('A`)ドクオは透明人間のようです

  
89: 留学生(樺太) :2007/04/23(月) 23:57:21.36 ID:uGaQhEucO
  
   *



 先にも述べたが、ドクオは生まれつきの透明人間だ。
 その透明度は、日に日に純度が濃くなっているのだが。



 彼の始まりは、VIP幼稚園。
 ドクオが生まれて初めて、友達を知った場所。

 ドクオはいわゆる、優等生と呼ばれる子だった。
 それゆえに空気的な扱いを――つまり、強い愛情を受けられなかったのだ。

 例えば、おねしょや落書きを繰り返す子供は、沢山いた。
 そういった類の子供達は、叱られながらも愛情を受けていく。
 先生や親と触れ合い、その手間を経て成長していくのだ。

 だが、ドクオは違った。
 幼少の頃から、才能の片鱗を見せていたのだ。

 おねしょや落書き等をしないのは当たり前。
 布団を畳んだり、しまいには机を拭く先生の手伝いまでしていた。

 才能があった。頭がよく、運動神経もそこそこで。
 あくまでその当時での事だが、ドクオは勝ち組になり得る存在だった。
 ――他人を思いやれる、そんな『優等生』だったのだ。



  
90: 留学生(樺太) :2007/04/23(月) 23:58:30.16 ID:uGaQhEucO
  
 先生は驚いた。こんなにも手間のかからない子がいるのかと。
 こんなにも優しい、精神年齢の高い子がいるのかと。

 そのせいで、ドクオは放ったらかしにされていた。
 仕方ない。"出来る子"が後回しにされるのは、当然だった。

 そしてドクオは、周りの"出来ない子"を嫌い始める。
 賛美や驚嘆の声は、彼にとって必要無かったのだ。
 ただ、構って欲しかった。せめて、人並みに。



 考えれば、その時からドクオは変わっていたのかもしれない。
 周りの人間とは違う、『透明』という色を強くしていたのかもしれない。



 『俺はちゃんとやっている。それを評価してくれない、周りが悪いんだ。
  俺の価値観は変えない。屁理屈だと言われようが、構わない。』



 ドクオが苦しくなった時に復唱する、自らを奮起させる為の言葉。
 "意思や思想"として正しいのかどうかは、言うまでもない。

 ――が、負けずに生きる為にはそう考えるしかなかったのだ。
 少なくとも、ドクオという『透明人間』にとっては。



  
91: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:00:08.37 ID:S6mrRFftO
  
 時期は変わり、一年半程前の二学期。
 ドクオにとって、一大転機が訪れた。
 ――ショボン。彼との出会いだ。



 小学校、中学校と成長していったドクオ。
 周りには、あたかも当たり前のように避けられていた。

 特に理由はなく、それがドクオという存在であるから。
 『透明人間』という人種が空気である事に、何の理由も必要がないのだ。



 ドクオはそんな自分を呪うような事はしなかった。
 世間が悪いと考えているから、呪う訳もない。
 ただただ苛立ち、世界を嘆くだけだった。

 ――そして彼は、自らの脳が弾き出した真理に気付く。

 人生なんて頑張らなくてもいい。
 目立てないのなら、時を待とうじゃないか。
 そして、世界の隅っこを歩いてやる。誰にも見付からない、中心から離れた位置を。

 ……そう考える事で、事実上の諦めがついた。
 気分も良くなって、不遇の立場に哀しむ事も無くなった。



 が、その時だった。ショボンに声を掛けられたのは。



  
93: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:01:36.72 ID:RhdSZZAeO
  
   *



 学校からの帰り道。俺はニヤニヤしまくってた。
 そりゃそうだ。昨日まで一人だった下校時間に、今日は隣に人がいるから。

 それも、只の人じゃない。念願の、友達だ。



('A`)「それで、先月なんか歯が折れてさ……」

(´・ω・`)「うわ。厳しいね……痛々しいよ」

 不幸自慢をしながら、ゆっくりと道を辿る。
 所々で相づちを打つショボン。表情は、変わらない。

 最初は全く笑わないのが申し訳なくて、落ち込んでた。
 けどショボンは、それが地なんだと言っている。
 俺もそうなんだと思った。確かに、学校でも笑わない。

 ほくそ笑むというか、そんな笑い方はするけども。



  
94: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:02:34.50 ID:RhdSZZAeO
  
 ショボンは興味がある事に関しては、目を輝かせる。

 俺が自慢出来るような話題が一つだけあった。
 トーチャンからの受け売りである、雑学だ。

('A`)「……だから、あの出来事って嘘なんだよw」

(´・ω・`)「ホントに? そりゃ知らなかったよ。
      あ、じゃあさ、今度は戦国時代の話なんだけど……」

 そこで調子に乗って、ショボンに披露してみた。
 もしやとは思ったのだが、本物の子供みたいに食い付いてきやがってさ。

 しまいには、君の親父に会わせてくれとか言ってたか。
 そん時には流石に笑ったな。焦ったけど。

('A`)「はは、でもさ……ホントに嬉しかったよ」

(´・ω・`)「? 何がだい」

('A`)「まさかショボンが、俺に話しかけてくれるなんてさ。
    マジでびびったよ……夢かよ、みたいに」



  
95: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:04:40.31 ID:S6mrRFftO
  
(´・ω・`)「僕だって、ただイジメを傍観したい訳じゃない。
      自分に関係無いからって、目を逸らしたくはないからね」

 ショボンが鞄を背中に回し、空を眺めた。
 整った茶髪が、日差しのせいで金色に輝いている。

(´・ω・`)「それに……なんとなく君は違った。
      他の人間とは、なにかが違って見えたんだよ。
      良い意味なのか悪い意味なのか、そんなのはわからないけどね」

('A`)「不吉だなw やめてくれよ、悪い意味とか」

 俺の言葉が、鼻で笑われた。
 続いて、ショボンが欠伸をしながら答える。

(´・ω・`)「君は馬鹿だなぁ。少なくとも、僕にとっては……
      僕にとっては、良い意味に決まってるだろ。
      君を気に入らなけりゃ、わざわざ揉め事起こすかって話さ」

('A`)「……おまえ、いい奴だな……」

(´・ω・`)「おっと、僕に惚れるなよ」

('A`)「ねーよwwwwwwwwww」



  
96: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:05:28.00 ID:S6mrRFftO
  
 それから話はいつも以上に弾み、すぐに交差点についた。
 ここをショボンは右、俺は真っ直ぐ進む。

(´・ω・`)「んじゃ、また明日だね」

('A`)「おいっす。明日は八時にここでい……」

(´・ω・`)「あ、ちょっと待って。電話だ」

 待ち合わせ時間を確認しようとした時、急に携帯が鳴った。
 邪魔くせぇ。ホントに携帯は空気読まないな。



(´・ω・`)「うん……今から……? あー……」

('A`)(……なんか、混み入った用事みたいだな。
    長くなりそうだし、あとでメールすりゃいいか)

 ジェスチャーで帰る旨を伝えると、手を振られた。
 小声で『あばよ』と言って、信号機のボタンを押す。

 宿題が今日は多かったな。クソだりぃぜ。



(´・ω・`)「あ……いや、もう大丈夫。今は一人だ」

 信号が青になったのを確認して、俺は真っ直ぐ進んだ。



  
98: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:07:21.37 ID:S6mrRFftO
  
 ――が、ある失敗に気付いてしまった。



('A`)「明日美術の課題提出じゃねぇか……モナー死ねよ」

 課題。水彩絵の具を使った、風景画だ。
 本来なら授業中に終わらせるのが普通なのだが……
 必死に絵を描く俺に、何の邪魔が入らない訳もなし。

 一枚目の自信作はビリビリに引き裂かれて、捨てられた。
 めげずに描いた二枚目は、絵の具をぶちまけられた。
 そして三枚目は、飛行機にされて飛ばされた。

 今考えたら、精神的にダメージがあるだろ。
 よく俺泣かなかったよな。凄いわ、俺。

('A`)「絵の具、教室か……だりぃな」

 来た道を引き返すのは、気が進まない。
 しかし、成績を保たせるには提出物をちゃんとしないとな。

('A`)「あ、ショボンまだいるじゃんw」

 さっきの交差点で、ショボンはまだ話してた。
 どうやら丁度、今電話を終えたようだ。携帯をしまっていた。



  
99: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:08:49.09 ID:S6mrRFftO
  
('A`)「おい、ショ――」



 声を出しかけて、引っ込めた。
 ショボンが、道を引き返し始めたからだ。
 なんでだろ。学校に、何の用があるんだろうか。

 追い付こうとも思ったが、やめといた。
 ショボンから、明らかな怒りの表情が見えたからだ。



 ……いや、怒りというかなんというか。
 イラついたような、歪んだ表情だった。
 普段ポーカーフェイスのショボンが、感情を露にしてて。

 俺は内心、ビビってた。

('A`)「……」

 とりあえずついていこう。
 もしバレたら、驚かそうとしたとか言えばいいや。



  
100: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:10:43.46 ID:S6mrRFftO
  




 ドクオがショボンをつけた事。選択肢としては、間違いだった。

 後から――本人からの説明を聞けば済んだ話だったのに。
 ドクオは、"それ"に至るまでの事実を聞いてしまった。

 落ち着いた状況でなければ、人間の判断は鈍る。
 誰が正しいか。どういう意味なのか。
 そういった、正常な判断が出来ない――いや、しにくいのだ。



 彼、ドクオ。これから聞く話により、自分がどう思われていたのか。
 自分が、どういった人間であるのか。
 それを気付かせられる。それも、強引に。

 今まで曖昧に知覚していた自分の存在を、知ってしまうのだ。
 『透明である』と。『色が無い』と。
 知らされてしまうのだ。あの、モララーによって。



 目を背けても、耳を塞いでも、状況は変わらない。
 友達が奪われた後の脱力感を、強く思い知ることになる。



  
103: カラオケ店勤務(樺太) :2007/04/24(火) 00:13:40.27 ID:S6mrRFftO
  
「磁石を狂わせる事は、僕にしか出来ない。
    でも、磁力を無くす事なら誰にでも出来るんだ」


 ショボンを正とするならば、ドクオは負。
 正反対の二人だからこそ、わかり合えたのかもしれない。


   「繋がりが出来ないのって、苦しいよ。辛いよ。
    だから、君にも同じ体験をして欲しいんだ」


 だが――正反対という存在同士は、本来交わらない。
 ならば、二人の出会いと繋がりは無意味だったのだろうか。

 誰も、知り得ない。神にも、本人にすら、わからない。






 そして今。教室に入ったショボンを、ドクオは見失わなかった。

 人気の無い廊下にしゃがみこみ、二人の対談を聞き始める。



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