( ^ω^)は綺麗な街に住んでいるようです
- 127: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:18:23.93 ID:hMJXek430
- 最終話
とある研究室の一角の、来客用のソファに座り僕は腕を
組み、ジっと待っていた。テーブルの上のきのこの山とたけのこの里を
同時に口に含むと、
少し心が落ち着いたような気がする、焦りが解消されたようだ。
「ふう……」
チラ、と横に目をやり黒電話の方を見る。
何秒か見張ったのだが、まるで動く様子はなかった――
と、考えた瞬間
電話の着信ベルの音が、唐突に研究室中に鳴り響いた。
弾けたように立ち上がると、
転びそうになりつつも受話器を取り、耳に押し当てた。
「も、もしもし?!」
- 129: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:21:18.72 ID:hMJXek430
- ワンテンポ置いてから、電話を掛けた主の声が聞こえてきた。
『……ぉう、ワシだ。 ……単刀直入にいうとな、成功だったわ』
「!!」
その返答に、思わず息を呑んでしまい、
言葉を返し忘れたが、電話主は気にする様子もなく話を続ける。
『まぁ、このクックル様にかかればどうってことないっちゅうなw
例の発信機の微弱な反応が無かったら危なかったかもしれんけど……
構成員の1人を垂らしこんだのもあるから、その2つを照らし合わせてな……』
ここで一瞬、途切れたかと思うと
誇らしげな語気の言葉が受話器から発せられた。
『……見っけたぜ、その出入り口をな。 ……お前の推測通りの場所だ』
「……そうかお」
『それに、"入れ替え"の日もな。 ……3日後の深夜らしいが、大丈夫か?」
「平気だお」
『……ガンバレよ』
労いの言葉の後、電話は切れた。「ツー ツー」と無機質な電子音が鳴り響く。
- 133: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:22:21.66 ID:hMJXek430
- ソっと受話器に置いてから、テーブルの方に戻り
きのこの山とたけのこの里の残りを口に入れて流すと、
コート掛けから上着を取り、それを羽織る。
上着の胸ポケットに入っていたタバコを吸おうかと思ったのだが、
この研究室は禁煙だということを思い出し、自重すると
「ふぅ」と溜息をついた。
3日後……準備を考えたら、随分ギリギリな気がする。
今から手配に取り掛かるべきだ、と扉の方へ目をやった。
( ^ω^)「……よし」
僕は研究室を後にする。
5年経った。
- 138: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:24:41.35 ID:hMJXek430
- ・・ ・・・・
ヴィップの水面と、ラウン湖の水面は常に同じ水位だったのだが、
調べてみたところ、とある周期においてはその限りではないことが分かった。
その前後に「ひぐらし」の薬品用トラックが何度も目撃されていることから、
水の入れ替えなどをしているのは間違いない。
それの定期的な周期、つまり次の水門の開閉のある3日後に備えて
僕は準備をしなければならなかった。
…………。
- 141: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:26:27.54 ID:hMJXek430
- 「……てな、その防水バッグで……。 ブーン、おいブーン!?」
(;^ω^)「え!? ぁあ、聞いてるお」
自分を呼びかける声に気づき、ようやく思案から意識を現実に戻す。
目の前にいる、友人でもある先輩のクックルが白いワゴンに積んでいる
用具の1つ1つについて説明していたところだった。
肝心の用具の取り扱いについては、既に頭に入っている。
ただの復習のようなものだったため、特に興味を持っていなかった。
それはクックルも了承していたのか、
手早くその説明を終えようとしていた。
やがて全ての説明を終了すると、しみじみした風に息を漏らす。
クックルの癖だった。本当に言いたいことがあると、必ずそういうサインを示す。
( ゚∋゚)「いよいよか」
クックルは喋りながら煙草を取り出して口に加えた。
ターボライターの、掠めるような音が耳に入る。
火のついた煙草の煙を揺らしながら、更にしみじみと溜息をついた。
白煙が僕の顔に向かって突進してきたが、すんでの所で上方へ雲散していった。
( ^ω^)「……だお」
- 146: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:29:30.29 ID:hMJXek430
- 便乗して僕も煙草を吸うことにする。
上着の胸ポケットから愛煙しているエコーを取り出して、
底の片側をトントンと指で叩いて1本抜き取ると、
それを口に加える。そうして、エコーのパッケージに見入った。
相変わらずチープなデザインとは思うが、どこか懐かしさを含んでいる。
今から自分の成し遂げる"こと"と重なって、淡い思い出を想起した。
しばらくボーっとしているうちに、いつの間にか自分の口にある煙草に火がついていた。
クックルが気を利かせてつけてくれたらしい。
感謝の会釈をすると、肺いっぱいに煙を吸い込んだ。
未だに煙草の味はよく分からないけど、嫌いではなかった。
心が落ち着いて、信念が深くなっていくような気がする。
( ゚∋゚)「しっかしいつも安っちい煙草吸いやがってw」
( ^ω^)「うっせwマルメラ野郎は黙れwww」
しばらく談笑してから、本題に入ると言わんばかりに
白いワゴンに2人で乗り込んだ。
- 154: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:32:42.26 ID:hMJXek430
- 荷台にはかなりの量の用具が揃えられている。
これだけを揃えるには、僕1人では到底不可能な話だった。
本当に、クックルには感謝してもしきれない。
エンジンを充分にふかしてから、車を発進させた。
大学の駐車場の入り口を抜けると、下町の大通りに出る。
そこでクックルを降ろして、決意の言葉を告げた。
( ^ω^)「……じゃあ、行ってくるお」
( ゚∋゚)「おう」
返事をするとさっさとクックルは背を向けて路地の人の流れの中に
紛れ込んでしまった。すぐに姿が見えなくなる。
それを確認してからウィンドウを上げ締めて、アクセルを踏み込んだ。
・・・ ・・・・
1人になってからは、この大通りの風景を横目に運転をすることにした。
スーパーの入り口から飛び出してくる少年たちの笑顔と、
母親の困ったような表情が印象的だった。
- 160: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:37:27.97 ID:hMJXek430
- この街は、まさにヴィップとは対照的だった。
排気ガスが目に見えるほどで、空気は綺麗ではない。
その上、道端には吸殻やコンビニゴミはちらほら見受けられた。
建物もペンキは所々剥がれ落ち、赤錆は目をひくほどだ。
それでも住民は皆、楽しそうだった。
汚ければいいというものではないことは、勿論分かっている。
それでもイキイキしているこの街には、
綺麗なだけの街が故郷の僕としては、考えさせられるものがあった。
みんな、この街に住んでいることに、窮屈さを感じていないのだろう。
「……やっぱり、1人が作るものじゃないお……」
意識せずにボソりと呟く。
ヴィップにも、活気が欲しかった……
だから、……これからは……決して独り善がりではいけない。
「綺麗だから素晴らしい」という大義名分を持ち出しての、独り善がりなど。
そろそろ日も暮れてきた。急がなくては。
商店街はテントの影とオレンジ色の夕日が交じり合って、
はかなげだけど力強いインスタレーションを生み出していた。
それがどこか、羨ましくて。
- 163: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:40:34.36 ID:hMJXek430
- ・・・ ・・・・
夜道は僕のワゴン以外、何も走っていなかった。
当然か。ヴィップの隣町には使用されていない、ほとんど
ラウン湖とヴィップ専用の通り道なのだから。
僕は思いを馳せた。これからについて。
クックルへの調査料諸々は、全てを終えてから支払うことになっていた。
……全てを、終えてから。
何が全てなのか、よく分からないのだが
とにかく調査料などを考えずに、遂行することが出来る。
ありがたいことだった。
今の僕は、もう一杯一杯だ。ここに上り詰めるまで、いままで
何を行ってきたのかほとんど記憶にないほど、ギリギリだった。
(;^ω^)「……うーん……」
僕の全てといえば、これからがそうなのだろう。
いつ折れてもおかしくなかっただろう。
それでも、忘れることは……決して無かった。
- 169: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:45:00.96 ID:hMJXek430
- あのカウントダウン開始前のこと、
シャキンさんのこと、ジョルジュのこと、渡辺さんのこと、
ドクオのこと、ショボンのこと、
食い止めることが出来なかったこと、
そして1人逃げたこと。
……諦めない、という感情も。
それを証明してやりたくって、いつ自爆しても
おかしくない怒りと悔しさを必死に支えていた。
……今日という日は、僕にとってのカウントダウンのようなものだ。
ハンドルを握る手の力が強くなっている。
既にフロントガラス越しにヴィップを取り囲む山々が見え始めていた。
もうヴィップへ着くだろう。
僕は曲がり道を左折して、ラウン湖の方へ進んでいった。
- 171: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:46:39.93 ID:hMJXek430
- 山道をヘッドライトのみで渡る。
途中ヒヤりとするかと思ったのだが、どうやら整備されており
難なくラウン湖の畔に辿り着くことができた。
考えてみれば、ここはモララーの愛している湖への道だ。
整備されているのは当然か。
森に囲まれたラウン湖は美しかったが、国一番の
大きさというのはピンとこない。森の中の小さな泉のように見えたからだった。
芝生にワゴンを停めて、僕は降り立った。
光源は満月のみだったが充分明るく、
何も見えなくなるという心配は不要だった。
芝生を踏み締めて湖の傍にまで歩く。
青臭い芝生の感触とその音は、不思議と揺り動かされる。
さざなみの音を間近で聞いた。
穏やかだった。水面に映る満月ばかりに視線が向かう。
僕はしばらく堪能した後に、ワゴンへ
戻り、用具の準備に取り掛かった。
もう少し……
- 174: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:50:18.77 ID:hMJXek430
- これからまず、ラウン湖の水中へ潜り
水門へと侵入する。そこからはクックルの裏からの情報等を頼りにして
地下内を探求し、暴いていく。……何度も何度も往復することになろうとも。
大丈夫だ。自分に言い聞かせる。
この水門からの道は、奴らにとっての死角なのだ。
それだけでなく、後続の研究チームもやがてはここに到着する。
先発の僕は、ただ成し遂げるしかないのだ。
水中用の着替えを済ませ、暗視ゴーグルを装着した。
巨大な防水バッグを背負い、もう一度水面のすぐ近くまで歩いた。
これからの道筋を頭の中で反復する。
大丈夫だ、大丈夫だ……
何も臆することなどないんだ!
- 177: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:53:03.15 ID:hMJXek430
- 浮かんでは消え、浮かんでは消えていく
ヴィップの頃の友達、家族、知り合いの顔……
彼らの表情を思い出すだけで、勇気がわいてくる。
頑張れる、どこまでもやり通すことが出来そうだ。
( ^ω^)「……かーちゃん、とーちゃん、おばさん。先生……ツン……」
( ;ω;)「みんな……!」
自然と頬を伝う涙、それを丁寧に拭うと
深呼吸をして、
瞬きをして、
一瞬無心になり、そして
『ドボン』
飛び、水中に潜り込んだ。
- 180: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:55:35.07 ID:hMJXek430
- 冷たい水の温度が、しくしく肌を突き刺していく。
火照った身体にはとても心地良いものだった。
脚を中心に動かして、下へ下へと突き進む。
この辺りはラウン湖でも比較的浅い。
下方にはユラユラと何かが動いている、水草だろうか。
もっと、下へ。
慣れない水泳に挑戦しつつ、僕はさらに潜り続けた。
ボンヤリと水に揺れる光が底から見えてきた。
あれが水門なのだろうか。位置は……合っている。
(……よし)
僕は少し喜びながら、
その光に向かって進んでいった――――(最終話終)
- 182: ◆tOPTGOuTpU :2007/11/07(水) 22:56:30.51 ID:hMJXek430
第4章「I Am The Walrus」終
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