( ^ω^)エアーがクオリティーを育てるようです

977: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:31:02.34 ID:sY90N9NnO
  
 ※

「俺は死ねなかったけど、死ねたんだ」

    『ドクオ君、引き受けてくれてありがとう!』

        「ピヨすけだって、そう感じてると思う」

    『ふふっ、このリボン……可愛いな?』

「クーさんと、一緒に選んだ甲斐があったね」

    『……お前の顔など、二度と見たくはない!』

        「違う、俺じゃない、俺がやったんじゃない、信じてくれ」




 ――あの不思議な事件から、遡る事二ヶ月。
 まだ馴染めぬ学校に通う、ドクオが過ごした一日。
 それは週明けの朝礼、貧血で倒れる所から始まる。



 ある神様がくれた、やり直すためのチャンス。
 ――死ねない身体。彼はまだ、その力を知らない。



979: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:32:27.47 ID:sY90N9NnO
  





    エアーがクオリティを育てたようです



  【 ('A`)は死ねない身体のようです 外伝前編 】



         〜夢の価値は〜








983: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:33:37.14 ID:sY90N9NnO
  
 ※

 湿気のない、澄んだ空気。流れる風は鼻を抜けた。
 部屋には、二つ分の心臓音だけが微かに聞こえるのみ。

 気を失っていたドクオ。窓際にあるベッドで、目を覚ました。
 辺りを見回し、緩んだ脳で状況把握に努める。

 左に顔を傾ける。窓の外には見慣れた校庭。
 位置からして、恐らく現在地が保健室であると予想出来た。
 クルッと、顔を逆に向けてみる。
 見たことも無い女性。視線を下げ、本を読んでいた。

('A`)「あ」

川 ゚ -゚)「ん。やっと起きたのか」

 女性は、傍らにある低めの椅子に腰かけていた。
 大学生ではないだろうか。そう見間違う程の、違和感を感じる。
 本にしおりを挟むと、ちらとドクオを睨む。否、見つめた。

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「まる半日寝ていたそうじゃないか。
     今起きていなかったら、先生呼んでたぞ」

 よく見ると、どうやら同じVIP高校の制服を着ているらしい。
 恐らくは同級生なのだろうが、とてもそうは見えなかった。
 元々童顔のドクオと比べると、姉と弟にすら見える。



985: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:35:21.12 ID:sY90N9NnO
  
('A`)「あ、いや、あの」

川 ゚ -゚)「? どうした」

('A`)「これは……なんでしょうか、はい」

 不審がりながら、右手を布団から取り出す。
 すると、目の前にいる彼女の左手も一緒に出てくる。
 手は、繋がれていた。

(;'A`)「あの、手ぇすいません」

川 ゚ -゚)「すいません? 何を言ってるんだ君は……
     こうしていると落ち着くんじゃないのか?」

('A`)「落ち着く……ます」

川 ゚ -゚)「いや……そうか。ならいいんだ。
     実は母も、私が風邪を引いた時にはいつもこうしてくれてな。
     手を握られると、不思議と気持ちが安らぐ」

(*'A`)(僕のカルピス……噴火寸前にょろ……)

 青白い肌が紅潮し、自然と鼓動も早くなる。
 それを悟られまいと、ドクオはじっと平静を装っていた。



987: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:37:06.91 ID:sY90N9NnO
  
('A`)「あ、すいません。よければ、名前……」

川 ゚ -゚)「? 知らなかったのか……?」

('A`)「え」

 ドクオは意味がわからないといった様子で、口をあんぐりと開けている。
 対して目の前の女性は、不満そうに眉をしかめていた。

川 ゚ -゚)「この顔を見ても、まだわからないか」

 横になったままのドクオに、少し大きめの黒目を近付ける。
 彼女は口をつぐんだまま、しかと視線を送った。

(;'A`)「ちょ……!」

 烏色の長髪が、なびくように顔にふりかかる。
 くすぐったい。が、シャンプーの匂いが気持ち良い。
 とにかく、初めて間近で見た女性は、美しかった。

川 ゚ -゚)「私だよ、私」

 人差し指で、振り落ちた髪を耳にかける。
 にこりと微笑み、そうドクオに訪ねた。

('A`)(この顔は……!)



989: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:39:18.38 ID:sY90N9NnO
  
('A`)(わかんね)

川 ゚ -゚)「……お前という奴は…………
     1ーCの、出席番号14番。それが私だ」

 1ーC。ドクオのクラス。
 自己紹介の時間を思い出してみると、確かに居た気がする。
 地味な挨拶だったのか、殆ど記憶にない。
 ドクオは疑うような、そして驚いたような視線を送る。

('A`)「マジですか」

川 ゚ -゚)「マジです」

('A`)「……そういえばさ、お、俺の事知ってたっけ?」

川 ゚ -゚)「勿論知ってるよ。お前は私を知らなかったみたいだけどな」

 まるで皮肉るような言葉とは裏腹に、表情は変わらない。
 ドクオの右手を握る握力が、一瞬強くなった。



991: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:41:03.27 ID:sY90N9NnO
  
('A`)「あ、あの忘れてたとか知らなかったとか……
    いや、違くて、あの日は俺意識が朦朧としてて」

川 ゚ -゚)「……何を慌ててるんだ?
     四十人近いクラスなんだ。覚えてなくとも仕方ないだろう。
     私がたまたまお前を覚えていただけだ」

 薄く開いた窓から、今度は温かな風が吹く。
 彼女はやはり表情を変えず、ドクオに呟いた。

川 ゚ -゚)「……まあ、少しは期待していたんだが」

('A`)(俺死ねばいいのに)

 ――それから暫くの間、二人の間に沈黙が流れる。
 彼女は窓から空を見上げ、じっと"白"を見据えていた。
 彼はその窓に佇む女性を、じっと見つめている。

 不意に、雲に隠れていた日差しが、カーテン越しに淡い光を伝えた。
 それを皮切りに、ドクオが部屋に流れていた沈黙を破る。



994: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:42:51.90 ID:sY90N9NnO
  
('A`)「具合……君の、おかげで、良くなってきたよ」

川 ゚ -゚)「ん。そうか」

 短い、本当に短い受け答え。
 しかし、しっかりと感情はこもっている。

('A`)「……うん」

川 ゚ -゚)「……よかった」

 微笑。それにすら届かない、僅かな笑み。
 彼女は、表情を大きく変える事をしない。
 感情を表すほどではない、その判断の元からだろうか。
 もしかすると、ただ上手く表現出来ないだけなのだろうか。

川 ゚ -゚)「……」

 しかし、美しい。
 人形のような――しかし人間味の残る美貌。
 クラスにとどまらず、学年でも一二を争うのではないか。

 そう思わせる素材が、彼女には十分過ぎるほどある。
 今更になって、ドクオはそう考察していた。



997: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:44:16.46 ID:sY90N9NnO
  
 漂う静寂。部屋中に流れる空気は、柔らかい。
 思考こそ違えど、二人は同じ空間に存在している。
 その事実を、流れる時間が証明した。

 彼の右手と、彼女の左手。指一本一本が絡まり合う。
 掛布団の上で繋がれた手は、じんわりと汗ばんで。

 いつの間にか彼女の視線は、校庭の桜へと向いていた。
 ぼんやりと、窓から見えるピンク色を眺めて。
 散りかけているそれは、どこか儚くも感じて。

川 ゚ -゚)「……そうだ、さっきからキミキミ言ってたな。
     クー。須奈空。もう忘れるなよ?」

('A`)「あ……うん」

 返事を確認してから、クーは長い間繋げていた手を離す。
 暖かみが残ったままの手、手。
 ドクオの普段かさかさだった手も、今は彼女の熱で潤っている。

川 ゚ -゚)「もう倒れちゃ駄目だぞ」

 振り向きざま、うつ向くドクオに声をかける。
 クーは同時に、手を振っていた。が、男は眺めるだけで応えない。



998 名前: 塗装工(樺太) [>>996Thanks] 投稿日: 2007/04/14(土) 21:45:05.52 ID:sY90N9NnO
  
('A`)「あ、ばいば……」

 ドクオがクーの意図に気付いた時には、既に扉は閉まっていた。
 聞こえていただろうか。恐らく、聞こえていない。

('A`)「はぁ……」

 布団から、腕を取り出す。
 汗が滲んだ手の平を、しげしげと見つめた。
 自分の手なのに、愛らしさすら感じる。

('A`)「あのコ……クー……」

 周囲を確認して、意を決する。
 自分の右手。いつも汗臭いはずなのに、今日はなんだかいい匂いがした。

('A`)「クンカクンカ……いや何してんだろ、俺……」

 自身の右手からは、ほのかな石けんの匂い。
 その匂いの代償は、深い自己嫌悪に他ならない。

('A`)「……はぁ」

 ため息を一つついて、また布団に潜り込んだ。



7 名前: 塗装工(樺太) [>>1もつ] 投稿日: 2007/04/14(土) 21:48:53.54 ID:sY90N9NnO
  
―――
――


('A`)「っあー」

 「まだ眠いの? あれだけ寝てたっていうのに……」

('A`)「いや、違います。気持ちいいなって」

 外に出て、背筋を伸ばす。
 もう春になり、暗くなるのも遅くなっていた。
 昼の日差しに温められた地面が、まだ熱を持っている。

 「そうね。春が来たー、って感じするもの。
  あなたが倒れたのはまさに、陽気のせいかしら」

('A`)「何言ってんすかwwwwwwうぇwww」

 保健の先生によると、クーは自ら看病を申し出たらしい。
 理由はわからない。が、先生は嬉しそうに話していた。
 夕陽が染める視界は、だんだんと深まっていく。



11: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:50:46.52 ID:sY90N9NnO
  
 「ま、後できちんとお礼は言っておきなさい。
  クーちゃん大変そうだったし、贈り物でもしてあげれば?
  彼女、きっと喜ぶわよ」

('A`)「えー……プレゼントか」

 「なによ、冷たいわねぇ」

('A`)「いや、俺ってセンスないんすよ。
    ぶっちゃけあげても困らせるかなぁ、なんて」

 遠くから、サッカー部か何かのかけ声が聞こえる。
 先生はそれに一旦目をやり、そしてまたドクオを見つめる。
 肩まで伸びる栗色の髪。
 近くの灯りが照らし、金にも見えた。

 彼女は、数年前からVIP高校の教諭を勤めている。
 よく悩み、よく叱り。しかし涙腺は最弱だという。

 生徒を想う気持ちは、誰にも負けたくない。
 そう語った彼女が、ドクオには輝いて見えた。
 特に理由がある訳でもない。が、眩しいと感じた。



13: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:53:07.20 ID:sY90N9NnO
  
 「……そんなに深く考えなくてもいいんじゃない?
  女の子って、異性からのプレゼントは石ころでも嬉しいものよ」

('A`)「石ころ?」

 先生が、誇らしげに左手の指を向ける。
 その薬指には、シンプルな装飾がなされていた。
 銀色に輝く指輪。それが"石ころ"なのだろう。

('A`)「アンタ頭沸いてんじゃねーの……」

 独り言が、生温い空気に溶けていく。
 散った桜の花びらが、何枚か鞄に降り落ちた。
 やや開ききっていない桜は、むしろ去年より綺麗に見える。

('A`)「……じゃあ、もう帰ります。
    半日近くもすいませんでした」

 「ええ、どういたしまして。
  今日クーちゃんが看病した意味、よく考えなさいね?」

('A`)「ういっす」

 返事をして、すぐに駐輪場へ向かった。
 空気の抜けた自転車を引きずり、帰路につく。
 懐かしいような南風が、伸びきった髪をなびかせた。



17: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:55:05.39 ID:sY90N9NnO
  
 ※

――


 「……彼、どう考えているんでしょうか」

   「さぁ。そればっかりはわからないモナ」

 「私達が進むべき道を示した方が良かったのでは?
  彼には……あまりに回り道過ぎるかと」

   「うーん。それじゃあ意味がないんだモナ。
    彼が自分で考えて、その結果出した結論。
    悩みに悩み抜いた結論にしか、意味はないモナ」

 「そういうものでしょうか」

   「そうだモナ。……それに、回り道なんかじゃないモナ」

 「え?」

   「今彼は、空気が抜けたチャリンコを必死に漕いでる。
    悲観に暮れる事もなく、当たり前のように。
    つまり――彼にとってこの程度のいじめなんて、日常茶飯事なんだモナ」

 「……」



18: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:57:13.88 ID:sY90N9NnO
  
   「君は今、『なんでそこまでわかっていて助けないんだ』。
    そう思った筈モナ。だけど、それをしちゃいけない。
    彼には、自分から変わる権利がある。
    僕らが勝手に人生をいじるなんて、しちゃいけないんだモナ」

 「は……いえ、お言葉ですが」

   「ん?」

 「彼は、このままいじめに耐えかねて……死んでしまうかもしれません。
  その時、あなたはそうやって同じ事を言えますか?
  人生をいじっちゃいけない。そう言えますか?」

   「言える。むしろ、そう言い切れなければいけないモナ。
    ……君は、僕の考えに少し異論があるみたいだモナ?」

 「あります。理解、出来ません」

   「…………」

 「…………」

   「理解出来ません?wwwwwwwwww
    ちょまwwwwwwクソワロタwwwwっうぇwwww」

 「なな……なっ! 何がおかしいのですか!?」



24: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 21:59:54.09 ID:sY90N9NnO
  
   「ぷくく……言いたい事は、よくわかるモナ。
    君の性格からして、まぁ予想するべき発言だったモナ。
    でもね、やっぱり君にはまだ早いモナ」

 「……何がでしょうか?」

   「一つの"世界"を受け持つ事が、モナ。
    悪いけどそんな考えじゃ、まだまだだモナ」

 「まだまだ? 人に対して、冷酷になれと?」

   「そうじゃないモナ。それに君は、大きな勘違いをしている。
    僕の考えは、僕の考えでしかない。それはおk?」

 「わかります」

   「だから、君は理解する必要は無いんだモナ。
    僕の判断が正しいか正しくないか。それを眺めていればいいんだモナ。
    ……他の"彼ら"が住む世界は、本来僕の世界じゃない。
    けど、ここは仮にも僕の世界なんだから」

 「……そう、ですか」

   「まぁ、焦らずにじっくり見てるモナ。
    人間って"生き物"と、心って"生き物"を。
    よく見えるように、君には特等席を用意したモナ。
    感謝して欲しいもんだモナ」



27: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:02:17.42 ID:sY90N9NnO
  
 「……生き物……」

   「いつか君が世界を持ち、こんな状況になった時。
    その時どう判断するべきか、を考えてみて欲しい。
    僕が正しいとは言えない。それこそ、人それぞれだからだモナ」

   「千人の人間がいるとして、全員にわかってもらえる考えなんかない。
    だったらせめて、限りなく千人に近い支持を集めようとする。
    それが上に立つ人間の、宿命だと僕は思う。
    この考えすら、万人に通ずるものではないけれど」

 「……いつか。私も世界を持てるんでしょうか。
  あなたを見ていると、そう不安になります。
  こう考える事が、自分に出来るのかって」

   「……いやに素直だモナ?」

 「私は、なんだかんだ言って今のあなたを信じています。
  ですから、あなたの思想と施策についていくのみです」

   「そうかモナ。期待には応えられる、と思う。
    それを見て、君がどう感じるかだモナ。
    『クオリティ』が高まる人間の様。とっても、美しいんだモナ」

 「クオリティ?」

   「そう。クオリティってのは、人間が持つ――」



28: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:03:13.21 ID:sY90N9NnO
  
 ※

――


(;'A`)「……はぁ、は」

(;'A`)(パンクとかありえねーよ、マジ氏ねよDQN)

 自転車というものは、本気で漕げば疲れる。
 もちろん、貧弱で脆弱という前提条件があればこそ、だが。

(;'A`)(やっべもう死ぬマジやばい死ぬ倒れる死ぬ)

 スピードの出ない自転車のペダルを、これでもかと漕ぐ。
 まだ肌寒い気温だというのに、額から汗が滴った。
 それを肩で拭う。一際強く、足に力を込めた。
 急カーブを曲がろうとした、その瞬間――

(;'A`)「っげぇ!」

 足に違和感を感じると共に、ドクオは空を舞った。
 重力から解放されるのも束の間、体は草むらに突っ込む。

 自転車は近くに転がり、自身は草まみれ。
 深い怪我は無かったものの、至る箇所に擦り傷を負っていた。
 ふと横をみやると、千切れたチェーンが転がっている。

('A`)「あ……チェーンまでやられてたんだ……
    とても……しにたいです…………」



31: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:05:07.29 ID:sY90N9NnO
  
 ゆっくりと体を起こす。
 すぐに歩き出す気分にはなれず、傍に腰を降ろした。

('A`)「いってー……」

 人気の無い裏道。
 脇にある段差に腰かけて、上を見上げた。

 月明かりが、青光となって降り注ぐ。
 街灯の不気味さも、神秘的な光には敵わない。
 優雅な円を描いている月に、ドクオは見入っていた。

('A`)「ぶっちゃけやってらんねーっての……
    俺が何をしたわけ? 何もしてねーじゃん」

 一つだけ、深い、深いため息を吐く。

('A`)「あー……死にたい」

 闇をただひたすらに深める心。
 暗い自分の気持ちとは逆に、星は輝きを失わない。
 昔からずっと、同じ輝きを放っているのだろう。

 それに対して、自分はどうだろうか。
 いつも世界の端を歩き、決して目立つ事はない。
 星や月でさえ、何かを魅せられるというのに。

 虚しさは、着実に積み重なっていく。



33: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:06:06.36 ID:sY90N9NnO
  
 いじめなんて、正に日常茶飯事だった。
 毎日が真っ暗で、毎日が辛くて。
 高校生になってからも、ずっと続いていた。
 この扱いは、一生続く。そう考えていたのに。

('A`)「クー……さん」

 恐らくは他人から人並み以上の扱いを、初めて受けた。
 その感覚はやはり心地よく感じ、幸福を感じていた。

 しかし、そんな感覚を知ってしまった事は、痛い。
 幸せを知らないまま惨めな人生を送る方が、ずっと良かったかもしれない。
 クーに出会わなかった方が、ある意味では幸せだったのかもしれない。

 ――幸せになりたい。そう感じてしまったのだ。
 でも、なれない。少なくとも今の状況は、幸せではない。
 それが歯がゆくて、そして悔しかった。
 他の人間が掴める幸せを、自分では掴めないと諦めていたから。

 中途半端な希望。
 今では、重荷に感じた。



37: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:09:20.27 ID:sY90N9NnO
  
('A`)「はぁ……なんで俺ってこんなんなんだろ。
    カーチャン、もうちょっとだけカッコよく生んでくれたら良かったのに」

 虚ろな両目で、漆黒の空を眺めてみる。
 瞬きと光の加減が、美しい。空の芸術を感じた。
 天や地。そんな存在として生まれてきていれば、どんなに幸せだったろうか。

 たらればの考え。もしもの思考。
 ドクオの数ある弱点で、一番の存在感を臭わせる。

('A`)「つーか、DQNが氾濫してっからわりーんだよ。
    僕のように真面目な人間はいつもこうですよホントに」

 確かに、ドクオに非は無い。
 世界から悪が消え去れば、幸せになれる。
 だが、実際に起こる筈もない奇跡を望んでいるだけでは、現状は変わらない。

 周りが変わらないのなら、自分が変わればいい。
 それに気付かないままでは、一生幸せになる事など出来ない。


 自らの判断で決断する事が大事。
 自らの意思で変わる事が大事。
 自らの状況を、受け入れる事が大事なのだ。



41: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:10:32.03 ID:sY90N9NnO
  
 このままでは、いつまで経っても決断出来ない。

   「ならば、きっかけを――チャンスをやるモナ」





 このままでは、一生変わる事など出来ない。

   「変わる気があるのなら、その舞台は用意するモナ」





 このままでは、幸せを掴み取る事は出来ない。

   「向こうでどうするか。それは、君の自由だモナ?」



42: 塗装工(樺太) :2007/04/14(土) 22:11:30.49 ID:sY90N9NnO
  
 意識が散る。
 桜は笑い、夜でさえ微笑んだ。

 闇に抱かれたドクオは、夢を見る。
 壮大で、しかし小さな夢の世界。
 目が覚める頃には、闇は晴れているだろうか。

( -A-)「……」

 静まりかえる道路には、やはり人気は無い。
 だが、声が聞こえる。囁くような、二人の声。






 「私達には、信じる事しか出来ないのですね」

   「うん。その通りモナ」

 星座の脇に、流れ星が見えた。
 十一の光。徐々に、黒の彼方へと消えていく。

 "この世界"から、三つの気配が無くなった。



 ('A`)は死ねない身体のようです 外伝前編
           〜終わり〜



戻るあとがき&CMへ