('A`)はダークヒーローのようです
- 10: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:17:54.69 ID:2yJcwObFO
- 第三十五話 深淵
━━地下と聞いて、読者諸兄は何をご想像するだろうか。
暗い闇、湿った空気、忘却、洞窟、墓所、牢獄、死体安置所……エトセトラ、エトセトラ。
そこは非日常。我々が普段、太陽と青空の下を闊歩して送る日常からは、遠くかけ離れた時間が流れる世界。
アンダーグラウンド。どこか危険でダーティーな、それでいて好奇心をそそられるような響きがそこには有る。
古来より、人間は自らが目を背けたいものを地下へ、自分たちの目の届かない場所へと追いやろうとする傾向があった。
牢獄しかり、死体安置所しかり、下水道しかり。
多くの者が日の光と共に歩むこの世界で、闇に紛れたそこはごく少数の者━━闇と共に歩む者━━だけが覚えている遺跡のようなもの。
となれば、何かを隠すのにはもってこいな場所では無かろうか。
財産、人間、秘密、そして……記憶。
それら全てを内包し、多くの人々が忘却の彼方へと追いやるか、またはその存在すら知らない、『その地下空間』は、今尚闇の中でひっそりと息吹を繰り返していた。
- 11: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:19:03.59 ID:2yJcwObFO
- ( ^ω^)「……ここが終着点、かお」
見上げれば、空調パイプが這い回る天井。
見渡せば、砂まみれの大理石。そこに刻まれるはいにしえの言葉。
遥か古代の遺物と現代建築技術の融合した地下施設。
夢うつつのうちに旅路を辿っていたブーンは、気がつけばそんな不吉な地へと足を踏み入れていた。
「そう。ここが、私の家。二度と戻らないつもりで家出して来たのだけれども……。もう、そんな我が儘を言っている場合でも無いしね」
頭蓋の内側を震わせる声は、自嘲気味に呟いた。
「……ただ単に歩いただけだけれども、ここまで付き合ってくれたあなたには頭が上がらないわ。上げる頭なんて、もう無いけれどね」
( ^ω^)「別に、礼を言われる筋合いは無いお。あんたが世界の為と言って僕の頭に無理矢理住み着いたのがエゴなら、僕がここまで歩いてきたのも単なるエゴだお」
「……そう言ってくれると、助かるわ。でも、ここから先は地獄の一丁目。そこへ足を踏み入れれば、もう本当に後戻りは出来ないわよ?それでも、本当にいいの?」
- 12: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:20:08.40 ID:2yJcwObFO
- 内なる声が指し示しているのは、ブーンの眼前に突き立つ埃まみれの門の事だろう。
核シェルターの扉宜しく、厳重な電子ロックが施された鋼鉄の扉の脇には、アラベスク模様のオベリスクが二本突き立っている。
厳かな空気を纏い、ブーンの前に鎮座するそれは禁断の扉として相応しい風格を持っていた。
( ^ω^)「…だから、今言ったばかりだお。別に僕はあんたや世界の為にここへ来たんじゃないんだお。
ただ…ただ、ツンを……大切な人を守りたい為だけに来たんだお。本当に、それだけだお」
「……それが、あなたの身を滅ぼす事になろうとも?あなたが死ぬ事になろうとも、あなたはあの子を守りたいというの?」
( ^ω^)「……」
その言葉に、ブーンは沈黙する。
いつも笑っているような顔は、やはりそのままに、しばらくの沈思黙考。
やがて、彼はゆっくりと、そしてぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
( ^ω^)「僕は単純で馬鹿だけど、大学に行くだけの頭はあるお。だから、この状況でツンを守る方法がこれしか無いって事ぐらいはわかるんだお」
- 13: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:21:01.90 ID:2yJcwObFO
- ( ^ω^)「もしかしたら、他にも方法はあるのかも知れないけど、単純で馬鹿な僕には考えもつかないだけなのかも知れないお」
「それじゃあなたが死んでもいいという説明にはなっていないわ」
( ^ω^)「……僕が死ななきゃ、人類は滅びる。僕が死ねば人類は助かる。どの道、僕は死ぬ。簡単なロジックだお」
「だからといって、あなたはそのロジックに納得出来るの?」
( ^ω^)「出来るわけなんかないお。いきなり現れて脳みそ引っかき回されて、世界の命運を握れなんてそんな邪知暴虐、僕じゃなくてもぶちきれる筈だお」
「ならばどうして?」
( ^ω^)「世界において、納得の伴う行動なんて殆ど無いお。自分の思う通りに行くことなんて、ほんの一握り。
例えばサラリーマン。自分のミスじゃないのに、上司がしたヘマを被って残業させられる。
例えば裁判長。彼らは判決において無罪ばかり出していると、国家への反逆だとして左遷させられる
全ては、周囲の流れに乗って否応なしに行動させられているだけ。人の中で生きるっていう事は、人と繋がるっていうのは、そういう事なんじゃないのかお?それが嫌だったら、誰もいない無人島で暮らすしか無いお」
- 14: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:21:47.49 ID:2yJcwObFO
- 「……あなたは、強いのね」
( ^ω^)「別に、強くなんかないお。ただ…物わかりがいいふりをしているだけだお。ここに来たのも、結局は二つしか無い選択のうち見栄えがいい方を選んだだけなんだおから」
ため息混じりの言葉。
諦めか、悲哀か、はたまたその両方か。
( ^ω^)「さぁ、ここを開けるパスワードを教えてくれお。どうせならさっさと済ませたいお」
何かを吹っ切るように、ブーンは吐き捨てる。
最早、引き止める意味も無いと判断したのだろう。
内なる声は、それに従いブーンの頭蓋を震わせる。
「わかったわ。いい、いくわよ……。“人類に栄光を”……」
皮肉な言葉だ。
そう、思った。
- 15: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:22:38.14 ID:2yJcwObFO
- ━━いちいち数えるのも面倒くさい。
それだけの数の屍を、彼女は築いてきた。
殺して、傷付けて、砕いて、引き裂いて、壊して、叩きつけて、投げ捨てる。
久遠とも思われる長い“生”の中、歩いて来たのは常に血塗られた道だった。
川 ゚ -゚)「オリジン……どこにいる?」
そして、今走っているのもまた屍の上を血と臓物で塗り固めた道。
屍鬼達が立てる唸り声も、今や遠くから聞こえるのか耳元で聞こえるのかわからない。
求めるものはここに有らず。
それはいずこに?
クーは走る。走り、跳び、殴り、引き裂き、粉砕し、唱え、耳をすまし、目を凝らす。
けれども、彼女が求める“彼”の姿はどこにも見当たらなかった。
『もし、そこ行く貴女。少々宜しいか』
ふとかけられた奇怪な声。
それに思わず立ち止まる。
川 ゚ -゚)「……なんだ?」
振り向いた先、奇怪な電子音声のその源には、人の似姿をとった鋼鉄の塊があった。
【+ 】『貴女が、“鍵”の王妃にござりまするか?いえ、そうであらせられましょう』
- 16: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:23:30.10 ID:2yJcwObFO
- 川 ゚ -゚)「……貴様は?」
人間の兵士達が戦の際に装着する強化装甲服、「ギア」の規格を巨人症の患者に合わせて作ったかのような、“それ”が紡いだ電子音声の言葉に、クーは油断なく身構える。
彼女の後ろを走ってきた渡辺とミセリが、程なくして合流した。
ミセ;゚ー゚)リ「クー様…はぁ、はぁ…こいつは…?」
立ち止まり、肩で息をつきながらミセリは巨大な機械の甲冑を見上げる。
从'ー'从「聖騎士団の方々とはまた毛色が違いますねぇ。“エデン”の“五賢人”。そうでございましょう?」
流れるような動作で足を止めた渡辺は、ミセリとは対照的に平然とした態度でクーの脇へと並んだ。
【+ 】『いかにも、と言うのは些か古典的ですかな。エデンが五賢人、“アイアンコフィン”のオサムと申します。以後、お見知り置きを』
三人を前に鷹揚な態度で電子の声を紡ぐオサム。
なる程、その身に纏いしはまさに“鉄の棺”だ。
【+ 】『そして彼が……』
オサムが振り返った先の路地裏。
そこから、軍靴の立てる硬質な足音を伴い現れた影を、クーはよく知っていた。
- 18: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:24:26.76 ID:2yJcwObFO
- 川;゚ -゚)「……!」
驚きに、声が出なかった。
どのような想像力を持ってすれば、こんな事態を予測出来ただろうか。
踝まである軍用コートの裾を翻しながら現れたその男を、クーは知っていた。
(´・ω・`)「“鮮血の魔術師”こと、ショボンです。お初にお目にかかります、レディズ」
ショボン。嗚呼、彼との再会を何度夢の中で繰り返した事だろうか。
血塗られた道を歩いてきた彼女の生では、決して許される筈の無かった美しき日々。
教室での何気ない会話、黒板消しとチョークの匂い、夕焼けに染まる教室、放課後の喧騒、昼下がりの怠惰な授業でさえ胸を突く甘美な……。
川;゚ -゚)「ショ…ボ……」
古びた記憶の底に封じ込めた想いが洪水となって溢れ出す寸でで、クーは踏みとどまった。
(´-ω・`)「……」
目配せ、だろうか。一瞬片目を閉じると、彼はすぐに今の彼に相応しい声音と態度でもって言った。
(´・ω・`)「“鍵”の王姫殿下よ。我々の目指すところはご存知のはずだ。どうか、お力をお貸しいただけないだろうか」
- 20: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:25:23.52 ID:2yJcwObFO
- その仕草にどんな意味が込められていたのか。
刹那の合図にも、しかしクーは何かを読み取った。
川 ゚ -゚)「……」
川 ゚ -゚)「前にも一度、君達のボスに言ったはずだ。私は君達の計画に手を貸すつもりは無い」
用意されたかのように、仰々しい台詞を紡ぐ。
(´・ω・`)「我々は人類の救済の為に動いている。全ての人類の幸せの為に、様々な犠牲をはらってきた。
それも全て、人類を救いたいが為だ。その気持ちはあなたも同じのはず。ならば何故、我らが手を組まないでいられようか?」
川 ゚ -゚)「ああ、私も君達人類の幸せを願っている。だが、目指すところはお互い違う。私は私のやり方で、君達を救う。だから……」
言葉尻を切り、隣の渡辺へと視線を送りーー。
川 ゚ -゚)「邪魔しないで貰おうか!」
刹那、飛び退く。
閃いたのは氷の大瀑布。
一コンマ前までクーの居た位置から怒涛の勢いで溢れ出したのは、世界の全てを止める冷気の暴風。
いと冷たき颶風はショボンとオサムへ向けて、魔手を伸ばした。
【+ 】『ぬう…!無詠唱の禁呪か』
- 22: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:26:13.18 ID:2yJcwObFO
- 装甲前部のプチバーニアを起動、とっさにオサムは飛び退く。
地を這う冷気は、容赦なき残酷さで地に氷の楔を穿った。
(´・ω・`)「……交渉の余地なし、というところか」
一方のショボンは、冷気が閃く数瞬前には地を蹴っていたようで、アーケードのひさしの上へと身をかわしていた。
川 ゚ -゚)「渡辺、後は頼む」
冷気の爆発で怯んだ二人の賢人を後目に、クーは再び走り出す。
後には、門番のごとく仁王立ちする渡辺。
从'ー'从「ーーという事ですのでぇ、僭越ながらあなた達のお相手は私が勤めさせていただきますぅ。どうぞ、お手柔らかにお願いしますねぇ」
水色のワンピース。フリルのついたその裾を広げ立ちふさがる渡辺。
そんな彼女の背中に隠れながら、ミセリは迷っていた。
ミセ;゚ー゚)リ「ク、クー様、私は!?」
追うべきか。止まるべきか。一時の迷いが、彼女の選択権を奪った。
(´・ω・`)「オサム、君はこの天然お嬢さんのお相手を頼む。僕はじゃじゃ馬な殿下を追うよ」
ひさしを蹴り、軍用コートを翻し、天へと飛翔するショボン。
- 24: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:27:21.17 ID:2yJcwObFO
- 川 ゚ -゚)「ミセリ!君は渡辺と一緒に居るんだ!こっちは危険だ!」
振り返る事もせず声を張り上げるクー。それを追うショボン。
立ちふさがる渡辺、対峙するオサム。
その二つの板挟みとなったミセリはしかし、クーの指示に従い鉄の塊と否応無しに相対する事になった。
【+ 】『ふむ……』
疾風となり追跡を開始したショボンの背中を見送りながら、オサムは思案気な呟きを漏らす。
何か思うところでもあるのだろうか。
だがすぐに視線を目前の二人に移すと、彼は豪壮なる体躯で戦の構えをとった。
- 25: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:28:05.46 ID:2yJcwObFO
- 【+ 】『まぁ良いか。何かあれば、でぃとFOXがいる。……さて、ではお嬢さん方』
从'ー'从「はぁい、なんでしょう?」
ひらり。渡辺のワンピースが翻る。
【+ 】『あなた達に二つ選択を与えます』
ミセ;゚ー゚)リ「選択…?」
ごくり。ミセリの喉が鳴る。
【+ 】『一つ。道を空けるか…二つ。それとも、棺桶に入るか』
ぴん。オサムの指が立つ。
从'ー'从「あれれぇ?棺桶は一つしかありませんよぉ?」
【+ 】『…おっと、これは失敬。後できちんと用意しますよ。だから安心して……』
- 26: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:29:11.91 ID:2yJcwObFO
- 从'ー'从「いいえぇ、その必要はありませぇん」
にこり。渡辺が微笑む。
从'ー'从「棺桶は一つで足りてますぅ」
【+ 】『……その一つは既に埋まってますが?』
从'ー'从「それで、いいんですぅ」
ふわり。
渡辺の身が、宙を舞った。
从'ー'从「最もぉ、それで足りないならぁ私が新しいのをしつらえますぅ」
- 27: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:29:49.81 ID:2yJcwObFO
- 宙空で振りかざされた渡辺の両腕。
収束する原子。振動する大気、直後、爆裂する冷気。
【+ 】『おや、あなたも棺職人ですか』
プチバーニアを瞬間起動。
オサムの身が右へスライド。冷気から逃れる。
从'ー'从「えぇ。あなたにお似合いの棺を作って差し上げますよぉ。私の氷でぇ」
着地、振るう右手。間髪入れない氷撃。
クイックブーストを爆ぜさせるオサム。鋭利な氷柱が、巨大ギアを狙い次々と屹立する。
【+ 】『生憎と、私もこの棺を気に入っていてね。間に合っておりますよ』
火花を散らしながら、アスファルトの上をスライド。
オサムは慣性に任せて飛び立つ。
- 28: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:31:43.15 ID:2yJcwObFO
- 背のメインバーニアに点火、上昇する鉄棺。
突き出す両腕。
擦過音と共にそこから飛び出したのは、獰猛なる機関銃。
【+ 】『This is the Painkiller!あなたに鉄と楔の眠りを!』
狂喜の叫び。
同時、マズルフラッシュが華々しく開花。
鉄の種を雨霰と降らせる。
从゚ー゚从「……!?」
- 29: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:32:00.08 ID:2yJcwObFO
- 連射、連射、連射、連射、連射、連射、連射、連射。
地に降り注ぎ…。
穿つ、穿つ、穿つ、穿つ、穿つ、穿つ、穿つ、穿つ。
【+ 】『Rets party!And good night!』
両腕の機銃掃射の勢いも覚めやらぬまま、鉄棺の両肩装甲が開口。
暗器は焼夷た機銃の弾幕、その全てを渡辺はかわしきれたのか?
銃弾の嵐があまりにも激しすぎて、ミセリには渡辺の姿を視認出来なかった。
そして、オサムが最後に放った焼夷グレネード。
紅蓮の炎によって、今や渡辺の姿は完全に隠された。
- 30: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:33:20.15 ID:2yJcwObFO
- 彼女の安否を確認する術は、無い。
ミセ;゚ー゚)リ「……っ!」
めらめら、めらめら。
炎はミセリを嘲笑うかのように、下手なチークを踊る。
ダンス会場の上空では、不吉な鉄棺が宴の終焉を参加者に告げて回るように、ふらふらと漂っていた。
【+ 】『さぁて、宴もたけなわ。皆様、お帰りの準備は済みましたかな?
それではここいらで、私めが閉めの挨拶をば』
- 31: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:33:45.91 ID:2yJcwObFO
- 冗談めかし、鉄棺が恭しく音頭をとる。
よぉー、ぱん。
鉄の手と鉄の手が打ち合わされ、不協和音が鳴り響いた。
【+ 】『皆様、お疲れ様でした。お帰りの際は背後にお気をつけを』
予感がした。とミセリが思った時にはオサムの姿は消えていた。
とっさに前へと飛び出し、前転。
直後、ミセリの頭上を硬質の質量が通過した。
ミセ;゚ー゚)リ「い、いつの間に…!?」
起き上がり、振り向けば、そこには鋼鉄の棺。
振り抜いた形の右腕からは、刃渡り四十センチはある鉄の爪が飛び出ている。
【+ 】『宴は終わりです。あなたも潔く、お帰りになられなければ』
鋼鉄のマスカレイドを被ったホストの苦言。
- 33: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:35:18.37 ID:2yJcwObFO
- ミセ;゚ー゚)リ「うっ…くっ……」
ガンメタルの棺が迫る。
抵抗する術は、無い。
自分にも魔術が扱えれば、と無力なるミセリは歯噛みする。
悔しい。ここまで来て、自分は結局何も出来ないのか。
弱者は、ただ踏みにじられるだけなのか。
【+ 】『さぁ、良い眠りを』
オサムが鉄爪を振りかぶる。
それが振り降ろされれば、自分は死ぬんだなぁと思うと、生々しい死の感触がミセリのうなじを這った。
死。死ぬ。死んだらおしまい、これで終わり。さようなら、現世。
ごめんなさい、皆さん。
何も出来ず死んでいく私を、どうかお許し下さい。
ミセ;゚ー゚)リ「待って!」
━━だが、そんなのは許さない。
【+ 】『……この期に及んで、何ですか?』
オサムの動きが止まった。
寸でで硬直した鉄爪を見つめ、ミセリは唾を飲む。
死を示す鎌先は油断なくミセリの首を狙ったまま、眼前で静止している。
弱者なら、力を持たないなら、暴力に対抗する暴力を持たないなら、持たないなりにやってやろう。
- 34: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:37:09.36 ID:2yJcwObFO
- ミセ;゚ー゚)リ「今、ここで私を殺していいんですか?」
【+ 】『……?』
鉄の仮面を被ったオサムの表情は読めない。
だが、明らかに訝しんでいるのはわかる。
……さぁ、ここからが本番だ。上手くやれよ、ミセリ。自分に言い聞かせる。
自らの首にかけられた、死神の鎌。
それが振り切られるかどうか。
それは、これからの自分にかかっている。
ミセ;゚ー゚)リ「私を殺せば、オリジン様も死にますよ?それでも、いいんですか?」
さぁ、始めよう、命のやり取りを。
- 36: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:38:19.86 ID:2yJcwObFO
- ━━(兵;′ゞ)「伝令!伝令!第一から第十七サーペント部隊全滅!第一から第十七サーペント部隊全滅!」
生体爆弾や生体レーザーの飛び交う第八ロードセクターに、その知らせは響き渡った。
(´<_`; )「全滅!?サーペント部隊が全滅だと!?」
対物ロングバレルライフルを振り回しながら、弟者は叫んだ。
サーペント部隊とは、海軍の中でも精鋭中の精鋭、文字通り海の竜王だ。
それが一人残らず全滅したという。
開戦からおよそ二時間。このスピードで被害を受け続ければ、日が沈む前には兵士達全員仲良くアスファルトの上で永世の眠りに就くことになるだろう。
(´<_`; )「……」
勝ち目の無い戦いなのはわかっていたが……。
そんな弱音を吐いてしまいそうになる自分に気付き、弟者は慌てて気力をふるい起こす。
(´<_`; )「負けられるかよ……」
負けられるか。
死んでたまるか。
自分たちがここで勝たなければ、故郷の家族はどうなるのだ。
だが、気持ちとは裏腹に絞り出した声は頼りなく震えていた。
- 37: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:39:35.03 ID:2yJcwObFO
- ( ;´_ゝ`)「……劣勢、か。…はっ」
弟者の前方で突撃銃を握りながら指揮を執る兄者は、鼻を鳴らす。
目前、荒野へと伸びるハイウェイ。上空を舞飛ぶ腐乱死体が如き鳥の悪魔「ビヤーキー」の群れに向けられた銃口が僅かに揺れていた。
今、彼の背中を守る者は居ない。
小隊長として、現場指揮官として、兄者は否が応にも最前線へと出る事を余儀無くされていた。
指揮官ならば、部隊の後方で兵達を束ねるのが仕事だと、誰かが言っていたが、兄者はそうは思わない。
少なくとも、彼の前任者であった“あの男”は、そうは思ってはいなかった。
常に死の最前線に立ち仲間達を鼓舞し、的確な指示を飛ばしては、幾たびの死線をくぐり抜けてきた。
だから自分も、“あの男”の後任者として恥ずかしく無いよう、最前線に立たなければならないのだと、兄者は半ば強迫観念ともとれる思いを抱いているのだった。
( ´_ゝ`)「弟者、討ち漏らしは頼むぞ!」
片割れへと向けて無意識にかけた言葉に、返事は返ってこない。
- 39: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:42:23.36 ID:2yJcwObFO
- 最前線に立つ兄者。
彼が居る位置からまた少し離れたハイウェイの壁沿いで、ヒートもまた不安と絶望へ銃を向けていた。
ノパ听)「……」
両手にヘビーマシンガンを持ち、舞い飛ぶ腐乱死体を撃ち落としていくかつてのジョルジュ小隊の紅一点、喋る火薬庫とうたわれた彼女の口はしかし、一切言葉を紡ぐ事は無く、ただただ淡々と上空の標的だけを狙って物言わぬ鉛玉を吐き出し続けていた。
(兵;Ξ±Ξ)「おい、聞いたか?第三ロードセクターのイージス部隊も、三分の一がやられたらしいぞ」
(兵;*±*)「ほ、本当か!?サーペント部隊もやられて、イージス部隊もやられたんじゃ……」
傍らの兵士達が、どこから聞いてきたのか不吉な話を始める。
(兵;Ξ±Ξ)「501だってんで、覚悟は決めていたが……やっぱり、オレ達…」
(兵;*±*)「馬鹿、止めろよ!縁起でもねぇ!」
(兵;Ξ±Ξ)「だってよぉ、オレ、出撃の前に聞いちまったんだ。モララー小将とショボン大将が話してるのをさ……。どうやら、今回の邪神共の侵攻は奴らにとって総力戦らしいぜ。
世界中の邪神という邪神がここに集まってきてるんだと」
- 40: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:44:10.58 ID:2yJcwObFO
- (兵;*±*)「全勢力って…なんでまた、ニーソクなんかに?」
(兵;Ξ±Ξ)「知るかよ!肝心のモララー小将は姿が見えねえし、一体どうなってんだかオレもさっぱりだ。わかってんのは、オレ達が……」
全勢力、か。
ならばこの奴らの猛攻も、501警報も頷ける。と、ヒートはどこか冷めた思考回路で考える。
口伝てに聞けば、二十柱の邪神がここを目指しているらしいことも、伺えた。
二十。
なんだ、二十か。などと、考えることは出来ない。
たった一柱の邪神にも人類は勝てないのだ。
それが二十。そのほかにも、魔物の大群が七億。
ドクオが居れば。
こぼれそうになった弱音を必死ですくい上げ、胸中へとそっとしまう。
ノパ听)「……あいつは、絶対に来る。大丈夫」
自分に言い聞かせるよう、その言葉を噛み締めた。
信じている。あいつは、きっと来る。
いいや、違う。信じてなんかいない。
こんなのはただの願望だ。現実逃避でしかない。
来て欲しい。ヒーローのように飛んできて、自分達を救って欲しい。
救ってくれる。そうだ、ドクオなら。
- 41: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:46:29.03 ID:2yJcwObFO
- そんな、藁に縋る思い。
信じるなんてのは、自分一人では立ち上がれない弱い心を美化する建て前でしか無いのだ。
ノパ听)「……それでも」
待つしか無い。
祈るしか無い。
今にもかき消えそうな炎のようなヒートの想い。
しかし、現実は残酷なる便りを人類の防人達に届けた。
(兵;Ξ±Ξ)「な、なんだあれは!?」
(兵;´ゞ`)「まさか…」
(兵;゜±゚)「なんと……巨大な…」
(兵;≠ゝ@)「邪…神……?」
雲を裂き、地を割り、屹立するは豪壮なる破壊の司。
凝り固まった巨大な泥府の表面を覆うのは、夥しい数の口腔。
奇妙にねじくれ黄ばんだ牙がびっしりと生えたそのどす黒い穴から伸びているのは、獲物を求めて蠢く舌とも触手ともとれるぬらぬらした器官。
その絶え間なく震える不確かな輪郭の汚らわしい無定形の塊は、そこから幾つも突出した甲殻類の足腕に似た鉤爪状の肢体のうちの数本を地に突き刺し、第八ロードセクターの遥か前方、十数キロの荒野に顕現した。
- 45: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:49:09.49 ID:2yJcwObFO
- (兵;≠ゞ`)「魔物…?違う、大きさが違う。雰囲気が違う。威厳が違う。風格が違う。あれは王の…支配者の…いや、神の…邪神の風格だ…邪神だ。あいつは邪神だ…!」
いつ、“それ”がそこに現れたのかはわからない。
だが、“それ”は兵士達の混乱と絶望の叫びの中、身の毛もよだつ吼え声を汚らわしい口腔の全てから発し、ニーソクを目指して歩み始めた。
(兵 ;ゝ;)「終わりだ…遂に、オレ達もおしまいだ。死ぬんだ。みんな、みんな、死んじまうんだ!」
(兵;≧;)「助けて!助けてくれ!誰か!!」
禍々しくも神々しい不浄なる大質量は、そこに居るというその存在だけで兵士達を混沌の坩堝へと一瞬で叩き落とした。
ある者は泣き叫び、ある者は銃を放り出して逃げ惑い、戦いを放棄する。
(´<_`; )「遂に……」
空気は狂気を孕み。
( ;´_ゝ`)「……お出ましか」
大地は血に染まる。
ノハ;゚听)「……あれは…」
人々は空を見上げ。
(*゚ー゚)「邪神……」
遂に合間見えた、「死」を呆然と見つめる。
- 46: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:52:58.15 ID:2yJcwObFO
- 最早、誰も神に銃を向けようとする者はいない。
人類の防人である筈の兵士達は、皆我先にと逃げ道となる後方のハイウェイゲートへと殺到する。
(兵;ゝ;)「嫌だ!嫌だ!まだ死にたくない!死にたくないぃぃぃい!」
(兵;´仝`)「どけっ、オレが先だ!オレを先に行かせろ!」
( ;´_ゝ`)「お、おい待て貴様ら!どこへ行く!」
必死で隊長の義務を果たそうとする兄者。
(´<_`; )「……うっ…あ」
統制を失い暴徒と化した兵士達。
そんな阿鼻叫喚に身震いする弟者の傍らで、ぃょぅはただ一人どこか冷めた表情で荒れ狂う人の波を眺めていた。
(=゚ω゚)「……」
肩に担いだパンツァーファストを彼は路上に下ろすと、メットのバイザーを開けてサイドポケットから取り出した煙草をくわえる。
(´<_`; )「お、おいぃょぅ……」
弟者はすぐに抗議の声を上げたが、ぃょぅはそれを無視して言葉を次ぐ。
(=゚ω゚)y-~「見たか弟者。ドクオがいなきゃこの様だ。皆、救世主様がいないと何も出来ねぇ弱虫だ。自分の足ですら立っていられねぇ腰抜け共さ」
- 48: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:55:10.64 ID:2yJcwObFO
- (´<_`; )「……」
(=゚ω゚)y-~「人ってのは貧弱だねぇ。自分に利が無いって分かった途端、ケツまくって逃げ出す。そこらの二流芸人よりも笑えるぜ」
せせら笑うぃょぅ。
弟者はその彼の様子に押し黙る事しかできなかった。
目の前を、死に物狂いで兵士達は走っていく。その中の一人が唐突に叫んだ。
(兵;@ゝ@)「助けて!誰か!誰か!救世主様!そうだ、ドクオ!ドクオ殿!助けてくれ!」
人の津波が、凪いだ。
「そうだ、ドクオ殿!ドクオ殿はどこだ!救世主様はどこだ!?」
一人。
「おい、どこに居やがる!?邪神だぞ!お前が倒すべき邪神だぞ!」
二人。
「出てきやがれ!出てきてオレ達を救え!」
三人、四人…十人…五十人…百人…声は数を増やし、唱和となって、その感情はハイウェイを占拠する。
(=゚ω゚)y-~「そして、勝手な生き物でもあるなぁ。こないだはドクオが邪神を倒したのにブチ切れてたが、今はドクオがいないってんでブチ切れてやがる。完全にてめぇの都合しか考えてねぇ。なぁ、弟者?」
ふぅ。一息ついて、ぃょぅはタバコをアスファルトでもみ消した。
(´<_`; )「……」
- 50: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 21:57:31.33 ID:2yJcwObFO
- (=゚ω゚)「オレ達人間は、いっつもてめぇの周囲、半径五メートルしか見てねぇ。そこが世界の全てと思い込んでやがる」
(=゚ω゚)「考えてもみろ。いきなり寝ているところを叩き起こされて、『オレの代わりに会社行ってくれ』なんて言われたらどう思う?
オレだったらブチ切れてそいつの脳天をかち割ってやるね。その点、ドクオはなんだかんだでいい奴だったよ。どんな理由であれ、オレ達を救ってくれていた」
消し切れない煙が、吸い殻から立ち昇るのを、弟者は見つめる。
何故だか、無性に喉が乾いていた。
(=゚ω゚)「だが、あいつはもういない。救世主はもういないんだ」
乾いた喉に、舌がへばりつく。
やっとの思いで引き剥がし、声を出した。
(´<_`; )「何が、いいたい……」
もくもく。煙が昇る。
(=゚ω゚)「決まってんだろ。オレ達は、今から死ぬんだよ」
死ぬ。
何度も脳内で繰り返し、意識してきた言葉。
何故だか、ぃょぅが言うと、その言葉は急激に重さを増してのし掛かってくるのだった。
(=゚ω゚)「死ぬんだ」
繰り返す言葉。
それに被さるように、邪神の咆哮が響く。
吸い殻の煙は、風に流されて消えていた。
- 52: ◆cnH487U/EY :2008/03/15(土) 22:00:21.83 ID:2yJcwObFO
- ゆっくりと、まるで、余裕を持ったように歩み続ける邪神。
もう直ぐそこだぞ。ほうら、この脚を下ろせばお前達は死ぬんだ。ははは。
そんな嘲るような声が聞こえた気がして不意に視線を上げた弟者。
(´<_`; )「……っ!」
見上げた空、視界をよぎる影。
(´<_`; )「お前は…!」
空中に浮かんだそれと、彼の視線が交錯した刹那。
弟者の視界が、ホワイトアウトした。
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