('A`)はダークヒーローのようです

5: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:06:25.28 ID:oslPXbGnO
第八話 嘘

ドクオの初陣から二日が経った。
作戦自体は大成功に終わり、グールの住処が一つ減ったことで軍は喜んだ。

今日の天気は快晴。太陽が楽しげに輝き、桜は少なくなりつつある花弁を風に弄ばれるがままにしている。
ドクオは以前に絵本の少女と出会ったテラスのベンチに腰掛け、グールの横穴で出会ったクーという女の言葉について思いを巡らせていた。

('A`)「記憶封印、か」

確かに思い返せば『魔術』の使い方や邪神の倒し方、以前に起きていた時代の様子しか彼の記憶には無かった。
その時代に誰と出会い、どのような会話を交わし、どのように過ごしたのか、その全てが不自然に欠落している。

('A`)「『魔術師の末裔』?」

その上、『魔術』の行使方法は解れど、『魔術』自体に関する知識に覚えは無い。
どこで覚えたかのか、『魔術』とは何であるのか、見事に思い出さない。

('A`)「記憶喪失、というものか」

ここに至って初めて彼は、自分が記憶喪失である事を知ったのだった。



6: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:07:31.59 ID:oslPXbGnO
それを知ったドクオは愕然とした。
今まで周りの人間とは違う自らの力に絶対の自信を持っていた。
だがしかし、その自信の元である力の根源を自分は全く理解できていない。
何故今まで自分の力に疑問を持たなかったのか。
力を使えることが当たり前だと思い、自分は邪神を倒す為に生きているのだと、まさに盲目的に思い込んでいた。

漠然とした不安だ。

あまりにも漠然とし過ぎている。
記憶が無いことで、今すぐに自らの身に何かが起こるという訳では無さそうだ。
だが、このまま自分の現在の在り方に甘んじていていいのか。
こうしたらいいという明確な指針は、クーが言い残した「『魔術師の末裔』を倒せ」だけだ。



7: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:08:42.66 ID:oslPXbGnO
とにかく、今は情報が少ない。
まずは情報収集をせねば。しかしどうやって?
あの内藤とツンとか言う奴らなら、何か知っているかも知れない。
そうと決まれば、早速奴らに連絡を取らねば。
そう思い、ベンチから立ち上がろうとしたドクオの袖を何者かが掴んだ。

覚えのある感触に、ドクオは視線を袖口に落とす。

*(‘‘)*「おーじちゃん♪」

そこには、この間絵本を読んでやった少女が嬉しそうな顔をして立っていた。

('A`)「お前か」

思考ディスカッションの邪魔をされたドクオは、いささか不機嫌そうな顔を少女に向けた。

*(‘‘)*「おじちゃん、猫さんを助ける方法考えてきた?」

ドクオの内心など知らな気に、少女は屈託の無い笑顔でドクオの袖を振り回す。
鬱陶しいと感じる。
その場しのぎの嘘をこの少女は信じきって、今自分に期待のこもった眼差しを向けているのだ。
なんと愚かな事か。



9: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:09:51.40 ID:oslPXbGnO
('A`)「あぁ、あの事か。悪いが……」

*(‘‘)*「あたしね、あれからいっぱい考えたんだよ!
それでね、それでね、お父さんとお母さんにも相談したんだあ」

少女はドクオの言葉を無視して続ける。

*(‘‘)*「そしたらね、もしかしたら魔法使いの人が猫さんを生き返らせてくれるかもしれないってさ!」

これまた突拍子も無い事を言う子供だ。
本気で魔法の存在を信じているのか。
驚くべきは、この少女の両親だ。子供とは言え、もう物心のついているだろうこの少女に平気で魔法使いなどという単語を吹き込むとは。
無責任にも程がある。
実際にドクオは『魔術』を扱える。
だが、それは一般人にとっては受け入れがたい事象であって、甚だ非常識かつナンセンスな代物のハズだ。
事実、ネットの海では邪神の存在すら疑っている平和ボケした人間もいるのだ。
しかしこの際、そんな事をいちいち考えることがナンセンスなのかも知れない。
ここは、この少女の純粋な想像力に付き合ってやるのが最も面倒で無い気がする。



10: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:11:25.30 ID:oslPXbGnO
('A`)「ほう、魔法使いか」

できるだけ、子供受けのしそうな表情を浮かべ、少女に言葉をかける。

*(‘‘)*「うん!魔法使いさんがね、ふっかつのじゅもんを唱えると、死んじゃった猫さんも蘇るんだってさ!」

('A`)「それは凄いな。で、その魔法使いはどこにいるんだ?」

にこやかだと思える表情で少女に訪ねる。

*(‘‘)*「うーん……」

そこで少女は固まってしまった。
『魔術』は実在する。だが、このような取るに足らない子供にそんな事を語るのは、馬鹿げている。
適当に相手をしていればいいのだ。

*(‘‘)*「おじちゃんは、魔法使いさんがどこにいるかわからないの?」

('A`)「さあな。心辺りが無いわけでもないが」

言い終わってから、しまったと思った。しかし時は既に遅く。

*(‘‘)*「本当!?それじゃあおじちゃん、魔法使いがどこにいるか、わかるの?」



11: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:12:32.59 ID:oslPXbGnO
(;'A`)「い、いや、オレも正確な場所は知らないんだがな」

うっすらと冷や汗をかいている自分の額に、違和感を覚える。
何故こんなことで、慌てなければいけないのか。

*(‘‘)*「えぇ……どっちなの?」

(;'A`)「いや、まだ見たことは無いんだ。オレもまだ探している最中で……」

途端、少女の顔が明るくなった。

*(‘‘)*「おじちゃん、魔法使いを探してるの!?」

身を乗り出す少女。

(;'A`)「まぁな。これでも、オレは探検家だからな」

嘘の上にまた嘘を重ねる。先程からかいている冷や汗は、自分が今まで嘘をついた事が無いために、滲んできたものだと実感する。



13: ◆/ckL6OYvQw :2007/06/06(水) 16:14:19.51 ID:oslPXbGnO
*(‘‘)*「すごいすごい!それじゃあ、魔法使いを見つけたら、あたしにも教えてね!」

心底嬉しそうな少女。何故か、その表情を崩したくない、曇らせたくないとドクオは思ってしまった。
それは切迫した状況下での一時の感情でしか無かった。
だが、後々この発言を、少女に一時の希望を与えてしまった事をドクオは後悔することになる。

('A`)「ああ、任せろ。オレが魔法使いを見つけたら、一番にお前に教えてやる。
だから今日のところはもう家に帰るんだ」

*(‘‘)*「うん!約束だよ!絶対絶対、教えてね!」

少女の嬉しそうな顔。ドクオは、彼女のその笑顔を世界の終わりが来るまで決して忘れる事は無いだろう。
ただ、この時は厄介払いが済んだことの安堵から、そのようなことを考えている余裕はなかった。

目の前の事で精一杯だった春の日。

嘘が人生に対して莫大な干渉力を持つことなど、嘘を知らない彼には解らなかった。



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