('A`)ドクオが一瞬を見るようです
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:50:02.83 ID:hz5CQBRo0
あかね空の下、たどり着いた先。
赤く染まる学校の門は、いまだ大きく開かれていた。
敷地内に入り、プールを目指す。
静かな校内を通り過ぎると、プールの入り口の前に、朝にも出会った用務員のおっさんが立っていた。
( ´∀`)「……やあ。また会ったモナー」
('A`;)「あのー……もしかして、プールの中に誰かいるんですか?」
( ´∀`)「ああ。水泳部の髪の長い女の子……名前はなんだったかな?」
('A`;)「クー……ですか?」
( ´∀`)「あー……そうそう。その子だモナー。
一時間くらい前にやってきて、プールを開けて欲しいって言ってきたモナ。
顔は知っていたし、なんだか思いつめた表情をしていたから開けてやったモナ。
でも、さすがにそろそろ閉めないといけないモナー」
- 5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:50:52.01 ID:hz5CQBRo0
そう言ってプールの入り口へ足を踏み入れようとするおっさん。
その手を掴んで、俺は叫ぶ。
('A`;)「ちょ、ちょっと待ってください!
あと十分……あと十分だけ時間をください!!」
(;´∀`)「そんなこと言われても……」
('A`;)「ホントに……ホントにあと十分だけ! お願いします!!」
その時の俺はよほど切羽詰った表情をしていたのだろうか?
少しおびえた顔を見せたおっさんは、
『十分だけだモナ』と言って、用務員室の方へと歩いていった。
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:53:01.38 ID:hz5CQBRo0
入り口を進むと、パシャパシャと水をかく音が聞こえた。
50mのプールの水は、夕日の下で赤い色をしていた。
その真ん中を、クーが泳いでいた。
柔らかに水をかき、
静かに、滑らかに、そして速く、進んでゆく。
高一の頃、初めてこの場に立ったときも、
俺はこんなふうに、ずっと彼女の泳ぎを眺めていた。
『綺麗な泳ぎだ』と見惚れた。それは今でも変わることはない。
ずっと彼女の泳法を真似てきた。
しかし、彼女はいつでも俺のはるか彼方にいた。
引退した今でも、高一の頃の彼女にすら勝てる気がしない。
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:54:20.27 ID:hz5CQBRo0
ただ呆然と見惚れる俺の視線の先で、
彼女は踊るようにターンをして見せた。
一瞬、プールに静寂が宿る。
そして、水面に浮かんできた彼女がかく水の音が、再び周囲に響き渡る。
やがて、彼女は向こう側の壁面へと到達した。
水中で立ちあがり、手馴れた手つきでプールサイドへと上がる。
ゴーグルをはずし、水泳帽を取った。
隠されていた長めの黒髪が姿を現し、
彼女が首を振るのにあわせて、ひらひらと左右になびく。
そして彼女は微笑むと、水泳帽を握る右腕を、下から上へ、軽く振り上げた。
- 9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:56:07.06 ID:hz5CQBRo0
半円を描く腕の軌跡。
前方へと飛び散る水滴の輝き。
そして、かすかに笑った彼女の顔。
いつのことだったか。
時折見せる彼女のこのしぐさのわけを、俺はツンに尋ねたことがあった。
ξ゚ー゚)ξ「いい泳ぎが出来たとき、あの子はあんなしぐさを見せるのよ。
なんかね、飛び散った水滴の先に、虹が見えることがあるんだって。
そんな時、とても気分が良くなるんだそうよ」
それこそが、クーが追い求めている『一瞬』なのかもしれない。
暑い日も寒い日も泳ぎ続ける中で見つけた、
自分が生きていると感じられる、そんな『一瞬』なのかもしれない。
そして今、それは俺にとっての『一瞬』ともなった。
あかね空の下、輝く水滴に彩られた先の彼女の笑顔を、俺は、ずっと見ていたいと思った。
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:57:32.02 ID:hz5CQBRo0
川 ゚ -゚)「!?」
見惚れていた俺の視線の先で、
彼女はこちらに気付くと、眼を見開いて驚いて見せた。
少し声を張り上げて、彼女は叫ぶように言う。
川 ゚ -゚)「おーい! なにをしているんだ!?」
('A`)「散歩してたらプールから音が聞こえてな。ちょっと寄ってみた」
俺は平静を装い、彼女へと歩み寄りながら言う。
われながら下手な嘘だと思った。
('A`)「お前こそ何してるんだ? 大会は今日だったんだろ?」
川 ゚ -゚)「ああ。終わったよ。午前中にな。予選敗退。すぐにこっちに帰ってきた」
('A`)「……そうか」
赤い空。東の空が濃紺に染まり始めていた。
日は、もう沈んでいた。
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 21:59:24.40 ID:hz5CQBRo0
プールサイドで向かい合い、立ちすくむ二人の男女。
三流青春ドラマの真似事みたいだと、心の中で笑ってやった。
川 ゚ -゚)「どうも私は本番に弱くてな。練習どおりに泳げなかった。
まあ、試合は結果がすべてだ。私の実力も、その程度のものなのだろう」
うつむいて、自嘲気味に言い放つクー。
なんて声をかければいいのかわからない。
学校の授業は、こんなときにどんな言葉をかければいいかなんて、教えてはくれない。
川 ゚ -゚)「それだけのこと……ただそれだけのことさ」
それだけを残すと、彼女は俺に背を向けて、更衣室へと向かおうとする。
そのさびしげな後姿に、俺は思わず叫んでいた。
('A`;)「やめるのか? 水泳、やめちまうのか!?」
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:00:55.16 ID:hz5CQBRo0
川 ゚ -゚)「……」
彼女は何も言わない。だけど、その代わりに、立ち止まった。
俺はその背中に、ありったけの言葉を投げかけた。
('A`;)「結果なんてどうでもいいじゃないか!
お前、楽しく泳ぎたいって言ってただろ? それでいいじゃないか!
さっきの泳ぎだって、満足いくものだったんだろ? 楽しかったんだろ!?」
川 ゚ -゚)「!!」
彼女の背中がわずかに揺れた。
それでも振り返らず、彼女は言う。
川 ゚ -゚)「どうして……それがわかった?」
('A`)「簡単さ。お前、プールサイドに上がったあと、
笑いながらこう……腕を振っていたじゃないか。
ずっと一緒に泳いできたんだ。それくらい、俺にだってわかる」
ツンの受け売りだけどな。
もちろん、そんなことは口にはださなかった。
- 18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:04:19.42 ID:hz5CQBRo0
('A`;)「なあ、余計なお世話かもしれないけどさ……
お前が一番イイ顔をするのって、やっぱり泳いでるとき……プールにいるときだと思うんだ。
さっきみたいに腕を振り上げながら笑ってる顔……なんていうかさ……その……」
……すごく綺麗なんだ。
それだけの言葉が、どうしても口に出せずに、黙り込んでしまう。
泳いだ後に満足そうに笑うクーの顔を、見たい。ずっと見ていたい。
だから水泳を止めないでくれ。
いいたいことはそれだけなのに、口が、その通りに動いてくれない。
('A`;)「と、とにかくさ! 続けてくれよ!!
俺は水泳を止めるけど、お前はずっと、俺の泳ぎの目標だったんだよ!
だから……止めないでくれよ! ずっとずっと、俺の目標のままでいてくれよ!!」
違う。言いたいことはそんなことじゃない。
言え。言うんだ。泳いでいるお前が好きだと、言え。
泳ぎ終わって笑う、お前が見せるそんな『一瞬』が好きなんだと、言えよ、俺。
だけど、心の中で必死に煽り立てても、やっぱり言葉は出てこない。
まるで口が自分のものじゃないかのように、俺の意思から離れた言葉を形作る。
そして、最後にはまったく動かなくなる。
- 21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:07:25.11 ID:hz5CQBRo0
風がプールを渡った。
肌寒い、夜の匂いを含んだ風だった。
俺は少し身震いしたけれど、水着姿の彼女は微動だにしない。
沈黙。
空は黒く染まり始めていた。
ふと、プールの時計を見てみた。用務員のおっさんとの約束の時間を、十分も過ぎていた。
まずいな。
そんなことを考えていると、彼女の声が聞こえた。
川 ゚ -゚)「……私が水泳を止めるかどうかは、君には関係ない」
怒っているようにも聞こえる、憮然とした声。
駄目だった。俺の言葉に力はなかった。俺は、肩を落としてうつむいた。
川 ゚ -゚)「そして、どちらにせよ、私の高校での水泳はこれで終わりだ。
君たちと泳いだ日々は二度と戻ってこないし、水泳を止める君と泳ぐことも、二度とない」
もういい。もう何も言わないでくれ。
それすらも口に出せない俺。消え去ろうとする『一瞬』を引き戻す力すら、俺には、ない。
自分のちっぽけさに笑えてきた。
『一瞬』の価値を教えてくれた長岡の顔が、
『一瞬』を気付かせてくれたマスターの顔が、浮かんでは消えた。
『ごめん』と、ただそれだけを、心の中で呟いた。
- 22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:10:20.68 ID:hz5CQBRo0
川 ゚ -゚)「……しかし、それとは別に、私には君に言うべきことがある」
先ほどまでとは違った、やわらかい声が耳を撫でた。
何事かと思い顔を上げると、彼女はこちらを向いて、笑っていた。
川 ゚ー゚)「ありがとう、ドクオ」
('A`;)「……ほぇ?」
まったく予期しなかった言葉に、俺は声にならない声を上げる。
それがよほどおかしかったのだろうか。彼女は腹を抱えてながら下を向き、笑う。
川 ゚ー゚)「ふふ……ふふふwwww
何だその声は……ふふふwwwwあははwwwww」
('A`;)ノシ「いや……何もそんなに笑わなくても……」
川 ゚ー゚)「あははwwwwwwww すまんwwww」
笑って涙が出たのだろうか? 彼女は目じりを軽く指でこする。
そして、俺の前に手を差し出し、言った。
川 ゚ー゚)「高校での水泳の終わりを、君と迎えられて良かった。本当にありがとう、ドクオ」
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:12:16.85 ID:hz5CQBRo0
差し出された彼女の手、
そして、ニッコリと笑う、顔。
それを交互に見返して、俺は、何も言わずに彼女の手を握った。
あの夜と同じ、やわらかい、そしてやっぱり冷たい手だった。
彼女の手を握り締めながら、彼女の顔を、真正面から見据えた。
日が沈み、暗闇に包まれていく世界の中で、
それでも笑う彼女の顔は、今も目に焼きついて離れない。
本当に、素敵な笑顔だった。
ずっと見ていたい。
叶うことなら、この『一瞬』を切り取って、いつまでも残しておきたい。
そんなことだけを、思った。
- 24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:13:40.73 ID:hz5CQBRo0
それから彼女は更衣室へと戻り、しばらくしてジャージ姿で戻ってきた。
その間、俺はずっと先ほどの『一瞬』を反芻しては、ただニヤニヤと笑っていた。
プールの入り口を出ると、
そのすぐ側に立っていた用務員のおっさんが、俺たち二人を見てニヤついていた。
( ´∀`)「青春だモナー。羨ましいモナー」
どうやら、おっさんは俺とクーの一部始終を入り口の隅から覗いていたらしい。
『糞ジジイ』と思う以前に、あまりにも恥ずかしくて、俺たちは足早に学校を去った。
その帰り道、特筆すべきことはなかった。
今思えば、告白するにはまたとないチャンスだったが、結局俺は何も言えず、
ただ水泳部での日々の思い出だけを話して、二人はすぐに別れた。
- 30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:16:07.79 ID:hz5CQBRo0
それからも、日々は矢のように過ぎ去っていった
ツクツクホーシの鳴き声が夏の終わりを告げ、枯れ葉舞い散る秋が姿を現した。
この季節、体育祭、文化祭とイベントが続いたが、
受験を前にした俺たちは特に力を入れるわけでもなく、日々はひたすらに過ぎていった。
晩秋が郷愁を誘う頃、俺たちは最終的な進路を決めなければならなくなった。
特に目的の大学がなかった俺は、それとなく聞いたクーの志望校を第一志望にした。
スポーツ推薦を使えば楽に入れる大学もあったであろう彼女だったが、
川 ゚ -゚)「自分の力で大学に入りたい」
そう言って、夏のブランクを埋めるかのように猛勉強を始めた。
彼女らしいなと思えた。
及ばずながら俺も力を貸すことにし、
冬の初めの季節を、彼女とともに勉学にいそしんで過ごした。
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:18:05.89 ID:hz5CQBRo0
クリスマスが過ぎ、大晦日が来て、年が明けた。
楽しいイベントも受験生にはまったく関係なく、俺たちは机との友情を育むだけ日々。
そんな中、ツンとクーから来た年賀メールには顔がほころんだ。
特に、クーからの年賀メールは今も大事に保存してある。
ブーンと長岡から来たムカつく内容の年賀メールは、その場で速効消した。
それから二週間ほど過ぎて、受験の第一関門、センター試験がやってきた。
自己採点の結果が思いのほか良くて、俺は机を前にしてニヤニヤと笑ったものだ。
やがて各人がおのおのの大学の二次試験に見合った勉強をするようになり、
高校の時間割にも自習の二文字が目立つようになる。
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:21:40.25 ID:hz5CQBRo0
そんな日々の中、自習教室でツンとブーンと鉢合わせたときがあった。
( ^ω^)「そーいえばクーとはどうなったんだお?
ずいぶん仲良く勉強してるみたいだけどwwwwwwwwww」
('A`)「別に何もねーよ。ただ勉強を一緒にやってるだけだ」
ξ゚ー゚)ξ「ホーント、あんたってダメダメよね〜」
( ^ω^)「うひょひょwwww ドクオに彼女を作るのは無理だおwwwwww」
『お前らに言われたくねーよ』
何度もその言葉を言ってやろうかと思ったけど、
大人な俺は、黙ってそれを飲み込んだ。
『あの夏の夜、君は、何を思っていたんだい?』
クーと一緒に机に向かう最中、
確かに俺は、何度かそのことを彼女に聞いてみようとは思った。
だけど、卒業が現実に感じられる距離まで迫り、
当たり前は、もはや過去の彼方に消え去ろうとしていた。
残された当たり前の欠片にすがりつく俺には、やっぱり、そんなことなど聞けるはずもなかった。
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 22:23:45.41 ID:hz5CQBRo0
一月は行って、二月は逃げるように終盤へと差し掛かった。
滑り止めを受けず、志望校である国立大学一本に絞った俺も、
ついに試験本番と相成った。
('A`;)「なんだこりゃ……呪文か?」
試験の感想はそれだけだった。
その帰り道で、同じ大学を受けたクーに試験の手ごたえを聞いてみた。
川 ゚ -゚)「ん……難しかった……」
言葉少なにつぶやいた彼女に、それ以上、俺は何も言えなかった。
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