( ^ω^)ブーンと鬼のツンξ゚听)ξ のようです

82: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:32:56.57 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「……どうしてもかお」
(´・ω・`)「……呼ぶに当たり必要なことが有ります」

 ブーンの呟きを再び意に介さずショボンは発言した。其れにブーンはまた黙ってしまう。

(´・ω・`)「必要なこと、其れは両の目を潰すことです。さすれば山ノ神は現れるのです」
( ;^ω^)「き、君! 何もそこまですることは無いのではないかお!」
(´・ω・`)「安心してください、人の僕に呼べる山ノ神は青。鴉の呼んだ紅ほどの力はありません」
( ;^ω^)「そんな色などどうでも好い! 君は今両目を潰すと云ったのか!」
(´・ω・`)「ええ。併し彼女は鬼です。両の目くらい放っておけば直ぐに治癒するでしょう」

 云われ、其の瞬間安心してしまったブーンは愚かな自分を恥じた。此れから亡き者にしようとする
過程において、其の安否を気遣う言葉の何と皮肉なことか。ブーンは自分でもおかしいと思うくらい
唐突に激怒し、ショボンに飛び掛った。頭の中では愚かだと分かっているのに、血が沸くのだ。



84: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:34:20.93 ID:pvNpc7Oh0
( #^ω^)「君に……君に僕の気持ちが解るものか!」
 (´・ω・`)「解りますよ。僕だって以前隠を妻に持った身だ」
( #^ω^)「なれば何故其の様な事が云える! 貴様こそが悪鬼だ! 此の外道め!」
 (´・ω・`)「……君に鬼が殺せるのか!」

 バァン、と床を平手で打つと、ショボンが声を張り上げた。併し其れ式が何だと云わん許りに
ブーンも同じく床に拳を叩きつけると、一層激しく怒鳴りつけた。

( #^ω^)「殺せるわけがないお! 殺さず、僕はツンと此の世を往く!」
 (´・ω・`)「甘えるな! 云うた筈だ。隠と共に暮らす生活、辛いものになるのは目に見えていると」
( #^ω^)「何を以って生活か! 一人で生きて、何が共に暮らす生活か!」
 (´・ω・`)「黙れ! ……どうしてもと云うのならば僕を斃(たお)せ。そして自分に仇なす者全てを斃せ!」
( ^ω^)「何を……」
 (´・ω・`)「其の先に幸せがあると云うならば、そうし給え。僕はもう知らん」

 感情的に為っている今ならば全てが危弁に聞こえる筈のブーンでさえも、其の意見に対抗する気は
起きなかった。幸せに為る方法など、あれば云われずとも実行していた筈だ。
 ブーンは言葉に詰まり、暗澹(あんたん)たる思いに引き摺られそうになった。併しそれでも耳の奥に
残る彼女の声は、未だブーンの名を呼んでいた。


※暗澹=見通しが暗く、希望が無いさま



86: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:36:10.68 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「……如何な」
(´・ω・`)「……ん?」
( ^ω^)「如何な理由であれ……僕がツンを見捨てる訳にはいかないんだお」
(´・ω・`)「然(さ)れば、僕を斃すのか」
( ^ω^)「……」

 俯き、黙るブーン。どうしようもないのだ。分かっている筈なのに、抗わずには居られぬのだ。

(´・ω・`)「……もう好きにし給え」

 吐き捨ててショボンが何処かへ行ってしまった。其の遠ざかる足音を耳に、ブーンは悔しさから
ぎりぎり、と強く歯噛みした。後に唇が細かく震え、膝に水滴がぽたぽたと落ちた。悲しみの涙ではない。
ただ悔しく、そして怒りにも似た感情が溢れていたのだ。そして其の感情が流す涙は、熱くブーンの
胸を焼き続けた。



90: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:38:24.14 ID:pvNpc7Oh0

 不意にあぁと声が漏れた。其れは誰でもなくブーンの出した声である。彼は床に肢体を投げ出し、
虚ろな心持で天井を見上げていた。部屋に有った洋灯も点けずに深い藍色の空間を茫と眺め、
彼はゆっくりと目を瞑った。

 辺りは静まり返り、鐘の音が尾を引いた様な静寂が耳に痛い。鬼が暴れているなどと、まるで
戯言(たわごと)の様ではないか、と思い乍らブーンは更に意識を内へ内へと潜らせていく。

 あぁ、僕は此の儘雪の様に融けて往きたい。日の光も届かぬ底に積もりては、真暗な冬を過ごし、
何も知らぬ儘に春には融け往く。僕も雪の様に此の儘融けて往きたい。静かにブーンは、そう呟いた。


※洋灯=ランプ



92: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:40:03.45 ID:pvNpc7Oh0
 其の様な意識も朧な彼の耳に、快活な音が飛び込んできた。ドン、ドン、と歯切れの好い音は、
どうやら誰かが戸を叩いている音の様であった。
 目を開けて、重い躰を起こすとブーンは茫と其の音がする方を見ていた。明かりも無い家の戸を
叩き続ける者は何処ぞの酔漢かと思い乍らも、一方で若しやまた自分の命を狙う者ではないか
とも思い、寒気がした。

 併し、其れならば其れで好いだろう。最早此の空虚を抱えて生きて行ける程の気力は失われた、と
ブーンはよろよろと立ち上がり、戸を開けた。

 ( ゚∀゚)「おいブーン、開けるのおせぇぞ!」
( ^ω^)「……?」

 意外なことに外に立っていたのはジョルジュであった。ブーンは何故彼がここに居るのかと疑問に
思い乍らも、とりあえずとジョルジュを家に上げ、洋灯を点けた。

 ジョルジュは我が物顔で座布団を引っ張り出すと其れに座り、ブーンにも向かいに座るよう指示した。
すっかり気力の失せていたブーンだったが邪険にすることも無く、其れに従う様にゆっくりと腰を下ろした。



96: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:41:57.62 ID:pvNpc7Oh0
 ( ゚∀゚)「あのおっさんに訊いて此処まで来た。俺が来たのは他でもない。一つ確かめたい事が
      有って来たんだ」
( ^ω^)「……」
 ( ゚∀゚)「爺ちゃんが死んだ。だが、あいつは老衰なんかじゃくたばらねぇ。誰かに遣られたんだ」
( ^ω^)「……知っているお」

 此れ程に小さな子供にまで責められるのだなと、ブーンは思った。もう何も知りたくない、何も
確かめたくない、早く終わらないものか、と溜息を吐く。

 ( ゚∀゚)「村の奴らの話だけじゃ今一つ納得できないんだ。ブーン、訊いていいか?」
( ^ω^)「好きにするお」
 ( ゚∀゚)「爺ちゃんを遣ったのは、ツン姉ちゃん、なのか?」

 はっきりと臆せず発言をするジョルジュの姿を見て、ブーンは感嘆した。此の子は立派な大人に為る。
少なくとも自分よりは公明正大な大人に為るだろう、と考えたのだ。
 併し、村を治めるならば村の言葉に耳を傾けるべきなのだとも考えた。そしてブーンは自分が既に
仲間ではないのだと伝える為に、ここで一つジョルジュに嘘を吐くことにした。悪意の捌け口が鬼では
此の子も救われまいと。



98: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:43:56.87 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「……ツンが? そんなもの勿論嘘だお」
 ( ゚∀゚)「だよな! なんだよやっぱりか。幾ら爺ちゃんが年寄りだからってツン姉ちゃんに負ける
      わけないもんな! いやぁ好かった。あいつら寄って集ってまったく……」
( ^ω^)「僕が……殺したお」
 ( ゚∀゚)「……え?」

 ジョルジュの大きく開いた口は、口角を上げた儘ぴくりとも動かなくなった。其の表情を崩す為に
もう一度ブーンはゆっくりと云った。

( ^ω^)「君のお爺さんは、僕が、殺したお」
 ( ゚∀゚)「……」

 口角が下がった。次いで口が閉じ、眼球が下を向き、大きく左右に動いた。明らかに動揺する
ジョルジュを見乍らブーンは、破滅する身に於いてはどうして此れもまた心地好いことだなと下劣な
ことを考えていた。



102: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:46:08.93 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「僕が憎いかお?」
 ( ゚∀゚)「……」
( ^ω^)「もう君で好い。憎いならば、僕を殺して呉れお」

 そう云って手近なところに有った小刀一本、ジョルジュの前に差し出しブーンは微笑んだ。今此処で
死ぬのならばそれで好い。ツンがどうなったなど最早知りたくもないと、ジョルジュに全てを託した。

 併し、結局ジョルジュは小刀を手に取らなかった。それどころかあっけらかんとしてこう云ったのだ。

( ゚∀゚)「そうか」

 此れにはブーンも目を丸くした。身内を殺した者を前に「そうか」の一言で済ませる者が此の世に
居るものかと。併し言葉を失うブーンを前にジョルジュは更に言葉を続けた。



105: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:48:03.67 ID:pvNpc7Oh0
 ( ゚∀゚)「まあ、ブーンにも色々あったんだろ? 其れを訊くのはきっと野暮ってもんだ。少し驚いたけどな」
( ^ω^)「……」
 ( ゚∀゚)「爺ちゃん、前から何時死んでもおかしくないとか云ってたしよ。まあ仕方ない」
( ^ω^)「そう……なのかお?」
 ( ゚∀゚)「俺の顔見れたからいつ死んでも好い、とか毎日の様に云ってたもん。其れが偶々(たまたま)
      此の間だったってだけだ。仕方ないな。まあそんなところだ」
( ^ω^)「……」

 す、とジョルジュの顔が引き締まっていくのをブーンは感じた。目に見える表情の変化は泣き出す
兆候かとも思われたが、ジョルジュは無風の水面の様な静かな表情の儘であった。
 本人は気付いていないだろうが、仕方ないと連呼する其の言動は、傍目から見れば無理があるもの
の様であった。併し、其れだけ彼も大人に為ったと云う事なのだろうかとブーンは追及するのを止めた。



108: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:49:53.38 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「……あの二人も来ているのかお?」
 ( ゚∀゚)「いや、来てないし教えてない。暫くは隠しておこうと思う。あいつら二度目だし」
( ^ω^)「あ……あぁ」
 ( ゚∀゚)「ま、俺がまとめて面倒見てやるってもんさ」

 表情は笑顔に変わっていた。そして声色は溌剌としていた。其れを見てブーンは悟られぬ様に
溜息を吐く。

 ( ゚∀゚)「よし、そうだな。なんか手伝えることとか無いか?」
( ^ω^)「手伝えること?」
 ( ゚∀゚)「いや、なんか色々大変なんだろ? 俺が手貸してやるよ」
( ^ω^)「……いや、悪いけど何も無いお。ジョルジュは早く村に帰ったほうがいいお」
 ( ゚∀゚)「辛気臭ぇなあ、なんでもあるだろ。早くして呉れよ」
( ^ω^)「……じゃあ家に置いてきた上着でも取って来て貰えるかお?」
 ( ゚∀゚)「承知!」

 床の抜けそうな音を立て乍ら駆けて行き、ジョルジュは家を飛び出していった。ブーンは其の
後姿を見送ると、また大きく溜息を吐き、そして呟いた。



111: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:51:56.31 ID:pvNpc7Oh0
( ^ω^)「……自分でするしか……ない、かお」

 そしてやおら立ち上がり部屋を物色し始めた。小刀でも好いと云えば好いのだが、若しや他に
打って付けの物は無いかと思ったのだ。
 程無くして埃の被った木箱の中から色褪せた布に包まれた一振りを発見した。ブーンは其れを手に
取るや否や、腹を抱えて笑った。

( ^ω^)「はは、は、はははははははははは! あぁ、あぁ、あははははははは!」

 此れならば確かに失敗などする筈も無い。それに長過ぎるのが却って好いではないか。自分は
死ぬ其の時まで手に負えぬものに翻弄され続ける滑稽者(おどけもの)なのだ、と。

( ^ω^)「はは……は……」

 笑いが治まるとブーンはまた無表情に戻り、刀一本持ってに外へ出た。其の目的は一つ。
其の手に持つ一振りで自害する為だ。家を出たのはブーンの最後の良心とでも云えようか。
とは云え、彼自身は無意識の行動であったのだが。


※滑稽者=たわけもの、おろかもの



114: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:54:07.44 ID:pvNpc7Oh0

 足跡で汚れた雪を踏み乍ら歩くブーンの表情は、此れから死のうと云う者にしては奇妙な程
穏やかであった。死を前にしてブーンは特別何かを考えると云うことをしていなかったのだ。茫と
ただ心の決まる場所を探して歩いているだけで、其処に死に対する感情は一切無い。
 ただ何とは無しに、しぃに謝る為の口と手位は其の儘にしておこうか、などと考えたりしていた。
併し乍ら未だ其の方法すらも決めていないのである。

 冷たい冬の空気を吸うと躰の心まで冷えていき、ブーンは心の動きが鈍くなっていったのを感じた。
何をも認めぬ儘、何をも考えぬ儘、不確定の儘で、耳に残るツンの温かい声を抱いた儘終りにしたい。
其の思いを胸にブーンは立ち止まると、刀を杖の様にして両手で地面に突き、ひんやりと冷たい
柄頭(つかがしら)に額を乗せ、其の儘暫く此の世の静寂を聴いていた。



117: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:56:11.34 ID:pvNpc7Oh0
 静寂は音も無く、されど耳に積もる追懐の情は心をより一層冷やしていった。今ならば痛みも
感じぬかも知れない。そう思うとブーンは顔を上げ、凝と真白な雪に刺さる一振りを眺めていた。
キラキラと光る青貝散らしの鞘はいつか見た綺羅星をブーンに思い出させた。

( ^ω^)「何を今更になって……」

 眉を顰(ひそ)め背筋を正すと、ブーンは思いを断ち切る様に右手で確(しか)と其の鞘を握った。
そして左手に持ち替えると鍔元を握り、親指に力を込め鍔を押し上げた。
 瞬間、白銀の刀身に吸い込まれる様にして目を奪われたブーンだが、臆してはならぬと右手を
柄に確と掛ける。

( ^ω^)「……」

 右手は前へ、左手は後ろへ。両手が離れ刀身が其の姿を現すほどに、ブーンは心臓の高鳴るのを
感じていた。俄に背中の傷が痛み出す。

 そして愈々(いよいよ)抜けきらんとした将に其の時、ブーンの耳に絶叫が飛び込んできた。



120: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:58:10.88 ID:pvNpc7Oh0
      「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
( ^ω^)「……今の声は……ジョルジュ?」

 途端ブーンの中に様子を見に行かねばならぬと云う思いが生まれた。併し将に死なんとする
自分に何が関係あろうかと、再び意識を戻そうとする。だがブーンの手は引き抜かれつつあった
刀身を既に鞘に戻していた。

( ^ω^)「……莫迦めが。何と情け無い男だお」

 優柔な自分の性格に呆れ乍らもブーンは声のする方へ駆け出した。


 走り出して直ぐ、角を曲がった先にジョルジュが道の真中で背を向け地面に蹲っているのを
ブーンは見つけた。若しや何者かに襲われたのではないかと思っていたのだが、周りには
人一人居ない。

( ^ω^)「……ジョルジュ?」

 併しまるで止まない叫び声。何かがあったならばもっと他の言葉を発しても好いだろうにと
思う程に同じ叫びの繰り返しであった。転んで怪我でもしたのかと歩み寄ろうとするブーン。
併し直後に彼は其の真実を知る。



122: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 22:59:56.17 ID:pvNpc7Oh0
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ひっ! ぁぁぁあああ! ……ぃちゃん! 爺ちゃん!」

 ぴたりとブーンの歩みが止まった。必死に祖父を呼ぶ其の声は、泣き声であった。

( ;^ω^)「ジョル……ジュ……」

 ジョルジュは泣いていた。其の小さな躰をぶるぶると震わせて、一所懸命泣いていたのだ。
しゃくり上げる声は聞いているだけで胸が詰まり、恐らくはぼろぼろと零れる涙が其の顔面の
全てを濡らしているに違いなかった。

「爺ちゃん! 爺ちゃああああん! うあああああああああああん! ひっ……あ……ぁあああ!」

 土下座する様に地面に伏せ、途方もない悲しみと絶望に蹂躙される儘に只管叫んでいた。
唯でさえ小さい躰を丸めて、ジョルジュは誰からも慰められること無く、ただ孤独に耐えていた。



125: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 23:01:53.14 ID:pvNpc7Oh0
 大切な家族との別れが辛くない筈が無い。それでもジョルジュは耐えていたのだ。必死に
耐えて、ブーンに気を遣わせまいと泣かずにいたのだ。此れ程にも小さな子が、微塵も声を
上げることなく、だ。そして一人になった今、児に帰り、泣いたのだ。
 ジョルジュは強かった。大切な者を突然失っても気丈であり続けた。其の姿を知り、ブーンは
静かに涙し、そして自らを深く恥じた。

 ――まるで自分は赤子の様だ。童子にも劣る腑抜が、今罪無き児に悲劇を齎(もたら)したのだ。
併し其の矮躯には重過ぎる筈の悲劇を、其の児は此の腑抜を前にして立派に耐えて見せたのだ。
 其れに対してただ繰言(くりごと)を並べるだけの、此の自分の浅ましさ。どうして此の世に斯程(かほど)
情けない男が居ようか。


※繰言=泣き事や不平などを、くどくどと言うこと。 ※斯程=これほど



128: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 23:03:16.86 ID:pvNpc7Oh0
 そう考えると、強く握る拳を震わせブーンは静かにジョルジュに深謝した。併し声を掛けることなく
ブーンはジョルジュに背を向け歩み出す。確と大地を踏み締め、視線は前へ向けて。

( ^ω^)「……会いに行こう、ツンに。そして会ったならば、ツンは僕が……」

 ぎゅっと刀を握り締めブーンは肚を決めた。そしてブーンは其れ限り後ろを振り返ることなく
走り出した。

( ^ω^)「ツン、済まなかったお。あの時の言葉、僕はここに今も変わらず思い続けているお」

 冷え冷えとしていたブーンの躰は、いつしかじんわりと熱を帯び始めていた。


※深謝=心から感謝すること。心からわびること。



132: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 23:05:58.01 ID:pvNpc7Oh0

 何処とも知れぬ場所ではあったが、山を目指すのならばそこにさしたる支障は無かった。
ただ遠くに見える山肌を目指し走れば好いだけなのだ。ブーンは兎に角走った。

 時折、泥濘(でいねい)に足を取られ転びそうになり乍らも、ブーンは休むことなく駆けていた。
いつもなら苦しさに足を止めてしまうのだが、今はどうしてか走り続けることが出来た。
 心地よい疲労を抱えた四肢は熱(ほて)り、冷たい夜気に晒された眼は冴え、流れ行く景色が
其の意味を失っていく。次いで時間の感覚が失せ、ふと走っていることすらも忘れそうになる。
そうした幻の中で、ただ想い人の姿を追いかけようとする心の儘に、彼は身を委ねていた。

 其の様な彼が正気を取り戻したのが、道の傾斜が足に辛くなって来た頃であった。辺りを
見回して始めて其の異様さに気が付いた。
 既に辺りに民家は無く、木々の立ち並ぶ許りの林であったのだが、其の木々がまるで台風と
雷が同時にやってきたのかの様に裂け、或いは折れ、現実とはかけ離れた悲惨な景色を
作り出していた。


※泥濘=ぬかるみ



135: ◆HGGslycgr6 :2007/07/29(日) 23:08:18.69 ID:pvNpc7Oh0
( ;^ω^)「……」

 やはりそう云う事なのだろうかと怯えそうになる心をどうにか奮い立たせ、ブーンはここからは
一歩ずつゆっくりと歩いていった。

 前に進むほどに、新たに明らかになってくる光景はブーンを苦しめさせた。
 例えば道の脇にあった空き地に、腰辺りまで堆く積み上がり腐臭を放つ鳥や野犬の屍骸を
見つけた。例えば道中(みちなか)に、ばったりと倒れる男と人を見つけた。人と云ったのは、
其の特徴が人とまでしか判らなかった為である。
 其の様な光景を見る度に、彼は涙の流れ出ようとするのを必死に堪えた。其の一つ一つが
重ね合わさる程に、彼女が人から遠ざかっていくのを感じたのだ。

 仄暗い山道は、他に何が潜んでいるのかと不安にさせる底の知れなさがあった。嘗て山で
遊んでいたブーンだが、過去には体験しなかった山に対する漠然とした恐怖を今肌に感じていた。

 而して後、彼は終に大きな恐怖を目の前にして立ち止まってしまった。其処に、居たのだ。



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