(´・ω・`)はメールを打つようです

207: 「夏」 :2007/08/26(日) 00:41:11.64 ID:PA9lLIBU0
僕としぃが付き合い始めて半年以上の時間が過ぎた。

季節は巡り、また夏が来た。
思えば、彼女と出会ったのはこの季節。
こんなにも早い一年を過ごしたのは生まれて初めてだ。


僕は街を歩いていた。

この街には相変わらず息苦しさしか覚えない。
実際の広さ以上に大きく感じて、圧迫されてしまう。

猛暑日の気温も相俟って、
コンクリートで囲まれているにも拘らず、あたかも砂漠のようだ。
砂漠を走る旅人は、都会に住む全ての人々。
彼らは生きる事だけに精一杯で、早回しのビデオを見ているようだった。

そんな土地でも、僕だけのオアシスは存在している。



210: 「夏」 :2007/08/26(日) 00:43:03.71 ID:PA9lLIBU0
ある日、僕はしぃに質問した事がある。


(´・ω・`)『「好き」って、どんな響きの言葉なのかな?』


困らせてしまうような、無茶な質問だなと自分自身でも思った。
けど、僕はずっと気になっていた。
耳にする事が出来ない自分の気持ち。
こんなくだらない質問にも、彼女は真剣に答えてくれた。


(*゚ー゚)『上手く説明出来ませんけど、凄く、綺麗な響きの言葉ですよ。
    文字で伝えられるだけでこんなに嬉しいんですから、
    そんな言葉の響きが、綺麗じゃない筈がないでしょう?』


そう教えて貰った時、
僕は心の底から納得して、それからは彼女に想いを素直に伝える事にした。



217: 「夏」 :2007/08/26(日) 00:45:10.79 ID:PA9lLIBU0
途中でポケットに手を突っ込んだ。
中にある硬いそれを取り出し、再認するように中身を見る。

光を屈折させて輝く石。
その石が填められた銀色の輪を手にして、何度も汚れていないかチェックする。

彼女に渡そうと思っていた指輪。

恐らくは人生で一番高い買い物だろう。
いや、買えない物を手にする為には、安過ぎる買い物とも言える。

出会ってからたったの一年しか経っていないけれど、
僕は今日、プロポーズをしようと思っていた。

駆け足過ぎるかも知れない。
もっとじっくりと愛を深めていくべきなのは十分に分かっている。
だけども、僕は自分の感情を抑えられなかった。

僕は彼女に夢中になっていた。



224: 「夏」 :2007/08/26(日) 00:47:52.34 ID:PA9lLIBU0
待ち合わせの木の下に急ぐ。

駅前の通りに植えられた桜の木は、もう花が散ってしまって葉桜になっている。
その姿もまた趣き深い。

澄み渡った青空は、ビルとビルの隙間からしか見えない。
余計な物も多いけれど、それでもやはり美しい景色を目にする事が出来る。

この街は僕を受け入れてはくれないけれど、
一握りの安息の場所があるから、やはり嫌いにはなれなかった。

交差点が迫っていた。
長い横断歩道。僕はいつもドキドキしながら渡っていた。
でも、しぃと交際し出してからはそんな恐怖は薄らいでいる。



潜んでいる危険は、何も変わっていないのに。



237: 「夏」 :2007/08/26(日) 00:49:34.63 ID:PA9lLIBU0
耳が使えない代わりに、目を引っ切り無しに配っていた横断歩道。
慎重に、慎重に細心の注意を払っていた。
いつ車が来るか、前を見ているだけでは音で判断出来ないからだ。


僕は夢中になり過ぎていた。
世界はもう一つあったと、はしゃぎ過ぎていたとも言える。


信号が青なのをおざなりに確認すると、何気ない気分で道路に足を踏み出した。


会いたい、早く会いたい。


注意をする事も、何もかも忘れてしまって。

神様に与えられた大切な情報源である両目は前方しか見据えていないで。


渡ろうとしているのは、実は自分だけで。


僕は視野まで狭めてしまっている事に気が付けなかった。



251: 「夏」 :2007/08/26(日) 00:51:29.73 ID:PA9lLIBU0
想像を絶する衝撃。


信号を無視して突っ込んできた車が、歩く僕を勢い良く撥ねた。
目の前の世界が、今度はビデオのスローモーションを見ているかのようになる。

一瞬の事過ぎて訳が分からなかった。

目に映る全てがゆっくりになって見える。
人々の青ざめた顔が、この期に及んでよく見える。

静かで穏やかな僕の世界に悲鳴なんて聴こえてない。

段々と視界が白んでいく。
痛みは感じない。
恐らくは、脳がそれを受け入れていないせいだろう。

現実なのだろうか、それとも夢なのだろうか。
考えても考えても区別は付かない。
何一つ、証拠となる音が存在していないのだから。


宙に舞う捩じれた身体が地面に叩きつけられたところで、
僕の意識は、ぷつりと途絶えた。



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