(´・ω・`)はメールを打つようです

61: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:40:44.37 ID:Li1DZ2py0
二人共に都合の合う日時は中々見つけられず、
結果として、約束の日取りは秋口になってしまった。


その間も、僕達はメールで交流を続けた。

初めは遠慮気味で、負い目を感じているかのようだったしぃの文章も、
何度かメールの交換をするうちに解消されるようになっていった。

今では気兼ねなく話が出来る関係になった。
所謂メル友と言う奴か。
僕はその辺りの事情には疎いけれども、ともかく、そういう事だ。

こうして話を進めるうちに、僕達はお詫び等と言う形ではなくて、
大人のデートとしての、楽しむ事を目的とした食事をしようと言う次第に到った。



64: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:42:40.93 ID:Li1DZ2py0
そして今日、約束の日が来た。


薄手のジャケットを羽織り、細身の黒のパンツで決める。
首元からチラリとネックレスを覗かせるカジュアルな服装。
もしも、連れて行かれる所がノーネクタイでは入れない店だったらどうしようか、
などと不要な心配をしてしまった。


僕は定めた時刻よりも幾分早く待ち合わせ場所に来た。

夏場に彼女に紹介した大きな樹木。
その木影で、多くの人と同様に待ち人を待った。

あの季節には目に鮮やかな新緑を広げていたのに、
今は、ほのかに色付き始めた葉をひらひらと散らしている。

時の流れは、万物の成長を見守ってくれている事を改めて実感した。



66: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:44:23.40 ID:Li1DZ2py0
始まり立ての紅葉に目を奪われていると、
気が抜けていたところで携帯が震え、僕は慌ててそれを開いた。


(*゚ー゚)『ごめんなさい、少し遅れちゃいました』


僕は周囲に目を配る。
現れては去っていくたくさんの人々。
この辺りは特に人通りも多く、
その人集りに埋もれて、すぐには見つけられないだろう。


そう思っていたけれど、彼女は人ごみに紛れてはいなかった。

僕の目には彼女の姿が際立って映っていた。



68: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:46:36.21 ID:Li1DZ2py0
綺麗だ。


それが率直な感想だった。

初めて会った時は、まだ思春期を終えたばかりの少女のようで、
美人というよりは可愛らしいという印象を抱いた。

だが、今僕の前に立っている姿は違う。
清楚な洋服に身を包んだ、大人びた一人の女性。
彼女はただただ、綺麗だった。

ベージュを基調としたシックで落ち着いた服装。
肩にそっと掛かる程度のセミロングの髪型に、薄紅色をしたルージュ。
何もかもが彼女の白い肌に良く映えている。

服装と化粧の工夫次第で人はこうまで変わるものなのか。
それとも、僕の目がそんな風に見てしまっているだけなのか。

きっとそのどちらでもない。
全ては、彼女らしさなのだから。



70: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:48:36.24 ID:Li1DZ2py0
再び携帯が震える。

(*゚ー゚)『あの、結構な時間待ちましたか?』

(´・ω・`)『いや、今来たばかりです』

(*゚ー゚)『ああ、でしたら良かったですw』

当たり障りもない会話。
この時、僕の心臓はばくばくと驚く程速く動いていた。
聴こえなくても、感じる事が出来た。

(*゚ー゚)『それでは、行きましょうか』

彼女が先立ち、僕を手招きして呼ぶ。
黒い髪が秋風に乗って揺れ、甘いシャンプーの香りが流れてくる。

僕は一歩を踏み出した。
何気ないその一歩が、とても重要なことのように思われた。



74: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:50:29.22 ID:Li1DZ2py0
果たして、どんな店に連れて行ってくれるのだろうか。
その事を聞いても、しぃは答えてはくれなかった。

彼女はあまりこの街に詳しくはない。
地理に関しては僕の方がずっと明るい。
それでも、彼女は自分の知る道を精一杯僕に文字と動作で伝えてくれた。

会話もなく、携帯を弄りながら歩く二人。

周りの人からは冷め切ったカップルのように見えているだろう。
だけども、僕達はメールが届く度に顔を見合わせるので、
彼らにはより奇妙に映っているはずだ。

その事を彼女にメールで告げると、くすくすと笑っていた。

メールを送って、返信が来る。
そんな些細な事が、僕には嬉しかった。



77: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:52:21.11 ID:Li1DZ2py0
案内された道は僕の知らない場所で、
人通りも少なく、都心とは思えないような落ち着いた所だった。

(*゚ー゚)「――――――」

彼女は右手で指差し、目配せしながら到着と店の位置を伝えた。
綺麗に敷き詰められた石畳の上に並べられた白塗りの椅子とテーブル。
最初は、オープンカフェなのだろうか、と思った。

けれど、看板に書かれていた事は予想外だった。


(´・ω・`)(ハンバーガーショップ?)


アメリカナイズされたデザインの文字と絵。
それは紛れもなくハンバーガーの店であることを示していた。
僕は面食らってしまい、ちょっとだけ動揺する。

そんな僕の様子を気にせず、彼女はメールを送ってきた。


(*゚ー゚)『さあ、注文しましょう』



80: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:54:25.08 ID:Li1DZ2py0
僕は彼女に唆され、奥のカウンターに向かった。
何をどうすればよいのか分からない僕は、彼女に全てを任せることにした。

しぃは手際よくオーダーを済ませる。
その姿さえも美しかった。


出来上がりをその場で待ち、その間を利用してメールを打った。

(´・ω・`)『何か、予想外でした。
      女性ですから、お洒落な店に行くものだと思ってましたよ』

(*゚ー゚)『すみません。私、そういったお店に行った事がないんです。
    でもですね、ここのハンバーガー、凄く美味しいんですよ?』

(;´・ω・`)『はぁ、そうでしたか』

浮き浮きとした様子でハンバーガーの完成を待つしぃ。
僕はその隣で、彼女の言葉を信じながら立ち続けていた。



84: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:56:54.72 ID:Li1DZ2py0
やがて店員がトレイに乗せたハンバーガーとドリンクを持って来た。

よく見る紙に包まれたそれではなく、皿の上に乗せられたハンバーグとパンズ。
焼き立てであることが立ち上る湯気と、手に伝わる熱から判断出来た。

僕達はそのトレイを運んで、空が見える席についた。

(´・ω・`)『じゃあ、いただきます』

(*゚ー゚)『どうぞ召し上がれ』

斜め掛けされたパンズをボリューム満点の具の上に置き、
下に置かれた物と合わせてぎゅっと挟む。
ソースが少しこぼれ、ポテトの盛られた皿の上に落ちた。


勢いだけでは食べ切れないようなそれを持ち、
僕は思い切りかぶり付いた。



89: 「秋」 :2007/08/25(土) 23:58:59.83 ID:Li1DZ2py0
(´・ω・`)(お、これは……!)


美味い。

一口でそれは分かった。
このハンバーガーは今まで食べてきたような物とは全く違う。


ジューシーな二枚のハンバーグは、軽く噛むだけで肉汁が噴き出してくる。

その肉汁と濃い目のソースが存分に染み渡ったパンズは、
抜群の焼き加減と相俟って、病み付きになりそうな美味しさだ。

カリッと焼かれたベーコンも堪らない。
あまり好きではなかったピクルスもいいアクセントになっていた。

そして、トッピングされたシャキシャキのレタスと瑞々しいトマトのスライスが、
ともすればしつこくなりがちな味なのに、口の中を爽快にしてくれる。


僕は夢中になって一口、また一口と貪るように食べた。



96: 「秋」 :2007/08/26(日) 00:01:01.97 ID:PA9lLIBU0
(*゚ー゚)「――――」

彼女は笑いながら僕の顔を見ている。
満足そうに、嬉々とした表情を作っている。


(´・ω・`)『いやいや、これは驚きました。
      本当に凄く美味しいですね。びっくりしました』

汚れた手を紙ナプキンで拭き、メールを打って感想を伝えると、
彼女はまた、得意気に笑うのだった。

(*゚ー゚)『気に入って頂けて良かったですw
    馬鹿にされるんじゃないかと、内心ひやひやものでしたよ』

(´・ω・`)『うーむ、御見逸れしました』

そう告げて、また一口かぶり付く。
何度食べても初めて体験した時のように美味い。
思わず笑顔になってしまう。

しぃはそんな僕を見て、嬉しそうに自分のハンバーガーを口にした。
その顔は、これまでと違いやはりあどけない少女のようで、
それもまた彼女らしさなのだろう、と僕は思った。



98: 「秋」 :2007/08/26(日) 00:03:00.53 ID:PA9lLIBU0
無言で手を合わせ、昼食を締め括る。

感謝の儀礼を終えると、テーブルの上に置いた携帯が振動した。
僕が気付かぬ隙に彼女はメールを打っていたらしい。


(*゚ー゚)『ごちそうさまです。
    普段は一人の事が多いので、久々の二人での食事は楽しかったです』

(´・ω・`)『ごちそうさま。僕も楽しかったですよ。
      今度は僕が食事に招待しましょう』

(*゚ー゚)『それじゃ意味が無いじゃないですかw』

(´・ω・`)『いやいや、楽しい事は多い方がいいでしょう?』

(*゚ー゚)『ふふふ、それもそうですねw
    では、楽しみにしていますね』


交わされる会話は和やかで、僕は一層胸が弾むのだった。



100: 「秋」 :2007/08/26(日) 00:05:09.86 ID:PA9lLIBU0
僕は食後のコーヒーを飲みながら目の前の情景を眺めた。


騒がしい都会から切り取られたような空間。
あの世界に入っていけなかった僕を、優しく受け入れてくれている。

行き交う人々の顔がよく見える。
安らかで、ゆっくりとした時間の流れ。
聴こえなくても、この場所を包む静けさは感じ取れた。


そして目を戻すと、僕の前にはしぃの笑い顔が在る。


秋空は天高い。
決してその頂上に手が届く事はない。

僕の気持ちも、同様に届く事はないのだろうか。

声に乗せてはっきりと伝えることが出来ない自分には無理だって、
そんな事は、分かり切っているはずなのに。



僕は恋に落ちてしまったようだ。



105: 「秋」 :2007/08/26(日) 00:07:11.76 ID:PA9lLIBU0
帰り道。

撫でるように吹く涼しげな秋風は、
この場所の平穏を飾り立てるアクセサリーとして、これ以上なく似付かわしかった。
隣でしぃは僕の心をくすぐるように笑っている。

長い僕の人生の中で、苦悩と葛藤はどこまでも付き纏ってくる。
それでも普通の人と同じ人生を送ろうと努めた。
学生時代は友達も多くて、大学にも行く事が出来た。
職業だってある。自立した生活も送れている。

だけど僕はやっぱり普通じゃないから、
世の中から一線を引かれているように感じずにはいられなかった。
ぱっと見充足した人生も、所詮は空っぽのおもちゃ箱みたいな物。
聾唖の自分は巡る世界から疎外されているんだ。

けれど、そんな僕にも一筋の光が差してきた。

彼女がこうして僕に合わせてくれる事の喜び。
何百カラットのダイヤモンドよりもキラリと輝いている。

僕の心にも風が吹いた。
まるで、包み込むように。



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