('A`)ドクオが一瞬を見るようです

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:01:34.89 ID:hz5CQBRo0
  

川 ゚ -゚)「それにしても、不思議なものだな」

('A`)「……なにがだ?」

ただひたすらにプールを見下ろす彼女。
感慨深げに呟くと、ゆっくりと、顔をこちらに向けた。

川 ゚ -゚)「高三の夏だったか? あのときにも、私の傍らには君がいた」

そして、あの『一瞬』が、俺の前に姿を現す。


川 ゚ー゚)「まったく……私の終わりはいつも、君と、夏の終わりとともにあるようだな」


夕暮れの下、俺だけをまっすぐに見据えて笑う彼女の顔は、
七年前のあの『一瞬』とまったく同じ。

俺はただ見惚れるだけで、結局、その笑顔を写真に収めることは出来なかった。



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:03:45.99 ID:hz5CQBRo0
  

それから俺たちは会場を後にした。
クーにとっては懐かしい、俺にとっては嫌というほど見慣れた故郷の町を歩く。

しばらく黙っていた彼女は、道半ばで立ち止まり、言った。

川 ゚ -゚)「長年連絡をしなくてすまなかった。君と同じ大学を目指しておきながら、
    AO試験で受かった大学に進んでしまった私は、君に会わせる顔がなかったんだ」

俺に向けて、深々と頭を垂れるクー。
俺は彼女から視線をはずし、しばらく間を置いて、
ポケットに手を突っ込みながら『もう時効だ』と気取ってみせた。

決まったと思い彼女を横目で見たら、
彼女は道の傍らの自動販売機でジュースを買っていた。

川 ゚ -゚)「あ、すまん。聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」

('A`;)「……もういいっス」

川 ゚ -゚) 「そうか? あ、ジュース飲むか?」

('A`;)「……もらっとく」

そう言って彼女が手渡してくれたのが熱々のお汁粉だったのは、
きっと何かの手違いだったのだろう。



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:07:16.75 ID:hz5CQBRo0
  

西日も沈み、夜が訪れた。

俺たち二人は母校の前を歩いていた。
プールの前にさしかかると、彼女は立ち止まり、寂しそうに言う。

川 ゚ -゚)「あのときからもう七年か……私たちも、ずいぶん遠くへ来たものだ」

哀愁にまといながら呟く彼女に、気の利いた台詞を一つくらいかけてやりたかったが、
俺は、先ほどクーにもらったお汁粉の小豆が歯の間に挟まっていたのを何とかするのに必死で、
それがやっと取れていざ声をかけようかと思ったら、
彼女はすでに道の先を歩いていて、結局、何も言えなかった。

そして、あの店へと行く。
水泳に明け暮れていた頃、みんなでよく立ち寄った喫茶店へ。

扉を開けると、カランカランと乾いたやわらかい鐘の音が、昔と変わらず鳴り響く。

(´・ω・`)「……君たちか。驚いたな」

川 ゚ー゚)「どうも、お久しぶりです」

新聞社に入社して以来、俺はたびたびこの『バーボンハウス』に立ち寄っていた。
だから、マスターが驚いたのは、クーの姿を見たからだろう。

俺たち二人は店の奥、窓際に面したテーブル席に座り、
昔と同じように、アイスコーヒーを頼んだ。



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:09:52.16 ID:hz5CQBRo0
  

(´・ω・`)「今日はもう店じまいにするところだった。
     しかし、懐かしい顔を追い返すわけにもいかない。
     好きなだけいるといい。私は一向にかまわないからね」

そう言ってくれたマスターの言葉に甘えて、俺はブーンとツンに電話をかけ、
『バーボンハウスへと来ないか』と誘った。

はじめは渋っていた二人だったが、『クーも一緒だ』と言ったら『すぐに行く』と即答した。
俺の存在はあいつらにとっていったい何なのかと、疑問に思ったのは内緒だ。

しばらくすると、店の扉を乱雑に開け、二人はやってきた。

( ^ω^)ノシ「クー、おいすー! ひさしぶりだお!! 今日はすまんこだお!!」

ξ;゚听)ξ「ゴメンね……学校で全国模試があってどうしても行けなかったの……」

川 ゚ー゚)「気にするな。こうしてまた、ここで会えたのだから」

俺は、FAXで選手名簿が送られてきた直後に、クーが試合に出ることを二人に伝えていた。

しかし、現在二人は高校の教師をしており、
夏期講習と全国模試で毎日忙しく、今日の試合には来れていなかった。

『新聞記者になってよかった』と、そのときだけ、俺は密かに優越感に浸っていた。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:12:57.34 ID:hz5CQBRo0
  

それから俺たちは、時間を忘れて盛り上がった。
話題は、今日の試合の話、昔の話、仕事の話、これからの話、様々だった。

いずれの話題にせよ、俺たちはまるで高校時代に戻ったかのごとく、
静かな、落ち着いたバーボンハウスの雰囲気をぶち壊しながら、ただバカみたいな笑い声を上げた。

途中、長岡に電話をかけた。
かけた俺のケータイを受け取り、クーは楽しそうに笑っていた。
  _
( ゚∀゚)「試合に負けたか……うひゃひゃwwwwwwドンマイドンマイ!
    これからどうすんのか知らんが、お前なら何とかなるだろ! 頑張れよ!!」

川 ゚ー゚)「ああ、ありがとう。お前も仕事、頑張れよ」
  _
( ゚∀゚)「おうよ! サンキューな!!」

長岡が何を口走ったのかは知らないが、きっと、あいつらしい言葉を口にしたのだろう。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:13:57.45 ID:hz5CQBRo0
  

俺は彼女からケータイを受け取り、
長岡に『頑張れよ』と残して、通話を切ろうとした。

最後に、あいつは言った。
  _
( ゚∀゚)「クーの水着写真、今度送ってくれ! 着払いも可!!」

('A`)「……死ね」

それだけを残して、俺は通話を切った。
『あいつも変わらないな』 そう思って、一人笑った。

長岡は今、東京の中堅商社で営業マンをやっている。

そして今も、草野球のマウンドに立ち、ミットに向かって白線を描き続けている。



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:17:17.50 ID:hz5CQBRo0
  

楽しい時間は夢のように過ぎていく。
時計を見ると、もうすでに十一時を回っていた。

さすがに申し訳ないと思い、
マスターにお礼を言って店を出ようと店内を見渡したが、マスターの姿は無い。

何気なく店の扉を開けると、マスターは夜空を見上げながらタバコを吸っていた。

(´・ω・`)「やあ。そろそろお帰りかい? 僕はまだ一向に構わないが?」

('A`)「いえ……さすがに申し訳ないですから帰ります。
   おかげで楽しい時間が過ごせました。今日は本当にありがとうございました」

(´・ω・`)「そうかい? それは何よりだ」

マスターはこちらを向くと、
胸ポケットからタバコを二本取り出し、その内の一本を俺に差し出す。

(´・ω・`)「君も確か吸うんだよね? 最後に一服、付き合わないかい?」

('A`)「……お供します」

タバコを受け取った俺はライターを取り出す。
しかし、ガスが切れているようで火がつかない。

マスターが何も言わずにジッポを差し出してくれた。
滑らかな銀色をしたそれは、街頭の光を身体にまとわせて、静かに輝いていた。



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:19:06.75 ID:hz5CQBRo0
  

夜風が渡る空の下で、俺とマスターは何も言わず、紫煙を漂わせていた。

『屋外で吸うタバコと屋内で吸うタバコとでは、また違った味が楽しめるんだよ』

いつかマスターが言っていたその言葉の意味が、今ならわかる気がした。

タバコが半分ほど燃え尽きた。
あの頃を思い出していた俺は、マスターに聞いてみた。

('A`)「いつの頃だったか、マスター、言ってましたよね?
   久しぶりに顔を出してくれた常連の姿の先に、その人のそれまでの人生を想像するって」

(´・ω・`)「ああ。よく覚えているね。さすがは新聞記者だ」

('A`)「今日、クーの姿を見て、マスターは彼女のどんな人生を想像したんですか?」

(´・ω・`)「ふふ。それは言えないな。これは僕だけの『一瞬』だからね」

そう言って、マスターはいたずらっぽく笑った。



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:21:51.45 ID:hz5CQBRo0
  

タバコが燃え尽きた。
マスターの雰囲気に毒されたのか、穏やかな、心地よい一服を楽しめた。

携帯灰皿を取り出し、吸殻を放り込む。
安月給の中、無理をして買った高級品だ。

マスターが扉に手をかけ、店内に入ろうとする。
その背中に向けて、俺は、最後に尋ねてみた。

('A`)「マスター。三年前、俺が再びここを訪れたときも、
   やっぱりマスターは、俺のこれまでの人生を想像したんですか?」

(´・ω・`)「ん? もちろんさ」

振り返ったマスター。
あごに蓄えられたひげが、昔より白みを増したように感じられた。

('A`)「……俺は、どんな人生を歩んできたように見えましたか?」

(´・ω・`)「申し訳ないが、それは言えない。
     それは僕だけの楽しみだからね。ただ……」

マスターは扉を開けた。
あの鐘の音が響き、その音に紛れて、マスター声が聞こえた。

(´・ω・`)「僕の思っていた通りの大人になっていた。それだけさ」

そう言って、マスターの姿はカウンターの向こうへと遠ざかっていった。



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:26:16.19 ID:hz5CQBRo0
  

その後、会計を終えた後、マスターに丁重に礼を言って店を後にした。
店の前に集合した俺たち。ブーンとツンは、明日も仕事だから帰ると言った。

家がすぐ隣だからと、ブーンはツンを送っていくと言う。
まるで、高三の夏、海水浴に行った帰りみたいだと心の中で笑っていると、
ブーンとツンがニヤつきながら言う。

( ^ω^)「今日はクー、実家に泊まるんだお? ドクオ。クーを送っていけお」

('A`;)「はぁ? もう俺たち、子供じゃないんだぜ? 別にいいだろ」

ξ゚听)ξ「だからあんたはダメなのよ! 女にとっては、いくつになっても夜道は危険なのよ!!」

('A`;)「……そういうもんなのか?」

川 ゚ -゚)「……さあ?」

( ^ω^)「いいから送っていけおwwwww」

ξ゚ー゚)ξ「そうよ! 安心なさい。ブーンのことは私が見張ってるから」

(;^ω^)「はい? どういう意味でしょうか?」

ξ゚ー゚)ξ「あんたはいいの。黙れしゃべるな息をするな。それじゃあね、お二人さん♪」

(;'A`) 川 ゚ -゚)「……」

わけがわからないといった顔をするブーンを引きずると、
ワイドショーを見るおばさんの表情をしながら、ツンの姿は道の先へと消えていった。



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:29:03.66 ID:hz5CQBRo0
  

そして、俺たちは二人、夜道を渡る。
かつて一度、ともに歩んだ道を、再び俺たちは並んで歩く。

会話は無かった。

だけど、不思議と緊張はしなかった。

七年という歳月は、あの時の俺たちの青さをも、
微笑ましい思い出にかなたに追いやっていたから。

ゆっくりと、
肩を並べて、歩く。

夏の夜、虫たちがささやくように鳴く。

空には三日月。
周囲の街灯の光は頼りない。

すべては、あの時と同じ。
時間も、音も、季節も、月も、すべてが同じ。

違うのは、二人だけ。

俺たちはもう、あの時の俺たちではない。



129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:31:24.02 ID:hz5CQBRo0
  

そして、たどり着く。

あの時、キスをしようとした、あの場所に。

俺はそこで立ち止まる。
彼女もわかっていたかのように立ち止まった。

そして、七年の時を経て、俺は聞く。


('A`)「クー。お前はあの時、どうして俺にキスをしようと言ってきたんだ?」


横を向き、クーの顔を見据える。
彼女は薄く笑い、答える。


川 ゚ー゚)「さあな。私はもう、あの時の私じゃない。
    それを知っているのは、あの日、あの夜の私だけだ」


答えは結局、思い出の向こう側にあった。

だけど、それでいいのだと、俺は思った。



134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:35:36.19 ID:hz5CQBRo0
  

('A`)「……俺は、お前の『一瞬』を知っている」

呟いた俺の声が、夜の町を渡り、彼女へと届く。

('A`)「自分の最高の泳ぎが出来たあと、プールサイドに上がり、腕を振り上げる。
   飛び散った水滴の先に、お前は、虹を見る。それが、お前の『一瞬』だ」

夜は闇。

三日月のわずかな光の下で、
彼女の瞳は、ただこちらを見据える。

('A`)「そして、お前は今日、最後の大会で『一瞬』を見た。
   俺はそれを見れて良かった。
   お前の最後の『一瞬』に立ち会えて、うれしかった」

ゆっくり、
彼女の肩に両手を置く。

昔と違って、震えはまったく無かった。

そして、言う。


('A`)「だから……キスしよう!!」



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:37:48.54 ID:hz5CQBRo0
  

川 ゚ー゚)「……ぷっwwwwふふふwwwwあははwwww
    なんだそれは? まったく理由になっていないぞ?」

腹を抱えこみ笑う彼女。
その肩に置いた俺の手が、外される。

川 ゚ー゚)「それに、君はあの時、言っていたじゃないか?
    キスとは、恋人同士がするものだと」

かつての自分が言った言葉。
それを彼女の口から聞き、俺は薄く笑って、言った。

('∀`)「意外と古風なんだな、お前は。 
   どうする? こんなチャンス、二度とないかも知れないぞ?」

あの日、あの夜。
まったく同じ言葉が、主を逆にして、夜の町を伝う。

クーはまた、腹を抱えて笑った。

そして、俺の顔を正面に捉え、言う。


川 ゚ー゚)「ああ。しよう。してやろうじゃないか。後悔するなよ?」



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:40:42.67 ID:hz5CQBRo0
  


('∀`)「わかった」


再び俺は、彼女の肩に手を置いた。

俺のあごの高さにある彼女の瞳。
それがゆっくり閉じられる。

ぽってりとした、桃色の唇。

近づいてくる。
いや、俺が近づいているのだ。

あの時とまったく同じように、
近づいていく。


静かに。

ゆっくりと。


七年の時を越えて。

再び。



152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:43:09.06 ID:hz5CQBRo0
  

俺は、瞳を閉じた。

ケータイは、鳴らない。
ここからは、あの時と違う。

息を止める直前、軽く呼吸する。

彼女の、甘い髪の香がした。

近づく。
間近へと。

彼女の顔が。
彼女の唇が。

ふたりの距離が、無くなる。


そして、唇が、重なる。


重なったのは、わずかな時間。
その合間、少しだけ、呼吸した。


不思議と、あの海の、潮の香りがした。



160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/03(木) 23:48:36.47 ID:hz5CQBRo0
  

そして、
ゆっくりと、
唇は離れていく。

ふたりの距離が、遠ざかる。

目の前には、
照れたように微笑む、
彼女の顔。

切れ長の目。
その中にある二つの瞳が、
こちらを見据えている。

その黒の先に、

俺は、

七年前の夏、
夕闇に沈んでいくプールサイドで、
『ありがとう』と言って手を差し出した彼女の笑顔、


その『一瞬』を見た。


('A`)ドクオが一瞬を見るようです  −了−



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