( ^ω^)ブーンがツン達を食べてしまうようです

43:1 :2006/05/23(火) 00:32:00.07 ID:iE2bW50p0
  

 次の日は、朝からどうにも気分が優れなかった。
 あんな夢を見たせいだ、と自分に言い聞かせるが、後悔にも似たさまざまな感情が、僕の中で荒れ狂う。
 そんな僕の背を押すかのようにデレは明るく振舞うが、やはりその顔にも僕を心配している事がありありと見えて、僕はなおさら落ち込んだ。
 けど、そんな気分だとしてもとりあえずこなさなければならない仕事なんて山ほどあって。
 いつもどおり、テキパキと農具を繰り、僕はザクザクと大地を掘り進めて行く。続いて、デレがそこに作物の種を一直線に落としていった。
 数時間、ずっとそれを続け、昼を過ぎたら次は害虫が作物についていないかチェックする。
 その時だ。

 ξ ^∀^)ξ「・・・あれ?おとうさーん」

 不意に、デレの声がした。
 そちらを見ると、デレが左手に、白い石ころのようなものを持っている。

 ξ ^∀^)ξ「これ・・・」

 ( ゜ω゜)「・・・・・・!!」

 駆け寄ると、デレの手からそれを奪い取った。


 それは、人骨だった。



47:1 :2006/05/23(火) 00:34:30.83 ID:iE2bW50p0
  
 
 夜。
 夕食を終えた僕達は、いつものように話に華を咲かせていた。
 違うのは、今日は彼女・・・ツンの部屋から積んで来たハーブで作ったハーブティーがカップに注がれて二つ、並んでいるくらいか。

 ξ ^∀^)ξ「今日はどんなお話なのー?」

 ( ^ω^)「・・・それじゃ、今日は・・・ちょっと悲しいお話、だお」

 ちょっと長くなるけど、そう僕は付け足した。
 デレは何か言いたげに僕を見上げて、ハーブティーの水面に視線を落とした。



48:1 :2006/05/23(火) 00:36:43.94 ID:iE2bW50p0
  

 ―――僕の両親、だから・・・デレの、おじいちゃんと、おばあちゃんが死んだ。そうツンのお父さんから情報が入ったのは・・・僕とツンが結婚して3年目の事だった。
 
 
 その頃、街では恐ろしい流行り病が巻き起こっていたらしくてね。
 感染してしまうと、まず確実に死に至る・・・街中は死体で溢れ、とある大きな橋も、その欄干から下を見れば川に浮かぶ死体の山しか見えなかった事から、その橋が落ちてしまう、とさえ言われた。
 街中に汚染されたネズミやハエ、蚊なんかが氾濫し、人々に疫病をばら撒き、それで再び死人が増える・・・そんな、悲惨な状況だったとか。
 その疫病に感染してしまうと、体に黒い斑点が次々と現れる・・・その事から、その病気は『黒死病』と呼ばれた。
 僕の両親は、街に農作物を売りに行った時に、偶然その菌を保有してしまったらしい。爆発的に広まっていた病気だったから、まあ無理も無い話なんだけどね。感染力も強いし。
 そして・・・二人はツンの父親の家に助けを求めるも、既に病状は進行していて・・・。

 それを知ったときの僕のうろたえ様、想像できるかな。
 
 両親が、いきなり病気で二人とも死んでしまった。ついこの間まで、にこにこ微笑んで僕達と一緒に農作業に勤しんでた、あの元気な老夫婦が、疫病なんぞに一発でやられてしまったなんて。
 初めは、信じられなかった。次に、想像できなかった。

 最後に、耐えられなかった。



49:1 :2006/05/23(火) 00:39:02.81 ID:iE2bW50p0
  

 僕はツンの父親に頼んで、両親の死体を家まで運んでもらった。
 さすがに縁を切った娘の夫と言えども不憫に思ってたのか、彼は素直に、僕の願いに応じてくれたよ。それも、疫病が感染しないように、一端火葬してね。
 墓場が溢れかえるほどの死体がある中、ちゃんと二人だけのために、火葬場を借りてくれたんだそうだ。本当はいい人だったのかもしれない。ま、ツンのお父さんもその後すぐに死んじゃったんだけど、ね。

 話を戻すけど・・・僕の元に帰って来た二人は、まっさらな灰になっちゃってた。
 
悲しいよね。それは、冬に暖炉に投げ込まれた薪の成れの果てと全く同じなんだ。白くて、砂みたいで。軽くて、サラサラで。

 そしてね、僕は・・・知ってたんだ。



 ―――灰ってのはね、畑に撒くと、良い肥料になるんだよ。



 勿論、次の日・・・僕はツンと一緒に、泣きながら二人の灰を、畑の作物に肥料として与えて回った。
 死んだ二人が心から愛していた畑だったんだ、きっと二人もこれで本望だろう・・・。そう思って。それは、僕なりの、愛の形だった。親に対する、畏敬の念も込めてね。



51:1 :2006/05/23(火) 00:41:22.36 ID:iE2bW50p0
  
 
 その日から。
 ツンは時々、何かを考え込むようになった。
 
 両親が死んだからと言って、季節は待ってはくれない。僕は、畑の手入れに必死になった。
 必死で働いて、悲しい出来事は忘れようとしたんだ。
 だけど、ツンは違った。
 体もあまり強くないツンは、僕と違って簡単な仕事しかできない。だから・・・考え込んでしまったんだろうね。きっと。

 ある日、こんなことを言った。

 
 ξ ゚听)ξ「ねえブーン・・・」

 ( ^ω^)「どうしたお?玉葱が硬かったかお?」

 その日、晩御飯は珍しく僕が作った、野菜スープと川魚のムニエルだった。自分でも会心の出来だと思ってたけど、もしかしてツンにはあまり美味しく感じてもらえなかったのかもしれない、って思ったんだ。
 でも、ツンは首を横に振った。

 ξ ゚听)ξ「違うの・・・その・・・なんて言うか・・・」

 ・・・こんなときのツンは、いつも決まって、言いづらいことを言うために迷っている。だから僕は、彼女が再び口を開くのを、息を潜めて待ってた。
 そして、数分経って、

 ξ ´听)ξ「・・・私が死んだら・・・ブーンは、やっぱり私のことも・・・食べて、くれるのかな・・・」

 ―――丁度、その日の野菜スープには、僕の父さんと母さんの死体の灰で育った、たくさんの野菜たちが入っていた。



55:1 :2006/05/23(火) 00:43:40.35 ID:iE2bW50p0
  
 ( ^ω^)「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・それは、いつか聞かれるかもしれない、と心のどこかで恐れていた言葉だった。
 多分、ツンの言いたかったことは、その言葉を額面どおりに受け取ったものではなかったんだと思う。

 窓の向こうで、夜の帳がゆっくりと落ちていくのが見えた。

 薄暮に包まれた部屋の中、僕は静かに頷いた。

 ( ´ω`)「僕は、父さんと・・・母さん、の灰を畑に撒いたお・・・それは、二人のことを、僕が心から大切に思っていたから・・・」

 ξ ´凵M)ξ「そう・・・だよね。私もそう。あの二人はとても大切・・・。」

 ( ´ω`)「だから・・・もしもツンが死んじゃったとしても、ブーンは同じように、ツンの灰を畑に撒いて、そうやって育った作物を食べると思うお」

 じっと、スープの中身を見ながら。
 途中から言葉尻が震え、涙が頬を伝っていた。ただ、それは悲しみなんかじゃなかった。もっと、難しい感情があっての涙。
 
 ( ^ω^)「でも、ツンはまだ死なないお!ブーンが死なせないお!ww」

 ξ ゚听)ξ「そ、そうよね・・・w私が死んだら、アンタごはんまともに作れなくて、飢えて死んじゃうに決まってるもんねw」

 ( ^ω^)「それは酷いおwww」



56:1 :2006/05/23(火) 00:45:42.52 ID:iE2bW50p0
  

 ξ ゚听)ξ「・・・それと、もう一つ、ね」

 ( ^ω^)「お?」

 ξ ゚听)ξ「・・・あのね、」

 少し恥ずかしそうに俯くと、ツンはコホンと咳をして、

 ξ(゚、゚*ξ「その・・・赤ちゃん、出来たみたい・・・。」

 ( ^ω^)「・・・・mjsk?」

 ξ(゚、゚*ξ「mjsy」

 ( ^ω^)「ktkr!!!」

 僕は飛び上がった。ツンはえもいわれぬ表情で、でもとても嬉しそうに頬を赤らめて笑ってた。

 ( ^ω^)「でも・・・出産はどうするんだお?母さんはもういないし・・・」

 ξ ゚听)ξ「大丈夫。産めないハズないわ」

 ツンは微笑んだ。

 ξ ゚听)ξ「だって私も・・・あの『お母さん』の娘ですものw」



58:1 :2006/05/23(火) 00:48:01.93 ID:iE2bW50p0
  

 ( ^ω^)「―――そして十月十日後、無事デレが生まれた、と」

 ξ ^∀^)ξ「そうなんだー。お母さんすごいねw」

 ( ^ω^)「すごいだろー」

 ξ ^∀^)ξ「・・・・」

 ( ^ω^)「・・・・」

 ξ ^∀^)ξ「でお・・・おじいちゃんとおばあちゃん、かわいそうだね」

 ・・・その言葉に、僕は思わず真顔になる。
 
 ξ ^∀^)ξ「病気で死んじゃって・・・食べられちゃうなんて、私は嫌かなー」

 ( ^ω^)「そんな事ないお。あの二人は僕の血や肉になったし、」

 ドン、と胸を張ると、外の畑を指差し、

 ( ^ω^)「・・・大地に、なったんだお。」

 その言葉に、デレは複雑そうな顔をして頷いた。



60:1 :2006/05/23(火) 00:49:53.63 ID:iE2bW50p0
  

 ―――その日の夜は、強烈な雷雨が辺りを襲った。
 暴風とまでは行かないが、強烈な雨が畑に打ちつける。窓ガラスに雨粒が激突する音も凄まじく、それはまるで、ツンの死んだあの日と良く似ていた。


 僕は眠るデレのオデコにそっとキスをすると、いつもと同じように納屋へ向かった。
 
 しかし、今日はいつもと少し、違う。
 空気が淀んでいるし、なによりこの派手な雨脚のお陰で、多少の動作でデレを起こすことも無いだろう。
 大きく深呼吸すると、納屋のドアを、今日だけは大きく開け放った。

 いつもは月明かりの差すそのベッドは、今日だけは何だか、とても小さく、煤けて見える。
 暗中に眠るベッドを起こさぬよう、足音を忍ばせて、ベッドへ近づきしゃがみこんで・・・



 ―――僕が『それ』を手にしたときと、背後でドアが音を立てて開いたのは全く同時で。
 嫌な予感に振り向けば、そこには眠気眼などではない、ハッキリとした眼差しのデレが立っていた。

 ξ ^∀^)ξ「・・・毎晩、何してたんだろう、って・・・思ってた」

 ξ ^∀^)ξ「そういう事・・・だったんだね」



69:1 :2006/05/23(火) 00:52:33.49 ID:iE2bW50p0
  

 ( ^ω^)「・・・デレ」

 ξ ^∀^)ξ「おかしいと思った。何で最近、いきなりお母さんの話をし始めたのか。ずっと気になってて、でも聞けなかった」

 ( ^ω^)「・・・・・・」

 ξ ^∀^)ξ「毎晩、こうやって納屋に寄って、紙袋を手にして畑に向かってたのも知ってるんだよ」

 ( ^ω^)「・・・・・・デr」

 ξ ;Д;)ξ「何で・・・なんでそんなことするのっ!!??」

 ねえ、お父さん!
 泣き叫びながら、デレは僕に訴える。畑にあったの、アレ、お母さんの、と。デレは叫び。それ以上は言葉にならない。

 闇を裂いて、悲痛なうめき声が辺りに染み渡る。
 僕は何も言えず、その場に立ち尽くしていた。
 デレは、泣きながら、僕の手の中にあるモノをじっと見ていた。

 不意に、稲光が走る。

 ―――白く浮かび上がったのは、僕の腕の中にある、ツンのしゃれこうべ。



83:1 :2006/05/23(火) 00:55:55.02 ID:iE2bW50p0
  

 ―――ザアアァア・・・・ガラ・・・ガラ・・・アァアアア・・・・

 外に出ると、雷鳴と雨音が僕らを迎えた。
 傘も差さず、僕達は黙って、畑へと向かう。

 僕の手にはしゃれこうべ。
 デレの手には鍬。

 さながら葬列者の列のように、二人はただ無言で。
 それならば鎮魂歌を、と、雨脚はさらに強さを増していくように思えた。


( ^ω^)「―――最近になって、な」

 僕は、激しいノイズの中口を開いた。鼻を伝った雨が、口の中に入る。
 
 ( ^ω^)「ツンの問いを、何度も反すうしだした」

 ξ ^∀^)ξ「死んだら食べてくれるか、っていう・・・アレ?」

 ( ^ω^)「そうだ・・・。」

 そして数ヶ月前から、火葬して骨となったツンの体を、一日に一欠けらずつ、毎夜畑に埋めて回っているのだ、と。
 僕が言い終わると、デレはいやいやするように首を横に振った。泣いているのかもしれない。しかし、今の僕には、彼女の涙を拭うことはできない。

 
 そして、僕は語りだす。



85:1 :2006/05/23(火) 00:57:32.54 ID:iE2bW50p0
  
 
 それは、デレが10歳になってから少し経った時のことだった。
 既に、僕もツンも三十路を越えていた。
 相変わらず僕は農業に必死に取り組み、ツンはそれをかげながらサポートしつつも子育てに奮闘していた。
 街は既に復興しており、昔と何の差異も無い賑わいを見せていた。僕は月に二度、数日間、街に滞在しては作物を売り払い、日々の糧を得ていた。

 そんな、ある日。

 ツンが、急に冷たい態度を取り始めた。

 仕事から帰った僕に寄り付かないばかりか、まだ幼いデレを置き去りにして、一人で納屋に閉じこもる。夕食の準備すらせず、自分も何も食わずに部屋に引きこもる。

 ( ;ω;)「ちょ、ツン!出てくるお!お願いだお!」

 僕が涙ながらに訴えても無駄だった。
 近寄らないで!・・・そう叫ぶ彼女の声に、ただ僕は絶望し、混乱することしかできなかったんだ。
 
 僕が何をした!?
 どうして彼女は僕に寄り付かない!?

 それまでオシドリのように寄り添って生きてきた二人だったんだ、僕は仕事も手につかなくなり、お互い何もしなくなって、一週間が経過した。



86:1 :2006/05/23(火) 00:59:43.86 ID:iE2bW50p0
  

 そしてそれは、唐突に。
―――その日は今日と同じ、嵐の夜だった。ただし、季節は冬。
身を裂くような寒さのなか震えながら眠るブーン達。

 ξ ゚听)ξ「・・・・・・あなた」

 その声に起きると、ベッドの枕元にツンが立っていた。初めは夢かとも思ったが、そのリアリティにハッとする。現実だ。
 思わず跳ね起きると、ツンを抱きしめようとする。

 だが、その瞬間、ツンは逃げるように身をかわし、部屋の入り口まで移動した。

 ξ ゚听)ξ「触らないで・・・!」

 ( ;ω;)「ツン!」

 ξ ゚听)ξ「・・・・・・お願い・・・」

 そして、

 ξ ;凵G)ξ「さわらないで・・・おね・・・がい・・・・・・!!!!!」

 慟哭するツン。
 その首筋に、小さな黒い斑点が浮かんで見えたのは、錯覚なんかじゃ無かった。



88:1 :2006/05/23(火) 01:01:47.89 ID:iE2bW50p0
  

 瞬間、僕は全てを悟る。
 まさか、という目でツンを見ると、

 ξ ;凵G)ξ「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・!」

 大声で謝りながら、ツンは振り返り、駆け出してしまった。慌てて追いかける。寒いがそんなことを気にしている場合ではなかった。


 ( ^ω^)(そんな・・・!まさか、そんな・・・・・・!)

 
 十年前の悲劇が、記憶の中で鎌首を持ち上げる。



89:1 :2006/05/23(火) 01:03:14.65 ID:iE2bW50p0
  

 納屋の前まで来ると、僕は大きく息を吸い込み、嗚咽を飲み込んだ。
 そして、

 ( ^ω^)「・・・ツン?」

 納屋のドアにむかって、優しく、そう声を掛ける。
 雷雨の音にまぎれて中の音が聞こえづらいが、物音が少しだけ聞こえた。

 ξ ゚听)ξ『・・・ブーン』

 ドア越しに声が返ってくる。
 
 ( ^ω^)「ツン・・・単刀直入に聞くお」

 ξ )ξ『・・・うn』

 
 
 ( ^ω^)「・・・黒死病・・・なのかお?」



 ξ )ξ『・・・多分。』

 彼女は、まるで他人事のように言った。
 その淡々とした言葉が、僕には酷く重たく感じられた。



92:1 :2006/05/23(火) 01:05:42.37 ID:iE2bW50p0
  

 ( ^ω^)「・・・・・・」

 ツンは、語りだした。
 ある日、僕が街から帰ってきたとき。
 荷台から、一匹のネズミが飛び出して来た、と。
 ツンはネズミを捕まえようとしたが、ネズミはツンの手の甲に噛み付いて・・・

 ( ^ω^)「・・・もういいお」

 ξ )ξ「・・・きっと、あの街の地下や下水道には、未だにこの疫病がはびこってるんでしょうね・・・」

 ( ^ω^)「・・・でも、何で・・・」

 何でツンが、と言おうとして、僕は言葉にならず、

 ( ;ω;)「つ、ツン!ツン!お願いだから・・・お願いだから、抱きしめさせてくれお!」

 そう叫んで、ドンドンとドアを叩き始めた。
 ドアにはしっかりと内側からカギがかけてあって、ツンはその向こうで苦しんでいて、僕はもう、何が何でも彼女を抱きしめて、安心させてあげたくて、

 でも僕には病気を治すこともできなくて、

 何で彼女が僕に近寄ろうともしないかがよくわかって・・・


 ξ )ξ「感染・・・させたくないの」


 ドアの向こうで、静かな声が聞こえた。



94:1 :2006/05/23(火) 01:07:27.71 ID:iE2bW50p0
  
 ( ;ω;)「でも・・・でも・・・ツンは苦しんでるお!病気が辛くて、きっと一人もさびしいにきまってるお!!!」

 ξ )ξ「・・・・」

 ( ;ω;)「だのに・・・僕には・・・ツンをどうすることも・・・どうしようも・・・何も・・・何も・・・お、おおお・・・」

 ずりずり、と。
 ドアにすがりつくように、僕はへたりこむ。

 この木の板をはさんだ向こうに、愛する人がいて。
 その人は、とっても苦しい病気で辛い日々を送っていて。
 でも、自分には何も出来ない。

 もしも、自分が医者だったら。
 彼女を治してあげられるのかもしれない。

 もしも、自分が学者だったら。
 憎たらしいあの病気の研究をして、解毒剤が調合できるかもしれない。

 だのに。
 だのに。

 僕は、無力な農民で・・・


 ―――彼女を、愛してやることしか、できない。



96:1 :2006/05/23(火) 01:09:16.86 ID:iE2bW50p0
  

 ξ )ξ『・・・ねえ、ブーン』

 ( ;ω;)「お?」

 ξ )ξ『ダイニングに回って・・・』

 ( ;ω;)「?」

 何が言いたいか判りかねたが、とにかくブーンは立ち上がると、全速力でダイニングへと向かった。
 当然そこは真っ暗闇だったが、火事場の馬鹿力的なカンで、素早く蝋燭に火を点していく。
 ぼんやりとした明かりに照らされ、浮かび上がる部屋の陰影。
 と・・・

 ( ;ω;)「・・・!」

 僕はダッシュで、窓際へと駆け寄った。

 ―――ガラスと外界を隔てたそこに、納屋の窓・・・

 そして、ツンの貌があった。
 ガラスを透かしているからか、その顔色は恐ろしいほどに青く、頬はげっそりとこけている。
 痛々しいその姿に胸を痛めていると、ツンが右手に紙を、左手にペンを持って、僕に目線を送った。丁度そばのテーブルにペンと紙があったので、僕も同じように手にする。

 ξ ゚听)ξ『・・・泣かないで』

 筆談。まさか、実の妻とこんなに遠まわしな会話をするハメになるとは・・・。その現実に、僕は残酷な滑稽ささえを感じていた。



99:1 :2006/05/23(火) 01:11:54.89 ID:iE2bW50p0
  

 ξ ゚听)ξ『私はもう死ぬわ』

 サラサラと、躊躇無くそう紙に書くツン。
 その目は、しかし絶望に浸りきっているわけではない。それに、僕は不思議な感覚を覚えた。

 ( ;ω;)『希望を失わないで欲しいお!ツンが死んだらブーンも死ぬお!十年前のあの言葉忘れてないお!!!』

 ξ ゚听)ξ『私も、覚えてる。あの日の会話。』

 ごうごう、と窓の外で雨が叫んでいる。
 僕は何も言わず、じっと、彼女の書く文字を凝視していた。

 ξ ゚听)ξ『だから、ね。お願い。』




 ξ ゚听)ξ『私を、食べて欲しいの。』




 ( ゜ω゜)「そんなの無理だお!!!」



 思わず叫ぶが、声は2枚のガラスと雨音に阻まれて、彼女の元には届かない。



102:1 :2006/05/23(火) 01:14:39.08 ID:iE2bW50p0
  

 ξ ゚听)ξ『これが、私の最後のお願い』

 ( ;ω;)「・・・・」

 ξ ゚听)ξ『もう、あなたと抱き合うことも、キスすることも出来ない・・・』

 ξ ゚听)ξ『デレにお休みのハグをしてあげることも・・・。』

 ξ )ξ『だから・・・』

 ξ ;凵G)ξ『せめて、私・・・あなた達の中で生きたいの・・・あなたのご両親のように・・・』

 ( ;ω;)「ツン・・・」

 ξ ;凵G)ξ『愛してるわ・・・あなた』

 涙でぐちゃぐちゃになる視界。
 僕はへろへろになるペン先で、やっとの思いで文字を描き、それを掲げた。


 ( ;ω;)『僕も、君を・・・誰よりも愛してるお』



104:1 :2006/05/23(火) 01:16:12.85 ID:iE2bW50p0
  

 ―――パチパチ、パチ。パチ・・・パン!


 唐突に、薪が火花を伴って派手に弾けた。
 揺り椅子に座ってうつらうつらしていた僕は、炎の上げた悲鳴に起こされた。寝汗が首を伝っている。
 上着の袖でそれを拭うと、足元の薪を、暖炉の中へ投げ込んだ。

 ゆっくりと揺り椅子から身を起こすと、そっと、妻の眠る隣の部屋を覗き込む。
 ガラス窓の向こうに、静かに横たわる妻の横顔。

 白磁や淡雪のように、白く透き通った素肌。
 カラスの羽にも似た、しっとりと濡れた睫。
 ビロードにも負けないしなやかさと艶やかさを持つ、ブロンドの髪。農作業を営む身であるというのに、彼女は毎日、その髪を綺麗に巻き毛にして作業に勤しんでいたのを思い出す。

 ・・・綺麗だ。本当に、綺麗だ。まるでこの世の物ではないかのように・・・
 ・・・お世辞抜きでそう思う。

 自分のようにトロ臭い人間には、本当にもったいない女性だ。あんなに美しいんだ、それこそ、街の劇団にでも入ればあっという間に看板女優になれただろうに。
 だのに、彼女は僕の元に来てくれた。
 どうして僕を、なんて野暮な質問はしない。しても、彼女は笑わない。
 だけど、僕は、それでも・・・

 
 窓ガラスの向こう、悲運の眠り姫を思い、僕は一人、大粒の涙をこぼした。



106:1 :2006/05/23(火) 01:17:56.68 ID:iE2bW50p0
  
 
 ―――ガラガラッガゴガァアアアン・・・!

 凄絶な音と共に、閃光が僕とデレを照らす。
 いつしか二人は、赤い果実を雨に叩かれる・・・トマトの畑の前に、立っている。
 そして足元に存在する、人の頭がまるまる入る大きさの、窪み。

 ブーンは何も言わず、抱えていたツンの頭蓋骨を、そっとその窪みに置いた。
 雨に打たれ、その表面が白く粟立っている。

 
 ( ^ω^)「・・・火葬場なんて、この辺りにはない。だから、僕は直接、ツンをこの手で焼いた」

 ξ ^∀^)ξ「・・・うん」

 ( ^ω^)「複雑な気持ちだお。でも、これが、彼女が望んだ結末・・・そして、僕の望んだ結末。」

 ξ ^∀^)ξ「・・・・・・お父さんと、お母さんの・・・望む、結末・・・」

 さあ、とブーンは目線でデレに促した。
 鍬は、デレの手にある。デレが鍬で土をかけなければ、ツンの『埋葬』は終わらない。

 だが・・・デレの貌は、ブーンの予想と違う表情を宿していた。



109:1 :2006/05/23(火) 01:20:43.64 ID:iE2bW50p0
  

 ξ    )ξ「でも・・・」

 ( ^ω^)「?どうしたお?早くお母さんを・・・」

 ξ ;Д;)ξ「違う!!!!」

 (;^ω^)「!?」

 ξ ;Д;)ξ「なんで!?なんで、そんなことで納得できるの!?」

 (;^ω^)「お・・・?」

 ξ ;Д;)ξ「私・・・ずっとお母さん、病気で死んで、どこかの墓地に入れられてるって思ってた・・・だから、何時か御墓参りに行くのが夢だった・・・!」

 ξ ;Д;)ξ「でも・・・私・・・知らないうちに・・・お母さんのこと・・・お母さんのこと・・・!」

 慟哭は、雷鳴よりも鋭くブーンの耳に突き刺さる。
 ―――そうだ。ブーンだって、彼女と同じ気持ちを抱いている。
 だけど・・・相反する気持ちを持つからこそ、ブーンは『こうした』のだ。



116:1 :2006/05/23(火) 01:24:31.27 ID:iE2bW50p0
  
 ( ^ω^)「デレにも、いつか愛する人ができたら・・この気持ちがわかるお・・・」

 ξ ;Д;)ξ「わかりたくなんかない!私は!私は、死んでしまった人の死体を食べてその人の魂が心の中に宿るなんて、信じない!」

 ξ ;Д;)ξ「私の中で、お母さんは!お母さんは!」


 ξ ;Д;)ξ「ずっと、心の中にだけいるんだぁあーっ!」


 唐突に、デレが鍬を振り上げる。
 
 ツンのしゃれこうべが砕かれる―――

 ブーンは直感し、だがその場を動けなかった。
 ・・・いや、もしかすると、ブーンはずっと、そうしてしまいたかったのかもしれない。

 ツンの遺骨を畑に埋めることをやめ、大切に葬ってやること・・・それが、一番の供養になるのかも、と。

 死者は沈黙する。それが、古からのルールじゃないか。


 だが。

 二人を包み込むように、周囲の大気が一瞬だけ、大きく膨れ上がったのを、どちらも感じることが出来なかった。

 刹那、閃光―――



119:1 :2006/05/23(火) 01:26:26.78 ID:iE2bW50p0
  
 ブーンには、一つだけ、大きな救いがあった。
 
それは、これまで生きてきて、常に、『自分が愛する』『自分を愛してくれる』人が、誰かしら傍にいたということ。だから、朴訥で、真面目で、少し間が抜けてて、だけどまっすぐに、彼は成長することができたのだ。
 だが今もし、彼が目の前で大切な人を再び失ってしまったら、どうなるか、


―――稲光


 ブーンは、忘れていた。
 自分が愛する人がいたからこそ、こんな数奇な運命を辿っていても、何とか正気を保って生きてくることができたのだと。
 そして、その最後の綱が切れたとき、


 ―――轟音


 自分は、あらゆる思考を、放棄してしまう可能性があるという事を。


 ―――弾き飛ばされるデレ。



 ( ^ω^)「・・・・・・お?」



129:1 :2006/05/23(火) 01:29:36.09 ID:iE2bW50p0
  
 ブーンには、初め何が起きたのか理解できなかった。
 数秒後、闇の中でくすぶるそれを見て、やっと理解する。


 ( ^ω^)「・・・ああ、デレの鍬に雷が落ちちゃったのか」


 ブーンはよっこいしょ、と立ち上がると、デレだった何かから黒い炭の塊を剥ぎ取り、ツンの頭蓋骨を丁寧に埋葬し始める。
 あたりに漂う焦げた肉汁の匂い。

 やがてブーンは丁寧に土を盛ると、その上にドン、と木片を突き刺した。

 そして、雨の中大の字になる。



 ( ´ω`)「もう・・・・・・疲れた・・・お腹ぺこぺこだ・・・お・・・家に・・・帰らなきゃ・・・。」



137:1 :2006/05/23(火) 01:31:55.39 ID:iE2bW50p0
  
  ( ,,゚Д゚)「・・・ここで、日記は終わってら」

 青年はボロボロになった日誌をポンと机の上におくと、ふあああ、と大きなあくびをした。廃屋の天井は思ったよりも低く、青年が背伸びをしただけで腕が天井にぶつかり、派手な音を立てた。

 (*゚―゚)「うるさいわねぇ・・・それにしても、昔からある廃屋だからって聞いて来てみたら、こんな事件があったのね・・・」

  ( ,,゚Д゚)「だなぁ・・・」

 (*゚―゚)「ねえギコ」

 ん?と、ギコと呼ばれた青年が振り向く。

 (*゚―゚)「もしも私が死んだら、あなたはやっぱり、私を食べたいと思う・・・?」

  ( ,*゚Д゚)「え!?しぃが!?あ、え、ええと・・・」

 ポリポリと頬を書く青年。しぃと呼ばれた女性は可笑しそうにクスリと笑った。

 (*゚―゚)「いいわ、聞かないでおく」

  ( ,,゚Д゚)「た、助かる」

 (*゚―゚)「私だって・・・死んだらギコ君に食べられたいかって聞かれたら・・・わかんない」

 難しそうな顔をするギコ。しぃは至って平然としているが、その目は窓の向こう―――かつてホライゾンという男性も見たであろう太陽を眩しそうに見、



139:1 :2006/05/23(火) 01:33:28.10 ID:iE2bW50p0
  

 (*゚―゚)「でも・・・この話は、愛、だとおもうなぁ」

  ( ;,゚Д゚)「そ、そうかぁ?」

 (*゚―゚)「私はね」

  ( ,,゚Д゚)「俺は・・・薄気味悪い話だと思うなあ。なんっつうか、神も仏もいねえ、っつうか」

 (*゚―゚)「そだね。」

 ギコはしぃの隣に立つと、窓の外に広がる、巨大な草原を見つめた。
 主のいなくなった畑は、今や雑草と作物の入り混じった、いびつなタペストリとなっている。

  ( ,,゚Д゚)「でも俺は、実の娘と両親、それに妻の遺骨まで畑に埋めて、その作物を食うなんてことはできねえ。きっとこのホライゾンっつう人は・・・」

 二人の警官は、かつては広大な農地だったその織物を、窓越しにじっと見つめる。


その中の一箇所、小さく円を描くように残った落雷の跡に、一輪のひまわりが、天を向いて咲き誇っていた。


  (  ブーンがツン達を食べてしまうようです  了



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