( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/09/02(日) 20:29:37.27 ID:flDdSUhS0
第四章「一欠片の勇気」

ブーンがハインからの頼みをすっかり忘れていたことに気づいたのは、
行きよりも随分時間をかけて部屋に帰り、しぃとじゃれているハインの顔を見てからだった。
そこでブーンが一発殴られたことは言うまでも無い。

一段落ついてから、ブーンは図書館での出来事をハインに話した。
荒巻のこと、保護層のこと、そして、図書館にあったここが未来の世界であることを示唆する本のこと。
ハインはそれらを話半分で聞いたいたようだった。

从 ゚∀从「……つまり、何か。俺達は未来に来たって事か
      別の世界とか、そういうのじゃなくて」

( ^ω^)「そういうことになると思うお」

从 ゚∀从「なんでだ?」

( ^ω^)「それは……」

荒巻はブーン達が種であると言っていた。
それが何を意味するのか、理解できない。
推測のパターンはいくつかあるが、それらは全て確実性を持たないのだ。
故にブーンは黙って首を横に振った。

从 ゚∀从「明日もう一度あのふざけた野郎を問い詰めて……いや、ムダ、か」

ハインもハインで、なにやら色々と考えているようである。



6: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:32:03.10 ID:flDdSUhS0
( ^ω^)「まぁ、とにかく今日は寝たほうがいいと思うお」

実際は自分が眠りたいだけなのだが。
しかしその言葉に緊張の糸を切らしたのか、ハインが大きく欠伸して肯定した。

从 ゚∀从「あぁ、そうだな。頭の回転も何もあったもんじゃねえや。
      ……ところでよ、ブーン」

不意にハインが声を潜めた。
つられてブーンもトーンを落とす。

( ^ω^)「なんだお?」

从 ゚∀从「お前、ペット飼ったことあるのか?」

( ^ω^)「な、ないお」

从 ゚∀从「女の子飼った事は?」

(;^ω^)「あ、あるわけないお!」

从 ゚∀从「そういえばあのクリーナー、服を綺麗にするんだよな」

一瞬、ハインの台詞の意図するところがわからなかった。
しかし、解した途端にブーンは、自分でもびっくりするほど慌てていた。

从 ゚∀从「朝っぱらから女の子の服を脱がせる男子高校生ねえ」



7: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:34:51.09 ID:flDdSUhS0
(;^ω^)「い、いや。それはでも、決してふしだらなことをするわけじゃ……」

从 ゚∀从「そうやってさ、まず生活習慣に介入してさ、
      段々と調教するんだろ? 最後には足の爪剥がしても抵抗されないぐらいによ」

(;^ω^)「そ、そんなこと考えてねーお!
      じゃあどうしろって言うんだお?」

ハインはベッドから立ち上がると、腰に手を当てて宣言した。

从 ゚∀从「俺が預かってやる」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「そうすりゃあ問題は解決だろ。なぁ?」

(*゚ー゚)「〜〜」

ハインがしぃの頭を撫でると、
しぃは甘えているようにハインの両脚にしがみつくような姿勢をとった。
いつの間にこれほど距離が近くなったのかブーンには謎で仕方が無い。
同時にハインがうらやましくもある。
しかし、とりあえず預けても安心だという気持ちは湧き上がった。
一方で少しばかり寂しい気もしたが、余計な疑いをかけられるよりはマシである。



10: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:37:21.02 ID:flDdSUhS0
( ^ω^)「わかったお。じゃあ、ハインに任せるお」

从 ゚∀从「よっしゃ」

ハインは勝利宣言のような笑みを浮かべてしぃを立ち上がらせた。
そして、そのまま二人して玄関へと向かっていった。

( ^ω^)「あ、ハイン」

从 ゚∀从「ん?」

ハインが立ち止まって振り返る。
何か最後に声をかけるべきだと思った。
しかし適切な台詞など一つも浮かばない。
なぜか、過剰に混乱していた。

( ^ω^)「……なんでもないお」

从 ゚∀从「そうかい。じゃあ、おやすみな」

( ^ω^)「ああ、うん……おやすみだお」

扉が閉じて、孤独と静寂だけが残った。



12: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:39:26.68 ID:flDdSUhS0
クリーナーに入れるために服を脱ごうとして、ポケットに何かが入っていることに気づいた。
取り出してみるとそれは銀色の携帯電話であった。
当然ながら圏外。時刻と日にちが表示されているが、それが今正確であるはずも無い。

何気なく開いてみる。
新着メールが一件あった。受信時刻は四時二十五分。
ブーンがここに来る直前、テンパりながら廊下を歩いていたころだろうか。

宛名は送信者は斉藤またんき。
文面はただ一言「頑張れよー!」と。

ツンに告白するにあたり、ブーンはまたんきの協力を仰いでいた。
彼と何度人に見られたくない内容のメールを交換したか知れない。
しかし、彼の助力無しに、ブーンがツンに告白することはできなかっただろう。
いいやつだ。少々能天気すぎるのが玉に瑕であるが、
ブーンにとってはこの上ない良きクラスメイトである。

ブーンは携帯を閉じ、ベッドの上に軽く放り投げた。
頑張れよといわれても、最早頑張る術がない。

服を脱ぎ、クリーナーに放り込んで待っている間にシャワーを浴びる。
それが終わってクリーナーから取り出してみると、確かに洗浄済みのようであった。
下着も何もかも、一まとめに洗えるところは驚くより他無い。
再び服を着て、携帯を拾ってからベッドに寝転がる。
さて何をしようかと考えて、何もしなくていいことに気づいた。



14: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:42:13.81 ID:flDdSUhS0
宿題があるわけでもない。
前の世界ではテストに追われていたが、それもない。
しかし、逆に言えば何もできないのである。
ゲームもなければテレビもない。
ただ眠ってしまえと誰もが言っているようだ。

この世界では普通なのだろうか。
寝て起きて食べて寝る。
そして一部の人間だけがペットを飼って楽しむ。
そんな日常を疑いなく過ごしているのだろうか。

ここが未来の地球であるとして、そんな生活に人間達は適応してしまったのだろうか。
そもそもなぜこんな殻の中に篭っているのだろう。
外側はどうなってしまったというのか。

考え始めると止まらない。
しかし、いつしか疲労からくる眠気が勝り始めた。

ふと考えるのをやめたと同時に、彼は深い睡眠に落ちた。

夢を見た。
夢の中で、ツンが頬を赤らめて、一つ頷いてくれていた。

そうしているうちに、夜が過ぎていった。



15: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:44:46.58 ID:flDdSUhS0
彼らを覚醒させたのは、聞き覚えのあるけたたましいサイレン音だった。
心臓が跳ねて、ブーンが慌てて飛び起きる。

( ゜ω゜)「……」

しばし呆然と周囲を見回して、嘆息した。

(;^ω^)「目覚ましにしてはデカすぎるお……」

おそらく夜を告げるのと同じ鉄塔によるものだろう。
これだけ大きく聞こえると言うことは、室内にもスピーカーが取り付けられているということか。
昨日のうちに教えておいてくれなかったモララーを恨む。
のそのそと起き上がって大きく伸びをした。
それからやっと、明かりも消さずに眠っていたことを思い出した。

窓も無く、ほとんど密閉状態と思われるこの部屋からでは、
外がどうなっているかまったくわからない。
とりあえず外に行く必要があった。

扉を開けると、外はひどく明るかった。
前日同様空気全体が発光しているようで何か違和感を覚える。

しばらくして、隣の扉が開いた。
服を着崩すにもほどがあると言いたくなる様な格好のハインが寝ぼけ眼でこちらを見ていた。

从 -∀从「ふああぁぁあぁっぁああ……朝、かぁ」



17: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:46:34.79 ID:flDdSUhS0
とりあえずハインが格好を直してくるのを待っている間に、今度は別の扉が開いた。
見ると、ドクオはドアから顔だけ覗かせている。

( ^ω^)「あ、ドクオ。おはようだお!」

('A`)「んああ……うん」

会釈(のような首を動き)をして、彼は腰の引けた動作で扉を閉め、こちらにやってきた。

( ^ω^)「よく眠れたかお? なんだか目が赤いお」

('A`)「あ、いや、大丈夫・・・・・・」

( ^ω^)「そうかお……あ、そうだお。ドクオにも話しておくお」

ブーンは昨夜のことをドクオにも語った。
彼は聞いているのかいないのかよくわからない面持ちだったが、
ブーンが話を区切ると、彼は一度だけ小さく頷いた。
内容を飲み込むことはできたのだろうか。



20: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:48:16.12 ID:flDdSUhS0
从 ゚∀从「さて、やっとメシが食える」

突然扉が開いてハインが出てきた。
続いてしぃが現れる。

从 ゚∀从「おう、起きたのか」

('A`)「ぁ……」

相変わらずの挙動不審。特にハイン相手だとその色が強い気がする。
口調が荒いことに加え、女であることがネックなのだろう。

从 ゚∀从「さて……」

現在この場にいるのは四人。
ブーン、ドクオ、ハイン、しぃだ。
つまり、一人足りない。

从 ゚∀从「ペニサスはどうした?」



23: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:50:28.54 ID:flDdSUhS0
ハインが一番奥のドアを見やる。まだペニサスは眠っているのだろうか。
あの殺人的な音量のサイレンの中で起きないとすれば相当なものだが。
とはいえ、外部からあの扉を開ける方法はない。
唯一の鍵であるカードはペニサス自身が持っているだろうから。

( ^ω^)「もしかして、もう第一ホールに行っちゃったかお?」

从 ゚∀从「……かもしれねえな」

ハインが腕組みをする。
それなりに心配しているようだ。

だがやがて腕を解いて、

从 ゚∀从「まぁ考えても仕方ねえや。
      それよりさっさとメシもらいに行こうぜ。昨日から何も食ってねえんだ」

そう言ってのけた。



25: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:52:49.40 ID:flDdSUhS0
('A`)「あ、ちょ……」

第一ホールに向かおうと歩き出した時、ドクオが掠れた声を出した。

从 ゚∀从「どうしたよ?」

('A`)「い……あ、わ、わす、忘れ物……」

部屋に忘れ物をしてきた。
と言いたいらしい。それだけのことを伝えるのにやたら時間がかかるのは、一種の才能だろうか。

从 ゚∀从「んじゃ、取ってこいよ。先に行ってるから」

ハインの言葉にガクガクとうなずいて、ドクオは部屋へと踵を返す。
扉が閉まるなり、ハインが

从 ゚∀从「あいつ、変人だよな」

( ^ω^)「・・・・・・」

同意せざるを得ない。

从 ゚∀从「ペニサスも変人だし。まともな奴が半分ってどうなんだ?」

あなたも立派に変人だ。
言おうと思ったが、やはり飲み込んだ。



―――――――――――――――――――――――――――――



27: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:54:53.92 ID:flDdSUhS0
結局のところ母は自分を恨んでいたのだ。
憎ましく思っていたのだ。
邪魔だと思っていたのだ。

そうしたストレスが蓄積し、頂点にきたところで母は包丁を手に取った。
それだけのことだ、何も不思議ではない。

それゆえに、ドクオは複雑な心境を抑えこみきれないでいた。

どこかで信じ込んでいたのだ。
たとえ全世界の人間が自分に銃を向けようとも、母親だけは守ってくれるだろうと。
しかし、実際のところはなんのことはない、最初に自分を殺そうとしたのは母親なのだ。

まぁ、当然だ。
こんな屑同然の存在を飼っておく義務も必要もないだろう。

そのうえ、彼女は責任をも感じていたようだ。
だから、最後に彼女は言った。
「一緒に死のう」と。

クリーナーの上に置きっぱなしにしてしまっていた新品のカッターナイフをポケットにしまいこむ。
そもそもこんなものをいつも携帯していること自体異常なのだろう。
それも、護身だとかそういう前向きな理由からではなく、自傷目的なのだから尚更だ。
だが、実際にそういった行為に走ったことはない。
その証拠に刃はまだピカピカのままである。



30: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:56:46.18 ID:flDdSUhS0
外に出ると、もうブーンとハインはいなかった。
少しの寂しさを感じながら、ドクオは建物を出る。

孤独感など、所詮そのようなものなのだろう。
自分一人しかいなかった六畳の空間では感じなかったことだ。
もっと言えば、家の中では唯一の他人である母親ともつながりがあったのだから、孤独ではない。
こうして、見知らぬ世界を歩くことでようやく覚えることなのだ。

昨日と違い、道路には行き交う人々がいくらか見受けられた。
中にはやはり、裸の少女をペットとして連れている者もいる。

そんな中を、ドクオはやや小走りで進んでいく。

思い返してみると、そもそも外に出るのは何日、いや、何ヶ月ぶりだろうか。
別の世界とはいえ、その朝の風景がひどくまぶしく感じられる。

そのうち、彼はふと奇妙なことに気づいた。
歩いていくにつれ、人通りが少なくなっていくのだ。
もしや、もう第一ホールに設置された機械は停止してしまったのだろうか。

自然と歩調が早まった。



33: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 20:59:29.55 ID:flDdSUhS0
自分が第一ホールではなく、第二ホールを目指していたことに気づいたのは、
角を曲がり、一切人気のない道路に立ちつくした瞬間だった。

またこれだ。
こうやってヘマをしてばかりだ。
いつもなら部屋にある物や画面の中のキャラクターに当たるのだがここではそれができない。
蓄積するストレスのやり場を、ドクオは心得ていなかった。

ともかく、急がなければならない。
モララーが、第一ホールが使えるのは朝だけと言っていた。
遅れてしまって今日も何も食べられないとすれば、それは悲劇でしかない。

そうして、振り返ったときである。

ドクオは地面に横たわる人のような物体を発見した。

いや、それは確実に人だ。

ボロ雑巾のような様態だが、確かに人体であった。



36: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:01:28.65 ID:flDdSUhS0
おそるおそる接近してみる。
ピクリとも動かないあたり、死んでいるのかもしれない。
この世界ではあり得る話ではないだろうか。

それでも、よくよく見てみるとそれが生きている少女であると確認できた。
ペットだろうか。服を着せられているが。

しばらく、どうすることもできずに眺めていると、不意に少女が声を発した。

lw´‐ _‐ノv「なんで倒れてるの?」

('A`)「え……」

lw´‐ _‐ノv「本来……キミはそう聞くべきである。うむうむ」

少女は起き上がると、大きくのびをした。
そして、唖然としているドクオに「ぱんぱかぱーん」とまったくやる気のない喝采を浴びせた。

lw´‐ _‐ノv「特に意味はない」

('A`)「……あ、あの……」

自分より年下だろう。
黒い長髪は、乱れているが本来美しい物であると十分推測できた。

lw´‐ _‐ノv「米ェ!」

('A`)「……え?」

lw´‐ _‐ノv「意味はあっても意味はないのだ。うむうむ」



40: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:03:32.70 ID:flDdSUhS0
面倒なものにひっかかった。ドクオは心の中で率直に吐く。
目の前の少女は、確かにやや可愛く見えるが、理解にはほど遠い性格の持ち主らしい。
そもそもこうやって異性と対面なんて一秒ともしていたくない。
早々に逃げ帰りたいのだが、その手だてが思いつかない。

無垢な双眸に見つめられ、縛られ動けずにいるのだ。

lw´‐ _‐ノv「つまり、キミは私の頼みを聞いてくれるらしい」

('A`)「は……え、何……」

戸惑っていると、ぐいと腕を掴まれた。

lw´‐ _‐ノv「私と一緒にらぶみーてんだー?」

('A`)「い、意味がわからな……い」

なぜかまともに反論することができた。
それほどに少女が意味不明だからでもあるし、
おそらく年下であるということも作用しているのだろう。
とにかく、ハインほどの取っつきにくさを感じないのは事実である。



45: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:06:28.89 ID:flDdSUhS0
lw´‐ _‐ノv「時に、キミの名前はなんと?」

('A`)「え……あ、ど、ドクオ……」

lw´‐ _‐ノv「名前など飾りに過ぎない」

('A`)「……」

どうにも会話が成り立たない。
しかもそれがドクオのせいではなく相手のせいであることは稀だ。

lw´‐ _‐ノv「んー……」

('A`)「?」

lw´‐ _‐ノv「米」

('A`)「……こめ?」

lw´‐ _‐ノv「父の祖母の娘の母? が言ってたらしい。
       米が食べたいと。それに、響きがよい。ことめの絶妙なこんう゛ぃねーしょん」

そういえばいつ自分は食事にありつけるのだろう。
ドクオはそう考えるが、腕を掴まれたままの現状、どうすることもできない。
この少女、なにげに力が強いのだ。



48: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:08:22.23 ID:flDdSUhS0
少女に引っ張られ、連れて行かれた先は彼女の住居と思しき場所だった。

lw´‐ _‐ノv「でも」

入り口から入ると同時、少女は言う。

('A`)「?」

lw´‐ _‐ノv「ちょいと気に入った」

('A`)「え……?」

lw´‐ _‐ノv「あと二日もすれば父の次かその次ぐらいに好きになるであろう。うむうむ」

その言葉によって、ドクオの脳内に妄想でしかない展開が一瞬で作り上げられた。
しかし、当の本人はその言葉が重要であるとも感じていないようで、さっさと自分の部屋へと歩いていく。

lw´‐ _‐ノv「米……米なあ……」

その時点で、ドクオが浮かれ気味であったのは紛れもない事実である。
だが、そのときまでだった。

彼女の部屋に入り、ベッドの上に横たわっている死体を見た、その瞬間までだった。



51: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:10:37.78 ID:flDdSUhS0
今度は疑いようもない。
掛けられたシーツから出ている顔は全体的にやせ細っており、
窪んだ眼窩からのぞく目玉から、もはや光は失われていた。
臭いがほとんどないのは空調機能のおかげだろう。

lw´‐ _‐ノv「私の父でございます」

少女が平然とそう紹介した。

確かに死体は男のようである。
年もそれなりだ。少女の父といってもおかしくない。

そのときドクオの中に現れた選択肢は、唯一自己保身のみであった。
ドアに向かって駆けようとする。
だが、やはり少女に引き止められてしまった。
死に物狂いで逃走を試みるが、少女の無表情がそれを許さない。
そのときになって初めて、そんな彼女に恐怖を覚えた。

lw´‐ _‐ノv「まぁ待て。焦るな」

しばらく引っ張り合いは続いた。

そのうちドクオが観念し、或いは恐怖の絶頂に達してその場にへたり込む。
すると、少女もすぐそばに座り込んでしまった。



53: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:12:46.23 ID:flDdSUhS0
lw´‐ _‐ノv「私の祖母が言っておったのだよ」

怯えているドクオを気にする風もなく彼女は語り始める。

lw´‐ _‐ノv「人は死んでようやく永遠に愛し合うことができる。
       うむうむ、いい言葉だけど意味がよくわからんのだな」

およそ能天気でナンセンスな語り口は続いた。
少女の話はこうだ。

少し前に発令された「るーる」によって何も食べられない状況になってしまった。
父親はそんな少女に自分の食べ物をすべて分けてしまったのだという。
その結果がこれだ。

lw´‐ _‐ノv「つまり、なんだな。父は先に逝ってしまわれた」

そのるーるとは、ブーンが言っていた話と合わせて考えてみると、保護層がどうとかという話だろう。
つまりこの少女は非保護層にあてがわれてしまったのだ。
そんな娘を父親は守った。自分に与えられた食料すべてを費やして。

そして死んだ。
痩せ細り、ゾンビ同然の姿と化した。



56: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:15:45.59 ID:flDdSUhS0

('A`)「そ、それで……」

どうしても一つだけ疑問が残る。
そしてそれは重大だ。
解決しない限りドクオはこの部屋から出ることができないだろう。

('A`)「お、俺にどうしろって……」

lw´‐ _‐ノv「こめこめ……ん?」

('A`)「だから、俺にどうしろっていうんだよぉ!」

泣き声に近い悲鳴を上げる。
少女は目を丸くして驚いたあと、何か満足そうに数度うなずいた。

lw´‐ _‐ノv「ふむふむ。キミはいろいろ知ってる人と見たのだ。
       だから問いたい」

ずい、と少女の顔面がこちらに近づく。

ほとんど零距離で彼女は言った。

lw´‐ _‐ノv「死に方を教えてほしい」

('A`)「……はぁ?」



59: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:18:13.76 ID:flDdSUhS0
lw´‐ _‐ノv「つまり、祖母は言ったのだよ。
       人は死んでこそようやく永遠に愛し合うことができる。
       私の、父を好きであるという気持ちは愛しているというらしい」

家族愛という意味ではある種正解か。
しかし、である。

('A`)「そ、そんなこと……」

lw´‐ _‐ノv「思いつくことはいろいろやってみた。
       路上に寝てもみたけど、たぶんまだ私は生きている」

さきほどの奇行はそんな事情故なのだという。
驚いたことに、少女は死に方を知らないのである。
だがそれをドクオが理解する筋合いはない。

lw´‐ _‐ノv「どうすれば死ねる?」

少女の目に真剣の色が帯び始める。

lw´‐ _‐ノv「どうすれば死んで、愛し合える?」



63: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:21:44.27 ID:flDdSUhS0
その祖母とやらは厄介な遺言を残したものだ。
だが、その感情がわからないこともない。

こんな世界だ。
ブーンの話によると、人間として何かしら重要な部分が欠けてしまっている。
もしもあの世であれば……もしかしたら正常になっているのかもしれない。

或いは、その祖母はまともだったのかもしれない。
徐々におかしくなっていく周囲の人間を見つめていた存在だったのかもしれない。

だが、その全てがドクオには何ら関係のないことだ。

ドクオが少女の望み通りにして、少女が実行したとすればそれはあまりにも忍びない。
しかし逃れる術もないのだ。

どうすればいいのだろう。

ブーンならばどうする。
おそらく全力を持って彼女を止めるだろう。
それなりの言葉を伴うか、力ずくで抑えるか。

しかし、自分には話術も腕力もないのだ。
そして別に「少女を助けよう」などという正義感もない。
やはり「俺は俺のために逃げよう」という一点しかないのだ。



67: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:24:06.83 ID:flDdSUhS0
lw´‐ _‐ノv「どうした?」

少女が答えを急かす。
見れば見るほどかわいらしい。

確かに自分は知っている。それこそ無数に知っている。

('A`)「……息を、とめる」

lw´‐ _‐ノv「いき?」

なんぞや……と少女はつぶやく。
だがやがて理解したのか、小さく息を吐いてから、くっと口を閉じた。
ドクオは腕を掴まれたままである。

lw´‐ _‐ノv「……」

('A`)「……」

lw´‐ _‐ノv「……」

('A`)「……」

lw´‐ _‐ノv「……ぷはぁっ。
       ふぁ……く、苦しいぞ!」



73: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:27:09.12 ID:flDdSUhS0
それはそうだろう。
息を止めたぐらいで死ぬことができるなら突発的自殺者がやたらと増えてしまう。
そもそも生存本能がある(この世界の人間に備わっているのかは微妙だが)のだから簡単には死ねない。

……というようなことを途切れ途切れに伝えると、少女は納得してくれたようだ。

lw´‐ _‐ノv「ふむ……じゃあ他の方法を」

('A`)「いや……」

しかし、これは効果的かもしれないと思った。
こうやって無理な方法を次々に突きつければ、
少女はやがて諦めるのではないだろうか。

('A`)「じゃあ……次は……」

少しだけ勇気が湧いてきて、ドクオは立ち上がった。
そのとき、ポケットから何かが音を立てて落ちた。

lw´‐ _‐ノv「これは?」

少女が拾い上げる。

カッターナイフだった。



77: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:29:09.35 ID:flDdSUhS0
('A`)「あ、それは……!」

あわてて取り返そうとするが許してくれない。
彼女はそれをいじくり、遂に刃を突出させることに成功した。

lw´‐ _‐ノv「ふむう?」

どうやら知らないらしく。刃の先端にふれようとする。

('A`)「ま、待て!」

lw´‐ _‐ノv「んにゃ?」

('A`)「それは……かえ、返してくれ」

lw´‐ _‐ノv「どして?」

('A`)「あ、あぶな、危ない」

lw´‐ _‐ノv「危ない……ふむ」

少女の目が活き活きと光り始めた。



84: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:32:13.92 ID:flDdSUhS0
またヘマをした。
本当に自分はどうしようもないゴミクズだ。
刃物を彼女に渡し、そのうえそれがどういうものかを説明してしまったのだ。

奪い取ろうにも、ナイフの刃が自分に刺さればと思うと動けない。
ここでもやはり自己保身が先行した。

lw´‐ _‐ノv「よし、これでいこう」

('A`)「だめだ……!」

lw´‐ _‐ノv「これでやっと愛せるよ」

そんな言葉を聞き、刃物を見てようやく気づいた。
たぶん、自分の母親も同じようなことを考えていたのだ。

死してようやく愛せる。
生きているときは社会が邪魔してその願いは全うできない。

状況は、似ているのかもしれない。
どのみち、挽回は不可能だ。

そう思って、ドクオの中の何かが完全に萎えた。



87: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:34:06.99 ID:flDdSUhS0
単純思考をする。
彼女は自分と何の関係もない少女だ。
彼女が死んで自分が損することなど何もないのだ。
だいたい名前も知らない少女を心配すること自体ちゃんちゃら

むしろそうすることで自分は彼女の願いを叶えてやることができる。
いわば自分はキリストだ。神なのだ。

そう思考して、ドクオは心を落ち着かせる。

('A`)「その銀色のやつを」

lw´‐ _‐ノv「おう?」

('A`)「両手で思い切り首に刺せば死ねる」

lw´‐ _‐ノv「ほおう!」

案の定彼女は喜んでいる。
そんな表情を見て、ドクオは幸福を感じる。

lw´‐ _‐ノv「じゃあやってみよう……でもこれだと両手では刺せないな」

右手にカッターナイフ、左手にドクオの腕をつかんでいる少女がいう。



91: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:37:43.36 ID:flDdSUhS0
('A`)「大丈夫だよ……貸して。証明してやるから」

優しくドクオは諭していた。決して疑われないような笑みを浮かべていた。

lw´‐ _‐ノv「ほんとか?」

('A`)「本当だ」

lw´‐ _‐ノv「こめこめ」

少女からカッターを受け取る。
そして服の袖をまくった。
冷や汗が伝う。しかし彼女のためだ。
一欠片しかない勇気を吐き出し、彼は腕にその刃物の先端をあてがった。

赤黒い血が染み出る。

lw´‐ _‐ノv「なんだかお食事みたいですな」

少女が感慨深げにつぶやく。

('A`)「これがもっとたくさん出たら絶対に死ぬ」

lw´‐ _‐ノv「首にさすといっぱいでる?」

('A`)「でるよ」



95: ◆xh7i0CWaMo :2007/09/02(日) 21:40:10.64 ID:flDdSUhS0
lw´‐ _‐ノv「ありがたや!」

突如彼女は叫んだ。
ドクオからカッターを受け取り、もはや喜色満面である。

lw´‐ _‐ノv「さすが、私が目をつけただけのことはある」

('A`)「いや、いいんだ」

lw´‐ _‐ノv「こめこめだ。本当にこめこめだ」

ドクオは立ち上がると扉へ向かう。
彼女は今にも自分の首にカッターを突き刺そうとしている。

そうして扉を開け、外に出ると同時に、後ろから肉が裂ける音がした、ような気がした。
しかしその扉はすぐに閉じられ、もう中の様子をうかがうことはできない。

おそらく、永遠にこのままだろう。カードは中に閉じこめられたままだ。

彼女が今まさに痛みに苦しみ、のたうち回っていたとしても関係のないことである。
ただ彼女の感謝の言葉と、イノセントな笑顔さえ覚えていればいいのだ。
殻の空を見上げたドクオは、今までに感じたことのない清々しさを味わっていた。

・・・

・・



第四話「一欠片の勇気」終わり



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