( ´∀`) ぼくはモナー

364: ◆sph9KylVeM :2008/04/06(日) 02:28:41.69 ID:S7ZiuPLO0
指の重み、という基準がある。

鍵盤を押すのではなく、鍵盤に指を落としてやる。
落とす、という行為に力は要らない。
ただ力を抜いてやり、ただ力を加えてやる。

そういう基準に、ピアニストは常に試される。



「なにか……明るい……そう、明るい曲を……!」

肩を落として店に入ってきた客が、ビールを一杯飲み干してリクエストした。
明るい曲を、といわれてナウズザタイムを弾くようなことはしない。
どこかに哀しさが残る、オールオブミーのような曲が求められている。

照明を落とした店内は、木曜という隙間で静かに息をする。
週末の混雑を控えて、今日だけは静かに過ごしたい。
そんな店の意思に応えて、今日もテーブルの木目は
ただグラスの水滴をはじく。



369: ◆sph9KylVeM :2008/04/06(日) 02:35:59.17 ID:S7ZiuPLO0
無理を言って搬入したグランドピアノには、ウィスキーの瓶が
いくつも乗っている。

「ピアノのフタは開けないでほしいわね」

隣のゲイバーのママからの注文は絶対だ。
僕はピアノの前に座る。椅子は思い切りよく引き、
落ちそうなくらいちょこんと腰掛ける。

僕は、僕の好きなオールオブミーを弾いた。

客はビールを注ぎ足しながら、やがて伏目がちに笑った。
僕は、客が笑った箇所から、客が歌詞を知っているとわかる。
さらりと2コーラス半のソロをこなし、僕はテーマに戻った。
ラストをくどくするようなことはしない。まだ、抑えていたい。

弾き終わると、僕はカウンターに戻らずにそのまま
酒とバラの日々を始める。
あと一杯分、瓶にはビールが入っているはずだ。



376: ◆sph9KylVeM :2008/04/06(日) 02:44:32.05 ID:S7ZiuPLO0
酒とバラの日々を弾き終えれば、僕は少し間を置いた。
探すふりで、曲集をパラパラとめくる。

客が煙草に火をつければカウンターに戻るつもりが、
今夜の客は禁煙中のようだ。
まさか近頃名高い「嫌煙家」とやらではないだろうな。
灰皿のないジャズバーとは、どこに吸殻を捨てても構わないという意味だと
僕は確信している。

三曲目は少し寂しく儚げにジ・エンターテイナーを弾いた。

詰めこまず、ゆったりと弾いた曲を殴り飛ばすように、
ゲイバーのカラオケが混じる。
ならば僕は、なお間をあけてみる。

そうやって弾いていると、エレベーターのドアが開く音すら
聞こえてくるような気がする。
エレベーターを降りてなお迷っている客は、まずうちには来ない。
必ず奥のオールディーズが流れる店に入る。



378: ◆sph9KylVeM :2008/04/06(日) 02:50:54.80 ID:S7ZiuPLO0
ジ・エンターテイナーを弾き終える時はいつも
少しだけ忘れ物をしたような気がする。
もっと楽しくハッピーに弾いてもよかったような心残りがある。

だから僕は、静かにピアノを離れ、カウンターに戻った。
もうリクエストは充分にこなした。
あとは客がうまく酔えたかどうか……。

僕は洗っていないグラスを探す。
ああ、開店直後に来た常連のグラスがこんなところにあった。
グロスの口紅がうっすらついたグラスを見て、歳を実感する。
店をオープンした頃は、真っ赤な口紅がべったりついていたものだ。

だからだろう。客は、僕の年齢に甘えていいと思ってくれた。
涙を溜めた目で無理に笑いながら、客はリクエストをした。

「ビューティフル・ラブを……弾いてもらえますか」

それは、美しい愛、と名づけられた、短調の美しい曲。



383: ◆sph9KylVeM :2008/04/06(日) 02:58:20.25 ID:S7ZiuPLO0


泣き言、愛、可愛い表情、別れ、出会い、出会い、可愛い表情。
客は、ピアノを弾き終えた僕に、散文調で話し続けた。
可愛い名前のカクテルを何杯か飲み干したら、
やがて「ありがとう」と吐き出して、帰っていった。

愛の終わりを突きつけられて、愛の終わりに苦しんで、
だからもがいてこの店にたどり着けば、男がリクエストする曲は
明るい曲に決まっている。

そして、曲に浸ることができれば、男は気づく。
戻らない日々は、戻らない。
だから次に求めるのは、哀しい曲。

僕はなにも押さない。
男が自分で気づくだけ。
伏せた目線を、再び上げるために必要な、シンプルな絶望。



387: ◆sph9KylVeM :2008/04/06(日) 03:04:12.49 ID:S7ZiuPLO0
待っていますよ。いつまでもここで。
難しいリクエストを押し付ける日を。
僕は大して弾けませんが、
きっと応えてみせます。
失ったと気づきたいあなたのリクエストに。

いつでもぼんやり開いています。

ようこそ、エミリーへ。



('m`) ていう広告出そうと思うんですけどね

キ`゚д゚シ ・・・マスター、ピアノ弾けないじゃん

('m`) ・・・いや、弾けると仮定して・・・

キ`゚ー゚シ 意味わからんよ


 〜THE END〜



戻る