V         (のようです)

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:04:56.55 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……」


ぼくはその異様な光景に 絶句するほかありませんでした

八畳一間のアパート 部屋の真ん中に鎮座するそれは
どう見ても 畳張りの生活空間には似つかわしくない
奇妙な物体でありまして


(´・ω・`)「期限は一週間。簡単だろう?」

( ^ω^)「……ええ、でも、本当にこれを見張るだけでいいんですかお?」

(´・ω・`)「ああ、それだけだ」

( ^ω^)「はあ……」


話しながらも ぼくの視線は釘付けです
妙な威圧感をもって その心を支配し
不安という名の翳をねじり込む

直感的に 禍禍しいものを覚えました



2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:07:26.51 ID:XbRaDYE30

(´・ω・`)「そうだ、鍵、鍵」


そう言うと 大柄な中年男性は
黒いコートのポケットをまさぐり
そいつを ぼくに手渡しました


(´・ω・`)「これが合鍵だ。いつでも使っていい」

( ^ω^)「あ、はいですお」


受け取ってから しげしげと眺めてみましたが
目の前のそれとは違い
鍵のほうは どこにでもあるような 普通のものに相違ありませんでした



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:10:14.25 ID:XbRaDYE30

(´・ω・`)「じゃあ、僕はこれで」

(;^ω^)「え? もう行ってしまうんですかお?」

(´・ω・`)「色々と忙しい身でね」

( ^ω^)「何度も言うようですが、そのう……」

(´・ω・`)「ここに来るまでに説明した通りだよ」

( ^ω^)「は、はあ……」


できるだけ平静を装ったつもりでしたが
その時のぼくは さぞ訝しげな表情をしていたことでしょう

溜息とともに 眼前のそれを再度眺めてみます



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:14:55.30 ID:XbRaDYE30

ばたん

彼が出て行ったことを ドアの音で確認しました

しかし ぼくの視線はそちらには向きません
その物体から 目を離すつもりがなかったからです

いえ 離せなかったというほうが 正しいでしょうか


( ^ω^)「……」


家具のない 生活臭のかけらもない
この空間に 一人居座る 巨大な木箱

それを
呆けた顔で見つめる ぼくの呼吸音だけが 響きます

外の陽光に なおも抗うような暗さを保ちつづける 八畳一間のまんなかで



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:16:10.89 ID:XbRaDYE30



  『 V 』



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:16:58.64 ID:XbRaDYE30

 ※ いわゆる ブーン系
    短編です ゆっくりのんびり投下します

 ※ ちょっとだけ 閲覧注意



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:19:35.58 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「こいつは、一体何なんだお?」


ペンキでしょうか
上と下は確認できませんが おそらく六面 真っ白で
手品師が脱出に使うそれを ちょっと粗末にしたような

そう まさに 人が一人
いや 二人は 閉じ込められるくらいの大きさです

さすがに 100人乗るのは 大丈夫ではなさそうです



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:23:45.34 ID:XbRaDYE30

ぼくの引き受けたアルバイトとは
一週間 この箱を見張ることでした

何度も聞き返しました 見張ってどうするのか
他に何をしたらいいのか 

彼は表情をくずすことなく 言ってのけました
何もしなくていい 好きにくつろいでいい
ただ 見ていればいい

いつなんどき来ればいいのか どのくらい見張ればいいのか

彼は答えました
一日一回 この部屋にくる そして 見る
あとは好きなだけ 飽きるまでいて 好きな時に帰ればいい



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:27:02.50 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……」


不審には思いました もちろん思いましたが
ああ その破格の給料を知ってしまうと ぼくの心は傾いてしまいました
つくづく 弱い自分です

幸い 大学のほうは 大丈夫
夕方まで食い込む講義はないし サークルもありません
これからぼくは一週間 毎日 この箱を眺めることになるでしょう


( ^ω^)「……明日は、漫画持ってこようかお」


質素なカーテンと 白い木箱だけが 存在感をしめすこの空間
傾きかけた太陽の光を 二人で 必死に 遮ろうとしているみたいです



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:30:52.37 ID:XbRaDYE30

さすがに 来て十分足らずで帰るのも なんだかなあという気持ちです
部屋を探索しましょう

まずは台所へと向かいます


( ^ω^)「お? 一通りの道具が揃っているお?」


居間と違い ここには 生活臭があふれていました

ぶーんという音の発信源 冷蔵庫の横には ガスレンジと流し台
ぴかぴかの鍋に おたま 包丁 まな板

調味料は見当たりませんが 材料さえあれば 何でもできそうです
ぼくのアパートと すこし つくりが似ていました


( ^ω^)「あの人、ここに住んでいるのかお?」


はしたないこととは知りつつ 冷蔵庫をチェック
期待に反して 中は空っぽでした



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:34:02.68 ID:XbRaDYE30

あとは バスルームとトイレを見てみます
洗面所には 山のようなタオルの束

風呂なんて 見たところで しょうがありませんが
トイレに紙があるかだけは 確認しないといけない
ぼくにとっての 死活問題


( ^ω^)「あったお」


幸い その心配は杞憂におわりました
まあ 近くのコンビニに行けばいいだけの 話ですが


( ^ω^)「さーて……」


いくら使えそうでも 台所で料理するのは 気がひけます
第一 その理由がありません

これから毎日 好きな時間にここに来て
箱を眺めて 帰るだけです
一週間 ここでカンヅメになるわけではない



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:37:05.69 ID:XbRaDYE30

居間に戻り 足を止めると またも不気味な静寂
いや 一つだけ音を出すものが ありました

ちっ ちっ ちっ

お気に入りの腕時計で 時間を確認


( ^ω^)「はあ……まだここに来て20分も経ってないお」


部屋の探索が終わると
すでに 飽きという名の感情が ぼくの心に去来します

暇だ 別にここでやることなんてない


( ^ω^)「帰ろうかお……」


こんな箱 眺めていても しょうがありません



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:39:15.07 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「しかし……」


やっぱり もっとも気になるのは この中身です
できるだけ触らないように とは言われているものの


( ^ω^)「こんな奇妙なバイトで、こんな妙なもの見せられちゃ……」


気にならない わけがない



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:42:08.16 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「これは一体、どういう仕組みなんだお?」


見れば見るほど 奇妙な物体です
中型のクロゼットを 白塗りの のっぺらぼうにしたような

板に木目があるから 木箱のはず
なのに 継ぎ目が見当たらない


(;^ω^)「……むぅ、よくわからん」


左右にまわりこみ 側面を確認します

ちょうつがいはあるのに 扉はない
錠はあるのに 取っ手がない


( ^ω^)「……これ、本当に箱なのかお?」


あれはあるのに これはない
なんだか 昔流行った あるなしクイズみたいです

その物体に足はなく
ぼろい畳に 遠慮無く その巨体を食い込ませていました



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:45:50.36 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……」


同じような賃貸アパートで 一人ぐらし中のぼく

畳をだめにしたら 引き払うとき どのくらいお金を取られるのだろう
なんて心配は 杞憂だ わかってます

箱の見張りだけで あれだけの給料を払うと のたまう 気前のよさ
学生のぼくが お金の心配なんて
余計なお世話 ってやつに 違いありません


( ^ω^)「ふしぎだお、ふしぎだーおだお」


誰もいない寂しさから ついつい独り言を発してしまう その気持ちを知ってほしい
これまた誰に言うでもなく



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:47:08.33 ID:XbRaDYE30

こんこんこん

ノックする要領で 軽く叩いてみました
当然 返事はありません


( ^ω^)「ワープゾーンかも知れんお」


扉が開けば その先はきっと 別世界
湯煙もうもう たちこめる しずかちゃん家のバスルーム


( ^ω^)「きゃー! のびたさんのえっちー!」


言いながら 木箱の後ろに回ります
うん くだらない 今日はもう帰ろう



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:49:34.41 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「明日から少しづつ探索していけば……お?」


今日チェックし過ぎると 明日以降の楽しみがなくなる
いや もともと楽しみなんて なさそうだけど

そう考えながら カーテンを閉め 振り返ったと同時に

ようやく気付きました 箱の後ろを見ていなかった


( ^ω^)「なんだお? ……これ」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:51:45.90 ID:XbRaDYE30

安そうなのに ブラインド効果はしっかりある この部屋のカーテン
意外だな いや 問題はそんなことではないのです

さらに薄暗さを増した 部屋の中
なおも はっきりと存在感をあらわす クロゼットのお化け

ようやく確認した こちら 窓側
つまり ドアからみて 裏側の側面には 

赤いインクで 妙なマークが 幾つも描かれていたのです


  V V V V  V V V

  V V V V V V  V



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:54:36.26 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……『V』かお?」


それは 殴り書きのような『V』マーク
チェックマークと 言い換えても よいかも知れません


( ^ω^)「1、2、3……」


数えてみると 全部で14
七つづつ 二段に分かれて一直線 横並び


( ^ω^)「……気持ち悪いお」


さきほど閉めたカーテンを 少しめくって 確かめました

白いキャンバスに踊る それらのマーク
色はやはり 目に焼きつく 鮮烈な赤



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:56:48.06 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「今日のところは……これで、帰るお」


何かにつけ 不可解な出来事が この空間には溢れています
もう一度カーテンを閉めると 後ろを振り返ることなく 玄関へと向かいます

ドアを閉める際 チラリと中を覗けば
何もない空間に 不気味な長方形のシルエット


( ^ω^)「……」


心なし ノブを握る手に力が入りました



45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 18:59:28.91 ID:XbRaDYE30

次の日

大学の講義を終えると 誰と話すでもなく 例のアパートへ向かいます
まあ バイト先というか 派遣先というか

一応 雇い主であるところの紳士に 電話をしてみたのですが
電源が入っていない という 機械的なメッセージ


( ^ω^)「……まあ、一週間後には確実に連絡がつくお」


アパートへ向かう前 コンビニの機械で 口座をチェックしました


(  ゚ω゚)「お……!!」


まさに破格
万単位で増えているその数字に 驚くことしばし

この一週間 一日ごとにバイト代を振り込んでくれるという
その言葉に偽りはなかったようです



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:03:21.52 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……しかし、どうやって僕が、
        箱を見に行くことを確かめるお?」


雇い主 もしくは他の誰かが
どこかで見張っている可能性もあります

一応 アパートに着いた途端 辺りを注意深く眺め回しましたが
当然のように 人気はない

空は晴れているのに この路地はどこか 暗い雰囲気がします


( ^ω^)「痴漢とか出そうな雰囲気だお」


不気味さはもちろんだし あと 元来の責任感ってやつ
そいつが後押しするせいでしょうか

誰も見ていない とは思うものの
バイトをサボろうという気には 到底なれませんでした



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:06:21.71 ID:XbRaDYE30

階段を登りきると ドアに合鍵を差しこみます

かちり


( ^ω^)「ふう……」


予想以上に 音が大きく感じられたのは
ひとえに ぼくの不安げな心からでしょう

うっすら光を透過するカーテンと
それに覆われた ベランダへ続く 大き目の窓

居間の真ん中 通せん坊するかのように
昨日と同じく でんと居座る大きな木箱が ぼくを出迎えてくれました


( ^ω^)「……相変わらずでけーお」


ぱちり

どうにもカーテンを開ける気が起きず 電灯のスイッチをつけます

明るくなった室内
木箱から発せられる威圧感が 少しだけおさまった気がしました



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:09:15.92 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「よかった、電気は通ってるみたいだお。
        まあ、台所やトイレからは生活感があったし、当然誰か……」


住んでいるのでしょうか
そんな疑問を口に出そうとして 飲み込みます

居間に限っては テーブルもタンスも ベッドもありません
布団はあるかもしれませんが 木箱が邪魔で敷きづらそうです

何が目的で こんな箱を 住空間の中心に据えているのか


( ^ω^)「不便だお……」


そしてそれは 来訪者であるぼくにとっても同じ

あーテレビもネェ ラジオもネェ 車もそれほど走ってネェ
朝起きて べこ連れて
いや 牛はさすがに居ない


(;^ω^)「……おらこんな部屋いやだ」


ともかく こんなところに長居は無用です



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:12:18.54 ID:XbRaDYE30

それでも お金をもらっている以上 すぐに退散するのも気がひけます
バッグを降ろすと その横にあぐらをかきました

何もないとは知りつつも 口を開けて木箱を見上げます


( ^ω^)「はー……」


用途不詳 目的不明 全てにおいて UNKNOWN
宗教的なアイテムか何かかも知れません


( ^ω^)「見張るって言うけど、誰かが盗みにくるのかお?」


そんなに大事なものなのでしょうか


( ^ω^)「……まあ、世の中色々な人がいて、それぞれの事情があるお」


できれば その事情には触れたくないなあ



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:15:04.26 ID:XbRaDYE30

何をするでもなく ぼーっと眺めているうちに
いつしか うとうとしている自分に気付きました


( ´ω`)「おっお……お?」


上を向いたまま 睡魔に襲われたため
首を後ろにもたげ 思わず倒れ込みそうになります

しかし
こんなお化けボックスに見下げられつつ 眠りにつく傲慢さは
さすがのぼくにもありません

ちっ ちっ ちっ

左腕から伝わる 秒針の音だけが
虚無の空間に 現実の流れを刻んでいます


( ^ω^)「……帰るお」


お気に入りのそれで 時間を確認し
壁に手を当てながら 立ち上がりました

電気を消すと 昨日より一層 暗い室内
不気味に鎮座する部屋の主を なるべく見ないように ドアを閉めました



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:18:05.54 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「あうあうあー、あうあー」


次の日

僕は 木箱の横に寝そべり
ここに来る途中で買ってきた 漫画の本を読んでいました


( ^ω^)「実際、ここまで楽で儲かるバイトとは思わなかったお」


今日もちゃんと お金は振り込まれていました
相変わらず 雇い主とは連絡がつきませんが


( ^ω^)「うめえwwwww」


ペットボトルの炭酸飲料 ぐびり
さらに お菓子を頬張りつつ くつろぎます
多少の贅沢は 二日連続で万単位の収入があったからこそ 成せるワザ

正直 ホクホクです



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:21:15.35 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「とりあえず、これ一冊読み終えるまで居て、それから帰るお」


木箱は木箱のまま 今日もでんと居座っています

しかし 多少慣れてきたせいか
その存在が あまり気にならなくなりました


そして そろそろ 読み終わるという時のこと


( ^ω^)「う〜、トイレトイレ」


今トイレを求めて小走りしている僕は 大学に通うごく一般的な男の子
強いて違うところをあげるとすれば 木箱に興味があるってとこかナー

がちゃり


( ´ω`)「ふう、生き返るお……お?」


用を足しながら ふと 思ったのですが
一昨日確認したときは 確か 便器の蓋は閉まっていたはずでした



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:24:05.22 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「お……? さっきは確かに、蓋が上がってたお」


なんだか気になって バスルームを見に行きます

先日は 山のようにあったタオルが いくぶん減ったような
引き戸に 濡れた跡があるような


(; ^ω^)「おー……汚くしていくとマズいお」


となると やはりここには 人が住んでいるということになります

いや タンスなどの家具が乏しいゆえ
住んでいるのか 寝泊りにくるだけなのかは わかりませんが
ともかく ぼく以外の誰か 部屋の主がいる

居間に戻ると お菓子を広げていた辺りを 注意深く見直し
食べカスなどが落ちていないか 気合いを入れてチェックしました



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 19:27:04.52 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「うーん……」


荷物をバッグに仕舞いながら 考えます

アパートの住人 彼 もしくは彼女の 在宅時間
これが 夜なのか朝なのかは わかりません


( ^ω^)「……留守番させるのが目的なのかお?」


ちょうどぼくが来る バイトの時間帯には 誰もいない

ぼくがここにいるのは せいぜい 十分から三十分程度
しかも 大学の予定次第なので 来る時間すら定まっておりません
そんな 短時間の留守番を任せたところで 雇い主にとって 何になるというのでしょう

というか あの恰幅のいい中年男性が 好んでこんなところに住むものでしょうか


( ^ω^)「わからないことだらけだお」


あまり深く考えないことにし 電気を消して 部屋をあとにします

相変わらず この付近は人気がなく
よどんだ空気が 路上に満ちているようでした



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:00:40.75 ID:XbRaDYE30

さらに次の日の 昼休み
ぼくは学食で 友人に アパートでの話をしていました


( ^ω^)「そんなわけで、楽でしょうがないんだけど……腑に落ちない点が多いお」

川 ゚ -゚)「へえ……」

( ^ω^)「まあ、おいしいことには変わりないんだけどお」

川 ゚ -゚)「それはね、お決まりのパターンさ。余計な詮索をすると……」

(;^ω^)「……どうなるんだお?」

川  - )「ふっふっふ……」

「ばきゅーん!」


友人は口の端を上げると
人差し指にて作ったピストルで ぼくの眉間 その真ん中をこづきました

突然だったし ちょっと痛かった 痛かったぞ



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:03:06.98 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……いまどき 『ばきゅーん』 はないだろうに」

川 ゚ ー゚)「ん? 表現が古かったか」


笑いあいながら 牛丼の残りを胃におさめます

ちなみに 彼女が食べたぶんも 全部支払う羽目になりました
バイト代の額に関しては 若干少なく伝えるべきだったと あとで後悔


( ^ω^)「じゃあ、ぼくはそろそろ行くお」

川 ゚ -゚)「お、午後の講義はないのか?」

( ^ω^)「おっお。今日は午前中だけなんだお」

川 ゚ -゚)「そうか、お昼付き合わせて悪かったな」

( ^ω^)「お? おごらせといて良く言うお。どうせ思ってないお?」

川 ゚ -゚)「ばれたか」


 「じゃあ、これで」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:06:32.18 ID:XbRaDYE30

アパートに着いた時間は だいぶ早く 午後二時を回ったくらいでした

いつもは静かすぎるこの界隈ですが 今日は違いました
どこかから 子供の笑い声がします

これはなかなか 風情があってよいです
何の風情なのかはよくわかりませんが


タラップのような どことなく頼りない 鉄の階段を登り 
着いた部屋の前 インターフォンを鳴らします


( ^ω^)「おー。誰かいらっしゃいますかおー?」


今日は早めに着いたので 住人がいるかも知れない
と考え しばらく待ってみましたが 中からの返事はなく

合鍵を差し込むと いつものように部屋へ入り 電灯のスイッチをつけました



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:09:05.51 ID:XbRaDYE30

四日目となると ぼくのほうも 慣れたものです


( ^ω^)「よいしょーっ」


ばさばさっ

ばかばかしい話ですが 家から持参した この青いレジャーシート
これを敷けば お菓子のカスに神経を払う必要はない
我ながら 完璧な作戦です


( ^ω^)「さーて、三十分もしたら帰るかお」


薄暗い部屋の中 シートに寝そべってジュースを煽るぼく
むろん ちっとも ピクニック気分なんて 味わえませんが



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:11:42.79 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……」


横目でちらり 木箱を見上げます

バツの悪い顔をするぼくを プレッシャーによって 咎めるように
そいつは 白い顔でこちらを見下ろします


( ^ω^)「……異常なーし!」


しかし そんなこと 気にしていてもはじまりません
ごろり寝転んで 新しい漫画のページをめくりました



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:13:42.12 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……さて、帰るお」


シートをたたみ 帰りじたくを整えたのはよかったのですが
いまさらになって 湧き上がる疑問


( ^ω^)「……さすがに、来るのが早すぎたかお?」


左腕をまくって時間を確認すれば まだ三時にもなっていません
いつもより だいぶ早い帰宅です

もし どこかで雇い主が見ているとするならば

ひょっとしたら ぼくが昼間にやってきて 昼のうちに帰ったこと
気付かないかも知れない

夕方になっても ぼくが現れないことについて
サボりだと 勘違いされるかもしれない

そんな 漠然とした不安が よぎりました



91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:16:38.74 ID:XbRaDYE30

(;^ω^)「……うーん、もうちょっと居たほうがいいのかお?」


これが どうでもいいようなバイトだったら
あまり気にせず さっさと帰るところなのですが

今や その破格の待遇 というか給料
それはぼくにとって なくてはならないものです

ちょっとした勘違いや 行き違いから
残りの期間を 棒に振りたくはありません
できるだけ 不安な材料は 払拭しておきたい


( ^ω^)「はあ……せめて夕方までは居ようかお」


そうと決まれば 追加の買い出しが必要になります

娯楽に乏しい この空間
せめて漫画をもう一冊 それと ジュースをもう一本

あーあと お菓子も追加で よろしくね



92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:19:24.68 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「しょうがないお……面倒だけどもっかい戻ってくるお」


ドアに鍵をかけ 今一度 近くのコンビニへと向かいます

タラップを降りて 振り返ると
日に照らされたアパートは 第一印象のそれより ことさらボロく映りました

あの中には 得体の知れないデカブツが 我が物顔で居座っている
そう考えると 一層 奇妙な感覚が押し寄せてきます

あんなところ 好き好んで戻りたくはないが
ま これもカネの為だ 我慢してやるぜ

どことなくかっこいいセリフをつぶやき 歩き始めました



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:22:48.29 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「アイル・ビー・バック」


立ち読みで 多少 時間を潰し
アパートに戻ったのは いつも来るより ちょっと早い程度の時間でした


( ^ω^)「おっおっおっ。これから続きを読むお」


階段を登ろうとしたところで

ふと 数件先 小さな公園のほう
そこから聞こえる声に 耳を留めます

お昼にも聞こえた 子供の声
男の子か はたまた女の子か

だがしかし 子供の声は 判別が難しい
それが びーびーという泣き声であれば なおさらです


( ^ω^)「お……?」



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:25:06.60 ID:XbRaDYE30

ζ(;o;*ζ「わー! おねえちゃんのいぢわるー!」

ξ;凵G)ξ「わたしの! わたしのくまさんだもん!」


道路の端 コンクリ塀の脇にうごめく ちっこい二人
ぬいぐるみの 手と手を引っ張り合い 泣き喚いている 声の主たち


( ^ω^)「お……」

(;^ω^)「道路脇だし、車がきたら危ないお」


優しいお兄ちゃんが 彼女たちの喧嘩を 仲裁しなければならない
正義に萌える いや 燃えるぼくの行為は 誰にも止められません

時節柄 不審者として通報される恐れあり

辺りに人気がないゆえ なおさらその不安がありましたが
そんな心配をしている場合ではないのだ



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:28:16.88 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「きみたち、そこで喧嘩すると危ないお」


ζ(;o;*ζ「わたしもー! くまさんほしい!」

ξ;凵G)ξ「だめ! いやだもん! わたしのなの!」


(;^ω^)「いや、あの……」


ぼくの存在は 五秒で否定されました


ζ(;o;*ζ「くまさん! くまさんー!」

ξ;凵G)ξ「わたしの! わたしのだもん!」


(;^ω^)「困ったお……」


そのとき そんなわめきを掻き消すほどに 耳障りなエンジン音



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:30:04.97 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「! あぶないお!」


ぼくは 多少強引に 彼女たちの間へ割って入り
ぬいぐるみを むりやり取り上げました


ζ(;o;*ζ「いやー! くまさんー!」

ξ;凵G)ξ「あー!」


同時に 二人の手をとり 公園のほうへと引き込みます
いや もちろん 性的な意味ではなく



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:33:13.92 ID:XbRaDYE30

けたたましい爆音を奏でつつ 一台のスポーツカーが
ぼくらの横 スレスレを通り抜けていきました


( ^ω^)「危なかったお、たく最近の若者は運転マナーが……」


しかし ほっと胸を撫で下ろす間もなく
新たな爆音が ぼくの両耳をつんざきました


ζ(;o;*ζ「くまさんー! やあああああ!!!」

ξ;凵G)ξ「かえしてよー! かえせえええ!!!」


(;^ω^)「いで、いででで……」


片方は 腕を振り上げて ぼくのおなかを叩き
もう片方は 力まかせにつねりあげます

両手に花とはこのことですが
どうやらそれは 薔薇の花だったようです



111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:36:04.84 ID:XbRaDYE30

(; ^ω^)「喧嘩しちゃだめだお!
        ええと……その、
         お、お兄ちゃんが、同じくまさんを買ってあげるから!」


ζ(;。;*ζ「……くまさんを?」

ξ;凵G)ξ「……」


その言葉を聞いた途端 ぴたりと泣き止む両の声
うん やはり子供は 元気で 現金だ


( ^ω^)「おんなじくまさんだお!
        ……いや、ひょっとしたら同じものじゃないかも、多少違うかも……」


後半は 小声になりました


ζ(;。;*ζ「うー……ほんとう?」



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:39:06.52 ID:XbRaDYE30

ξ;凵G)ξ「……わたしは?」

( ^ω^)「お?」

ξ;凵G)ξ「くまさんわたしのだもん!
       でればっかり かってもらったら ずるいもん!」

(;^ω^)「……そ、そうかお
        ……じゃあ、くまさんとは別に、お人形を買ってあげるお!」

ξ;凵G)ξ「……おにんぎょう?」

ζ(;。;*ζ「えー! おねえちゃんずるい!」


子供をたしなめるのは 想像以上に難しい事だと 思い知らされました



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:42:37.48 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「だ、だいじょうぶだいじょうぶ!
        ちゃんと二人に買ってあげるお!
         くまさんとおにんぎょう、おそろいだお!」


これで 今日のバイト代は パーです

まあ ぼくは彼女たちが笑顔を取り戻せるなら それでいい
それでいいのです とほほ


ξ;凵G)ξ「おそろい……」

( ^ω^)「だから、喧嘩しちゃあ、めっ、だお?」


ζ(;。;*ζ「……きゅあぷりがいい。しろのほう」

ξ*゚听)ξ「……わたし、くろのきゅあぷりー!」


( ^ω^)「キュアプリの白と黒ね、把握したお」


なぜぼくが 女の子用のアニメと そのキャラを
名前だけで瞬時に理解できたのか
それは 愚問



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:45:09.48 ID:XbRaDYE30

ζ(゚ー゚*ζ「いつ? いつかってくれるの?」

( ^ω^)「おー……お兄ちゃん今日はちょっと忙しいお……」

ξ*゚听)ξ「やだー! はやくかってきてよー!」

(; ^ω^)「す、すまんお。
        おもちゃ屋さんももうすぐ閉まるから、今日は無理だお」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあいつー!?」

( ^ω^)「明日買ってくるお……ええと、夕方の五時くらい。
        君たち、お家はこの近くかお?
         明日、お母さんといっしょにここで待っててくれないかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「ぜったいだからねー! うそついちゃだめだよー!」

( ^ω^)「わかったお。
        だから今日は、二人で仲良く、一緒にくまさん使うお?」

ξ*゚听)ξ「……」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:48:15.90 ID:XbRaDYE30

勝手に物を買い与えると 親御さんに怪しまれたりしそうだし
本当は 了解をとりたいところだったのですが
この様子だと どうやら 買うまで納得してくれそうにありません

せめて 親御さんに事の次第を 『うまく』 伝えてくれるといいのですが


ζ(゚ー゚*ζ「あしたのごじー! おかあさんにいってくるー!」

( ^ω^)「そろそろ日が暮れるお。おうちに帰るお」

ξ゚听)ξ「……べーっだ!」


片方は にこにこ顔で 手を振っています

もう片方の子供は つんけんした表情を崩さず
ベロを出しながら 妹の手を引いていきました


( ^ω^)「ふむ……子供は無邪気でいいお」


脇にあった コンビニ袋を持ち上げると
ちっちゃな二つの背中 眺めながら バイト先へと戻ります

その後ぼくは 女の子用のおもちゃが
想像以上に 高価なものだと 思い知らされることになる



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:51:18.71 ID:XbRaDYE30

予想外のことに 疲れを覚えたぼくは
アパートに戻っても 長居する気は起きず


( ^ω^)「ふぃー……なんか色々あったお」


木箱の様子を一瞥すると 何分も経たないうちに 部屋を出ます


どこからか 梅雨の終わりを告げようとする 気の早い蜩(ひぐらし)
かなかなかな

おぼろ雲による 赤と灰色のコントラスト 空を覆っています

そんな夕暮れ
ぼくは コンビニの袋を抱えたまま 帰路についたのでした



130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:56:27.26 ID:XbRaDYE30

翌日はというと 時間を合わせるのに一苦労でした
もちろんそれは バイトではなく 女の子のほうです


(;^ω^)「ふおー! あの熊、見つからないお!」


結局 よく知ったアニメキャラの フィギュア
もとい おにんぎょう

これらだけは よどみなく おもちゃ屋にてゲット
約束の時間に間に合うよう アパートへの道のり 急ぎました


( ^ω^)「参ったお……ぬいぐるみのほうはもうちょっと待ってもらうお」


ひとまずこの人形を渡し 今日のところは 許してもらいたいところです
しかし
ことさら 親御さんに怪しまれそうな予感も しないでもない



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 20:59:17.22 ID:XbRaDYE30

ξ゚听)ξ「……」


その姿を確認し いったん歩を止めます

アパートの前 階段の下
クマを両手で抱えた女の子が ぼおっとした表情で 座り込んでいました


( ^ω^)「おいすー。お待たせしたお」

ξ゚听)ξ「……べーだ」


僕の顔をみるやいなや 眉間にしわ 顔いっぱいの しかめっつら
さらに ベロを出しての ありがたいお出迎えです


( ^ω^)「お? おかあさんと、妹の……でれちゃんだっけ?」

ξ゚听)ξ「うん、でれだよ」

( ^ω^)「二人は来てないのかお?」

ξ゚听)ξ「おかあさん、おしごとだもん」

( ^ω^)「でれちゃんは?」

ξ゚听)ξ「しらないの。たぶんおうち」



134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:01:21.19 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「知らないって……」

ξ゚听)ξ「かくれんぼかも」


今日は 一人できたのでしょうか
それとも また喧嘩したのかな


( ^ω^)「そうかお……とりあえず、これ」

ξ*゚听)ξ「あーっ! きゅあぷりだー!」


ぼくが人形の包みを手渡すと
女の子は 飛び上がりそうな勢いで 喜んでいました
うん これでこそ 苦労した甲斐があったというもの



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:03:24.17 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「はい、でれちゃんのぶんも。あとででれちゃんにあげるお?」

ξ゚听)ξ「うん、でれにあげるー!」

(* ^ω^)「よしよし、いいこだお」


頭を撫でてあげると 女の子は照れ臭そうに 上目遣いで見上げてくるのです


ξ*゚听)ξ「……べーだ」


素直に ありがとうと言わないところも また かわいい
いかん すっかり毒されています



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:06:08.94 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「じゃあ、気を付けて帰るお。でれちゃんによろしくお」


軽く頭に乗せた手を ぽんぽんと弾ませ それから離します

最後にもう一度 よしよし してあげたあと
ぼくは てのひらを振りながら 階段を登ってゆきました

うん 我ながらかっこよく決まった
そう思った矢先でした


たんたん

たんたん


はて
階段をあがる足音が 残響しているのです
わかりやすく言うと うん ちっちゃい足音がついてきている


ξ゚听)ξ「……」

( ^ω^)「……お?」



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:08:26.46 ID:XbRaDYE30

(;^ω^)「ちょ……帰らなくていいのかお? でれちゃん待ってるお?」

ξ゚听)ξ「おじちゃんとあそぶもん」


ぼくは おじちゃんではありません


( ^ω^)「早く帰らないと、もうすぐ暗くなるお?」

ξ゚听)ξ「やだあ! おじちゃんのおうち!」

(;^ω^)「おっお……だめだお、帰らないとだお」


そして ここはぼくの家ではありません



145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:10:27.07 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「君のお家はどこだお?」

ξ゚听)ξ「きみじゃないもん、つんだよ!」

( ^ω^)「ツンちゃんかお? わかったお、ちょっと待ってくれお」


しょうがない 鍵を開けて中の様子を確認したら
すぐに女の子を 家まで送り届けよう

そう思いながら 差し込んだ鍵を捻り 鉄の扉を開きました

しかし


ξ*゚听)ξ「ただいまー!」

(; ^ω^)「あ、ちょ……」



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:12:33.81 ID:XbRaDYE30

気付いた時には遅く 女の子は居間へと駆け出していました

ドアの隙間をすり抜けるスピード 瞬時に靴を脱ぐスキル
これは将来が楽しみです

いや それどころではありません
幼女を言葉巧みに 部屋に連れ込む 不審な男
そんな 既成事実ができてしまっては 大変です


( ^ω^)「ツンちゃーん、出て来るおー!
        お兄さんと一緒にお家へ帰るお!」

「ここがおうちー!」

(; ^ω^)「こら、どこに行ったお……」


日はだいぶ傾き 薄闇といっていいほどの暗さが 部屋の中を支配していました

電灯のスイッチに手を伸ばします
ぱちんという音とともに 視界が明滅しました



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:14:47.00 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「かくれんぼかお? お兄ちゃんが見つけたらすぐ帰るお」


盛り上がったカーテン 下からはみ出す ちっちゃな足
さらに 脇からは 人形の包装が見えています
小さな両手で 二つも抱えてるから ちょっと持ちにくそうです


( ^ω^)「ほーら、見つけたお」


なんの猶予も与える気はありません
間髪入れず 端のほうからめくり上げると

彼女は ぬいぐるみと人形 ぎゅっと抱えた姿勢
窮屈そうな様子で じっと 息を潜めていました


ξ゚听)ξ「うー」



153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:17:07.98 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「見たかお? 隠れんぼの鬼と呼ばれた僕の目にかかれば……」

ξ゚听)ξ「かくれるところないもん」

( ^ω^)「まあ確かにお。
        ほんとにね、何もない部屋だから……」


ツンちゃんは ぴょこんと 大仰な仕草で カーテンから出てきました


ξ゚听)ξ「おじちゃん、これなーに?」


人形の包みを降ろすと
小さな腕をいっぱいに伸ばし 木箱のほうを指差します


( ^ω^)「おっお、これはね……」


はてさて どう説明したものか
そう考えつつ お化けクロゼットの方に向き直ります

そのとき ぼくはその異変に気付きました



157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:20:07.18 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……え?」


白い側面に書き殴られた 薄気味の悪い『V』マーク

ぼくの記憶違いでしょうか いや そんなはずはありません
あんなインパクトある出会いを いまさら 間違うことはないと思います


  V V V V  V V V

  V V V V V V  V

  V V  V V


( ^ω^)「増えてる」


初日に確認したときより マークの数が多い気がしたのです

一つ咳払いをし 数えなおしてみると

上下二列 7個×二で 計14個 あったはずの その印が

さらにもう一列 その下に4つ増えており
全部で 18個



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:22:35.25 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……これ、一体、何の意味が……」


アパートの住人 つまり この部屋の持ち主
ひょっとしたら それは雇い主の男性かも知れませんが

彼が 日数の経過とともに マークを増やしていったのでしょうか


( ^ω^)「……きっとそうだお。
        ぼくがここに来て、今日で五日目……」


きっと カレンダーに×印をつける あんな感覚なのだろう


(; ^ω^)「でも、それって。
        記念日とかに向けて、一つずつ日付けを消していく
         ……そういうマークだお?」


ぼくとの契約がおわる 七日目が 楽しみで仕方ないのでしょうか
それに ×印ではなく Vである意味がわかりません

ボックス すなわち箱に チェックマーク
そういう しゃれのつもりなのかな



166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:25:30.87 ID:XbRaDYE30

ξ゚听)ξ「……おじちゃん?」

( ^ω^)「お?」


女の子の甲高い声が ぼくを現実へと引き戻します


ξ゚听)ξ「おじちゃんち、なんにもないねー」

( ^ω^)「そうだお。おもちゃもゲームもないお。楽しくないお?」

ξ゚听)ξ「おなかすいたー」

( ^ω^)「お、すまんお。お家に帰るお」


このまま ごねられてもたまらないので
すぐにその体を抱え 玄関へと連れていきます



167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 21:27:43.85 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「ほら、人形はお兄ちゃんが持っててあげるお」

ξ゚听)ξ「うん。でも、あれなーにー?」


そうやって さっきの質問を繰り返すのですが

残念ながら
当のぼくにも 納得のいく答えは提示できそうにありません


( ^ω^)「箱のおばけだお。いい子にしてないと食べられちゃうお」

ξ゚听)ξ「おばけなんていなーいもーん」


靴を履かせると 弾かれたようにいきおいよく 立ち上がる彼女
ドアを開けるや否や 元気に 外へ駆け出します
このバイタリティ やはり将来が楽しみじゃ

施錠したのち
階段の下で待っていた 彼女の手を引きながら
アパートをあとにしました



214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:02:50.77 ID:XbRaDYE30

ξ゚听)ξ「ここだよ」

( ^ω^)「おー……でかいお」


しばらく歩いたあと
空き地の向こう 近くのマンションを前にして 彼女が立ち止まりました

ものの五分の距離 けれど
こんな小さな体では あの公園や アパートまでは遠いはず
まさに大冒険です


( ^ω^)「何号室かお? 送っていくお」

ξ゚听)ξ「ううん、いい!」

( ^ω^)「あ、ちょ……」


駆け出す背中 すぐに声をかけ呼び止めます


( ^ω^)「わすれものだおー」


振り返った彼女にむけ 人形の包みを ふりふり



218: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:05:43.98 ID:XbRaDYE30

ξ*゚听)ξ「……!」


ツンちゃんは 入り口の前で ぴたり止まり
恥ずかしそうに戻ってくると ぼくの手から それらをひったくりました


( ^ω^)「ほら、忘れてたら、でれちゃんがっかりするお」

ξ゚听)ξ「うん、きゅあぷりあげなきゃ」


やはり 人形二つにぬいぐるみを抱えているその姿
いささか持ちにくそうです


( ^ω^)「ほら、貸すお。お兄ちゃんが持っていくお」

ξ゚听)ξ「いい! がんばる!」

(;^ω^)「おー……」


よたよた歩くのが ちょっと心配
けれど 思ったより器用に
ナンバーロックのボタンを押し 自動ドアをすり抜けていきます



221: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:08:12.43 ID:XbRaDYE30

そこで止まり くるっとこちらを振り返ります


ξ゚听)ξ「……おじちゃん、あしたもいる?」

( ^ω^)「お? おー。いるお」


バイトの期限は 明後日まで
つまり 明日もぼくは アパートへと足を運びます


ξ゚听)ξ「いつ?」

( ^ω^)「えーと、明日も大学は休みだし……。
        そうだね、三時半には公園に来れるお」

ξ*゚听)ξ「うんっ!」


それを聞くと どこか満足げ
頬をほころばせ エレベータへ駆け出します
転ばないか 見ていてハラハラしますが そんな心配は無用のようです



224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:11:23.54 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「じゃあねツンちゃん、でれちゃんと仲良くね」

ξ゚听)ξ「……」

ξ*゚听)ξ「……べーっだ!」


どうやらそれは 彼女にとって 親交の挨拶でもあるようです
はてさて 本当にバカにしている時もありそうだし 真意はわからないけれど


( ^ω^)「おっおっ……バイトの楽しみが増えたお」


小さなお友達との再会を 楽しみにすることにしましょう

いやしかし 彼女にとってぼくが 大きなお友達だと表現すると
ちょっと 危険なニュアンスになってしまう

それが はがゆくもあり どこかおかしくもあり


( ^ω^)「……さて、僕も帰るお」


きびすを返し てくてく帰路を辿ります
あんな風に 無邪気に駆け出せたらなあと 思いました



226: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:14:15.23 ID:XbRaDYE30

明くる日

今日で六日目 一週間なんてあっという間です

乏しかったはずの 通帳の中身
それがいまや 0が一桁増し
ぼくはもう うきうきです


( ^ω^)「さーて……」


定刻どおり公園につき あたりを見回します
ツンちゃんたちは まだ来ていないようです


(;^ω^)「クマさんのことで、ごねなければいいけどお」


昨夜ようやく ネットのショッピングモールにて 同じぬいぐるみを発見
早速注文したところ 到着には 一週間程度かかるとのこと

塗装の剥げたベンチに腰掛け 小さな来訪者を待ちます



229: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:16:48.90 ID:XbRaDYE30

それから

10分がすぎ


     20分たって


( ^ω^)「……」


結局 30分ほど待ってみたけれど 女の子たちは来ませんでした
ひょっとしたら 親御さんに怒られたりしたのかな


( ^ω^)「ふむ、来ることを忘れちゃったかお?」


ひょっとしたら 時間を間違えているかも などと考え
さらに15分ほど待ってみましたが

相変わらずこの界隈 しんと静まり返っています


( ^ω^)「……バイト行くかお」


お家で 二人仲良く お人形遊びをしているといいなあ



232: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:19:30.19 ID:XbRaDYE30

合鍵を差し込み けだるくノブを捻ります

いつもと変わらない 薄暗い部屋の中
生ぬるいような ひんやり冷たいような
よくわからないけど どこか重い空気

ぞわり 頬を撫で付けてゆきました


( ^ω^)「おいすー。……元気してたかお?」


あがりこむと
木箱の白い顔 ぺしぺし叩きつつ ベランダへと近づきます

たまには 空気を入れ替えよう
殺風景な部屋に これまた無愛想な白塗りの木箱
明るくなれば 少しは 印象が変わるかも知れません

カーテンを引き 窓をいっぱいに開放します


( ^ω^)「ふぃー……風が気持ちいいお」


外は曇り空ですが
暗いままでいるよりは いくぶん マシになりました



239: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:22:06.15 ID:XbRaDYE30

それでもやはり 後方より発せられる 威圧感
誰かに見られているような感覚です


( ^ω^)「ぴーーーーーーーす!」


わざと明るく 右手でチョキをつくります
腕をいっぱいに伸ばしつつ 『Vの箱』へと 振り返りました

人差し指と中指の中心
そのすき間で標準を合わせ 箱の側面を確認します


( ^ω^)「やっぱりだお」


上から三列目 まさに5つ目のVマークが描き込まれていました
これで印の数は 7個×二列と 三列目に並んだ5個を足して 19個


( ^ω^)「ここの住人、本当に妙な趣味してるお」


まあ 趣味というよりは 日課なのでしょうが
どちらにせよ 変わっていることに違いないでしょう



243: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:25:03.87 ID:XbRaDYE30

それから トイレを借りることにします
便器の蓋は閉じたまま 紙もこないだと同じくらい 減った様子はありません


( ^ω^)「お? 使ってないのかお……?」


しかし 手を洗おうとして気付きました
洗面台に張り付いた 長い長い髪の毛


( ^ω^)「ペロ……これは! アパートの住人は女の人だお」


本当は 雇い主の毛ではない ということしか わからないのですが
女性だと仮定したほうが ぼくとしては なんとなく嬉しいので


(;^ω^)「まあ、ろくな女じゃなさそうだけどお」


あの木箱 宗教関係のアイテム という線が 色濃くなってきた気がします

山のように積んであったはずのタオルは 数枚にまで減っていました
洗濯機は空 クリーニングにでも出したのでしょうか



247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:28:00.48 ID:XbRaDYE30

まあ
他人の生活事情を これ以上詮索するのも 気が咎めます


( ^ω^)「明日、あの人に聞いてみようかお?」


居間に戻ると 『Vの箱』を眺めつつ 周りをぐるぐる歩きます

やがてそれにも飽き 窓とカーテンを閉じると 帰り支度

もう一度だけ 赤いマークを一瞥し それから部屋をあとにしました


( ^ω^)「ひょっとしたら……」


念のため もう一度公園へと向かいましたが
中学生らしきカップルが 一組 ベンチに座っているだけ


( ^ω^)「……ぬいぐるみ、渡せる日は来ないかもお」


ちょっとした寂しさを覚えつつ 帰り道 辿りました



251: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:30:40.28 ID:XbRaDYE30

最終日
やはり今日も 空はどんより曇っています

けだるい大学の講義を終え 自由を手に入れたのは
いつもとさして変わらない 夕刻


( ^ω^)「……」


わざわざ遠回りして 女の子のマンションの前を通り
これまた未練がましく 公園に寄ってから アパートに向かいました


( ^ω^)「あー……ネットの注文、キャンセル効いたっけお」


昨夜 ようやく繋がった電話の向こうで
雇い主の彼は やはり事務的に 今日の予定を告げました

いわく
最終日のバイト代は このアパートで 手渡しにすると

その際 いくつも湧き上がる疑問 ぶつけてもよいかと聞けば
別に構わないと 意外かつ よどみない返答



256: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:33:24.12 ID:XbRaDYE30

アパートに着く直前 メールにてそのことを連絡すると
彼は 少し遅れてくるらしく
いつも通り 中で待つように とのことでした


( ^ω^)「少しって……どのくらいだろうお」


左腕 自慢のそれで時刻を確認すると
すっかり慣れた手付きで 鍵を右側にひねります

金属のきしむ音を 耳元で聞きながら
白い顔した 部屋の主のもとへ


( ^ω^)「お邪魔しますおー……」


薄く漂う いぐさの香り
それに混じって ホコリの臭いとでも例えましょうか
独特のスメルが鼻につきました



264: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:35:57.88 ID:XbRaDYE30

昨日と同じく カーテンを引き 換気がてら窓を開けます


( ^ω^)「外も、あまり変わらない気がするお」


ベランダから見える景色もまた 実際より暗く感じられまして
あまり 清清しさはありません
相変わらず 人気のない 生気もない このアパート界隈


( ^ω^)「ふう……」


振り向けば やはり
一つ増えていた 赤いVのマーク 


( ^ω^)「契約期間満了。さしずめ、今日はバイト終了記念日かお」


ぱちり

それでもどこか薄暗いので 電灯のスイッチも入れました



272: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:38:25.87 ID:XbRaDYE30

ちっ ちっ ちっ


(;^ω^)「……はあ、遅いお」


いつでも帰れる という条件だった これまでの六日間より
まさに今日こそ 漫画など 時間を潰すアイテムを持ってくるべきだった
後悔先にたたずです


( ^ω^)「一体いつまで待たせるんだお」


ここへ来てから すでに三十分
何をするでもなく 外を眺めたり あぐらをかいて木箱を蹴ってみたり

さすがに いつ主が来るかわからない こんな状況で
台所やバスルームを漁るのも 気がひけます



281: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:41:04.12 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「まあ、こんな調子で日給貰えるんだし、文句言っちゃいかんかお……」


ちゃり ちゃり

アパートの鍵 てのひらで弄んでみます
指に引っ掛けて回したり 天井に放り上げてキャッチしてみたり

それもすぐに飽き ごろり 大の字に寝そべりました
横になった姿勢のまま 鍵を目の前に持ってきます


( ^ω^)「これを返すまで、僕のバイトは終わらない……はあ」


手首を返して 裏の文字を 目で追ってみたりもましたが
大丈夫 何の変哲もない ただのキーです


『これが合鍵だ。いつでも使っていい』


合鍵
あいかぎ ねえ

いつでも使っていい なんて言うけれど
こんな 何もない部屋
ましてや 他人が住んでいると思しきそれを 一体何に使えというのでしょう



291: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:43:40.55 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「いつでも使っていい、かあ……」


そう言えば この『Vの箱』
妙なかたちの南京錠が くっついていたんだった


( ^ω^)「がちゃっ、とね」


思い立ったが 吉日です

よいしょと立ち上がると
冗談まじりに 木箱の端についた 錠へ その先を合わせてみます


( ^ω^)「……お?」


意外や意外

鍵穴はぴたり その先にはまりました


( ^ω^)「……マジかお」



302: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:46:16.77 ID:XbRaDYE30

想定外の出来事に 心が躍ります

アパートの鍵は 薄手でよくある形をした 至って普通のシロモノです
これにぴったり合う 南京錠の鍵穴
ちょっと それは特殊だと 言わざるを得ません

ひょっとして
これは 箱の中身を見る チャンスかも知れない


( ^ω^)「これ……何のためについてるんだお?」


しかし
取っ手もない 引き戸もない そもそも扉が見当たらない

そんな 奇妙な形状の この箱
錠を外したからといって その先 一体どうしろというのでしょう


( ^ω^)「それに、もうすぐあの人が来るお。
        彼が来てからのほうが……いや、そもそも開けていいなんて聞いてないし……」


それでも 箱への興味は尽きません



319: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:49:15.88 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……ちょっとだけなら、いいかお?」


窓の外
遠くから聞こえる 烏の鳴き声が 頭の奥で残響します


( ^ω^)「……」


ごくり

唾を飲み込み 深呼吸をひとつ

錠を持つ手に力を込め そのまま固定すると
ゆっくり 右手の鍵をさしこみました


( ゚ω゚)「!!」


途端 部屋の明かりがふっと消えます



331: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:51:12.48 ID:XbRaDYE30

(; ^ω^)「お……あれ?」


おそらくその瞬間
ぼくは 世界で一番 間抜けな顔をしていたことでしょう


(;^ω^)「停電……じゃあなさそうだし……」

( ^ω^)「……蛍光灯が切れたのかお」


わざと明るい方向に考え直し 咳払いを一つ
首を左右に ぷるぷると振ります


(;^ω^)「……」


ごくり
ごくり

もう一度 二度 口内に溜まった唾を飲み込みました

さきほどより 若干 汗ばんだてのひら



340: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:53:25.09 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「落ち着け、素数を数えて落ち着くんだお」


薄暗い中 手元の穴を見失いそうになりながらも あたりをつけまして
そう アパートの扉を 開く時のように
手にした鍵を ゆっくり 右側にひねります


( ^ω^)「!」


かちゃり

小さな音をたてて 錠のとっかかりが浮きました


( ^ω^)「開いた……」


そのまま指先をひねり 刺さった鍵ごと 南京錠をはずします


気の早い蜩が かなかなかなかな 鳴き声を響かせました


かなかなかなかな



352: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:55:23.97 ID:XbRaDYE30

( ^ω^)「……え?」


錠が外れた途端 それは起こりました

ちょうつがいのついた こちら側の側面
木箱の上のほうから ゆっくりと 黒い何かがおりてきます

影のような 煙のような
うぞうぞ蠢く 得体の知れない 黒い染み


(;^ω^)「?」


もやが畳のほうまで降りきると
板はすっかり 染みに塗りつぶされて
まるで 扉が外れたかのように 漆黒の空間が覗いています

窓からみて反対側 つまり Vマークの描かれた裏

電気の消えた室内
こちらは本当に 薄闇に隠されて 中の様子が窺い知れません



358: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:57:33.34 ID:XbRaDYE30

白い木箱 その一面に ぽっかり開いた黒い口 


(;^ω^)「……この箱、一体、何が……」


しかしよく見ると
暗闇の中に うっすら 何かが積み上げられているのがわかりました


( ^ω^)「なんだお……?」



366: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 22:59:05.53 ID:XbRaDYE30

目を凝らして それらを確認しようとした矢先

どさどさどさっ


(; ^ω^)「うわっ……!?」


扉という支えを失ったせいでしょうか
積まれた物体が 勢いよく 足元に転がり出てきました


ぱっ

図ったようなタイミングで 蛍光灯が明滅し 視界が開けます


( ^ω^)「え? ええ? あれ?」


明るくなった室内
それらの姿が ぼくの目に勢いよく 飛び込んできました


「……!!」


まぶたの裏まで 焼き付くように はっきりと



380: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:01:26.85 ID:XbRaDYE30

 それはあまりにも 現実味にとぼしく
 はじめは つくりものかと 目を疑いました

 でも その例えようもない臭気は
 毒素となって鼻腔から侵入
 徐々に 徐々に 脳を冒してゆきます


 「う……!?」


 木箱から 転がり落ちてきた ものたち


 「……な、なんだ、これ」


 断面から ピンクの肉を覗かせる 靴を履いた 足首

 臓物を繋げ 肋骨のはみ出した 胴体

 眼鏡の奥 にごった視線を傾ける 人の頭部


 「……あ、あ」



390: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:03:18.18 ID:XbRaDYE30

 これまでの人生で培ってきた 常識という名のフィールド

 その範疇を 明らかに超越した
 おぞましく よどみ ただれた世界


 「う……うわああああああああああ!!!!!!」


 どす黒い赤が 乱雑に詰め込まれた タオルの山を染め
 異臭はすでに 部屋中へと充満し 鼻を覆わんばかり


 他にも


 透明な袋に入った 耳のようなもの

 視神経をていねいに結んである 両の目玉


 瓶の中 黄色い脂にまみれた 女性の乳房

 髪の毛のような 黒い糸で縛られた 数本の指



406: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:05:17.80 ID:XbRaDYE30

 実に 実に さまざまでした


 「あ……あああ、あああああ……!!」


 それらは そう


 生きたまま

 切り取ったかのような


 人間の





 部位



424: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:08:13.03 ID:XbRaDYE30

 地獄のような光景

 白い木箱からぶちまけられた
 赤のまだら 茶褐色 くすんだ黒
 散乱したヒトのパーツ

 何故だか ぼくには目が逸らせませんでした

 見つけてしまったのです
 そこには どこかで覚えのある 熊のぬいぐるみ


 しかし その口もとに 違和感


 (; ゚ω゚)「あ、あああああ……」


 御丁寧に あっかんべえの形で 縫い付けてありました


 ちいさな

 人間の




 舌が



438: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:10:24.31 ID:XbRaDYE30

止まらない震え 一歩一歩あとずさりする ぼく
ねばっこい汗が こめかみから顔全体 絡み はり付きます

そのとき
ふいに目の前を 黒い何かが横切りました


「!!」


それは
がちがち音を立てていた ぼくの顎ごと 押さえつけ
そのまま 宙に浮くかのような勢いで 締め上げます


「あ……!? ぐ、うう」


ぶ厚い布地を通して 与えられる力は なお一層強く

それが
何者かの腕であると わかったときには もう遅い

低い くぐもった声が 脳に直接ねじ込まれました



448: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:12:29.99 ID:XbRaDYE30


 『一週間、ご苦労さま』


 『見たよね? ほら。
    たくさん、溜まったよ』



 『ところで……』




               『君は、どこがいい?』



459: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:14:03.01 ID:XbRaDYE30











 かなかなかなかなかな



471: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:16:29.85 ID:XbRaDYE30

             *    *    *



('、`*川「うん……やっぱり今日も増えてる」


わたしはその事実を確認すると
ため息をついて バッグを抱えなおしました。


('、`*川「ありえない。絶対何かヤバいものだよね」


なんだかんだで もう四日目。

初日に話を聞き こいつを実際 目の当たりにしたときは
絶対に裏がある やめたほうがいいと
もう一人のわたし 警鐘を鳴らしたのだけど。

結局 振り込まれていたバイト代
予想以上の金額に負け ずるずるここまできちゃったわけでして。

優柔不断で流され易い自分の性格に また一つ 深いため息が漏れました。



483: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:19:03.89 ID:XbRaDYE30

('、`*川 「……ま、あと三日で、こいつの正体もわかることだし」


不安と裏腹に 湧き上がる好奇心も バイトの継続に拍車をかけた一因でした。

最終日には 全ての疑問に答えてくれると
雇い主である あの人から 言質をとってあります。


('、`*川 「しっかし……何の意味があるんだろ」


  V V V V  V V V

  V V V V V V  V

  V V  V VV V  V

  V V V


箱の裏側 毎日一つずつ増える 赤い Vの印。


('、`*川 「ハート……なわけないか」


そういえば 地図記号に こういうのがあったけど
一日ごとにカウントアップさせる その意味がよくわかりません。



491: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:22:03.39 ID:XbRaDYE30

('、`*川 「……やっぱり、アレだったりして」


この直方体が わたしの考えるアレだとしますと
古いアパートの一室に置くことは まあ 確かに盲点ではある。
こういう 危険なものを隠すには うってつけなのかな と。


('、`*川 「……犯罪の片棒を担ぐのは、ちょっと……やだな」


まずは 自分に被害が及ばないよう 祈ろうと思います。


('、`*川 「ま、大丈夫でしょ。
      実際は大したものじゃない……はずよね」


そんなに危険で 隠す必要があるものならば。

普通の女子大生 しかもバイトである わたしなんかに
見張りを任せるなんてことは まずないでしょう。



492: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:24:07.46 ID:XbRaDYE30

('、`*川 「はーぁ、気になるなあ」


でもやはり 見張りを要するでかい箱 弾む報酬
そして なによりも あの音。

そんな 興味深いキーワードがチラつくと
どうにも 想像力豊かなわたしの のうみそ
勉強するとき以上に よい働きをみせてくれるのです。


('、`*川 「……帰ろっと」


バッグの紐を肩に担ぎなおし 部屋の電気を消しました。

出て行く直前 ふと また 気になってしまい
箱にもう一度近づくと 目を閉じ じっと耳を澄ませてみます。


('、`*川 「……やっぱり、聞こえる」


何故だか ぞっとするような薄気味の悪さを覚え
そのまま振り返らずに 玄関へ向かい ドアノブをひねりました。



498: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:26:17.13 ID:XbRaDYE30

階段を降りながら あの物体について考えます。


('、`*川 「どのくらいの威力があるのかしら?」


中身は いわゆる時限爆弾。

それが 突拍子もない発想だということは よくわかっているのだけど。


('、`*川 「……ま、月曜日には、箱の中身もわかるよね」


予報によると 今週いっぱいは 曇り
ときおり ぐずついた天気になると 言っていました。

梅雨が明けるのは まだまだ先のようです。



506: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:28:34.75 ID:XbRaDYE30

 部屋を支配する静寂の中で

  白い木箱から 今も あの音だけが響いているのでしょう。



 ちっ



 ちっ



 ちっ



 ちっ……



510: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/02(月) 23:29:30.52 ID:XbRaDYE30



  『 V 』




                          ─────(了)



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