('A`)達は月に願い事をするようです

3: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:29:59.28 ID:bTuhAZSxO
女は泣いている。
月を見上げて泣いている。
男は女に、背後から問い掛けた。

「何で、泣いてんだ?」

その声に、女は振り向いた。
女は泣いているにも関わらず、笑顔であった。
女は答える。

「これから、楽しい事が起こるからよ」

男は全てを理解した。

「そりゃ、泣き笑いたくもなるわな」

男は女の顔をじっと見る。
この世の物とは思えない程、綺麗な顔。

まるで月の様だ、と男は思った。



6: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:32:08.27 ID:bTuhAZSxO
ジリリリリリリリリ!!!
―――カチッ。

ドクオは眠い目を擦りつつ、上半身を捻って目覚まし時計のアラームを止めた。
寝惚け眼で時計の針を見ると、丁度7時半を指している。
高校通学時専用の、アラーム時刻設定である。

('A`)「はいはいわろすわろす。今日から夏休みでしたね」

愚痴りながら、夏休み中はアラームを仕掛けない決心をする。
そして、もう一度寝転び目を閉じた。

瞼の中、暗い世界に映る、昨晩の光景。
ブーンと、クーと、月。
そして狂った自分。

('A`)(…………起きるか)

ドクオは目を開け、起き上がる。
パジャマを脱ぎ、派手でも、地味でも無い、
差し障りの無い私服に着替える。
着替え終わった時、部屋の扉にノックの音がした。
扉の向こう側から、女性の声が届く。



7: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:33:42.70 ID:bTuhAZSxO
('、`*川「ドクオ君、朝御飯出来てるわよー」

('A`)「あ、おはようございます。叔母さん。今、行きます」

ドクオが急いで扉を開くと、女性がにこにこしながら立っていた。

('ー`*川「今日から夏休みなのに、早起きして偉いわねー。」

('A`)「それはもう、夏休みなど関係無く、毎日規則正しい生活を送るつもりです」

('ー`*川「うふふ、目覚し時計、間違って仕掛けたんでしょ?」

ドクオは右手で髪の毛をかいて照れる。
そんなドクオを見て、女性は笑顔で、優しい声で言った。

('ー`*川「さ、今朝はトーストとサラダよ。一緒に食べましょう」

('A`)「はい、ありがとうございます」

('ー`*川「お父さんはもう、先に仕事に行っちゃったけどね」



8: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:35:35.18 ID:bTuhAZSxO
ドクオは女性の後に続いて、ダイニングキッチンへと向う。
目の前の女性は、楽しげに鼻歌を奏でながら歩いている。

(  *川「ふんふんふーん♪」

ドクオは両親を亡くした後、叔父と叔母に引き取られた。
良い事をしたら褒められて、間違った事をしたら叱られた。
そんな風に叔父と叔母に可愛がられ、躾られて来た。
今の高校にもお金を出して貰い、入学させてくれた。
自分達の本当の息子の様に、ドクオは今まで育てられて来たのだ。

叔父のロマネスク、叔母のペニサス。
彼等は本当の両親以上に、ドクオに愛を注いでくれている。
そんな尊敬に値する叔母、ペニサスの背中を見て、ドクオは思う。

('A`)(そんな無防備な背中を見せられたら、刺し殺したくなるな)



9: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:38:50.08 ID:bTuhAZSxO
('A`)(って、おいおい……)

既視感を覚え、ドクオはその場に立ち止まり考えた。
昨晩月から貰った、脳内にインストール済みのデータから、
『契約者へ』と銘打たれたフォルダ内のファイルを開いていく。

・一般人を絶対に殺害してはならない。
・契約者は身体能力の向上、自然治癒能力の向上の恩恵を受ける。
・殺し合い、最後まで生き残った者には、願い事を一つ叶える。

('A`)(違う)

・月の満ち欠けの呼び名を口にすると、言霊が力を与える。
・『朔』から『満月』にかけての技は破壊力重視である。
・『十六夜』から『晦』にかけての技は技巧重視である。

('A`)(重要項目だが、こいつも違う)

・月が狂わせ、殺人衝動が生まれ、月極同士が殺し合う。
・日の出と共に、精神は正常に近い状態に戻る。

('A`)(これだ。つまり、俺は、俺という人間は今のが正常なのか)

('A`)(……どうでも良いな)



11: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:40:46.78 ID:bTuhAZSxO
('、`*川「ドクオくーん、早く降りて来てねー」

階下から聞こえて来るペニサスの声で、
仮想世界から、現実世界へとドクオの意識は呼び戻された。
思考をシャットダウンし、朝食を思い浮かべる。
トーストにサラダ……飲み物はきっとジュースだ。
珈琲を飲みたいが、この家の住民は皆、珈琲が苦手らしい。

('A`)「昼に珈琲・ハウスにでも行くかな」

トントントン、と小気味の良い音を立て、木造の階段を降りる。
階段を降りきって、直ぐ左手にあるドアを開けた。
すると、百獣の王であるライオンでさえも、
畏縮してしまいそうな大声が、耳に飛び込んで来た。

ノパ听)「おおおっはよおおおぉぉぉぉ!!ドクにい!!!!」

('A`)「おはよう。ヒート」

やたら快活な印象を受ける、彼女の名前はヒート。
ロマネスク叔父さんとペニサス叔母さんの娘さん。
つまり、ドクオの従妹である。



15: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:42:42.76 ID:bTuhAZSxO
ノパ听)「ドクにいは、いつもだるそうな顔してるな!!!」

('A`)「うっせうっせ!生まれ付きだ!」

ドクオは反論しながら、ヒートの隣の椅子に座る。
食卓の上には、苺ジャムがたっぷり塗られたトースト。
それと、透明の硝子製の食器に盛られている、サラダが載っていた。

('A`)(と、アップルジュースね)

('∀`)「いただきます」

まずはトーストを手に取り、口に含む。
苺ジャムの甘さが口の中を駆け巡る。
ドクオは甘い物があまり好きでは無かったが、
養って貰っている手前、文句を言わずに一気にトーストを食べきった。

ノパ听)「良い食べっぷりだな!!!」

('A`)「お前には負けるがな」

ヒートの前には、中身が空の食器が置かれている。
恐らく、彼女ならこれくらい、一分もあれば平らげてしまうだろう。



16: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:44:40.31 ID:bTuhAZSxO
ドクオは次に、アップルジュースを喉に流し込む。
甘い、甘い、甘い、そして喉が粘つく。
こんな時、味蕾がぶっ壊れれば良いのにと思う。
空になったコップを置き、フォークを持つ。
この中で一番好きなヤツを、今から食べる。
口の中に染み渡っている甘味から、逃げたいが故に、この順番にした。
サラダに手を延ばそうとした時、ペニサスがヒートに話掛けた。

('、`*川「そろそろ、部活へ行かなくちゃいけない時間じゃない?」

ノハ;゚听)「ちょ!!やばっ!!いってきまあああぁぁぁす!!」

ヒートは部活鞄を持ち、全速力で駆けて行った。
遠くで、バタンと玄関の扉が閉まる音が聞こえた。

('ー`*川「ふう、あの子もドクオ君みたいに落ち着いてくれたら良いのにねぇ」

('A`)「そんな事は無いですよ」

昨晩の自分は、落ち着いていただろうか。
それは無いだろうな。
昨晩は、心の底から、はしゃいだ。



17: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:46:57.80 ID:bTuhAZSxO
ペニサスは、ドクオの前の席に、ゆっくり腰を降ろした。
そして、遠い目をしながら言う。

('ー`*川「今のドクオ君を見て、長岡兄さんも、貞子お義姉さんも……。
     きっと、天国で喜んでらっしゃると思うわ」

('A`)「喜んでいますか」

それは無いと思いますよ。
犯人はここに居るんですから。
警察は馬鹿だから、他殺として片付けられましたけど。

('A`)「お父さん、お母さん……」

ドクオは小さな頃の自分を思い出す。

ないふでさしました。
ごさいのおれが。
ふいをついて。
まずはおかあさん、つぎにおとうさん。
ないふでさしたときの、ふたりのかおが、わすれられません。
うごかなくなってからも、なんども、さしました。
なんかい、おもいだしてもゆかいです。
できることなら、また、ころしたいです。



20: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:49:31.97 ID:bTuhAZSxO
時が止まる。
空気の流れが止まる。
音が聞こえなくなる。
口内を占領していた甘さも分からなくなる。

脳から、命令が来た。
殺したいなら、殺せば良い。
その為の力を手に入れたではないか。
命令にドクオは肯定した。

('A`)「……そうですね」

('ー`*川「うん、本当に喜んでらっしゃると思うわ」

勘違いしている叔母に、本当の事を告げたらどうなるだろうか?
『お父さんとお母さんは、俺が殺しました』って。
泣く?怒る?警察を呼ぶ?それとも狂う?
ドクオは試したくなった。

('A`)「お父さんとお母さんは―――」

('ー`*川「うん?」



22: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:51:53.29 ID:bTuhAZSxO
('∀`)「とても優しかったです」

('ー`*川「そうよねー。長岡兄さんも、貞子お義姉さんも、子煩悩だったしね」

('、`*川「……嫌な事を思い出させてしまったかしら?ごめんなさいね」

('∀`)「いえ、そんな事は無いですよ」

本当に良い思い出だ、とドクオは思った。
ドクオは腕を延ばし、サラダをフォークでブスリと刺す。
キャベツ、胡瓜を貫いた。
そして、口へと含んだ。

('∀`)「美味しい。本当に美味しいです」

('ー`*川「そう?それなら良かったわー。食器は私が片付けるからそのままで良いわ」

('∀`)「分かりました」

ペニサスは椅子から腰を上げ、再び鼻歌を奏でながら、流しで後片付けを始めた。

(  *川「ふふ、ふーふん♪」

ペニサスの背中に向かい、ドクオは小さな声で呟く。

俺が殺しました。



24: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:54:09.26 ID:bTuhAZSxO
朝食を摂り終えたドクオは、自室に戻り、布団の上に寝転んだ。
少し暑い、側にあるリモコンでクーラーをかける。

('A`)(これからどうすっかなー)

ドクオは目を瞑り、昨晩の出来事を思い出す。
ブーン達と同等の力を手に入れた今なら分かる。
あの、見る事が叶わなかった、透明人間同士の攻防が。
知識が、記憶に、追い付いた。
ブーンとクーが戦い始める瞬間の、光景が甦る。

('A`)(ブーンは地を一度蹴り、クーに向かい真直ぐに跳躍。文月で袈裟斬り)

('A`)(クーは独特な流れる様な動作。一切無駄の無い体捌きで、それを回避)

('A`)(そして、それから108回、文月と霜月が交わる)

('∀`)「んで、クーの移動先に居た俺が邪魔になり、蹴り飛ばされた」

ドクオは苦笑した。
クーに、心の中で謝罪する。



25: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:56:21.82 ID:bTuhAZSxO
('A`)(問題はあれだ)

ドクオが放った矢を、笑いながら避けた。
力量不足を嘲る様に、態と、ギリギリで避けた。
今でも思い出す事が出来ない素早さ。
思い出せるのは、闇夜に一瞬映った、怪しく光る双眸。

  ゚ ゚ 『―――』

('A`)「……チッ」

ドクオは舌打ちする。
殺したかった相手に、逆に殺されかけた忌々しい記憶。

('A`)「ブーンはいつか必ず殺す。
    その為には腕を磨く必要があるな」

他の月極と殺し合いをし、戦い慣れしなければならないと言う事だ。
ドクオにとって、殺し合いは願ってもない事だが、再び問題があった。



28: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 22:59:10.77 ID:bTuhAZSxO
('A`)(……どうやって他の月極達を探すんだ?)

クーは『狂った気配を捉えて来た』と言った。
どういう感覚だろうか?ドクオにはさっぱり分からない。
夜が来ると、そういった事が出来る様になるのだろうか?
肝心要の知識は、月から貰っていない。

('A`)「月って結構いい加減な奴だな、おい」

愚痴を呟き、目を開けて目覚し時計を見る。
時計の針は10時53分を指していた。

('A`)「珈琲・ハウスに行くかー」

ドクオは起き上がり、仕度をする。
携帯をジーンズの右ポケットへ、財布を後ろのポケットへ入れる。
そして、自室を出た。
階段を降り、居間でテレビを見ているペニサスに、声を掛ける。

('∀`)「叔母さん、ちょっと珈琲・ハウスに行って来ます」

('、`*川「ドクオ君は珈琲が本当に好きねー。いってらっしゃい」



30: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:02:12.49 ID:bTuhAZSxO
『近頃、モリタポ市内では凄惨な殺人事件が多発しており―――』

('、`*川「怖いわねー。あの子達が帰って来たら注意してあげないと」

**********

(;'A`)「あちぃ…だるい…死ぬ…」

ドクオは灼熱地獄の中を歩いている。
夏の陽射が容赦無く体力を奪い、弱音を吐かせる。
昨晩の様に飛び回ろうかと思ったが、その気力すら湧かない。

(;'A`)「俺は月光に心変わりしますた」

ドクオは夏の燦々と降り注ぐ、日光が好きであった。
昨晩、月の光の魅力を知るまでは、そうだった。
今までの恋人から、別の娘に浮気してしまった。
さようなら、太陽さん。
今日からは、月さんが恋人です。

(;'A`)「月は俺の嫁……」



32: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:04:40.76 ID:bTuhAZSxO
脳内嫁と、狂った愛を確かめ合っていると、一軒の建物が見えて来た。
その建物に近付くにつれ、漂ってくる、香ばしい匂い。

(*'∀`)「第二の嫁ええええぇぇぇぇ!!!!!」

今までのだるさは何処へやら。
ドクオは猛ダッシュで建物へと向かい、扉を開いた。

('∀`)「ちわーっす!」

ドクオは大きな声で挨拶をし、辺りを見回す。
狭い室内に所狭しと並べられたケースに保管されている、沢山の種類の珈琲豆。
それと、隅っこにある小さなカウンター席。
カウンターの上には、安物のテレビが置かれている。
ドクオが室内に充満している匂いを楽しんでいると、
奥にある扉が開き、三十代くらいのエプロンを着用した男性が、姿を覗かせた。

('∀`)「マスター、こんにちはッス」

(´・ω・`)「やぁ、ドクオ君。また飲みに来てくれたのかい」

('∀`)「マスターが入れる珈琲を飲まないと、やってけねぇーっす」



34: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:07:04.87 ID:bTuhAZSxO
(´・ω・`)「ははは、嬉しいね。ハンドピックの途中だったから手を洗ってくるね」

にこやかにそう言うと、男性は再び奥の方へと戻って行く。
奥の部屋は、珈琲豆の焙煎等をする機械がある工場だ。
ハンドピックとは、焙煎した珈琲豆をザルで振るいをかけてから、
一つ一つ、手で欠点豆や異物を除去する、非常に根気の要る作業である。
ドクオもさせて貰った事があったが、一時間でギブアップした。

('A`)「あれはしんどいわ」

ドクオは過去の挫折を思い出しながら、カウンターの端っこの席に座った。
此処『珈琲・ハウス』は、焙煎士ショボンが一人で切盛りしている。
故にネットでの少量販売が中心だが、最高品質の珈琲豆を焙煎してくれる。
ドクオは、偶然この店を見つけて気に入り、以来足しげく通っている。

(*'∀`)「まだかな、まだかなー」

ドクオが待ち侘びていると、ショボンが帰って来た。
カウンター越しに、ドクオの前に立ち、腕を組みながら口を開く。

(´・ω・`)「やぁ、ようこそ、珈琲・ハ」

(*'∀`)「マンデリン、イタリアンロースト」

(´゚ω゚`)「ちょ!最後まで言わせて欲しいよ!?」



35: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:09:48.02 ID:bTuhAZSxO
ショボンは渋々と作業を始める。
しかし、目は美味しい物を作ろうとする、職人そのものであった。
手をせわしなく動かしながら、ドクオへと話掛けた。

(´・ω・)「そう言えばね、最近物騒になったね」

('A`)「どういう事ッスか?」

(´・ω・)「あ、ドクオ君はニュースや新聞を見ないのか」

ショボンはコーヒーカップに珈琲を注ぎつつ言う。

(´・ω・)「このモリタポ市で、異常な殺人事件が多発しているらしいよ」

('A`)「…………」

(´・ω・)「夜に、離れた場所で同時刻に起こる事もあるらしい。
     複数の異常犯の仕業だと僕は推理するね」

ドクオは『概ね正解ッスよ』と言いたくなった。
多発――月極達が減って行っているという事か。
という事は、楽しみも減って行っている……。
ドクオは、少し、焦りを感じた。



37: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:13:43.93 ID:bTuhAZSxO
('A`)(早く、他の月極達を探す方法を見つけないとな)

夜に出歩いて、ひたすら待つ作戦も考えたのだが、
それは相手に、イニシアチブを取られる様で気に入らない。
こちらから出向いて、沢山殺したいのだ。
そんな事を考えていると、ドクオの目の前に、
コーヒーカップと、トーストが載ったお皿が置かれた。

(´・ω・`)「どうぞ。このバタートーストはサービスだよ」

('∀`)「ありがとうございます」

白いコーヒーカップに、程よい具合に注がれている珈琲。
濃い黒色の中に、わずかな茶色が混ざっている。
ドクオが好きなクーの瞳の色だ。
いや、これはクーそのものなんだ。
コーヒーカップの中へと、ドクオは吸い込まれそうになる。



38: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:17:42.26 ID:bTuhAZSxO
ドクオはカフェオレにはせず、ブラックで飲む主義だ。
置かれているコーヒーカップの取っ手を持ち、小さな声で言う。

('A`)「いただきます」

コーヒーカップを鼻に近付けると薫る、良い匂い。
クーだ。

縁に口をあて、少量飲む。
キスをした。

口を放し、息を吐いてから、もう一度コーヒーカップの縁に口をあてる。
手首を傾け、今度はゆっくりと、少しづつ飲んでいく。
優しく愛撫をした。

そして、余韻を楽しんだ後、一気にぐいっと飲み干した。
独特の後味に、ドクオは恍惚の表情を、浮かべる。
クーは満足してくれただろうか。

('A`)「美味しかった……」

(´・ω・`)「ドクオ君は本当に美味しそうに飲むね」



40: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:20:04.99 ID:bTuhAZSxO
(´・ω・`)「マンデリンは苦味とコクが中心だけど、
      ほのかな甘味も秘められているんだ」

(´・ω・`)「まるで人生みたいだね」

ドクオはショボンに笑顔で反論をした。

('∀`)「いいえ、恋ですよ」

その言葉を聞いたショボンは、にこにこ笑う。
そして、一度ため息をついてから、言った。

(´・ω・`)「良いねー。僕も、もう少し若ければそういう風に答えられたのかな」

それから、ショボンの取り留めの無い話が始まった。
彼は人と喋る事が大好きなのだ。
珈琲の話に始まり、好きな本の話、三十路になっても未だ独身な事に対する愚痴。
おしゃべりのオリンピックが開催されている中、
ドクオはトーストを食べながら、彼の話に耳を傾ける。
今は、彼が好きなアーティストの話へと、シフトしている。



41: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:22:59.51 ID:bTuhAZSxO
(*´・ω・`)「ヤヨちゃんって知ってるかな?」

('A`)「知らんとです」

(*´・ω・`)「今、話題のシンガーソングライターなんだけど……。
      そうだ!この前、彼女が出演した音楽番組を録画してあるから見せてあげるよ」

そう言うと、ショボンはカウンターに置かれているテレビのスイッチを入れた。
ビデオデッキの再生ボタンを押すと、映像が映し出された。
まだ若い、背の低い女性が、ピアノを前にして椅子に座っている。
今、まさに演奏が始まろうとしている瞬間のようだ。
ショボンがベストのタイミングで、停止させていたのだろう。
再生、巻き戻しを繰返し、何度も観ている証拠だ。

(*´・ω・`)「始まるよ!」

テレビ画面に映っている、女性の指が流れる様に鍵盤を弾く。
綺麗な音色に乗せて、発せられる、感情を極限まで込めた美しい声。
前向きで、優しくて、人を勇気付かせる、リリカルな歌詞。

('∀`)(こういう人は、俺みたいに狂わないんだろうな)



43: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:25:43.17 ID:bTuhAZSxO
ドクオが自嘲していると、曲はいつの間にか終わった様だ。
テレビの中の女性は司会者の隣で、質問を受けている。

『これから目指して行きたい事は何ですか?』
『歌手になろうと思った切っ掛けは?』
『どんな方々に、ヤヨさんの歌を聞いて頂きたいですか?』

まずはテンプレートな質問。
次にプライベートな質問を、司会者は笑顔でする。

『良いストレス発散方法とかありますか?』
『最近、ハマった映画は何かありましたか?』
『好きな食べ物は何ですか?』

矢継早に来る質問に、女性は笑顔で答える。

('A`)(普通過ぎてつまんね)

『―――ヤヨさんが苦手な物ってありますか?』



44: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:27:58.55 ID:bTuhAZSxO
その質問に一瞬、女性の笑顔が消えた気がした。

('A`)(何だ、今の感じは)

束の間の静寂の後、女性は、はにかみながら答えた。

ノリ’ー’)『人込みが超嫌いですぅー』

(゚A゚)「ッッッ!!!!!」

捉えた。
聞こえた、聞こえたぞ。
狂っている。
この女。
公共の電波に乗せて、なんて事を言いやがる。
放送事故モノじゃないか。
ああ、やっと分かった。
狂気の捉え方。
とても簡単じゃないか。

( ∀ )「あはははははははは!!!」



46: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:30:22.27 ID:bTuhAZSxO
突然、笑い出したドクオにショボンは驚く。 心配そうな表情で、ドクオに尋ねた。

(;´・ω・`)「ど、どうしたんだい?ドクオ君」

ドクオは笑いを堪えながら、返答した。

('∀`)「え?あ、あはは、今のヤヨちゃんの答えが面白くて」

(´・ω・`)「ああ、人前で唄うのが仕事なのに、人込みが苦手って面白いよね」

('∀`)(苦手だって?超嫌いらしいぜ)

('∀`)(行こう、殺しに)

ドクオは逸る気持ちを抑え、息を整える。
そして、笑顔でショボンに問い掛けた。

('∀`)「ヤヨちゃんって、今どこに居るんスかねぇ?」

その質問に、ショボンは目を赤くし、声を荒げて答えた。



47: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:33:14.15 ID:bTuhAZSxO
(´;ω;`)「モリタポ国際文化ホールだよ!9時から彼女のライブがあるんだ!」

(´;ω;`)「行きたかったのに、ライブチケットが手に入らなかったんだ!」

ショボンは余程のヤヨファンらしい。
もう良い歳なのに、目に涙を浮かべている。

('∀`)(明日にはもっと涙を流す事になりますよ)

('∀`)「今日はご馳走さまでした」

(´;ω;`)「ん、ああ、また来てね」

ドクオは椅子から腰を上げ、店の出口へと向かう。
途中、まだ流れているビデオの音声が、耳を通る。

『今秋発売予定の、新曲のタイトル名は何ですか?』

『月に願いを、ですー』

ドクオは不覚にも吹いてしまった。



49: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:36:33.63 ID:bTuhAZSxO
珈琲・ハウスを出ると、空の色はオレンジジュースに染まっていた。
携帯を取り出し、時刻を確かめると、16時29分と表示されている。
かなり長居をしてしまっていたようだ。

('∀`)「まだ時間には余裕があるな」

ドクオは徒歩で、モリタポ国際文化ホールに向かう事にした。
歩きながら、先程のヤヨの言葉を思い出す。

『私以外の人間は消えて去って欲しいですぅー』

('∀`)「テレビであの発言はまずいだろ!」

('∀`)「あはははは!おかしい!腹がよじれる!」

大笑いしながら、街を歩くドクオ。
そんな彼を、街行く人々は、避ける様に通り過ぎて行く。
可哀相に……、と思われている視線も感じる。
しかし、ドクオはそんな事を気にせずに歩いた。

('∀`)「さーて、ヤヨちゃん。俺は今日から君のファンになったぜ」



51: ◆iFirHT6FV. :2007/08/07(火) 23:39:16.98 ID:bTuhAZSxO
『だから、今から殺しに行くぜ』

月が姿を現すまで、まだまだ時間がある。
だが、既にドクオは正常な精神では無かった。
僅かに在った理性は、一足先に、月の兎に齧られてしまっていた。

笑い、叫びながらドクオは歩く。
もうすぐ始まる、待ちに待った殺し合い。
どのように殺そうか、絶対の自信に、心が踊る。

だが、そんなドクオにもたった一つだけ、心配な事が有った。

('A`)「クーラー消したっけ?」

重要な事であった。
電気代が勿体無い。



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/07(火) 23:40:30.70 ID:bTuhAZSxO
第二月話

『異常風景』


終わり。



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