( ^ω^)がリプレイするようです

3: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:11:47.72 ID:UUzPGDIm0

scene 14 : 幕間


薄暗い部屋。
立ち上がり、あたりを見渡す。

暑くもなければ寒くもない。多湿でもなければ乾燥もしていない。
室内の空気は肌をなんら刺激することなく、まさにただそこにあるだけ。
視覚を刺激するはずの光も薄暗い照明によるそれだけで、感覚を高ぶらせるまでには至らない。

生きとし生ける存在を育む場所には必ず何らかの刺激があり、
それは生命にとって必要不可欠なものだ。
胚が重力という刺激のない宇宙空間で生命としての体を成さないことが何よりの証拠。

それなのに、時の狭間、バーボンハウスにはその刺激が極端に少ない。
重力もある。光も空気もある。しかし、それらはあまりにも脆弱だ。

全てが最低限の刺激に最適化された温室のような空間。少なくとも、老人にはそう感じられた。



5: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:14:17.67 ID:UUzPGDIm0


/ ,' 3「……時の番人か」


背後に気配を感じた。振り返らずに声をかける。

気配はわずかに動き、
周囲の空気を震わせて、老人の肌に微量の刺激を与えた。


(´・ω・`)「……お疲れ様でした」


抑揚のない、風の吹かない湖面にも似た平らかな声。

そんな彼の声に哀れみの念を感じ取ることが出来たのは、
わずかな時の間とはいえ語り合った二人の関係性による賜物なのだろう。

死して初めて生まれた関係。
その奇妙さに、老人の顔がわずかにほころぶ。

そんな老人の感情とは正反対の声が、背後のバーテンから発せられる。



7: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:18:26.32 ID:UUzPGDIm0


(´・ω・`)「……残念でした。ツンさんに対するやり直しに限れば、
     あなたの成した行動は何の不備もない、素晴らしいものだったと思います。
     少なくとも、人が出来る最大限に近いことをあなたは成した。
     しかし、それでも及ばないくらいの可逆性が時に働いた。はっきり言ってこれは異常です。
     なぜここまでして時があなたの過去に固執するのか、私にはわからない」


抑揚もなく淡々と続けられる時の番人の声。
それがなぜか、老人には釈明のようにも弁解のようにも感じられた。
まるで、いたずらが見つかって慌てて言い訳をする子供のような声。


/ ,' 3「……なぜ、お前はそんなにあせっているのじゃ?」


静かに問うた老人の声に、番人は沈黙を返す。

振り返り、バーテンの顔を見た。能面のような無表情は相変わらずそのまま。
ただ、視線だけが許しを請うように揺らめいている。

能面の口が、わずかに動いた。


(´・ω・`)「内藤さん。もう、止めにしませんか?」



9: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:21:18.08 ID:UUzPGDIm0

時の狭間を渡る声が、谷間の川を縫うようにして老人に届く。
変わらない無表情。それなのに、お前の顔はなぜそんなにまで悲しそうなのだ?

静かに見つめる老人を前に、バーテンは続ける。


(´・ω・`)「もうこのやり直しには勝算がない。いや、はじめから勝算などなかった。
     私は見誤っていました。あなたという人間の人生の価値を。
     誰にも影響を及ぼすことのないくだらない人生。
     だからこそ、あなたのやり直しは成功すると私は考えた。

     そして、あなたは哀れなほどに醜い姿をさらしながら全力でそれに挑んだ。
     結果、果たせたのは一つだけ。それも、言葉を伝えるだけという、最も安易なもの。

     これはもう、あなたの不幸が時にとって必要なものであったとしか思えない。
     もっと言えば、あなたの人生に何者かに影響を与えたとしか考えざるを得ない。
     そうなると、今後のやり直しが成功する確率はゼロに等しい。もはや、挑む価値はない」


バーボンハウス。時の狭間でたたずむバーテンは、
まっすぐな視線の先に、内藤ホライゾンの姿だけを見据える。



12: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:24:17.58 ID:UUzPGDIm0


(´・ω・`)「もうここで終わりにしましょう、内藤さん。
     あなたのやり直しにかけた想いは、
     悠久の時を生きる私が責任を持って後世に伝えます。
     だからもう、お休みください。
     輪廻の輪を潜り、その先の新たな生を謳歌してください」


この場所に流れることのない時間。その代わり、沈黙だけが二人の間を渡る。
静寂という水の流れを挟み、その対岸で向き合うかのように対面する二人。

老人の声が静寂の向こう側、バーテンへと届く。


/ ,' 3「それは無理な注文じゃ。大体、ここにわしを呼んだのは他ならぬお主じゃ。
   諦めるくらいならはじめから呼ぶな。やり直しという蜜をちらつかせるな。
   人の人生を玩具にように弄ぶな」


投げかえられたのは厳しい言葉。一見すれば恨み言も取れる声。
その言葉に、バーテンは少しだけ顔をしかめた。

わずかによった眉間のしわは、無表情な彼が見せる数少ない感情の表れ。

一方で、対面する声の主たる老人の顔に、うらみの色が見えないのはなぜだろうか。



15: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:26:37.83 ID:UUzPGDIm0


(´・ω・`)「……だからこそです」


言葉を振り絞るかのようにバーテンはつぶやく。


(´・ω・`)「私はあなたの人生を弄んだ。
     少なくとも、あなたの不幸な人生を軽んじたことに間違いはない。
     だからこそ見ていられないのです。

     果たされることのないやり直しに挑み、再びの陰惨な過去を前に泣き叫ぶあなたの姿を。
     繰り返される過去を前に絶望し、己の力のなさに打ちひしがれるあなたの涙を。

     私には止める責任がある。これ以上傷つかないように、あなたを守る義務がある。
     だから内藤さん、やり直しはもうこれでお仕舞いにしましょう」


そう言って再び上げた彼の顔には、目に見えるほどの苦悩が表れていた。



17: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:29:32.23 ID:UUzPGDIm0


/ ,' 3「お主は何か勘違いをしておるようじゃのう」

(´・ω・`)「はい?」

/ ,' 3「わしは傷ついてなどおらんよ」


やれやれと言わんばかりの老人の顔。
それに対しバーテンは、素直にキョトンとした表情を返す。

目の前の彼の顔がよほどおかしかったのか、老人は老獪な笑みを浮かべて続ける。


/ ,' 3「お主は言った。
   ドクオの死は、そらさんの幸せのためには必要なものだったと。
   家族の幸せを願ったドクオの想念が、わしの想いに勝ったのだと。

   結果、わしはやり直しを果たせなかった。
   しかし、それによりドクオの願いが叶ったのであろう?
   それならばわしは、わしの後悔など胸のうちに収めておくことができる。

   ……そらさんとの邂逅では、後悔を払拭することが出来た。
   去り際の彼女の言葉に胸は痛んだが、
   そんなもの、改められた過去の前ではどうってことなかった」



20: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:31:43.20 ID:UUzPGDIm0


(´・ω・`)「……」


呆然と聞き入る時の番人。
これまでの彼は、一方的に内藤へと持論や時についての考察を提供するだけだった。
それなのに今、彼は完全に主導権を手放し、おまけにそれを内藤に握られている。

最後の最後で立場が逆転した。
そのことが嬉しいのか、はたまた別の理由か、
老人は子供のようないたずらな笑みを浮かべ、言う。


/ ,' 3「……そして、ツンじゃ。
   あいつは死んでしまった。しかし、わしはもう傷つかん。
   あいつはわしのために生きようとしてくれた。一緒に生きようと言ってくれた。
   病魔に蝕まれた身体でわしの前に立ち、最期の最期で笑ってくれた。
   それを前にして悲しむなぞ、懸命に生きようとしたあいつに対する愚弄以外の何物でもない。

   ……別の『時』のわしに人生を弄ばれながら、それでもこの『時』のわしは頷いてくれた。
   渡辺さんの真意を知ることが出来た。あまつさえ、わしを待ってくれるとまで言ってくれた。
   差し伸べたわしの手を、デレは再び握り返してくれた。わしとツンの娘になってくれた。

   思い残すことなど何もない。あとは、最期のやり直しに全力を注ぐだけじゃ」



22: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:34:05.20 ID:UUzPGDIm0

そして、時の番人の前に手を差し出す。
朗らかに笑い、想いを声に乗せる。


/ ,' 3「ありがとう、時の番人よ。
   正直、はじめはお主のことが憎くて仕方がなかった。
   しかし、今となってはお主には感謝の念しか思い浮かばんよ。

   このやり直しにより、わしはさまざまな人たちの想いを知ることが出来た。
   わしの人生も捨てたモンじゃないと思えた。

   過去は結局変えられなかった。後悔は変わらず胸に残っとる。
   しかし、過程は変えられた気がする。
   最期にデレの未来を切り開けさえすれば、わしはきっと、満足して逝ける」


差し出された老人の手。
静寂という、時間という川の向こう側から差し出されたその手は、対岸を結ぶ橋のよう。

しばらく老人の皺だらけの手を見つめていたバーテン。

そして、彼は手を握り返した。二人は固い誓いを交わす。



24: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:35:35.59 ID:UUzPGDIm0


(´・ω・`)「……あなたがそう言うのなら、私にはもはや何も言うことはありません。
     どうか、あなたのやり直しに幸あらんことを」

/ ,' 3「ふん、お主らしくない。はじめの頃のように堂々と憎まれ口の一つでも叩いてみんか」

(´・ω・`)「ふふ……それでは遠慮なく」


握った内藤の手を離し、番人は照れたようにひとつ咳払いをする。
そのままいつもの能面へと戻り、老人の顔を指差して言う。


(´・ω・`)9m「さあ、ゆきなさい、哀れな内藤ホライゾンの魂よ。
       再びの時の流れの中にその身を落とし、精一杯にあがいてきなさい。
       流れ行く時という川の力に抗いながら、ひと欠片の未来をつかんできなさい」

/ ,' 3「ああ、それでこそのお主じゃ」


満足げに頷く老人。眼前の番人の顔が、少しだけ笑った気がした。



27: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:36:59.94 ID:UUzPGDIm0

そして、『パチン』と指なりの音がした。

同時に室内の薄暗い照明が落ち、番人の姿が闇に沈む。

老人を包み込むのは黒の世界。
最後に、闇の向こう側から番人の声が聞こえた。


(´・ω・`)「覚えていますか? 以前私が申した、時の可逆性についての説明を」

/ ,' 3「ああ、覚えとる。一言一句、鮮明にな」

(´・ω・`)「……ならば、もはや言うことはありません。どうか、無茶だけはなさらぬよう」

/ ,' 3「ひょひょひょwwww 善処しよう」


闇に溶けた老人の笑い声。

そして、二度と見ることがないであろう走馬灯の光が、彼の眼前に広がった。



29: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:39:12.75 ID:UUzPGDIm0


狭い室内で食事を取る親子の影絵。

大都会東京。苦労して見つけた宿舎付きの職場。
その狭すぎる部屋で、初めての食事をとった時のものだろう。
卓上に並ぶ粗末な食事をおいしそうに平らげる麗羅。
今思えば、人生最後の幸せなひと時の始まり。
それを前に、そのときの自分はどんな顔をしていたのだろう。


さまざまな機械が並ぶ広大な敷地中で汗をぬぐう自分の影絵。

職場であった工場で働いているときのものだろう。
自分が歯車の一部であることはわかっていた。
使い捨てられる部品に過ぎないともわかっていた。
それでも最愛の娘のために、ただがむしゃらに働き続けてきた。


狭い呑み屋で誰かと話しこんでいる自分の影絵。

底辺の労働者ばかりが集う安っぽい居酒屋で呑んでいた時のものだろう。
そんな自分に話しかけてきた怪しげな男。彼は自らを裏家業の人間だと名乗った。
娘を実子として戸籍に記載したいと言うと、いやらしい笑みを浮かべ話を切り出してきた。



31: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:41:35.47 ID:UUzPGDIm0


役所の前で紙を広げている自分の影絵。

麗羅が実子として記載された戸籍を前に微笑んだときのものだろう。
裏家業の人間まで使って偽造した。その代償として、貯金のすべてを投げ出した。
それでも自分は、麗羅が自分とツンの娘だという事実を、確かなものとして遺しておきかった。


ランドセルを背負う幼子の影絵。

ようやく戸籍に登録された麗羅が、小学校に入学したときのものだろう。
枯れはじめていた桜の花びら。
春風に舞い散るその花の色が、嬉しそうに笑う彼女の頬と同じ色をしていた。


小さな一戸建ての玄関の前で立ち並ぶ親子の影絵。

狭かった宿舎を出て、新しい家に引っ越したときのものだろう。
安い一階建ての借家に過ぎなかったけれど、ようやく二人だけの家が持てた。
故郷で過ごしたツンとの家を思い出し、少しだけ泣いた。



36: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:44:01.73 ID:UUzPGDIm0


男から書面を受け取る自分の影絵。

職場から昇進の辞令を受け取ったときのものだろう。
ようやく自分にも肩書きが与えられた。居場所が出来た。社会に認められた。
麗羅のために頑張り続けようと、改めて誓った。


台所に立つ少女の影絵。

職場から帰ってきた自分のために食事を作ってくれている麗羅の姿だろう。
幼かった彼女もすでに思春期を迎えていた。
やりたいこともあっただろう。友達やボーイフレンドと遊びたかっただろう。
それでも自分が帰る頃には家にいて、笑いながら手料理を差し出してくれた。


緊張しているかのように肩を縮める男性と、その傍らに立つ女性の影絵。

二十代の終わりを迎えた麗羅が、自分の前に婚約者を連れてきたときのものだろう。
いつまで一人身なのかと心配していた。そんな彼女が連れてきたのは、
自分のような過去を持つ人間とは対極の位置にいる、朗らかな笑顔の誠実そうな男性。

彼になら娘を任せられる。漠然とそんな気がした。
胸に寂しさはつのったけれども、それでもなぜか、笑っていられた。



37: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:45:24.34 ID:UUzPGDIm0

そして、走馬灯は映し出す。


助手席でぐったりと首を垂れて動かない麗羅と、彼女の頬に手を伸ばす自分の影絵。


結婚式を翌月に控えた五月。
皆が浮かれる黄金の週をあえて外し、その月の最後の休みに最後の家族旅行に出かけた二人。
借りた車のフロントガラスの先。飛び込んできた対向車を前に、ハンドルを右に切った自分。

強い衝撃に少しだけ気を失った。
身体の激痛に目を覚ました自分の前にあったのは、物言わぬ物体へと変わり果てた娘の身体。

潰れた下半身とは対照的に無傷だったその死に顔だけが、妙に色鮮やかだった。



42: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/07/08(日) 18:48:07.51 ID:UUzPGDIm0

ここだ。
自分の最後の後悔はここだ。

ここで自分は、彼女だけは救わなければならなかった。
自分は死んでもかまわない。
これから幸せな人生を歩むであろう彼女を、なんとしても生かさなければならなかった。


影絵が色を帯びる。
人生最後の幸福の終わりに、鮮やかな色が宿る。


わしは……僕は、リプレイするんだお。


一九七四年五月。
最愛の娘、不条理に閉ざされた六月の花嫁の未来を、僕は、開きに行くんだお。



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