('A`)はダークヒーローのようです
- 6: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:09:11.46 ID:dYY49ys8O
- 第三十六話 危急
━━暗い。仄暗い。
彼女は気付いていただろうか。
昼間。昼間の筈なのに、そこに暖かい日の光は無かった。
ξ;;)ξ「ブーン!ねぇ、どこに居るの!?」
彼女の声が伝う空気は饐えた臭いに満ち、踏み締めるアスファルトは心なしか湿っている。
それでも、そんな事など知らずか。はたまた知っていても尚、胸中の想いがそうさせるのか。
彼女は一心不乱に走りつづけていた。
ξ;;)ξ「お願い返事をして!ブーン!ミセリ!私はここよ!ねぇ!ねぇってばぁ……」
叫ぶ声。か細く途切れ、尻すぼみ。
体力の限界だろうか。
足がもつれ、バランスを崩し、しかし姿勢制御も諦め、彼女の体は路傍に強く倒れ込んだ。
ξ;;)ξ「うっ……ぐすっ…ひっく…ブーン……ブーン……」
粘着くアスファルトの上、嗚咽を漏らす。
全身を包む血の臭い。
はっとなり、目を見開けば、一面に広がる血と臓物のため池。
倒壊したビルの破片、奇怪な化け物の死骸、強化装甲服ごと胴を真っ二つに引き裂かれた兵士の亡骸、それらが一斉に彼女の視界を占拠した。
- 7: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:10:04.48 ID:dYY49ys8O
- ξ;μ;)ξ「うっ……おぇ……」
吐き気が急激に胸を突く。
我慢出来なくなり、口を開いた。
ξ;Д;)ξ「ゲェッ!ゲボッ!ゲボッ!ウップ……はぁ、はぁ……ウェ……」
体内の何もかもを吐き出すかのように吐寫しつづける。
胃液に混じって血の味が口内に広がった。
ξ;;)ξ「うっ…うぅ…あぁ……ひっ…」
全てを吐き出し終え、放心状態で彼女はうずくまる。
遠耳に聞こえるのは、空を切り裂かんばかりの絶叫や銃声、爆音、死と破壊の音。
ξ;;)ξ「もう、やだぁ……どうして?どうしてこんな事に…。寂しいよぅ…怖いよぅ……一人は、嫌だよぅ……」
全部吐き出したと思ったのに。
堪えていたものが、怒涛の波となって口から吐き出される。
不安、孤独、焦燥、悲しみ、戸惑い、恐怖、それらが形の無い吐寫物となり、ツンの口から吐き出される。
ξ;;)ξ「誰か、助けてよぅ……私を救ってよぅ……助けてよぉぉっ!!」
この世ならざる光景。愛する者の消失。それは彼女の精神を磨耗させ、一人で立っている事も出来ない程に追い詰めていた。
- 8: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:10:57.80 ID:dYY49ys8O
- ……ふと、視界に闇が落ちる。
涙で滲む眼球を気だるげに上げれば、見上げるばかりの不浄の塊。
身の丈六メートルは超える、ぶよぶよとした爬虫類のごとき体躯。人の形を真似たそいつはしかし、魚の鱗と魚の頭を持った紛れもない半魚の怪物。
忌まわしいブラインドガーディアンで、彼女はそいつの姿を見たことがあった。
ダゴン。悠久の年月を重ねたディープワンが長じる尊大にして不浄の化身。
そいつと、目があった。
ξ;;)ξ「ひっ…!」
どんよりと淀んだ鈍色の瞳孔。
何を考えているのか、人知の及ぶ領域の外に位置する深淵を湛えたそれが大きく見開かれた。
ξ;;)ξ「やっ……いやっ!」
途端、メインストリートを覆わんばかりの巨躯を震わせ、そいつは不快な咆哮を上げると、地に伏す兵士達や諸々の死体を踏みにじりながら、ツンの方へと水掻きのついた脚を踏み出した。
魚類の腐食が齎す鼻をつく悪臭を漂わせ、一歩一歩確実に近付く大質量。
踏み出された脚が、地に着く度に水気を帯びた振動。
- 10: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:12:13.20 ID:dYY49ys8O
- 両腕を広げ、脚を大股に開き、近付く、巨大な深海の使者。
一歩、振動。
一歩、振動。
距離と比例して高まる悪臭。
一歩、振動。
一歩、振動。
ツンは思わず顔をしかめ、尻で後ずさる。
一歩、振動。
一歩、振動。
それはついに我慢ならないまでに強くなり━━。
一歩、振動。
一歩、振動。
ツンの寸前で、限界に達した。
- 12: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:12:38.90 ID:dYY49ys8O
- ツンの寸前で、限界に達した。
ξ;;)ξ「……っ!」
息を呑む。ツンが。
腕を振りかぶる。ダゴンが。
腰が抜ける。ツンが。
腕を振り下ろす。ダゴンが。
ξ;;)ξ「いやぁぁぁ!!」
視界が染まる。真っ赤に。
目を閉じる。真っ赤な視界。
耳をつんざく。絶叫が。
誰の絶叫?ツンの絶叫。
誰が聞いた?ツンが聞いた。
何で叫ぶ?ダゴンの腕が振り下ろされたから。
ダゴンの腕が振り下ろされれば?私は死ぬ。
私って?ツン。
私が死ぬ?ツンが死ぬ?死ぬ?死んだ?
ξ>;)ξ「……死ん、だ…?」
長い長い時間?それとも一瞬?
恐る恐る、積み上げたジェンガを崩さんとするかのように、そおっとそおっと、ツンは目を開ける。
視界は真っ赤。閉じる前と同じ。
でも、それ以外は様変わりしていた。
- 13: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:13:52.56 ID:dYY49ys8O
- 真っ赤な視界の中、初めに目に入ったのは赤黒い断面。ダゴンの断面。
ダゴンの、下半身と上半身の間、腰、その断面。
綺麗に、芸術的なまでに美しく切断された断面。
まるでマグロの解体ショー宜しく、汚らしい断面をさらけ出し、ダゴンの巨躯は腰から横一文字に切断されていた。
その断面から、並々と注がれたコップから水が零れ落ちるように、しずしずと赤黒い血液が流れ落ちていく。
上半身は何処へ?視線をさまよわせる必要もなく、すぐ見つかる。
阿呆みたいに直立したままの下半身、その足元、上半身もまた阿呆みたいに淀んだ目を見開いて昼寝していた。
ξ;;)ξ「何が……」
起こったの?
月並みでいて当然の疑問の答え。それもまたすぐに見つかった。
視界の奥、ダゴンの下半身の後ろ、化け物の前衛彫刻の陰からぬっと現れた影。
それが握る、銀の輪環。
赤黒い血に染まった巨大なチャクラム。
(’e’)「おや、人が居ましたか。お怪我はありませんか、レディ」
血を振り払うように輪環を振り回したその男は、ツンの目には天使の輪を頭上にいただいた救いの大天使にすら見えた。
- 14: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:14:49.70 ID:dYY49ys8O
- ξ;;)ξ「あっ……」
放心したツンへ向かってゆっくりと歩み寄る件の男。
白と青を基調とした、奇怪な形のローブは、まさに天の御使い。
(’e’)「見たところ、あなたは一般人ですね。戒厳令がしかれているのに、何故こんなところを歩いているのですか?
お散歩なら、昨日の内に済ませておくべきでしたね」
男はにっこりと微笑み、ツンへと手を差し出す。
その瞬間、ツンの中で蟠っていた不安や孤独が、一斉にはじけた。
ξ;;)ξ「助けて!お願い助けて!ミセリもブーンもいなくなっちゃったし、街には化け物が溢れてるし、兵隊さん達はみんなやられちゃったし、私一人で…お願い!ねぇ!私…私……」
涙と鼻水と、よだれと、血と泥と。
汚物にまみれた自らの身など忘れ、ツンは男の足にすがりつく。
(’e’)「…落ち着きなさい。大丈夫、あなたは私が安全な場所までお連れしますよ。だから、安心しなさい」
ξ;;)ξ「違うのっ!そうじゃなくて、私はブーンと……」
(’e’)「お友達ですか?…わかりました。お友達も、見つけ次第ちゃんと保護しますよ」
- 15: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:15:57.96 ID:dYY49ys8O
- ξ;;)ξ「……本当?」
捨てられた子猫のように、見上げるツンの頭をそっと撫でながら、男は口元を緩めた。
(’e’)「えぇ、本当です。ですから、まずはお立ちなさい」
それに安心したのか、ツンはのろのろと立ち上がる。
完全に腰が抜けていたのだろう。男のローブにつかまりながら、やっとの思いで自分の足で地についたツン。
そこに、横からハンカチが差し出された。
(’e’)「さぁ、これでお顔を拭きなさい。大丈夫、あなたは一人じゃありませんよ。私がお守りします」
地獄に降臨した天使。
冷静になれば、それが素性の知れない人物だろう事は誰でもわかるものなのに。
今のツンには、そんなものを気にしている余裕は無かった。
安心感と、未だ拭いきれないブーンを案ずる想い。
空はいよいよその暗さを増し、ニーソクの天に救いは見えなかった。
- 16: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:17:23.77 ID:dYY49ys8O
- ━━空気が、止まった。
ミセ*゚ー゚)リ「私を殺せば、オリジン様も死にますよ」
いや、正確には空気が凪いだ、といったところか。
【+ 】『……』
銃声と地獄の絶叫の中にあって、彼女らの周囲は一種の静けさに包まれつつあった。
ミセ*゚ー゚)リ「私を、殺せば、オリジン様は、死にます」
区切りながら、もう一度口に出す。
【+ 】『……ふむ。そうきますか』
- 18: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:17:47.47 ID:dYY49ys8O
- 【+ 】『……ふむ。そうきますか』
突き付けた鉄爪はそのままに、機人はミセリの目をのぞき込む。
【+ 】『して、その根拠は?』
無機質な白色のカメラアイが、嘲笑うように揺れた。
ミセ*゚ー゚)リ「あなた方もご存知の通り、私はオリジン様の半身として分かたれた存在」
【+ 】『えぇ、そうですね。あなたは記憶を司る姫君。それがどうしたというのですか?』
ミセ*゚ー゚)リ「私はオリジン様の“記憶”そのもの。……そう、あなた方は思い込んでいられるようですね」
機人のカメラアイのレンズが、見開かれた。
【+ 】『……思い込んでいる、とは?』
- 19: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:19:00.66 ID:dYY49ys8O
- ミセ*゚ー゚)リ「そのままの通りですよ。あなた方が、“私はオリジン様の記憶の化身である”という事を勝手に思い込んでいるだけだという事です」
そこでまた言葉を区切ると、ミセリは思わせぶりな表情で機人の目を見返す。機人もミセリの目を見返す。
静かに、張り詰めた空気のままに、二人、見つめ合う、否、睨み合う。
沈黙が流れた。
時間も少し流れた。
二人の背後で燃え盛る炎はゆらゆらと揺れ、不恰好な影をアスファルトに落としていた。
先の言葉以降、口を開こうとしないミセリ。
その様子に、機人オサムはミセリの喉元に突き付けた鉄爪を僅かに揺らす。
【+ 】『…これまた遠回しな言い方をしますね。つまるところあなたは何を言いたいのですか?』
機械音声は苛立たし気な色を帯びていた。
それを嘲弄するかのように、ミセリは目を細める。
ミセ*゚ー゚)リ「まだ解りませんか?私を殺せばオリジン様も死ぬ。私はオリジン様の半身。こうくれば、誰でも想像はつくと思うのですが」
- 20: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:20:08.80 ID:dYY49ys8O
- 少しの間。
機人が、恐る恐る合成音声で回答する。
【+ 】『つまり、あなたはドクオ殿の…オリジン殿の、“命”の化身である、と?』
ミセ*゚ー゚)リ「……」
ミセリは返答の代わりに唇の端を歪めた。
【+ 】『馬鹿げた事を。そんな事がある筈は無い』
即座に否定。機人の声音は一転して力強い。
ミセ*゚ー゚)リ「何故、そう言い切れるのです?」
ミセリの少しばかり緩んだ頬、表情の無い目。
その余裕を打ち壊そうと、機人は弁を振るう。
【+ 】『一つ、私は五千年前の封印に立ち会った魔術師達の“末裔”である事。
二つ、そして私の家系に伝わる文書にはオリジン殿の封印方法や彼を従属させる方法、完全に消滅させる方法やその他彼に纏わるものの全てが載っている事。
三つ、その書物にははっきりと『オリジンの力を制御する為に、彼の“力”と“記憶”を分離させ、封印する』という記述が存在する事。
以上の事から、あなたの言う話しはブラフでしかないと思われる。
宜しければその記述が何月何日、どこで記されたのかもお答えしましょうか?』
- 21: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:21:20.30 ID:dYY49ys8O
- 長々と弁を垂れた機人は、自分の言葉によって更に自信を得たようだ。
鉄爪を備えた右腕を動かすと、ミセリの喉に突き立てて僅かに力を込めた。
【+ 】『さぁ、言葉遊びは終わりですよレディ。あなたの抹殺は私達からすれば些か優先順位が低い。あまり時間を取らせないでいただこう』
鉄爪が触れた箇所から、うっすらと血が滲む。
ほんの少し力を入れれば、滲みは真紅の噴水と化すだろう。
しかし、ミセリはその状況でも未だ不適な笑みを絶やさない。
相変わらず、嘲弄するかのような口元。
【+ 】『何が可笑しいのです?』
思わず尋ねる機人の言葉。
それを合図に、ミセリは弾けるようにして笑い出した。
ミセ*>∀<)リ「あははは!あははは!あっはっはっはっはっ!」
爆笑。まさに爆笑だった。
自分の置かれた状況が理解出来ないのか?
それとも追い詰められて気が触れたのか?
腹を抱え、身を折り曲げ爆笑するミセリ。
機人はその笑い声に、不快そうに鉄爪を震わす。
【+ 】『何が可笑しいと言うのです?爆笑の演技で余裕があるふりでもしているのですか?だったら止める事です。私の神経を逆撫です……』
- 22: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:22:28.89 ID:dYY49ys8O
- ミセ*゚ー゚)リ「あはは!いやぁ、だから、それが可笑しいんですよ。あなたは全然気付いてない。
自分達が受け継いできた知識が絶対だと信じている。信じて疑わない。そこが可笑しいんですよ」
【+ 】『たった今言ったばかりですよ。そんな三文芝居は私の神経を逆撫で……』
ミセ*゚ー゚)リ「責務の引き継ぎですよ」
笑いを収め、無表情に呟くミセリ。
【+ 】『……?』
機人の身に、緊張の糸が張られる。
ミセ*゚ー゚)リ「あなた方は確かにオリジン様の“力”と“記憶”を分離させ、封印したかも知れない。いいえ、確実に封印した。封印しました」
【+ 】『今更何を……』
ミセ*゚ー゚)リ「まず聞いて下さい。あなた方の封印は完璧だった。“記憶”を奪われた上に邪神への本能的な敵愾心を刷り込まれたオリジン様は、目覚めたら必ずあなた方人類の味方をする。
実によく出来ています。いいえ、よく出来ていました。五千年前の、その封印が施された時点ではね」
【+ 】『何が…言いたい』
朗々と言葉を謳うミセリとは対照的に、機人の口調は今までの紳士然としたものから荒いものになっていた。
- 23: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:23:51.45 ID:dYY49ys8O
- ミセ*゚ー゚)リ「完成された封印。完璧な計画。綻びなど一切見当たらない美しいタペストリー。
繰り返します。あなた方の計画は完璧でした。でも、どんな完璧な計画にも必ず何かしらの盲点があるものです。
皮肉かな、往々にして失敗というものは作者本人にはなかなかどうして見えないものなのです。
灯台下暗し、策士策に溺れる、昔から色んな言い回しがありますが……」
【+ 】『だから何が言いたいと言うのだ!』
機械の声音が荒ぶり、上擦る。
それを。
その瞬間を待っていたように、ミセリの口元が三日月に歪んだ。
ミセ*゚ー゚)リ「あなた方が封印したのはオリジン様ただ一人。
“記憶”である私と、“力”であるハインリッヒは何故か野放しでしたね。どうして私たちも一緒に封印しなかったのですか?」
【+ 】『それは…そんな事、私が知るはずが無いだろう!』
ミセ*゚ー゚)リ「あぁ、そうでしたね、あなたは五千年前の事は文書でしか知らなかったんですね。すいません。では、私が教えてあげましょう。どうして、あなた方の先祖は私とハインリッヒを野放しにしたのか」
- 25: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:24:51.01 ID:dYY49ys8O
- 最早我を忘れたオサムに取って代わるように、ミセリは会話の主導権を握っていた。
ミセ*゚ー゚)リ「実に単純な話しです。あなた方の御先祖様は、裏切りを恐れてたんですよ」
【+ 】『裏切り…だと?貴様、我が誇り高き先祖を侮辱す……』
ミセ#゚ー゚)リ「お黙りなさい!」
意外性。驚愕の感情、その原点はそこにある。
【+ 】『なっ……』
数分前まで、オサムと渡辺の戦いを見て震えていた女が、このような大声で怒鳴るなど、誰に想像出来ただろうか。
唐突な怒鳴り声に、機人は従順なアンドロイドよろしく直立するしか無かった。
ミセ#゚ー゚)リ「あなた方の先祖が誇り高いですって…?笑わせないで下さい。あなた方の先祖は、常に自分達の事しか考えていませんでした。
魔物や邪神の恐怖に怯える民衆などほっぽりだして、自分達が助かる方法ばかり考える貴族の片隅にも置けないような腐れ外道。
救世主と共に戦った勇敢な魔術師だなんて、サーガに謳われていますが勘違いしないで下さい。
オリジン様がおられなかったら、彼らは自分達だけほうほうの体で逃げ延びて、その時に人類は絶滅していたでしょうね」
- 26: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:26:02.52 ID:dYY49ys8O
- 怒り。純粋なる怒り。
ミセリの表情は憤怒に歪んでいた。
【+ 】『……っ!』
その迫力に気圧されたのだろう。
機人は半ば仰け反るような格好で、鉄爪を震わせていた。
ミセ*゚ー゚)リ「…話しを戻しましょう。そんな彼らは、突然現れたオリジン様に対して真っ先にすがりついてこう言いました。
『どうか私たちを助けて下さい。私たちが助かるのならば、他には何も望みません』と」
ミセ*゚ー゚)リ「オリジン様は心の優しい方でした。人類の救済を約束した上に、あろうことか魔術の秘技まで彼らに伝授したのです」
ミセ*゚ー゚)リ「そうして、邪神達を全て封印し終えた後、彼らがオリジン様にした所業!
あなたはよおくご存知でしょう。自らの先祖が犯した罪を知っていて、あなたはその先祖に誇りを持っている。
本当に…やり切れないですよ。あんな腐れ外道に、オリジン様が封印されたなんて考えると」
【+ 】『……くっ』
ミセ*゚ー゚)リ「それでもたった一つ評価するべきなのは、彼らが自分達の弱さを知っていたという事です」
- 27: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:26:57.96 ID:dYY49ys8O
- ミセ*゚ー゚)リ「彼らは邪神を封印し終え、平和になった世界に次にはびこるのが、同族同士の殺し合いだというのが分かっていたのでしょう。
人間は…いえ、全生物は欲望を中心に形成されています。領地が欲しいだとか、金が欲しいだとか、実に下らない理由で争い合うのです。
その殺し合いに、オリジン様の力が使われてはならないようにと、無限の魔力と不死の源である“力”をハインリッヒに、その力の使い方と自らの全ての記憶を私、ミセリとに分けてオリジン様を不完全な、やろうと思えば殺せる状態にして封印した。
そして、私とハインリッヒを解放し、魔術の秘技を僅かな身内にだけわかるよう文書に残し、今に至る……」
今まで振るった弁の熱を冷ますように、ミセリはため息をつく。
二人の背後の炎も、それに従うかのように勢いを弱めつつあった。
ミセ*゚ー゚)リ「……では本題です。何故私を殺せばオリジン様も死ぬのでしょうか?」
【+ 】『……』
ミセ*゚ー゚)リ「野放しになった私たち。自由の身となった私たちが一番最初に考えるのは何でしょうか?」
- 28: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:27:57.25 ID:dYY49ys8O
- 【+ 】『……』
既にオサムは口を挟む事を諦めたのか。
ミセリの喉元に突き立てていた鉄爪も、今はだらりと脇に垂れている。
ミセ*゚ー゚)リ「……ぶー、時間切れです。正解は、互いに合流する事でした」
おどけた調子で語るミセリ。
ミセ*゚ー゚)リ「さてさて、合流したら私達はまず何をするでしょうか?これは三択です」
ミセ*゚ー゚)リ「一、思い出話に花を咲かせる。二、あの娘の笑顔を咲かせる。三、枯れ木に花を咲かせる。さぁて……」
【+ 】『貴、様……』
ミセ*゚ー゚)リ「ぶぅー、外れ。正解は、お互いの負わされた責任を交換する…でしたぁ!あ、これはイジワル問題でしたね。ごめんなさい。
でもね、敷かれたレールの上を走るだけが人生じゃないと思うなぁ、私は」
ミセ*゚ー゚)リ「では、その責任の交換とは一体?これは難しいぞぉ。正解者にはボーナス一億満点!」
【+ 】『私を、愚弄しおっ…』
ミセ*゚ー゚)リ「残念外れ!ハインリッヒは“力”そのもの。無限の魔力と不死の化身。これから推理すると、以下の事が考えられます」
- 30: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:28:56.16 ID:dYY49ys8O
- ミセ*゚ー゚)リ「彼女の魔術を使って私たちの体を構成する魔力━━エーテル原子━━を分解、再構成できるんじゃないか。
そう考えた私たちは、ハインリッヒの体を構成するエーテル原子のうち“不死”を構成するエーテル原子を分解して私の体内で再構成するという試みに出ました。
そうすれば、魔術を行使出来ない私でも、生き残る事が可能になるからです」
【+ 】『そんな事が出来るわけが……』
ミセ*゚ー゚)リ「ところがどっこい!私の構成エーテル原子をいじくる段階で、私たちは凄い事に気付きます」
ミセ*゚ー゚)リ「なんと、私は単なる“記憶”では無かったのです!」
ミセ*゚ー゚)リ「私はオリジン様の“生命の記憶”。オリジン様の“生きた証”。つまりは私が存在する事が、オリジン様がこの世に存在できる理由なのです!」
ミセ*゚ー゚)リ「これなら、いざとなった時……つまり、今みたいな時に自分の命を人質に取れる。それなら、不死の力は私には不要。これが、私の言いたかった事の一つです」
長い、長い、問答の終幕。
その後には沈黙。
二人の間に張られた緊張の糸が、悲鳴を上げているのがよく聞き取れる。
そんな沈黙。
- 31: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:30:33.84 ID:dYY49ys8O
- 二人の背後。先刻までの業火は今や完全にその姿を消し、燻る線香花火の様相を呈していた。
【+ 】『……それで、私に貴様を見逃せというのか?』
思い出したかのように口を開くオサム。
【+ 】『笑止也。貴様がいくら自分の命を人質に取ったところで、私達にはいくらでも手がある。
貴様の身の自由を奪った上で、時が過ぎるまで拘束する事も出来るのだぞ?それは考えなかったのか?』
ミセ*゚ー゚)リ「……」
オサムの言葉が徐々に自信を取り戻す。
そんな中、ミセリはやはり不適な笑みを浮かべていた。
- 32: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:31:30.75 ID:dYY49ys8O
- 【+ 】『さぁ、これで本当に言葉遊びはお開きだ。縁があれば楽園で合間見えよう』
鉄爪を引っ込め、握り拳を作る右手。
振り上がった暴力の塊。
それが振り下ろされる直前。
ミセ*゚ー゚)リ「言い忘れました」
ミセリが口を開いた。
ミセ*゚ー゚)リ「結局、エーテル原子の再構成の時、私が彼女から貰ったものの事なんですが……」
【+ 】『聞く耳持たぬ!』
唸る拳。
閉じられたミセリの両目。
颶風。
ミセ*-Д-)リ「目的、対象の粉砕。前方三十センチ、対象の頭部に限定展開……」
呟き、詠唱。
- 35: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:33:26.24 ID:dYY49ys8O
- 【+ 】『虚仮威しがぁ!今更足掻こうとも無駄…』
迫る拳。
頬をなぶる暴風。
力有る言葉。
その全てが交錯した刹那。
ミセ*゚ー゚)リ「発動」
機人の頭部が、弾けた。
【+ ∵:'・゚『ぐぶぁ!?』
耳障りな破砕音を上げ、華々しく散る鉄の塊。
振るう拳が宙で的を見失い、無様に踊る。
- 36: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:33:54.86 ID:dYY49ys8O
- ミセ*゚ー゚)リ「私が最後に言いたかった事、今言いますね」
ゆっくりと、ゆっくりと、背中から地面へと倒れ込む機人の巨躯。
ミセ*゚ー゚)リ「私がハインリッヒから分けてもらったのは、不死のエーテル原子でも、無限の魔力でも無い」
沈み行く鋼鉄の棺を見下ろしながら、ミセリは言葉を紡ぐ。
ミセ*゚ー゚)リ「……やる時はやる、っていう勇気よ」
地に沈み、けたたましい音を立てる棺。
それを皮切りに、世界に音が戻った。
遠くで響く銃声、そして、絶叫。
進み続ける地獄の演目の中、仮面をはぎ取られたホストは地に這い蹲り、転がるようにしてうつ伏せになった。
【+ #「な、ぜ……そんなハずハ…きサマがマじゅつヲ…つかえルワケが…」
- 39: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:35:41.69 ID:dYY49ys8O
- 下手なラッパの不協和音が如き声音。
その主の元へゆっくりと歩み寄りながら、ミセリは言葉を次ぐ。
ミセ*゚ー゚)リ「えぇ、残念ながら私は魔術は扱えません。今まで話した事は全て嘘です。エーテル原子を再構成するとか、私を殺せばオリジン様も死ぬとか、全部デタラメ。
正直、あなたと話している間、いつバレるかとずっと冷や冷やしていましたよ。
時間を稼げればそれだけで良かったんですが……危なかった。本当に危なかった」
【+ #「ウ、ソ、だト……?ナラバ、なゼ?」
地に伏し、顔は見えないが、機人の顔は苦痛と苦渋に歪んでいる事だろう。
それにトドメを刺すように、ミセリは真実を告げる。
ミセ*゚ー゚)リ「えぇ、でも、本当に間に合って良かった。ねぇ、渡辺さん?」
その言葉。
それと同時、燻る炎の惨めな舌先の下から立ち上がる影。
从'ー'从「本当に危なかったですよぉ。まぁ、間に合ったから良しとしますぅ」
のほほんとして、間の抜けた声。
飄々として、頼りなげな雰囲気。
だが、ただそこに居るだけでも他者を不気味に威圧する魔力を漂わせるその人こそ。
彼女、渡辺だった。
- 40: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:36:53.93 ID:dYY49ys8O
- 【+ #「きサマは!?そんナ……」
从'ー'从「死んだ筈じゃ…ですかぁ?あれれぇ、私ってそんなにやわなイメージありますぅ?
こう見えてぇ、私タフなんですよぉ。流石にあの弾幕のせいでかなりダメージを貰いましたけどぉ、ミセリさんが時間を稼いでくれたおかげでぇ、なんとか治癒が間に合いましたぁ」
【+ #「ツマリ…あのマじゅつは……」
从'ー'从「いかがでしたぁ?ミセリさんが“頭部限定”なんて言うから的を絞るのが大変でしたよぉ」
悔しげに、そして苦しげに唸ると、オサムは沈黙した。
敗北を実感したのか。噛み締めるそれはさぞ苦いことだろう。
从'ー'从「さぁて、それじゃあさっさとトドメの方、さしちゃいましょうかぁ」
そう言って掲げたられた渡辺の右手に冷気が収束する。
それを見て取ったミセリは慌ててオサムの元へ駆け寄り、庇うようにひざまずいた。
ミセ;゚ー゚)リ「待って、渡辺さん!殺さないであげて!」
从'ー'从「……何故、ですかぁ?ここで彼を生かしたところで私達にメリットは有りませんよぉ」
いつものポーカーフェイス。
無慈悲な傀儡の言葉に、ミセリはいやいやをするように首を振る。
- 41: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:37:56.52 ID:dYY49ys8O
- 从'ー'从「……」
ミセ;゚ー゚)リ「お願い、渡辺さん……」
懇願するミセリ。
思案するかのように押し黙る渡辺。
やがて、再び口を開いた渡辺から漏れたのは、溜め息だった。
从'ー'从「……どうして、クー様もあなたも敵に情けをかけますかねぇ。私にはそれがさっぱりわかりません」
ミセ;゚ー゚)リ「理由なんて、無いわ。ただ、死なすことは無いって……メリットとか、デメリットとかじゃないの。命っていうのは……」
尚も抗議し譲らないミセリ。
それを、渡辺の一際大きな溜め息が遮った。
从'ー'从「あぁ、はいはい、わかりましたわかりましたぁ。それ以上言わないで下さい、恥ずかしい」
ミセ*゚ー゚)リ「それじゃあ…!」
从'ー'从「感情論だとかぁ、そういったものは私にはわかりませぇん。感情がありませんからぁ。でもぉ、ここであなたを説得するのに時間を割くのは宜しくありませぇん」
ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ……」
从'ー'从「好きにして下さぁい」
渡辺の三度目の溜め息。
途端、ミセリの顔面に満開の花が咲いた。
ミセ*゚ー゚)リ「有難うございます!」
- 43: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:39:03.47 ID:dYY49ys8O
- 从'ー'从「いえ、感謝されても…私に感情はありませんから……」
そう言う渡辺であったが、彼女が零した溜め息の数が、その言葉を否定してやまないものであろうとは、今の彼女には知る由も無かった。
ミセ*゚ー゚)リ「それじゃあ、直ぐにでも治療しなきゃ……」
オサムの巨躯にかじりつき、仰向けにしようと力を込めるミセリ。
それを遠巻きに、呆れ顔で見守る渡辺。
その光景はコキュートスの中にあって、妙に暖かい温度を持っていた。
【+ #「ナサケなド、フようだ……」
ミセ*゚ー゚)リ「いえ、情けじゃありませんよ。…うんしょ、うんしょ」
【+ #「ナンデモいイ、きサマらにタスけラレルゆえンなどナイ……すグニテヲはなセ」
ミセ*゚ー゚)リ「その意見は却下でーす。……うんしょ、うんしょ…それにしても、重いなぁ…何食べたらこんなに重くなるんです?」
巨大ギアに手をつき、渾身の力で押し転がそうとするミセリ。
それに抗議の声を上げるオサム。
【+ #「イイかラてヲはなセ!」
何故か切迫したように叫ぶオサム。
ミセ*゚ー゚)リ「もうちょっとで……それっ!」
- 44: ◆cnH487U/EY :2008/03/25(火) 21:40:01.73 ID:dYY49ys8O
- しかし、抵抗する術を持たないオサム。その巨躯はあっさりと転がり、今まで地に伏していた顔が天を向く。
途端。
【+ #「みルな!!」
絶叫。
その音量に気圧されたのか、ミセリはオサムの身から後ずさる。
否、ミセリが気圧されたのはオサムの叫びではない。
ミセ;゚ー゚)リ「……っぁ!」
先刻、渡辺の魔術で粉砕された鋼鉄の仮面。
粉々に砕かれた、仮面。
その仮面の下から現れた機人の面。
それは……。
それは……。
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