( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです
- 4: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:04:54.49 ID:PXC8IJCb0
- 第七話「或る夜のプロローグ」
从 ゚∀从もうやめねえか」
ブーンの周囲の世界が一変して、三日目。
何度目かの図書館への訪問を終えた時、ハインが諦観の表情で呟いた。
時刻は夕方。薄い闇が世界全体を柔らかく包み込んでいる。
( ^ω^)「何をやめるんだお?」
从 ゚∀从「なんていうかさ、無駄な抵抗を、だ」
その言葉に沈黙を返す。
しぃだけがやや元気に、嬉しそうな表情で一歩先を歩いていた。
停滞は無益であると、確認すら行ったはずである。
しかし、現状ブーンたちがしていることは停滞以外の何者でもなかった。
この世界は常に同じことを繰り返す。
特別なイベントが入り込む隙間は無いのだ。
あくまでイレギュラーな存在であるブーンたちが侵入しているとしても、である。
思えば、初日に全てが詰め込まれ、それ以降は何もない虚構が巡るばかりだ。
この不変の世界で、今日まで無駄に足掻いてみたものだ。
ハインと共に役所へしょぼんを問い詰めにも行った。
図書館にある開かずの扉をこじ開けてみようとリトライもした。
ただ映像を垂れ流す映画館へも行ってみた。
そこに件の少年は最早いなくなっていた。
達観の極地に至っていた彼が何を思って死んでいくのか、少しは興味を持った。
- 5: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:07:19.49 ID:PXC8IJCb0
- 从 ゚∀从「これからどうする?」
ハインが無気力にそう投げかけた。
( ^ω^)「おー……」
ブーンも覇気の無い声を漏らす。
それは今のところ、自分たちにとって本題である。
しかし、どうにも考えるのが面倒であるし、考えたところでどうしようもない。
努力して何もかもができてしまえば、誰も苦労しないだろう。
从 ゚∀从「このままでいいんじゃねえかな、とか思っちゃうんだよな。
別にこの世界を好いてるわけでもないが……
なんていうか、無意味に足掻くほど嫌でもないだろって」
反論の余地を見いだせないのが些か悲しい。
( ^ω^)「でも……僕は帰りたいお。
そのうち非保護層とかになっちゃったら洒落にならないお」
从 ゚∀从「んまぁ、そりゃそうなんだけどさ……」
自分には、まだ聞いていないツンの答えがある。
しかしそれすらも、大して重要なことでないように思えてきてしまう。
生きているのかさえ、確証が持てなくなってきている。
今、こうしている自分に意義はあるのだろうか。少なくとも、自己満足に足りるだけの意義が。
从 ゚∀从「でももう、詰んでるだろ。たった一つの可能性を除いてな」
- 7: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:10:54.98 ID:PXC8IJCb0
- ( ^ω^)「それは……?」
从 ゚∀从「下だよ」
下。モララーが言っていた崩れかかっている場所。
そこから垣間見えるはずの、広がる空間。確かに、調べてみる価値はある、だろうか。
価値があるとして、下の空間へ降下する手段があるのか。
从 ゚∀从「まぁ何にせよ明日にしようぜ。
急ぐこともねえし、そろそろ夜だ」
そう言って、しぃを追いかけ先をいくハイン。
ブーンもそれに同調した。確かに、それほど急く問題でもない。
しかしながら、当初ほどの焦燥が失われていることに不安も感じていた。
从 ゚∀从「……ん?」
ふと、ハインが足を止めて空を仰ぐ。
パラパラと、例のものがまたも空から降ってきていた。
天から舞い落ちる塗料は日毎に頻度と数を増していた。
それが兆す事実はいったい何であるというのか。
今宵も夜の始まりを告げるサイレンが響き渡る。
三日間。この世界に来て三度目の夜。
その間に何が得られたのかを考えると、零としか言いようがないのだ。
そしてそのとき、ブーンは目の前を通り過ぎていこうとする人影に気付いた。
- 10: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:13:02.34 ID:PXC8IJCb0
- ( ^ω^)「ペニサスかお?」
つい声をかけていた。人影は立ち止まり、ゆっくり振り向く。
虚ろな表情、光の弱い、窪んだ瞳。
何やら拉がれた風情であるが、彼女は間違いなくペニサスである。
从 ゚∀从「お前……何やってんだ?」
ハインが興味も無さそうに尋ねた。
ペニサスは二、三度眼球を左右させてから、ぼんやりと答える。
('、`*川「……ジョルジュくんをさがしてる」
从 ゚∀从「そりゃあ……」
ペニサスと遭遇したのは久方ぶりである気がする。
最初に日に別れて以来ではないだろうか。
相変わらず「ジョルジュくん」とやらを追いかけているらしいから、大した根性だ。
螺旋階段の如くうねった根性であるが、それを指摘するのは愚かしい行為だろう。
何をどう考えても「ジョルジュくん」はここにいない。
ブーンは彼女の脳内構造を覗いてみたくなった。
きっと、滑稽なレイアウトで形成されているに違いない。
会話は途切れ、ペニサスは何も言わずに再び整然とした街並みの向こうへ消えていった。
それを見送る際、ハインがにやついていたのは間違いない。
- 12: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:16:15.95 ID:PXC8IJCb0
- そういえば、ドクオはどうしたのだろうか。
彼にも、あの朝以降全く会っていない。
完全なる挙動不審な性質を持つ彼のことだ。
おそらく部屋に閉じこもって、
無味無臭の時間経過を甘受しているといったところだろう。
从 ゚∀从「……帰ろう」
世界の光量が少なくなり、ハインが何か焦っているような口調でそういった。
( ^ω^)「うん……」
从 ゚∀从「しかしまぁ、俺たちももっと協力すべきだよな。
端からてんでバラバラって、やる気ないにもほどがあるぜ」
協力なんて糞食らえ。
そう言いたげに、ハインは笑った。
- 14: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:19:36.90 ID:PXC8IJCb0
- 部屋に帰り、ブーンはその足でベッドに倒れ込んだ。
そのまま寝転がって天井を見上げる。
狂気的なまでの白色が、今にも落ちてきそうな錯覚がよぎる。
今日も何もないままに一日が終わる。
明日も、おそらく明後日も。そして永遠に。
いや、それではダメなのだ。いつか変化しなければならない。
できれば、近いうちに。
しかし、そう思っている自分のどこかに、ハインに賛同している自分がいる。
つまり、このままでいいじゃないか、と。
ここに住み着いてしまえば、たとえば将来を考えなくて済むようになる。
受験もない、仕事もない。死の恐怖さえいつしか無くなるのだろう。
その心情に逆らうのは、手に入れられるかもわからない幸せや喜びが、
確実性を持って消えていくのを怖がっているなけなしの人間味である。
対立する二つの感情に挟まれ、今の自分は中間の甘美を受け入れている。
そうした心情であるとき、ここはひどく住み心地がよい。
何もしなくても、ただ順調に月日が流れていくからだ。
- 15: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:22:35.64 ID:PXC8IJCb0
- サイレンが唸りをあげた。
本格的に夜が始まる。
それが響き終えてから少しして、ドン、ドンと扉を乱暴に蹴る音がした。
いつものお客だ。立ち上がり、解錠に向かう。
从 ゚∀从「よう」
ハインが、片手をあげて入ってきた。
その後ろからしぃが、粛々とした態度で室内に足を踏み入れる。
未だ彼女から、何か危なげな兆候は、特に見られない。
物静かすぎるのがいささか気になるぐらいだ。
だがそれは、前の飼い主がそう教え込んだからかもしれなかった。
ハインは近頃――といってもここ三日ほどの話であるが――夜になると必ず部屋にやってくる。
特に何をするわけでもない。
ただぐだぐだと、くだらない話を展開させる、
或いはブーンを置いてしぃと遊ぶ、せいぜいその程度である。
そして、眠気が襲ってくると、ようやく自分の部屋へ戻っていくのだ。
そう、それだけなのである。
- 18: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:25:42.04 ID:PXC8IJCb0
- ( ^ω^)「ハインは、夜中になるとなんで僕の部屋に来るんだお?」
从 ゚∀从「あぁ?」
意外と語気強く返されたのでブーンは少々たじろいだ。
ハインはしばし犯人を問い詰める刑事のような目でブーンを睨め付け、
やがて納得したように唇を笑みに見えるよう歪ませた。
从 ゚∀从「お前さ」
( ^ω^)「お?」
从 ゚∀从「溜まってるだろ」
ハインに陽気な口調で手榴弾を投げつけられ、ブーンは更に怯んだ。
(;^ω^)「な、何を言い出すんだお!」
从 ゚∀从「そりゃそうだよな。
毎晩邪魔してることになる……
つーかあれか、ぶっちゃけ俺とヤりたいか?」
民衆を虐殺する兵士のように、
平気な顔で下品な言葉を並べるハイン。
ブーンは、この話題を振った数秒前の自分に殺意を覚えた。
溜まっているのは事実であるから、尚更である。
- 20: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:28:35.06 ID:PXC8IJCb0
- 从 ゚∀从「でもなぁ、正直」
ベッドに腰をかけ、脚を空中で揺らしながらハインは言う。
从 ゚∀从「俺とヤっても大して気持ちよくないと思うぜ。
もっとも、お前がよっぽどオカシナ趣味を持っていたとしたら別だが。
そうだとすりゃ、俺もそれなりには喜ぶ」
(;^ω^)「いやだから、その」
从 ゚∀从「まぁ心配すんなよ」
何を心配するなというのだろう。
しぃが、これでもかと言わんばかりの無垢な目でブーンを見つめている。
居心地悪いことこの上なく、ブーンは早々に話題の転換を図った。
質問をはぐらかされたことになるが、この際仕方がない。
そうして、その夜も変わることなく更けていくはずだった。
しかしそれは、静かに、或いは大仰に足音を立てて近づいていたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
- 23: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:31:12.96 ID:PXC8IJCb0
- 自責、後悔、罪悪感、そして開き直り。
矛盾しているような思いが混濁し、意識の前面に押し出され、
遂には形而下へと吐き出される。
喉を掻き毟り、そのまま肉と気管を削ぎ落として楽になってしまいたいという欲望。
しかしそれは実行されず、自らが作り出した暗鬱に飲み込まれていきそうになる。
('A`)「……」
部屋中に空のチューブが放置されている。
それは散々たる光景で、しかし彼にとって慣れた風景でもあった。
いつも自室にはペットボトルが散乱していた。
それがやや様相を変化させただけである。
ただ、ここにはゲームもパソコンもテレビすらもない。
ぼんやりと虚ろにマウスを動かすことも出来なければ、
画面に向かっての会話を行うことも出来ない。
完全たる孤独感に浸っているドクオに自虐の念が押し寄せていた。
あの、名前も知らない女の子を殺したのは自分だ。
無価値の自分が、価値が見いだせるかもしれない人間を消してしまった。
- 26: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:34:24.77 ID:PXC8IJCb0
- もう一度、拳を壁に打ち付ける。
音もしない。この建造物がよほど頑丈に出来ていることを証明している。
ちりちり、と熱を持った手を見下ろして、彼は笑った。
無表情のままに、首を絞められた鶏のようなぎこちない笑い声を垂れ流し続けた。
ややあって、彼は立ち上がり扉へと向かった。
外に出る。万鈞の重みを持った濃厚な闇が広がっている。
そこでドクオは、なぜ外に出てきたのだろうかと、自分の発作的行動に疑問を呈した。
('A`)「……ま、いいや」
簡単な話、一定の場所に居続けるのが辛かったのだ。
停滞していればしているほど、自分の骨を砕きたくなる。
目が慣れるのを待ってから、ドクオは住居から路上へ足を踏み出した。
閑散、というよりは終末的な世界。
自分の今の心境に似ている、などと。
ドクオは腐れたことを考えた。
- 27: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:38:09.65 ID:PXC8IJCb0
- 適当にふらつく。
何も見つからない。変わらない景色。
そのうちドクオは、自分が地図を部屋に放置してきたことを思い出した。
このままでは自分は帰れなくなるかもしれない。
しかしドクオは焦らなかった。
焦らず、更に前へ進んだ。
目的もなく、ただ足と気の向くままに。
('A`)「めんどくせぇ……」
他の三人は何をしているのだろうと、ふと思考に耽る。
まさか自分のように鬱屈した、これ以上ないほど退廃的な生活を送ってはいないだろう。
特に、ブーンとハインはなかなか行動力がありそうだった。
今頃、帰る手だてを発見しているかもしれない。
いや、もう自分を放置して帰ってしまった可能性も有り得る。
そうだとすれば、随分なお笑い種だ。
そもそも自分の場合――。
仮に元の時間へ帰ることができたとしても、母親に殺される。
- 30: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:42:49.86 ID:PXC8IJCb0
- だが、それは回避できない事象でもない。
あのときはあまりにも突発的で、何も反応が出来なかった。
しかし今は違う。こうして、対処手段を選択するほどの時間が与えられている。
帰ったとき、もしあの時間から再開されるとすれば、
まず顔面をグーで殴りとばす。
あの虚弱体質の母親だ。十中八九包丁を取り落とすだろう。
自分はその間に逃げるか、その包丁を奪い取って母親を殺してしまえばいい。
それで万事解決だ。
夜陰の中で、彼はあまりにも自由気ままだった。
そうして、ドクオがさらに足取り軽く前へ進んでいたときである。
「おい」
(;'A`)「!」
不意に、誰かに声をかけられた。
その主を探す。
- 33: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:45:16.64 ID:PXC8IJCb0
- 川 ゚ -゚)「ここにいる」
見ると、壁を背に、ぞんざいな態度で座っている女がいた。
ドクオよりは幾分年上だろうか。
('A`)「あ……」
川 ゚ -゚)「率直に言うと、腹が減ったから恵んでくれ」
('A`)「……」
川 ゚ -゚)「もしくはカードを寄越せ」
('A`)「い、いや……」
いつもの挙動不審が復活する。
女は痩せ細ってはいたが、しかし眼光は鋭さを保っている。
この世界には珍しく、まだ生きることに未練を持っているようだった。
川 ゚ -゚)「嫌か?」
('A`)「いや、っつーか……その、カードは持ってる、けど……」
川 ゚ -゚)「じれったい」
女は上からの目線で吐き捨てた。
- 35: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:48:56.54 ID:PXC8IJCb0
- 女は億劫そうに立ち上がる。
その背丈の高さにドクオは驚いた。
川 ゚ -゚)「はいかいいえで答えろ。
私にカードを寄越すか?」
他の人間とは明らかに威圧感が違う。
差し出した方が良い。
ドクオの弱気な本能がここぞとばかりに叫んだ。
仮に逃走を試みても、どうにも逃げ切れそうにない。
('A`)「わ、わかりました……」
ドクオは素直にポケットから金属製のカードを取り出し、女に手渡す。
女は小さく笑みを浮かべた。
そのとき。
彼らの周囲で、轟音が鳴り渡った。
―――――――――――――――――――――――――――――
- 36: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:51:19.25 ID:PXC8IJCb0
- いい加減に疲れてきた。
食料はきっちり摂取しているから、空腹に関する問題はない。
ただ、純粋に足が限界だった。
この三日間、ほとんど睡眠もせず歩きっぱなしなのだ。
元々運動能力が並みよりやや劣るペニサスである。
辛くないはずがない。
神経の機能していない足を彼女は決して崩れることのない強固な意志のみで動かしている。
肉体的な疲労など、考慮の範疇にない。
('、`*川「……ジョルジュくん……」
だが、それだけ努力しても、決して思い人が目の前に現れることはない。
これが純粋な恋愛物語であれば、苦しみ続ける彼女に、
そろそろ救いの手がさしのべられても良い頃であろう。
しかし性格のねじれた現実故、未だ世界は彼女を嘲ったままだ。
('、`*川「ジョルジュくーん……」
掠れた声で彼女は名前を呼ぶ。
しかしそれは、建造物群に反響し、あっけなく消え入ってしまった。
もう一度呼んでも結果は同じである。
- 38: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:54:57.25 ID:PXC8IJCb0
- ('、`*川「……ジョルジュ、くん」
唐突に、彼女の目から涙があふれ出した。
それと同時に、彼女の身体がガクリと崩れ、その場に膝をついてしまった。
闇夜に、どれだけ探しても彼女一人しかいない。
(;、;*川「……あれ……」
涙の理由を、力が抜けた理由を、彼女自身理解できなかった。
しかしそれは表層上のことに過ぎない。
最初はただの恋人であったのに、
いつしかあまりにも巨大化してしまった「ジョルジュくん」という存在。
存在を延々追い続けなければ不安でたまらない自分。
その、心の深層に食い込んだ事柄を、彼女自身が理解していないはずがないのだ。
だが表層でそれを認めず、ただ彼女はさめざめと泣いた。
また、そんな自分に混乱さえしていた。
そのとき、彼女はザリ、ザリという忙しない音に気付いた。
それは人間の足音とは思えない、何かを引きずっているような効果音である。
顔を上げて、あたりを見回す。
遠くの角。
そこに、何かが現れた。
- 40: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 00:57:39.97 ID:PXC8IJCb0
(;、;*川「!」
角から出てきた存在。
それは、人ではなかった。
横幅は人間の二倍ほどもあり、さらには天高く、鋭い角のようなものが伸びている。
遠目故に、シルエットでしか判断できない。
それ以上の情報は得られなかった。
その異形の怪物に、さすがのペニサスもたじろいだ。
叫び声すら喉から出てこない。
しかし、むしろ驚いたのはその怪物の方であったようだ。
ペニサスの姿を視認したらしいそれは、こちらへ迫ろうとする動作を止める。
そして、しばらく停止した後に、ザリ、と方向転換する。
彼女は、その怪物に、少なくとも四本以上の脚が備わっていることを知った。
その形相は、サソリのようにも見えた。
怪物が再び忙しない音をたてて消えていくまで、彼女は少しも動くことが出来なかった。
身体の中心あたりについていた一つ目が、彼女をはっきりと貫いたのである。
数秒後。
彼女は超音波にも似た金切り声をあげた。
- 41: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:00:09.18 ID:PXC8IJCb0
- 彼女の中で何かが崩壊した。
元々不安定に成り立っていた精神が自身と、
謎の怪物によって完膚無きまでに潰されたのだ。
わけもわからず叫び続ける。
そのうち、その中に笑い声が混じる。
泣き声が混じる。
怒声さえも。
あらゆる感情が絡み合い、
終わることのない叫び声となって吐き出されていく。
それは永遠に続くかのようだった。
しかし、そうはならなかった。
直後、その世界を、轟音が包み込んだからである。
―――――――――――――――――――――――――――――
- 44: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:03:35.31 ID:PXC8IJCb0
- その直前、ハインはブーンの部屋から立ち去ろうとしていた。
从 ゚∀从「部屋移動するの面倒だなあ。
今日ここに泊まろうかな」
( ^ω^)「だからダメだって言ってるお」
从 ゚∀从「でもよ、しぃも一緒だぜ?」
( ^ω^)「そういう問題じゃないお……」
毎夜恒例の会話を終えて、ハインが部屋を出て行こうとしたとき、
その轟音は突如として訪れた。
从 ゚∀从「なんだ……?」
重く、低い、まるで世界の形を歪ませているかのような音。
そしてそれは、音だけで収まらなかった。
突き上げるような震動。
次いで、左右に世界を動かす巨大な揺れ。
地震だ――そう気付いたところで、ブーンは何もアクションを起こせなかった。
ただその場にとどまろうと、態勢を整えようと必死で踏ん張っていた。
無論、何の意味もない。
- 49: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:07:32.87 ID:PXC8IJCb0
- まるで振り子の球の上にいるかのような不可思議な震動。
内臓までも吐瀉してしまいそうになる。
それと共に、轟音は断続的に、身体の内部までにも響き渡っている。
震度6はあるだろうか……そんなことを、頭の片隅で思う。
やがて、ドガッと何か大きな者が落ちるような音がした。
それ以降も何かが崩れる音、落下する音が相次いで発生する。
それらは密閉されているはずの、
この空間内にまで伝わるほどの巨大な響きを持っていた。
从;゚∀从「なんなんだ!?」
ハインがこの上なく動揺した調子で怒鳴る。
ブーンは返答もできずにただ揺れに耐えようと必死だった。
この建物の崩壊する前兆が見られないのは幸いと言えよう。
(*゚ー゚)「あー……ぁああ」
しぃも、不安げにうめいている。
その震動はまるで永遠であるかのように続き――
そして、まるで一瞬であったかのように停止した。
- 53: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:11:00.16 ID:PXC8IJCb0
- 揺れが収まった後もブーンたちはしばらく動くことが出来なかった。
どれぐらい時間が経過したか――ようやくブーンが足を震わせながら立ち上がって、
ハインに近づく。
(;^ω^)「だ、大丈夫かお?」
从 ゚∀从「……」
(;^ω^)「ハイン?」
从 ゚∀从「あ、あぁ、うん……大丈夫」
扉の前でぼやっと座り込んでしまっているハイン。
しぃは傍に寄り添い、そんなハインを見つめている。
从 ゚∀从「し、しかしデカい揺れだったな」
足取りがおぼついていない。
ブーンが手を貸し、ようやく立ち上がった。
( ^ω^)「外は大丈夫かお……?」
从 ゚∀从「行こうぜ」
彼女は迷わず扉を開いた。
- 57: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:13:22.46 ID:PXC8IJCb0
- 住居を出た瞬間、ブーンは驚きの声をあげた。
そこが、まるで昼間のように明るかったのだ。
まだ朝を告げるサイレンは響いていないし、そんな時間でもない。
地震は昼夜さえも狂わせたのだろうか。
从 ゚∀从「お、おい。あれ……」
ハインの視線の先に、大きな塊があった。
金属製の塊。それはやや地面にめり込んでいる。
从 ゚∀从「なんだ……?」
周囲の住居が崩れた様子は無い。
つまり……。
ブーンは空を見上げた。
灰色の天井の隙間に、微かに緑色が垣間見えた。
( ^ω^)「あれは……空かお……?」
見慣れない色彩。しかし、空以外の何であるというのか。
从 ゚∀从「……あーあ、ついに崩れちまった」
- 58: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:17:08.32 ID:PXC8IJCb0
- 从 ゚∀从「しかし、屋根だとすれば意外と薄いな。
っつーか、なんだ、この線」
よく見ると、確かにその塊からは複数の電線が顔を覗かせている。
殻には電線が張り巡らされていたようだ。
しかし、何を意味しているのか。
表……外側へ露出している部分は白色に塗られていた。
近づいてみると、微かにジジ、と何かを焼くような音が聞こえる。
間違いなく、この屋根には何かが仕込まれているのだ。
今になって気になる。
殻世界が殻世界である由縁とはなんなのだろうかと。
なぜ殻で覆う必要があるのだろうかと。
( ^ω^)「……! そういえば……」
从 ゚∀从「どうした?」
( ^ω^)「崩れかかってる場所は……大丈夫かお?」
从 ゚∀从「!」
先程の轟音の一部はもしやそれなのかもしれない。
いや、それである可能性はかなり高いと言えるだろう。
すぐに見に行きたい気もする。
しかし、もしも余震等々で自分たちの足場も崩されてはたまったものではない。
ここはまだ、その場所から遠いから大丈夫そうだが。
- 60: ◆xh7i0CWaMo :2007/10/09(火) 01:20:36.68 ID:PXC8IJCb0
- 从 ゚∀从「ペニサスとか、大丈夫なんだろうな……
しかし、すげぇな。こんなことが起きても静かだ」
確かに、誰一人として騒いでいる様子はない。
住人たちは皆、朝のサイレンが響くまで起き出さないに違いない。
未だこの世界は正常であるようにも思える。
( ^ω^)「とりあえず、ここに立ってるのは危険だお……
また揺れたりして、デカい塊が落ちてきたら大変だお」
从 ゚∀从「……そう、だな」
だが、そのとき。
『……タダ、イマヨリ……ジュウダイナ……』
鉄塔のスピーカーが、ノイズ混じりの音声を垂れ流し始めた。
・・・
・・
・
第七話「或る夜のプロローグ」終わり
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