('A`)ドクオが一瞬を見るようです

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:40:04.24 ID:Jbj1KBnj0

グラウンドは真っ白だった。

太陽の日が、反射した光が、上からも下からも降りそそぐ。
乾燥した砂がほこりとなって舞い上がり、目に入ってくる。
眼を細めながらマウンドへと向かう。

そこにいたのは、やっぱり長岡だった。

('A`)「おい、長岡」
  _
(; ゚∀゚)「うお!? ドクオじゃねーか!! なんで学校にいんの?」

俺が背後から声を書けたせいか、長岡は必要以上のリアクションを取る。
相変わらず騒がしいヤツだ。

('A`)「そりゃこっちの台詞だ。お前、こんなところで何してるんだ?」
  _
( ゚∀゚)「……」

何も言わず、長岡は再びホームベースをにらみつけた。

しばらくの沈黙。
強い風が吹いて、砂埃が一段と舞った。

思わず片手で目元を隠す。
それでも長岡の後姿は動く素振りすら見せず、ただホームベースを見つめるだけだった。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:42:34.05 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「……三年間、毎日のようにこの風景を眺めてきた」

('A`)「は?」

風が止み、視界が開けた。
同時に発した長岡の言葉は、残念ながら聞き取ることが出来なかった。
長岡は背中越しに語り続ける。
  _
( ゚∀゚)「ずっと、ホームベースの先のミットを見続けてきた。
    何千……いや、何万球も白球を投げ込んできた」

('A`)「……」

いつものおちゃらけた雰囲気は、今の長岡の背中には微塵も無かった。

彼の肩越しから、ホームベースが見えた。


遠い。


ただ、それだけを思った。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:43:47.97 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「遠いだろ? ホームベースまでさ」

('A`;)「あ、ああ……遠いな」

まるで俺の心中を見透かしたかのような長岡の言葉。
不覚にもドキリとした。
  _
( ゚∀゚)「テレビなんかで野球中継を見ると近く見えるだろ?
    でも、実際はこんなに遠いんだよ。
    18.44メートルなんて数字で表すと短く聞こえるがなw
    この距離が、特に俺たちピッチャーにはすごく長く感じられるんだよ」

長岡はポケットから白球を取り出すと、軽く肩を回して、右腕を振った。
山なりに放たれた白球はなだらか弧を描き、見事にホームベースの上を通過した。

だけど、その先に、それ受け止めるキャッチャーのミットは無かった。



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:45:50.44 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「俺たちピッチャーの仕事は、
    18.44メートルの距離を越えて、無事、キャッチャーにボールを届けること。
    ただそれだけのために、バカみたいにきつい練習に耐えるんだ。
    笑えるだろ? 何度やめてやろうかと思ったことかw」

長岡はマウンドを降りると、ホームベースの向こうに転がるボールを拾い上げた。

それから、一塁沿いに備え付けられたベンチへと足を運び、
乱雑に放り投げられたエナメルのバックをガサゴソとあさりだす。

その間、俺はなんとなくマウンドに登ってみた。
ほんの少しだけ視界が持ち上がる。

視線の先、はるか斜め下に、
小さな、本当に小さな五角形が、さびしげにたたずんで見えた。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:48:34.64 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「おい、ピッチングの相手、やってくんねーか?」

ボーっとマウンドにたたずんでいた俺に、長岡が声をかけてきた。
その手には、二つのグラブと一つの白球が握られている。

('A`;)「んっ? あ、ああ。俺でよけりゃ付き合うよ」

朝から勉強していたせいか、妙に身体を動かしたい衝動にかられていた。

俺は二つのグラブうち、分厚いキャッチャーミットを受け取って、ホームベースを前にかがみこんだ。
すると、長岡は楽しそうにケタケタと笑う。
  _
( ゚∀゚)「おいおいwwww いきなりピッチングは無いぜwwww
    肩壊しちまうからな。はじめは短い距離でキャッチボールだ」

('A`)「ふーん……そういうもんなのか」

なにやらピッチングをする前にいろいろとウォーミングアップをしなきゃいけないらしい。
意外とややこしいもんだなと思いながらも、黙って長岡に従った。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:49:48.16 ID:Jbj1KBnj0

キャッチボールをすれば、相手が野球経験者なのかどうかが一発でわかる。

経験者は、ゆったりとしたフォームから力強い球を投げてくる。
一方、未経験者は、ぎこちないフォームから力無い球を放ってくる。

前者は長岡。後者は俺。

初心者ながらも、俺は長岡に負けまいと、力を込めて球を投げてみる。
しかし、無駄な力の入ったフォームから放たれた白球は明後日の方角へと向かう。
それなのに長岡は難なくキャッチしてみせる。思わず拍手してしまった。

それから十五分くらいキャッチボールを続けた。

気がつけば俺は汗だくだった。
一方、長岡は涼しげな顔をして額にうっすらと汗をかいているだけ。

たいしたもんだと、素直に感心した。



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:52:20.06 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「よっしゃ! 肩もあったまってきたし、そろそろいいかな!!
    ドクオ、ベースの前に座ってくれ」

肩をグルグルまわしながら、長岡は当たり前のように言う。
長岡の力強い球を目の当たりにしていた俺は、『ちょっと待て』と、思わず詰め寄る。

('A`;)「……お前、球速どのくらいなんだ?」
  _
( ゚∀゚)「全盛期はギリギリ130kmくらいだったかな?
    今じゃ110km後半出ればいい方だろう」

('A`;)「ふざけんな! そんな球、俺が取れるわけ無いだろう!?」
  _
( ゚∀゚)「大丈夫! 俺、コントロールだけはよかったんだぜ?」

('A`;)「ちょwwwww しかもなんで過去形なんだよ!? 
   せめてマスクを用意しろ! じゃなきゃ俺は受けないからな!!」
  _
( ゚∀゚)「うひゃひゃwww そんなこともあろうかと準備は万端ですよ?」

長岡は再びエナメルのバックのもとへと走っていくと、
何かを取り出してこちらに戻ってくる。

俺は、ヤツが持ってきた物体を見て唖然とした。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:53:45.78 ID:Jbj1KBnj0

('A`)「あのー……長岡さん? 
   あなたの手にある物体はいったいなんなのでしょうか?」
  _
( ゚∀゚)「ヘルメット。それもフルフェイス」

从'A`从「……あれれ〜、野球にフルフェイスヘルメットなんて使わないよね〜?」

明らかに場違いなフルフェイスヘルメットを前にして、俺の口調はおかしくなる。
それでも長岡は自信満々の表情でのたまう。
  _
( ゚∀゚)b「よかったな! 少なくとも顔面は無傷ですむぞ!!」

('A`;)「人の話聞けよ……ってモガッ!!」

長岡は無理やり俺の頭にフルフェイスヘルメットを被せこんだ。
俺は、もはや逆らう気力すらなかった。

蒸し暑くて狭い視界のまま、
『長岡はエナメルのバックにどうやってこのヘルメットを突っ込んだんだろう』
なんて考えながら、しぶしぶホームベースを前にしてかがみこんだ。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:55:46.16 ID:Jbj1KBnj0

マウンドに立つ長岡。
その姿は遠く、小さく見えた。

彼の後ろに広がるのは、誰もいない真っ白なグラウンド。
それは、どこまでもどこまでも広く、長岡の後ろで続いていた。

真夏の午後。
陽炎が視界をゆがめる。

揺らめく世界の先で、彼はゆっくり左足を上げた。
そのまま腰を落として、左足を前に踏み込む。

遅れて、右腕が振り上げられる。
まるで青空のかなたを指差すように、高く、まっすぐに。

豆粒のような白球が放たれる。
はじめは小さなそれも、次第に大きくなり、確かな質感とともにこちらへ迫ってくる。

ふと、視界の端に、青空を渡る一筋の飛行機雲が見えた。
どこまでも続いてゆくその白い軌跡は、長岡が放った白球の軌跡そのものなのではないか?
そんなことを思った。

『パァンッ』と快音が走った。

気がつけば、俺の構えたミットには白球が納まっていた。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 20:58:33.06 ID:Jbj1KBnj0

それから六十球ほど、長岡は投げ続けた。
まるで何かを振り払うかのごとく、無心に、ただひたすらに。

正直、俺の左手のひらはパンパンに腫れていたが、
真剣な表情で投げ続ける長岡を前にすると、そんな野暮なこと、言えるはずもなかった。

途中、滴る汗をぬぐった彼は、被ってもいない帽子を持ち上げる素振りを見せた。

きっと、癖なのだろう。
悪いと思いながらも、クスリと笑ってしまった。
  _
(; ゚∀゚)「ふい〜……やっぱりなまってるわ。もうダメだ! 止め止め!!」

('A`;)「(……助かった)」

長岡の速球を受け続けた俺の左手のひらは膨れ上がり、真っ赤に染まっていた。

フルフェイスヘルメットを親の敵のように投げ捨てた。
通り過ぎた生ぬるい風ですら、汗だくの顔には心地よかった。

水分補給のためジュースを買いに行く。
そのついでに水道の水で手のひらを冷やした。

こもった熱がみるみる引いていく。
そんな感覚がたまらなく気持ちよかった。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:00:58.93 ID:Jbj1KBnj0

ジュースを買ったあと、俺たちは再びグラウンドに戻ってきた。
一塁ベース沿いに備え付けられたベンチに座り、タブを開けて、缶の中身を体内に注ぎ込む。

冷たい液体がのど元を通り過ぎるのがハッキリとわかった。
汗がわずかにひく。生き返ったと安心する。

そんな俺の隣で、長岡は缶のタブを開ける素振りすら見せず、ただマウンドを見つめていた。

普段見せない真剣な横顔。
キリリとした太い眉。大きめの丸い瞳。無駄な贅肉のないスラリとした頬。

『黙っていればそれなりにカッコいいのにな』と、
目の前にいる彼女いない暦=年齢の親友の横顔を、俺は横目で眺めていた。

缶の中身を飲み干した俺は、何気なく尋ねた。

('A`)「なあ、さっき『何度もやめてやろうと思った』って言ってたよな?
   なのに、どうして野球を続けてきたんだ?」
  _
( ゚∀゚)「……そうだな……」

握り締めていた缶のタブをようやく開け、中身を口に注いだあと、
それでもマウンドを見つめながら、長岡は呟く。



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:03:42.79 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「……試合でさ、バッターを前にしたとき、
    キャッチャーミットはホントに遠いんだよ」

('A`)「……だろうな」

先ほどマウンドに立った俺は、長岡の言葉とまったく同じことを思った。
はたから見てれば近いのに、実際にその場に立つと、限りなく遠い場所。
  _
( ゚∀゚)「その代わりに、バッターのバットがすごくでっかく見える。
    不思議だよな。あんなに細いバットなのによw」

再び缶を口に運ぶ。その視線はマウンドに縛り付けられている。
  _
( ゚∀゚)「特に大事な場面のときは逃げ出したくなる。何もかもを投げ出してしまいたくなる。
    そんなことを考えてしまう俺は、もしかしたらピッチャーに向いてないのかもしれない」

('A`)「……俺にはなんとも言えんな」

正直に言う。確かに、そんな後ろ向きな気持ちでピッチャーは勤まらないだろう。
しかし、先ほど無心で投げ続けていた長岡の姿は、ピッチャー以外の何者でもなかったのもまた事実。

長岡がピッチャーに向いているかどうかなんて、俺にはまったくわからなかった。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:05:08.97 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「だけど、そんなときこそ思いっきって腕を振るんだ。
    ボールがキャッチャーミットに向かって、まっすぐに白線を描くことだけを想像する。
    そして、ボールを放り投げる」

長岡は立ち上がり、ホームベースに視線を向けた。
屈伸をして、身体をほぐしながら。
  _
( ゚∀゚)「それが快音を奏でてキャッチャーミットに収まったとき、鳥肌が立つんだ。
    生きててよかった。野球やっててよかったって思える。俺はここにいるんだって思える。
    そんな『一瞬』があるから、俺はずっと野球を続けてこれたんだと思う」

横顔は、薄く笑っていた。



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:07:20.25 ID:Jbj1KBnj0

長岡は足を上げた。

胸の近くまで、
高々と。

踏む込み、
腰を落とし、
腕を振った。

しかし、グラウンドに『パァンッ』と乾いた快音は響かない。

当然だ。ホームベースの向こうにキャッチャーミットは無かったし、
振り下ろした長岡の右手に、もともと白球は握られていなかったから。

それなのに、長岡の視線はいまだ、
ホームベースの向こう側に縛り付けられている。

彼の想像の中で、直線を描く白球の軌跡は、ミットへと続いていったのだろうか?

答えは聞けなかった。
だけど、ニッコリと笑ってこちらを振り向いた長岡の表情。

それだけで、答えを推察するには十分だった。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:09:26.88 ID:Jbj1KBnj0
  _
( ゚∀゚)「ドクオ、お前にはあるか?
    自分の存在の手ごたえを感じられる、そんな『一瞬』が」

最後にそう言って、長岡はポケットの中から取り出した白球を俺に手渡した。

『やるよ』と、ただそれだけを残すと、
荷物を抱え、長岡はグランドの向こう側へと歩いていく。

また一つ、強い風が吹いた。
舞い上がる砂塵に、世界が白く霞がかる。

真夏の日差しが砂塵に反射し、さらに世界は白く染まる。
そして、その先へと消えていく長岡の後姿が、なぜだかとても大きく見えた。

『一瞬』

思えばこのとき、初めてその言葉の意味を反芻した。
二文字の言葉に込められた価値の大きさに、初めて気がついた。

不意に現れてはすぐに消える瞬間の重みを、長岡に渡された白球の中に確かに感じ取った。

だけど結局、その時の俺には、何も答えられなかった。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:18:40.45 ID:Jbj1KBnj0

その帰り道、何気なく行きつけの喫茶店の前を通り過ぎた。

『バーボンハウス』

扉の上に掲げられていた木製の看板が、
西に傾き始めた日差しに照らされて、静かにたたずんでいた。

(´・ω・`)「やあ。ドクオ君じゃないか」

扉の前で、マスターがタバコを吸っていた。
自分の店なんだから中で吸えばいいのに。そんなことを思ったけど、口には出さなかった。

('A`)「どうも。ご無沙汰しています」

(´・ω・`)「今日は一人かい? にぎやかなお友達はどうしたのかな?」

('A`)「さあ……毎日一緒にいるわけでもないですから」

(´・ω・`)「ははは。それもそうだ。失礼なことを言ってしまったね」

マスターは携帯灰皿を取り出して、その中にタバコの吸殻をいれた。
おしゃれな、高そうな灰皿だった。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/01(火) 21:20:43.62 ID:Jbj1KBnj0

(´・ω・`)「どうだい? コーヒーでも飲んで行かないかい? 奢らせてもらうよ?」

('A`;)「えっ……いや……悪いですよ」

突然のマスターの申し出。さすがにおごってもらうのは心苦しかった。
自分で代金を支払って飲んでも良かったが、手持ちの金は心もとなかった。

(´・ω・`)「そうかい? それなら出世払いでどうだい?
    君が社会人になって再びこの店を訪れてくれたとき、そのとき改めて御代をいただこう」

('A`)「……はぁ」

断るのもいかがなものかと思ったので、俺はマスターに続いて店内に入った。

カランカランと、いつもの鐘の音が出迎えてくれる。

店内に客の姿は無かった。
もともとそんなに客が多い店ではないが、無人というのも珍しかった。

カウンター席に腰かけて、何気なく天井を見上げた。
木製の送風機が、外の暑さなど知らないかのように、クルクルと、緩やかに回っていた。



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