喋るアンパンを食う度胸は無い

200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 00:52:18.39 ID:zjLycoRG0
「さて、どうするんだ?バイキンマン」
「どうするもこうするも、君のおかげでおれはこの大ケガです。とりあえず帰るよ」
「そうか」

 ボロボロになったタンクからのエネルギー供給がうまくいかないのか、
背の高いアンパンマンは少しよろめきながら答えた。

「お前さんはどうするんだ?アンパンマン」
「僕は、どうしようかな」

 そういうと、ちらりとバタコの方を見やる。白い軍服の女士官はコンクリートの上にへたり込んで居る。

「ヴァイキン様、『J.A.M.』を倒すには、おそらく今を置いて他にありません」
「カービイ!」

 朦朧としながら、大きな銃創を作ったカビルンルンが目を閉じたまま声を出す。

「すべてのパン戦士たちが無力化され、彼の一の部下もああなり、
 この機をおいてあのパン工場に近づくチャンスは無いと考えます」

 カービイのかわりに、若いカルビンが代弁した。

「ドキンちゃん、お願いがあるんだ」

 アンパンマンが静かに口を開いた。



201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 00:57:27.10 ID:zjLycoRG0
「僕を、パン工場まで連れて行ってくれないか?」

 無意識下でも「パン工場」という言葉を耳にしたバタコの瞳が、ぼんやりとした焦点を結ぶ。

「アンパンマン、行っては駄目。行かないで」

 しばらくの沈黙。口をついたのはドキンの機体のファーストエイドボックスから引っ張り出した自着生包帯を
腹にぐるぐると巻く作業をしていたヴァイキンだった。

「いいよ、どの道お前さんはそんな顔じゃ話にならん。休んでな」
「そうはいくかバイキンマン。ぼくは、正義の味方なんだ」
「そうかよ。じゃあ行こうぜ!弾除けの盾ぐらいにはなれるだろう」

 そう言うと、ヴァイキンはにやりと笑って機上から手を伸ばしてアンパンマンの手を掴み、その搭乗を手伝った。

「ヴァイキン様」

 狭くなったコクピット内でまた虫の息のカービイが呻くように声を出す。慌ててその『意志』をカルビンが代弁する。

「カービイ様は、その、もう長くありません」
「いやよ!」

 ドキンが悲鳴をあげる。バタコは視線を落とす。

「カルビン。こういうのは私が言わなければならない」
「……わかりました」
「ヴァイキン様。我々の種族は、言い換えれば不死の存在」
「ああ、知っているよカービイ」



202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:02:46.08 ID:zjLycoRG0
「どうやら、もう……」
「この星にカビルンルンが存在する限り、カービイはどこかに居るんだろう」

 いつの間にか、戦闘に備えて立体観測や通信中継をすべく学校のあちこちに散っていたカビルンルンたちも、
そしていつの間にか街じゅうから集まった子供たちも、屋上のドキンUFOの周囲に集まっていた。

「最後のいたずらにお供できず申し訳ありません」
「なに、いいさ。お別れってわけでもないんだろ。全く、カビだけあって湿っぽいったらありゃしない」
「ありがとうございました。ルンルン……ルンルン……」
「ちょっと行ってくる。バイバイキン!」

 執事の遺体は同胞たちによって丁重に機体から降ろされた。

「じゃあ、行こうか」

 ゲストシートに身を沈めたヴァイキンはコクピットのドキンを促した。
 すると再びバタコが、エンジンの回転数を上げつつあったマシンに駆け寄った。

「私も行くわ。街の外れのアンパンマン号でなら新しいパンが焼ける」

 その眼の輝きは、袖で拭いきれなかった涙によるものだけではなさそうだった。
 閉めかけたキャノピを開けてアンパンマンが手を差し伸べる。
ふと、彼はその伸ばした腕を掴むバタコに見覚えがある気がした。

 カバオたちは手を振って北の空に消えていく赤いUFOを見送った。



206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:07:58.47 ID:zjLycoRG0
 唄が聞こえた。
 パン工場に潜入してから自動迎撃システムや量産型パン戦士たちの攻撃をかいくぐって
最深部へと続くメインシャフトまで辿り着いた最後のパン戦士は、新しい顔もすでに軽くはないダメージを受けている。
チップを挿入されていないオフライン状態の通信機は、電波に変換された声を復調し、
電気信号として知覚することもできないはずだった。
 それでも、どこか遠くで子供たちが歌うその唄は確かに彼に聞こえた。はっきりと。


 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて
 そんなのは いやだ


その唄は、その独裁政権下でおもに小児向けに放送されるパン戦士たちの活躍を描く
アニメーションによるプロパガンダに用いられるナンバーだった。



210: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:13:05.77 ID:zjLycoRG0
 エレベータシャフトの基部が見えてくる。底部。アンパンマンは軽く拳を握り、
出力を抑えたアンパンチで最下層に停止していた鋼鉄製のエレベータ乗用部天蓋を破壊する。
昇降機の扉は、少し力を加えるとレールは歪んでいないようで難なく開く。
 パン工場最下層。総統執務室の入り口の重いマホガニーのドアは開け放たれていた。
 内部の様子を伺いながら、そのアンティーク調の部屋に踏み込む。何も、ない。
 奥に続く扉を見据える。
 唄は相変わらず聞こえていた。


 今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで


 巨大なコンピュータが置かれるその空間は、暗く、寒かった。
奥に据えられているこの惑星で最も強力な意思を持った演算装置、『J.A.M.』は間違いなく
アンパンマンをその隷下のカメラ、マイク、その他の各種センサでとらえている筈だったが、不気味なほど静かだった。



214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:18:42.55 ID:zjLycoRG0
 コツ、コツ、コツ、フライトブーツの踵を半秒に一回の速度で床にぶつけながら、
彼はかつての管理者が居るはずの方向に自らの身体を運ぶ。

「アンパンマン」

声に反応して歩みを止める。

「久しぶりだな。こうしてふたりで話すのは」
「ジャムおじさん、お久しぶりです」

 歩行中は大気に靡いていた茶色い彼のマントが、停止したことで慣性に乗ってパン戦士の身体に優しく纏わった。



 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ みんなの夢 まもるため



「どうやら、積もる話も無しか」
「はい。行きます、ジャムおじさん!」



217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:24:06.43 ID:zjLycoRG0
 主から出力信号を受けた飛行マントが、離陸に最適な形状をとる為に静かに、
しかし素早く展開される。黄色いブーツで床を蹴るのに力は必要無い。パン戦士のテイクオフに必要なのは意志である。


 なにが君の しあわせ  
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ


 その大きな機械との間合いは一瞬で詰まった。

「アン……パンチ!!」

必殺の拳は、惑星管理システムを名乗るそのマシンの心臓部たる部分に突き刺さらなかった。
弾かれるでもなく、何かにぶつかるだけでもなく、そのパンチを能動した者の意志に直接働きかける別の意志によって、
アンパンチはキャンセルされた。

「これは?」
「言っただろう。私はこの星の上に存在するもの全ての意志を制御することができる」

 そう言われている間に、目標の眼前で空中に静止していた彼は七度の再攻撃を仕掛けようとしたが、
全て、拳を振りかぶった直後に彼の意志は消された。



218: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:29:06.66 ID:zjLycoRG0
「そういきり立つな、アンパンマン」

さらに四回の攻撃を仕掛けるも、やはり実施はされない。

「お前がパンチを繰り出そうとする信号に、逆の位相の信号をぶつけて相殺している。
 電気信号、電波、脳波、音波、お前の発するもの全てが無駄だ。やめろ」

言い終わるや、アンパンマンはホバリングしていた十メートルの高さから床に無様に落下した。

「お前がどんな行動をしようと、それを一瞬速く読み取ってそこに正反対の位相の信号を叩きこめば、お前は何もできない。何も」


 忘れないで 夢を
 こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ
 どこまでも


 それでも唄は聞こえ続けた。

「いいことを聞いた。つまり、その中止信号みたいのを止めればいいんだな」

 手足を動かすことはおろか、口を開くことも視線を振ることすらも禁じられ、
床に積もる霜に顔を浸潤され始めてきたアンパンマンのかわりに、総統執務室を抜けて到着したヴァイキンが言い放った。

「おや、バイキンマン」
「ようジャムンセン中将、久しぶりだな」



220: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:34:21.80 ID:zjLycoRG0
「上官に対して何と言う口のきき方をするんだ。罰が必要だ」

 スピーカを通したその声が、温度の低いその部屋に響き渡った直後、
ヴァイキンも全身の力を抜かれ、床に崩れ落ちる。

「無効無効無効!機械であろうとなかろうと、電気信号で全身の筋肉を動かしている以上、
 何人足りともこの『J.A.M.』の呪縛からは逃れられんよ。そこのカビにしてもそうだ」

 ジャムンセンの合成音声に指摘されたヴァイキンの後ろに隠れるようについてきたカルビンが、
常にせわしなく動かしていた触手の動きを止めて床にごろりと転がった。

「ジヤムじじいいい」

 視界の隅で部下の動きを制されたことを確認したヴァイキンが、
唯一動かすことを許された口と舌をなんとか駆って言葉を結ぶ。気分は意外と落ち着いていたのだが、
うまく喋れないので激しく怒気を孕んだように聞こえた。

「ししし、仕掛けは分かった。なるほどこいつは反則だよな」
「ほう、さすがは元主任研究員。勉強はできるようだ」

 拘束が解除される。尻もちをついたような不自然な姿勢で呼吸もままならず冷たい床に転がされていたヴァイキンは
急に禁を解かれ、頭を床にぶつけた。全身の意志が戻り、腹の傷の痛みも一気に戻ってくる。顔をしかめる。

「じじい、お前が帝国を築こうとしたのも、その『制御』を地上でハッキリやる為だな」
「そう。私はここから動けないからな。『目』が無ければ地上は見えないし『制御信号』を目標に正確に送ることもできない」
「……いいのか?そんな弱点をつらつらと」
「弱点?はははははははははははははは!」

 コンピュータはしばらく笑っていた。



225: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:40:09.67 ID:zjLycoRG0
「誰がどこに居て、何をしようとしているのか、それが掴めれば私にできないことは無い。
 相手はきみたち『生き物』を含めた電気的な信号に生命維持を頼む『機械』だけに留まらない。
 信号を増幅すれば、この惑星の天候すら!森羅万象を操れるというのに!
 それが『惑星制御システム』だというのに!神そのものだというのに!」


 そうだ おそれないで
 みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ みんなの夢 まもるため


 唄が聞こえた。行かなくてはならない。ぼくは、ヒーローなのだから。
うつぶせになっているこの状況なら、まず両手で腕立てをして、
それから両股関節と膝を曲げて脚を上半身に引き寄せて爪先で床に立ち、
重心をやや後ろにとりながら立ち上がって、半歩だけ右足を引いて拳を握らないといけない。

 でも、力が入らない。顔が濡れているのもあるけれど、意志が身体に伝わらない。

「どうする?バイキンマン。神の弱点について、少しはご理解いただけたかな?」

 ちょっとした建物ほどある機械から声がかけられる。

「ああ、完全に理解したよジャムおじさん。おれさまの勝ちだ」
「分からないのかバイキンマン。いま私は、宿敵であるお前を目の前にして、その絶対的な座標を掴み、
 お前の心臓のパルスを正確に捕捉し、いつでもお前を殺すことができるのだぞ」
「分からないのかジャムじじい。今おれさまたちも、お前の居場所を正確に把握したんだ!キッチリ三次元座標でな!」



229: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:45:11.59 ID:zjLycoRG0
 時は はやく すぎる
 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで 


 ヴァイキンの背後の床に転がっていたカビルンルンが、唄った。

「!? 位相が!相殺できない!この干渉は、妨害妨害電波?
 なんだECCCMまでもがECCCCMにまくられる(・・・・・)!私よりも……演算が速いだと馬鹿な!」
「おしゃべりの分を、もう少しリソースに割いたらどうだ? ジャムおじさん」

 ヴァイキンがむくりと、立ち上がる。既に呪縛は解けていた。
 そして、いまこの瞬間、『J.A.M.』にとって最も脅威度判定において危険である、
最優先にその行動を制限しないといけない男の規制も、解除された。

 アンパンマンは、まず両手で腕立てをして、それから両股関節と膝を曲げて脚を上半身に引き寄せて爪先で床に立ち、
重心をやや後ろにとりながら立ち上がって、半歩だけ右足を引いて拳を握った。手袋が握力を受けてミシリと鳴る。

 その分散コンピューティングシステムは、その星の各地に散らばる同胞すべての演算能力を連合させ、
その惑星管理システムの処理能力を完全に凌駕していた。

 静かに、「ルンルン…ルンルン……」という優しげなシーク音を鳴らしながら。



233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:50:13.44 ID:zjLycoRG0
 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ みんなの夢 まもるため

 元来、ハードウェアとしての『J.A.M.』は直接的な戦闘を配慮されたデザイニングを施されていない。
その目の前には誰も立てず、機械的な攻撃の意志は電子的に消去されてしまうはずだったから。

 破壊するには、その機能を停止させるには強力なパンチ一撃で充分だった。
アンパンマンは静かにその匡体の前に立つ。

「色々とありがとうございました、ジャムおじさん。お別れです」
「…………」

 返答は無い。『J.A.M.』は彼の言葉に応えて命乞いを成功させるよりも、
現在カビルンルンネットワークから受けている電子戦に打ち勝ってこの場に居る全員の息の根を止めることの方が
成功率が高いという解を、電子戦の最中に並列させて一瞬で算出していたから。



「アーン………パンチ!!」



235: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 01:55:13.85 ID:zjLycoRG0
 火は相も変わらず焦げたパンの匂いを巻き上げながら、
ジャム連邦共和国政府統合司令本部兼中央兵站基地を盛大になめあげていた。
朝日が差し込んできてから、その炎の色は少しだけ控え目に見える。
 ヴァイキンは一番高い瓦礫の上に腰かけて煙草を吹かしていた。

「終わったんだよね。これからどうするの?」

 ドキンが崩れやすい足元に気をつけながら近づいてきてきた。

「どうしよっかな。やることがなくなってしまった」
「カービイたちも、もうあのままなんだって?」
「うん、一度コンピュータとして活動を始めたら停止できないんだってさ」
「そう、ちょっと寂しいね。でも死んじゃたわけじゃないもんね」

 煙草の先の火をブーツの底で消して、その辺に放った。

「困りますよ。燃料やらオイルやらが巻き散らされてるかも知れないんですから」

 アンパンマンだった。

「アンパンマン、精が出るのね」

 ドキンが声をかける。

「まだ三時間しか経っていないのに、ずいぶん派手に壊して回ってるじゃないか」
「バイキンマン、UFOでもダダンダンでもいいから重機を回してよ。
 やっぱり僕だけじゃ朝までにパン工場を更地にはできないよ」

 明るくなるまでにジャム共和国の本拠地、独裁支配体制の牙城を跡形も無く整地してしまおうと提案したのはアンパンマンだった。



240: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 02:01:00.86 ID:zjLycoRG0
「こっちはケガ人だってのに、そんなにこき使ってくれるなよ。ジャムのじじいはもう出てくることも無いんだし」
「『今日が独立記念日だな』だなんて言い始めたのは君じゃないか」
「はいはい」

 言葉だけの答えでやる気も無いヴァイキンが新しい煙草に火をつけるのを見て取ると、
アンパンマンは再び、パン工場を破壊する作業に戻っていった。

「手伝ってあげればいいのに」

 ドキンがしゃがみこんで、自分のひざに頬づえをついて毒づく。

「アンパンの野郎は、ここを壊しちゃうと、もう新しいパンが焼けないんだぞ」
「あ……そっか。でももうここまで壊しちゃったら」
「あいつも、もう新しいこと考えてるんだろな。ちょっとおれも手伝ってくるよ。ダダンダンを呼んでくれないか」

 そういうとヴァイキンは立ちあがって、すぐ近くで地に根を張った一人のカビルンルンに声をかけた。
この星に散らばるカビルンルンたちはすでにその生き物としての動きを止めている。
 そしてこれから半永久的にこの惑星の上に偏在することになる。
そして「いつでも、どこでも、誰でも」その高い演算能力を利用した様々なシステムを利用してもらいたいという旨の
『遺言』をヴァイキンはカビルンルンたちの代表者たるカービイから受けていた。
彼らはこれからのこの星の進歩に欠かせない要素になるだろう。
 ヴァイキンは紫色の煙をくゆらせながら、かつて巨大な建造物の入り口だった場所に向かう。
その一角はまだ解体作業が進んでいなかった。
 そしてバタコが居た。彼女は炎の明かりの差さない陰で地面に座り込んでいた。



242: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/26(土) 02:05:13.33 ID:zjLycoRG0
「どうするんだ?もう、『完全な管理』とやらはできなくなっちまったぞ」
「…………」
「ほら、何かやりたかったこととか、ないのかね」
「…………」
「……風邪ひくぞ」
「…………」
「僕のために、新しいパンを焼いてくれませんか?」

 ヴァイキンよりも数十センチ身長の高いパン型戦士が歩み寄って声をかける。
バタコがずっと視線の焦点を結んでいた場所から、首を上げてアンパンマンを見上げた。彼はグローブを外して手を差し伸べている。

「行きましょう。『バタコさん』」

 アンパンマンは半ば強引に元上官を引き起こした。

「アンパンマン」

 建物の陰から出たバタコンナの顔に遠くで燃えている炎の明るさが射す。ふっと笑う。

「ちょっとちょっと、おいしいところ全部持っていかれちゃったよ。なんだこれ」
 ヴァイキンは笑いながら手を頭の後ろで組む。と、遠くから整地の為に手配したダダンダンの足音が近付いてきた。

「じゃあな、おれは仕事にとりかかるぜ。なんだか腹が減ってきたけどね」
「そういえば昨夜から何も食べていないんだろう、バイキンマン。アンパンならあるけど」

 新しい煙草に火を点けてから、彼は応えた。

「喋るアンパンを食う度胸は無い」

                             −−−おわり−−−



戻るあとがき