('A`)はダークヒーローのようです

25: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:30:09.79 ID:yHcU96r5O
第三十話 導き

混濁した意識の底で、何かが渦巻くような気がして、ブーンはそっちへ目を向けた。

( ^ω^)「……真っ暗、だお」

気付けば視界は閉ざされ、目に映るものは何も無い。
感覚だけの、奇妙な世界。そう表現すると、何やらしっくりいくような気がした。

「……あなたは?」

そんな奇妙な空間に、突然声が響いた。あぁ、音は存在するんだなぁとブーンは考える。

「聞こえてるの?」

再度、声がする。
どうやらブーンに語りかけているようだ。

( ^ω^)「聞こえてるお」

返事をすると、途端に莫大な渦がブーンの頭の中を駆け巡った。
痛い、苦しい、そんな泣き叫ぶような声が、渦を巻いてブーンの頭の中を掻き回す。



26: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:30:51.66 ID:yHcU96r5O
( ;゚ω゚)「あばばばばば!」

苦しみと、暖かさの入り混じったそれは、どちらかというと痛みの方が強くて、彼は不確かな自分の体の感覚に、涙が滲むのをぼんやりと体感した。

「私の声が、聞こえる?」

声は、二重の螺旋のようにブーンの鼓膜と脳髄双方を震わせ、響く。

( ;゚ω゚)「聞こえてるお!聞こえてるから止めてくれお!痛い痛い痛い痛い痛い痛いおぉ!」



28: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:32:16.71 ID:yHcU96r5O
泣き叫び、ひざまずき、懇願すると、苦痛の波は徐々に引いていき、後には閉ざされた視界と不確かな体の感覚が残るのみとなった。

「それじゃあ、私の言う事を聞いてくれる?」

脳髄が勝手に喋り出すかのように、ブーンの頭の中で言葉が生まれた。

( ゚ω゚)「構わないお」

声との不思議な一体感の中で、ブーンは頷く。
その胸を、見覚えの無い贖罪と後悔の念が、ちりちりと舐めるように焼き。

「有難う…それじゃあ、先ずはここから出ましょう。行き先は……」

( ゚ω゚)「わかっているお」

ブーンは、暗闇の中で立ち上がる。
不確かな体の感覚は消える事は無かったが、塞がれた視界はその明るさを取り戻していた。

ベッドのシーツを直すこともせず靴を履くと、彼は医務室を後にした。



30: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:33:21.73 ID:yHcU96r5O
━━オーパーツと言う言葉が有る。

遺跡などの出土品において、その時代に有るはずの無いものの事を指す単語。
ツンは今、その言葉を思い出していた。

ξ゚听)ξ「……どこにも載ってないじゃない」

彼女はあれから、貪るようにブラインドガーディアンのページを繰っては、魔術に関する項目が無いかを虱潰しに探した。
だが、ツンが求めるよう魔術の起源や行使方法はおろか、この禁断の百科事典には魔術の「ま」の字も出てくる事は無かった。
頭から尻まで読破して、彼女がブラインドガーディアンから得られた知識はこうだ。

━━今現在存在する全ての動植物の始祖は、太古の昔に邪神達の細胞が何らかの拍子に分裂し、それが一人歩きの進化の末に、一つの種として独立した生態系を形作ったものである。
邪神達やその下僕である化け物達は、それら捕食する食物連鎖の頂点に立つ存在だ。
人間は、その絶対的な彼らの存在に恐れおののき、ひれ伏し、「神」として崇拝しては、空腹による彼らの怒りを沈める為に、定期的に生け贄を差し出していたという。
「マリアの子」達は、そんな人間達と共存し、邪神の血を最も色濃く受け継ぐ存在として、人間達を統率する支配者の地位を確立していた。



31: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:34:45.90 ID:yHcU96r5O
――これが、ブラインドガーディアンの大まかなあらすじだ。
後は、邪神の下僕や吐き気を催す化け物達の生態や体内構造等、まるで空想怪物図鑑のような内容でしかない。

ξ゚听)ξ「それじゃあ、魔術は一体どこからきたの?」

疲れきった眼球に潤いを与える為、繰り返しまばたきをするツン。
疑問が消える事は無かったが、それよりもブラインドガーディアンを読み進めている間は全然気付きもしなかった、「時間の流れ」をやっと意識する。
手鏡で自分の顔を見ると、目の下にはかつて見たことも無いほどのクマができていた。

何日ぐらい、この研究室で昼夜を過ごしたのだろうか。

日にち感覚が曖昧すぎて、霞がかった記憶を頼りにしてみるも、なかなか思い出せなかった。

それ程この書物に没頭していたという事になるのか。

ξ;゚听)ξ「あ、そういえば!」

研究室で何日をも明かす、という事は自宅に帰ってない、という事だ。

ξ;゚听)ξ「やばっ、ミセリ置いてきたまんま……」

その事に気付いたツンは、慌てて席を立つ。
異常なまでに長い時間、椅子に座っていたため体の至る所が悲鳴を上げた。



32: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:35:49.74 ID:yHcU96r5O
━━それは、見渡す限り一面荒野の中に忘れ去られたかのように、ぽつねんと建っていた。

一見するとただの廃墟。

从゚∀从「ここが、私『たち』の家です」

先に立って扉を開けたハインリッヒが、ドクオを振り返った。

('A`)「こんな所にこんな家があったなんてな。意外だ」

だが、朽ち果てた外見とは打って変わって、内装は驚くほどまともだった。
全体を通してきちんと掃除が行き届いており、家具や壁は古ぼけてはいるものの、痛んだところは無い。
ハインリッヒはそのまま、お茶を用意すると言って奥へと入って行く。
その後ろ姿を見送りながら、ドクオはゆっくりと家の中を見渡した。
小さなカントリーソファーの前には、これまた小さな木製のテーブル。
窓から漏れる陽光は、落日の朱色を帯びて。
木の温もりを感じさせるような壁には、ハインリッヒが編んだのだろうか、鳥のタペストリーが二、三かけられている。
どこか、暖かいような気持ちにさせてくれる。そんな印象を、この家はドクオに与えた。

从゚∀从「お待たせしました。紅茶で良かったですか?」



33: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:37:02.77 ID:yHcU96r5O
声に振り返ると、ハインリッヒが木のトレンチに湯気のたったカップを、二つ乗せてやってくるところだった。

('A`)「あぁ、構わない。これは全部お前がやったのか?」

トレンチからカップを手に取りつつ、ドクオは部屋の中を見回す。
カントリー調に統一された内装は、センスの良い部類に入るだろう。

从゚∀从「え、えぇ、まぁ」

トレンチをテーブルの上に下ろしながら、ハインリッヒはぎこちない返事を返した。

从゚∀从「あの……気に入りませんでしたか?」

彼女は恐る恐る、ドクオの反応を伺いながら尋ねる。

('A`)「いや、いいんじゃないか。なかなかに、センスがある。暖かい感じがして、オレは好きだ」

カップから紅茶をすすりながら、ドクオは今一度部屋を見渡す。
その言葉に、ハインリッヒの顔は忽ち明るくなった。

从*゚∀从「ほ、本当ですか!?」

花が咲いたような笑みを浮かべ、ドクオの顔をその屈託の無い少女のような瞳で見つめる。

(;'A`)「ん、あぁ」

そんなハインリッヒの豹変ぶりに、多少面食らったのだろう。
ドクオは些か上体を仰け反らせながら、思い出したかのように咳払いをした。



34: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:38:08.91 ID:yHcU96r5O
('A`)「それで、話しは変わるんだが……」

从゚∀从「あぁ……オリジン様の、記憶について、ですね」

ドクオのその言葉に、ハインリッヒは幾分か表情を暗くした。

('A`)「お前は、オレの何を知っているんだ?全部、話してくれるんだろう?」

ジョルジュの死に打ちのめされ、失意の海に沈むのを任せていたドクオの下に彼女が現れたのは、ドクオにとって迷い子に手を差し伸べるまさに救世主の降臨と同義だった。

自分が全てあなたの空虚な穴を埋める。

そう、彼女はドクオに言ったのだ。

从゚∀从「はい、勿論知っている事は全部お話しします。まずは、何からお話しすればいいですか?」

ティーカップを置き、ハインリッヒは腹のところで指を組み、ドクオは背もたれから身を離し、前のめりになる。
お互い、話す体制は整ったところで、ドクオが口を開いた。

('A`)「まずは、そうだな、オレが何者であるのか。それを教えてくれ」

救世主。邪神を唯一封印する事ができる人物。簡単には死なない。ドクオ自身が知っている事は、これぐらいしか無い。
自分は何者なのか。それは、ドクオにとって一番重要な事だった。



35: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:38:55.54 ID:yHcU96r5O
それをハインリッヒは知っているのだろうか。いや、それすら知らないのなら、彼女がドクオをわざわざここに転移魔術で連れて来る筈が無い。

从゚∀从「わかりました。お答えしましょう」

そのドクオの思いに応えるように、ハインリッヒはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。



36: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:39:54.65 ID:yHcU96r5O
━━空は黄昏を映し、千切れ行く雲は千の欠片になって空を飛ぶ。
合間から覗く太陽の光は、不安をいざなう呼び水のようだ。

( ^ω^)「……」

ブーンの足は、止まる事を知らないかのように、一歩また一歩と交互に休みなく前へと踏み出される。

「感性が豊かなのね、あなた」

あの声が、ブーンの頭の中に響く。
初めの頃の一体感は幾分希薄になりかけているが、彼の体を動かす使命感とは違った感情は、居座り続けたままだ。
どちらかと言えば同情に似ているだろうか。恐らくは、そう表現するのが一番適切だろう。

「正直、もう諦めていたのよ」

あの時、ブーンの脳内を駆け巡ったのは、膨大なまでの風景。そして哀しみ、後悔、懺悔、贖罪、その他諸々。
それは重く、苦しく、そして何より暖かかった。

( ^ω^)「……僕は、お人好しだお」

何重にも蜷局を巻くように、しがらみや責任がその暖かさを縛り付けていた。
とき放たれる事の無い、悠久の束縛はどれほどに辛かったことだろう。と、ブーンは考える。



38: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:41:34.90 ID:yHcU96r5O
「本当に、お人好しね」

声の調子は、呆れているようにも聞こえる。

「簡単に、私の事を信じていいの?」

( ^ω^)「おかしい事を言うお。あんたが勝手に僕の頭に訴えてきたくせに」

歩く速度を緩めず、彼は口を開いた。

「そうだけど……」

声の調子には、幾分ためらいが見えた。

( ^ω^)「何にしても、あんなもの見せられたら、あんたに同情せざるを得ないお」

ちりちりと、胸の古傷が痛みを訴えたような気がした。

( ^ω^)「僕も、大切な人を守れなかった事の辛さは痛い程にわかるお。とても、他人事に思えないお。
いや、他人事じゃないお。これは、僕たちにもとても関係がある事だお」

彼の脳裏を、かつての親友の顔がよぎって、消えた。



39: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:42:03.07 ID:yHcU96r5O
( ^ω^)「だから、あんたに協力するお」

踏みしめる土の感触を、確かめるようにブーンはしっかりと力強く歩を重ねる。

「……有難う」

頭の中で響く声は、呟くように微かなものだったが、もしもこの声の主に顔があったならば、きっと涙ぐんでいただろう。その呟きは、そう伺えた。

( ^ω^)「僕が出来る事なんて、たかが知れてるけど」



40: ◆/ckL6OYvQw :2007/08/09(木) 00:44:14.11 ID:yHcU96r5O
ブーンの呟きには自嘲の色。

「話は変わるけれど、あの子は置いてきて良かったの?」

あの子とはツンの事だろう。
結局、ブーンはツンには何も言わずに医務室を後にしてきたのだ。

( ^ω^)「ツンは……ダメだお」

ブーンはにこやかな顔。いつも絶やさない笑顔。
彼の特徴であるその笑顔は、いつもと変わらず春の陽光のように穏やかだ。

「何故?」

( ^ω^)「ツンには……僕が知ったような、残酷な真実は伝えたくないお」

穏やかな顔。脳天気だね、などと言われてもしょうがないような、笑顔。
しかし、彼の言葉には確かな「意志」と「覚悟」。

( ^ω^)「あんたみたいな卑怯者に、僕はなりたくないお。
だから、『これ』は僕一人で……背負うお」

その言葉に、声は何を思ったのだろう。
奇妙な二人の間に、奇妙な沈黙が訪れる。

ブーンはただ、黙々と歩き続けるだけだった。



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