川 ゚ -゚)クーは生き続けるようです

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 13:59:41.62 ID:dp17T3df0
第八話 『欺瞞』


赤くて、紅くて、アカカッタ。


「…………」


一面に広がる赤い水。
波紋さえ見当たらない沈黙の水面。

周囲には瓦礫の山だ。
元は住宅街だったのだろうか、様々な家々が混ざってしまっている。


足が、見えた。


瓦礫の隅から飛び出している片足に、微かな見覚えがある。

あれは親友のモノだろう。
血に塗れているが、あの靴はよく彼が好んで履いていたのを覚えている。

それに、あれを買う時に一緒に選んであげたのは、誰でもなく自分だった。



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:02:02.04 ID:dp17T3df0
「…………」

その光景を呆然と眺めつつ、視線はそのまま右へと移っていく。


今度は、頭が見えた。


あの顔はよく覚えている。
あまり見ていて気持ちの良いパーツ配置ではなかった、しかし根までは悪くなさそうな男の顔。
目はだらしなく開き、口と鼻からは血と涎と泡の混じった粘液が垂れ流されている。


視線は更に右へ。


今度は、胴体が見えた。


四肢は無い。
既に切断されたそれらは、胴体の周りに無造作に捨てられていた。
もはや達磨と言える状態であり、そしてやはり動く様子は見受けられない。

心此処に非ずと言った空っぽの頭の中で、あれは自分の姉だろう、と判断した。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:04:03.85 ID:dp17T3df0
感情は無い。
ただ、起きている事実を『そうなのだ』と思える自分がいる。


ふと気配を感じた。
背後には一人の女性。
クーと呼んでいた女は、もはや彼女ではなかった。


その更に後方。
人影がある。


一人は、奇怪な形をした剣を二本携えた女性。
一人は、人間とは思えないほど巨大な身体を持つ男性。


赤い地面の上、二対の人影は陽炎のように揺らぎつつも立っている。


「……!」


しかし、それらは崩れ落ちるように消えていった。
灰塵と化し、赤い水面に溶けるかのように、二人は儚く世界から消え去る。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:06:06.01 ID:dp17T3df0
更なる奥に、更なる人がいた。


スーツに身を包んだ灰色の男。
揺らめく煙草の煙が、彼が大人の男性なのだと判断させる。
ここからでは表情を伺うことなど出来ないが、読み取れる限りでは余裕の空気を醸し出していた。
しかし


「――――」


歪む。
苦痛という色に染められた男は、身を悶えさせながら崩れていった。
砂塵となった身体は風に吹かれて消滅し、残った血液が周囲にぶちまけられる。


「…………」


改めて言うが、感情は無い。

一連の惨劇を見ても『あぁ、そうなのか』という一言が浮かぶのみだった。



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:08:06.46 ID:dp17T3df0
「――ギ――コ」


クーの声。
酷く歪な、ノイズ混じりのそれは耳元から。


じり、と。


磁石に群がる砂鉄のような。
虫螻が蠢いているかのような。


そんな不快感を引き連れて、この世のものとは思えない不気味な声が囁かれた。





「わ  たし と   きみ  は    お    n



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:09:57.69 ID:dp17T3df0
(,,゚Д゚)「――!!」

意識が覚醒する。
闇の淵からギリギリで生還したかのような安心感と共に、ギコは文字通り跳び起きた。

周囲は明るい。
置いた手に感じる木の感触を得て、自分が安全な場所にいるのだと気付いた。
実際にその通りで、視線を動かせば見慣れた景色。
間違いなく、ここはリビングの一角だった。

(;,,゚Д゚)「……今のは」

嫌な夢だった。
理由も意味も解らないが、嫌な夢だった。

額に流れるベタついた汗を拭いつつ、ギコは唸るような声を発する。

(;,,゚Д゚)「むー」

何にせよ、真っ昼間から昼寝をしてしまうとは不覚。
モララー訪問のせいで、かなり早朝から起きていたのが理由か。

ギコの理想を果たすため、いくつかの打ち合わせと作戦を確認し終わったのが昼過ぎ。
昼食を御馳走し、モララー達が帰ったのは二時を回っていた。
そして時計を見れば、既に四時を過ぎている。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:11:37.99 ID:dp17T3df0
川 ゚ -゚)「ギコ」

と、まるで見計らったかのようにクーが顔を見せた。
やはり右腕を喪失した状態で、機械仕掛けの棺桶を左肩に担った姿で。

川 ゚ -゚)「世話になった。 モララー達にも礼を言っておいてくれ」

(,,゚Д゚)「おう」

クーには、モララー訪問の本当の理由を教えていない――というか、知らせることが出来ない理由がある。

相談の内容が、思い切りギコの独断だからだ。

確かに本人の意思も確かに大切ではあり、予め知らせておくべきではある。
しかし強情であるクーに止められれば、おそらくギコの感情がそれを許さないだろう。
ならば勢いのままに彼女を押し流すのも一つの手、だということだ。

川 ゚ -゚)「じゃあ、な」

少し声のトーンを落としたクーが、別れの挨拶を言う。

当然だ。
何も知らない彼女にとっては、今がギコと会える最後の時なのだから。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:13:26.34 ID:dp17T3df0
(,,゚Д゚)「……おう、元気でな」

川 ゚ -゚)「そっちも私の腕を大切にしろよ」

はは、と笑みを浮かべるクー。

川 ゚ -゚)「何やら妙に素直だが、モララーに何か言われたのか?」

(,,゚Д゚)「ん……そんなところだ」

川 ゚ -゚)「そうか。 君が腕への固執を無くしてくれて嬉しいよ。
     私は片腕でやっていけるから、君はその両腕で残りの人生を謳歌してくれ」

――あぁ、なんかメチャクチャ可哀想になってきたんですケド。

純粋過ぎる反応に、ついつい口元が緩みかける。

(;,,゚Д゚)「あ、あぁ、うん……頑張る」

川 ゚ -゚)「では」

(,,゚Д゚)「あ、ちょっと待った」

川 ゚ -゚)「?」

(,,゚Д゚)「何も出来ずに見送るっつーのも嫌だし、これ持ってけよ」



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:15:58.57 ID:dp17T3df0
リビングテーブルの上に用意してあった一枚の紙を手渡す。
長方形のそれには、何やら漢字を溶かしたかのような文字が描かれている。

(,,゚Д゚)「モララーが作ってくれた符だ。 自動防御系の気術が封じられてるらしい。
    もし襲われるような事があれば、有効に活用してくれってさ」

川 ゚ -゚)「……いいのか?」

(,,゚Д゚)「いいも何も、アイツがクーのために用意したモノだ」

川 ゚ -゚)「そうか。 ならばありがたく頂こう」

丁重に受け取るクー。

川 ゚ -゚)「では今度こそ、さよならだ」

こうしてクーは出ていった。
ギコはそれを追うことも止めることもせず、ただただ見送るだけ。

驚くほど簡単な別れである。

まだ出会ってから一週間も経っていない、しかし他よりも濃厚な時間を送ってきた二人の男女は
後悔も悔恨も未練も残すことなく、あっさりと一生の別れを終えた。


もっとも、終えたと思っているのは片方だけなわけであるが。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:17:48.79 ID:dp17T3df0
  _、_
( ,_ノ`)「――動いた」

それまで煙草を吹かして座っていた渋澤が、突如として身を起こす。
ギコ達が住む北神市に散らせてある『感覚』がクーの移動を捉えたのだ。
人ではない何かの動きからくる違和感が、渋澤の擬似的な感覚を刺激する。

暗い室内の中、浮き上がるようにツーが姿を見せた。

(*゚∀゚)「何処でっしゃろカ?」
  _、_
( ,_ノ`)「ガキの家から西へ向かってるな。
    ついて行く奴も追う奴もいない。 これはちょっくらチャンスじゃないか?」

( ゚∋゚)「……罠」
  _、_
( ,_ノ`)「ありえんことはないが、だからと言って見逃すのも惜しいな」

(*゚∀゚)「大ビンゴの可能性もあるのカ?」
  _、_
( ,_ノ`)「状況が言っているのさ。
     『アレは囮なんかじゃなく鴨葱だ』ってな。
     あの気術師も周囲にはいねぇし、俺ら三人で掛かれば感付かれる前に終わらせることも出来るだろう」



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:20:08.83 ID:dp17T3df0
対して、ツーは訝しげな表情を作った。

(*゚∀゚)「出来過ぎ感もあるヨ……それにあのギコってガキは未来予知するネ」
  _、_
( ,_ノ`)「未来予知、か。 果たして本当にそうなのかねぇ」

(*゚∀゚)「お?」
  _、_
( ,_ノ`)「おい、クックル。
    お前も確かギコってガキと一戦交えてたな。 何か思うことはあるか?」

( ゚∋゚)「……避ケラレタ」

その言葉にツーも頷く。
確かにこちらの攻撃を、素人一般人であるギコが紙一重で何度か回避している。

素人と玄人の差は、相対するジャンルに影響されるにしろ一般人が思う以上に深い。
両者の関係は簡潔で、狙われれば必死、襲い掛かれば必殺だ。
つまり、偶然という言葉などでは言い表せない生存率をギコは誇っているのだ。
  _、_
( ,_ノ`)「特殊な能力はあるだろうよ。
     だが、それが未来予知だとは俺には思えん」

何故なら、と前置きし
  _、_
( ,_ノ`)「もしそうだったら、ここまでの状況に陥るわけがないからな」



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:21:59.90 ID:dp17T3df0
(*゚∀゚)「ほ?」
  _、_
( ,_ノ`)「本当に未来を予知出来るのならば、もっとやれたこともあったはずだ。
     事実、ガキの行動には突発的なものが多く見受けられる」

(*゚∀゚)「じゃあ、攻撃を回避したのは何故ヨ? これは偶然だとかいう理由じゃ片付けられないネ」
  _、_
( ,_ノ`)「言ったろう? 特殊な能力はあるだろうってな。
     未来予知に似ているが――おそらく何かに特化した、もしくは限定された能力のはずだ。
     つまりその正体さえ解れば、対処の方法なんかいくらでも考えられるってことさ」

( ゚∋゚)「…………」

(*゚∀゚)「ってことは――」
  _、_
( ,_ノ`)「あぁ、仕掛けるぞ」

指の間に挟んでいた煙草を弾き飛ばす。
爪先で磨り潰すように踏みつけ、笑った。
  _、_
( ,_ノ`)「なぁに、恐れることはない。
     ビンゴだったらラッキー、罠だったらトンズラ。 たったそれだけのことだ」



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:23:37.36 ID:dp17T3df0
(,,゚Д゚)「…………」

ギコは呆けていた。
眠気からくる自失ではない。
何やら、深い考え事をしているようだった。

クーが家を出てから数十分。
『準備』をしつつも、様々な事柄に思いを巡らせていた。

(,,゚Д゚)(やっぱり……押しつけ、だよな)

ドクオも言っていたが、これは完全に当人の意志を無視した行為である。
むしろ裏切り行為と言っても過言ではないかもしれない。
彼女にとって、その逆の生き方を強要しようとしているのだから。

(,,゚Д゚)(……でも)

もはや自己満足の領域だろう。

しかし、助けたい自分がいる。
何とか手を差し伸べて、少しでも楽にさせたい自分がいる。
素直にそう思えることに安堵し、しかしある疑問がギコの心を縛り付ける。

問いは一つ。

それは自分の為なのか、それともクーの為なのか。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:25:56.84 ID:dp17T3df0
(,,゚Д゚)「――――」

まず思いつくのは『どちらもではないのか』という答えだ。
呆れるほど欲張りな意見ではあるが、それが一番の望みだということには気付いている。

要は正当性が欲しいのだ。

人間、生きていれば自分の行動に迷う事もある。
そんな時、あると心強いものがあることを御存知だろうか。

それは正義。

歴史が証明する通り、古来から人間は正義を欲してきている。
『自分が正しい』と思えるならば、その行動の後押しとなることを知っているのだ。
心の中に渦巻いていた迷いは消え失せ、ただただ目的のために動くことが出来ると解っているのだ。
これほど便利で、そして厄介な言葉もない。

(,,゚Д゚)(それに……)

右腕を見つめ、そして思う。


――偽物は、絶対に本物には敵わない、と。



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:28:02.11 ID:dp17T3df0
かつて両親を失い、姉と共に親戚の家の世話になった経験を元に、もはや悟っている。
本物は本物の下にあるべきで、決して偽物がその隙間を埋めることなど出来ない。

信じられるのは姉だけで、周囲にいる親戚は全て領域の外側に位置するのだ、と。

ギコは身を以って体験していた。
以来、彼は『代わり』という存在を嫌悪するようになる。

(,,゚Д゚)(絶対にこの腕は返してやるからな……例えクーが嫌だって言っても、絶対に)

己の右腕は自分の物ではない――つまり偽物である。
本物が既に無いというのならば、無いという事実が本物だ。
だとすれば、ギコはクーに腕を返すという大義名分を持っていることになる。

(,,゚Д゚)(卑怯だけどな)

そう、卑怯である。
クーという存在を利用した、己の意見の押し付けである。
しかしその意見は、クーがいなければ生まれなかったわけで――

(;,,-Д-)「……止めだ止めだ。 ぐるぐる回ってゴールがねぇ」

とにかくやるべき――いや、やりたいことに目を向けよう。
一時の迷いを意識の裏側へ投げ飛ばし、そのままの勢いで上着を引っ掴む。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:29:43.69 ID:dp17T3df0
(,,゚Д゚)(……にしても、嫌な予感がするな)

思うは、見ていた悪夢。
それがまだ頭に残っていることに、ギコは確かな違和感を感じた。

普通、夢という記憶は、脳内の短期間しか覚えられない場所へと保管される。
朝起きた時には内容を覚えていたのに、少し時間が経つと思い出せなくなるのはこのためだ。

しかし先ほど見た夢の内容は、未だ鮮明にギコの意識に張り付いている。
見始めから見終わりまでの全てを完全に思い出すことが出来た。
たまにあることだが、それでも違和感を拭えない何かが存在している。

(,,゚Д゚)(まさか、また正夢かよ?)

嫌な予感の正体はそれだ。
時たま見る、現実となる夢。
もしあの通りになるとすれば――

(;,,゚Д゚)「チッ」

脳裏に纏わりつく何かを払うかのように首を振り、意識のベクトルを変えるため時計を見る。

クーが出て行ってから、そろそろ二十分。
時間的にもタイミング的にも充分だろうと判断したギコは、その足で玄関へと向かう。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:31:22.27 ID:dp17T3df0
ノハ#゚听)「……ギコッ?」

気配を察したのか、廊下の奥からヒートが顔を覗かせた。
その頭には痛々しい包帯が巻かれており、まだ安静にしておくべき状態だと解る。
心配そうに、いつも立てている眉を浅くハの字にし

ノハ#゚听)「ど、何処か出掛けるのか……ッ?」

と、弱々しい声で言われたのだからたまらない。
先ほどやっとのことで固めた決心が、一瞬でヒビだらけになるのを感じる。

(;,,゚Д゚)「えっと……ごめん、ちょっと気分転換に出かけてくる。
     もう夕方だから、すぐ帰るよ」

ノハ#゚听)「…………」

うぅ、視線が痛いのデスが。
あんな弱々しい目で見つめられちゃあ、何か後ろめたくなるのも当然である(弟限定)。

あれだよ。
劇場版ジャイアン効果というか、ギャップ効果というか――

(;,,゚Д゚)「これがツンデレかっ!」

ノハ#゚听)「……違うと思うッ」

(,,゚Д゚)「ですよねー、ジャンル違いますもんねー」



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:33:04.75 ID:dp17T3df0
ノハ#゚听)「……いいよッ」

(,,゚Д゚)「へ?」

ノハ#゚听)「いってらっしゃいッ。 ちゃんと夕飯までには帰ってくるんだよッ!」

(;,,゚Д゚)「お、おう」

何やら妙に素直な姉。
いや、素直なのは性格上問題ないと言えばないのだが、これはこれで微妙に気になるわけで。

(;,,゚Д゚)(うーむ……まぁ、都合が良いし、問い詰めるのはやめとこう)

夕飯までに帰ると約束し、玄関から出て行くギコ。
その様子を、ヒートは見えなくなるまで見つめ続けていた。


――幸か不幸か。


その両目に微かな炎が宿っていることに、ギコは最後まで気付くことはなかった。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:35:05.50 ID:dp17T3df0
玄関を出ると、まず橙色の景色が目に入った。
冬に比べて陽が長いとはいえ、まだ早春である。
五時を過ぎる頃になれば、既に陽は傾いている時間帯だ。

その中で、ギコは自転車を置いてある場所へと駆けて行く。

(,,゚Д゚)「えっと、確か……」

右手を上着のポケットへ。
乾いた音と共に取り出されたのは、長方形をした三枚の紙であった。

気術師が好んで使う『符』である。

(,,゚Д゚)「しかしこれ、どうやって使うんだろ」

モララーが貸してくれたモノなのだが、肝心の使い方を聞くのを忘れてしまっていたのだ。
三枚をそれぞれ手に取って比べてみるも、何かが見えるはずもなく。
どこかに説明がないか見てみても、三枚とも全て同じ図柄だということが解ったのみであった。

というわけで、反対側のポケットに入っている携帯電話で連絡を取ることに。

『ギコか? 何かトラブルでも?』

(,,゚Д゚)「あ、モララー? 符ってヤツの使い方を聞いてなかったんだけど」

『む……すまん、失念していた』

素直に謝ってくるあたり、人の好さが伺えるモララー君。 流石である。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:36:32.91 ID:dp17T3df0
『使い方は簡単だ。 その符を自転車の何処かに張り付ければ効果は出るだろう。
 ただその三枚はそれぞれ効果が違うから、その説明もしておくぞ』

(,,゚Д゚)「ん」

聞き逃すまいと耳を傾け、三枚の符を凝視。

『まず一番上の符は気配を隠蔽するための符だ。
 周囲に小型の結界を張るもので、これを使って――』

(;,,゚Д゚)「ちょ、ちょっと待った」

『どうした?』

疑問の声に、ギコは恐る恐ると言った声の調子で

(;,,゚Д゚)「その、一番上の符って何よ……?」

『僕が君に一束渡しただろ? その時、一番上にあった符だよ』

(,,゚Д゚)「…………」

手元を見ると符が三枚。
図柄が全て同じな符が三枚。
違いを見分けるため、シャッフルしてしまった符が三枚。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:38:26.82 ID:dp17T3df0
(;,,゚Д゚)「悪ぃ、その一番上の符ってのが解らなくなった状況なんだんだけど……」

『は?』

(;,,゚Д゚)「す、すまん……シャッフルってもた……」

『…………』

微かなノイズが混じった沈黙が、また不気味さを醸し出している。

『……健闘を祈る』

(;,,゚Д゚)「ちょ、ちょっと待て! いや、ちょっと待って下さい!
     この馬鹿で間抜けで考え無しの俺に慈悲の手をっ!」

『とは言っても、実際に僕が見なければ判別不可能だしな……。
 一応効果を言っておくから、ランダムで使ってみるといい』

(;,,゚Д゚)「あの、分の悪い賭けはあまり好きじゃないんですけど」

『シャッフルった君が悪い』

正論で切り捨てられ、ギコは『ぐはっ』との身をのけ反らせた。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:40:30.92 ID:dp17T3df0
『……貸した符は三枚だ。
 一枚は『気配隠蔽』、クーさんを尾行する時に使う予定だった符。
 一枚は『速度上昇』、戦場からの離脱を想定していた符。
 一枚は『衝撃増加』、ありえたら困るけど攻撃を想定した符。
 これから君は気配隠蔽符を使ってクーさんを尾行して、接敵を僕らに知らせる手筈だったんだけど……』

それも難しそうだ、とモララーは最後に付け加えた。

クーと簡単に別れたのはこのためである。
術式連合はモララー達の動きに敏感になっているはずで、彼らと接触するには囮を使う必要があったのだ。


戦うことは避けたいと思ってはいる。
モララーとドクオもそれを承知しているし、協力の姿勢も見せてくれている。
あくまでこちらの狙いは『説得』であり、相手を倒すことではないのだ。

しかしそれらの作戦をクーに話すわけにはいかない。
知ればきっと彼女は拒否するはずで、むしろこちらの想定外の行動に出ることも考えられた。

だから、クーには知らせなかったのである。

彼女はもう、隠れて生きていくことを決めている節があった。
そこにギコが『そんなことをしなくてもいい』などと言って御膳立てしてしまえば、きっとそれは余計なことなのだろう。
おそらくクーは怒るだろうし、最悪の別れになる可能性もある。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:43:09.34 ID:dp17T3df0
しかし、納得出来ない。
彼女がずっと隠れて生きていくことに納得が出来ない。

クーは人間だ。
二十一種だとかいうワケの解らないモノに憑かれたとはいえ、クーはクーだ。
ただ不死処理という能力を持ってしまった、しかし普通の女性だ。

たったそれだけ。
たったそれだけなのに、どうして迫害されるのだろうか、と思う。

害などないだろう?
誰かに危害を加えたりしないだろう?
慎ましく、静かに生きていこうとしているだろう?

それなのに術式連合とかいう奴らは、執拗にクーを殺そうとする。

ギコは強い怒りを覚えた。
何も知らずに『害悪』だと決め付け、存在を抹消しようとすることが許せない。
確かに二十一種は害悪かもしれないが、クー自体は異なるのだと信じているのだ。


(,,゚Д゚)「……とにかく、やるっきゃねぇか。
    三枚同時に張ったりとかは出来ないんだろ?」

『あぁ、それぞれが相殺し合って効果を失うだろうな。
 こればかりはお前の運に任せるしかない……まぁ、今の時点で運がないことが証明されているわけだが』

つまり、この三枚の内から『気配隠蔽』という力を持った符を引かなければならない。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:45:27.59 ID:dp17T3df0
(;,,゚Д゚)「……うーむ」

ぶっちゃけ、どれだろう? 一枚目か、それとも二枚目か、まさか三枚目か?
いや、どれも同じ図柄なので判別しようもなく、ただ順番によって印象が変わるのみではあるのだが。
と、首を捻らせていたその時。

(;,,゚Д゚)「おわっ!」

突如として巻き起こった突風が、ギコに襲いかかった。
驚きに身をすくめた瞬間、反するように指の力が抜ける。

(;,,゚Д゚)「やべ――!?」

それはつまり、持っていた符が風に乗って飛んで行く結果に繋がり

(;,,゚Д゚)「ああぁぁぁぁ〜……」

何とか二枚は確保。
しかし掴み損ねた残る一枚が、見事突風に吹かれて彼方へと飛翔していった。
呆然と、それを見送るギコ一匹。

(;,,゚Д゚)「…………」

頷き

(;,,゚Д゚)「……二択になった、と考えよう」

ポジティヴにも程があるが、これはあくまで自責の念を回避するための自衛手段である。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:47:25.23 ID:dp17T3df0
とにかく、残った二枚の内の一枚を選定する。

(,,゚Д゚)「よし、これにしよう!
    もうこれが何であろうと、何とか有効利用してやる!」

もはやヤケクソ気味に一枚を取り出し、自転車に張り付けた。
直後、青白い光に包まれる。
未だ効果の程は解らないが、何らかの効力が付加されたのは確実だ。

サドルに跨り、ブレーキとペダルの圧を確認する。
普段から整備じみたことはしてきているので特別、違和感は感じられない。
あとはこれでクーを尾行し、誘い込まれてきた術式連合と接触を図るだけだ。

(,,゚Д゚)「うっしゃ、行ってくるぜ」

玄関を見て、すぐさま視線を前へ。
地面を蹴って発進し、そのまま門から道路へと飛び出した。

身を乗り出しつつ漕ぎ出したペダルは、妙に軽くて――


(,,゚Д゚)「――え? 軽い?」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:48:35.88 ID:dp17T3df0
軽いというか、速い。
ペダル自体は軽いくせに、踏み出した時の加速が予想以上。
それはつまり、この自転車自体の速度が通常以上のものというわけで

(;,,゚Д゚)「やっべぇぇぇ! これ『速度上昇』の符じゃね!?」

慌ててブレーキを引く。
が、もはや命綱と言えるそれは

ぱすん

という気の抜けた音と共に、あっさりと千切れ果てた。

(;,,゚Д゚)「ほああぁぁ!?」

現状が示唆する事実はたった二つ。
もはや加速がつき過ぎて止まれない、というものと
これが止まった時に生きていられるのか、という自分への問いかけ。

そして最悪なのは

(;,,゚Д゚)「げっ――!?」

目の前に広がる、公園への下り道の存在だった。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:50:01.06 ID:dp17T3df0
ギコが文字通り飛び出してから数分後。
陽が傾き終え、その頭部をギリギリ保っている時間。

誰もいなくなったギコ家の門に、一つの人影が姿を現した。

ノハ#゚听)「…………」

ヒートだ。
例の痛々しい包帯を頭に巻き、呆然と突っ立っている。
ただその肩には、その姿に似つかわしくない物体が担われていた。

竹刀を入れるための布製ケース。

内部にそれが在ると誇張するように膨らみ、重量を示すかのように帯が彼女の肩に食い込んでいた。

ノハ#゚听)「……うんッ」

己を後押しするかのように頷き、歩き出す。
先ほどまでギコがいた場所には、もう一台の自転車が置かれていた。

おもむろに取り出したキーを差し込み、軽い金属音と共に不動の束縛を解き離してやる。
跨り、

ノハ#゚听)「あれッ?」

カゴに張り付いている一枚の紙に、ようやく気付いた。



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 14:51:57.00 ID:dp17T3df0
ノハ#;゚听)「な、何だろッ……とれないッ……」

爪で引っ掻いてみるが、剥がれる様子はない。
長方形で、ワケの解らない文字が描かれたそれはどう見ても紙なのだが――

しばらくハムスターの如くカリカリしていたヒートだが、結局は無視する結論に落ち着いた。
幸先が悪いなッ、と呟き

ノハ#゚听)「ギコッ! お姉ちゃん頑張るよッ!」

ペダルを踏み出して出発。
そのまま道路に出て、ギコが通った道をなぞるように走り始める。



直後、何やら悲鳴が聞こえたのだが、その詳細は後になって判明することとなる。









――――――――――――――――― To be Continued ――――



戻る第九話