( ^ω^)がマジ切れしたようです

160: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:20:05.90 ID:J+Hjp2mF0
【7.僕は語った】
「お電話ありがとうございます。『VIPプロジェクト』でございます」

( ・∀・)「もしもし、『株式会社クソミソフーズ』の茂良と申します。お世話になっております。内藤さんはいらっしゃいますか?」

「はい、お世話になっております。少々お待ちください。 ピッ」

アーイマーイサンセンチ♪ ソリャプニッテコトカイ? チョッ♪
ラーッピングガセイフク♪ ダーフリッテコトナイ プ♪
ガンバッチャ♪ ヤッチャッチャ♪

(;・∀・)(斬新な保留のメロディだな……・)
     「……あ、どうも『クソミソフーズ』の茂良です。ご無沙汰しております」

「もしもし、お電話代わりましたお。内藤ですお。
 先日はお世話になりましたお。それで、早速なんですが結論のほうは……」

( ・∀・)「ええ。そのことなんですが、喜んで下さい。無事に通りましたよ。
      具体的にどういう方向で協賛させていただくのかは、これから協議していきたいと思っています。
      あ、それから今回の案件は私が担当になりますので、よろしくお願いいたします」

「……」

( ・∀・)「? 内藤さん?」

「(やったおおおおおおおお!!)
 (ちょっ!! どうした内藤!? いきなり大声を出しやがって)
 (長岡さん、やりましたおおおッ!! あの大手の『クソミソフーズ』から協賛取りましたおッ!!)
 (え゛……mjd!? あの大企業がウチなんかの相手をするなんて……おい、内藤、お前賄賂か何か渡したんじゃねえだろうな?)
 (イヤイヤイヤイヤ、まさか。僕はただ普通に商談しただけですお)」



162: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:21:46.25 ID:J+Hjp2mF0
(;・∀・)「……」

音から察するに、おそらく受話器のマイク部分を手で押さえているのだろうが、その奥でのやりとりは全て筒抜けだった。
耳をそばだててみれば、向こうのオフィス全体が動揺と歓喜の渦に包まれ、どよめきが響いてくる。
まさに、異様なまでの喜びようだった。

「……申し訳ないですお。唐突の出来事のあまり我を忘れちゃいましたお」

(;・∀・)「いえいえ。そこまで喜んでいただけて私としても光栄ですよ」

そして、三分後。
やっとのことで冷静を取り戻した内藤が、申し訳なさそうに再び受話器の前に出て謝罪した。
僕は呆れながらもフォローの言葉を返すと、彼はばつが悪そうに苦笑いをこぼすことしかできないようだった。
ともかく気にしていない旨を伝え、強引にその場をおさめてから、僕はようやく本題を切り出す。

( ・∀・)「で、唐突なお話なんですが内藤さん、明日夕方のご予定はございますか?」

「……えっ? あっ、いや特に無いですお。明日はずっとオフィスにいるだけですお」

( ・∀・)「そうですか。ならば丁度いい。早速ミーティングも兼ねてどこか食事にでも行きませんか?
      改めて大会について色々と聞きたいこともありますし」

「は、はいっ!! 是非お願いしますお!! ……ああ、でもそれだったら僕の上司も一緒に連れて行きますかお?
 互いに初めてのお取引になりますし、挨拶もしておいた方がいいですお」

( ・∀・)「ああ、それでしたら大丈夫です。今回はヒラの私だけですから。
      今回はミーティングのためのミーティングですよ。いわゆる親睦を深めるための機会です。
      両社の担当者同士の本格的な顔合わせはまた後日にしましょう。
      そのほうが、後々スムーズに事が進むでしょうから」



166: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:23:35.28 ID:J+Hjp2mF0
結局、今回は二人だけで会を行うことで話はまとまった。

ちなみに、このように取引相手を誘うことは営業時代に培った僕自身のノウハウだ。
どの業種においてもそうであるかもしれないが、仲良くなるに越したことはないのだ。
まあ、仲良くなるとはいっても僕にとっては上辺だけの付き合いでしかないわけだが、
それでも相手の警戒を完全に解き、心を開かせることくらいは簡単にできる。
幼い頃から他人の顔色を伺いながら細心の演技を繰り返してきた僕の唯一の特技とでもいうべきか。
おかげで、現在までの社会人生活においても特に大きな壁に突き当たることはなく、円滑で平穏な毎日を送れるようになっていた。

( ・∀・)「お忙しい中わざわざ都内まで呼び出してすみません。今週は今日しか都合がつかなかったものですから」

( ^ω^)「いえいえ、こちらこそお誘いいただいてありがとうございますお。
      それに、特別手が離せない身ではないですから心配しないで下さいお」

( ・∀・)「それならよかった。ところで内藤さん、お酒は飲めるほうですか?」

(;^ω^)「あ、いえ。そこまで強くはないですけど、たしなむ程度だったら飲めますお」

( ・∀・)「そうですか……というかこう言っておいて何ですが、僕もそこまで飲める口ではないですよ。
      あくまで食事の取り合わせですから、その辺りは気になさらないで下さい。
      この近くに私がよく利用する料理とお酒が美味しい店があるので、そこでどうですか?」

( ^ω^)「僕は都内の店をあんまり知らないので、是非お願いしますお」

( ・∀・)「では、ここから歩いて3分ほどのところですので行きましょうか」

ミーティングは、互いに交通の都合がよい八丁堀で行うことになった。
駅の改札を出たところで合流して、しばしの社交辞令を交わしたあと僕は内藤を行きつけの店に案内する。



167: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:25:16.70 ID:J+Hjp2mF0
(;^ω^)「おお……すごいオサレな店ですお。
      僕はあまりこういう店に行ったことがないので、ちょっぴり緊張しますお」

( ・∀・)「内装は凝った感じですが、値段は普通の居酒屋と変わりませんよ。
      普段はどういったところに行かれるんですか?」

(;^ω^)「いや、恥ずかしながら白○屋とか、魚○とか、養老○瀧とかチェーン店ばかりで……」

( ・∀・)「いえいえ、私もその辺りはよく利用しますよ。ああいった大衆居酒屋みたいな雰囲気も好きですから」

今回内藤と一緒に訪れた店は、八丁堀のビル街の中でひっそりと隠れ家的に存在している店だ。

個室も数部屋備わっているため、取引先との商談にはよく利用している。
黒色に統一された壁のせいで店内は薄暗く、天井から吊らされた和紙張りのランプの仄かな光だけが頼りになるのだが、
その輝きは色とりどりの和紙を透かして降りそそがれ、まさに鍾乳洞の中にいるような神秘的な雰囲気を味わうことができる。
料理も逸品で、有機栽培の野菜をふんだんに使用したロハス(笑)なメニューがOLや年配のサラリーマンの間で人気を博している。
さらには酒の種類も豊富で、全国津々浦々から取り寄せた希少な地酒を味わうことができ、愛酒家の間でも評判になっているようだ。

( ・∀・)「まあ、でもこういう場所も悪くはないでしょう? 特にデートなんかには最適ですよ。
      こういう雰囲気の店は女性はたいてい好きですし、いいムードになること間違いなしです」

(;^ω^)「あはは……参考になりますお」

( ・∀・)「都内に遊びに来る機会があったら、ぜひ使ってみてくださいよ。
      仮に内藤さんが女性とここに来られたときに、私がたまたま居合わせたとしても他人のふりをしておきますからw」

(;^ω^)「……ええ。来れればいいんですが、まあなんというか、なかなか……」

( ・∀・)「……ふむ」



168: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:26:57.49 ID:J+Hjp2mF0
注文を済ませてから料理と酒が運ばれてくるまでの間、僕は内藤に話題を振り、間をつなげた。

女性関係に関する軽い内容だ。
僕は初対面もしくはそれに順ずる人間と二人きりになったとき、最初にこういった話題で相手の反応を見る。
相手が食いついてくればその後は、多少下品な方向に持っていってでもその場を盛り上げるようにするし、
逆に相手が食いつかないようであれば、別の話題へと切り替える。
つまりこの反応で、相手の大抵の性質は予想がつくというわけである。

(;^ω^)「そういえば、茂良さんのその指輪……もしかして結婚されてるんですかお?」

( ・∀・)「ええ。子供はいませんが、もう2年目になります。しかし、結婚も面倒なだけですよ。
      小遣いは減るし、家庭サービスも必要だし、それに相手方の親戚との付き合いもしなくてはいけない。
      結婚は人生の墓場といいますが、まさにそれを実感しているところです」

(;^ω^)「そんなものですかお」

( ・∀・)「そんなものですよ、結婚なんて。楽しいのは最初の1年だけです。
      よっぽど独身のほうが身軽でいいものだと思いますよ」

(;^ω^)「……茂良さんも大変なんですお」

( ・∀・)「ええ……まったくです」

ここまで会話をしてから、僕は黙りこんだ。

どうやらこの内藤という男、こと女性関係に関してはあまり上手くいっているわけでもないらしい。
証拠に、なんとか僕の話を返そうとしているのはわかるのだが、それでも熱心に食いついてはこない。
そこで僕は自分の身の上話を、いかにも悲劇であるかのごとく自嘲気味に語ってみた。
話題の矛先を自分に向け、あざけることで彼が話しやすい環境をつくったのだ。



171: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:28:29.97 ID:J+Hjp2mF0
「お待たせしました。生ビール中二つお持ちしました」

( ・∀・)「では、大会の成功を願って乾杯といきましょうか」

( ^ω^)「はい、ですお」

( ・∀・)「乾杯」

( ^ω^)「乾杯」

僕たちは軽く杯を交わしたあと、それぞれグラスを口に運んだ。
僕は三分の一ほど、内藤は半分ほどビールを飲み込む。

( ・∀・)「……ふう、やはり仕事のあとのビールは格別です。このしみ込む感じがたまりませんね」

( ^ω^)「……ぶはっ!! いつもは発泡酒ばかりなんですけど、でもやっぱりビールのほうがおいしいですお」

( ・∀・)「はは、まったく同感です。私も家ではビールが飲めない身ですから。
      節約のための発泡酒とはいってもやはり毎日飲んでいては飽きてしまいますよね」

( ^ω^)「やっぱり生がいちばんですお!! しかもこのサラダUMEEEE!!!!」

( ・∀・)「ははは、喜んでいただけてよかった」

内藤はビールのグラス片手に、運ばれてきた前菜のサラダを口に押し込んでいく。
この店の反応は聞かずとも、上々なようだ。
そして、この後は本題である商談の話を進めた。
思いのほかスムーズに事が運び、『VIPプロジェクト』が主催者側に対して、
『六甲のびゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛水』の公式採用の交渉を行う、
また、その最終段階として『VIPプロジェクト』と『クソミソフーズ』の各責任者が立ち会う、という二点で同意がとれた。



173: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:30:10.99 ID:J+Hjp2mF0
僕たちのミーティングはそれだけには留まらなかった。
次第に話題は互いのプライベートを含むものへと移っていったのだ。

だが、今考えておけば、自重すべきだった。
僕は基本的に深酒をしないと決めていたのだが、このときだけは調子に乗りすぎたというべきか。
酒とは恐ろしいもので、その場の雰囲気に駆られて余計なことを喋らせるような魔力を持っている。
そして、まさに僕はその呪術の影響にはまってしまったようだ。

事の発端は、再び女性関係の話題に戻ったときのことだ。

(*^ω^)「ところで、茂良さんは今おいくつなんですかお?」

(*・∀・)「今年で31になりますけど、何か?」

(*^ω^)「いや、若々しいなと思ったんですお。
     スーツの着こなしもこういう店のチョイスもオサレだし、さぞかしモテモテでしょうお」

(*・∀・)「ははは、そんなことはないですよ。内藤さんはどうなんですか、最近は?」

(*´ω`)「……まあ、相手がいないといえば嘘になるんですけど……何というか、いろいろと事情があるんですお」

(*・∀・)「……事情?」

含みをもたせた台詞を吐き出して、内藤は黙りこくった。
伏目がちになり、はあ、とため息をつく仕草は、先ほどの時と似たような反応だった。
最初のときは、女性には縁のない喪男特有の反応かと思って流していたのだが、それとも違うようだ。
少なくとも内藤が嘘をついているようには思えない。
むしろ正確にいえば、自分の女性関係の話には触れないでほしいといった拒絶を感じ取れるのだ。



174: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:31:42.54 ID:J+Hjp2mF0
しかし、僕は敢えて訊いてみた。
知りたくなったのだ。
ひねくれた天邪鬼の本性が顔を出し、意地悪をしてみたくなったのである。

(*・∀・)「ははあ、もしかして先日同席した、風羽さんという女性のことですか?
      みたところ彼女はあなたのことを慕っているようですし。それに僕から見ても可愛らしい女性だ」

(;゚ω゚)「!?」

その瞬間、内藤の表情は凍りついた。

いつも笑みをたたえている柔らかな表情から一変して、戦慄ともいうべきものが彼の中を走り抜けたのである。
僕は彼の豹変ぶりに一瞬うろたえ、しまったと思った。
怒悪よりも、激昂よりも、憤懣よりも恐ろしい表情に感ぜられたのだ。
一時的な感情の暴発だとかいう生易しいものではない。
それよりもさらに深い彼の内で寄生しているグロテスクなものが、表面に現れたという表現がふさわしい。

だが、僕は訊くことをやめなかった。
酒のせいで、恐怖に対する感覚がマヒしていたのだ。
それに、僕には興味があった。
内藤という柔和な人間に潜む内なる悪がどれほどおどろおどろしいものかを見たい、
という欲望にすっかり支配されてしまっていたのだ。

(;^ω^)「べ……別に、彼女は関係ないですお!!
      確かにそりゃ可愛らしいところもあるのは認めますお……けど、それは後輩として……」

(*・∀・)「そうですか? そう言いながらもまんざら厭そうには見えないですけどねえ」



178: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:33:01.36 ID:J+Hjp2mF0
(;^ω^)「いやいや、僕は別に付き合いたいだとかそういうわけじゃなくて……」

嘘だ。
大げさに首と手を横に振って否定する彼を見て、僕は直感した。
少なくとも、彼は風羽に好意を抱いているか、抱きつつあるかどちらかだ。
照れくさいから否定しているというわけではなく、どちらかといえば、
彼女に好意を抱くことにどこか後ろめたい気持ちがあって、それを悟られたくないから否定しているようにしか映らない。

ならば、

(*・∀・)「もしかして、内藤さんは既に彼女がいらっしゃる、とか?」

(;゚ω゚)「――ッ!!」

(*・∀・)「……どうやら図星みたいですね」

これしか考えられない。
内藤の狼狽ぶりから察して間違いはないだろう。
元々付き合っている恋人こそいるが、心中では既に飽いており一秒でも早く関係を断ち切りたい。
だが、彼女のほうはそれを許さない。
そんな中、内藤は風羽に好意を抱いてしまった、というところだろう。

(;゚ω゚)「……」

内藤は冷静を装いつつ、無言でビールの残ったグラスに手をかける。
しかし、彼のその震える指は真実を物語っていた。



179: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:34:26.65 ID:J+Hjp2mF0
(*・∀・)「でも、気になさらないで下さいね。そういったことは男だったら一度や二度はあることです。
      僕自身だって、妻という女性には飽きています。
      ……いえ、正確には元々熱を入れていたわけでもないですけどね。
      しかしながらそういった立場である以上、おおっぴらに別の女性と付き合うことは難しいです。
      元々の彼女と別れるか、それとも知らん顔して風羽さんと同時に付き合うか。
      もしくは、風羽さんを諦める選択肢もありますが、精神衛生上はよくありませんね」

僕は、すっかり沈み込んでしまった内藤を励ますようにこう言った。

事実僕だって、こういった立場に甘んじている。
いわば彼とは同じ穴のムジナだ。
違うことといえば、僕が根本的に女性を愛することがない点だ。
僕は女性を性を交わす相手、そして僕の悪を開放する対象としか見ていない。
ともかく、彼――内藤という男に対して自分と近いものを感じずにはいられなかった。

(#゚ω゚)「簡単にそんなこと言うなおッ!!
     どうして僕がツンを裏切らなきゃいけないんだおッ!!
     僕は彼女のことが大好きだお!! それに彼女だって……なのにどうしてそんなことをッ!!」

(;・∀・)「!?」

突然内藤はテーブルに拳をたたきつけて立ち上がり、僕の方に身を乗り出してきてきた。
そして、ほかの個室にまで響くほどの大きな声で叫んだ。
想定外の彼の行動に、僕は思わず固まってしまう。



181: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:36:11.69 ID:J+Hjp2mF0
(;´ω`)「……ッ!?
     ……申し訳ないですお。別に茂良さんはこの件に関係がないんですお。
     取り乱してすみませんお……」

と、転がって中身がこぼれたグラスに気づいて、ようやく内藤は冷静を取り戻し謝罪した。
それもそうだ。
僕自身、内藤に咎められる因縁など身に覚えがない。
どこか理不尽なものを感じつつも、僕はあくまで気にしていない旨を彼に伝えた。

( ・∀・)「いえいえ、こちらこそ申し訳ない。
      酒のせいで僕も少しすぎた発言をしてしまいました。……しかし、気にかかる。
      どうやら内藤さん、あなたは自分でどうにもできないような複雑な事情を抱えているようだ。
      ……よかったら、僕に話してくれませんか? それで少しでも楽になれば幸いですし」

店員を呼んでテーブルを片付けてもらい、新たにグラスを運ばせたあとに、
僕は神妙な面持ちをしながら、静かに切り出した。
正直、内藤がどういう状況に陥ろうがどうでもいいのではあるが、親身を装ってでも彼の事情とやらを聞きたかったのだ。

(;´ω`)「……まったくの他人の茂良さんにこんなことを話すのも、申し訳ないですお。
     少し湿っぽい話になってしまいますが、いいですかお?」

( ・∀・)「ええ、かまいません。それに他言はしませんので、ご安心を。」

(;´ω`)「……ありがとうございますお。
     では、私事ながら喋らせてもらいますお。
     話は、僕が入社して3年経ったころから始まりますお――」



183: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:37:57.70 ID:J+Hjp2mF0
(;´ω`)「僕がようやく仕事を覚え、新しいグループで事務作業を任される状況になりましたお。
     上司の信頼を一身に受け、自分の責任で仕事をする。
     さあ、これからだ、と張り切っていたときに『彼女』は現れたんですお」

( ・∀・)「『彼女』……とは?」

(;´ω`)「名前は津村といいますお。僕はツンと呼んでいましたお。
     実は彼女というのが僕の小学校からの同級生だったんですが、
     僕が大学を中退して先に今の会社に入ったために、彼女にとって僕は上司という立場になったわけですお」

( ・∀・)「まさに運命的な出会い、という感じでしょうか? ……まあそれはさておき、
      ひとつ訊きますが、それ以前に彼女とは何かあったんですか?」

(;´ω`)「小学校のときには彼女をからかったり、中学校のときには少し話したりしましたけど、
     直接的に、それ以上の進展は何もなかったですお。
     でも、僕は彼女が怖かったんですお……」

( ・∀・)「……それは、どうして?
      まったく知らない仲ではなかったんでしょう?
      むしろ『普通』ならば、再会を喜びあったり、昔話に花を咲かせたりするんでしょうが……」

(;´ω`)「……恥ずかしながら僕自身、小中学生を通して楽しい思い出なんて全然ないんですお。
     同級性たちに上履きは隠されるし、朝学校にきたら机に花瓶が置かれるし、
     果てにはエスカレートして暴力を受けることもありましたお……」

( ・∀・)「ふむ……なるほどね」



185: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:39:45.72 ID:J+Hjp2mF0
僕は、顎に手を添えて考え込むような仕草をして、ふと、満杯に注がれたカクテルのグラスに視線を落とした。
天井のランプから注がれる光は、複雑なカットが施されたグラスと真赤の液体の中を複雑に走り抜けて、
テーブルに赤い陰影を映している。
僕は惜しげもなくそれを手に取り、ぐっと飲み干す。
そして、再び彼のほうに視線を戻した。

(;´ω`)「……」

彼の憂いげな姿を見て、僕は思う。
おそらく彼は器用な人間ではないのだろう。
そのことは彼のこれまでのたどたどしい言動から、簡単に窺えた。

もちろん、僕自身の過去だって何一つ誇れるものはない。
この世に生を受けてから、嫌悪と、劣等と、欺瞞に塗れた人生を送っていた。
他人から見てみれば羨むべきこともあるだろうが、それは単なる虚像にしか過ぎない。
ただ、他人の本質に触れることで自分の下劣さを思い知ることに怯え、道化として演技しつづけた結果だ。
性行為を経験することで他人に対する恐怖こそ薄れたが、それでも幼いころから植えつけられた思想を払拭できずにいる。
証拠に、名も知らぬ『彼女』との交わり以来もずっと不本意ながら他人の顔色を伺い、他人が望む行為を続けてきた。
気がつけば、自己主張ができない、自己主張の方法を知らない人間になっていたわけだ。

いわば、欲望を開放することでしか自分の本性を表現できない、空虚の人生。
そして、今も、これからもずっとそうだろう。

だが、困ったことに彼は演技が下手くそなのだ。
僕は、苛めだとかそういった迫害から必死に逃れようと『茂良ちゃん』を演じ続けてきたため被害を受けることがなかったのだが、
逆に彼はそういったことが苦手であったために辛い学生生活を送ってきたのだろう。
しかし、逆にそれがうらやましくもあった。
彼は自己表現の術を持ち合わせている。
だから彼は、僕なんかよりもはるかに人間らしい人間であるように映ったわけだ。



188: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:41:27.19 ID:J+Hjp2mF0
(;´ω`)「当然ながら、僕が苛めを受けていることをツンは知っていましたお。
     だからこそ、怖かったんですお。
     僕の隠された歴史をばらされるのが。
     事実、僕の高校生活以降からは――すべてが順調とはいえないですけども、それでも、
     僕なりの小さな喜びを手にすることができたんですお。
     僕のことを認めてくれる人もいたし、カーチャンだって心から僕を応援してくれましたお。
     でも、彼女が僕の前に現れたことで、すべてが台無しになってしまう可能性があったお。
     だから……」

( ・∀・)「彼女を避けた。そういうわけだね」

(;´ω`)「はい。僕は、ツンに細心の注意を払って接しましたお。
     でも……そのせいで僕はツンの怒りを買うことになりましたお。
     言うなれば、最悪の形で彼女を裏切ることになったんですお」

( ・∀・)「……裏切り、とは?」

(;´ω`)「彼女はまったく、僕の過去を皆にばらしてやろうだとか、そんなことを思ってはいなかったんですお。
     それどころか、僕の気遣い……というか、彼女を不快にさせないようにとった行動を喜んですらいたんですお。
     だから、彼女は怒ったんですお。
     僕がただ怯えていただけだと知って。……まあ、今思えば恥ずかしい限りの話ですお」

( ・∀・)「彼女は君の過去をまったく気にしてなかったんだね。
      それどころか、君の接し方に好印象さえ抱いていた」

(;´ω`)「はい……というか、彼女も過去に僕と同じ境遇にあったんですお。
     彼女自身も陰ながら、苛めを受けていたんですお。
     当時の僕に知る由もなかったんですけど、女性の苛めっていうのがどうやら目に見えにくいもののようで、
     つまり、彼女も僕にまったく同じ感情を抱いていたんですお」



192: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:43:08.44 ID:J+Hjp2mF0
( ・∀・)「つまり、彼女も怖かったわけだ。君に過去をばらされることが。
      でもその不安は君が優しく接したことで、薄れていった」

(;´ω`)「そういうことですお。
     僕は、これまでずっとツンが手に届かない存在だと思っていましたお。
     中学生のときに演劇をしたことがあって、その時の僕の役は単なる植物で、
     一方ツンは、皆の注目を浴びるお姫様。
     変な例えですけど、僕が植物で彼女が人間。
     それくらいの差を感じていたんですお。
     でも、そこには差なんてなかった。彼女は僕のことを認めてくれたんですお」

( ・∀・)「なるほど。類は友を呼ぶ……というのは少々失礼だが、君たちは互いにシンパシーを感じていたわけか。
      そして次第に仲が進展し、君たちは……」

(;´ω`)「最終的には結婚を誓い合う仲になりましたお。
     まあ、それは家庭の事情もあったんですけど……ともかく、僕たちは新居を構えることになって、
     具体的に引越しをしよう、と準備するまでに話が進んだんですお」

( ・∀・)「結婚を考える仲か。すばらしいことじゃないか。
      ……でも、どうして? うまくいっていたはずじゃなかったのかい?」

(;´ω`)「……ここで、『あの』出来事が起こったんですお。
     今でも僕は後悔していますお。なぜお金をかけてでも業者を呼ばなかったのかって。
     ……僕たちは経済的な事情もあって、友人と3人だけで引越し作業をしたんですお。
     でも、それが間違いだった」

( ・∀・)「……それは?」



194: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:44:50.54 ID:J+Hjp2mF0
(;´ω`)「――階段で、大きな家具を運んでいる途中で、彼女は誤って頭から転落したんですお。
     救急車を呼ぶほどの重体でしたお。
     ここからは……僕は、錯乱していてはっきりと覚えていないんですけど、
     気がついたら彼女は病院のベッドの上で横たわっていましたお」

( ・∀・)「……それから?」

(;´ω`)「医者は、彼女の命に別状はないと言いましたお。
     ただ……彼女が目覚めることもない、とも言いましたお」

( ・∀・)「……」

(;´ω`)「……」

いたたまれないような沈黙が、流れた。

僕は内藤が皆まで言わなくても状況を完全に把握できた。
彼女はただベッドに横たわることしかできない、植物人間になってしまったのだ。
そして、おそらくそれは今この瞬間にも同じだ。

同時に、ようやく先ほどの激昂の理由を納得した。
内藤はその出来事からずっと、罪の意識を感じ、悩み苦しんでいる。
だがその反面、風羽に惹かれはじめている自分にも気がついている。
だから、憤慨した。

彼は元々の恋人に飽いたわけでも、愛していないわけでもない。
むしろ、彼女の再来をわずかな希望に託している。
しかしながら、風羽という存在が彼の頭にまとわりつき、離れない。
風羽に心を傾けてしまえば、それは津村に対する背徳に他ならず、彼は懊悩することしかできない。
つまり、僕は先ほどの発言で彼のもっとも痛いところをついてしまったわけだ。



196: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:46:32.49 ID:J+Hjp2mF0
(  ω )「……お」

内藤は、口ごもるように続けた。

( ・∀・)「え……?」

(  ω )「ほとんど毎日、僕は彼女に会って話をしているんだお。
       会社の飲み会で上司がアフロのカツラをつけて踊った可笑しい話を。
       春になって会社のそばの並木道に咲いた桜の花が美しい話を。
       仕事で『クソミソフーズ』の協賛が取れてとてもうれしかった話を。
       昨日だって、今日は茂良さんと飲むから少し遅れるってことも話したお……なのに」

そして、

(#゚ω゚)「彼女は、それでも何も答えてくれないんだおッ!!
     泣いても、笑っても……怒ってもくれないんだお!!
     ……病室では僕の声しか聞こえないんだお。
     他の人だってたまに彼女に会いにきてくれるけど、それでも目を閉じて黙ったままなんだお!!」

( ・∀・)「……」

(# ω )「……なのに、何でッ!!
      ……っく……」

今まで溜めていた感情を、津村という女性が倒れてからずっと彼の内でうごまいていた感情を開放した。
通りかかった店員や他の個室の客が一瞬のぞきこんだが、それでも彼は意に介さず、叫んだ。
先ほどの憤慨とは比べ物にならないほどの怒号だった。
想いを完全に言葉にできないまま、吐き出すだけの行為。
見ている側としても非常に辛く、情けない姿だった。



199: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:48:16.98 ID:J+Hjp2mF0
だが、僕は彼の姿を美しいと思った。

容貌だとか見てくれだとかいう、表面的な美しさではない。
彼の内なるところからとめどなく出てくるもの、理性に複雑に絡み合う醜状たる『悪』。
僕はそれに感動すら覚えていたのだ。
少なくとも僕にはできない。
怒ったふりや、笑ったふり、泣いたふりを一種のパフォーマンスとして行うことはできるが、
それを普段に、自然とやったことはない。

僕は、彼の姿に人間の美の本性を見た。
ブッダが悟りを開いた瞬間というものはまさに、こういう感覚なのだろうか。
ようやく僕は、内藤という人間に惹かれた理由が解った。
彼は内なる『悪』を、最も美しく見える、僕ができないような方法で開放できる人間であるからだ。
『世間一般的』にはおかしな感情であるかもしれないが、それは紛れもない事実だ。

そして、僕は思った。
もっと彼を知りたい。
彼の内なる『悪』を見てみたい、と。

(  ω )「……うっ」

( ・∀・)「……」

落ち着きを取り戻し、内藤はテーブルに小さく崩れ、震えた。
だが、僕は安っぽい慰めの言葉を掛けなかった。
彼自身そんなことは聞き飽きているだろうし、それに言ったところで津村の意識が戻るわけでもない。

だから、代わりに僕はこう切り出した。



201: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:49:57.59 ID:J+Hjp2mF0
( ・∀・)「最初に言ったように、解決できて君の気が楽になるのならば……
      と思って聞いていたが、どうやら僕にはそれすらできそうにない。
      君の苦しみは君にしかわからないからね。僕に理解できるはずもない。
      だが、逃れられる方法ならば知っている。
      それは君の行動からすべての理性を排除することだ。
      時折あるだろう? 口には到底出し切れないような黒い感情が君を支配することが。
      そう。その感情にすべて身を任せてしまえばいい。
      そしていっそのこと、すべてを忘れて淫靡な行為に溺れてしまったほうが楽かもしれない。
      そうだな……君にとって、いちばんいい相手は――風羽さんあたりが……」

(  ω )「……言ってるんだお」

内藤は何かをつぶやいたが、僕はかまわず続ける。

( ・∀・)「端的にいえば、津村とかいう女性のことを考えないことだ。
      君がその彼女をどれだけ愛しているか解らないが、彼女では少なくとも精神的にも肉体的にも君の相手は無理だ。
      少なくとも僕ならば、彼女は植物と同じで人間としての価値はないと判断する。
      ならば、いっそのこと新しい女性と交わったほうが……」

(#゚ω゚)「何を言ってるんだお!! 僕に彼女を捨てろというのかお!!
     それにツンは……植物じゃないお!! 人間だお!!
     それをお前は物みたいにッ!! その上風羽さんのことも……」

僕が言い切らないうちに内藤は立ち上がり、僕のワイシャツの襟首を掴んで強引に引き寄せた。
酒臭い息が、僕の鼻をつんざく。
だが、僕は怯まなかった。
涙と鼻水に汚れきり、目を真っ赤にしてしわを寄せる内藤の顔を冷たく見据えて、さらに続ける。



203: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:51:39.03 ID:J+Hjp2mF0
( ・∀・)「ならば、どうして風羽さんを拒絶できずにいる?
      それほどまでに津村とかいう女性が大事ならば、彼女だけを見ていればいいんじゃないのかい。
      彼女を心の中から愛しているんだろう?
      ……どうした? 心の奥から純粋に彼女だけを愛していると言えないのか?
      ふん……だったら、やはりそれは嘘だ。
      自分を正当化したいだけの虚偽に他ならない。
      君は、眠り姫になった彼女を愛し続けるという状況に酔いしれたいだけなんだ。
      それは、『世間一般的』に美徳であるし、君自身もそれを信じて疑わないからね。
      少なくとも、今君の言っていることは――」

(#゚ω゚)「黙れッ!!」

僕の言葉はさえぎられた。
内藤の拳が途中で飛んできたからだ。
残念ながら僕は護身術の心得もなく、あっけなく壁に突き飛ばされることしかできなかった。

(メ・∀・)「……っく」

僕は中途半端に仰向けに寝転がる格好で、内藤のほうを見上げた。
内藤は無言で、肩を大きく揺らしながら立ち尽くしていた。
その表情は逆光のせいで、よくわからない。
だがそれ以上に動かないことから、さらに飛び掛ってくる気配はないようだ。

これ以上は危害がないと判断すると、次に僕は身体の感触を確かめた。
口にじわじわと鉄臭い味が広がる。
おそらく、はずみで口内を切ってしまったのだろう。
頬も焼けるように熱い。
そして、鈍い痛みが皮膚の下で脈を打っていた。



207: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:53:25.60 ID:J+Hjp2mF0
(#゚ω゚)「……もう、アンタとは話したくもないお。残念だけど、この取引はなかったことにするお」

内藤は鼻息を荒くしながら自分の鞄をひったくると、そのまま踵を返し、個室から出て行ってしまった。
僕は同じ姿勢のまま、呆然とそれを見つめることしかできなかった。

(メ・∀・)「……やれやれ。僕としたことが、つまらぬ失態をしてしまった。
      まあ、いいか。しかしこの怪我はどう言い訳をしようか」

そこではじめて、僕は口元をハンカチで拭い、姿勢を正した。
と、そこに、この騒ぎを聞きつけて店員と他の客が再びやってきたが、
僕は大丈夫だから、と説明し、彼らを帰させた。

今度は、後悔はしていなかった。
冷静に考えてみれば、このせいで『VIPプロジェクト』の取引が破談になったところで、僕の会社には何の影響もない。
代わりの会社などいくらでもある。
それに発言が不謹慎だったとはいっても、先に殴ったのは内藤のほうだ。
別にやりはしないが、仮に刑事裁判になれば明らかに向こうが不利な状況だ。
むしろ、この顔の腫れの言い訳だけが気がかりだ。
きっと明日会社に出れば、すぐに他の社員が訊いてくるにちがいない。

僕はいろいろと思いを巡らせ、はあ、とため息をついた。
そして、姿の見えない内藤へつぶやくように言った。

(メ・∀・)「予言しよう。君が選ぶ道は二つ。
      津村を捨てて、風羽と結ばれ罪の意識に苛まれながら生きるか、
      風羽を捨てて、意識の戻らない津村と今後を共にするか。君は同時に二人を選べはしない。
      誰が見たって君は不器用だ。それに、今みたいな中途半端な状況もそんなに長くは続かないだろう。
      おそらく両者に対する愛情の呵責に耐え切れなくなって狂ってしまうはずだ……もう、聴こえていないだろうけどね」

そして、これが『正常』な状態の彼との最後の邂逅だった。



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