('A`)達は月に願い事をするようです
- 3: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:36:02.74 ID:/JzinOPbO
- 頑張る。
努力する。
負けない。
流されない。
逃げない。
分からなかった。
屑だから、分からなかった。
だけど。
屑だからこそ、分かった。
答えって、すぐ側にあるものなんだな。
ちょっと、気付くのが遅かったか?
さぁ。
かけよう。
時をかける事は、出来ないけれど。
地をかける事は、出来る。
真直ぐに駆けろ!
勢いよく駆けろ!
そして!
翔べ!
私!
- 6: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:37:25.49 ID:/JzinOPbO
- 人通りの無い路地裏でクーは、月極と対峙していた。
その月極は高校生ぐらいの男子で、両手には鉄爪『睦月』が、装着されている。
月の光に映える、手から長く伸びた鋭利な爪、睦月。
それを見て、クーは某ホラー映画を思い出した。
相手の月極は、頻りにぶつぶつと、呟いている。
月に叶えて欲しい『願い事』を。
( ∀ )「一流の大学に入りたい……」
川 ゚ -゚)(流石、屑。そんな事、叶えて貰わなくても自分で……)
自分で今思った事に、クーは違和感を覚えた。
何が、そうさせたのだろうか。
クーは、相手を放って置いて思考する。
頭の回転が速いクーは、一瞬で答えと到達した。
今、自分はあの日聞いた言葉を、言おうとしたのか。
川 ゚ -゚)(頑張れば?努力すれば?)
クーは頭痛がした。
最近、この言葉を思い出す度、頭痛がするのだ。
- 7: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:38:47.52 ID:/JzinOPbO
- 思考を遮る様に、相手が咆哮した。
(・∀ ・)「バーカ!よそ見すんなよー!」
叫び声と共に、相手は地を蹴りクーに駆け寄った。
砂煙を上げながら、電光石火で、クーの眼前へ来た。
目の前に居る相手を見ながら、クーは思う。
川 ゚ -゚)(遅いな)
右から振るわれた鉄爪を、クーは容易く飛んで避ける。
そして、相手から30m程離れた位置へ着地した。
クーが遠くの相手は、驚愕の表情を浮かべているようだ。
( ∀ )「僕より速い……!?」
余程、速度を活かした攻撃に自信があったのだろうか、
相手は立ち竦み、呆然としている。
- 8: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:40:15.13 ID:/JzinOPbO
- 川 ゚ -゚)(一瞬で踏み込んで、両手両足を切裂く)
川 ゚ -゚)(…………)
左手に霜月を、軽く握る。
そして一呼吸して、クーの姿は消えた。
地を蹴る動作など無かったかの様に、クーは移動した。
(・∀ ・)「どこへ!?」
相手は辺りを見回すが、クーの姿が見当たらない。
刹那、背後から声がした。
川 ゚ -゚)「此処だ」
(・∀ ・)「!?」
驚き、相手が振り向く前に、クーは霜月で背中を突き刺した。
心臓を貫き、霜月の刀身から血が地面に滴る。
そして、一気に霜月を引き抜いた。
膝を崩し、地面へと倒れた相手は、うわ言の様に呟く。
- 9: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:41:57.40 ID:/JzinOPbO
- ( ∀ )「何て素早さ……」
( ∀ )「う……もっと頑張れば……良かった……」
絶命した相手を見遣り、クーは思った。
川 ゚ -゚)(殺し合いを頑張れば良かったのか……それとも……)
やはり、この先を考えると頭痛がする。
クーは思考を止め、霜月を消す。
そして、この場所を離れた。
月極の死体しか無い、路地裏に、呑気な声が、何処からか響く。
『頑張れぇー』
『頭痛の先には何があるかなぁー』
呑気な声の主が、路地裏に姿を現す。
両手を大袈裟に振りながら、クーが消えていった方向へと、歩いて行った。
- 11: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:44:03.54 ID:/JzinOPbO
- クーは最近、自分の異変に戸惑っている。
まずは、自ら殺し合いに出向かなくなった事。
月が出ている間は、ただ散歩感覚で歩き、月極と出交わしたら戦う。
先程の殺し合いも、そうであった。
もう一つは、殺しても快感を得られなくなった事。
前は、相手をいじめ、いたぶり、悲鳴を聞く事が好きであった。
しかし、最近はすっかり興味が湧かなくなった。
それ所か『戦うのが面倒だから止めないか』と、
相手に言いたくなる時すらある。
川 ゚ -゚)「……頭が痛い」
片手で頭を抑えながらクーは、大通りを歩いている。
これからは、頭痛薬必須の体になってしまった。
先程から、パトカーが何台も通過している。報道陣らしき集団も、何回も見掛けている。
モリタポ市は現在、異常な連続殺人事件により、騒然となっていた。
- 13: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:46:08.49 ID:/JzinOPbO
- 川 ゚ -゚)(そう言えば)
クーは、ふと、足を止めた。
顔を下に向け、自分の服を確認するクー。
連続殺人犯の一人は、クーなのだ。
しかも先程、一人殺したばかりだ。
血が自分の服に、付いていないか確かめた。
川 ゚ -゚)(大丈夫みたいだな)
クーは服を確認し終えると、再び歩き出す。
腕時計で時刻を確かめると、1時32分と表示されている。
まだまだ、日の出まで時間がある。
他の月極と出交わすのも、家に帰るのも面倒だったので、
付近の深夜営業している、ファミリーレストランで時間を潰す事にした。
自分の事が分からない。
クーの頭痛は酷くなって行く。
- 14: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:47:35.30 ID:/JzinOPbO
- ファミリーレストランに到着したクーは、まず窓から客が居ないか確認した。
人込みが、人の視線が嫌なのだ。
幸い、ほとんど客は居なかったので、入る事にした。
入口の扉を開くと、ウェイターの挨拶が耳に飛び込んでくる。
「いらっしゃいませ」
川 ゚ -゚)「…………」
「お席の方へ、ご案内致します」
川 ゚ -゚)「あ、隅の席で」
クーは、隅っこの席が好きなのだ。
他の人の視線も気にならないし、ゆっくり出来る。
ウェイターに案内されて隅っこの席に座る。
目の前には壁、最高の空間だった。
クーは、即座に注文を頼んだ。
川 ゚ -゚)「コーヒーをホットで」
- 15: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:49:10.01 ID:/JzinOPbO
- 注文を終えて、クーは頬杖をつきながら壁を眺めている。
先程からずっと、頭痛が止まらない。
思えば、あいつと出会った時からだ。
あいつが分からなくて、あいつの言葉の意味が分からない。
クーが、原因と理由を思い起こしていると、鼻歌が聞こえて来た。
『こっち来るな』クーは心の奥底から、そう願った。
「ふふふー、ふふふんふーん♪」
川 - )(ああ、頭が痛い)
鼻歌の主が、頭痛の原因が、クーのすぐ隣で立ち止まった。
クーは嫌々ながら、顔を向ける。
ヘンテコな少女が、満面の笑顔で立っていた。
そして、呑気な声でクーに挨拶をした。
从'ー'从「やっほー!クーちゃん!お元気ぃー!」
川 ゚ -゚)「渡辺……私が元気そうに見えるか?」
从'ー'从「見えるよぉー」
- 16: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:51:28.27 ID:/JzinOPbO
- 渡辺はそう言うと、飛び乗る様にクーの前の席に座った。
クーは、壁を眺める事が、出来なくなってしまった。
頭痛のタネを、眺める事になってしまったのだ。
片手で頭を押さえつつ、クーは当然の疑問を口にする。
川 ゚ -゚)「何故、私の席に座る」
从'ー'从「ウェイターさんに『あの隅の子、お友達でーす』って言ったからだよぉ」
川 ゚ -゚)「あそー、へぇー」
クーは、投げ遣りに返事をした。
渡辺は理解不能、これで良い。
暫くするとウェイターが、ホットコーヒーを持って来た。
机に置かれたコーヒーカップから、良い匂いがする。
クーはカフェオレにせずブラックで、少しだけ飲んだ。
それを見た渡辺は、クーに質問する。
从'ー'从「ねぇねぇ、珈琲ってどんな味?人生の味?」
- 17: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:53:23.26 ID:/JzinOPbO
- クーはコーヒーカップを置き、考え込んだ。渡辺の癖に難しい質問をするものだな、とクーは思う。
甘い、苦い、酸味、コクでは無くて、例えか。
数十秒考え込み、クーはゆっくりと口を開いた。
川 ゚ -゚)「……恋で良いんじゃないか。
小説とかで、時々そういう表現がある」
从'ー'从「……恋ねぇ、うん!恋、良いね!若さだね!」
一瞬、声の調子が違った渡辺にクーは違和感を覚えたが、一言付け足した。
川 ゚ -゚)「まぁ、私は恋などとは無縁だがな」
もう一度、珈琲を口に含む。
恋、自分で言っておいて何だが、この苦さは恋なのかもしれない。
そう思っていると、ウェイターが大きなパフェを、運んで来た。
从*'ー'从「きたきたぁー!」
- 19: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:55:54.68 ID:/JzinOPbO
- テーブルにパフェが置かれるや否や、
渡辺はガツガツと、スプーンで食べ始めた。
川 ゚ -゚)「いつ頼んだんだ」
从*'ー'从「モグ、店に入った、モグモグ、時ぃ」
川 ゚ -゚)「あそー、へぇー」
どんどんと減って行くパフェ。
珈琲とパフェの競争は、パフェに軍配が上がりそうだ。
そして、いつの間にか無くなっていたパフェ。
渡辺は満足そうに、お腹を右手で撫でている。
そんな様子を見たクーは、今更過ぎる質問をした。
川 ゚ -゚)「そんな格好でよく来れたな」
从;'ー'从「そう、それそれぇ!何度お巡りさんに職務質問されたか!」
从;'ー'从「ウェイターさん達にも、変な目で見られるしぃー」
- 20: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 21:58:18.28 ID:/JzinOPbO
- その言葉に、クーの身体は固まった。
そうだ、今きっと私達は、奇異の目で見られている。
そう思うと、今度は頭痛の代わりに、息苦しさが襲い掛かってくる。
そんなクーに渡辺は、頭痛を加算させる言葉を言った。
从'ー'从「クーちゃん、そろそろ頑張ろうかぁ」
川 - )「―――」
頑張る?頑張るってどういう意味だ?
何を頑張るんだ、教えて欲しい。
从'ー'从「教えたら意味無いよぉ。
自分の力にならないよぉ」
渡辺は言葉を続ける。
優しい声だ。
从'ー'从「自分で自分を知ってこそ意味があるんだよぉ」
从'ー'从「だから、私はちょっと背中を押すだけぇー」
从'ー'从「押されたら走るぅ、ただ前だけ見て全力疾走ぅー」
从'ー'从「さいっっこうに気持ち良いよぉー」
- 21: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:00:56.59 ID:/JzinOPbO
- 渡辺はそこまで言うと、大きなショルダーバッグを開いた。
そして何やらゴソゴソと、探し出した。
从;'ー'从「あれれぇー、どこに行ったかなぁー」
そんな渡辺を見て、クーはふと思い出した。
ショルダーバッグを、肩に抱えながら、あの素早さ。
川 ゚ -゚)「前に持ってたあれ、皐月だろ?」
从;'ー'从「いえすぅー。ないないぃー」
川 ゚ -゚)「あの時は突然で分からなかったが、渡辺は月極では無いな」
从;'ー'从「いえすいえすぅー。どこ行ったぁー?」
月極では無いのに、あの素早さ、正確さ。
きっと、渡辺が月極なら自分は負ける。
まぁ、今の某青狸みたいな渡辺には、勝てそうだ。
- 22: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:02:51.53 ID:/JzinOPbO
- 从*'ー'从「あったぁー!」
例の効果音が響きそうな勢いで、渡辺は鞄から腕を出した。
手に握られているのは秘密道具では無い、ビデオテープだ。
川 ゚ -゚)「なんだそれは」
从'ー'从「クーちゃんを頑張らせるビデオー」
まただ、頑張るって何を頑張るんだ。
本当に、頭痛が酷くなるからやめて欲しい。
从'ー'从「面白いから帰ったら直ぐに観てねぇ」
渡辺はクーへと、ビデオテープを差し出す。
クーは渋々と受け取った。
帰ったら、時間があれば観てみようか。
単なる好奇心がそう思わせた。
川 ゚ -゚)「観たら呪われる系のビデオでは無いだろうな」
从;'ー'从「ないない!」
- 25: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:04:31.42 ID:/JzinOPbO
- 珈琲を飲み終えたクーは渡辺へと話掛ける。
渡辺は、二個目のパフェへと挑戦している。
川 ゚ -゚)「帰る」
从'ー'从「モグ、またねぇ」
『またね』か。
あまり会いたくないが、ビデオを返さなくてはいかんな。
从'ー'从「そう、モグ、そう、忘れて、モグ、たぁー」
川 ゚ -゚)「何だ?」
渡辺はスプーンを置き、口の中の物を飲み込んだ。
そして、クーの目をじっと見つめながら、話出した。
从'ー'从「明日、昼頃に私達が出会った場所に、来てくれないかな?」
川 ゚ -゚)「…………」
- 27: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:07:27.75 ID:/JzinOPbO
- 『またね』は本当に『またね』だった。
でも渡辺、こういう時はまた明日、と言うんだぞ。
川 ゚ -゚)「……暇があればな」
从'ー'从「来るよ、絶対来てくれる。私は確信してる」
クーは沈黙する。
渡辺は、たまに真面目な雰囲気になる。
その時の渡辺は、長年生き続けた、賢者の様に見える。
この雰囲気の時の渡辺には、絶対に勝てない、そんな気がした。
川 ゚ -゚)「分かった、行く」
从'ー'从「皆、待ってるよぉー」
川 ゚ -゚)「皆?」
从*'ー'从「私のお友達ぃー」
川 ゚ -゚)「きっと、変人ばかりなんだろうな」
そう言い残し、クーは席を立ち、店の出口へと向かって行った。
一人残された渡辺は、独り言を言う。
从'ー'从「皆、普通の子だよ。クーちゃんも含めてね」
从'ー'从「頑張って。自分を見た時、自分を知る事が出来る」
- 28: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:10:24.25 ID:/JzinOPbO
- そろりそろりと廊下を歩き、クーは自室の引き戸を開けた。
寝るスペース程しか無い自室は、元は物置だった。
クーは両親に虐げられ、この牢獄へと閉じ込められている。
入る度うんざりするが、それを振り払い、クーは寝間着に着替えた。
さて、寝ようかと思ったその時、渡辺から貰ったビデオを思い出した。
川 ゚ -゚)「……面倒臭いが観るか」
クーは枕元にある、小さなテレビデオの電源を入れる。
そして、ビデオテープを挿入して、再生ボタンを押した。
クーは電気を消し、布団を被り、俯せになる。
まだ画面は黒い。
黒い画面が長く続く。
欠伸が出そうになった時、タイトルテロップが映し出された。
『地に落ちた少女』
川 ゚ -゚)「…………」
面白い所か、鬱になりそうなタイトルであった。
それか、アダルトビデオみたいだ。
- 29: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:12:38.70 ID:/JzinOPbO
- 中学生の少女が、主人公の物語。
素直過ぎて、周囲に嫌悪感を抱かれ、いじめられる。
必死に抵抗するが、逆にそれが仇となり、いじめがエスカレートする。
川 ゚ -゚)「馬鹿だな、こいつ」
教室の中で、制服を剥かれ、クラスメイトに笑われる。
その少女の有様は、まるでゴミ屑のようだった。
川 ゚ -゚)「本当に馬鹿だな、こいつ」
両親や教師に取り合って貰えず、少女は一人泣く。
誰にも助けて貰えず、少女は孤独の中を彷徨う。
川 - )「本当に屑だ」
その内、両親にも呆れられた。
呆れられている内は良かったが、執拗な虐待が始まった。
川 - )「屑だ」
- 30: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:14:56.52 ID:/JzinOPbO
- 両親に少女は、狭い部屋に押し込められた。
その狭い部屋を出て、音を立てて歩けば、両親に折檻される。
川 - )「…………」
とうとう堪え切れなくなった少女は、自殺を決意した。
高いビルの屋上へと、階段を登り、向かう。
屋上に付いた、空には満月が輝いていた。
しばし、満月に見とれていた少女は、再び歩きだした。
フェンスを、必死によじ登った。
川 - )「この後、落ちている時に、月に力を貰った」
川 - )「だから、死ななかった」
少女は高層ビルの縁に立ち、神様の様に下を見下ろす。
最期の光景を堪能した後、少女は落ちた。
そして―――死んだ。
川;゚ -゚)「って、おいおい!」
川;゚ -゚)「屑過ぎるだろ、こいつの人生!もっと頑張れよ!」
- 31: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:16:41.28 ID:/JzinOPbO
- 川 ゚ -゚)「は?」
クーは珍しく感情を露にし、珍しく間抜けな声を出した。
クーは動画を観てる間、ビデオの少女に、自己投影していた。
クーがビデオの少女。
ビデオの少女がクー。
最後まで同じで、最期が違った。
川 ゚ -゚)「ああ……」
最期が別人だった。
月極になったクー。
普通だった少女。
屑の様に生きて、月極となったクー。
必死に生きて、屑になった少女。
つい、言葉を投げ掛けてしまった。
川 ゚ -゚)「頑張れ」
呟いて、心の中で笑う。
頑張れ、頑張れ、頑張れ。
分かったよ。
頑張るよ。
- 32: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:18:30.85 ID:/JzinOPbO
- クーは、朝九時に目を覚ました。
乱雑に置かれた衣類を手に取り、私服へと着替える。
今日はジーンズにしようか。
着替え終えたクーは引き戸を―――勢いよく開けた。
そして、足音を大きく響かせながら歩く。
ほら、出て来た、私の母親。
「ちょっと!あんた!何様のつもりなの!?」
母親は、クーの髪の毛を掴もうとする。
しかし、クーは後ろを向きながら、その手を払い除けた。
川 )「私の髪に触るな」
「なっ!?あんた!!」
母親は怒り狂う。
今度は手を握り締め、殴り掛かろうとする。
しかしクーは、一本のビデオテープを左手で掲げた。
川 )「これ、お母さんの虐待の一部始終を録ったテープだ」
川 )「これから所定の場所に提出してくる。最悪逮捕かもな」
「ちょっと!?クー!?」
- 33: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:20:15.80 ID:/JzinOPbO
- 余程、焦っているのだろうか久し振りに『クー』と呼んだ。
クーが掲げている、テープを奪い取ろうと迫る母親。
その母親の身体を、軽く手で押した。
身体を廊下の壁に叩き付けられ、母親は呆然としながら座り込む。
(`・ω・´)「お、クー出掛けるのか」
居間の扉から、シャキン兄さんが姿を現した。
川 )「ちょっと、走りにな」
(`・ω・´)「走るのは良い事だ!頑張れ!」
シャキン兄さんは良い兄だな。
今日は、こんな兄が居て誇らしく思う。
頑張る、頑張るとも。
(`・ω・´)「お母さんの事は任せておけ!」
川 )「ありがとう、行って来る」
運動靴を履いて、玄関の扉を開ける。
気持ちの良い、夏の陽射がクーを包み込む。さぁ、出発だ。
- 34: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:22:14.47 ID:/JzinOPbO
- クーは持っていたビデオテープを、外にあるゴミ箱へと捨てた。
当然の事だが、ゴミ屑はゴミ箱へ。
そして、門扉へと向かうクー。
門扉の前に立ち、思い切り、蹴り飛ばした。
牢獄の鍵は、今開かれた。
川 ゚ -゚)「さぁ、行くぞ」
『押されたら走るぅ、ただ前だけ見て全力疾走ぅー』
OK、馬鹿渡辺。
クーは路上にしゃがみ込む。
左足の膝を地面に置き、右足は膝を立てる。
両手の指を地面に付ける、クラウチングスタート。
短距離競争用だが、これで良い。
『用意』の合図はいらない。
脳内でピアノが静かな前奏を奏でる。
これが用意の合図、腰を上げる。
ピアノの音が止み、シンとなる。
そして。
様々な楽器の構成からなる、激しい演奏が始まった。
スタート!
クーは駆け出した。
- 36: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:24:11.14 ID:/JzinOPbO
- ただ前だけを見て走れ。
両腕両足を動かせ。
全力疾走。
息切れ?
知るものか。
激しい演奏はまだ流れている。
空さえも俯瞰で捉え切れまい。
頑張れ。
努力しろ。
負けるな。
流されるな。
逃げるな。
私は屑だ。
頑張る事を知った屑だ。
だから。
まだまだ走れ。
もっともっと走れ。
- 38: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:25:51.33 ID:/JzinOPbO
- 前方に、集団が見える。
クーを、執拗にいじめていたグループだ。
川 )「障害物など」
グループに向かい一直線に、真直ぐに駆けるクー。
全速力で障害物をぶち壊せ。
クーは、グループに突込んだ。
数人、地面に倒れて、流行の服が砂塗れ。
川 )「簡単だったな」
過去の自分を、追い抜いた。
ここからは、現在の自分が走る。
ひたすらに走る。
直心をバネにして走る。
もうすぐ、激しい演奏は終わる。
- 39: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:27:49.64 ID:/JzinOPbO
- 鉄製の柵。
この先は川か。
翔ぼう。
びしょ濡れになるか。
岩にぶつかり骨折するか。
そんな事、関係ない。
クーは、駆けて、翔んだ。
その、一瞬の表情は、きっと、久方振りに。
川 ゚ー゚)
- 40: ◆iFirHT6FV. :2007/08/15(水) 22:29:58.54 ID:/JzinOPbO
- 第七月話
『地駆少女』
終わり。
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