('A`)はダークヒーローのようです

6: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:29:54.78 ID:Y65TuWb7O
第三十一話 狼煙

━━紺碧が続く。
空も、大地も、海も、一面の紺碧が続いていた。

('A`)『人間が絵筆を握る理由を、お前は知っているか?』

春風そよぐ草原の上、彼は傍らの彼女を振り返りもせずに口を開く。
彼の目の前には大きなキャンパス、手には絵筆とパレットがそれぞれに握られていた。

川 ゚ -゚)『我々と違って、彼らは短い間しか生きられない。だから、自分たちが見た事を後世に伝える為に、それを形に残そうとするからじゃないか?』

風に靡く黒髪を手で抑えながら、彼女は答える。
その瞳は真っ直ぐに隣の男へと注がれていた。

('A`)『それも確かに当たっているが……オレはこう考える』

女の答えが不満だったのだろうか。
彼は絵筆とパレットを置くと、立ち上がった。
それに女は怪訝な顔をする。

川 ゚ -゚)『?』

('A`)『“美”。お前は、この言葉を知らない。あるものを“美しい”と感じるのは、人間独自の感覚だ』

川 ゚ -゚)『“美”?』



7: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:30:52.74 ID:Y65TuWb7O
('A`)『そうだ。その感じ方や価値観は人それぞれだが、彼らは自分の中で“美しい”と思ったものに対して、酷く惹かれる習性がある。時には心を病むほどに、な』

川 ゚ -゚)『心を病むほどに……』

オウム返しの反芻。
理解不能を彼女は顔に描いた。

('A`)『自分の気に入ったもの。古来より人間はそれを求めてきた。食べ物しかり、発明しかり……。
だから、人間は自分の気に入った、自分が“美しい”と思ったものを手に入れる為に絵筆を握るのだ、とオレは思う』

そこで言葉を終えると、彼は目を閉じ両腕を広げた。
一身に風をうけはためく彼の衣服に、彼女は船舶のマストを想起する。

('A`)『だから、オレもこの景色を手に入れる為に、今絵筆を握っているというわけだ』

そうして一身に風を受けた後、彼はゆっくりとした動作で腰をおろすと、再び絵筆を握る。

川 ゚ -゚)『……』

彼女には、初めからこの男がよくわからなかった。



8: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:31:47.94 ID:Y65TuWb7O
妙に人間に肩入れし、彼らと同じような行動をとり、彼らの考えや文化を理解しようと奔走する。
どうしてそんな事をするのか。
永い時を生きても尚、自分には理解し難いこの男の行動。
気付けば彼女は、この男のことを“知りたい”と思うようになっていた。

('A`)『……“風の入江”』

そして今、こうして彼の隣に居ても彼女にはこの男の事がよくわからない。

川 ゚ -゚)『……なんだ、それは?』

('A`)『この絵の題名だ。絵を描いたら、それに名前をつけるのがならわしなのだよ』

名前。
その単語もまた、意味不明だ。
人間には何かにつけて物事に“名称”をつけたがる癖がある。
彼女にとってそれは無意味な事であり、やはり理解し難い事だ。

川 ゚ -゚)『……わからないな。何故、お前はそうも人間を真似る?何がしたい?』

結局のところは、この疑問に辿り着く。
いくら彼のそばに居ようと、この疑問の答えはわからない。

('A`)『今言っただろう。人間は、自分の気に入ったものを手に入れようとする習性があると。オレも同じ事をしているに過ぎない』

川 ゚ -゚)『……同じ事?』



10: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:32:46.61 ID:Y65TuWb7O
またのオウム返し。
彼女の思考はついに迷宮の中へと放り出された。

('A`)『“生きる意味”、だ』

風が吹く。
今度は、少し強い。
彼女の頭の上の帽子が、それに飛ばされて宙を舞った。

川 ゚ -゚)『わからない……な』

飛ばされた帽子は何処へいくのだろうか。
わからない。



12: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:33:07.32 ID:Y65TuWb7O
('A`)『……そうだな、お前にも名前をつけてやろう』

川 ゚ -゚)『は?』

いきなり何を言い出すのか?
その答えを求め、彼女の表情は歪む。

('A`)『そうすれば、お前も少しは人間を理解できるだろう』

少しの沈黙。
やがて。

('A`)『クー。人間達の言葉で、“冷静”という意味のクールからとった。どうだ?』

そう言い切った彼の表情。
そして“クー”という言葉の響き。

川 ゚ -゚)『……』

それに、彼女の胸の中でもぞもぞと何かが動いた。

('A`)『どうした?気に入らないか?』

それが何かはわからない。
いや、察しはついた。
だが認めたくない。
だから彼女は、こう言う。

川 ゚ -゚)『何だか、間抜けな響きだな』



14: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:34:35.07 ID:Y65TuWb7O
それは昔々の御伽噺。
地上の全てが幼かった時代の話。
幼い世界の幼い二人の追憶。

風が吹く。
紺碧の世界は、静かにその姿を消した。



17: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:35:10.40 ID:Y65TuWb7O
━━頬を伝う微かな振動により、クーは目を覚ました。

川 う -゚)「夢……か」

目をこすりながら身を起こす。
まだ日が登るには些か早すぎる時間。
クーの傍らからは二つの寝息が聞こえてくる。

ミセ*-ー-)リ「スー…スー…」

从-_-从「……スー」

昨晩のやり取りの事を思い出す。
結局、渡辺の探査魔術でもドクオの位置はようとして知れず、夜明けを待ってから再び探査を行う事にしたのだった。

川 ゚ -゚)「それにしても、懐かしい夢だったな」

呟き、胸に手を当てる。
そのまま自分の胸に鼻を埋めれば、在りし日の残り香が漂ってくる気がして、クーは暫くの間目を閉じた。

川 - --)「ドクオ……」

蘇る記憶は、どれも幸せなものばかり。
いつも側に居た。いつも隣に居た。
今は、手の届かない人。



19: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:36:32.37 ID:Y65TuWb7O
考えれば考える程に、焦がれる気持ちは泥の中で暴れまわる。

目の奥が、心なしか熱い。

川 ; -;)「……このままで、いいのか?本当にこのまま、彼と再会して…私は、私は……」

気がつけば、滲む涙。
小さな嗚咽は、何を思ってか?
その疑問には誰も答えられない。
答えを知るのは、彼女のみ。

川 ; -;)「いっそ、このまま……」

そうして涙を流す彼女を急かすように、微かな振動がクーの膝を伝う。

川 う-;)「なんだ…?」

立ち上がり、瓦礫の隙間から外へと出た彼女は、そこで信じられないものを目にした。



20: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:37:34.39 ID:Y65TuWb7O
川;゚ -゚)「そんな…馬鹿な……」

地平線の向こう。
闇夜に紛れても尚、その不浄なる魂を隠し切れぬもの達の行進。

まだ早すぎる。

そんな考えが浮かんだ。

そんなハズは。

ありきたりな現実逃避。

川 ゚ -゚)「……だが、これは…もしかしたら」

チャンスかも知れない。

川 ゚ -゚)「……いいのか?」

誰へ許可を求める?
何故の葛藤?

能面のような表情は何を思う?

川 ゚ -゚)「……」



25: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:38:46.73 ID:Y65TuWb7O
無言で向けられた地平線への視線。
それを決意を固めるように外すと、彼女は空を見上げる。
空に輝く星の寿命は、残りわずかだった。

━━━━

こくり、こくり。
頭が揺れては、時折窓ガラスにぶつかる。

ξ><)ξ「痛っ」

寝不足のせいで、ニーソク行きの電車に乗り込んでからこっち、ツンは何度も車内で船を漕いでいた。



27: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:39:10.16 ID:Y65TuWb7O
ξ--)ξ「…電車の中で船を漕ぐって……私も器用ね」

下らない冗談の後には、欠伸。
この物事に集中すると周りが見えなくなる性格は直さなきゃな、と考えながらツンはある事に気付いた。

ξ゚-)ξ「あ、ブーンに何も言わないで出てきちゃった」

いそいそとバックを探る。
携帯を取り出すと、リダイヤルを呼び出してプッシュ。無機質なコール音。

ξ--)ξ「ふぁ…ネム…」

単調な電子音は悪戯に彼女の眠気を助長する。

ξ--)ξ「……」

鳴り続けるコール音は、一向に途切れる気配は無い。

ξ--)ξ「ちょっと、何やってんのよ……」

おいすー。ブーンだお!ただいま電話に出られないっぽいんで、ブーンという発信音の後にメッセージを……。



29: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:40:25.02 ID:Y65TuWb7O
ξ--)ξ「……ったく」

終話ボタンを押す。
ガタタン、ゴトトン、電車の立てる規則正しい車輪の音。

いつもなら直ぐ電話に出るはずなのに。
一体何をしているのか。

ξ--)ξ「ふぁ……っあ」

しかし、そんな違和感も睡魔には勝てず。

ξ--)ξ「……Zzz」

気付けば、ツンは眠りの国を目指して長い航海に出ていったのだった。



30: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:40:50.72 ID:Y65TuWb7O
━━真夜中。
コンクリートのビルが林立する街、ニーソク。
数年前まで、眠らない街と呼ばれたニューソク国現行首都は、沈黙と暗闇の中に沈んでいた。

( ∵)「……」

流石のニーソク民でも、夜に出歩くのは恐ろしいのだろうか、などと考えながら、ビコーズは閑散とした駅前を歩く。

( ∵)「もう直ぐだ……もう直ぐ、奴に会える……」

蒼白な顔面に病的な笑みを浮かべ、彼は立ち止まる。

( ∵)「この時を、どれほど待ちわびた事か……。まさに、気が狂わんばかりの年月だったよ」

天を、月を仰ぐビコーズ。
胸中に宿した炎は破壊欲。
生まれ持った深き業の鬼火。



31: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:41:51.10 ID:Y65TuWb7O
(;∵)「欲しい……欲しいぞ。早く、早く」

幼少の頃より、彼はどこかが「欠けた」子供だった。
何時も自分には何かが足りないと思って生きていた。
何かが足りない。切迫した彼の満たされない欲求は、自分以外の何かを“欠けた”ものにする事によって満たされていた。
即ち、“破壊”である。
何かを壊し、欠けさせる事により、彼の欠けたものが満たされる事は無かった。
だがそれを繰り返す事で、彼は自分に欠けたものの正体を知る。

半身。

自分の欠けた部分を埋める為の、自分を完全なモノにする為の鍵となる人間。
それを、自分は欲しているのだと気付いた。
そうしてそれは、彼が社会に出て一番最初に就職した職場で見つかった。

(;∵)「ジョ…ル、ジュ……」

海馬の奥底に刻み込まれた、その名を口にする。
干からびた口に舌が纏わりつき、上手く発音出来ない。

(;∵)「ジョ、ルジュ……ジョル、ジュ……」

言葉にすればする程ぎこちなさは消え、その名は舌の上を自然に滑る。



32: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:42:47.79 ID:Y65TuWb7O
(;∵)「ジョルジュ……ジョルジュ…ジョルジュ、ジョルジュ、ジョルジュジョルジュジョルジュジョルジュジョルジュジョルジュジョルジュ」

それに比例して肥大化する欲望。
欲しい。すぐに欲しい。満たしてくれ。乾いている。早く。早く。
急かす脳味噌、焼け付く舌、高鳴る鼓動、折り重なった記憶、口内に広がる血の味、最後の笑顔、壊れた重火器、硝煙の臭い。

(;∵)「ジョルジュジョルジュジョルジュジョルジュジョォォォオルジュゥゥウ!!」

押さえきれないリビドーを吐き出すように、月へ向かって吠える。
両手を掲げ、両脚をアスファルトの上で広げ、叫ぶ。
その弾みに、彼の胸に掛かった金のロケットが落ち、アスファルトの上を転がった。
開いたロケット。そこに映るは、二人のそっぽを向いた男。それを照らす僅かな月明かり。

月は、無慈悲に笑っていた。



33: ◆/ckL6OYvQw :2008/02/08(金) 20:44:04.39 ID:Y65TuWb7O
━━男は暗黒の大海原を望む。
引いては返す波に揺られるは、破れたビニールや発泡スチロール、野菜の切れ端等の生活ゴミ。
遙かな昔、その先に夢を見た人類の開拓者達が駆けた無明の原野は、時を経て生命の絞り滓置き場と化していた。

爪'ー`)y‐「人間とは、業の深い生き物だな」

波打ち際、どことも知れぬ埠頭。
煙草片手に大海の果てを見つめる男の呟きは、独り言か。

彼が見つめる先、水平線には微かな揺らぎが生じていた。
目視では気付かない程の小さな揺らめき。それは実際の距離を考えれば、相当な大きさの波である事が伺える。

爪'ー`)y‐「そろそろ始まるようだな。“約束の時”が……」

煙草を一口吸い、離す。
水平線の向こう、まだ見ぬ“夜明け”の訪れに、彼の胸は高鳴る。
この日の時の為に、多くのモノを費やした。
それが今日、全て報われるのだ。

爪'ー`)y‐「さぁて、最後の“仕上げ”に取りかからんとな……」

短くなった煙草を海へと投げ捨て、きびすを返す。

爪'ー`)「旅人に、祝福あれ」

煙草の火は、汚泥の海に呑まれて消えた。



戻る第三十二話