( ^ω^)と夏の日のようです
- 7: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 21:54:09.33 ID:siQeC2cx0
- 『( ^ω^)と夏の日のようです』 第十八話
郷愁を誘うヒグラシの声も止み、辺りが闇に包まれる。
今夜は新月、地上を照らすものは星の幽かな光だけだった。
こっちで過ごす最後の夜。
今日は花火大会が行われる日だ。
僕たちは海に近いドクオさんの家に一同に集結し、特等席から花火を見ることにした。
打ち上げ開始は9時。
壁に掛けられた古びた時計を見ると、まだ7時を過ぎたばかりだ。
だけど僕には、花火よりも大事なことがある。
それはツンにもう一度話をすること。
僕はそのことだけを考え、星のペンダントをぎゅっと握る。
空に瞬く星よりも、ずっときれいな銀の輝き。
「もう今日で終わってしまうんだな」と思うと、切なくて堪らなかった。
- 9: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 21:56:13.21 ID:siQeC2cx0
- ('A`)「よぅし、どんどん食ってどんどん飲めよ!」
(;^ω^)「ちょwwwwww痛いwwwwwwwww」
_
( ゚∀゚)「ほれ、箸持てぇ!」
ドクオさんが僕の背中を叩きながら囃し立て、ジョルジュさんがそれに便乗する。
この集まりは僕のお別れ会も兼ねている。
提案者は叔父さんとドクオさん。僕が一番お世話になった二人だ。
机いっぱいに並べられた彩豊かな料理の数々。
カンパチのお刺身、冷奴、ワカメの酢の物、浅漬け、とうもろこし。
鶏の唐揚げ、卵焼き、アジのたたき、じゃこ天、さばしゃぶ。
イカ焼き、ポテトサラダ、海老の天麩羅、ウィンナー、つみれ汁。
……いずれも一度食べたことのあるもの。
一口毎に、その時の記憶が戻ってくる。
瞳を閉じると、見えるのはこの上なく眩しい情景。
僕は惜しむように、ゆっくりと噛み締めて味わった。
- 11: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 21:58:48.63 ID:siQeC2cx0
- 永遠に続いてほしいと願いたくなる宴の席。
だけども、時は無情に過ぎていく。
この楽しい時間も、きっとすぐにアルバムの中の出来事になってしまう。
そう思うと涙が出そうになった。
それに何より、この間一言もツンと喋っていない。
ツンは妹弟と一緒に料理をつまみながら、適当に笑っているだけだった。
('、`*川「はい、すいかが切れたわよ」
叔母さんが台所から均等に切られたすいかを持ってきた。
赤く瑞々しい果肉が、見るだけで唾液を誘う。
川 ゚ -゚)「男どもにはこっちだな」
クーさんは何本かのビール瓶を抱えて席についた。
_
( ゚∀゚)「いよっ! 待ってました!」
(´・ω・`)「さぁさぁ、まずは年配者に敬意を払って荒巻の爺さんに……」
/ ,' 3「ほっほっ、かたじけないのぉ」
- 14: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:01:06.25 ID:siQeC2cx0
- 大人たちが互いにグラスにビールを注ぎ、僕も一杯だけ頂く。
これっぽっちも飲めなかったお酒も、少しだけなら飲めるようになった。
ほろ苦い味はまるで今の僕の気分のようだ。
そして浮かんでは消える白い泡は、この夏の日の思い出のようだった。
(*'A`)「クー! 一本空いたぞー!」
川 ゚ -゚)「知らん。自分で取りに行け」
/ ,' 3「ほっほっほっ、これはまた手厳しい」
_
(*゚∀゚)「うまいのうwwwww酒うまいのうwwwwwww」
(;^ω^)「どこまで飲む気なんですかお……」
酔って騒ぐ大人を尻目に、ツンは席を外して縁側に腰かけてすいかを食べている。
モララーもそれに続いて、並んだ二人の背中を僕は眺めていた。
花火の開始時刻まであと一時間。
早くしないといけないのに、僕は時期を逃していた。
- 17: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:03:38.55 ID:siQeC2cx0
- すいかを一口かじる。
夏を代表する果実の味。
水っぽすぎず、それでいて潤いのあるしゃりっとした果肉。
冷たく甘い果汁が口いっぱいに広がる。
――――僕はなぜか寂しくなった。
すいかを食べると、もう終わりだと感じられたから。
('A`)「おい、早くした方がいいんじゃねぇか?」
( ^ω^)「……分かっていますお」
周りの喧噪に紛れてドクオさんがそっと耳打ちする。
ずっと聞いていないツンの笑い声。
このまま終わってしまうなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
海の手前に見えるツンの後姿。
その美しい髪が、水平線の向こうから吹いてくるそよ風に揺られた。
- 18: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:05:44.06 ID:siQeC2cx0
- 僕は意を決して立ち上がり、モララーがトイレに行った隙を狙ってツンの元に向かった。
幸い、大人たちは騒いでいて僕の様子に気が付いていない。
――――今しかないんだ。
――――もう本当に、これが最後なんだ。
( ^ω^)「……ツン、ちょっといいかお」
平静を装ってツンに話しかける。
あの時よりもずっと勇気が必要だった。
ξ゚听)ξ「……何よ」
ツンが口を開く。
久しぶりに聞く、ツンの僕に対する声。
だけど、ツンは目を合わせてくれなかった。
これまで目を逸らしていたのは僕の方だったのに。
僕たちの視線が交じわることは今回もなかった。
- 19: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:07:59.98 ID:siQeC2cx0
- 僕たちは縁側から家を抜け出して、防波堤沿いの道を並んで歩いた。
並んで、と言っても僕とツンの間には結構な間隔が開いている。
僕にはそれが二人の心の距離のように思えた。
海が見える道には、花火を今か今かと待つ人が集まっていた。
期待に胸を膨らませる小さな子どもから、夏の醍醐味を知り尽くしたような老人まで、
その人々が見せる表情はさまざまだった。
ただ一つ言えるのは、みんな嬉しそうな笑顔だったこと。
( ^ω^)「……ツン、僕は君に言わなくちゃいけないことがあるお」
人影が少なくなってきた所で、僕は立ち止まった。
あらん限りの勇気を振り絞りながら、慎重に言葉を選んでいく。
( ^ω^)「僕は……ツンに謝るべきだったんだお」
返事はない。僕は続けた。
- 21: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:10:49.10 ID:siQeC2cx0
- ( ^ω^)「情けないけれど、僕はツンのことをほとんど覚えていなかったお」
( ^ω^)「思い出せたことは、ほんの少しだけで……」
( -ω-)「……それなのに今になって『好きだ』なんて、勘違いもいいところだお」
( -ω-)「申し訳ないお。僕は君との思い出を忘れてしまっていたんだお」
( -ω-)「だから、僕は謝らなくちゃいけないんだお。ツン、ごめんだお」
僕はツンの方を向いて頭を下げた。
ツンの顔はよく見えない。
僕を見てくれているのか、それとも違う何かを見ているのか。
それは僕には分からなかった。
顔を上げると、ツンは俯いたままそこに立っていた。
肩をぶるぶると震わせて、何かに怯えているように、立っていた。
( ^ω^)「ツン――――」
名前を呼びかけた途端。
ツンは顔を隠したまま、一目散に走り去った。
- 24: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:13:07.98 ID:siQeC2cx0
- 僕は驚いて、「あっ」と声を漏らす。
またツンは答えることもなく、僕の目の前からいなくなった。
だけど、もう目を逸らしたりなんかしない。
最後に残された夏色のピース。
今ツンを追いかけなければ、僕は一生後悔することになる。
僕は駈け出した。
港に続く道は、この町で唯一アスファルトで舗装されている。
山道に慣れてしまった僕には驚くほど硬くて、足に大きな負担がかかった。
しかも履いている物は、縁側にあったサンダル。
足を一歩踏み出すたびに、脱げそうになって走りにくい。
それでも、僕は走った。
ツンの声が聞きたい。
どんな困難があったって、僕はもう諦めたりなんかしないんだ。
これが僕の、やらなければいけないことなんだ。
- 25: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:15:39.87 ID:siQeC2cx0
- 僕は海沿いの道を走り続ける。
つまずきそうになっても、決して倒れるなと自分に言い聞かせた。
途中で、道の上に転がっている何かを見つけた。
それはツンが脱ぎ捨てたサンダル。
僕はさっと拾い上げ、前を行くツンを追いかけた。
流れる汗を振り払う。
体温が急上昇しているのが分かった。
心臓はかつてないほどのペースで動いていた。
道の上に点々と滲んだ跡が見られる。
それが波で打ち上げられた海水なのか、ツンの汗なのかは分からない。
でもそんな事を考える暇なんて一秒も無かった。
僕の頭は走ることでいっぱいだった。
- 28: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:18:01.17 ID:siQeC2cx0
- 長くて先の見えない夜道に、やがて行き止まりが訪れた。
辿り着いたのは人気のない漁港。
海がパノラマのように見渡せる港の先。
コンクリートの地面の上、ツンは裸足で立っていた。
(;^ω^)「はぁ……んっ、はぁ……」
こんなに長い距離を、懸命に走ったのは久しぶりだ。
息も絶え絶えに、言うべき言葉を探す。
(;^ω^)「ツン! 聞いてくれお!」
後ろ向きのツンに呼びかける。
(;^ω^)「僕が言いたいことは、それだけじゃないんだお!」
ぴくり、とツンが反応する。
その表情はやっぱり分からないけれど、僕は想いをぶちまけた。
- 30: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:20:18.78 ID:siQeC2cx0
- (;^ω^)「僕は! 確かに君の思い出を忘れていたお!」
(;^ω^)「言い訳なんてしないお! 本当にごめんだお!」
(;^ω^)「……だけど! ツンは!」
(;^ω^)「こんな僕に! 新しい思い出を作ってくれたお!」
自分でも何を言っているのかよく分らなくて、
もしかしたら意味の通じる言葉になっていないんじゃないかと思った。
だけども僕は、そんなことは頭の片隅に押し込んだ。
昼の姿から大きくかけ離れた、静かで暗い海。
そんな海に突き出た冷たいコンクリートの上で、僕は大きな声を上げた。
- 31: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:22:43.46 ID:siQeC2cx0
- (;^ω^)「あの日見た空! あの日見た海! あの日見た星!」
(;^ω^)「ツンと一緒に見た、すべての物が僕の宝物だお!」
(;^ω^)「僕はもう、絶対に忘れたりなんかしないお!」
(;^ω^)「そんなたくさんの宝物をくれたツンが!」
( ;ω;)「僕は……僕はまだ、大好きなんだお!」
そこで涙が溢れた。
ぐしゃぐしゃになった顔で、何も考えられない頭で、声にならない声で。
僕はもう一度、ツンに想いを伝える。
- 35: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:25:26.17 ID:siQeC2cx0
- ( ;ω;)「こんなに好きなのに! 何も言ってくれないなんて!」
( ;ω;)「そんなの……そんなの、ずるいお!」
( ;ω;)「……ツンには迷惑なことかも知れないけど!」
( ;ω;)「僕は! あやふやなままでこの夏を終わらせたくないんだお!」
( ;ω;)「ツンと過ごした夏を! こんな形で締め括りたくないんだお!」
言いたかったことのすべてを、溢れる感情のままに残り残さず言った。
ツンはまだ、海の方角を向いたままでいた。
- 96: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:29:57.82 ID:siQeC2cx0
- そこで突然、ひゅうんという音が聴こえた。
音の正体は、打ち上げられた一発目の花火。
まん丸に広がった美しい炎の花は、まるで日向に咲き誇る向日葵のようで、
その鮮やかで明るい光が、ツンのお気に入りの白いワンピースを橙色に染めた。
少し遅れてどんという低い音が響き渡り、僕の心を揺れ動かす。
その音に負けないように、僕は思いっきり叫んだ。
( ;ω;)「僕はもう! 逃げたくないから!」
( ;ω;)「だから! ちゃんと! 答えてほしいんだお!」
- 36: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:27:31.96 ID:siQeC2cx0
- 僕の言葉はツンに聞こえただろうか。
言い切ったあとで、汗まみれの右腕でこすって涙を拭う。
腫れた瞼を開くと、視界はぼやけている。
花火が何発も打ち上げられていることだけが、かろうじて分かった。
( うω^)「ツン……お願いだお……」
ツンに近寄り、かき消されそうな声で話しかける。
やはり俯いたままだ。
僕は急かさずに待ち続けた。
開いては散っていく花火を背景に、僕たちはこの町の淵に立っていた。
ツンの口元だけがちらりと見える。
唇をぐっと噛んで、じっと耐えているかのようだった。
- 38: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:29:43.18 ID:siQeC2cx0
- 数分の後、ツンが顔を上げた。
……今度はちゃんと口を開いてくれた。
ξ - )ξ「……あと、ちょっと……」
聞こえるか聞こえないかのか細い声。
僕は耳を澄ませる。
ξ - )ξ「……あと、ちょっとだったのに……」
(;^ω^)「な、何がだお?」
ツンの声は震えている。
ξ )ξ「……あんた、本当に馬鹿よ……」
ξ; -;)ξ「あと、ちょっとの我慢だったのに……!」
- 39: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:32:12.18 ID:siQeC2cx0
- 一粒だけ、ツンが涙を見せる。
女の子の涙を見るのはこれで二度目。
だけど少しも慣れることはない。僕は今回もうろたえた。
ξ - )ξ「……」
涙はすぐに止まり、しばらくの間閉口するツン。
空では花火が月の代わりに夜を彩っている。
星よりも何よりも派手に、一瞬を照らしていた。
僕はツンに目を戻す。
――――次に口から出てきたのは意外な言葉だった。
ξ - )ξ「……ねぇ、あんた『忘れちゃった』って言ったわよね」
ξ゚ -゚)ξ「……昔のこと、聞きたい?」
- 41: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:34:32.24 ID:siQeC2cx0
- やけに落ち着いたツンの声。
僕は拍子抜けすると共に、どこか安堵した気になる。
( ^ω^)「……聞かせてほしいお」
ξ゚听)ξ「分かったわ」
ξ゚听)ξ「私の記憶を、あんたに教えてあげる」
先程までの熱はどこへ行ったのだろう。
僕の想い、葛藤。
ツンの涙、沈黙。
まるで夏が過ぎてしまったかのように、それらは呆気なく消えていた。
今二人の間に漂っているのは、ちょっと不思議で涼しげな空気。
僕たちは座り込んで、花火を眺めながら話をした。
ツンの胸に輝くハート型のペンダント。
それは位置が少しだけずれていて、ハートが歪な形に見えた。
- 42: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:37:00.31 ID:siQeC2cx0
- こうして並んで座るのも久しぶりだ。
出来ることなら、気持ちの整理が出来てから花火を鑑賞したかったな。
僕はそんなことを考えていた。
ξ゚听)ξ「あんたの覚えていたことって、どの程度なの?」
( ^ω^)「……庭で遊んでいたな、ってことぐらいだお」
ξ゚听)ξ「……」
少しの間ツンが考え込む。
ξ゚听)ξ「……そう。そんなもん、よね」
(;^ω^)「あう、ごめんだお」
ξ゚听)ξ「ううん、いいの」
これまでになく、柔らかな態度でしおらしいツン。
僕はちょっとだけ変な感じがした。
ξ゚听)ξ「……それに、私はそんなこと気にしてないし」
- 43: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:39:09.82 ID:siQeC2cx0
- ……どういうことなのだろう。
ツンは僕が記憶を失くしていたことに怒っていたものだと思っていた。
それなのに「気にしてない」だなんて、全くの見当違いだったのか?
僕は思わず声を漏らした。
(;^ω^)「えっ、でも……」
ξ゚听)ξ「話、続けるわよ」
ツンが遮る。
ξ゚听)ξ「ブーンの言うとおり、私たちはよく遊んでいたわ」
ξ゚听)ξ「でも、何をしていたかなんて覚えていないでしょ?」
( ^ω^)「……」
僕は無言で頷く。
ツンは夜空を見上げて、大輪の花火を見つめた。
ξ゚听)ξ「私たちがしていたことはたった一つ……」
ξ゚听)ξ「……空を、見ていたの」
- 46: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:41:31.29 ID:siQeC2cx0
- ( ^ω^)「空?」
ξ゚听)ξ「そう、空」
ツンは顔を上げたまま話を続けた。
ξ゚听)ξ「だけどこんな風に真っ暗な空じゃなくて、青く澄んだ太陽の輝く空」
ξ゚听)ξ「……私とあんたはそんな夏の空が大好きで、いっつも眺めてたの」
昔を懐かしむように話すツン。
思い出はいつまでも優しいままでいてくれる。
だからこそ、愛しいのだろう。
……悲しい事に、僕はその思い出を見失ってしまった。
だけど、隣にいる少女が、僕のすかすかのパズルを埋めてくれている。
ξ゚听)ξ「空の世界の中で特に好きだったのが、白く広がった雲」
ξ゚听)ξ「私が白色を好きになったのは、それがきっかけよ」
言われてみれば、ツンの服装は白が多かった。
その事に気付けなかったのかと思うと、僕はなんだか恥ずかしくなった。
ツンは、昔の記憶に繋がる欠片をちらつかせていたというのに。
- 48: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:43:46.74 ID:siQeC2cx0
- ξ゚听)ξ「毎日毎日、空は違う雲の様子を見せてくれた」
ξ゚听)ξ「流れる雲、覆いかぶさる雲、ちぎれる雲……」
ξ゚听)ξ「飽きることなく、幼い二人はそれを見ていたわ」
そこまで言ったところで、少しだけツンの表情が曇る。
ξ゚ -゚)ξ「……そんな風にして過ごしていたら、ある日珍しい雲を見つけたの」
ξ゚ -゚)ξ「見たことのない、突然現れた細長い雲」
ξ゚ -゚)ξ「私たちはそれを見上げて、物凄くはしゃいだの」
遠い目をして海を見るツン。
僕は懸命に幼い頃の記憶を辿りながら、その雲を思い出そうとする。
虚しくも、それは叶わなかった。
だけど話の内容から、雲の正体は見えていた。
( ^ω^)「飛行機雲、かお?」
ξ゚ -゚)ξ「……そうよ」
ツンが軽く首を縦に振る。
- 50: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:45:47.83 ID:siQeC2cx0
- ξ゚ -゚)ξ「真っ直ぐで真っ白な飛行機雲」
ξ゚ -゚)ξ「それはまだ小さかった私たちにはとても印象的だったわ」
ツンが足首の辺りを触る。
細くてきれいな脚に、僕は少々の間見とれた。
……そう言えば、ツンはまだ裸足のままだ。
ξ゚ -゚)ξ「でね、興奮した私たちは何をしたと思う?」
返答を期待せずにツンが僕に囁く。
僕は黙っていた。
ξ゚ -゚)ξ「……私たちはね、庭に一本の線を描いたの」
ξ゚ -゚)ξ「まっさらな地面の上に、飛行機が通り過ぎた後のような一本の線を」
- 51: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:48:03.57 ID:siQeC2cx0
- すっ、とツンが指で宙に一本線を引く。
ξ゚ -゚)ξ「……この話には、まだ続きがあってね」
( ^ω^)「おっ?」
ξ゚ -゚)ξ「その後、私たちは線の両側にお互いの名前を書いたの」
ξ*゚ -゚)ξ「まるで相合傘みたいに、ね」
少しだけ照れてみせるツン。
話を聞いている僕も照れくさい気になった。
ξ゚ -゚)ξ「今思うと、馬鹿みたいよね……」
ツンが呟く。
その後に流れたのは、一時の沈黙。
ツンはその先を話す事をためらっているように思えた。
- 52: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:50:21.33 ID:siQeC2cx0
- ( ^ω^)「まだ、続きがあるのかお?」
ξ - )ξ「……」
ツンは目を伏せて、陰った表情を見せる。
やはり、その先に何かあったのだろう。
ξ - )ξ「……それでね」
ゆっくりと、ツンは重い口を開いた。
ξ - )ξ「私たちは出来上がったものを見て、笑いあったの」
ξ - )ξ「『これで、ずっと一緒にいられるね』って」
ξ - )ξ「……だけど、その相合傘には傘がなかったから……」
ξ;-;)ξ「それは相合傘じゃなくて、二人を隔てる境界線になったの」
- 54: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:53:10.20 ID:siQeC2cx0
- 再び涙声になるツン。
僕はまたまたうろたえた。
けれどもこれまでよりは、ずっとまともな振る舞いが出来るように努めた。
ξ;-;)ξ「……その年の夏が終わると、あんた達一家は都会の町に引っ越していったわ」
(;^ω^)「あっ……」
ようやく途切れ途切れながら思い出せた。
ツンが僕に話していたことは、幼い二人が過ごした最後の夏の記憶。
ξ;-;)ξ「あんたが出ていってから私は気づいたの」
ξ;-;)ξ「……私の中で、ブーンは凄く大きな存在だったって、そう幼心に思った」
クーさんに言われた言葉が僕の頭に浮かんだ。
ξ;-;)ξ「その後傘がないことに気が付いて、急いで描いたわ」
ξ;-;)ξ「ブーンとの日々を思い出しながら、毎日それを眺めてた」
- 55: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:55:42.65 ID:siQeC2cx0
- ツンは静かに泣きながら、昔話を紡いでいく。
ξ;-;)ξ「雨の日は消えてしまわないように、本当に傘をさした」
ξ;-;)ξ「これが消えちゃうと、思い出もなくなっちゃうような気がしたから……」
ξ;-;)ξ「だけど台風が来て、守ろうとしたけどお母さんに止められて……」
ξ;-;)ξ「……相合傘は雨に流されて、消えてしまったの」
すすり泣く声が漏れてくる。
ξ;-;)ξ「……それで……ひっく、思い出はもう、私の中だけのものになった気がして……」
ξ;-;)ξ「……都会に行ったブーンは、そんな記憶なんて忘れてしまうと思った」
ξ;-;)ξ「……だけど、だけども……!」
ツンが語調を強くする。
ξ;ー;)ξ「ブーンは私の事を、ほんの少しでも覚えていてくれた」
- 57: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:57:37.33 ID:siQeC2cx0
- 泣きながら、笑顔を見せるツン。
――――だけどツンの言っていることには矛盾した所がある。
(;^ω^)「でも、僕が覚えていたのは名前と遊んだことのわずかな記憶だけだお」
ξ;ー;)ξ「……私は、それでも嬉しかったの」
ツンが涙をごしごしと拭く。
ξうー゚)ξ「私、あんたが来た時どう接していいか分からなかったわ」
ξ゚ー゚)ξ「……だけど、名前を呼んでもらえて本当に嬉しかった」
ξ゚ー゚)ξ「本当に嬉しくて……また昔みたいに過ごせるって思った」
ツンの顔から笑みが零れる。
けれども、すぐにまた無表情になった。
ξ゚ -゚)ξ「でも、ブーンは昔とどこか違ってた」
( ^ω^)「……」
ξ゚ -゚)ξ「やっぱり、変わってしまったのかなって、そう思ったの」
- 60: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 22:59:29.99 ID:siQeC2cx0
- その通りだ。
ツンの言うとおり、僕は昔とは変わってしまっていた。
だけど――――。
ξ゚ -゚)ξ「それでも少しずつ、あんたは昔みたいに前向きになっていった」
ξ゚ー゚)ξ「デートに誘ってくれた時なんか『どうしちゃったの?』って思ったわよ」
そう言われて、僕は心の中で喜んだ。
ツンに僕の変わろうという意思が伝わっていた。
ξ゚ -゚)ξ「――――そうして過ごすうちに、突然ブーンに告白された」
僕ははっと息を飲む。
冷や汗が首筋を伝わり、背筋に冷たい感触を覚えた。
ξ゚ -゚)ξ「私はその時、凄くびっくりして……」
ξ゚ -゚)ξ「……次に思ったことは、嬉しい、ってことだった」
- 62: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:01:40.96 ID:siQeC2cx0
- ( ^ω^)「えっ……?」
ツンの口から出た予想外の一言。
僕は少し錯乱状態に陥ってしまい、慌てて気を取り戻した。
ξ゚ -゚)ξ「昔と今の、ぽっかり空いた隙間が埋まったような気がして」
ξ゚ -゚)ξ「そう思って……嬉しかったの」
ツンは何度も「嬉しい」と言う。
なのに、少しも表情は晴れていなかった。
ξ゚ -゚)ξ「……だけど、すぐにこう思った」
ξ゚ -゚)ξ「ここで返事をしても、ブーンは夏が終わるといなくなっちゃう」
ξ゚ -゚)ξ「今は楽しくても、また寂しい日々に戻ってしまうから……」
ξ - )ξ「……私はもう、そんなのは耐えられない」
ξ - )ξ「だから私は……答えを出さずに逃げてしまった」
- 65: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:03:58.91 ID:siQeC2cx0
- ξ - )ξ「自分勝手なのは分かっていたけど、もう昔みたいな思いはしたくない」
ξ - )ξ「それで逃げ出して……なるべくブーンと話さないようにした」
ξ - )ξ「これ以上思い出が増えると、もっと辛くなるから……」
ξ - )ξ「だから我慢してたの、ブーンが帰るまで」
ツンの声は弱々しくて、今にも花火の音に紛れてしまいそうなほどだった。
ξ - )ξ「……わがままを言うと、あんたに話しかけてもらいたかった」
ξ - )ξ「だけど、何だか避けられてるような気がして……私もますます避けるようになっちゃった」
(;^ω^)「それは……僕のことを嫌いになったのかと思ったから……」
ξ゚听)ξ「そんなことっ……!」
ツンは目を見開いて、僕の顔をじっと見た。
ξ;凵G)ξ「嫌いになるなんて、そんなこと、あるはずがないじゃないっ……!」
- 66: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:06:08.71 ID:siQeC2cx0
- ξ;凵G)ξ「何年も、何年も会えなくても、私はブーンを忘れたりなんかしなかった!」
ξ;凵G)ξ「あんただって、私のことを少しでも覚えていてくれた!」
ξ;凵G)ξ「私には、それだけで十分だったのに……」
ξう凵G)ξ「あんたには分からないわよ……私の気持ちなんか……」
ぽろぽろと、今度は大粒の涙を流す。
細やかな花火が次々と打ち出され、夜空はきらめく。
僕たちはそんな空の下、ただ向かい合っていた。
僕はツンをほとんど忘れていたのに、ツンは僕を少しも忘れていない。
僕は心苦しい気持ちに苛まれた。
- 68: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:08:14.50 ID:siQeC2cx0
- だけどツンは言っていた。
「少しでも覚えていてもらえて、嬉しかった」って。
それは名前と、よく遊んでいたという漠然とした印象だけ。
――――僕は考える。
本当に大事なことは、失くしてしまった遠い過去の思い出だけなのだろうか。
記憶を辿っても答えは見つからない。
だからきっと、その答えは昔じゃなくて、今にあるはず。
今覚えていることの中に、一番大切なこと隠されているはずなんだ。
僕はもう昔の記憶に捉われない。
頭の中にあることの中で、最もツンの元に繋がること。
それだけを、ひたすらに探し続けた。
- 72: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:10:20.46 ID:siQeC2cx0
- ( ^ω^)「ツン……」
僕はツンに、優しい声で語りかける。
ξう -;)ξ「……何よ?」
( ^ω^)「僕は、君の名前と、曖昧な思い出ぐらいしか覚えていなかったんだお」
ξう -;)ξ「だから、そんなこと気にしてないって……」
( ^ω^)「でもっ!」
ξう -;)ξ「っ!?」
突如として大きくなった僕の声に、ツンは少しだけ身震いする。
( ^ω^)「もう一つ、覚えていたことがあったんだお」
( ^ω^)「……それは、一番大切なことだったお」
- 75: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:12:43.83 ID:siQeC2cx0
- ――――そうだ。
今の僕が覚えていた、昔のツンの記憶。
些細な事だと思っていたけれど、本当は一番輝かしい記憶。
( ^ω^)「それは、ツンは昔、とても素直で可愛い女の子だったっていうこと!」
( ^ω^)「そして、今でも変わっていないということだお!」
僕はツンの肩を掴んで、じっとその顔を見つめた。
長いまつげ、くりっとした大きな瞳、白く透き通った肌、小さめの唇。
すらりと高い鼻、華奢な体、紅をさした頬、さらさらの髪の毛。
ツンのすべてが、この町の景色のように、変わらずに僕の目に映っている。
- 77: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:15:07.68 ID:siQeC2cx0
- ( ^ω^)「ツンは、覚えていた昔の姿と何も変わっていなかったお」
( ^ω^)「僕は変わってしまったけれど、昔の自分を精一杯取り戻そうとしているお」
僕ははっきりと、自分が言いたい事を伝えた。
( ^ω^)「大切な思い出を忘れてしまったことは、本当にすまないと思うお」
( ^ω^)「……けど、きっとこの先……」
( ^ω^)「昔の記憶よりも、もっともっといい出来事が待っているはずだお!」
幼い頃のように、二人で思い出を綴るにはもう遅いだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。
だって僕の目の前には、あの時の少女が、あの時のままでいてくれるから。
( ^ω^)「だから……僕はツンとの思い出を、また新しく作りたいんだお」
- 81: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:17:47.81 ID:siQeC2cx0
- ツンは僕の手を振りほどき、甲高い声で叫ぶ。
ξ;凵G)ξ「馬鹿じゃないのっ!」
( ^ω^)「馬鹿なことかも知れないけど、本気でそう思ってるんだお!」
ξ;凵G)ξ「だって、言ったじゃない!」
ξう凵G)ξ「あんたが街に帰っちゃったら、そんな思い出も無駄になっちゃうって……!」
( ^ω^)「無駄なんかじゃないお」
ξう凵G)ξ「……えっ?」
( ^ω^)「……僕はまた、この町に帰ってくるお」
ξう凵G)ξ「そんなのっ……で、でたらめばかり言わないでよ……」
( ^ω^)「でたらめなんかじゃないお!」
( ^ω^)「僕は……絶対にツンの元に帰ってくるお」
そう言うと、ツンは力が抜けたように僕の胸に倒れ込んだ。
僕はそんなツンの肩を、両腕でそっと抱いた。
二つのペンダントが、かちゃんと音を立てて軽く触れ合って、
その拍子で、ずれていたペンダントのハートが元の位置に戻った。
- 82: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:20:31.32 ID:siQeC2cx0
- 花火はまだ続いている。
最上級に華やかな、夏の風物詩の王様。
人生の中で一番きれいな空を見ているような気がした。
( ^ω^)「……ツン、泣き止んだかお?」
ξ )ξ「ん……もうちょっとだけこうしていたい……」
( ^ω^)「了解だお」
僕の胸に顔をうずめているツン。
とっくに涙は収まっているのは分かっていた。
ツンの体は、もう震えていなかったから。
- 88: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:23:02.94 ID:siQeC2cx0
- 記憶はあやふやだし、夏も終わってしまう。
それでも思い出は消えたりなんかしない。
だって僕たちには、もっと素晴らしい日々があるはずだから。
ξ゚听)ξ「――――ありがと、もう大丈夫だから」
ツンがゆっくりと顔を上げる。
ξ゚听)ξ「……ねぇ、さっき言ってたこと、本当かしら?」
( ^ω^)「もちろんだお。嘘なんて言わないお」
ξ゚听)ξ「そう……」
ツンは、ぎゅっと自分のペンダントを握る。
ξ゚ー゚)ξ「……私、その言葉信じるから」
ξ゚听)ξ「絶対に、帰ってきなさいよねっ!」
- 90: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:25:17.75 ID:siQeC2cx0
- 落ち着いた僕たちは、二人寄りそって空を見上げた。
まるで、ツンの言っていた昔の僕たちみたいに。
そこには雲なんてないけれど、代わりに大きな花が咲いている。
それはどんな記憶よりも美しかった。
(;^ω^)「それで、えぇと、ツン。答えを聞かせてほしいんだけど……」
思い出したようにツンに兼ねてからの話題を振る。
ξ゚听)ξ「へっ? い、今さらぁ!?」
(;^ω^)「あ、いや、一応それが僕の目的だったんだお」
ξ;゚听)ξ「ちょっと、言わせるつもりなの? もう分かってるでしょ?」
(;^ω^)「でも、ちゃんと聞いておきたいんだお」
何故かお互いに恥ずかしがる。
そんな二人の間に漂っている空気は、この上なく和やかだった。
- 95: ◆zS3MCsRvy2 :2007/08/04(土) 23:27:57.32 ID:siQeC2cx0
- ξ;゚听)ξ「ねぇ、本当に言わなきゃダメ?」
(;^ω^)「そりゃ、僕だけ言うのは不公平だお。今度はちゃんと言ってほしいお」
ξ;゚听)ξ「もっ、もう、分かったわよっ!」
ツンは「こほん」と一つ咳払いをして、僕の目を見て想いを口にする。
真っ赤になった顔がたまらなくいじらしかった。
ξ////)ξ「わわわ、私は……」
ξ*゚听)ξ「ブ、ブーンのことが――――」
そこから先の言葉は、夜空に咲いた花火の音にかき消されてしまった。
だけど僕には、確かにツンの声が聞こえた。
この日一番大きな花火。
まるで僕たちの未来を祝福するかのように、満開に咲き誇った。
戻る/第十九話