( ^ω^)は綺麗な街に住んでいるようです
- 3: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:04:09.73 ID:hMJXek430
- 第26話
あまりにも静寂としているヴィップの道を進むのは、
気持ちのよいものではなかった。
駆けているうちに自然と目に入る光景には考えさせるものがあった。
電柱に貼られている張り紙も、跡を残さず剥がされていた。
地面にゴミが落ちていないなど、当然だった。
歩道橋のレンガも若干修復されている気がする。
常緑樹はまるでニスを塗ったかのように、不気味な生命力を見せ付けている。
昨日より相当綺麗になっていた。
それは死に化粧のように思えてならない。
- 4: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:06:03.34 ID:hMJXek430
- ( ^ω^)「ん……?」
歩道橋の階段に崩れるようにして倒れている男性を発見した。
より一層足を速めて、その人物に近づいて様子を見る。
(-@∀@)
(;^ω^)「…………」
死んでいるわけではなかったが、やはり意識は無かった。
まるで人形のように階段に倒れているこの男性は、身なりから察するにサラリーマンのようだ。
酒の匂いは全くしないため、酩酊状態というわけではないらしい。
目は完全に閉じきっている。寝息も合わせると熟睡中みたいだ。
だが、男の額には尋常でない量の汗が吹き出ていた。
身体の末端部分、特に指先には絶え間ない痙攣が顕著に現れている。
(;^ω^)「これは……」
"睡眠ガス"の副作用かもしれない。
カウントダウンに使用するのなら、まず強力なものを選ぶだろう。
その際に副作用の強弱を奴らが問うとは、とても考えられることではなかった。
- 7: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:10:31.81 ID:hMJXek430
- しかし……睡眠ガスの他に可能性はあった。
あの"綺麗好き"の町長ならまず、考えそうなものだ。
腰を下ろしてバッグを漁り、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出す。
それのキャップを開けると、中に入っていた水を宙に向けて撒いてみる。
始めは透明だった水も、ばらけて弧を描いて地に落ちる頃には
僅かながら白っぽく変色していた。やがて時間が経つと
その水の色も変化が薄れていき、始めの無色透明へと戻っていった。
(;^ω^)「……やっぱり……」
今の現象からいって、何らかの薬剤が散布されているのは確定した。
ただ、それが具体的にどういったものなのかは、当然ながら判別はつかない。
カウントダウンの利に適うものから、おそらくこれではないのか、
と推測するのみだ。
- 10: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:13:08.75 ID:hMJXek430
- この水の色の変化は睡眠ガスの効果の1つの表れかもしれないが、
しかしまた色が元に戻ったところを見ると、
町長にとっての利と合致する部分から、僕の推察したものも撒かれていると
考えてよいのかもしれない。
僕は一旦考えをとめて、ゴミ箱の方へ目をやった。
目を引くのはゴミの投入口が閉ざされているところだった。
シャッターを完全に下ろしていた。
もはやゴミ箱としての仕事をすることは今後ないだろう。
(;^ω^)「……もう、時間はないお……」
口に出した瞬間、突如激しい後悔に襲われた。
何故、何も考えずに町長の屋敷を飛び出し
仮死のヴィップを奔走したのか、と。
- 11: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:16:15.53 ID:hMJXek430
- あいつに何か、解決策でも聞けばよかった……でも、どうやって?
モララーは僕が何をしようと、カウントダウンを完璧に遂行するつもりだというのに。
だからって。
ここに来た意味はあるのだろうか……?
僕に出来ることはあるのだろうか……?
戻ればいいのかもしれない。
でも、それでどうすればいいんだ。
ここに来たことが正解なのかもしれないというのに……。
一体どの行動が最善策なのか、まるで分からない。
「最善策などはない」……とだけは、考えたくはなかった。
袋小路では決してない、諦めてはいけない。
そうだ、諦めて何もかもが無くなるなど嫌だ。
絶対に、それだけはしたくなかった。
( ^ω^)「ん……!?」
アテなど無かったのだが、たった1つだけ、思い浮かぶものがあった。
町長が異常に愛している、あの女神像だ。
- 12: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:20:15.10 ID:hMJXek430
- ここから女神像公園は近くはなかったが、
それでも行くしかなかった。
周りに自転車など、移動に使えるものはない。
自分の足で進もうと決めると、
歩道橋を渡り始めた。
カンカンと鉄を軽く叩く、僕の足音が静寂のヴィップに浸透していった。
それの影に隠れるようにして、「ゴゴゴゴゴ……」という、地響きのような音も。
(;^ω^)「……時間はないお……」
その音に急かされるように
僕は足を速めて、女神像公園の方へ一心不乱に向かっていった。
恐ろしいほどに閑々しい綺麗な街の中を。
- 13: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:23:43.11 ID:hMJXek430
人間味のない街だ、といつも思っていた。
息苦しく、枠にはめられた街だ、とも。
だけど、それが今では……
( ω )「街ですらない……」
どんなに息苦しくとも、ヴィップは街であり、故郷だった。
暮らすことは出来た。……でも。
夜が明ける頃には、ヴィップは街ですらなくなり、
町長の考えた"美"に囚われて、死んでしまうのだ。
- 15: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:27:19.81 ID:hMJXek430
- (;^ω^)「ふぅ……ふぅ……」
かなりの距離を走った。
疲労感は不思議と無かったが、息はあがっている。
長距離ランニングはあまり得意ではないのに、ここまで進むことが出来たのは
火事場の馬鹿力のお陰だろうか。
心身共に、異常事態に対応しているようだ。
時間だけは大分消費してしまったが、僕はようやく辿り着いた。
(;^ω^)「……女神像、公園……」
見慣れたこの公園ですら、まるで風化したような違和感があった。
グルリと取り囲む重厚なゴミ箱には
ただならぬ雰囲気を感じ取ってしまう。
入り口に足を踏み入れる。
ジャリっとした小石の感触が靴底から伝わってくる。
その小石もまた、一層綺麗に敷き詰められている。
静かに、だが確かに歩いていく。
女神像公園は僕を除いて誰も居なかった。一度見回してから、
静かに水を噴いている女神像を眺めた。
- 19: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:30:19.12 ID:hMJXek430
- 噴水の中心に鎮座している女神像は、この街の明日など
関係なく美しさを保ち続けていた。
シンとした空気の中、絶え間なく続いている流水の音が
不気味でしょうがなかった。耳にこびりついてくる。
その噴水に、近づいていった。
足元の砂のざらつく音もまた、耳から離れない。
噴水の円縁に手を置く、大理石のヒヤリとした冷たさが
火照った手のひらによく馴染んだ。
この女神像に、何か秘密があるのだろうか……
と考えた瞬間、
後ろの気配に気づきサっと振り返った。
「……あまり触れないでくれるかなぁ……」
抑揚のない声だったが、苛立ちが伺えた。
月のひかりを浴びているモララーの顔は、まるで若返っているみたいだった。
( ・∀・)「君ならここに来ると思っていた……」
- 21: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:33:17.13 ID:hMJXek430
- 風が吹いた。広場の周りに点在しているケヤキの葉がサワサワ
と音を立てる。砂も微かに巻き上がり、僕とモララーとの間でダンスをした。
それが終わったと同時に、モララーは再び僕の方へ向かって潤歩する。
ガスマスクを装着していない。睡眠ガスやらが蔓延しているこのヴィップ
で実に堂々と息をしていた。特殊な抗生物質でも投与したのだろうか。
モララーの乾いた足音に紛れて、またもや「ドドドド……」という音が聞こえてきた。
その音を気にしている僕の様子を見て、モララーは頬を上げてニヤリと笑った。
( ・∀・)「……わかるかい……? この音の真意が」
( ^ω^)「………」
聞かれるまでもなかった。
決定的な破滅の音だ。その音はさっきよりも強くなっていた。
( ・∀・)「……そろそろ第一波か……」
それきりモララーはピタリと口を紡ぐと、横を向いて動かなくなった。
攻撃しようかと迷ったが、その不気味な姿を見ていると躊躇ってしまったが、
ようやく踏ん切りをつけて
殴りかかろうとしたときだった。突然沸き起こった地面の振動に揺らされ、動けなくなってしまった。
- 22: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:35:54.88 ID:hMJXek430
- (;^ω^)「ぅわっ!!」
視線は自然と、地面の方に向けられた。
地面を流れる異変が、いやでも目についた。
砂の大地に染みこみつつも、こちらにユックリと進んでくる「水」が。
それはコップから溢したかのように、障害を知らず進行している。
2つの公園の入り口から侵入してきたようだ。
これが、「第一波」なのか。
水の進行は僕の足元に辿り着くことはなかったが、モララーの革靴を濡らすことは出来た。
だがモララーは全く怯むことなく、ニヤニヤと笑顔を顔に張り続けている。
僕へその目をやると、悠長に喋り始めた。
( ・∀・)「まずはこんなものだ。だが君の顔に驚愕の様子が見受けられないなぁ。やはり分かっていたか」
- 25: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:38:20.82 ID:hMJXek430
- (;^ω^)「……水没させることかお」
( ・∀・)「そうだ。分かっているようだな、さすがだ。
およそヒルズの12階の位置にまで水は攻めてくる。カウントアップするようにな……
勿論……ヒルズの12階より上に住んでいる人間達の対処はすでに、 すんでいる」
言い切ったというのに、モララーの顔に満足気な部分がない。
まだまだ足りない、甘い、百点ではない、とでも言いたげに。
そうだ、カウントダウンにはまだカラクリが残されている。
催眠ガス以外にも、この空気の中には異物が澱んでいる。
水と化合すると保存液のような類になる、散布剤のようなものが。
- 29: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:40:39.25 ID:hMJXek430
カウントダウンは国一番の貯水量を持つラウン湖から水を引き、
この山々に囲まれたヴィップを水没させる。
そうして、選別された人間のみが地下で過ごし暮らして
滅びの街ヴィップを鑑賞し続けるというもの。
いつかの展覧会で見た
モララーの趣味の1つである、水没した廃墟の街の鑑賞のように。
だが、これだけでは足りないとばかりに、モララーは更に用意する。
人間の死体を水中に長時間放置しておけば、それはもう
見るに耐えない姿へと変貌する。ましてや街を水没させるとなれば、
地獄絵図になることは目に見えているだろう。
水も放置しておけばやがて腐り、濁っていく。
そうさせないためにも、化学薬品等を睡眠ガスと共に
散布させるのはすぐに予想がついた。
- 31: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:43:49.83 ID:hMJXek430
- 加えて、
( ^ω^)「……軍も、使うんだお?」
引き抜きされたという軍の素性は詳しく知らないが、
町長が利用することを考えると、やはり"自衛"のためだろう。
街1つが水没するという事態に、国は必ず捜査を開始する。
水質調査などされれば、この現象が人為的なものであるという
結論にすぐ達するのは当然のことだ。モララーの存在もやがては突き止められるだろう。
裏へ手を回すといっても、限界がある。
そうなればモララーの芸術鑑賞に支障をきたすのは間違いない。
好ましくないことであり、必ず阻止せねばならないことだ。
- 33: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:45:44.38 ID:hMJXek430
- ( ・∀・)「ほう……軍とな? 具体的に、どうするんだい?」
(;^ω^)「…………。 この街を調査させないために、仕掛けてるんだお? 色々……」
みるみる喜びを顔に表していくモララーを見据えながら、僕は
言葉を続けた。
( ^ω^)「防腐剤とか」
( ・∀・)「ほう!?」
堪えきれないといった様子で歓声をあげたモララーは
大股でさらに僕の方へ歩き寄る。
( ・∀・)「……いや、まったく! 素晴らしいな君は。兄者が強く推薦していたのも、頷けるよ」
( ^ω^)「…………」
時間は無いというのに、僕はこの男の話に耳を傾けていた。
いや、モララーの余裕な表情からみて、まだ時間はあるのかもしれない。
いずれにしろ、この男の言動や仕草が鍵だった。
( ・∀・)「……今でも遅くはない。CPで働かないか……?
水の都と化したこの街を鑑賞しつつ……ロイヤルクラスの部屋で……」
- 35: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:48:57.15 ID:hMJXek430
- ( ^ω^)「……僕がオーケーするとでも思ってんのかお?」
( ・∀・)「しないのか……残念だな、なら君はどうするつもりだ?」
( ^ω^)「分かってるだお?」
( ・∀・)「まぁね……」
会話はそこで終了した。モララーに動じた様子はない。
第二波はまだなのだろうか。
そう考えていくうちに、ふとモララーの女神像にやる視線の
光に気づいた。薄暗い情熱を帯びたその光には狂気が携えられている。
だが、その狂気には女神像への愛を感じられた。
そもそもモララーは何故、こうも女神像を愛でているのか……
一体、彼と女神像にはどんな関係があるのか。疑問が降って来た。
突破口かもしれない。
女神像の秘密を知るべきだと、静かに悟った。
- 37: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:52:30.89 ID:hMJXek430
- 女神像の容貌は、美しい女性だと思っていたが
よく観察してみると、どこかあどけなさを残す少女であることに気づいた。
大人びた顔つきであるが、おそらく成人していないだろう。
モララーには偏執的な少女愛でもあるのだろうか。
いや、それよりも深い、確執めいたものがあるに違いない。
どう話を切り出せばいいか、迷ったのだが
結局単純な言葉から入ることにした。
( ^ω^)「……聞きたいことがあるお」
( ・∀・)「なんだ?」
( ^ω^)「女神像のモデルは誰だお?」
( ・∀・)「………」
喜びが一瞬にして消え去った。
途端にモララーの表情が、悪しき崩れ方を倣っていく。
古傷に触られかのように、醜く眉間を歪ませると、
身体を強張らせながら静かに怒りを放つ。
( ・∀・)「……それが、どうした……関係、ないだろう……お前には……」
- 40: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:55:48.30 ID:hMJXek430
- その変貌ぶりは、高飛車なモララーのイメージとはかけ離れていた。
モデルの少女についての部分は、アキレス腱のような存在であるらしかった。
少し、違和感を覚えた。
この街に住む者なら、女神像のモデルは誰なんだという疑問を持ってもおかしくない。
地下には少女の肖像画や絵画、銅版油彩が随所に配置されている。部下も気にするはずだ。
その状況下で、問われてここまでうろたえるモララーは一体何なのだろうか。
聞かれることを想定していなかったのか? いや、そんなことはないだろう。
何かあるのは間違いない。
奇妙なこの非合理性から見つかるものは、果たして
幸か、
不幸か。
ともあれ、揺さ振りをかけてみることにする。
この少女と関連のありそうなもの……カウントダウンの、概念とか……?
( ^ω^)「カウントダウン……いや、水と関係あるのかお?」
(#・∀・)「うるさいッ!!!」
モララーは吐き捨てた。
ほとんど、ただの鎌かけだったのだが、図星に当てることが出来たようだ。
- 42: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 20:58:11.96 ID:hMJXek430
- 気がつくと、モララーは平静を保とうとしていた。
笑みを貼り付けて諭すように僕に話しかける。
( ・∀・)「なぁ……? 今はそんなこと関係ないだろう? それよりも第二波g……」
( ^ω^)「関係ない?」
そんなことはないはずだ。必死に取り繕うその様子が、裏付ける。
カウントダウンと少女は関係がある。
とりわけ……水とは特に。
だとすれば、モララーは一体少女に何をした?
この狂人が、少女をどうした……?
深い執念、黒い情愛を生み出すほどに……。
1つの恐ろしい予想が浮かび上がった。
- 45: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:01:18.40 ID:hMJXek430
- ( ^ω^)「……殺したのかお……?」
( ・∀・)「ッ……!」
(;^ω^)「カウントダウンを計画する前に……水で少女を殺したのかお!?」
(;・∀・)「ぅうっ……うううぅ……!」
モララーはショックを受けていた。
まるで秘めていた古傷を抉り出されたかのように。
たったこれだけのことで、目の前の男は慄いている。
どこまでも不安定で、おかしな男だと思った。
( ・∀・)「……違う……てない……」
(;^ω^)「……お?」
( ・∀・)「死んでいない……水の中では、人間は死なないんだ……」
- 49: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:04:25.43 ID:hMJXek430
- (;^ω^)「…は?」
いきなりこの男は、何を言い出す? 意味が分からなかった。
( ・∀・)「だから……殺していない……神聖な湖の中、彼女は生き続けてるんだ……」
いよいよ言動に狂気が発生した。
耐えかねて僕は叫ぶ。
(#^ω^)「何言ってんだお!!」
( ・∀・)「死んでない……死んでない…… 死んでない……」
生き続ける? この街の人間、何千何万という数の人間を
殺害するくせに……。滅んだ街と人間を観察するという
ある種のスナッフ・ビデオのマニアのようなことをしでかすくせして……!
- 52: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:06:51.15 ID:hMJXek430
( ・∀・)「死なない……酸化防止や延命処置を施すよう、薬を散布させた……
だから……カウントダウンでは……ここの住民は死なない……だから、クーも……」
(#^ω^)「いい加減に……」
(#・∀・)「彼女は生きているんだッ!!!」
冷静さを失いモララーは怒号を発した。
それは夜の中、いつまでも反響して聞こえる。
完全に残響が途絶えるまで、
僕とモララーは動かないでいた。
- 53: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:08:44.64 ID:hMJXek430
- (#・∀・)「彼女は……ッ 水の中……! で……この街に移されて…!
僕がっ…………見る、街と共に……!」
今にも吐きそうなほど、胸を痙攣させながら
モララーは必死に言葉を、たどたどしく繋げていく。
秘め事を覆っていたかさぶたは、もうほとんど捲れかかっている。
感情の蒸気が、モララーの身体から噴出している。
目も突出して、さっきとは明らかに様子が変わっている。悪しき方向へと。
ヨロヨロと歩き出して、進路の妨げになっていた僕の突き飛ばし
噴水のすぐ近くまで進むと、モララーは
躊躇うことなく、女神像を取り囲む水の中へ足を入れた。
革靴や靴下、脚がどんなに濡れようと一向に構わないようだ。
両手で女神像の至る部分を撫でながら
モララーは甘えた声を垂れ流していく。
( ・∀・)「君は……本当は生きているんだろぅ……? 殺したかと思ったけど、違ったんだよね……」
(;^ω^)「……モララー……?」
次にはモララーは女神像を抱き締めて
満足げな顔で女神像の顔に自らの頬を擦り当てていた。
その仕草がどうにも
薄気味悪かった。
- 57: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:11:58.25 ID:hMJXek430
- ( ;∀;)「君は生きてるんだよぉぉおおおおお!!!! 生きてるッ!! 生きてるッ!!
生きてる生きてる生きてる生きてる生きてる生きてる生きてる生きてるッ!!!
……生きてるぅうううゥ……ゥウウウウ……ァアアアアア……ァアァ……ッ……!」
(;^ω^)「ッ!?」
とうとうモララーの感情の激動を防いでいた防波堤は完全に崩壊した。
ドス黒くも純粋な感情が、切り傷から出る血のように溢れ出ている。
涙を流して、唇の端に泡を溜まらせて、鼻水を垂らして、
それでも尚、頬ずりを止めることはなく
僕のことなどお構いなしに、女神像を愛でていた。
( ;∀;)「ぁあ………ァァァ……ッ……ヒ……ヒッ……ヒアアァ……ハハ……ァハ……」
壊れた笑いをあげながら、モララーは舌を
石像の顔面に這わせていった。
薄暗い夜の中、その跡は生々しくテラテラと光っている。
その動作をやめることなく、モララーは執拗に舐め続ける。
- 59: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:14:58.60 ID:hMJXek430
人間とは思えない……それほどまでに狂っていた。
(;^ω^)「……」
どうすればいいのか、まるで知る由もなかったが
少なくとも現状は、モララーのペースになっている。
自分が何を目的にしているか思い出せ……。
バットを握る手の力を増幅させた。
そのときだった。
『ドォォォ――……ン』と、何かが爆発したような音が
遠くの後方から聞こえた。
(;^ω^)「え!?」
何が起きた?
- 61: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:18:00.66 ID:hMJXek430
- 「第二波だ……次は本格的な本波が来るぞ」
モララーが顔をこちらに向けず、
舐めるのをほとんど止めないまま、言葉を僕に送った。
すると、山々に囲まれているはずの街ヴィップに
さざ波の音が浮かび上がっていった。
ザザァ……ザザァ……。
そして、第一波よりも強い勢いを持った「第二波」が
公園の敷地全てに向かって押し寄せてきた。
(;^ω^)「っ……!」
水が噴水の縁に激突し弾かれた。その余波の粒が
更に僕の衣服を襲う。
水はくるぶしの位置まであったが、少し時間が経つと
砂の中に大半が沈み込まれていった。水に浮かぶ砂の量が
異常に少なかった所を見ると、地面はコーディングでもされているのだろうか。
- 62: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:20:59.66 ID:hMJXek430
- 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!」
けたたましい笑い声に驚き
モララーの方を、女神像の方を向いたのだが
既にそこにはモララーの姿が無かった。
(;^ω^)「な、なんで……!?」
どこにもいなかった。
水を跳ねながら噴水の周囲を歩きまわったのだが、まるで何も見受けなかった。
それでも、耳の中ではいつまでもその笑い声はこびりついていた。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!」
(;^ω^)「う……ぅう……」
たまらなく不安になってきた。
1人になった瞬間、何もかも……身包みを剥がされたような気分になってしまった。
- 65: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:24:28.33 ID:hMJXek430
- 「アハハアハハハッハハハハァァァ……ハハッハッ!」
またも、狂気を塗した笑いがこだました。
間違いなく、モララーの声だった。それは公園の外から聞こえた。
一体どうなったのか。
全く理解出来なかった。
第二波に気を取られているうちに、逃げられてしまったのか。
……1人……取り残されてしまった。
この、死にゆく街に。
(;^ω^)「そんな……そん……」
僕は必死な気持ちで公園から、
美しいタイルの貼られた道路に出た。
アテなどなかったが、全力で疾走する。
自分がどこへ向かっているのか、全く分からなかった。
- 68: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:27:04.88 ID:hMJXek430
- 気がつけば自分の息切れは、相当激しくなっていた。
自分の今居る位置も、涙目のせいで視界が曇り、よく分からない。
(; ω )「はぁ……はぁ……はぁ……」
足を止めたかった。肺が、横腹が、抉られるように痛い。
嵐の前兆のようなまとわりつく生暖かい空気のせいで、余計に
辛さが増していた。
だけど、走るのをやめるわけにはいかなかった。
足を止めたら……そのまま、
立ち尽くしていたら、重圧に耐え切れそうにもなかったからだ。
自分が今、1人だということを考えたくなかった。
- 71: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:29:04.26 ID:hMJXek430
- (;^ω^)「あ……」
右脚を軸足にしようと体重を乗せた瞬間、
何故か力がまるで入らず、
そのまま崩れ落ちるように倒れこんでしまいうつ伏せの状態になってしまった。
身体の前面に、張り手を食らったようなジンとした痛みが発光しはじめる。
両掌を擦り動かすと、アスファルトとその上に転がる小さな砂利の感覚があった。
視界に広がるのは、真新しいアスファルトのみ。
それを見ていると、どうしてか立ち上がることが出来なかった。
何も頭に思い浮かぶものもなく、ただただそのままの姿勢でいた。
すると、頬に何か暖かい液体のようなものが流れていることに気がついた。
瞬きをする度に、まつ毛にその液体が付着して動かしづらくなっていた。
考えるまでもなかった。僕は涙を流していた。
胸から喉に痙攣が走る。やりきれない感情がこみ上げてくる。
そのまま目を細め顔をグシャグシャにしながら、
嗚咽を漏らした。
「ぅっ……く……ひっく……っ……ぅう……」
まるで自分の咽び泣く声が、他人の声のように思えた。
涙によるフォーカスのかかった視界を段々広げていく。
やはりそこにはただの薄黒いアスファルトしかなかった。
それを見るだけで心の中の虚無が肥大化していくのだった。
- 73: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:31:57.58 ID:hMJXek430
- 僕は、1人だ……。
思い出してしまった、考えてしまった。
僕は……僕は……
仲間を失って、こうして転んで涙をながして……
何をやっているんだろう……?
なんで僕だけ生き残ってしまったのだろう……。
気がつけば僕は、渡辺さんとショボンの死を認めてしまっていた。
どうしてか否定する気持ちすら浮かんでこない。
「なんで僕は……こんなことに……なって……」
頭の中に浮かび上がった言葉を、そのまま口に出す。
突然後ろで、またもや『ドォォォ――……ン』と音が鳴り響いた。
続けて2発、3発と。
その音の連なりが鼓膜にいつまでも、こだました。
完全にそれが途絶えたとき、やっと無機質に立ち上がる。
掌についた汚れをパンパンと払うと、項垂れていた頭を
無理矢理持ち上げて、正面を向いた。
遠くにこの街を取り囲む山の1つが見えた。
確認すると、その方向へふたたび僕は駆け抜ける。
- 76: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:33:53.59 ID:hMJXek430
- (; ω )「…………」
今度はまるで痛苦を感じなかった。
「馬鹿野郎……」
ただただもう、感じるのは自分への憤りだけだった。
モララーなどどうでもよくなってしまっていた。
僕はどこに向かって走る? 何が目的なんだ?
僕はそもそも、何がしたいんだ?
自問自答したところで、足の動きが止まるわけでもなく
ふつふつと自己嫌悪が沸き起こってくるばかりだ。
それはまるでこちらへ向かってくる獣のような気がしてならなかった。
ただの幻想に過ぎないのに、僕は顔を背ける。
ヒルズが目に入った。
僕の住んでいた、ドクオの住んでいた、ショボンの住んでいた――
母さん……父さん……
( ω )「ツン……」
彼女は……まだ生きている。この街の住民の大半もそうであるように。
僕はそれでもここから逃げようとするのか?
- 79: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:35:21.80 ID:hMJXek430
立ち止まれ……立ち止まってくれ……
いや、立ち止まったところで、どうしようもない
だからって、だからって逃げるなよ
感傷的になってどうするんだ? 僕はどれだけの重責を背負っていると思う
みんなを置いて行きたくない……
だが、それでも、足を止めずに僕は走り続けていた。
冷静になろうとしている自分に嫌になった。
僕の逃げは、諦めなのか―――
走りながら天を見上げた。
ゾっとするような広大な夜空が目に飛び込んできた。
月の光が、まるで無意味を暗示しているかのようだ。
しょせん、ただのガキの僕には、何も……出来ない……。
- 81: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:36:48.47 ID:hMJXek430
- 蟠りがどうしようもなく巨大化していた。
息苦しい。これは決して走っているからではなかった。
何もかも、吐き出してしまいたかった。
( ;ω;)「うぁあああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁッ!!」
なんでこんなことになったんだ。
なんで……もう嫌だ、なにもしたくない。
全てを振り切りたかった。
……みんな………。
- 82: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 21:38:29.65 ID:hMJXek430
- 叫んで、叫んで………
どこまでも走って……
逃げて
どこまでも……
僕は、僕は―― (第26話終)
戻る/第27話