内藤小説

233: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:23:56.95 ID:MnzLK27RO
  


あれから一週間が過ぎた。取り調べや、CIAとの取引で慌ただしく時間が過ぎていった。

それでも何とかドクオやショボンとは毎日顔を合わせていた。彼らも彼らで大変らしく、目の下のクマがそれを如実に表していた。

そして今日はジュディと会う為にカフェに来ていた。CIAという肩書の為、日本ではあまりいい顔をされないのにも関わらず彼女は私をサポートし続けてくれた。

カランコロン、と来店を知らせる音が鳴る。

ドアから顔を覗かせたのは彼女だった。

そういえば、と思う。前にもこんなシチュエーションがあった。あの時はコーヒーの味など味わう余裕などなかったが今日はどうだろう。

ジュディ「待った?」

向かいの椅子を引きながら言う。

ξ゚听)ξ「いえ、全然」

なら、よかったと彼女。
ジュディ「それにしても…暑いわね…日本は」

心底、うんざりといった様子で言う。



235: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:28:47.64 ID:MnzLK27RO
  

ξ゚听)ξ「そんな服着てるからじゃない?」

私は好きだけど、と付け足す。

ジュディ「こうじゃなかったら舐められるのよ」

この季節に上下黒のパンツスーツは暑いだろう。それでもこの恰好が似合うからジュディは幸運だ。これが似合わず悩んでいる日本女性は五万と居る。

ジュディ「調子はどう?身体は大丈夫?」

ξ゚听)ξ「えぇ、私は大丈夫よ」

ジュディが中々オーダーを取りに来ない店員に痺れを切らし呼び、コーヒーをブラックで頼む。

店員が去って行くとジュディが目を見て言う。

ジュディ「…まだなのね」


ξ゚听)ξ「…まだよ」

ジュディ「そう…」

ξ゚听)ξ「…ハマーはどうなるの?」



236: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:33:13.02 ID:MnzLK27RO
  

ジュディ「何とも言えないわね。ただ有罪になるのは間違いないでしょうけど」

淡々と言う。ジュディにとってハマーは友人だった。彼女は今回の事でカーターとハマーという二人の友人を失ったのだ。

ジュディ「…なんて顔してるのよ」

ξ゚听)ξ「え…」

ジュディ「…全て仕方ない事よ。こういう仕事をしてると尚更…ね」

ξ゚听)ξ「…後悔してる?カーターを止めなかった事を」

ちょうど店員がコーヒーを運んでくる。そして伝票を置いて去る。

ジュディ「……まずいわ」

美しい顔を大袈裟にしかめ言う。確かにアメリカのそれとは味が違う。
その事で、さっきの質問は曖昧にスルーされてしまった。答えられない、それが答えなのかもしれない。

ジュディ「…さて、コーヒーもまずいし、ツンも元気だし帰るかな」

ξ゚听)ξ「もう?」

ジュディ「忙しいのよ。どこぞの誰かさん達がやらかしてくれたからね」



238: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:36:34.03 ID:MnzLK27RO
  

ξ゚听)ξ「…ジュディ、ありがとう。あの時、最後に私達を連れて行ってくれて…」

あの時、荒巻邸に連れて行ってくれたのは他でもないジュディの力だった。半ば強引に上を納得させジェット機をチャーターしてくれた。

ジュディ「…もう会う事もないわね」

ξ゚听)ξ「CIAを辞めたら連絡して頂戴ね。約束よ」

ジュディが一人で笑いこける。前々から思っていたがアメリカ人とは笑いの壷が違うらしい。

ξ゚听)ξ「なっ何がそんなに可笑しいのよっ!」

ジュディ「クックッ……。CIAを辞める……ね。考えた事もなかったわ」

ξ゚听)ξ「…」

ジュディ「でも……それも悪くないわね」

多分、嘘だ。

彼女はしばらく仕事を辞める事はないだろう。

そういう人だ。



240: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:41:08.88 ID:MnzLK27RO
  

ジュディ「じゃあ…元気でね、ツン。……彼にもよろしく」

そう言って、彼女は立ち上がった。

ξ゚听)ξ「…色々ありがとう。またね、ジュディ」

返事の代わりにニコッと微笑みを返してくる。呆れるくらい綺麗でチャーミングだった。

ジュディが去った後、伝票がない事に気付く。

ξ゚听)ξ「あ、…やられた」

敵わないなぁと思う。

そしてそんな素敵な人が幸せになれたらいいのにと。

ξ゚听)ξ「…そろそろ行かなきゃね」


椅子から立ち上がり、店を後にする。


この季節の外はやはり蒸し暑かった。



241: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:44:33.19 ID:MnzLK27RO
  

夢だと言う事は分かっていた。

でもそれは一般に言う眠りの中のそれとは少し違うようで。

次に考えたのは天国かもしれないということ。

だとしたら天国というのは酷く寂しい場所なのかもしれない。

昔から思っていた事がある。

人は皆、天国を幸せな場所と見る事によって死を受け入れようとする。

人によってそれぞれの天国を意識の中に作り出す。それは愛すべき人々と一緒に居る天国だったり…様々だ。

誰もが思い描く天国には必ず人が居る。

でも、と思う。

人が居る所は幸せだけでは成り立たないと。

それが例え愛する人であってもだ。喧嘩したり、憎く思ったり…

だったら、天国とは必ずしも幸せなな場所ではないのかもしれない。現世と同じようにしがらみのある世界と同じなのかもしれない。



243: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:48:11.48 ID:MnzLK27RO
  

そして、今。ここには誰も居ない。

誰も居ない。誰にも見られない。誰にも怒られない。誰にも馬鹿にされない。

不幸ではない。むしろ幸せな世界かもしれない。

ただ広がる芝生。見渡す限りの地平線。

そこに腰を下ろす。そういえば足の怪我も治っている。当然といえば当然だ。


そして思う。やはり自分は死んだのだと。



244: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:52:01.19 ID:MnzLK27RO
  


エレベーターに乗り、6階のボタンを押す。

途中で入院患者と思しき初老の女性とその付き添いの家族が乗る。

「あら、あなた…」

女性がこちらを見て声を掛けてくる。顔に覚えはないが、どこかで話した事でもあるのだろうか。

「あの子のお見舞いよねぇ。あの丸い子のねぇ」

ξ゚听)ξ「え…」

少し戸惑う。

「あ、すいません。ウチのあばあちゃん少し痴呆なもので…」

付き添いの男性が少し頭を下げて言う。

「あの子はねぇ、きっと今あっちに行ってるんだよ」

流石に不謹慎な言葉と思ったのか男性が頭を下げて謝る。

「あっちってのはあの世じゃあないよ?間の世界の事だよねぇ」



245: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:56:04.78 ID:MnzLK27RO
  

おばあちゃん、と男性が窘める。

ξ゚听)ξ「…間の世界?」

「そう。あそこはねぇ、怖いんだよぉ?早く誰かが助けてあげなくちゃねぇ…」

ξ゚听)ξ「……」

チーンとドアが開く。確認したら、5階だった。

すいません、と男性がまた頭を下げてエレベーターを下りた。

『おばあちゃん』はニコニコとこちらに手を振っている。こちらも返してあげると嬉しそうだった。

ドアが閉まり再び6階を目指す。

先程の『おばあちゃん』の言葉が気になっていた。

しかし、1階分の時間は短く、ドアが開いた。

右に曲がり、更に右に曲がる。そうして奥の方へと進むと、個室の病室が見えてくる。

ドアを開けると、ここ数日ですっかり見慣れた景色が目に映る。



246: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:00:07.24 ID:/as6jCuAO
  

彼は腕に点滴のチューブを繋げて相変わらず眠り続けていた。

医者に言われたのは、覚悟しておいて下さいと言う事。既に両親を亡くしている彼の対応に困った医者は私にそう言った。

ショックじゃなかったと言えば嘘になる。それでも彼は生きている。それだけが心の支えだ。

安らかな、というと死人のように聞こえるが彼は正に安らかな顔で眠り続けていた。

彼は今、間の世界に居るのだろうか。

そこには何があるのだろう。

『助けてあげないと』

その言葉が頭の中で響いていた。



247: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:04:11.13 ID:/as6jCuAO
  

今何時だろう、と考えてすぐ打ち消した。

時間の概念などこの世界には存在しないのだろう。

立ったり、寝転んだり、座り直してみたり。

そんな事を繰り返していると圧倒的な虚無感を感じ始めた。

人間とはなんと身勝手な生き物だと思う。誰かが居ると疎ましく思い誰も居ないと寂しく思う。

そして現世への未練。

ショボンと会いたい。
ドクオと酒を呑みたい。

そしてツンと買い物に行きたい。

あそこに帰りたい。

帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。



248: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:08:05.93 ID:/as6jCuAO
  

瞬間、景色が暗転する。

真っ暗闇の世界。

自分の手すら見えない。

そこに一筋の光が差し込む。

そこで、あっ、と思う。いつか見た夢もこんな感じだった。

上を見上げると、その光の先には丸く大きな光の穴。そこに黒いシルエットで人影が映る。

相変わらず顔は見えない。

その人影が手を伸ばす。


「 暗闇の中 光の中 あたしを連れ出して 」


その言葉を思い出す。



249: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:11:50.32 ID:/as6jCuAO
  


もう迷わない。

こちらも手を伸ばす。

だが届かない。

段々と光が薄れてゆく。

光を追い掛ける。

追い掛ける。

追い掛ける。

彼女の名前を叫ぶ。

やっと光に追い付く。

そして手が届く。


そこで彼はやっと理解した。



252: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:15:02.49 ID:/as6jCuAO
  


ξ;;)ξ「ブーン…?」

( ´ω`)「……ぉ。…ツン…?」

ξ;;)ξ「ブーンッ!」
( ^ω^)「……お?」

目を開けると、そこには自分に覆いかぶさって泣いているツン、そして医者や看護士さんが集まっていた。

( ^ω^)「…生きてるのか…お?」

ξ;;)ξ「生きてる…生きてるよ、ブーン…」

( ^ω^)「…ツンは何で泣いてるんだお…」

ξ;;)ξ「べっ別に…泣いてなんかないわよ!」

(;^ω^)「…じゃあ目から出てるのは汗かお…」

馬鹿、とそれでも軽く小突かれる。



257: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:19:07.56 ID:/as6jCuAO
  

「はいはい、ちょっと身体見ますよー」

医者が割って入って聴診器をあてる。

「どこかおかしいと思う所ある?」

( ^ω^)「ないで…」

ξ゚听)ξ「頭」

(;^ω^)「…じゃあ頭で…」

一通り簡単な問診を受けると、医者と看護士は部屋から出て行った。また後で検査をするとの事。

お陰でツンと二人になれた。

( ^ω^)「一体僕はどのくらい寝てたんだお?」

ξ゚听)ξ「一週間よ」

(;^ω^)「…そんなにかお」

ξ゚听)ξ「…ねぇブーン、あなた眠ってた間どこに行ってたの?」



259: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:22:18.32 ID:/as6jCuAO
  

( ^ω^)「……うーん。あんまり覚えてないけど、随分寂しい場所に居たような気がするお」

ξ゚听)ξ「それって…間の世界?」

( ^ω^)「なんだお、それ?…まぁそんな感じもするお」

ξ゚听)ξ「…ふーん」

( ^ω^)「…そういえばツンが出て来たお」

ξ゚听)ξ「…」

( ^ω^)「…」

正直、覚えていなかった。覚えているのは、寂しかった事と何かが分かった事。

分かった事が何かは分からないとは不思議なものだが、スッキリしているのだから問題ないのだろう。



260: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:25:55.94 ID:/as6jCuAO
  

ξ゚听)ξ「もう一つ聞かせて」

( ^ω^)「お?」

ξ゚听)ξ「爆弾のタイマーが残り0.3秒で止まってたけど…何で最後に青を切ったの?」

( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ「だってブーンは青色が好きだったから…」

( ^ω^)「おっ!それは秘密の秘密だから言わないお!」

ξ゚听)ξ「言いなさいよっ!」

またツンが内藤の腕を小突く。

気を使ってるのか、昔のそれより弱かったのが少し彼女を愛おしく感じさせた。

( ^ω^)「……それにしても…蒸し暑いお」

ξ゚听)ξ「病人にクーラーはよくないんだって」

( ^ω^)「…そうかお」



262: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:29:32.33 ID:/as6jCuAO
  

ふと窓を見る。

いつの間にか既に6月になっており、窓の外には6月らしいどんよりとした雲が広がっていた。

( ^ω^)「…こんな日くらい晴れたらいいのにお」

ξ゚听)ξ「…あんたが目覚めたくらいでお天道様は天気を変えないのよ」

ツンが少しにやにやしながら言う。

( ^ω^)「…そういう意味じゃないお」

ξ゚听)ξ「じゃあどういう意味よ?」

雲の隙間から少し日が差し込む。

どうやらお天道様もその辺の空気は読めるらしい。

( ^ω^)「…僕がツンに結婚を申し込む日だからだお」

ξ゚听)ξ「……ぇ…」

唖然とした顔。そして俯く。



265: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:33:07.39 ID:/as6jCuAO
  

また、馬鹿じゃないの、とか言われるのだろうか。

湿気のせいで巻き髪はいつも以上にくるくるとしている。

あの時、少しよれた黄色の線を残したのは、色も感じもその巻き髪に似ていたから。

それを知っているのは自分だけでいい。

そして彼女が顔を上げる。


YESかNOか。



YESなら僕はきっと幸せだろう。



NOなら僕はきっと不幸なのだろう。



268: ◆P.U/.TojTc :2006/11/13(月) 00:36:11.48 ID:/as6jCuAO
  

幸せはいつでも自分で手に入れるものではない。


幸せを他人に与える事が出来るから人は存在するんだろう。



彼女が口を開く。



外では光が差し込み照らしている場所で子供がはしゃいでいる。



そして光は広がり、病室の窓からも光が差し込む。



それは二人を明るく照らした。



まるで二人のこれからを祝うように。



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