( ^ω^)ブーンと鬼のツンξ゚听)ξ のようです

170: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:42:14.10 ID:pvNpc7Oh0

 ――夜中に喉が渇いてしまった僕は、暗闇に怯え乍ら井戸まで水を飲みに行ったのです。
年の頃は……幾つでしたでしょうか。まあ、若いと云うよりは、幼かった……と云うところです。
 そうしてやっと井戸に辿り着いた時、月明かりの許ひっそりと佇む先客が居たのです。

ζ(゚−゚ζ『……』

 其れがデレとの出会いでした。其の時の彼女の姿を今でも僕は忘れることが出来ません。
 真白な顔に紅く光る双眸は、当時僕の眼には恐怖が入り混じりつつも其の美しさがただ
映りました。怖いけれども美しい。怖いからこそ美しい。そんなところでしょうか。天女と云う
ものがいるならば、きっと此の様な近寄りがたい美を兼ね備えているに違いない、そう幼心に
思いもしました。

 其の時は僕が茫としている間に彼女が居なくなってしまい何も無かったのですが、暫くして僕は
再び其の井戸で彼女と出会いました。
 とは云え其れは全くの偶然ではなく、実のところ僕はあの時より毎日夜が来ては親の目を盗み、
井戸の前にただ立ち尽くすと云うことを繰り返していたものですから、必定でしょう。併し、今考え
直してみると既に僕は彼女に足駄(あしだ)を履いて首っ丈であった様です。


※足駄を履いて首っ丈=異性に夢中であるさま ※必定=そうなると決まっていること



172: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:43:49.40 ID:pvNpc7Oh0
 (´・ω・`)『あの……こんばんは』
ζ(゚−゚ζ『……』

 恥ずかし乍ら僕が此の瞬間に絞り出せた声は、ただ此の一声のみでした。待ってみたは好い
ものの、実際に会ってみると何をしていいのか全く分からなくなってしまったのです。
 すると幸いなことに、棒立ちの僕に彼女が矢継ぎ早に質問をしてきました。

ζ(゚−゚ζ『汝(なれ)、名は』
 (´・ω・`)『……ショボン』
ζ(゚−゚ζ『齢は』
 (´・ω・`)『十と六歳です』
ζ(゚−゚ζ『女を知っているか?』
 (´・ω・`)『……えっと、女の人の知り合いですか?』
ζ(゚−゚ζ『……まあよい』

 そう云うと彼女は僕の目の前で着ているものを、するりするりと脱いだかと思うと、僕に近寄り
徐に――



174: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:45:07.22 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「待つお」
(´・ω・`)「なんですか?」
( ^ω^)「君、まさかとは思うけれども、僕をからかってるのかお?」
(´・ω・`)「此れが僕の作り話だとしたら、もう少し骨のある男にしますね。とにかく最後まで聞いて
      みて下さい」
( ^ω^)「……まあ、そこまで云うのならば。併し、そこら辺の出来事の詳細はあまり聞きたくないお」
(´・ω・`)「……分かりました」

 ――ともかく、僕は彼女に立場のあべこべな強姦とも云える行為を受けました。とは云え正直な
ところ僕には其れが怖い行為だとは感じられず、寧ろ夢心地の様であり、また彼女に対して自分が
欲せられていると云う思いを感じていました。

 併し、事が終り気付くと既に彼女は姿を消していました。夢心地にあらず、正に夢であったのでは
ないかと思える程の静かな夜に、僕は一人彼女を追想していました。



178: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:47:57.84 ID:pvNpc7Oh0
 其れから再び彼女に会えない日々が続きました。幾星霜にも年を経たかの様な毎日に涙し、
暮れる僕を置いた儘時は過ぎて往きました。そしてある日、突如僕の居た村が何者かによって
襲われました。本当に、何の前触れも無く。

 雷鳴が轟き、突風が吹き荒ぶ。終末が訪れたと人々が叫び逃げ惑う中、僕はただ怯えて家に
閉じ篭っていました。其の時に限って両親は遠方に出向いていた為、縋るものも無く震えていた
のです。

 其の時、突如轟音が辺りに響き渡り、身を伏せた僕の背をどこからともなく撫ぜる風が吹いて
来るのを感じました。何かと思い顔を上げると、壁が裂け、戸は吹き飛び、屋根は妖雲渦巻く空へと
変わっていました。
 そして唖然とする僕の目の前に一羽の烏(からす)が現れました。砂塵を螺旋に巻き上げ、らしからぬ
軌道でゆったりと目の前に降り立つ姿は、僕に若しや三本足を持っていやしないかと観察せしめた
位に堂々たるものでした。

 此の天変地異は恐らく目の前の烏による仕業だろうと、其の時はっきりと理解し、そして目を瞑り
再度地面に伏せた記憶は今でも思い出すだけで動悸がします。



181: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:50:04.61 ID:pvNpc7Oh0
 併し其れ以上に私を震え上がらせたのが、突然其の烏に何処からともなく一撃を喰らわせた
デレの姿でした。何をどうしたのかは分かりませんでしたが、烏は遠くへと飛ばされ、僕があれほど
焦がれたデレの背中が目の前にあったのです。

 会えた事への歓喜か、命の遣り取りへの恐怖か、僕はただ胸の高鳴るのを感じる許りで口を
開くことさえ忘れていました。そして振り返り僕を見たデレの瞳は、やはりあの時と同じ高潔さを
感じさせる緋色でした。否、付け加えるならば、其の時の僕には幾分妖艶なものに見えたのですが。

ζ(゚−゚ζ『無事か』
 (´・ω・`)『は、はい。あの、この間は……』
ζ(゚−゚ζ『後にしろ。鴉(からす)が目を覚ます』

 彼女は言下に僕を担ぎ上げ跳躍しました。其の人離れも甚だしい跳躍は軽々と家の壁を越え、
隣家の屋根へと着地すると、先程まで居た我が家に身の毛も弥立(よだ)つほどの凄まじい落雷が
起こりました。


※言下に=言い終わるか終わらないかで



184: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:52:45.51 ID:pvNpc7Oh0
 其れから先は僕自身よく憶えていません。ただいつか落ちてしまうのではないかという恐怖と闘い乍ら
気が付けば見知らぬ小屋の前に降ろされていたのです。そして降ろされるや否や、とんでもない一言を
突きつけられました。

ζ(゚−゚ζ『汝を今より我が夫とする』
(;´・ω・`)『……え? あの、夫って……結婚するってことですか?』
ζ(゚−゚ζ『二度と云わせるな』

 好い意味でも悪い意味でも、眩暈がしました。あぁ、失敬。本当に眩暈がしたのは次の彼女の言葉を
聞いてからでした。

ζ(゚−゚ζ『稚児(ややこ)が出来てしまったのだ、もう腹を括れ』
(;´・ω・`)『……え? え?』
ζ(゚−゚ζ『此の児を父無し児(ててなしご)にさせるのか?』
(;´・ω・`)『急に……云われても』
ζ(゚−゚ζ『ふん……やはり効果は有るものなのか』

 此の様な卦体(けたい)な出来事から、僕はデレと共に暮らす様になりました。


※稚児=赤ちゃん ※卦体=奇妙な、不思議な



186: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:54:35.29 ID:pvNpc7Oh0
 其の暮らしの中で僕は色々な話を聞きました。デレが隠であること。人とは違う異界に住んでいること。
其の守り神である鴉とやらに背いたこと。併し其の鴉とやらも実際の烏と云うよりは、形の無い思念が
存在として集合したものであり、時に人の死体等を利用して其の形を変えることもあるので、気を付けねば
ならぬと云うこと。
 実際に村人を装って家に襲い掛かってきたこともありました。其の時は場所を確かめただけのようで、
大事には至らなかったのですが。

 そうして沢山の事を聞く内に僕の中に妙な連帯感が生まれ、そして同時に彼女と共に在りたいと云う
想いが芽生え始めました。

 とは云え彼女との暮らしには骨が折れました。身の危険がどうのと云うわけでなく、彼女自身に
些か高慢なところがありましたし。



189: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:56:17.56 ID:pvNpc7Oh0
 (´・ω・`)『デレさん。其処の本を取って呉れますか?』
ζ(゚−゚ζ『ショボン、夫が妻に“デレさん”などと……情け無いとは思わぬのか。腹の児に示しがつかぬ』
(;´・ω・`)『わかったよ。……デレ、本を取って』
ζ(゚−゚ζ『なんだ其の不遜な態度は。思い上がれとは云っておらぬぞ』
(;´・ω・`)『……取って下さい』
ζ(゚−゚ζ『断る。腹が重い』

( ^ω^)「――要は、尻に敷かれっぱなしであったのかお」
(´・ω・`)「無理も無いですよ。あの頃僕は殆んど女性との関わりを経験していなかったのですから。
      強く云われるだけで僕は萎縮してしまっていたのですよ。腹に児も居た分、其の関係は
      顕著でしたね」

 薄く笑うとショボンは再び話を始めた。



192: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:58:03.92 ID:pvNpc7Oh0
 ――ツンが生まれた時も、それはそれは驚かされました。日に日に大きくなっていた腹と共に
ある日忽然と消えたかと思うと、五日してから平然とした顔で帰ってきて僕にこう云ったのです。

ζ(゚−゚ζ『児を産んできた』

 さも大したことではなかったと云わん許りに振舞う彼女の腕の中には、確かに白い衣に包まれた
緑児(みどりご)が居たのです。

(;´・ω・`)『心配したんですよ! それに児を産んだって……いや、そもそも――』
ζ(゚−゚ζ『煩い、此の子が起きてしまう』
(;´・ω・`)『……何故何も云って呉れなかったんですか。あなたに色々と事情があるのは分かります。
      けれども、何か云って呉れれば僕も手伝えることがあったかも知れないのに』
ζ(゚−゚ζ『察しろ』
(;´・ω・`)『だから、其れは分かってますけど――』
ζ(゚−゚ζ『違う。私はお前にだけは見られたくなかったのだ』
(;´・ω・`)『え……どうして……』
ζ(゚−゚ζ『……二度と云わせるな』

 今になってみれば其の言葉の意味も少しは分かるものですが、当時は全く分からず、少しずつ
僕は彼女に対する不満を募らせていました。


※緑児=嬰児、乳児



195: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 03:59:45.59 ID:pvNpc7Oh0
 そして何日も経たないある日、些細なことから口論になってしまい、僕は思わずデレに対して不満を
ぶつけてしまったのです。

 (´・ω・`)『もういい……君は一体何がしたいんだ』
ζ(゚−゚ζ『何がも何も無い』
 (´・ω・`)『人攫いの真似事までして、僕をからかっているんですか? 其の子だって本当に――』
ζ(゚−゚ζ『ショボン』
 (´・ω・`)『……』
ζ(゚−゚ζ『其の先は決して云うな。其れ位の分別は有るだろう』

 凝(じ)、と睨(ね)めつけるデレの眼光は鋭く、僕は一度怯みました。其の間アァと声を上げた子に
視線を移すと、其の子はデレを見上げて小さな手を伸ばしていました。其れを見て僕は自らの感情を
抑えられず、云ってはならない言葉を吐いてしまったのです。



196: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 04:01:20.96 ID:pvNpc7Oh0
 (´・ω・`)『其の子は本当に……僕の子、なんですか?』
ζ(゚−゚ζ『……』

 酷い沈黙でした。此の世の全て、森羅万象が息を潜めたかの様な沈黙は、其の儘僕を窒息させんと
しているかの様でした。
 言葉は口にして始めて力を持つものです。そして時に其れは遥かに自分の思惑を超えてあらゆる
ものに作用します。僕は此の時自分で云った言葉の余りの残酷さに自ら殺されてしまいそうでした。

 ですが、彼女は莞爾(かんじ)として笑ったのです。其れが僕の見た最初のデレの笑顔で、出来るならば
此の瞬間以外で見たかったと思うほどに美麗な其れは、併し翻って諦観している様にも見えました。

ζ(゚−゚ζ『……隠は家族と云うものを作らない。其れは以前話したな』
 (´・ω・`)『……はい』
ζ(゚−゚ζ『隠には必要の無いものだと、そう私も思っていた。此れで代々不自由なく血が受け継がれて
      いるのだからと』

 其の言葉を切っ掛けに、普段寡黙なデレが滔々と語り始めました。


※莞爾=にっこりとほほえむさま



201: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 04:03:56.29 ID:pvNpc7Oh0
ζ(゚−゚ζ『併し、私がある日気紛れに人の家を覗いたときに見た家族は、とても楽しそうであった』
 (´・ω・`)『……』
ζ(゚−゚ζ『……皆、笑顔であった。子が戯れ合い笑うのを見て父親が笑い、笑う夫を見て妻が笑う。
      そして笑う親を見て子が笑うのだ。真に其れは楽しそうであったのだ。其の姿を知らぬ私が
      少し許り憧れを抱いてしまうほどに』
 (´・ω・`)『デレ……』
ζ(゚−゚ζ『やはり隠に家族と云うものは要らない様だ。今其れを解せた』

 先程と変わらぬ笑顔は、時を経て随分と其の印象を変えていました。笑顔は其れだけでは笑顔に
ならず、デレのらしからぬ多弁な様は笑顔をより空しいものにしていました。

ζ(゚−゚ζ『此の子は私が一人で育てよう。案ずるな、此の子が二度と汝の前に現れぬよう人の世は
      奈落であると云い聞かせて育てよう。もう此の様な隠も出ることはあるまい』
 (´・ω・`)『デレ、其れは――』
ζ(゚−゚ζ『戯れに付き合わせてしまったな。許せ』

 其の言葉が宙に浮いている間に、家の中を一陣の風が吹き、気付けば忽如(こつじょ)として彼女の
影は消散していました。


※忽如=突如。忽然



204: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 04:06:02.78 ID:pvNpc7Oh0
 一方的に捲くし立てられた挙句に姿を消された僕は、風が止んだ後も暫く茫と一人佇んでいました。
心の奥で喜怒哀楽の全てが綯(な)い交ぜになったものが暴れまわり、最後に残ったのは悔恨の唯
一念でした。

 そして僕はデレと暮らした家を離れ、何処へともなく歩き出しました。虚ろな頭でどれだけ歩いたのかは
定かではありません。幾日も蹌々踉々(そうそうろうろう)と歩き、躰も衰弱して来た頃に誰かに出会い、
村に連れて行かれ、其処で両親と再会したときになってやっと僕は夢から覚めた様な気分になりました。
 あの全てが夢で、今僕は現実に帰って来た。ならば此の心の動きも徒労其の物で、全て忘れて
しまって明日を生きるべきだと。


※蹌々踉々=よろめきながら歩く様



207: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 04:08:32.09 ID:pvNpc7Oh0

 其れから七年の月日が流れ、当時の僕と云えば仕事を転々とし乍ら口を糊している状態でした。
暫く一箇所で同じ仕事をしていると、其処に飽きとはまた違う終わりへの焦燥感の様なものが
僕の胸に去来して、其処を離れさせるのです。
 結局のところ七年経ってもやはり僕はデレを忘れられずに居ました。デレとの子も既に七つ。
走り回る子供を見かけては、若しや近くにデレは居ないかと辺りを見回すのも癖になっていました。
其れと、もう一つ。隠について聞き回るのも癖になっていました。

 各地を回って分かったのですが、どうやら隠の云い伝えは広く分布している様で、其の呼び名も
内容も様々でした。其の中でも一番多かったものが「鬼」で、乱暴狼藉を働いては人々を困らせる
と云うものでした。

 僕としては幾ら其れを聞いてもまるで誇張されたものであると一笑に付していたのですが、一方で
あの時彼女が鴉に加えた一撃を僕は忘れたわけではありませんでした。
 併し彼女が人に危害を加えるならば、真先に害されて然るべきは此の僕であると思っていましたし、
隠と鬼はやはり別のものである、とそう思っていました。


※口を糊する=やっと生活をする ※乱暴狼藉=荒々しい行いをしてあばれること



208: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 04:10:38.02 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「――併し、事実は違った」
(´・ω・`)「其の通りです。やはり隠と鬼は表裏一体。其れに気付いたのは皮肉にもデレとの別れの
      日でした」
( ^ω^)「別れの日と云うと……まさか、君は」
(´・ω・`)「そうです。もう一度僕はデレと再開を果たします。併し、其れは其の儘終(つい)の別れへと
      なってしまったのです」
( ^ω^)「……聞かせてもらうお」
(´・ω・`)「わかりました」


※終の別れ=死別



4: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 21:06:04.19 ID:pvNpc7Oh0

 時は大禍時(おおまがとき)。ぼんやりと沈み行く陽を眺め乍ら山の中腹で団子を食べていた
ときの事です。目の前の草叢(くさむら)から息も絶え絶えに一人の童女が飛び出してきたのです。

 竹串を銜(くわ)えた儘茫と其の子を見ていると、どうにも初めて会った気がしない。後に語りますが、
其の子がデレの娘、ツンでした。息を切らして尚、気品を損なわない其の容姿はやはり僕が心奪われた
デレの娘と云うところでしょうか。……いや、失敬。

(´・ω・`)『お腹が空いているのかい?』

 てっきり団子を狙ってきたものだと許り思っていた僕は、まだ手をつけてない団子を其の子に
差し出しました。すると其の子はまるで団子には目も呉れず、差し出した手の首を掴むと勢いよく
引っ張り、走り出したのです。


※大禍時=夕方の薄暗い時



7: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 21:08:29.61 ID:pvNpc7Oh0
 果たして童女に手を引かれ、行きつく先では鬼が出るか蛇が出るか。ふむ、此れは云い得て妙ですね。
奇(く)しくも出たのは鬼であったとは。
 草叢を抜けた先、手を引かれ辿り着いた場所に居たのは、膝を突き苦しそうに息を荒げるデレと、
其れを見下ろす様に梢に止まる鴉でした。其の光景に僕は声を掛けるでもなく、ただ呆然と立ち尽くす
許りでした。

    鴉 『全テヲ宥恕(ユウジョ)シテヤロウト云ッテイルノダ。大人シクシタラドウダ』
ζ(゚−゚ζ『耳障りな音だ。四百年掛かって碌(ろく)に言葉も話せぬか』
    鴉 『黙レ。我無シニ正気モ保テヌ木偶(デク)ノ分際ガ』
ζ(゚−゚ζ『そう云えば、其の木偶に伸(の)された奴も、随分と煩い奴であったな』

 デレの言葉に鴉は一度大きく翼を広げ前傾姿勢になりました。飛び掛かるのではと僕は思ったの
ですが、併し羽ばたき梢を離れた鴉は更に空高くへと舞い上がり、其の天辺(てっぺん)へ静かに
止まりました。
 途端に躰が得も云われぬ悪寒に包まれ、空の色がどんよりと曇っていくのが目に見えました。


※宥恕=寛大な心で許す ※伸す=うちのめす



10: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 21:10:19.34 ID:pvNpc7Oh0
    鴉 『好カロウ。汝ヲ今、桎梏(シッコク)ヨリ解放シテヤロウ』
ζ(゚−゚ζ『……桎梏?』
    鴉 『今此処ニ汝ヲ縛ル隠ノ桎梏ヲ解キ、鬼ノ面ヲ引キ出ソウ』
ζ(゚−゚ζ『世迷言を。そうなれば汝とて無事では済むまいに』
    鴉 『而(シコウ)シテ呼ブハ山ノ神。鬼ヲ捧グハ是理ノ当然ナリ』
ζ(゚−゚ζ『山ノ神? 我が鬼眼、貴様を殺す其の日まで閉じることは無いぞ』

 高圧的に吐き捨てて尚、一歩も引かないデレの横顔は膝を突いていても凛々しく見えたものですが、
其の顔が不意にこちらに向いた瞬間、まるで螺子が切れた絡繰(からく)り人形の様に其の色を失くし、
目を開いた儘凍り付いてしまったのです。

 其の表情たるや、まるで背を矢に射抜かれた騎馬武者の様でした。其の視線の先、今まで息を
潜めていたツンが、わっと駆け出しデレにしがみ付いた途端に、デレの顔から固さが消えました。
其れは童女には柔和な表情に見えたでしょうが、既に其の表情を過去に見たことがある僕には、
其れが直ぐに諦観の表情であると判りました。


※桎梏=自由を制限するもの ※而して=そして



12: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 21:12:32.22 ID:pvNpc7Oh0
ζ(゚−゚ζ『……ツン、どうして云い付けを破った? しかも人を連れてくるとは一体どのような所思(しょし)
       をもっての事だ?』

 そこで僕はやっと其の子がツンであると、把握したわけです。併し当のツンはと云えば押し黙った儘
デレの袖を掴み俯いていました。

ζ(゚−゚ζ『……好いか? ツン。もう二度と人と関わるな。其れだけは今ここに約束して呉れ』

 声は低く、併し決して乱暴なものではなく、優しくも厳しく戒める母の声音でデレはツンに説きました。
やがて注意していなければ判らないほど僅かにツンが頷いたのを見て、デレは微笑みました。
 そしてツンの矮躯に手を回し抱かんとしたのですが、其の手は空を抱き、其の儘行き場を失った
腕は己の躰を静かに抱くより他に出来ませんでした。何故ならばツンは消え失せていたのです。


※所思=考え



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