記憶は思い出したくもない過去のはずだ。
    それを俺は……無理やり蒸し返させるようなマネをして……」

礼を尽くし、下を向いたまま呟くギコ。
アスファルトに小さな黒い染みが出来た。

( ,, Д )「俺は……そのことを知っていた……。知っていたはずなのに……俺は……」



40: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:20:21.08 ID:sbshstFz0

('、`*川「顔ば上げんね、ギコ」

静かで優しいぺニサスの声。
昔何度も投げかけられた声に、ギコはうつむけた顔をゆっくりと上げた。

('、`*川「それがあんたの仕事やろうが? なら、あんたは堂々としとけば良かと」

自分の失態を包み込むぺニサス。
その優しさが、今のギコには痛かった。

( ,, ;Д;)「そう……やけどさ……」

ギコの目から涙がこぼれ落ちる。
数十年ぶりの涙を隠そうともせず、彼は続ける。



41: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:21:25.72 ID:sbshstFz0

( ,, ;Д;)「俺は刑事だ!
     いい年していまだに下っ端のダメ刑事やけど、それでもたくさんの涙を見てきたんだ!!
     被害者はみんなつらいんだ! つらい過去を話すとき、みんな涙を流すんだ!!
     それなのに俺は……それを知っていたはずなのに俺は……
     渡辺さんに……感謝の気持ちを忘れて……無理やり話させるようなマネをして……」

無精ひげだらけの頬を伝い、ギコの涙はアスファルトにさらなる染みを作る。

( ,, ;Д;)「今の俺が満たされてねー理由が、今ならホント良くわかるわ……
     自分からは何もしないで、当たり前のことを忘れて、
     現状に不満ばかり言ってガキみたいにふてくされてよ……
     仕舞いにゃ俺を慕ってついて来てくれる部下にまで愚痴を言う始末だ……」



44: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:24:00.73 ID:sbshstFz0

忘れていたのは、かつての自分にとってはごくごく当たり前だったこと。


『理不尽に殺された人間の無念を晴らす』 

刑事という職業を志した若かりしころの誓い。


『前を向いて、笑って、まっすぐ生きろ』

駆け出しの頃に出会った被害者の遺族の少年に向けて放った一言。
そして、力強く頷いた少年の瞳の輝き。


『俺についてきてくれないか』

タバコ屋の前という在りえない場所で頭を下げた自分と、
それを笑って快諾してくれた妻の顔。


『俺たちの仕事は事件を解決することだ。
警官同士のメンツ争いや派閥争いなんて糞みてぇなことは気にすんじゃねーぞ』

部下が出来るたびに繰り返し言い続けてきた台詞。
そんな自分に、ただ一人ついてきてくれた長岡のアホ面。



45: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:25:19.53 ID:sbshstFz0

理想だけを追い求めて、追い続けて、
蜘蛛の糸のように絡みついてくる周りの罵声や嘲笑を跳ね飛ばして、
ついて来てくれる数少ない人間を巻き込んで走り続けてきた。

何もない若い頃はそれでもよかった。

しかし、自分が馬鹿にし続けてきた派閥やメンツの中をうまく立ち回り、
世間に絡まる蜘蛛の糸をスマートに潜り抜けていった同期や初期の部下たちは自分の役職を追い越し、
いまやノンキャリでもそれなりの地位や派閥の一員といった目に見える何かを手に入れている。

一方で、青臭い理想論を振りかざし続けた自分には何も残っていない。

いや、安月給のさえない自分についてきてくれた妻と、
『暴走刑事』として蔑まれる肩身の狭い自分を慕う長岡だけは残っていた。

しかし、それさえも自分は手放してしまった。



47: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:27:16.52 ID:sbshstFz0

家政婦とでも勘違いしていたのか、家事その他、家のことはすべて妻に任せっぱなし。
そんな彼女に優しい言葉をかけることはおろか、たまの休みは疲れているからと部屋で寝るだけ。

夫婦の営みすらも拒み続けてきた結果、厄年を過ぎた今でも子供はおらず、
家庭に残るのは妻の冷たい背中と、惰性だけで続く寒々しい同居生活のみ。

唯一残っていた長岡との師弟関係も幕を閉じた。

思い返せば、博多駅のホームではなったギコの言葉は、
愚直なまでに自分についてきてくれた彼に対する裏切り以外の何物でもなかった。

今なら、肩を怒らせながらホームの雑踏に消えた長岡の姿は、
自らが追い求めてきた理想の最後のひと欠片だったと気づくことが出来る。

『お、おい! どこに行くんだ!!』

年甲斐もなく狼狽して叫んだ自分の姿は、
追い求めてきた理想が消え去っていくのを無意識に自覚した結果出た言葉だったのだろう。

自ら誓った想い、放ったすべての言葉にそむいて、今ここで立ち尽くす自分。

残っているものなど、何もないような気がした。



49: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:29:42.08 ID:sbshstFz0

( ,, ;Д;)「ははは……そりゃ嫁も部下も愛想つかすわけたい……
     俺には何にも残ってねーや…… 俺、ホントに救いようのないバカやん……」

力の抜けきった身体から発せられたのは絶望の声。
拠るべき理想も、支えてくれる人も自ら手放した結果の虚無の音。

ギコは、今なら内藤ホライゾンが笑って死ねた理由がわかる気がした。

人が笑って死ねるのはいつなのか。

天寿を全うし、親類縁者に看取られながら死ぬとき? 違う。
夢をかなえ、理想にたどり着いた道の先に死があるとき? 違う。

それはきっと、何もかもを失ったときなのだろう。

つらいことだらけの浮世の中で大切な人々や希望を失い、
絶望だけが残される世界の中で目の前に死が現れたとき、初めて人は笑って死ねるのだろう。

そしてその先、輪廻の輪の向こう側に失った希望と人々を見て、
来るべき新たな生にその理想を託し、現世の冷たい土の上で独りのたれ死ぬのだろう。

日は完全に落ちていた。東の空からは夜の闇が迫ってきている。
限りなく黒に近い濃紺の東空を見つめ、ギコの口が言葉を形作る。

( ,,;Д;)「……もう死にてぇわ」



51: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:32:09.87 ID:sbshstFz0

('、`*川「馬鹿言いなさんな!」

視界が一瞬真っ暗になるとともに頬に衝撃が走り、ギコは地面にもんどりうった。

痛む頬を押さえながら見上げれば、
そこには震えるこぶしを握り締めながらこちらをにらみつけるぺニサスがいた。

('、`*川「死にたい? そんなこと軽々しく口にするんじゃなか!」

( ,,;Д(#)「痛ぇよ……グーで殴んなよ……」

('、`*川「はん! 頭がパーな馬鹿にはグーで殴らんと勝てんやろうが!」

( ,,;Д(#)「パーに勝つにはチョキだろう……」

悔し紛れにつぶやいた瞬間、ギコの視覚は完全に機能しなくなった。
直後、両目が激しい痛みを訴える。

( ,,3Д3)「あんぎゃあああああああああああ! 何するんだ糞ババア!!」

v('ー`*川「お望みどおりチョキで殴ってやったとたい」

両目がようやく視界を取り戻したとき、目の前にはこちらに向けてピースするぺニサスがいた。
どうやらギコは彼女に目潰しをされたらしい。



53: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:34:51.88 ID:sbshstFz0

( ,,3Д3)「冗談じゃねえ! 失明したらどうすんだ!?」

('、`*川「なんば言いよっとか。あんた、さっきまで死にたいって言っとったやろうが。
     失明くらいたいしたことないやろう?」

そう言われると返す言葉もなく、ギコは地面にしゃがみこんでうなだれた。
ぺニサスは彼を見下ろし、厳しい表情のまま、しかし柔らかな口調で諭す。

('、`*川「軽々しく死ぬなんて言うな。なんね? 
    それは被爆して、いつ死ぬかもわからんままに生きてきたあたしや渡辺さんに対する侮辱ね?」

( ,,3Д3)「……それは悪かった。謝る」

流石に失言を自覚したギコは、うなだれたまま心ばかり頭を下げる。

( ,,゚Д゚)「でも、俺には何も残っちゃいないんだ。
    嫁にも部下にも見放されて、仕事の目標もとっくに失ってよ……」

('、`*川「ホント、なんば言いよっとかねえ……」

ギコの力ない声に、ぺニサスは心底あきれた口調で言葉を返す。
むっとしてギコが顔を上げると、厳しい表情だったぺニサスの顔にわずかな笑みが浮かんでいた。

乾いた肌。刻まれた深いしわ。それなのに妙に艶っぽい老婆の唇が、言葉をつむぐ。

('ー`*川「あんたには、あんたが残っとるたい」



54: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:36:47.10 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「……」

目を丸くし、間抜けに口を開けたまま、ギコはぺニサスの言葉を胸の奥で反芻する。
そんなギコを見下ろしながら、なぜか懐かしそうな表情でぺニサスは続ける。

('ー`*川「目標を失ったらまた新しい目標ば立てれば良か。
     部下に見放されたら信頼ば取り戻せば良か。
     嫁さんに愛想つかされたら、も一回嫁さんの気ば引く努力ばすれば良かだけやっか。
     そげん簡単なこともあんたはわからんとか?」

( ,,゚Д゚)「……いや、それはそうやけど」

('ー`*川「あんたは生きとる。刑事って立派な職も持っとる。
     それだけあれば、あんたは十分にやり直せるさ」

( ,,゚Д゚)「俺は……生きてる……」

ギコは自分の両手のひらを見つめ、合わせた。

冷たい外気など無視して暖かい自分の手のひら。
血の通った、まごう事無き生の証をそこに確かに感じる。



56: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:38:45.58 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「俺は……やり直せるのか?」

('、`*川「当たり前やろうが。
    なんね? もしかしてあんた、死ねば人生やり直せるとでも思ったとね?」

( ,,゚Д゚)「いや……そんなことは……」

曖昧に否定したギコだったが、正直言うとそんな期待をしていた。
いや、期待と呼ぶのも愚かな、夢想とでも言うべき絵空事を頭の中に描いていた。

何もかもを失った自分の目の前に、神さまが、もしくはそれに準ずる何かが現れて、
『あなたにリプレイさせてあげましょう』と言ってくれるのだ。

そして自分は過去に赴き、間違いだった判断を覆し、後悔を払拭して、理想の人生を歩んでいく。

そんな、三流ドラマにも使えないような淡い妄想を描いていた。



57: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:40:36.31 ID:sbshstFz0

('、`*川「死んで人生をやり直せるならみんな喜んで死んどるさ。
    それが出来んから、みんな歯を食いしばりながら必死に生きとるとよ。
    死んだらそれまで。何にもならん。
    それは刑事のあんたが一番良くわかっとるはずじゃなかとね?」

ぺニサスのその一言で、ギコは完全に夢から覚めた。

そうだ。死んでは何にもならないし、何も始まらない。

死人は何も出来ず、残された遺族は悲しみにくれるだけ。
だからこそ、自分たち刑事は殺された者と残された者の無念を晴らすために動くのだ。

そして、自分は生きている。
手放した人も理想も、また手繰り寄せればいいだけの話だ。

簡単なことじゃない。
だけど、一度死にたいほどの絶望に駆られた自分なら出来る気がした。

生きてさえいれば、何かが出来るのだ。



59: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:43:06.63 ID:sbshstFz0

('ー`*川「わかったか?」

かすかに芽生えた希望の息吹に想いを寄せていたギコ。
ぺニサスは彼の前へと歩み寄ると、背伸びをして、ギコの頭上にポンと手を置く。

('ー`*川「やれやれ。昔はあげん小さかったとに、いつの間にかこげん大きくなりよって。
     おかげで背伸びせんば昔みたいに頭ばなでられんやっかw」

( ,,゚Д゚)「ややや、止めろYO! 俺はもうガキじゃねーんだ!」

('ー`*川「なんば言いよっとか。あんたはガキのまんまたい。
     不器用さも、まっすぐさも、バカみたいに昔のままたい。
     あんたのそげんところに惹かれたけん、ガキどもはあんたば大将に押し上げたとたい?
     だけん、あんたはそんままで良かと。
     胸ば張らんね。あんたなら今からでも人生をやり直せるさ」

目の前まで迫るぺニサスの顔。
ニッコリと笑う彼女のしわまでもが、今のギコにはハッキリと見えた。

先ほどまで流した涙と愚痴が恥ずかしく、ぺニサスから眼をそらしたギコ。

視線の先、闇に染まった西の空には、一番星がポツリと輝いていた。



60: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:44:57.81 ID:sbshstFz0

                        *

('、`*川「家の前まで送ってもらってすまんねぇ」

( ,,゚Д゚)「気にすんな。ついでやけん」

ぺニサスを家まで送り届けたギコ。あたりはもうすっかり暗くなっていた。
周囲に街頭はほとんどない。そんな黒の世界の中で、木々は風を受けてざわめく。

('、`*川「あんた、東京にはいつ帰っとね?」

( ,,゚Д゚)「ああ。明後日に帰るわ」

('、`*川「そうね」

ぺニサスはギコにくるりと背を向け、ぽつりと呟いた。

('、`*川「頑張らんね。奥さんにも部下さんにもよろしく言っといてな。
     あと、土産はちゃんと買っていかんと本当に愛想つかされるけんね?」



61: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:46:31.57 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「あー、わかったわかった」

はにかんだように笑い、ギコもぺニサスに背を向けた。

互いに右足を前に出した。
舗装されていない道が『ジャリッ』と乾いた音を立てる。

そして歩き出そうとしたそのとき、ふいにギコの頭に疑問が浮かんだ。
もう一度振り返り、彼はぺニサスの後姿を見据える。

( ,,゚Д゚)「……そーいえばさ」

('、`*川「……なんね?」

( ,,゚Д゚)「渡辺さんの話には内藤の娘のことが一回も出てこんかったけど、どうしてや?」

('、`*川「……はあ? あんた、なんば言いよっと?」

ギコの言葉に、ぺニサスは驚いたように振り返る。
次に彼女の口から発せられた言葉に、ギコは自分の耳を疑った。

('、`*川「内藤さんに、子供はおらんかったはずよ?」



64: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:48:17.49 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「ちょ……ちょっと待てよ……嘘だろ?」

強い風が吹いた。

木々のざわめきは激しさを増す。
コートの裾がバサバサと音を奏でる。
ギコの声が、夜の闇を裂く。

交錯する様々な音、そして事実。

夜の闇はそれらすべてを包み込んで、ただ超然とそこに存在していた。

('、`*川「なんでそんな嘘つく必要があっとね? 
     なんなら今から電話で渡辺さんに聞いてみるね?」

暗がりの中、心底不思議そうな声をぺニサスは返す。

ギコは首を振りその場で携帯を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。



65: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:50:04.72 ID:sbshstFz0

( ゚∀゚)『ういーっす、長岡君でーす』

( ,,゚Д゚)「おう。俺だ」

(;゚∀゚)『ドスの聞いたその声……まさかてめぇ!
    ひろゆき組系暴力団の幹部、ホースフェイス穴子か!?』

( ,,゚Д゚)「バカ野郎! 上司の声と暴力団の声を聞き分けられんのか!? 
    つーか俺の番号携帯に入れとけよ!!」

( ゚∀゚)『あ、その「バカ野郎」はギコさんじゃないスか!
    まだ長崎いるんスか? 署長カンカンっスよwwwwwwwww』



68: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:51:26.89 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「んなこと、有給取ってんだからどーだっていいんだよ! それより内藤の戸籍はあるか!?」

(;゚∀゚)『内藤の戸籍!? ちょっと待ってくださいね。
    確かこの辺に……ってのわああああああああああああああああああああ!!』

( ,,゚Д゚)「バカ野郎! 自分の席はちゃんと整理しとけって言っただろうが!!」

( ゚∀゚)『ごめんなさーいっと……えーっと……あったあった。で、内藤の戸籍がどうしたんスか?』

( ,,゚Д゚)「娘だ! 娘の欄を見ろ!」

( ゚∀゚)『娘ぇ!? 内藤麗羅がどうしたんスか?』

( ,,゚Д゚)「いねぇんだよ!」

( ゚∀゚)『パードゥン?』

( ,,゚Д゚)「内藤に娘はいねぇんだよ!」



70: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:53:25.25 ID:sbshstFz0

(;゚∀゚)『な、何言ってんのあんた!? ボケちゃったの!? 戸籍にはこの通りちゃんと……』

( ,,゚Д゚)「俺も知ってる! しかし、確かな筋の情報なんだ!!」 

(;゚∀゚)『ちょwwwwwwwwwじゃあ、この麗羅って誰よwwwwwwwwwwwww』

( ,,゚Д゚)「俺が知るか! 俺が戻る明後日までに内藤麗羅について調べ上げとけ!!」

(;゚∀゚)『ちょwwwwwwwwwやっと仕事片付いたのにwwwwwwwwwwwwww』

( ,,゚Д゚)「明後日までになんの情報も出せなかったら『ごめんなさい文』百枚な」

( ;∀;)『そんなああああああああああああああああああああああああああああ』

長岡の断末魔を無情に聞き流し、ギコは電話を切った。


( ,,゚Д゚)「……誰だよ……内藤麗羅って……」


呆然と呟いたギコの言葉は、風に乗って夜の闇に溶けて消えた。



74: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:55:31.44 ID:sbshstFz0

                         *

( ,,‐Д゚)「……んあ」

眼を開けると、あたりに広がっていたのは緑の草原だった。
久方ぶりの山登りに疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

( ,,゚Д゚)「ふぁ〜あ。こんな草原で寝ちまうなんて、俺も年だな」

背もたれとしていた岩から起き上がり、大きく伸びをしたギコ。
そのままポケットから携帯を取り出し、電波を確認する。

ディスプレイ上のアンテナは三本しっかり立っている。いわゆるバリ3だ。

( ,,゚Д゚)「こんな山の天辺まで電波が届くとは……携帯のカバー範囲はすごいもんだな」

言葉の内容のわりにたいして感心していない態度のギコ。
アドレス帳を開くと、ためらいなく発信ボタンを押した。



76: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:56:59.77 ID:sbshstFz0

( ゚∀゚)『はーい。長岡君でーす』

( ,,゚Д゚)「おう。俺だ」

(;゚∀゚)『熊のうめきのような低い声……。
   まさかてめぇ! ひろゆき組系暴力団幹部のウニヘアー伊藤か!?』

( ,,゚Д゚)「バカ野郎! 俺だって言ってんだろうが! いい加減俺の番号登録しろよ!!」

( ゚∀゚)『冗談っスよ。 で、なんの用っスか?』

( ,,゚Д゚)「なんの用じゃねーだろ! 内藤麗羅の情報は手に入ったのか!?」

( ゚∀゚)『あははー。さっぱりー』

( ,,゚Д゚)「何が『あははー』だ! ふざけんなゴルァ!!」

(;゚∀゚)『いやー、ググッてみたんスけどね、まったくヒットしないんスよこれが』

( ,,゚Д゚)「ググッたってお前……」

部下のあまりの情けなさにギコは泣きたくなった。



78: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 02:59:32.11 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「……内藤麗羅の死亡年月日は?」

( ゚∀゚)『はい? えーっと……一九七×年八月×日ッスね』

( ,,゚Д゚)「そんじゃあその前後の新聞記事を調べりゃいいじゃねぇかゴルァ!!」

( ゚∀゚)『なるほど! ギコさんちょー頭いいっスね!』

( ,,゚Д゚)「オマエはホントにもう……。
    いいか!? 今日中に調べ上げとけよ!! そんじゃあな!!」

( ゚∀゚)『ちょっと待った―――!!』

通話口から響く長岡の大声。
ギコは異常な鼓膜の震えに顔をしかめ、叫ぶ。

( ,,゚Д゚)「耳が……耳がぁああぁあぁぁぁあ!!」

( ゚∀゚)『ミミガー? 沖縄に行きたいんスか?』

( ,,゚Д゚)「違う! 声がでけぇって言ってんだよゴルァ!」

( ゚∀゚)<マジっスかああああああああああああああああああああああああああああああ!!

( ,,゚Д゚)<ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!



80: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 03:01:44.03 ID:sbshstFz0

( ゚∀゚)『ギコさん、忙しい僕にはあんたとコントしてる暇なんて無いんですけど?』

( ,,゚Д゚)「そりゃこっちの台詞だ! いったいなんだ!?」

( ゚∀゚)『ギコさん、なんかありました?』

( ,,゚Д゚)「……はぁ?」

( ゚∀゚)『いえね、もとの口うるさいギコさんに戻ったなーと思いましてね』

長岡の指摘に、ギコの顔が耳まで真っ赤に染まる。

まさか自分が老婆の前で涙を流し、
さらには慰められたなんぞ口が裂けても言えるわけない。

( ,,゚Д゚)「お俺は前からこんなだろうが! さっさと仕事に戻れゴルァ!!」

( ゚∀゚)『うひゃひゃwwwww そういうことにしとくっスwwwww
    そんじゃ、また明日会いましょう!!』

( ,,゚Д゚)「ああ、また明日、な」

何気ない長岡の言葉をかみ締め、通話を切った。
耳に『ブツリ』と遮断音が響く。



82: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 03:03:12.11 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「ったく……あいつはエスパーかよ」

部下に心境の変化を見透かされ悪態をつくギコ。
しかし、不思議と気分は悪くない。むしろすがすがしいといってもいいほどだ。

いったい、なぜなのだろうか?
改めて問わなくても、今のギコにはわかっていた。

息を深く吸い、あたりを見渡した。

草原では野草たちが相も変わらずさらさらと踊る。
日は西に傾きだしていた。風が心なしか冷たさを増したように感じられる。

わずかに身震いをして顔をしかめた。

足元の野草が、小さなつぼみをつけ始めていた。



84: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/06/26(火) 03:05:32.90 ID:sbshstFz0

( ,,゚Д゚)「なんだかんだで、春も近いんだな」

寒空の下、新たな命の芽吹きを目にして、ギコはわずかに口の端を上げた。
そして、顔を上げる。

目の前にあるのは、先ほどまで背もたれにしていた何かの墓標のように聳え立つ岩。

取り囲むのは芽吹き始めた野草たち。
無骨にそびえるこの岩も、春には鮮やかな色をした花々に彩られるのであろう。


( ,,゚Д゚)「……そんじゃ、また来るわ」


草原の主たるその岩に一礼して、ギコはその場を後にした。

直後、それに答えるかのごとく強い風がひとつ吹き、草原はまた、さらさらと踊った。

                                              <続く>



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