( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです
- 5: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:12:09.61 ID:HWPv+YnT0
- 第八話「緩慢で急激な墜落」
『トウガイ……チイキニハ、チカヅカナイヨウ……
マタ……コレニヨ、リ……ダイイチほーる……
……ノシヨ……ウ……ハ
……………………………
…………フカ…………ノウ
……………………………………………………
……モウシワケ……………………
……………………………………………………
………………
…………………………………………
……………………………………
………………………』
ネジのきれかけたオルゴールのようにぎこちない放送が、
ブツッと一際大きな音を最後に、完全に途絶えてしまった。
薄ぼんやりと耳を傾けていたドクオだが、
ふと我に返って未だはっきりとしない頭を左右に激しく振った。
チリチリと膝が痛む。見ると血がにじんでいた。
建物、それとも天井の破片で傷ついたらしい。
しかし、周囲の惨状を鑑みると、その程度で済んだことは僥倖と言えよう。
川 ゚ -゚)「……第一ホール使用不可、か。
これでは、せっかくのカードが意味を持たないな」
あの震動の中。カードだけはきっちりと手放さなかったらしい。
片手で弄びながら、女がこともなげに呟いた。
- 8: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:15:41.88 ID:HWPv+YnT0
- その轟音と激震は突如として彼らを巻き込み、
たちまちその場は阿鼻叫喚の巷と化した。
高い天井は剥がれ落ち、その巨大な破片はビルや地面に落下して砂塵をまきあげる。
粉の雨が、勢い強くドクオたちに降りかかっていた。
何より。
ドクオは眼前にできあがった歪な穴を見遣った。
そこに、隕石ほども巨大な鉄塊が落下し、頑丈と思われた地面をいとも容易く突き破ったのである。
モララーの言っていた崩れやすい場所とはおそらくこの界隈のことだったのだ。
あと少し手前に落ちていたら、今頃自分は完全にすり潰された挽肉となっていただろう。
ようやくその事実を理解して、ドクオは今更震え上がった。
川 ゚ -゚)「これは……」
いつの間にか、隣に女が立っていた。
降りかかった災難など気にする風もなく、
彼女は穴に近づき、首を伸ばしてのぞき込んだ。
川 ゚ -゚)「……面白いな。下がよく見える」
少しも面白く無さそうに言う。つられてドクオも恐る恐るのぞいてみる。
眼下の、意外と近いところにその鉄塊は佇んでいた。
少し勇気を出せば飛び移れそうな距離である。
- 10: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:18:14.58 ID:HWPv+YnT0
- 下の世界がある。
最初の日にモララーがそう言っていた。
鉄塊の隙間から僅かに感じられる光や風景は、
その証明に他ならない。
川 ゚ -゚)「あれは、なんだと思う?」
女が問うた。
冷徹そうに、まるでドクオを試すような口調で。
彼は答えることができなかった。
コミュニケーション能力の欠けた人間にありがちな、だんまりを決め込んだのである。
だが女の方も、ドクオの回答を待つつもりはあまりなかったらしく、
すぐにまた口を開いた。
川 ゚ -゚)「降りてみるか?」
その唐突な提案に、ドクオは目を見張った。
ちょうどよく砕けた鉄塊を頼りに、
その下へ降り立つことが完全に不可能とは言い難い。
川 ゚ -゚)「そうすれば真実が見えるだろうさ。
わたしも、一度見てみたいしな」
- 12: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:21:21.45 ID:HWPv+YnT0
- 相変わらず表情は硬いままで、しかし興味を持っていることが伺える。
そして、命の糧であるカードすら手渡してしまうドクオが、
その提案を断り切れるはずもなかった。
だが、それでも一言だけ抗った。
('A`)「でも……あ、あぶ、危ないん、じゃ……?」
女はしかし、笑って軽く首を傾げた。
川 ゚ -゚)「この世界の命など、どれもくだらないことで消費するためにある。
そうは、思わないか?」
否定出来るはずもなかった。
この世界においての、最上の死を迎えたとしても、
それがドクオたちの居た世界ほどに満ち足りているとは到底思えない。
達成感も幸福感も、悲壮感すらそこには発生しないだろう。
だから、ドクオはそれ以上何も言わなかった。
女は同意を得たものと解して、身軽に鉄塊の上へ飛び移った。
- 13: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:24:41.39 ID:HWPv+YnT0
- とはいえ、意識の同調と実際に行動を起こすことの間には大きな壁が聳えている。
凹凸の激しい斜面を、どこか慣れているように女は下へと降りていく。
一方のドクオは、一歩足を踏み出すたびにバランスを崩し、
転がり落ちそうになりながらようやく踏ん張っているというような風体だ。
それでもやっとのことで途中まで降りて分かったことは、
鉄塊が下の世界の地面に到達しているというわけではないと言うことである。
高度を考えてみれば当然のことだ。
鉄塊は建物の上部に突き刺さっていた。
それも、一際高い塔の上部なのだ。
高所恐怖症でなくとも足が大げさなほどに震える。
しかしここで立ちつくしてしまっていてもどうにもならないと悟って、
ドクオは一気に鉄塊からその下の、塔の最上部へと降り立った。
川 ゚ -゚)「遅い」
一足先に辿り着いていた女が口を尖らせる。
ドクオは何も言えず、ただ周囲を見回した。
塔の屋上であるそこは、ちょうど学校のグラウンドほどの広さがある。
その中央に鉄塊が居座っているといった風情だ。
普段見るものよりも随分高い鉄柵に囲まれている。
展望台だろう、という推測がたつ。
ドクオが今立っている場所からは、下の世界がよく見渡せた。
- 16: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:27:34.06 ID:HWPv+YnT0
- 一望したとき、ドクオは過剰なまでの郷愁を覚えずにはいられなかった。
そこに広がるのは、ついさっきまでドクオが居た無機質な世界とは対を成し、
十数年と心の奥底で感じていた世界とほぼ同じ様相を呈しているのだ。
大小様々で、色鮮やかな建造物。
その間を縫うようにして道路が敷かれ、植えられた街路樹さえ目に留まる。
数年と引き籠もっていたドクオにすら、何もかもが懐かしく感じられた。
ふらふらと歩を進め、いつの間にか縋りつくように鉄柵を手で握りしめていた。
得も言われぬ感傷が、口から不可解な呻きとなって溢れ出る。
なぜこんな場所に来てしまったのだろう。
改めてそんなことを思った。
川 ゚ -゚)「……もう、いいか?」
そんなドクオの一連の行動を見ていた女が溜息混じりに呟いた。
川 ゚ -゚)「ずいぶんと、感動しておられるようだな。
まぁ、お前が種ならそれも当たり前のことか。
でもな。お前は良いところばかりを見過ぎている」
言われてドクオは、女を睨むようにして見返した。
だが彼女はその鋭い視線を軽く受け流した。
川 ゚ -゚)「よく見ろ。動いているものが、何もないだろう?」
- 18: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:30:43.52 ID:HWPv+YnT0
- その通りだった。
この世界にはまだ欠けているものがあるのだ。
彼女のいう動くもの。そして忙しない環境音。
どちらも都市が文化的に機能しているならば欠かすことの出来ない要素だ。
それはしかし、何故だろう。
この街がすでに打ち捨てられ、廃墟と成り果てているのか。
それとも、住人が何らかの理由で絶えてしまったのか。
ここがまだ殻の中であることを考えれば、
後者の方が可能性は高いか。
いずれにせよ、言われるまで気付かなかったことに対して、
ドクオは屈辱にも似た恥ずかしさを覚えた。
川 ゚ -゚)「それだけではない。
ここからだと少しわかりにくいが、下に降りれば別の違和感にも気付く。
この世界は、私たちにとっての桃源郷ではない」
女はそう断言して、彼方の屋内へと続く入り口を指さした。
川 ゚ -゚)「あそこから行ってみよう。
もっと間近で拝んでみたいだろう?」
- 21: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:33:13.65 ID:HWPv+YnT0
- 開け放たれたままの、おそらく自動ドアと思われる扉から中に入る。
薄暗い空間に、下へと続く螺旋階段だけが存在を浮きだたせていた。
螺階を一歩降るたびに高い金属音が鳴る。
どうやら底の方まで吹き抜けになっているらしく、
一度発せられた音は不気味なほど長い残響を生み出した。
川 ゚ -゚)「最先端を行く奴らの施設であるというのに、昇降機もないとはな」
先を行く女が皮肉にしか聞こえない言葉を漏らす。
('A`)「……デケェ階段だな」
ドクオがふと呟いてしまうのも無理はない。
横幅、一段ごとの広さは、それぞれドクオが慣れ親しんでいた階段の倍以上はある。
とても人間のために作られたとは思えない金属製の巨躯が、塔全体を使って蜷局を巻いているのだ。
川 ゚ -゚)「当たり前だ。ここは人間のための施設じゃない」
('A`)「……じゃあ、誰の……?」
川 ゚ -゚)「決まっているだろう。怪物だ。
私たちを蹂躙し尽くした怪物だよ」
- 23: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:36:32.78 ID:HWPv+YnT0
- 川 ゚ -゚)「少し、休憩しよう」
意外にも女がそんな提案をし、ドクオの返事を聞く前にその場所に座り込んだ。
すでに疲労を覚えていたドクオを案じたのではないらしく、
彼女自身も、少しばかり苦しげに肩を上下させている。
どれだけの道程を進んだかわからない。
階段の始まりも終わりも、もう見えなくなってしまっている。
底部には暗澹たる闇が溜まっている。
その中へ徐々に身を投じていく自分たちが、
まるで緩やかに自殺しているかのような錯覚に陥った。
女は何度となく深呼吸をして、息を整えようと努めている。
ヒュウ、ヒュウと掠れた音が彼女の喉の方から吹き出た。
見かけによらず病弱なのだろうか、などと
ドクオは無闇なシンパシーを感じていた。
- 25: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:39:18.20 ID:HWPv+YnT0
- 川 ゚ -゚)「……腹が、減った」
女が切なげな声を出した。
ドクオから拝領したカードを取り出し、恨めしげに眺める。
川 ゚ -゚)「ここ三日ほど何も口にしていないな。
さすがの私も、そろそろ限界が近いかもしれない」
('A`)「そ、それまで、はどうやって生き延びて……?」
同情を欲しがるような響きに誘われ、ドクオは口を挟んだ。
川 ゚ -゚)「ずいぶん前にカードを奪って……まぁ持ち主を殺しただけの話だが。
それで生き延びてきたんだ。
だが、非保護層とやらになって、そのカードは使えなくなってしまった。
……このまま死期が迫ったらまた誰かを襲おうと思っていたとき、
ちょうどお前が通りかかったよ。」
('A`)「……」
川 ゚ -゚)「まぁ、無駄になってしまったが、な」
- 28: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:42:48.77 ID:HWPv+YnT0
- ('A`)「じ、じゃあ、あん、まりう、うご、動かない方が……」
川 ゚ -゚)「さっきも言っただろう。
この世界の命など、くだらないことのために費やすためにあるのだ、と」
その表情に、先刻の勇ましさは少しも感じられない。
疲労に囚われ、纏っていたオーラを剥ぎ取った彼女は、
純粋無垢な少女のような面持ちをドクオに印象づけた。
('A`)「……」
川 ゚ -゚)「まぁもっとも、それは客体的に見た場合の意見だ。
主体的に見れば、また別のかんがえも生まれるだろうな。
想像するのも面倒だが」
言葉を切り、女は立ち上がる。
そしてまた、元通りの歩調で階段を降り始めた。
川 ゚ -゚)「急ごう。
もしかしたら、あと僅かしか時間が残っていないのかもしれない」
- 30: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:45:54.11 ID:HWPv+YnT0
- それからも幾度かの休憩を重ねて、
ようやくドクオたちは塔から脱することが出来た。
('A`)「うぉ……」
淡い光に満ち満ちた街の風景に、
ドクオは驚愕し、嘆いた。
上空からでは感じ取れなかった異質が展開されている。
何もかもが巨大なのだ。
造形的な面では確かに人間たちのための建物であり、道路であるように思える。
しかしそれらは、螺旋階段同様に並外れた大きさを持ち、全てが
まるで巨人の国に迷い込んでしまったかのようだ。
望みが壊れた。
ここはどうやら都市部の中心地点にあたる場所のようだ。
様々なビルが建ち並び、住宅のようなものはこのあたりには見あたらない。
だが無人である以上、それらはただ寂寞を増幅させるのみだ。
- 32: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:48:39.26 ID:HWPv+YnT0
- 女に従い、街の見物を始める。
観察するにつれ、それらから漂う共通の違和感に気付き始めた。
どれも人間が使うには少しばかり不便な出来をしているのだ。
路上に放置されたままの乗り物は、車とは程遠い形状をしているし、
中を覗いてみてもどのように操作すればいいのか一向に理解できなかった。
('A`)「……」
そろそろ、ドクオも感づいていた。
もう、あえて避けることもできないちぐはぐさ。
川 ゚ -゚)「これがこの時代、この世界の現実だ。
言っただろう、支配者はグロテスクな怪物だ」
大木という言葉が似つかわしい街路樹の下で女は立ち止まり、言った。
川 ゚ -゚)「やつらは人間よりも遙かに大きくてな、
知能も人間並みか、それ以上のやつがたくさんいた。
もっとも、ただただ凶暴な奴もいたから殻なんてものが出来たんだが」
('A`)「怪物、怪物……怪物って……なん、なんだよ」
川 ゚ -゚)「ん?」
('A`)「地球は、この、未来は……か、怪物に……
じゃ、じゃあ、人間は……?」
- 33: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:51:35.89 ID:HWPv+YnT0
- 川 ゚ -゚)「滅びた……少なくとも、お前が知るような高尚な種類のはな」
('A`)「そ、そんなはずが……」
ドクオは知らない。何も知らないのだ。
彼の中に常識として存在する定義の中に、人類滅亡などというものはない。
それは当然、非常識や空想にカテゴライズされるべきことなのだ。
故に、さらりと口に出されたところで、信じられるはずがなかった。
論拠となる要素は、揃っているというのに。
川 ゚ -゚)「今残っているのは、上にいる、無気力で自堕落なゴミだけだ。
それも、怪物に飼われているペットにすぎん」
('A`)「……ペット……?」
川 ゚ -゚)「お前は、第一ホールや第二ホールなんていう、
無駄に高機能な施設を、あの輩共に作れると思うか?
誰も使わない図書館や映画館が何故ある?
保護層・非保護層を管理しているのは誰だ?
あの忌々しいサイレンと放送の主は?」
('A`)「……」
川 ゚ -゚)「……全部、怪物だ。
人間という種が今まで生きながらえてきたのは、全て怪物のおかげだったんだよ
しかし……なぜだろう。なぜここにいるはずの怪物はいなくなってしまったんだ?」
- 36: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:54:23.41 ID:HWPv+YnT0
- ('A`)「そ、そんなの、お、おかしいじゃねえか……!」
人が人であるための矜恃。
そんなものを、ドクオは肩に担いでいるように感じた。
だが女は否定する。
川 ゚ -゚)「おかしくはないさ。
過去、永遠と錯覚しそうなほど長きにわたって人間がこの世界を支配していた。
その権利が譲渡されただけの話だ。
怪物は人間を凌駕した。当然の成り行きだ」
('A`)「そ、そのか、怪物が、な、なんで人間を……ほ、保護してるんだよ……」
川 ゚ -゚)「だからペット感覚だ。優越感の表れと言ってもいい」
('A`)「そんなもん!」
ドクオがいよいよもって叫び声をあげた。
響くこともなく、それは空気の中に消え入った。
- 39: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:57:43.71 ID:HWPv+YnT0
- ('A`)「そんなもん……」
川 ゚ -゚)「返す言葉もないだろうな」
('A`)「……」
そんなはなずはない。そんなはずはない。
ドクオは何度も心の中で繰り返す。
しかし、そうしたところで真実が捻れ、心が満たされるわけがない。
あの、退廃的な日々の裏に手に負えないほどの歴史が隠されていたのである。
それらを保ってきた殻は破られた。
これからどうなる。少なくとも。
もう、戻ることはできないだろう。
川 ゚ -゚)「諦めろ。お前もまた、種としての仕事を果たせないまま死んでいく」
('A`)「……」
泣けばいいのか、怒ればいいのか。
目の前の女を、殺せばいいのか、好けばいいのか。
何もわからなくなっていた。
そんな感情のほつれを、
上からくだらないと嘲る自分さえもが存在していた。
- 40: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 22:59:52.54 ID:HWPv+YnT0
- ('A`)「……はは、ねーよ。
ありえねーよ」
やがてドクオは、また自己防衛に走った。
あの少女を追い込んだときと同じだ。
都合の良いように、最も自分が守られる方向に思考を巡らせる。
('A`)「大体お前誰なんだよ……
なんで、なんでそんなこと知ってるんだよ……なぁ。
お前もここで生まれて育ったんだろ?
だったら他の奴らと同じように何も知らないはずじゃねえか!
そうだろ、そうなんだろ?」
女はしばし沈黙した。
ドクオは数瞬、勝利に酔うことができた。
川 ゚ -゚)「私が誰か、か」
女が、ずいとドクオににじり寄った。
川 ゚ -゚)「私を、どこかで見たことはないか?」
ドクオはヒッと小さく息を飲んだ。
女に、出会ったときの威圧感が復活していたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
- 43: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:02:29.99 ID:HWPv+YnT0
- 从 ゚∀从「……冗談じゃねえよ、マジで」
鉄塔から垂れ流された放送に、ハインが吐いた感想である。
彼らは今、再びブーンの部屋に舞い戻っていた。
少なくともここであれば安心であろうという、希望混じりの推測によるものだ。
外から、先程以上の物音は聞こえない。
ひとまず沈静化したようではあるのだが、
いつまた揺れが襲い、天井が崩れ落ちるかなどと考えていると、迂闊に外に出られない。
そのうえで、件の放送内容である。
从 ゚∀从「……つまりあれか。
しばらくメシ抜きってことか」
(;^ω^)「しばらくどころか永久に、かもしれないお」
むしろ、復旧する可能性が考えられない。
この世界の誰が、そのような技術を持っているというのだろう。
考えられるのは放送の主、であるのだが、
その正体を、ホールを利用している人間の誰もが知らないというのだから、皮肉なものである。
- 45: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:05:23.71 ID:HWPv+YnT0
从 ゚∀从「……どうするよ。食料、ゼロだぜ」
そろそろ日付が変わりそうな時刻。
空腹を覚え、食欲が露わになるのも時間の問題だ。
蓄えなど在るはずもない。
从#゚∀从「ま、大多数の人間は、この状況を受け入れて野垂れ死ぬんだろうけどな。
冗談じゃねえや。大体地震ぐらいで一番重要な供給システムが潰れるってどういうことだよ。
ここの技術は進んでるんじゃないのか」
苛立たしげに彼女は不平を言い連ねた。
( ^ω^)「しぃの食料は無事……なのかお」
ブーンがしぃを見つめ、彼女は上目遣いで視線を合わせた。
第二ホールのことは何も伝えられていない。
しかし、絶望であると考えて間違いではないだろう。
もしもこのままの状態が続いてしまえば、待ち受けているものは自ずと明らかだ。
餓死、そしてその前にやって来るであろう自己意識の崩壊。
あまりにも仰々しい。
心の片隅にある余裕の残滓がそう反論するが、
一方で叫びたくなるような焦りが大勢を占めているのだ。
- 47: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:08:24.45 ID:HWPv+YnT0
- それはおそらく、ハインも同様であろう。
まるで自分たちが、くだらない我慢比べをやっているように思えた。
どこかに、先に心を折った方が負けというような感情がある。
从 ゚∀从「これからどうするよ。
何もかもほっぽり出して寝てやりたい気分だが、
さすがに目が冴えちまってて、無理そうだ」
ベッドに寝転がり、虚ろに黒眼を彷徨わせながらハインが言った。
確実に、彼女は現実逃避しようとしている。ブーンはそう思った。
おそらくハインが求めているのは、
あるとは思えない現実的な解決策やシリアスな話題ではない。
他愛もない会話で、現状が風のように消えてしまうことを望んでいるのだ。
ブーンとてしかし、楽観的な姿勢を取ることができるはずもなかった。
急激に身近に感じ始めた死という言葉。
これまで以上に、早急に対処法を見いださなければならない。
だが、そうやって急いてしまえば確実に狂ってしまうだろうという確かな自覚もあった。
結局、舞い降りたのは今までで最も重い闃寂であった。
- 49: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:12:35.46 ID:HWPv+YnT0
- しばらくして、ブーンが根負けしたように口を開いた。
( ^ω^)「ハインは、なんでこの世界が殻に覆われていると思うお?」
从 ゚∀从「……ん」
それはさっきから頭に引っかかっていた疑問である。
この期に及んでやっと気付いたと言うべきか。
破れた殻の隙間から、緑色ながら空が垣間見られた。
つまり、外側にも世界は広がっていると言うことなのだ。
从 ゚∀从「知らねえよ、そんなことさ……」
案の定、ハインは乗り気ではない。
それでも「そう言えば……」と言葉を繋いだ。
从 ゚∀从「あの、偉そうなクソガキが言ってたよな。
得体の知れない化け物が、人間を殺しまくったって。
仮にここが人間たちを保護する空間なら、殻はそれを守っていたんじゃねえの?」
- 51: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:15:19.88 ID:HWPv+YnT0
- その可能性がもっとも高い。
しかしながら。
( ^ω^)「でも、人間たちにこの殻を作るほどの力があったのかお?」
从 ゚∀从「そいつは……うん、無いな。
滅ぼされかけていた種族に、これだけの規模のものは作れない」
( ^ω^)「じゃあ、誰だと?」
从 ゚∀从「知ったことかよ」
ごろり、とハインは壁の方を向いてしまった。
何も事を進められず、思考さえも行き詰まる。
誰かに直接害を与えられたわけでもないのに、万策尽きているのだ。
立っていることがもどかしくなって、ブーンは床の上に転がった。
前触れもなく流れそうになった涙を、なんとか押しとどめる。
从 ゚∀从「せっかく、この世界を気に入り始めたってのになあ」
そんなハインの台詞は、妙に現実的な響きを持っていた。
- 53: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:18:23.48 ID:HWPv+YnT0
- それからのことをブーンも、おそらくハインもよく覚えていない。
ただ、気付いたらブーンは意識をなくしていて、
そんな彼を覚醒させたのは、他ならぬしぃだったのである。
(* ー )「……ん、……ーん」
( -ω-)「お……?」
(*゚ー゚)「ぶーん、ぶーん」
しきりに彼の身体を両手で揺さぶるしぃ。
ブーンは辛うじて目を覚まし、眩しそうな表情でしぃを見遣った。
そしてすぐさま、その事実に気付いたのである。
( ^ω^)「しぃ……今、僕の名前を呼んだかお?」
今まで、かすかに呻くような声を出したり、
鳴いたりしたことはあったが、名前を呼ばれたのは初めてではないだろうか。
確か、モララーも「人間の言葉を、多少ながらしゃべるようになる」とは言っていた。
そして、それが今現出しただけの話だ。
それだけなのに、ブーンはなぜか為体の知れない恐怖を感じずにはいられなかった。
- 56: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:21:42.60 ID:HWPv+YnT0
- (*゚ー゚)「ぶーん、ぶーん」
彼女は彼が起きたのを確認すると、今度は扉の方を指さした。
その顔に、叩き殺される寸前のような鬼気迫る、
そのうえで何も思っていないような乱雑な表情がはりついている。
( ^ω^)「外が、どうかしたのかお?」
声の震えが自分でもよくわかる。
嫌な予感は、予感で止まってなどいないのだ。
それが現実となってブーンを蹂躙するまでに、幾許ほども時間は必要だろうか。
すっかり眠り込んでいたために、どれほど時間が経ったかも分からない。
一秒か、或いは二千年か。
彼はゆっくりと扉の方へ歩いた。
今ここにあるのは、いつもと変わらない日常の風景だ。
しかし、その扉を開いた瞬間に、それが破壊されてしまうことは最早保証された未来なのである。
ブーンの意に反して、扉に手が伸びた。
絶叫を息と一緒に飲み込むと同時に、彼は勢いよくそれを開け放った。
- 58: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:24:28.50 ID:HWPv+YnT0
- 一瞬落ちた静けさの後、空気を震わす咆吼が轟いた。
そこから連鎖的にあちらこちらで発せられる人にあらざるモノの雄叫び。
それはまるで、狂騒の宴のようだ。
しぃが高い声で悲鳴をあげて、ブーンに有り得ないほどの力でしがみついた。
だが彼にも支えてやれるほど心に余地がない。
ずしん、と上空から何かが落下する音が響く。
それはしかし、天井が剥がれ落ちたときのものとは異なる性質であるように聞こえた。
もっと軽く、そして小さなもの。
加えて、それは身近に着地している。
再び唸る怪物。
仄かに鼻腔をくすぐるのは血液の匂い。
ハインの予想はおおむね正解していたと考えて良いだろう。
この殻は、人間たちの平和で退屈な世界を守るために存在していたのだ。
ほぼ無心状態で、ブーンは建物の外まで歩を進めた。
そこから、空を見上げる。
今まさに、亀裂の走った殻を剥がし、中へ落下してこようとする何かが見えた。
それは遠く、何かとしか言いようがない。
明らかなのは、それが人間でないということだけである。
- 59: ◆xh7i0CWaM :2007/11/03(土) 23:27:57.46 ID:HWPv+YnT0
- 低い唸り声が後ろで響いた。
振り返る。
そこにいた。
それを説明するならば、蠍と表現するのが適切であろう。
人間の二倍ほどもある、巨大な蠍である。
尻尾のようなものが天高く伸び、その先端には寒気がするほど鋭い針が備わっている。
無数の脚が、ぞわぞわと一斉に動いた。
紫色の背中から突き出たこぶのようなものに据え付けられている、
拳大ほどもある一つ目がブーンたち二人を確実に捉えた。
瞬間、遂にブーンは口から血を吐かんばかりの絶叫を迸らせた。
・・・
・・
・
第八話「緩慢で急激な墜落」終わり
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