( ^ω^)がマジ切れしたようです

209: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:55:00.94 ID:J+Hjp2mF0
【LAST:僕は知った】

「茂良さん、2番にお電話です」

( ・∀・)「ん? どこからだい?」

「すみません、あまり聞き覚えのない会社からなので聞き取れなくて……」

( ・∀・)「こらこら、次からは先方の会社名と担当者くらいはしっかり聞いておいておくれよ」

「はい、すみませんでした。テヘッ」

(;・∀・)「やれやれ……まったく。
      ……お電話代わりました、茂良です」

内藤との会合から二週間ほど経ち、僕は普段通り仕事に追われる日々を送っていた。
結局『VIPプロジェクト』との取引は一時休止、というよりは未だ開始の段階に至っていない。
役員の決裁が遅れていることもあったが、あれ以来向こうからの連絡が全くなかったためでもあった。
それに、僕自身も例の宣伝カーの案件で忙しかったこともあり、ついつい放置してしまったのだ。

「いつもお世話になっています。私は『VIPプロジェクト』の栖来と申します」

( ・∀・)「……ああ、どうもお世話になっています」

そしてようやく、今頃になって連絡が来たようだ。
電話を掛けてきた担当者は内藤ではなかった。
凛とした低い声が印象的な、栖来と名乗る女性だった。



215: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:56:39.45 ID:J+Hjp2mF0
しかしながら、取引をやめると言っておきながら今更虫のいいことだ。
おそらくは内藤の上司にあたる人間が、僕に謝罪をしたい旨を伝えるつもりなのだろう。
僕は社内にはこの件については伏せていたため、こちら側からすれば何事もなかったに等しいのだが、
向こうの立場からすればかなり重大な、最悪、裁判も覚悟せねばならない事態だ。
ただし、僕は事を荒立てる気はなかったため、穏便に回答をするつもりではいた。

だが、

「いつも内藤がお世話になってましたが、諸事情によって私が担当を引き継ぐことになりました。
 で、まことにお恥ずかしい限りですが、案件のほうはどこまで進んでいらっしゃるのでしょうか?
 実は今回の案件、内藤が一人で抱えていたものですから進捗状況がよくつかめない状態でして……」

( ・∀・)「? それはどうい……いや、内藤さんがどうかされたんですか?」

栖来の切り出してきた話の内容は、僕の予想とは別のものであった。
思わずのど元にまで出かかった言葉を飲み込み、冷静に事情を分析する。
まるで先日の出来事を知らないような、そんな口ぶりだ。
いや、実際に知らないのだろう。
とすれば考えられることはただ一つ、内藤も先日の件を内部に伏せていることだ。

それよりも気になるのが、内藤が当社の担当から外れた事実だった。
事情が相手方に伝わっていないとなれば、唐突の担当者変更はあまりに不自然すぎる。

ともかく、僕は咄嗟に状況を飲み込み、彼女に訊きかえした。

「実は……先日から内藤は入院のためお休みを頂いておりまして……」



216: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:58:13.62 ID:J+Hjp2mF0
( ・∀・)「……入院?
      先々週にお会いしたときは元気そうでしたが……内藤さんに何が?
      ともかく、それならそうと早く知らせて頂ければお見舞いに参りましたのに。
      差し支えなければ、入院先を教えて頂けませんか?」

「それが、事情が事情のため……いえ、わかりました。
 ならば私も同行します。詳しいお話はそれからで」

( ・∀・)「……はあ」

結局その日の夕方に、僕は内藤が入院している病院で、栖来と名乗った女性と待ち合わせることにした。

たどり着いたのは、電車で一時間ほど、その後にバスで十五分ほどかかる住宅街に位置する中規模の病院だ。
門に一歩足を踏み入れれば、数種類の花を咲かせた花壇と等間隔に植えられた並木のアーチが僕を出迎える。
彩を添えるために設けられたものだと思われるが、その規則正しさが逆に作為的であり、気持ちの悪いものだった。
そして、その奥に見える大きなコンクリート造の建物は病棟だ。
清潔感を表現するために白く塗られてはいるが、所々に黒ずんだ汚れやひび割れが浮かび、
人間の生死を司る機能を持つ病院本来の不気味さをかもし出している。

川 ゚ -゚)「『クソミソフーズ』の茂良さんですか? はじめまして、私『VIPプロジェクト』の栖来と申します。
     今日は同期の内藤のためにわざわざご足労いただいて、申し訳ございません」

( ・∀・)「はい、私が茂良です。
      いえいえ、こちらこそ内藤さんにはお世話になっていたので当然のことですよ」

病棟の入口では、黒のパンツスーツを纏ったロングの黒髪の女性が既に立っていた。
電話での声に違わない、引き締まった印象の女性だった。
簡単に社交辞令の挨拶と名刺交換をすませると、僕たちは病棟の中に入っていった。



220: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 00:59:51.38 ID:J+Hjp2mF0
( ・∀・)「……そうですか」

病棟の廊下を歩く中、僕たちの間に奇妙な空気が流れていた。
初対面であるから、というよりも、この重々しい状況がそうさせたのだろう。
互いに核心を伏せて語るという状態での、探り探りの会話だった。

実際、僕は内藤と仲がいいというほどの間柄ではない。
事実を引き出すために、あたかも懇意の仲であるという嘘をついただけだ。
むしろ二週間前のあのときが最初で最後の、彼と語り合う機会だったのだ。

しかし一方で、彼女、栖来のほうも一つ嘘をついていることがわかった。
彼女のようなポーカーフェイスの、表情の変化が薄い人間でも、必ず嘘をつくときに何らかの反応を見せるものだ。
それを見破るのが、幼い頃から他人の表情を注意深く観察していた僕のもうひとつの特技である。

彼女は嘘をつくときに、きまって瞳孔が収縮する。

それは、風羽の体調不良による入院に触れたときに一回。
僕は彼女の変化を見逃さなかった。
だが、どの部分で嘘をついたかは判断し辛かった。
体調不良が嘘なのか、それとも入院したこと自体が嘘なのか。
ともかく、内藤の入院と同じタイミングで彼女の身にも何かが起こったのは事実だ。
これは明らかに不審なことで、おかげで色々とあらぬ邪推が僕の頭を埋め尽くしたが、
どちらにせよ内藤との間に何かがあったことだけは間違いないだろう。

川 ゚ -゚)「ここが、内藤の病室です」

そうこうしている間に、栖来はある病室の前で足を止めた。
『503』と刻印されたプレートの下には、『津村』と『内藤』の文字があった。



222: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:01:15.14 ID:J+Hjp2mF0
( ・∀・)「……わざわざありがとうございます。
      ところで、無理を承知でお願いがあるのですが、内藤さんと二人きりで話がしたいのです。
      ともかく、会話ができるかは別にして、腹を割って言いたいことがありますから」

僕は、栖来に一人で病室に入りたいという意思を伝えた。

川 ゚ -゚)「……そうですか、わかりました。では私はこれで」

その結果、僕の要望は以外にあっさりと受け入れられることとなった。
栖来は今後の仕事方針についての打ち合わせを後日に行いたい旨だけ告げると、そのまま病院を後にする。
内藤と風羽が抜けた結果、仕事のしわ寄せが回ってしまいゆっくりもしていられないのだろう。
それに、おそらく内藤のいたたまれない姿を見たくないという部分もどこかにあるはずだ。

まあ、ともかく内藤と違って有能そうな人物だ。
今後の仕事はスムーズに進むだろう。
僕はため息をひとつ漏らすと、病室のドアをノックした。

( ・∀・)「……」

返事はない。
二人に意識がないのだから当然であるが。
しかしながら最低限の礼儀だけは忘れずに、僕は一声かけてノブに手を掛ける。

( ・∀・)「……失礼します」

ドアを開けた瞬間、窓から放たれた夕日の茜色の光が僕の目を突き刺した。
まぶしさに眩みつつも、僕はゆっくりと中に入っていく。



224: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:02:39.14 ID:J+Hjp2mF0
次に僕の目に飛び込んできたものは、僕の半身ほどの大きな窓と、その直前の棚に置かれた花瓶、
そして、左右に並べられた二つのベッドだった。
僕は迷わず部屋の中央まで歩み寄り、まず、左のベッドを覗きこむ。

ξ )ξ「……」

( ・∀・)「……例の彼女、か」

左に横たわっていたのは巻き毛が印象的な、白肌の女性だった。
美しい女性だった。
正常な状態であれば、だが。

しかし、今では目を覆いたくなるほどの無残な状態だった。
その腕と首は衰弱してやせ細り、表面には紫色の血管が葉脈のようにくっきりと浮かんでいる。
顔はさらに凄惨たるものだ。
表皮は枯木のように乾燥してかさつき、頬が萎れた茎のようにすっかりそぎ落ちている。
そして、力なくぽっかりと開かれた唇は、菫の花弁のように蒼白していた。

( ・∀・)「植物……か。皮肉にもまさにこの表現がぴったりだね」

点滴の管が腕から垂れ下がっている様子ですら、液肥を注入しているように見えた。
内藤は必死に否定していたが、僕以外の他の人間が見ても植物に見えるだろう。
少なくとも僕にとって、欲情できる対象ではない。
それでよく彼は彼女を長い間愛し続けたものだ、と関心した。

( ・∀・)「残念ながら、君に特別話があるわけじゃないんだ。
      まあ、一目会いたいという興味はあったんだけどね」

彼の『恋人』への挨拶を手短に済ませると、僕は背後に振り向いた。



225: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:04:07.61 ID:J+Hjp2mF0
(  ω )「……」

( ・∀・)「……やあ、内藤さん。先日は世話になったね。
      まったく君に殴られたせいでアザを誤魔化すのに苦労したよ。
      まあしかし、この件誰にも他言はしないから安心して欲しい。
      仕事のほうもこれからは君の同期の栖来さんと商談を進めるから心配いらないよ。
      ……と、言っても今はものを言えない状況みたいだがね」

右側のベッドには、変わり果てた姿の内藤が横たわっていた。
転落からまだ日も浅く、体格にそれほど変化が見られない。
全身には真新しい包帯が巻かれ、唯一、表情だけが隣の彼女とまったく同じ蒼白に染まっている。

だからこそ、リアルだった。
眼前に広がる生々しい姿がかえって彼の生存を連想させ、
もしかしたら今にも目を開けて起き上がるのではないか、と僕を錯覚させたのだ。
だが、それでも返事はなかった。
ただ目を閉じて、眠っているだけだ。

僕は仕方なく、話を続けることにした。

( ・∀・)「まあ、どこで知ったかは忘れたが、どうやら植物状態でも会話だけは聞きとれるらしいね。
      というわけで、このまま僕の話を聞いてほしい。
      ……どうやら僕の予想は外れていたらしい。
      君は二つの選択を同時にしてしまったようだ。
      君は確かに横にいる津村さんを愛していた。だが、それと同じくらい風羽さんも愛してしまった。
      だが、最初の恋人である津村さんは見てのとおり反応がない。
      満たされない寂しさのあまり、君はとうとう風羽さんに手を出してしまったんだろう?」



229: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:05:32.62 ID:J+Hjp2mF0
窓から生暖かい風が吹き込み、花瓶に添えられた色とりどりの花の香りがこちらに運ばれてくる。
だが、その香りは見た目ほど心地よいものではない。
むしろ不快なほどの青臭さに、僕は顔を少しだけしかめた。

( ・∀・)「……それにしても、今まさに実感しているんだが、植物状態の人間に喋りかけることほど気味悪いことはないよ。
      まるで、人形と話しているようだ。
      実際に植物状態の人間を自分の目で見れば印象が変わるかと思っていたが、やはり僕の予想通りだったよ。
      こんなこと毎日繰り返してたら、僕なら間違いなく発狂するね。
      ……だからこそ君が風羽さんを求めてしまったことも頷ける。
      誰も君を責める者などいないさ。いや、実際そうだったんだろう?
      とにかく君の選択は、そこまでは間違ってはいなかった。精神衛生を守るためには、だが。
      しかしながら、君は最後の最後でうしろを振り返ってしまった。
      津村さんのことを、いや、倫理だとか道徳心だとかそういったくだらない美徳を捨てきれなかったんだ。
      だからこそ、罪悪感にさいなまれ狂人に、果てには物言わぬ植物と化してしまった」

我ながら残酷な言葉だった。
隣に愛すべき恋人がいるというのに、内藤を陥れるようなことを次から次へと吐き出した。

しかし、これも事実。
僕はあるがままのことを言っているだけに過ぎない。
だが、内藤は目をそむけてしまった。
内なる悪に気づいていながらも同時にそれを否定する、という矛盾した行動をとってしまった。
だから、壊れた。

( ・∀・)「だが、ちょっぴり残念だったよ。
      実のところ、このまま悪意に染まっていく君を、
      そして、それを僕とは違う方法で開放する君を見てみたかったんだがね。
      ……まあ無理もないか。己の悪を認められる人間など、僕を含めて一握りだ。
      生涯を通して不器用だった君に、望むべきことではなかった」



230: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:07:17.71 ID:J+Hjp2mF0
言葉を途切れさせると、病室の中は心電図のモニターから発せられる機械音と、蛍光灯がちらつく音で埋めつくされる。
僕以外に人間の気配は、ない。
この一方的な会話にもはや意味がないことを、僕はわかっていた。
だが、僕が内藤とコミュニケーションをするためには、目の前で横たわっている水分とたんぱく質、
脂質、無機質、糖質、ビタミン等の栄養素で構成された『物質』に語りかけるほかになかった。

( ・∀・)「ずいぶん長居してしまったね。
      二人きりの甘美な時間を邪魔するつもりはなかったんだが、どうしても君に一目会いたくなってしまったんだ。
      でも、もうここに来たりはしないから、安心してほしい。
      ……ところで、最後にひとつだけ訊きたいんだ。
      ここに来てからずっと僕の頭をもたげていた疑問だったんだが、どうも納得いく答えが導き出せなくてね」

――そして、僕は最後に訊いた。


( ・∀・)「君は今、幸せかい?」


唯一、最後まで僕が疑問に思っていたことを、内藤本人にしか知りえないことを。

( ・∀・)「奇しくも……いや望むべくして君は愛すべき恋人と同じ状態になったわけだが、
      そうすることで、彼女という存在に触れることはできたのかい?
      まあ、霊体だとか魂魄だとか非科学的な概念で接触しているのかもしれないが、その場合は残念ながら知りようがない。
      それとも、聴覚、視覚、思考、記憶など大脳の機能はすべて正常に働いている、
      つまり自分の身の回りの出来事は感じ取れるが、ただ動くことが――自分の感覚、感情を表現することができない状態なのかい?
      だとしたら、君は最も悲痛な状態にあるわけだ。なぜならこの場合、君の恋人との距離がさらに遠ざかったわけだからね。
      正常な状態だったら触れることも喋りかけることもできたのに、この状態ではただ彼女が横にいるという気配しか感じ取れない。
      皮肉にも彼女の許にいくための行為が、さらに彼女を遠いところに追いやってしまう結果になってしまったんだ。
      ……まあ、君が答えないかぎり、この疑問は払拭されないわけだが、仕方ない。
      僕はこの辺りでおいとまさせてもらうとしよう」



233: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:08:46.10 ID:J+Hjp2mF0
結局、疑問が晴れないまま僕は病院を後にした。
しかしながら、確証はできないものの、僕は後者の説が濃厚であると思っている。
実際にポーランドでは、植物状態となった人間が十九年ぶりに目覚めたというニュースがあった。
彼のコメントによれば、寝たきりになりながらも意識ははっきりと存在していたという。
ならば、内藤も津村も似たような状況にあると考えることが自然だ。

ただし、こればかりは植物状態を体験していないとわからないというのも実情だ。
極端にいえば、意識がない状態の中で身体だけが機能していることだってありうるのだ。
あくまでこれはひとつのソースを元に導き出した僕の推論にすぎない。
だから、僕は確信が持てずにいたわけだ。

( ・∀・)「物言わぬ植物、か。不可思議な存在だね。
      考えれば考えるほどその意義がわからなくなる。
      問題は意識の所在、か。となると、まずは――
      いや……もう、この件について考えるのは止そう。
      どちらにせよ、彼は僕の手の届かないところに旅立ってしまったのだから」

僕は、疑問について考えることをやめた。
結論が出ない順々めぐりの思考ほど、無駄で非生産的なものはない。
まだ、今晩の食事のメニューを何にするかを考えたほうがましである。
とは言っても、食べたいものを食欲のままに食べるのではなく、
自分の身体にとってもっとも良い効果をもたらすものを選択するだけに過ぎないのだが。

ともかく、僕は徒歩で駅まで戻ることにした。
バスが来るまで三十分も待たなければいけないこともあったが、
それ以上に、何者にも邪魔されずにゆっくりと歩きたかった。
空虚とも鬱蒼ともいいがたい、この非現実的な感覚に支配されていたかったのだ。



235: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:10:12.70 ID:J+Hjp2mF0
真夏だというのに、家々の隙間からは肌寒いくらいの風が吹き込んでくる。
ふと、顔をあげて空を見上げれば、先ほどとうって変わって重厚な灰雲が無限に空を埋め尽くしている。
この雲は決して晴れることはないのだろう。
悲劇の運命に翻弄された、『彼』の結末のように。

だが、紛れもなく美しかった。
まさに散っていく花弁のような、そんな脆くも危いはかなさが、『彼』の姿に重なって離れない。

ただ、僕自身『彼』のようになりたいかといえば、決してそうではない。
……いや、『彼』のようになりたくない、という表現には語弊がある。
苦悩と、罪悪と、混乱の果てに、狂気に犯されてしまうことは、僕のもっとも忌むべきことのひとつだ。
僕はあくまで、平穏の中に暮らしたいのだ。
平穏という安全な籠から出ようとしない、出る術を知らない僕がどう足掻いたところで決して『彼』のようになりえないのだ。

( ・∀・)「隣の芝は青い……ってことか。まあ、これも仕方のないことだ。
      僕と『彼』の人間の根本が全くちがうのだから。望めないものを望んでも仕方がn……うわっ!」

と、僕が呟いた瞬間、一陣の突風が身体を疾りぬける。
気を抜けば、吹き飛ばされかねないほどの強風だ。
思わず、僕は目を覆った。

( ・∀・)「まったく……夏だというのにこの気温はどうしたことだ? そろそろ地球の環境も危ないのかな? ……ん?」

目を再び開くと、視界の下のほうに違和感を覚えた。
僕は、足元を見た。
するとそこには真新しいB5サイズほどの紙が一枚、転がっていた。
何かの文字が手書きでしたためられている手紙のようだが、裏返しになっていたために内容までは解らない。
僕はそれとなく、それを取ろうと手を伸ばす。
普段ならば気にもせずに無視して通りすぎていたはずなのだが、なぜかこのときは拾い上げてしまったのだ。
そして、書かれている内容にじっくりと目を通した。



239: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:13:03.11 ID:J+Hjp2mF0
『 あなたにとってこれは、きっと突然のお手紙となっていることでしょう。
  以下には私が経験から得た事実を認めます、助けになれば本望です。
  
  
  あなたは今、どこにいますか?
  
  明確な返答は、恐らく出来ないでしょう。
  ただ、自分のいるべき世界ではない、どこか別の場所に迷い込んでいることは分かって頂けるでしょう。
  
  結論を言いましょう、あなたは本来いるべき世界を離れ、別の世界に飛ばされているのです。
  自身はまるで人形にでもなったのでしょうか、私も初めはまったく理解できませんでした。
  様々な世界とそれぞれの人間が交錯しているのです。
  
  居心地がいかがなものか、私に知る術はありません。
  ただ、その世界は現実とは乖離されていることを理解して下さい。
  そこにいる人たちは生きていますが、あなたの住んでいる世界の人間ではないことを把握して下さい。
  
  そう、それは夜寝ている時に見る、束の間の、それでいてとても長い時間です。
  
  あなたがどのように帰結するのかは分かりませんが、しっかりと現状を捉え、結論を出して下さい。
  心が固まり誠の決意が定まれば、おのずと元の世界へ戻るないしその世界へ留まれることでしょう。
  
  
  あなたがどういった理由でその世界に呼ばれたのかは個人によって異なるのでしょうが、
  その世界の人たちも生きており、元の世界も動いています。
  本当に大切な人を、世界を、どうかしっかりと見極めて下さい。
  
  一時の夢の居心地の良さに騙され、自己満足で終わらないよう、気をつけて下さい。
  
  最後となりますが、見ず知らずの同じ体験をしているだろうあなたを、心から応援しています。』



240: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:14:06.61 ID:J+Hjp2mF0
(  ∀ )「……ッ……」




(  ∀ )「フッ……クク……」




(  ∀ )「クク……ククク……」




(  ∀ )「ク……クアーッハッハッ!!
      アーッハッハッハッハッハッハッ!! アハッ!!
      アーッハッハッアーッハッハッアーッハッハッ!!!!
      ククククッ!! アハハハッ!! アーッハッハッ!!
      ハハハハッハハッハッハハハッハハハハハハハッハハハハッハハハハハッハ!!
      ハッハハハハッハハハッハハッハハハハッハハハハハハッハハハハハッハハ!!」

僕は、笑った。
『ふり』ではない。
生まれてはじめて、心の奥底から笑ったのだ。

この手紙の所以は知りようもない。
誰かが書いた悪戯なのかもしれないという考えが頭をよぎったが、違う。
確信はまるでないのだが、直感的に真実であることを悟らずにはいられなかった。



243: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:16:02.33 ID:J+Hjp2mF0
書面の内容どおり捉えるならば、この手紙は、僕なんかのちっぽけな人間の思慮に及ばないほどの遠くの世界
――つまり、こことは違う異次元に存在する何者かが僕にメッセージを伝えるために、送られたことになる。
そして、僕も気づかぬうちに違う世界に旅立っていたというのか。

だとすれば、これほど滑稽なものはない。

手紙で表現されている別世界の住人。
それは、内藤であり、風羽であり、津村であり、『VIPプロジェクト』の社員たちである。
確かに厳密にいえば、『彼ら』は僕と同じ世界に、同じ時代に、同じ次元に存在しており、
異次元だとか別世界だとかいう大げさな表現は少しばかり相応しくないかもしれない。

だが、これも僕にとっては微々たることだ。
仮に何処かの遠くの異世界、例えば『不思議の国のアリス』のアリスが僕の前に迷い込むことと、
同じ現代社会の別領域で生活している『彼ら』が僕の前に現れたことに、大差はない。
なぜならば、本来出会うべきではない人間同士が出会うということ自体に変わりがないのだから。
アリスも『彼ら』も、微小な世界で細々と生きている僕にとっては別世界の人間だ。
(もっとも、同じ現代社会を共有している以上、『彼ら』に対する親近感のほうがはるかに大きいのではあるが)

ともかく、僕はその手紙通りに別世界に旅立ったわけだ。
神的な大いなる存在が意図してこのようなことをやったのか、
それとも天文学的な数値の確率で『可能性』に歪みが生じて今回の出来事が起こったのか、その原因は僕の及ぶところではない。
しかし、少なくとも僕にしてみれば、これほどまでに大げさな仕掛けを起こしておいて、
わざわざ僕が別世界に出向いた意義が、いや、その影響ですら何一つも残っていないのだから面白い。

――僕は、あるひとつの、喜劇にも似た悲劇を見ていただけだ。
そして、唯一イレギュラーな出来事として、その登場人物と会話をしただけにすぎない。



245: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:17:18.81 ID:J+Hjp2mF0
ここでひとつの疑問が出てくるだろう。
僕が劇に関わったことでストーリーの結末に影響を与えてしまったのではないか?

答えはNOだ。
むしろ僕は、『彼』に自身の破滅を防ぐための助言をし、バッドエンドを回避する努力を行ったくらいだ。
しかし、『彼』はそれに耳を傾けず、ただの植物人間となってしまい非業の結末を迎えてしまった。
要するに、僕に残ったものといえば何もない。
この出来事によって、日常生活に何一つ影響はなかったし、僕という人格に対して毛筋ほどの変化も起こらなかった。

そして、この手紙によれば今回は僕が選択する番らしい。
それにしても、馬鹿馬鹿しい質問だ。
この言い回しも変に仰々しく、それがまた僕の笑いを誘う。

「きゃっ!!」

(;・∀・)「うわっ!! ……痛たた……あっ、大丈夫ですか?
     僕が余所見をしながら歩いていたばかりに申し訳ない」

从'ー'从「ごめんなさい。 私も急いでいたばっかりに周りを見てなくって……」

( ・∀・)「いえ、大丈夫ですよ。気になさらないで下さい」

从;ー:从「ああ〜書類がバラバラに!!
       あああっ、どうしよう!!どうしよう!! 早く拾わなきゃ!!」

( ・∀・)「手伝いましょうか? 僕のほうも悪かったですし。
      ……しかし、大量の書類ですね。紙袋二つ分は女性には辛いはずだ」

从;ー;从「ごめんなさ〜い。実はこの書類を支社まで運ばなきゃいけないんですけど……
       バスには乗り遅れちゃうし、タクシーはつかまらないし……手で運ぶしかないんです」



247: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:18:35.34 ID:J+Hjp2mF0
しかしながら、この数奇な運命に出会わせてくれたことは感謝している。
味気の無い日々の生活から僕を解放し、久々に楽しませてくれたのだから。
どの小説よりも、どの映画よりも刺激的で、完全なる絶望に満ちたすばらしい物語だった。

( ・∀・)「……それは大変だ。ならば僕が運びましょう。
      ちょうど僕も駅に行くところですから」

从;ー;从「……ふぇ? いいんですか!?」

( ・∀・)「はい。どうせ今日は早く帰るつもりでしたから。喜んで手伝いますよ」

从'ー'从「やった〜ありがとうございます〜!!」

ただ、僕は決して『彼ら』のように劇的な生き方などはできないし、興味もない。
ましてや、植物のようにただ生き永らえるような結末を辿るなどもってのほかだ。

また、口頭で栖来と『VIPプロジェクト』との取引の継続を約束したが、僕は他の人間に担当を変わってもらうことに決めた。
僕が『彼ら』の傍に居る意思や必要性は、微塵もない。
このまま残された人間のその後を眺め続けていても、落胆させられるのは目に見えているからだ。
やはり、夢は夢であるほうがいい。

そう。

これまで通りでいいのだ。
特別望むべきことは、何もない。
いつものようにやっていれば、僕は平穏でつつましい生活を送れるのだから。

ならば、いうまでもなく答えは決まっている。



248: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:20:04.51 ID:J+Hjp2mF0
「――ええ。喜んでお手伝いしますよ……フフ」





これまでと変わらず、己の『悪』に忠実に生きよう。





嫌悪と、劣等と、欺瞞に塗れながら、
軽蔑に、不快に、逆鱗に触れないように、
臆病で、卑怯で、狡猾に『虚偽』を演じ続けよう。





そして、決して陽の光が届くことのない影の中で、欲望の赴くまま『淫靡』に溺れてしまえばいい。



249: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:21:03.10 ID:J+Hjp2mF0





――それが『僕』という存在なのだから。





251: ◆foDumesmYQ :2007/10/17(水) 01:21:44.93 ID:J+Hjp2mF0

            『( ・∀・)モララーは植物と会話をするようです』 〜Fin〜


               To be continued 『('A`)ドクオは淫靡に溺れてしまったようです』



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