('A`)はダークヒーローのようです

4: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:32:29.88 ID:7gNC0MaPO
━━落ちる。落ちる。落ちる。

落ちていく。真っ黒に落ちていく。

止まらない。止まらない。どこまでも。いつまでも。

青?青に落ちていく?

蒼。蒼か。蒼に落ちていく。

落ちていく。どこまでも落ちていく。

ああ、蒼に落ちていく。



5: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:33:44.70 ID:7gNC0MaPO
第四十三話 黙示録

━━風が吹いていた。

海の向こうから、風が吹いていた。

('A`)「…………」

風を受けていた。

海の向こうから吹く風を受けていた。

風の入江と名付けたならば、風が吹くのは当然。

別にそれに問題は無い。無いのに、どうしてこんなにも我が胸中は空虚なのか。

('A`)「…………」

言葉は要らない。言葉に用は無い。だから無言だ。

喋る相手がいないなら、言葉は不要だ。

伝達する意志が無ければ、言葉なんかは無用の長物だ。



6: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:35:34.83 ID:7gNC0MaPO
('A`)「」

元よりこの身は戦うだけのもの。

勝利を掴む為のもの。

故に言葉に必要はなく、ただこの手は剣を握る為に有る。

('A`)「    」

だというに、どうしてこんなにも空虚なのか。



7: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:37:10.73 ID:7gNC0MaPO
('A`)「  」

ふと、下生えを掻き分ける音がした。

('A`)「……」

戦か。野兎か。海風か。

その三つ。その三つ以外、ここの所の自分に縁は無い。

戦う。その為にここに居る。戦わないならば意味が無い。

だから、戦う以外に自分に与えられたものは無いし、戦う以外の時間は自分には無い。
例外的に戦いが無い時間は、いつもこうして無為に海風を受けて過ぎていく。
ならば自分に触れられるのは、戦いと、海風と、何も知らぬ野兎だけ。



8: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:37:43.41 ID:7gNC0MaPO
だから、この時彼女がここに現れたのは例外の中の例外であった。

*(‘‘)*「……」

金色の稲穂を、一度だけ見たことが有る。

秋の風に揺れ、さわさわとただあるがままに身を委ねている姿を、一度だけ見たことが有る。

その姿が目の前の少女と重なって、無性に懐かしくなった。

('A`)「……」

だから言葉を紡ごうと思った。

思ったのに口は重く閂を下ろしていて、湧き出る言葉は逃げ場を失い喉元で荒れ狂う。

*(‘‘)*「ここで何してるの?」

だから、少女が先に言葉を発してくれたのが、その時の自分には何よりも救いとなった。



9: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:39:06.17 ID:7gNC0MaPO
('A`)「あ……」

伝えなければならない。

それが義務だとしても。

会話が出来る。ただそれだけの口実を得ることが出来たのが、堪らなく嬉しかった。

('A`)「風を……見ていた」

言ってから、この言葉は真に伝えなければならない事を全て伝えきれていないと思った。

案の定、彼女は不思議な顔で自らを見ている。

('A`)「その……海から吹いてくる風を……」

伝えなければ。焦りに喉が乾く。



10: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:39:41.15 ID:7gNC0MaPO
舌は真意を紡ごうと必死に右往左往するのに、頭はそれに協力しようとしない。
どうしてか。

*(‘‘)*「不思議な人」

少女はくすりと笑い、自分の傍らへと腰を下ろす。

金色の髪がふわりと風になぶられ、夕焼けに染まった波を想起させた。

それでわかった。

自分は別に、言葉の真意を伝えられないのでは無く、ただ、この少女に隣に居て欲しいだけなのだな、と。

だから、わざと真実をぼかして……。

('A`)「……」

不思議な人と、彼女は言った。

本当に自分は不思議だ。

自分でも自分の思考がわからない。



11: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:40:32.55 ID:7gNC0MaPO
悠久の時間を、思考を繰る事に費やしても尚これなのだから、恐らく永遠にこの謎は解けないのだろう。

*(‘‘)*「あなたは、どうして私たちに味方してくれるの?」

ふと、少女がそんな事を口にした。

('A`)「……」

それで、改めて自分の思考を整理する必要に駆られた。

今までは思考の末に導き出した答えなど、放り出したままに捨て置かれていた。

何故って、既に答えの出たパズルに用など無かったから。

伝える相手が居なければ、その答えは自らの中で出しっぱなしにされて捨て置かれていくだけ。



12: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:41:11.22 ID:7gNC0MaPO
('A`)「何故、味方をするか……か」

だから、その答えをどこに捨て置いたかを探してくるのに、少し時間がかかった。

思考の網を辿り、「完成品」と名付けられたガラクタ置き場を睥睨する。

どこだったか。

ああ、あった。これだ。

('A`)「ヒトという存在に興味があったから……だな」

*(‘‘)*「私たちに興味が……うん、妥当な答えね」

その返答に満足そうに頷く少女。

彼女にはその答えだけが重要で、自分がどのような思考の末にこの答えに辿り着いたのかなどどうでも良いのだな、というのがわかって。



13: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:42:32.95 ID:7gNC0MaPO
自分は、少し不満だった。

('A`)「ああ。アレがどうしてお前たちを創造したのか、だとか…お前たちは非造物で有りながらも創造主に……」

だから躍起になって自らの思考過程を口にしようとしたのだが。

少女はずいっと自分の方に身を乗り出し。

*(‘‘)*「私も、あなたに興味があるなぁ」

悪戯を思い付いた悪童のように微笑んだ。

(;'A`)「っ!」

自分の寄り代の心拍数が上がった。

不可解だ。

この体の全機能は既に自分が掌握している。



14: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:43:04.79 ID:7gNC0MaPO
なのにこの動悸は何なのか。自分が知らぬこの体の機能なのか。

*(‘‘)*「ねぇ、あなたはどこから来たの?」

(;'A`)「おい待て。私の話はまだ終わってなど……」

*(‘‘)*「いっいっかっらっ!あなたはどこから来たの?」

困った。言うことを聞かないのは体だけでは無いみたいだ。
厄介なモノに捕まったと諦めるしか無いのか。

('A`)「時の墓標…と我々の間では呼ばれている」

*(‘‘)*「ふーん……。そこって、どんな所なの?」

少女は何も知らない顔で問い掛けて来る。
その姿が、純粋に知識を吸収しようとする幼子のそれに見えて、不思議と悪い気はしなかった。



15: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:43:56.61 ID:7gNC0MaPO
('A`)「……端的に言えば、無」

*(‘‘)*「具体的に言えば?」

('A`)「時の流れ……その全てが行き着く場所」

*(;‘‘)*「……?わけわかんないよ。もっとこう、綺麗だったとか、ごみごみしていたとかさ…そういう…ええと…びょうしゃとかは無いの?」

('A`)「…ふむ、そう言われても仕様がない。元々私という存在に視覚は無い。そればかりか、五感というものもこの肉体を持ってから初めて知ったのだ」

*(;‘‘)*「えぇ!?目が見えなかったの!?」



16: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:44:27.51 ID:7gNC0MaPO
(;'A`)「いや、だから、見えなかったのでは無く、初めから必要が無かったから存在しなかったのであって……」

*(‘‘)*「???……じゃあ、あなたは目も鼻も口も耳も無いヒトだったの?」

むぅー、と難しい顔で唸る少女。

(;'A`)「まぁそんな感じか。とにかく、私は人間というのがどんな生き物なのかを知るために、この体を借りているわけだ」

無理矢理に、自分の意見をねじ込む。

だが、やはり少女は私の意見などはどうでもいいのだろう。

*(‘‘)*「体を借りるって?」

言葉尻をとらえ、興味の有る単語だけを掘り下げに来た。



17: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:45:18.92 ID:7gNC0MaPO
('A`)「私は元々自分の体を持たない思念だけの存在だ。それ故、どんな器にも収まる。この身も元はお前たち人間に敵対する亜人種のモノだ」

亜人種。「マリアの子」と呼ばれる彼等の肉体を寄り代として選んだのには二つ理由が有る。

一つは、この地上において彼等の再生能力が最も戦闘に向いていたのと。

*(‘‘)*「うーん……何だか難しいけどさ」

もう一つ。ヒトとコミュニケーションを取る上で、彼等に近い外見を備えている事が、絶対条件だったからだ。



18: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:45:48.76 ID:7gNC0MaPO
*(‘‘)*「つまる所は、私たちとお喋りがしたかったから、あなたはここに居るって事でしょ」

無邪気に笑う少女。
そのあまりにもあっけらかんとした物言いに、意を唱えようとして。

('A`)「……そうかもしれんな」

私は頷いた。

*(‘‘)*「そうかもしれん…って、素直じゃないなぁ。そんなんじゃ損するよぉ、雄猫さん」

(;'A`)「おすねこ?」

*(‘‘)*「そっ。あなたって、なんかいっつもふらふらしてて、黙ってればどっか知らないところで野垂れ死んでそうだもの」



19: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:47:15.17 ID:7gNC0MaPO
(;'A`)「おい待て、その先入観はいたく心外だ。改めろ」

*(‘‘)*「そうそう、あとその愛想の無いところも猫みたい。だから猫さん」

(;'A`)「む……あいそ?なんだ、それは」

*(‘‘)*「教えなーい」

(;'A`)「おい、気になるだろう。教えろ」

*(‘‘)*「それがあなた流の人にモノを頼む態度?」

(;'A`)「……たい、ど?お前はそうやって私の知らない言葉で私を煙に巻こうと言うのか?」

*(‘‘)*「……」

(;'A`)「な、なんだその目は。文句が有るのか」



20: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:47:47.18 ID:7gNC0MaPO
*(‘‘)*「はぁ、本当にあなたってヒトを知らないのね。呆れた。興味があるんなら、こっちに来る前に予習ぐらいしときなさいよー」

(;'A`)「ぐ、愚弄しおって。私を誰だと思っている!」

*(‘‘)*「無知な猫さん」

(;'A`)「無知だと!?貴様、あまり私を侮辱すると……」

*(‘‘)*「まーたそうやって難しい言葉ばっかり使うー。あのね、あんまり肩肘張ってると疲れるよ?」

('A`)「それなら心配いらん。この肉体は疲労とは無縁の造りをしているようだからな」

*(‘‘)*「……ぷっ」

('A`)「何だ?ヒトとは意味も無く笑みを零すものなのか?」



21: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:48:50.89 ID:7gNC0MaPO
*(‘‘)*「あなたって面白いヒトね。気に入ったわ。明日もここに居るから、気が向いたらさっきの答え、教えてあげる」

Σ('A`)「本当か?」

*(‘‘)*「ふふっ、可愛い。その可愛いさに免じて約束するわ。それじゃあまた明日、この時間にね」



22: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:49:41.21 ID:7gNC0MaPO
そこで、私の初めてのヒトとの会話は終わった。

まるで嵐のようだった一時。

何だかよくは解らないが、気付けば胸の中の空虚さはどこかへ消えていた。



23: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:50:11.88 ID:7gNC0MaPO
━━それからは教えられることばかりだった。

*(‘‘)*「え?今なんて言ったの?」

('A`)「だから、何故ヒトは笑うのだ?」

*(‘‘)*「あはは!そんなの可笑しいからに決まってるよ!」

私はヒトというものを全然理解していなかった。

ただ、寿命を持った二足歩行の動物で、その生涯が無駄だらけのモノであるとしか思っていなかった。

('A`)「おかしい?それは、この前お前が食べていたケーキやミルフィーユといったものの事か?」

*(‘‘)*「あははっ!それは“お菓子”。可笑しいっていうのはぁ……」

だが、この少女と話しているとイヤでもヒトという動物が、それだけではない複雑さを持ったものだと思い知らされる。



25: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:51:55.70 ID:7gNC0MaPO
(;'A`)「むっ、何をす……ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!や、やめ!ひーひー……どわははははは!おい貴様……ふひっ!ふひひひ!止めろというのが…ぎゃは!はははは!わからんか!ぬはははは!なはははは!」

*(‘‘)*「意外……あなたってくすぐり攻撃に耐性が無いのね……」

(#'A`)「貴様、今のは私の神経を殺す為の暗殺拳か何かか?だとしたら恐ろしい……私ともあろうものが、手も足も出なかった……」

*(‘‘)*「違う違う。今のが可笑しいって事。あなたも馬鹿みたいに笑ってたじゃない」

感情というものが、私には理解出来なかった。



27: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:52:52.89 ID:7gNC0MaPO
いや、机上の空論としてそんなものが人間には有るのだと知っていた。

だが、そんなものは人間が自らの唯一性を誇示したいが為に振りかざしている、偶像でしか無いと思っていた。

('A`)「馬鹿…?確かそれは相手を蔑む為の罵倒と呼ばれるカテゴリーに属する単語の筈……貴様、また私をっ!」

*(‘‘)*「もう、またそうやって理屈をごねる!だーかーらー今のは例えだってば。比喩よ」



28: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:53:49.63 ID:7gNC0MaPO
('A`)「比喩、か。ふむ、ならば私の失言だったか。すまない」

*(‘‘)*「……」

('A`)「何だ?」

*(‘‘)*「今時、そういうキャラは流行らないと思う」

('A`)「キャラ……」

感情。それを一口に説明するのは難しい。
この少女と言葉を交わすようになって解ったのはそれぐらいか。

*(‘‘)*「あー、今のは忘れて。また難しい理屈で質問攻めに合うのはイヤだから」

('A`)「……すまない。私が無知なばかりに、教師であるお前に負担をかけてしまう」

*(*‘‘)*「……そういう捨て猫みたいな顔は反則だよねぇ」



29: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:55:28.10 ID:7gNC0MaPO
ただ、それでも言える事が有る。

('A`)「?」

*(;‘‘)*「あーあー違う違う!違うったら!」

('A`)「何が違うのだ?主語が無いぞ?理解不能だ」

*(‘‘)*「…うん、私も意味が分からない」

感情というものがあったと仮定し、それがこの上もなく複雑でよく出来たものだとしても。

('A`)「……」

*(;‘‘)*「……」

それは、それを伝える相手が居なければ意味を成さないという事だ。



30: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:56:52.54 ID:7gNC0MaPO
*(;‘‘)*「ね、ねぇそう言えばまだあなたの名前を聞いて無かったわよね?」

(*'A`)「名前……その単語ならわかるぞ!ヒトが、物事を語る時に便宜上必要になってくるものだな!」

*(‘‘)*「良くできました……。でもね、今私が聞いてるのはその意味じゃなくてあなたの名前よ」

('A`)「むっ、私の名前か。……そういえば、考えた事も無かったな」

*(;‘‘)*「は?」

('A`)「いや、今まで私は他者とコミュニケーションを取る機会が無かった。だからそのようなものが必要になった試しは無い」

*(;‘‘)*「あ、そうか……」



31: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:57:29.30 ID:7gNC0MaPO
少女はまた「むぅー」と唸りながら顔をしかめる。

私が彼女を困らせるような事を言うと、彼女は決まってこんな顔をする。

それを見るのは、悪い気がしない。

ヒトの言葉で言えば、「楽しい」の部類に入るだろう。

*(‘‘)*「うーん……よし、それなら私があなたに名前を付けてあげましょう!」

腰に手を当て、彼女は自信満々に顎を引く。
妙案を思い付いたのだろうが、どうも不安だ。



33: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:58:29.98 ID:7gNC0MaPO
('A`)「お前が……私に名前を付ける?」

*(‘‘)*「その通り!えーとねー…えーとねー……」

('A`)「……」

*(‘‘)*「ドクオ!」

その響きは、私の不安が的中したと言ってもいいくらいに私の自尊心をぐちゃぐちゃに引き裂いた。

(#'A`)「おい、なんだ毒とは。私の事がそんなに気に食わんのか!?ならせめてトリカブトにしろ!」

*(;‘‘)*「う、うるさいなぁ、別に他意は無いよ!ただ私の飼ってる猫ちゃんと同じ名前をつけたげただけよ!」



34: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 21:59:01.12 ID:7gNC0MaPO
猫。その単語が、決定的に私の誇りを汚した。

(;'A`)「猫!?き、貴様は言うに事欠いてまた私を猫呼ばわりしおって!何たる屈辱!」

*(;‘‘)*「むぅー……」

(;'A`)「それにだ、名前が重複するのはお前にとってもややこしいであろうが。そんな面倒事を増やして何か益になるとでも……解せぬ。解せぬぞ。貴様の思考回路が不可解だ……」

*(;‘‘)*「うぅ……」

(#'A`)「だ、い、た、い、だ。私はお前に名前を付けてもらう事を容認した覚えは無いぞ。私は私だ。そのような下らない名前を付けられるぐらいならばいっそ……」



35: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:00:07.46 ID:7gNC0MaPO
*(#‘‘)*「五月蝿い煩いうるさぁぁあい!」

(;'A`)「のわっ!」

*(#‘‘)*「人の折角の好意をあなた何だと思ってるの!?私はねぇ、別にあなたに名前が無くたって困りませんよーだ。ただ、あなたが名前無いって言った時寂しそーな顔してたから、ついつい母性本能を擽られちゃっただけー!」

(;'A`)「あっ……その」

*(#‘‘)*「いいもんっ!そんなに私が考えた名前が気に食わないなら結構!あなたは向こう五千年間私の猫ちゃんを侮辱した罪で猫じゃらしを見ると飛びつかずにはいられない呪いに苦しむんだからっ!」



36: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:00:47.20 ID:7gNC0MaPO
(;'A`)「あっ……えぇと……」

*(#‘‘)*「そうよ猫ちゃんよ!あなたは私のドッくんをも馬鹿にしたのよ!ムキー!許せない!もう許さない!」

(;'A`)「あうあう……」

ただ、ただ、その迫力に圧倒された。

烈火の如く怒りをぶちまける彼女は、あまりにも激しい。

その勢いを止めるには、私が知りうる限りでの最終兵器を行使する他は無いと悟った。



38: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:01:35.39 ID:7gNC0MaPO
(;'A`)「その……本当に、申し訳無かった。反省している。まさか、君にとって“ドクオ”という単語がそれ程までに大切なモノであるとは思いもしなかったのだ。無知故の失言を、どうか許して欲しい」

そう言い、平身低頭で額を地にこすりつける。

彼女から聞いた、この世の罪を自らの誇りと引き換えに一瞬で償う手段、“土下座”だ。

*(;‘‘)*「うっ……」

それが功を成したのか。

怒れる金色夜叉はピタリと止まり、降りしきる火の雨に似た罵詈雑言も止んだ。

*(;‘‘)*「は、反省しているなら良いけどさぁ……」

('A`)「けれど?」



39: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:02:36.34 ID:7gNC0MaPO
*(;‘‘)*「そ、その…勘違いはしないでよね」

('A`)「勘違い?」

*(;‘‘)*「だーかーらー、あなた、私がドッくんの事大事だって言ったじゃない?」

('A`)「むっ、違うのか?」

*(#‘‘)*「違わない!違わないけど……」

('A`)「けれど?」

*(;‘‘)*「別に、ドクオってあなたに付けようと思ったのには、理由なんか無いからね」

('A`)「……うむ、よくわからん。よくわからんが……」

*(;‘‘)*「……なに?」

('A`)「今時そういうキャラは流行らないと思うぞ」



40: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:03:31.59 ID:7gNC0MaPO
*(#‘‘)*「死ね!」

ごっ、と鈍い衝撃が私の後頭部を直撃した。

(;'A`)「ぐぁっ!?」

*(#‘‘)*「随分と知恵を付けたじゃない、あなた」

(;'A`)「いや、その…私自身先の言葉の意味は解らない。ただ……」

*(#‘‘)*「ただ?」

(*'A`)「真似て、みたかっただけだ」

*(‘‘)*「……」

('A`)「どうした?」

*(*‘‘)*「……そういう顔が反則だっていうのよ」

('A`)「?ここはルールの多い世界だな」

*(;‘‘)*「……にしても、妙に的確な突っ込みだったわね」

('A`)「?」

*(;‘‘)*「うわああ、独り言だから気にしないよーに」



41: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:04:03.92 ID:7gNC0MaPO
('A`)「うむ、承知した。しかし、私の名前はいいとして……」

*(‘‘)*「?」

('A`)「お前の名前を私は知らぬぞ」

妙な問答に気を取られていて忘れるところだった。

私はまだこの少女の名を知らない。

それで困ることは無いだろうが、彼女の言う「ヒトの世の常識」に反するならば、聞かねばなるまい。

*(‘‘)*「ああ、そういえばそだね」

('A`)「うむ」

少女は立ち上がり、私に背を向けると。



42: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:05:03.24 ID:7gNC0MaPO



*(‘‘)*「ヘリカル。それが私の名前よ!」



あの、最初に会った時見せた悪戯っぽい笑顔で、私に振り返った。



43: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:06:01.20 ID:7gNC0MaPO
━━気付けば、私の日常にもう一つの事象が加わった。

戦い。海風。野兎。ヘリカルという少女。

以前は三つだったのが、四つに増えた。

ただそれだけの事なのに、私という存在は以前とは大きく違うモノに変わっていた。

何が変わったのかなど、自分では上手く説明出来ないしする気も無い。

だが明らかに私の「救世主」としての在り方は変わっていたし、「人類を邪神の手から守る」その意味も、異なるものとなっていた。

*(‘‘)*「ねぇ、ドクオ」

夕日が差し込むいつもの入江で、私は今日も彼女と二人、語らう。



44: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:06:42.36 ID:7gNC0MaPO
初めの頃は拙い知識を補う授業のようなものだったそれも、今では一人のヒト同士の会話としてきちんと成立している。

('A`)「何だ?」

*(‘‘)*「あなたがこうやって他人の体を借りたのは、今回が初めてなの?」

ヘリカルは、彼女には相応しく無い感情を殺した顔で問うてきた。

('A`)「……ああ、初めてだな」

他愛の無い日常の些末事。そんな話でさえ彼女は些細な拍子に笑顔を見せる。



45: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:07:56.74 ID:7gNC0MaPO
だからその質問の真意が図れず、私の胸は戸惑った。

*(‘‘)*「……ふーん。本当に?」

('A`)「嘘を言って何になる。本当だ」

*(‘‘)*「そっか……」

遠い目。とはよく言ったものだ。

海の向こうでも見るような。そんな、心ここに有らずな目。

('A`)「……」

それが私を、堪らなく居たたまれない気分にさせる。

いつも、下らない話をしてきた。

いつも、下らない話で笑ってきた。

だから、今日も下らない話で笑っているものだと思った。

なのに、この沈黙。明らかにいつもと違う事の違和感。



46: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:08:45.56 ID:7gNC0MaPO
それが、好ましいものではなくて。

*(‘‘)*「……なら、良かった」

だから、彼女が振り返って。

あの、いつもと変わらない悪戯っぽい笑顔を見せた時。

('A`)「……」

私は、柄にもなく……とても安心した。

*(‘‘)*「ねぇ、他人の体の中に入るってどんな感じ?」

いつもと変わらない、好奇心丸出しの瞳も。

いつもと変わらない、夕焼け色の頬も。

だから、私を安心させる。



47: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:09:35.42 ID:7gNC0MaPO
('A`)「……どんな感じ…と言われてもだな」

*(‘‘)*「?」

('A`)「私は根本がお前たちと違う存在だ。体を得た時は新鮮な感覚だったが……お前が聞きたいのは、そういう事では無いのだろう?」

*(‘‘)*「ん。私はさ、この体でずっと生きて来たから。他人の体で生きるってのは、どんな感じなのかなぁって思って」

彼女が言いたい事は、なんとなく分かる。

つまりは、自分のものでは無い他者の体。それを奪い生きるのに、興味が有ると。



48: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:10:12.69 ID:7gNC0MaPO
*(‘‘)*「誰でもいい。一日でいいから、私じゃない他の誰かになってみたいな」

背伸びをし、体を解すよう左右に揺らす。

その様子が、確証は無いが何か、しがらみから逃れたいところから来ているように見えた。

('A`)「……なら、一度だけ試してみるか?」

気付けば、私はとんでもない事を言っていた。

*(‘‘)*「え?」

彼女は、驚きを隠せない顔。

('A`)「そういう魔術が有る。力の貸与と言ってな。一度だけ、お前の精神を私と同じような寄生体に出来る」

滅茶苦茶な事を言っているように聞こえただろう。



49: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:11:11.01 ID:7gNC0MaPO
実際、私自身も滅茶苦茶な事だと思う。

被造物の本質は、不変だ。それを魔術だろうか何であろうが、変える事は極端に難しい。

本質を変えずに強化する事ならばいざ知らず、それを根底から作り替えるというのは摂理に反する事。

故に不可能。

だがそれでは面白みが無いだろう。

そう言って、この物理世界を作った気紛れ家は、大きな制約を設ける事でこの魔術の存在を許容した。

*(‘‘)*「そんな事…出来るの?」



50: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:11:44.68 ID:7gNC0MaPO
彼女は半信半疑だ。今まで人類の救世主として、様々な彼らにとっての奇跡を行ってきた私にしては些か心外だ。

('A`)「ああ。ちょっと手を貸せ」

半ば意地になり、彼女の右手を握る。

どうでもいいが、柔らかい。

*(*‘‘)*「あの……」

彼女は突然の事に驚いている。心なしか頬が赤い。

意識を集中し、内的深層に有る星幽体を呼ぶ。

('A`)「……」

力の貸与。深層の緑の沼から、必要なだけの力を掬い外層へと帰還。握った右手から、彼女へと流し込む。



52: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:13:47.29 ID:7gNC0MaPO
*(‘‘)*「……あ」

どくん、と彼女の右手は脈打った事だろう。

体内に異物が混ざったのだ。ただでは済まされない。

だからただで済むように、流し込んだのは私の力のほんの一握り。

一度だけ、他者の体を奪う事が出来る。たったそれだけの分。

('A`)「これで、一度だけだがお前の望みは叶う。ヒトだろうが犬だろうが、好きな動物の意識を奪って生きる事が出来る」

*(‘‘)*「ほぇ……」

('A`)「だが気を付けろ。一度だけ、というのはつまりは片道切符という事だ。
一度他者の体に意識を移したならば、もう今のお前の体には戻ってこられ無い。その体が大切なら、力を使う時は良く考えて使うんだな」



53: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:14:18.38 ID:7gNC0MaPO
*(*‘‘)*「……」

私の説明を、どこか上の空で聞く彼女。

('A`)「おい、聞いてるのか?」

*(‘‘)*「あ、うん聞いてた聞いてた。大丈夫だよ、大丈夫」

('A`)「本当か?」

*(*‘‘)*「うん。だって、しばらくはそんな力なんて使うつもり無いもの」

私は赤面した。

何故って、唐突に彼女が私の腕を握ったから。

いや、そんな下らない事でいつもの私が赤面する筈など無い。



54: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:15:32.69 ID:7gNC0MaPO
事実、「赤面」という単語も「恥ずかしい」という感情も最近になって知ったのだから。

理由は、別のところ。

*(*‘‘)*「……」

実際は、唇に触れられた。

(;'A`)「……」

この感触が。

*(*‘‘)*「……」

私を困惑させ、赤面させ、叩きのめしていた。

(*'A`)「……これは」

何のつもりだ、などと言ってしらばっくれる事は出来ない。

以前に口付けの意味は彼女から聞いていたし、何より私自身人間はそういう妙な事をしたがる生き物だと知っていた。

*(*‘‘)*「……御礼」

ぽつり。主語の無い言葉。

(;'A`)「あ、……と……」



55: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:16:12.64 ID:7gNC0MaPO
何を言えばいいのか。どうしたらいいのかわからない。わからない。わからない。どう対処すればいい。何だ、この空気は。マニュアルは何処に有る。教えてくれ私はどうしたらいい。

*(*‘‘)*「……だから、さっきの御礼。ただ、それだけ。……多分」

多分?それはどういう……。

(;'A`)「……助けてくれ」



その日、私は初めて救いを求める側に回った。



57: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:18:21.44 ID:7gNC0MaPO
━━戦いは日に日にその数を増やしていった。

夜の帳と共に邪神を討ち滅ぼし、朝焼けが上がり切らぬ内にまた一柱をほふる。

地が抉れ、海は涸れ、空は黄昏を写す。人々は日に日にその命を散らせ、神もまたそれに比例するように地の底へと追いやられ。

一進一退の攻防。削り合い。先にどちらが絶滅するか。双方、戦況は泥沼であった。

川 ゚ -゚)「……昨日、オオカミの砦が陥落したそうだ。いよいよ奴らも本気になって来たというわけか」

私自らがクーと名付けた戦友が、ぽつりと呟いた。



58: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:19:00.36 ID:7gNC0MaPO
黄昏に染まる風の入江。

私達は、戦いへ向けて沈み行こうとする夕日を見据えながら剣の柄を握る。

初めてヘリカルと唇を重ね合わせた日から、随分と時間は流れていた。

その合間に世界は刻々と姿を変え、私を取り巻く情勢は完全に変わってしまった。

隣に佇む彼女もまた、その一つだ。

('A`)「……」

どうして私が人間に肩入れするのか。そんな疑問を胸に抱き、彼女はこの地に降り立ったという。



59: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:20:28.62 ID:7gNC0MaPO
それは無駄な事では無いのか。そう言い、初めの内は遠目から私達の行いを傍観していた彼女。

だが、今こうして彼女が私の隣で剣を握っているのならば、説明はもう不要なのだろう。

彼女もまた、志を同じくする同志。

それ以上でも以下でも無い。それでいいと思った。

川 ゚ -゚)「……なぁ、オリジン」

オリジン。

彼女はそんな名前で私を呼ぶ。

“起源”という意味合いだと言う。

何故かと問えば、ただ「不便だから」と答えた。



60: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:21:14.01 ID:7gNC0MaPO
「ではお前の事は何と呼べばいい?」

「オリジン」

「それでは私と重複しているぞ」

「違いない。オリジンとは、我々超越者を呼ぶ時にヒトが使う名だ」

いつだったか、彼女とそのような言葉を交わした。

名前など不要。そう頑なに言い張る彼女に、かつての自分を重ねたのだろう。

私は、「クー」という名を彼女に与えていた。

('A`)「呼ぶならドクオと呼べ」

私はオリジンという響きを好きになれない。

オリジンとは固有名詞に非ず。代名詞は、「名前」では無いから。



61: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:22:27.62 ID:7gNC0MaPO
川 ゚ -゚)「……近い内、生き残りの邪神達が総力を挙げてここに攻めてくるだろう。その時までに、アレを封印しておかなければ……結果がどうなるか、君なら分かるだろう」

彼女は問い掛ける。否、私を追い立てる。

その言葉の意味は、私が一番に分かっていて。

川 ゚ -゚)「“約束の時”が来れば、アレは最早私達では手に負えなくなる。その時までに決着をつけなければ……」

('A`)「分かっているさ」

川 ゚ -゚)「それなら今からでも……」

('A`)「……」



62: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:22:59.25 ID:7gNC0MaPO
川 ゚ -゚)「…君が躊躇う気持ちも分かる。戦いが済めば私達は用済み……いや、彼らにとっての次なる脅威となるからな。裏切られるのは確実だろう」

一番に考えたくない事だった。

(;'A`)「……っ」

邪神との戦いを繰り返しその数が減るに従って、ヒトの態度も移り変わって来ていた。

初めは人類最後の救世主としてこの王国に迎え入れられた私だったが、最近では畏怖の眼差しを向けられ、陰では着々と私を封印する計画というものが進んでいるらしい。



63: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:24:07.35 ID:7gNC0MaPO
川 ゚ -゚)「……でも、何を憂う事が有る。こうなるだろう事は、初めから予測出来ていた事だろう?だから私も、いざという時の為に王国からの逃走経路を用意した」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「それもこれも、君が人類を傷つけたくないと言ったからだ。それを今更何を迷う。こんなところで迷っていたら、君の大切な人類は傷付くどころか絶滅してしまうぞ?」

(;'A`)「分かっている!ただ……」

川 ゚ -゚)「ただ?」

('A`)「私はヘリカルを……信じたいんだ」



64: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:24:40.29 ID:7gNC0MaPO
ヘリカル。口に出して、随分と懐かしい響きだなと思った。

あの日以来、彼女とは会っていない。

激化する戦いに、そのような暇は許されなかった。

そう、割り切って戦ってきた。

だが、そんなのはこの間訪れた宮廷で私のでっち上げた逃避先でしか無いことを思い知らされた。

謁見の間。国王の玉座の隣。

そこに腰掛けた“彼女”の姿が、どんな言葉よりも雄弁に事実を語っていた。



66: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:26:12.41 ID:7gNC0MaPO
『腐敗の王、ベルゲルドを封印してきたそうじゃな。あれは数ある邪神の中でも屈指の強さを持つとか。良くやってくれた、救世主殿』

あの日以来、会う事の無かった少女。

宮廷魔術師達が企てているらしい、我々への謀反。

なる程、つまりはそういう事かと思った。

なんだ、最初からそういうつもりで。

自分は馬鹿なものだと、思った。

悠久の歳月を思考に費やし、この程度の奸計を察知出来なかった。



その上、まだヘリカルを信じている。



なんと、自分の愚かな事か。

('A`)「私は……彼女を……」

信じている。



67: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:26:51.03 ID:7gNC0MaPO
川 ゚ -゚)「それならば尚更だ。何を迷う理由が有る」

そうだ。信じているのならば、何を迷うのか。

いや、分かっている。本当のところは……ただ聞きたいのだ。

真実を。ヘリカルの口から。もう一度彼女に会って、彼女の口から真実を聞きたい。

それがどんなものであれ、ただ、もう一度、彼女と。

('A`)「もう一晩だけ、猶予をくれ」

川 ゚ -゚)「……」

クーは何も言わずに、私へ背を向けた。



68: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:27:40.00 ID:7gNC0MaPO



“誰でもいい。一日でいいから、私じゃない他の誰かになってみたいな”



どうか、その言葉が。

その言葉だけは、真実であるよう。



69: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:29:20.70 ID:7gNC0MaPO
━━静かな夜だった。

耳をすませば、人々の安らかな寝息が聞こえてきそうな程、静かな夜だった。

('A`)「……」

彼等の眠りを妨げるモノは、もうこの地上には居ない。

大いなる母は私が地の底へ送り返した。

今日限りで人類の危機は終息し、明日からは復興の日々が始まる。

やっと、人類は大手を振って地を歩めるのだ。

('A`)「……」

だが、私の胸は晴れない。

私の胸は落ち着かない。

不安、と言えばいいのだろうか。

入江の草原に立ち尽くし、私は来る筈も無い待ち人を待つ。



70: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:29:58.70 ID:7gNC0MaPO
('A`)「ヘリカル……」

呟いても、虚しいだけ。

そんな事は分かっているのに。

自分でも、こんな未練がましい姿は見苦しいと思う。

世界は変わった。何もかも全てが、変わった。

朝焼けの意味も、小鳥の囀りも、夕焼けの意味も。

全てが私の知らないものになってしまった、そんな中。

ただ一つ。

彼女にはあの日以来会っていない。

その事実だけが、変わらない。



71: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:31:08.14 ID:7gNC0MaPO
語弊は多少有る。

全ての事を成し遂げ、戦が終結した後の謁見の間で、私は一度だけ彼女と対面した。

だが、その時に私が対面したものを果たして“彼女”だと言い切る事が出きるだろうか。

私は、認めない。

あれが、ヘリカルだなどとは認めない。

『遂に邪神を全て駆逐したか。良くやってくれた。本当に良くやってくれた』

ヘリカルは、彼女は、あんな難しい言葉を口にしない。

『そなたの働きで世は大安じゃ。民に代わって、わらわから謝辞を述べよう。感謝している』

ヘリカルは、そんな中身の無い言葉なんか口にしない。

『感謝するぞ、救世主殿』

(#'A`)「あいつはそんな風に私を呼ばない!」



72: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:31:41.56 ID:7gNC0MaPO



「じゃあ、どんな風に呼ぶの?」



下生えが、揺れた。

('A`)「え?」

心が、揺れた。

*( ^^)*「今晩は、雄猫さん」



金色の稲穂が、揺れた。



73: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:32:55.53 ID:7gNC0MaPO
━━“話が有るの”

彼女はそう言って、私の手を取った。

“今まで会えなくてごめんなさい”

宮廷の門を潜りながら、彼女は目を伏せた。

“あんな風に、一方的に唇を奪っておいて、私ったらあなたと顔を合わせるのが恥ずかしくて……”

石畳を歩きながら、彼女は月を見上げた。

“…うん、別に約束していた訳じゃないけど……やっぱり、あなたを不安にさせちゃったかなって”

視線を戻し、彼女は前を見た。

“…強がらなくていいよ。ごめんなさい。私が卑怯だったのは、事実だもの”

地下への階段を下りながら、彼女は呟いた。

“だから、今日は正々堂々とあなたと向かい合うの”



74: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:33:31.68 ID:7gNC0MaPO



('A`)「……それで、これがお前の言う正々堂々と言うわけか」



永遠に続くかと思われた螺旋階段。地下への降下。

その終着点に広がるは、大海と見紛うばかりの地底湖。

そして、五人の魔術師達。

*(‘‘)*「……」

ヘリカルは、語らない。

言葉など要らない。

そこに有るのは紛れも無い事実。

誰が、どう見ても、間違いようの、無い。

ヘリカルが、私を裏切ったという、事実。



76: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:35:17.72 ID:7gNC0MaPO
魔術師達が、ゆっくりと腕を構える。

*(‘‘)*「もういかなきゃ」

今まで繋いで来た手を緩め、彼女は呟く。

('A`)「そうか」

ゆっくりと、ゆっくりと、ほどけていく指と指。

*(‘‘)*「ごめんなさい」

小指が離れ、薬指が離れ。

('A`)「何故謝る」

中指が離れ、親指が離れ。

*(‘‘)*「あなたを今まで騙していたの」

人差し指だけで繋がった、私達。



77: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:36:25.12 ID:7gNC0MaPO
('A`)「そうか」

*(‘‘)*「怒らないの?」

('A`)「何故」

機械的な問答は、抑える為。

*(‘‘)*「私は自分に腹を立てているわ」

('A`)「可笑しな奴だ」

*(‘‘)*「私が憎くないの?」

油断すれば決壊しそうな心のダムを、抑える為。

('A`)「どうでもいい」

*(‘‘)*「そう」

*(‘‘)*「私は……」

次に何を言うつもりか。予想は出来ない。だから、その前に。



78: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:38:24.87 ID:7gNC0MaPO
('A`)「……待て」

*(‘‘)*「…?」

('A`)「何も、言うな」

彼女が何を言うにしろ、それを聞いたら自分はもう立っていられなくなる。

自分に、彼女の言葉を最後まで聞く勇気なんて無い。

だから。



79: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:39:43.42 ID:7gNC0MaPO
('A`)「もう、行け」

残っていた人差し指を離し。

('A`)「お前を、愛している」

走り出す。

*(‘‘)*「えっ?」

目指すは湖の中央、魔術師達が待ち受ける、終局の場所。

*(;‘‘)*「待って!」

待たない。誰も、待たない。

「お願い!離して!」

後ろは、もう見えない。だから、彼女がどんな顔をしているのかもわからない。
多分、私を追おうとして魔術師に止められたのだろう。

成る程。そういう事なら返事を聞かなくて良かった。

「ドクオ!ドクオ!」



80: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:40:26.54 ID:7gNC0MaPO
これからの事を考えると、手は使えない。
だから、耳を塞ぐ代わりに意識を耳から遠ざける。

('A`)「……さて、ここに揃ってる奴らはいつだったか私が魔術を教えてやった奴らで間違いないな?」

後ろの声を聞かないように、目前の魔術師達を見据える。

('A`)「どいつもこいつも、揃いも揃って腑抜け面してやがるが……そんな事で、本当に“オレ”を封印するつもりか?」

決別する為に、嘲笑う。

「ドクオ、お願い!聞いて!私は!」



81: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:41:38.20 ID:7gNC0MaPO
('A`)「……さて、それじゃあお前達がオレの教えた魔術をどこまでモノにできたか。見せて貰おうか」

決裂する為に、口元を歪める。

それが合図。

「ドクオ!ねぇ!」

(#゜ゞ゚)「うぉぉぉお!」

響く雄叫び、飛び出す一人の魔術師。放つは未完の呪い。

('A`)「束縛の魔術のつもりか。間抜け、それはこうやるんだよ」

相手と同じ術を紡ぐ。イニシアチブを取られて尚、私の方が早い。

(;゜ゞ゚)「っあ!?」

貫く閃光、弾ける肉片。呪いの毒牙が勇者を蝕む。



83: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:42:51.49 ID:7gNC0MaPO
(;゜ゞ゚)「ぁんぎゃああぁあぁあぃぃあ!?」

('A`)「その呪いは未来永劫お前の身を苦しめる。子々孫々の代まで、ずっと。永遠に。……絶望しろ。それがオレを慰める」

魂消る絶叫。絶望の音色。
その叫びに感化されてか。
残りの魔術師が我先にと私目掛けて踊り来る。

「貴様ぁ!よくもソドムを!」

四方八方縦横無尽。飛び交う魔術はどれも未完。

('A`)「甚だ退屈な奴らだ」

故に私に届く道理は無く。

だから私は、その場に立ち尽くす。



84: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:44:50.16 ID:7gNC0MaPO
('A`)「八つ当たりは、終わりだ」

もとより抵抗する気は無い。

先のはただ、黙ってやられるのが癪に触っただけ。

私の役目は終わった。

「ドクオ!私は!」

全てはシナリオ通り。

('A`)「……残るは憎まれ役の幕引きだけだ」

だから、もう……。



85: ◆cnH487U/EY :2008/08/05(火) 22:45:38.24 ID:7gNC0MaPO
*( ; ;)*「私も愛してる!」



(;'A`)「……なっ!」

ホワイトアウト。

封印の、完成。

計画通りの即興シナリオは。

即興に相応しく、最後の最後で、思わぬ失敗で、幕を閉じた。



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