('A`)はダークヒーローのようです

16: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:39:12.69 ID:0vrQ6n+LO
第二十五話 破局

━━轟音が鼓膜を震わせる。
焼夷弾が放たれた音だ。
遠距離射爆の、遠吠えにも似た射出音が段々と遠ざかり、やがて遠くで火の手が上がる音が聞こえる。
樹海に火がついたのだろう。
双眼鏡を覗いていたジョルジュが、手に握ったそれを下げた。

( ゚∀゚)「さぁ、もう少しで先見隊が突入するぞ。オレ達は、合図があるまでここで待機となる」

深い、深い、森の中。樹海と呼ばれる、見渡す限りが木々に覆われた緑の世界に、強化装甲服で一寸の隙も無く武装した兵士達が、各々の武器を手にそこいらの地面に座り込んだり、木にもたれかかって死の国への入国審査待ちをしていた。
ジョルジュ小隊以外の面子を合わせて、総勢三十人程の強者がこの場に集っている。
彼らは、言わばドクオが無駄な精神力の消費を抑える為の、親衛隊のような役割で編成されたのだが、誰一人としてドクオに話しかけようとする者はいなかった。
皆、導火線に火のついた爆弾でも見るように彼の方をちらりと一瞥するだけだ。



17: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:40:42.05 ID:0vrQ6n+LO
('A`)「……」

彼は、ドクオは、自分の評判を知っている。
だからと言って、以前の彼ならそのような事を、歯牙にもかけなかっただろう。

だが、何故だか今はその兵士達の視線に苛立ちを覚える。
兵士達の中には、自分が命を救ってやったような奴もいる。
命の恩人に、人類の救世主に、何故そんな目ができるのだと、ドクオは心中で壁を殴りつけた。

そして、そんな気持ちを彼本人も持て余していた。

(*゚ー゚)『先見隊からの報告で、露払いは済んだとのことです。進軍を開始して下さい。御武運を……』

しぃの声が、ヘッドセットを伝い耳朶に染み入る。
今のドクオは、その声にすら苛立ちを覚える。
明らかに彼の心中は以前よりも変化しつつあると言えるだろう。

( ゚∀゚)「よし、進軍開始だ!」

ジョルジュの合図で、兵士達はドクオを中心に円形に陣を組むと、駆け足で樹海の中を駆け出した。
奥へ進むにつれ、樹海を焼く炎の熱気が段々と強くなってくる。



20: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:41:49.23 ID:0vrQ6n+LO
やがて、まだ火の手が上がっている辺りに彼らはさしかかったが、ギアを装着している兵士達には何ら問題の無い事だった。
流石に燃え盛る炎の中に突っ込んでは、ギアを装着していても無事で済まされないが、燻っている程度の炎ならば無傷で通り抜ける事ができるのだ。
そうやって、兵士達が駆け抜けていく燻る下生えの上に、樽のようなゴム質の体躯にロープを束ねたような太い触手を幾本も生やした化け物が、何体も倒れていた。
その醜怪で黒い体躯には、大小様々な口腔と思しき器官をいくつも貼り付けており、その二度と動く事の無い穴からだらしなく、ざらざらした舌を垂れ下げている。

('A`)「黒い子山羊か」

ぽつりと、ドクオがその骸のかつての名前を呟く。
先見隊は、この胸糞の悪い化け物を蜂の巣にして進んで行ったのだろう。
踏みしめられたであろう、焦土の上は彼らのものであろう足跡と、黒い子山羊の巨大な蹄の後が焦げ付きながらも残っている。
樹海と呼ばれ、木々が我先にと枝を張り巡らしていたかつての原生林は、今では生き残る事に必死になった人間によって、その姿を無惨にも蹂躙されてしまっていた。



21: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:42:54.14 ID:0vrQ6n+LO
その生への渇望により切り開かれた道を、兵士達が勇み足に進んでいくと、やがて他よりも焼け落ちた木々が密集している地帯に突き当たった。
彼等人類の先兵達の目前には、木々に覆い隠されるかのようにひっそりと佇む石造りの遺跡。
おそらく、ここが今回の作戦の目標である、邪神達のコロニーであろう。
長い年月を、樹海の木々によって他への不可侵を貫き通してきたこの遺跡も、遂に暴かれる時がきたのだ。

( ゚∀゚)「さぁ、敵はこの中だ。お前ら、心してかかれよ。出来るだけ、ドクオの精神力の消耗を避けるんだ。いいな?」

ジョルジュの言葉に、兵士達は頷く。
不満は有るだろうが、これも生き残る為と言うわけだ。

ジョルジュを先頭に、兵士達は遺跡の入り口である暗く開いた化け物の口蓋のような穴の中へと、足を踏み出して行った。

━━━━━

遺跡の中は、案の定真っ暗だ。
兵士達のヘルメットに装着されたヘッドライトによって、部分的に浮かび上がる石造りの内部は、古代からこの樹海の中に建っていた事を、無言の内に彼等に知らしめた。



22: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:44:06.57 ID:0vrQ6n+LO
壁のひびから這い出すツタや、堆積した土埃。
剥き出しの地面は、厚化粧女の顔面にパンチをくれたようにひび割れ、乾ききっている。
入り口から入ってすぐに、階段が下へと向かい伸びている様子は、まるでドクオが長い間眠っていたVIP丘陵の遺跡のそれと造りが酷似していた。
そのせいだろうか。ドクオは、この遺跡内に足を踏み入れてからというものの、理由の無い「懐かしさ」に、胸の内が不思議な郷愁の念とでも言える思いでいっぱいだった。

('A`)「ここは……」

兵士達はどんどん先へと進んでいく。
そのヘッドライトに一瞬一瞬照らされる遺跡の内装に、ドクオは胸中がざわつくのを抑えるのにかなりの精神力を割いた。
理性で本能を抑えつける、この感覚は今の彼には酷く労力がいった。

(=゚ω゚)「気味の悪い所だぜ。さっきから、オレ達の足音しか聞こえねぇ。化け物共は、本当にいやがるのか?」

ぃようの声に、ドクオはやっとこの場の異様な雰囲気に気づく。
言われてみれば、先程から聞こえるのは兵士達の足音と、装備がたてるカチャカチャという金属音のみだ。



23: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:45:16.02 ID:0vrQ6n+LO
( ´_ゝ`)「確かに、奴らが襲って来る気配が無いな」

(´<_` )「罠……だろうか?」

双子の古参兵も、この不気味な静寂が気に入らないのだろう。
不機嫌そうに、暗視スコープを覗いては目を離すのを繰り返している。

ノパ听)「オレ達の雄志に、恐れを成したんだろ?キンタマついてねぇからよ」

ヒートは相変わらずといった感じだが、やはり他の兵士達は不安気な様子だ。
一歩一歩が、以前よりも慎重になっている。

( ゚∀゚)「恐らく、大半の化け物は先の焼夷弾で燻り出し終わっちまったんだろう。数が減ってくれて、嬉しい限りじゃないか。だが油断はするなよ。足元すくわれるなんて、最悪にダサいからな」

ジョルジュが現場指揮官らしく冷静に指示を与えると、兵士達の背筋は自然とシャキッとなる。
やはり、この男は信頼のおける兵士だとドクオは改めて関心した。

そんな静寂と闇の中、微かな物音が彼等の前方でしたのに気付いたのは、何人居たのだろうか。
ドクオの常人離れした聴覚は、その蟻の屁程に小さな音を逃しはしなかった。



24: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:46:36.03 ID:0vrQ6n+LO
('A`)「待て、今何かが動いた」

静かにそう言い放つ彼の声に、現場の全員が得物を構える。
ドクオはそんな彼等を制すると、ゆっくりとした足取りで兵士達の群れを掻き分けて前へと進み出て行く。

( ゚∀゚)「待て、ドクオ。独断行動は避けるんだ」

ジョルジュの忠告に、ドクオは振り返ると目を細めた。

('A`)「オレは、お前らより簡単には死なない。そこで、援護射撃の用意でもしていてくれ」

そう言って歩みを再開しようとしたドクオの肩を掴んだのは、双子の片割れだった。

(´<_` )「ちょっと待ちな。今まで、隊長の顔を立てて言わなかったが、今日という今日はあんたに言いたい事がある」

ポーカーフェイスに、怒りの筋を浮かべながら、弟者が口を開いた。

( ´_ゝ`)「おい弟者!」

(´<_` )「兄者は黙っていてくれ。オレはもう我慢ならない」

兄者のたしなめも、最早功を成さない。
ドクオの肩を掴む弟者の手に、力がこもった。

('A`)「なんだ?人間風情が、このオレに物言いか?面白い。聞くだけ聞いてやろう」

ドクオの顔は、目覚めたばかりの頃のように冷たく、無感動な色をしている。



25: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:47:44.18 ID:0vrQ6n+LO
超越者、支配者、その呼び名に相応しいような、冷徹な顔だ。

(´<_` )「あんたには、前々から言いたかったんだ。救世主だかなんだか知らんが、あんたは人間を何だと思ってやがるんだ?」

弟者の手には、顔と同じように怒りの筋が浮いている。

(´<_` )「そりゃあ、あんたは死なないだろうさ。無敵の救世主様だもんな。
だが、オレ達人間は違うんだ。泣きもするし、痛みも感じる。死にもする」

ジョルジュと同じ事を言われたが、ドクオは何故か弟者には腹が立たなかった。
相変わらずの馬耳東風。

('A`)「そんな事はわかっている。それで、何が言いたいんだ?」

(´<_` )「いいや、わかってないさ。わかってないから、独断行動して味方を失っても、平気な顔をしてられるんだ。あんたの為に、また誰か死人を出したいのか?
これ以上救世主面して、何人無駄死にさせたら気が済むってんだよ!」

弟者の怒声が、暗い遺跡の中に木霊する。
殺伐とした空気の中、皆が皆、黙って口を噤んでいた。



26: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:49:01.17 ID:0vrQ6n+LO
だが、その場の全員が弟者の意志に共感しているのだろう。
彼等のドクオを見る目には、怒りや蔑みのような光が込められていた。
四面楚歌。誰もドクオの肩を持つ者はいない。
ジョルジュですら、顔をしかめて俯いている。
そんな中で、ドクオは静かに、冷たく、口を開いた。

('A`)「……いいか、勘違いしているようだから、もう一度お前達の立場というものをわからせてやろう」

ゆっくりと、暗がりに照らし出された兵士達の顔を見渡す。

('A`)「オレは、お前達がどうしても味方してくれと言うから、仕方なくお前達に組みしているだけだ。その気になれば、お前達全員を今この場で血祭りに上げる事もできる。
本来なら、お前達がオレに何かしら指図する権利などは無い。オレの最初の言葉を忘れたのか?オレは、お前達の味方では無い」

紡がれるは絶対零度の言霊。
放たれるは支配者の威圧感。
人外の持つ、畏怖すべき圧力。
ドクオの言葉、身振り、その存在全てが、兵士達全員の総毛を立たせた。



28: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:52:05.05 ID:0vrQ6n+LO
誰一人の例外も出さずに、冷や汗が彼等全員の背中を伝う。

('A`)「下らん馴れ合いや、仲間ごっこはこの場で終わりにするか?オレは一向に構わん」

誰一人、反論する者はいない。
皆、押し黙り、沈痛な沈黙がとばりを下ろす。

(´<_`; )「くっ……」

弟者も、ドクオの肩を掴んでいた手を離し、顔を背けた。

ノハ;゚听)「ドク…オ…」

ヒートは、信じられないといった顔でドクオの方を呆然と見つめている。

( ;゚∀゚)「……」

ジョルジュは、終始無言で俯いているだけで、何か言葉を発しようとはしない。



29: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/11(水) 01:53:08.42 ID:0vrQ6n+LO


仲間である事の絆。

言葉にすれば、陳腐な響きだが、少なくともヒートやジョルジュはそれを信じていたのだろう。
共に戦い、共に歩んだ戦場を、彼等は信じていたのだろう。

だが、それも幻なのか。

('A`)「死にたくなかったら、オレに指図はするな。お前達が思っている程に、オレは優しくない」

氷の仮面を被っているのだろうか。
デスマスクのように、張り付いて微動だにしないドクオの表情からは、感情の起伏は感じられない。

彼は弟者達に背を向けると、絶対零度の雰囲気と共に、闇の中へと歩みを再開する。

それを止める者は、誰もいなかった。



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