( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです

7: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:14:54.96 ID:+3Alyzmy0
第9話「偉大なる献身」

口の中を苦い唾液が満たす。
両の瞳が色を失っていくのをぼんやりと感じ始める。
そして次の瞬間には怪物に背を向け、無意識のままに地面を思いきり足で蹴っていた。

風を切る音が断続的に鼓膜を揺らす。視界が徐々に霞んでいく。
それでもブーンは、右手にしぃの手をしっかりと握り締め、死に物狂いで走り続けた。

交差点で右に曲がり、また、次の交差点では左に曲がった。
そうして一様に同じ景色を見せつけてくる灰色の街並みを駆け抜けた。
ゾゾゾ、という奇怪な足音が、背後からいつまでも追い縋ってくる。
振り向くまでもなく、怪物は追いかけてきているのだ。

或いは、怪物は見た目ほど速く走れないのかもしれない。
そうであれば、それはブーンたちにとって幸いなことであるが、
それほど肯定的な思考が働くわけがない。



8: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:17:21.81 ID:+3Alyzmy0
狂気的なまでに整然と建物が並べられているこの空間に、ブーンたちの逃げ場所はなかった。
彼らを守るような組織はここには存在しない。警察も、軍隊も。
唯一内部機構と呼ばれる機関があるにはあるのだが、
あのような意義すら見失っているような連中をあてにできるはずもない。

自分の身は自分で守らなければならない。そんな、ある種当たり前の事を今更悟って、
ブーンは更に絶望の深淵へとたたき落とされた。

もう何度目ともわからない角を曲がって、ブーンは息を飲んだ。
そこに別の怪物が、無闇に人間的な両腕で意識を喪失した人間を掴み、
その前頭部に尾の先に備わった鋭い針を差し込んでいたのだ。

ブーンたち二人の気配に気付き、怪物はぎょろ、と拳大の眼球で彼らを睨め付けた。
後ろからは未だ断続的に彼らを追う足音が響いている。
爆発しそうな勢いで心臓を跳ね上がらせながら、ブーンは別の方向へ脚を向けた。

時折、上空から何か重たいものが落下したかのように、地響きが空間を包む。
灰色の空を仰ぐ。世界を覆う殻に走った亀裂を頼りに、
外壁を引き剥がし、中に侵入してこようとする怪物の群れがはっきりと見て取れた。



12: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:21:07.56 ID:+3Alyzmy0
彼らは今まさに、このあまりにも凡々たる平和に満ちた世界に押し入り、
そこに住む存在の意志すら見失った人間を蹂躙し尽くそうとしているのだ。
最早それは虐殺、畜殺でしかない。強者が弱者に対して行う一方的な攻撃であり、強者である証明であった。

被害者になって始めてその救いの無さに気付く。
このまま逃げ続けて、逃げ続けて、そしてどうすればいいというのか。
いずれは殺される。それもさほど遠くない未来に。例えば今、この瞬間に前方から怪物が現れ、
後からも追いつかれてしまえばそれで終いだ。

(*゚ー゚)「ぶーん……?」

しぃの心配げな声に、ブーンは我に返る。いつの間にか彼は走るのをやめ、歩いていた。
怪物から逃れきったと思ったから、という要素もある。
しかしそれ以上に、今逃げてどうするのか。余計に苦しんでどうするのか。
いっそこのまま殺されてしまえばいい。そんな諦観が彼の中に満ち満ちたからであった。

じっとしぃを見つめる。彼女も、ブーンを苦しげに潤んだ両の瞳でしっかりと捉えている。
一瞬、時が停止したような感覚に陥って、しかしその寸陰は再び轟いた咆吼によって打ち破られた。



16: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:23:40.06 ID:+3Alyzmy0
怪物が建造物の影から、不気味にてらてらと輝く鱗を携えて姿を現す。
獲物を追う異形の狩人は、昆虫じみた顔面にある双眸と、こぶの眼球、その三つを使って、
哀れたる小人を逃がすまいと血眼になって探している。

やがてブーンを捕捉したとき、怪物は亡者の呪詛のような唸り声を上げた。

対峙してブーンは、また赤子のように叫喚して、踵を返し、全速力で走り出した。
それは、例えばしぃを守るためなどという正義感や、
諦観という名の、人間としての矜恃のような素晴らしき行動理念からきたものではない。

ただただ、恐ろしい。
怪物という存在が、殻の中という世界が、自己に内在する感情が、死という概念が。
全てに恐怖して、故にブーンは逃げるのである。

さほど時間の経ってない過去を思い出す。
しぃをダストホールから救い出したとき。ブーンは彼女の表情に魅せられたからこそ、
モララーに向かって叫んだのだった。しかし、本当に理由はそれだけだったか。
「お前さあ、何がしたいの?」そんなハインの台詞がまざまざと思い返された。



17: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:26:26.11 ID:+3Alyzmy0
思考の針も状況の針も負の方向に振り切ってしまっている。
再び怪物の視界から外れた事を確認して、ブーンは他の建造物よりも平たい、
所謂ホールの一つと思われる場所に逃げ込んだ。

電気供給が絶たれてしまっているのか、中は薄暗い。
中央に、奥まで続く廊下が見えた。その両端を壁が隔てているということはつまり、
ここは他のホールのように大広間があるのではなく、
少なくとも二つ以上の部屋に分けられているという事だろう。

(  ω )「大丈夫かお、しぃ」

(*゚ー゚)「……」

ヒュウヒュウと喉を鳴らしながらしぃは、しかし気丈に首肯した。
とりあえず、ここに隠れ潜むにしても、入り口に突っ立っているのは危険すぎる。
ブーンはしぃを従え、恐る恐る奥へと進む事にした。

ブーンの予想通り、このホールはいくつかの個室に区切られていた。
その部屋にも、部屋の隅にベッドが置かれ、そしてそのベッドには、
不可思議な形をした巨大な機械が設置されている。



19: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:29:46.57 ID:+3Alyzmy0
病院ではないだろうか、しばらく部屋を眺めていて、ブーンはそう思い当たった。
部屋一つ一つが病室で、設置されている機械は、おそらく自動治療器具か何か。
この世界の先進技術ならば、おそらく造作もない事なのだろう。
問題は誰がそれらを設計、開発したかということなのだが。

一番奥の部屋に入り、ブーンは思わず小さな叫び声をあげた。
そこに、三人の人間がいたのだ。一人はベッドの上に仰臥しており、
後の二人は壁際に俯いて座り込んでいる。
ブーンたちが足音立てて入ってきても、誰一人反応しなかった。

(;^ω^)「あ、あの」

鼓動を抑えながら、声を出してみる。僅かに反響して、返事は無い。
ベッドの傍に座り込んでいるのは、髪の長さから考えて女性のようだ。
彼らが何をしているのか、ブーンにはまったく予想できなかった。

しかし、ベッドに近づき、そこに寝ている男の額に円形の穴が開いている事に気付いて、
ようやくブーンは悟った。悟って、ヒィと息を飲んだ。
それと同時、仰臥する男の喉元が真っ二つに裂け、肉片と共に繊毛を帯びた脚が飛び出した。



22: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:33:50.88 ID:+3Alyzmy0
その亀裂は男の腹部にまで至り、そうしてそこから得体の知れぬ物体が何とか這い出ようともがいている。
映画館の少年が言っていた。怪物が殺した人間も、怪物に変貌する、と。
腐敗したような血液の臭気が周囲に漂う。
ブーンは腰を抜かしそうになるのをなんとかこらえて、後ずさった。

変化はベッドの上の男にだけ起こったものではない。
壁際の二人の後頭部からも、怪物が皮膚を破って脚を出し、そしてその脚を器用に使って、
母体である人間の身体を裂いていく。骨の欠片であったり、内臓の一部であったりが、飛び散る。
赤黒い液体はブーンに足下にまで届いていた。

数分もせず、そこには人間に寄生していた小型の怪物が三体、
外に出られた喜びを噛み締めるかのように、キィキィと高音で喚いていた。
抜け殻となった三人は、もう人間の形をとどめてはおらず、ただ血生臭い残骸として転がっている。

その光景を目の当たりにして、ブーンはその場を動く事ができなかった。
狂ったように首を左右に振って、激しく呼吸をするのみである。
やがて一体の怪物がブーンに気付き、蠍のように反り返った尾をうねらせながら接近しはじめる。

そのとき、つと、ブーンを守るかのように、誰かが彼の前に立ちふさがった。
しぃである。彼女は両手を左右に目一杯広げ、ブーンを守ろうとしていた。



23: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:36:44.94 ID:+3Alyzmy0
( ゜ω゜)「しぃ……?」

情けないほど弱々しい声を出す。しぃに守られようとは思いもしなかった。
いや、彼女にそのような本能が備わっているとさえ考えていなかった。
彼女は、自分が守らなければならない。そういう正義への欲望が今なお続いていた。
そんな欲望さえ、今や自己同一性の大半を占めるようになってしまっていた。
生きる事を、アイデンティティーの存在と定義づけるならば、彼はもう死に直面している。

怪物がしぃに飛びかかろうとしたその刹那、ブーンはしぃの手を取り、出口に向かって駆け出した。
彼女は自分が守らなければならない。
そうしなければ生きていけない。そうしなければ、生きていけない。

病院を出て、更に走る。ともかく安全な場所を探さなければならなかった。
ブーンにせよ、おそらくしぃにせよもう体力は限界点にまで到達してしまっている。
このまま路上で朽ち果てるよりは、どこかに隠れた方が幾分ましだろう。

しかしそこがもう、先程のように襲撃されてしまっている可能性も否定できない。
事実、生まれたばかりと思われる怪物の幼体にも幾度か遭遇した。



26: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:39:13.71 ID:+3Alyzmy0
今まで一度も使った事の無かったエレベーターを使い、最上階へ向かう。
そして廊下の一番奥に向かって、ようやく腰を落ち着けた。
その瞬間、途轍もない嘔吐欲がこみ上げてきたが、何とか飲み込む。

(*゚ー゚)「ぶーん、ぶーん、だいじょうぶ? 大丈夫?」

( ´ω`)「大丈夫、大丈夫だお。全然、全然大丈夫……」

これからどうすればいいのか。最早どうしようもなくなってしまった。
元の世界へ帰るなどとは夢のまた夢。それどころか、住居に戻れるかどうかさえ怪しい。
そういえばハインを置いてきてしまった。今になってようやく思い出す自分を責めながら、
他方で仕方がなかったのだ、と言い訳する事も忘れない。

第一ホールは使えなくなってしまっている。つまり食料を得る事は出来ない。
どの道を辿るにせよ、程遠くない場所に待ちかまえているのは死のみである。
唐突に訪れた空腹感に苛みながら、ブーンは二度目の諦観をした。



29: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:41:39.93 ID:+3Alyzmy0
(*゚ー゚)「大丈夫、大丈夫……ちっちゃいのは、だいじょうぶ」

( ´ω`)「お?」

(*゚ー゚)「ちっちゃいのは、だいじょうぶ。あたし、が死んだら、それで、けほ、おしまいになる。
     大きいのはだめ……一人、じゃおしまいにならない。あきらめよう、あきら、めよう」

しぃが咳き込みながら紡ぐ言葉を、ブーンは沈黙して聞いた。
ぎこちなくはあるが、はっきり自分の意志を持って彼女は話している。
所謂オウムのような類とは違うのだ。彼女は言語能力そのものを覚えたというのだろうか。
それに。

( ^ω^)「そんなこと、なんで知ってるんだお……?」

今の言葉は、そもそも怪物のことを知らなければ発せられない。
この殻の中にいる限り、そのようなことはわからないはずだった。
まるでそれは、彼女の中に原初的に存在していた記憶であるかのようだ。



30: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:44:38.01 ID:+3Alyzmy0
(*゚ー゚)「おしえられた……そういう、ふうに教え、けほ、られた。オトナを守るために、おしえ、られた。
     ……ぶーんは」

( ^ω^)「?」

(*゚ー゚)「ぶーんはいま、怖がっているよ」

不意にしぃがブーンの胸の辺りに頬をすり寄せた。
そうして、座り込んでいるブーンの背中に腕を回し、彼に身体を埋めるようにして抱き締める。
突然の事にブーンはどうすることもできず、ただ子猫のようにじゃれつく彼女を見下ろす。

(*゚ー゚)「怖がってるなら、抱いて、いい、
     みんな、こわがってると、き。けほ。すごいおかしなかおしてあたしを抱いたよ。
     だから、ぶーんも、だいていいよ」

それらの、彼女の記憶の残滓はまるで刃のようにブーンの脳髄に突き刺さった。
そうして、やがてブーンがそれらの意味を解したとき、彼の両目から取り止めもない涙が溢れだした。


―――――――――――――――――――――――――――――



31: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:46:15.86 ID:+3Alyzmy0
(;'A`)「……」

ドクオは時折、不安そうに天上を見上げる。
尋常とはとても思えないような地鳴りが響いてくるのだ。
砂塵のようなものも降ってきているような気がする。

彼とクーは、変わらず下の世界で歩を進めていた。
何を見るわけでもない。観光や散歩といえば聞こえがいいが、実際それほど悠長にしてもいられない。
相変わらず、誰とも遭遇する事はなかった。
この空間の、全ての生物がある日突然神隠しにあったかのようにまったくの無人である。

川 ゚ -゚)「ここに入ろうか」

クーの提案に、示す方向を振り向くと、そこには六階建てほどの巨大な建造物。
どうやらショッピングセンターか何かの類のようだ。
ショーウインドウに、衣類らしき奇怪な形をした幾つかの製品が展示されている。



33: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:49:49.10 ID:+3Alyzmy0
クーの顔を密かに眺めると、彼女が相当疲労している事が伺えた。
それにしても疲れやすい体質のようだ。それも、異常なほどに。
ドクオは沈黙して同意した。少しは疲れていたし、建物の中にも興味を持ち始めていたからだ。

クーに続いて、開け放たれたままの自動ドアから中に入る。
まず、天井が無闇に高い事が目についた。そしてそこ蛍光灯は設置されておらず、
しかし天井全体が薄ぼんやりとした明かりを供給している。
それはドクオに、この世界に最初に来たときに突っ立っていた部屋を彷彿とさせた。

一階は、どうやら衣料品売り場が展開されているようだったが、
やはりどれも人間のためにつくられたとは思えないものばかりだった。
どのようにして着用するのかも分からず、ゆえにドクオはクーが言うクーのいう、
「グロテスクな怪物」について、その姿を想像する事も出来ない。

川 ゚ -゚)「……どうする、上に行くか、下に行くか」

若干息切れしながら、クーがドクオに尋ねた。
彼女にしては珍しい事だ。ここに来るまで全て彼女が独断でドクオを引き回していたというのに。
過度に疲れ果てたため、判断基準さえ委ねてしまおうとしているのだろうか。



34: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:51:32.01 ID:+3Alyzmy0
('A`)「あ……あ、あの、つ、つかれて、るんじゃ……」

ドクオが怖ず怖ずと進言すると、クーは事も無げに頷いた。

川 ゚ -゚)「そうだな、もうそろそろ死ぬのかも知れない」

('A`)「そ、そんな……」

更に言い募ろうするが、クーは彼を眼光鋭く見遣った。
「何度も言わせるな」。そう、無言で命令しているかのように見えた。
ドクオが口を噤むと、彼女は先に、停止してしまっている下りのエスカレーターに足を乗せた。

まさにそのとき、何の前触れもなく、彼女の左腕から何かがどさり、と落ちた。

('A`)「ああっ……」

ドクオの表情がみるみるうちに青ざめていく。
彼女の左腕から落ちたのは、他ならぬ左腕そのものだったのだから。



35: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:55:17.15 ID:+3Alyzmy0
それはまるで藁でできていたかのように、余りにもあっけなく、取れて落ちた。
乾いた血の欠片が散らばる。しかし液体は流れ出なかった。
衣服の下に隠れていた彼女の腕は、もう完全に壊死してしまっていたのだろう。

川 ゚ -゚)「……ああ。さっき崖を降りたとき、もうちぎれかけていたからな」

小さく溜息をついて、クーはそれを右腕で拾い上げた。
彼女は少しも悲しまず、驚いてさえいないようだった。
気違いじみたその冷徹さに、ドクオは恐怖を覚えずにいられない。

川 ゚ -゚)「何をしている、はやく行くぞ」

ドクオは泣きそうになりながら、しかしそれでも彼女に逆らう事が出来ず、
涙目で何度も頷きながら、彼女の後をついていった。

一段ごとの幅がやけに広いエスカレーターを降りていくとまず、
巨大なプラスチック製らしきカゴが幾重にも積み重ねられているのが見えた。
どうやら食料品売り場らしいとドクオは予想し、続いて現れた光景に、
その予想はいとも簡単に裏切られてしまった。



37: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 22:57:52.35 ID:+3Alyzmy0
緑と紫を混ぜたような色の鱗。
その持ち主である怪物が今、この地階のフロア全体に敷き詰められているのだ。
どれも、寸々たりとも動かず、つまりそれら全てが死体である事がわかる。
死臭のようなモノは漂ってこないが、それがかえって不気味さを増長させていた。

川 ゚ -゚)「これは……」

さすがのクーも驚いたらしく、言葉を失ってしまっている。
とりあえずエスカレーターを最後まで降りきってはみたものの、
そこで二人が出来る事など何もなかった。
ドクオは初めて見る、巨大蠍のような怪物をおっかなびっくり観察する。
腕のあたりが無闇に人間らしい形状をしているのがあまりにも気持ち悪い。

('A`)「あ……」

ドクオは背中のこぶについた眼球を見つけ、身を震わせて後ずさったが、
それが最早完全に白濁し、機能を失ってしまっている事を悟ってやや安堵する。

川 ゚ -゚)「何か、病気のようなものだろうな。兵器でも傷つかない奴らがやられる理由は、
     おそらくそれ以外考えられないだろう。そしてここは……共同墓地といったところか?」



40: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:00:49.92 ID:+3Alyzmy0
そのとき、フロア中に濁りきった声が響き渡った。

「そこにいるのはだれだあ?」

ハッと二人は振り向いた。
整然と並べられた死体のうちの一つが、口を開いたのである。
正確に言えば、それは死んでいなかった。
無数の脚を動かし、こちらへと近づいてきている。

川 ゚ -゚)「くるな!」

クーが力の限り叫んだ。ドクオは完全に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまっている。
怪物は、クーの言葉にあっさりと従って、その場で足を止めた。
そして、背中の眼球で二人を凝視する。その眼球も白く濁っていた。

<○>「こんなところに、なあんでヒトがいるんだあ?」

('A`)「あ、あ……あ、あぁ……」

<○>「ああ、だいじょうぶ、だいじょうぶだあ。おれ、おまえらを取って食ったりしねえからな」



41: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:03:33.46 ID:+3Alyzmy0
がらがらとした声は聞き取りにくいが、それでも何を言っているかはなんとか理解できる。
どこか弱気な口調であり、しかしクーは憎悪の念をたぎらせてその怪物を威嚇し続けた。

川 ゚ -゚)「嘘をつくなよ。貴様らが私たちにどれだけの仕打ちをしたか。
     どれだけの人を殺したか。どれだけの人が死んでいったか。
     全部お前らのせいだ。わかっているんだろうな?」

<○>「なあんでお前、今でもそんなこと……まあいいやあ。
     それはそうだ。ごめんよお、おれたちの先祖はヒトに悪いことしたなあ。
     でも、それはとっくの昔までの話でさあ。おれたちはヒトと共存していくんだよお。
     現に、この殻の中にヒト専用の空間をつくっただろお?
     まあ、でもそれももう終いだなあ。おれたちはみんな、みいんな死んじまったんだ」

川 ゚ -゚)「この街の怪物は全滅したようだな。いい気味だ」

<○>「そうだよお。たぶんおれが最後さあ。それにおれも、ほうら、目玉がにごってるだろお?
     これが病気の印なんだあ。だからもうすぐ死んじゃうと思ってなあ。
     仲間もみいんなここに集めたし、おれも一緒にねむっちまおうって思って
     本当はもっとちゃんとしたとこがいいんだけど、ここには、余分な場所がないからなあ」



43: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:05:37.48 ID:+3Alyzmy0
川 ゚ -゚)「……」

ドクオはそれを傍で聞いていた。
そもそもこのような怪物が人語を解し、話す事自体が謎すぎる。
しかし同時に、クーの話が真実であったのだという事を確認できた。

そして、ここはやはり怪物が築き上げた墓場らしい。
この怪物が一人で……いや、他にも生き残りはいただろう……死体を集めたに違いない。
だからこそ、街路には倒れているモノもおらず、一体もいなかったというわけだ。

<○>「おめえ、腕が取れているじゃないかあ、だいじょうぶなのかあ?」

川 ゚ -゚)「怪物に心配される謂われもないな。行くぞ、ドクオ」

クーは未だへたっているドクオを軽蔑の目で見下ろし、そしてさっさと踵を返した。
ドクオは少々驚き、それは怪物にとっても同様だったらしく、

<○>「お、おい、もう行っちゃうのかあ?」

と慌てて呼び止めようとした。



45: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:08:29.16 ID:+3Alyzmy0
川 ゚ -゚)「これほどつまらんとは思わなかった。怪物がいれば一矢報いようとも考えたが、
     死に損ないを殺しても面白くない」

<○>「……お前、ペットだろお? なんでお前がそんなに、ヒトをかばうんだあ?」

その言葉に吃驚したのはドクオだった。
すぐさましぃを思い浮かべる。ペットは、しゃべる存在ではなかったはずだ。
確かに、モララーが言葉を覚えるというようなことを言っていたような気もするが、
ここまで饒舌になるよう、成長するのだろうか。
確か、寿命を迎えてしまっていたしぃは一切言葉を発しなかったはずだが。

川 ゚ -゚)「私も人間だ。それ以上の理由が必要か?」

<○>「ヒトはペットに酷い事してたそうじゃないかあ。それに……」

川 ゚ -゚)「五月蠅い、ドクオ、行くぞ」

クーは怪物の言葉を早々に遮って、先を行こうとする。
しかしそのとき、初めてドクオは彼女に抗った。



46: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:10:49.53 ID:+3Alyzmy0
('A`)「お、俺たち……人間は、人間はどど、どうなった、んですか。
    な、なんでこんな……末路、を」

<○>「……そうさなあ」

怪物はゆっくりと話し始める。
遠い昔、自分たちの先祖が人間を殺し、繁栄するようになった事を。

<○>「……最初はみいんな、キチガイだったんだなあ。
     なあんにも考えずに、ただただヒトを殺してばっかりだった。
     でもそのうち、ヒトから生まれるからだろうなあ、知恵を持つ奴も現れたんだ。
     そういう奴らは、ヒトみたいな進化を望んだんだよお。
     長い、ながあい時間が必要だったみたいだよお、そして遂に、知恵を持つ奴らだけの、
     平和な社会が生まれたんだなあ」



47: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:13:23.05 ID:+3Alyzmy0
川 ゚ -゚)「嘘をつくなと言った。だったら……」

<○>「ところが、それも長くは続かなかったんだなあ。
     なぜなら、知恵を持たない奴が生き残っていたからさあ。
     そいつらはたびたび知恵を持つ者の世界を襲った。子孫を残すため、
     わずかに残っていたヒトを取って殺したりもしていたそうだあ。
     そういう、戦争はそれもまたながあく続いたんだあ。
     それに辟易した、おれたちの少し前の人たちが提案したそうだあ。
     殻に覆われた世界をつくって、閉じこもろう。そしてもう知恵を持たない奴と、
     交わらないようにしようってなあ」

川 ゚ -゚)「そうして殻世界が誕生した……か。そして?」

<○>「そのとき、ヒトをどうしようかって議論がもちあがってなあ。
     このまま野放しにしておくと絶滅しちゃうかもしれないってなったんだよお。
     我々に次ぐ知的生物を絶滅させるのはかわいそうってさあ。
     だから、一緒に殻の中に入れちゃおうってなったのさあ。
     そこで人間達を集めたんだけど、予想以上に抵抗されちゃってなあ。
     仕方ないからちょっとした手術をして……」



48: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:16:04.35 ID:+3Alyzmy0

('A`)「し、手術?」

<○>「元々ヒトがやってたやつ……確かロボトミーだったかなあ。それの応用さあ。
     それを使って、ヒトをより扱いやすいよう改造したんだよお。
     あとは、人間が快適に生活できるような空間をつくりあげて……」

共存するようになった……そう締めくくって、怪物の話は終わった。
しばしの沈黙が流れた。ドクオはどう反応すればいいかわからなかった。
あまりにも幻想的、フィクションらしいストーリーだ。
しかし、そのようなプロセスを踏みでもしなければこの状況が生まれないことぐらいはわかる。

クーもしばらくは何も言わなかったが、やがてつかつかと怪物に歩み寄った。
そして、右手で拳をつくり、怪物の顔面にめり込ませた。
どす、と鈍い音がした。一向に効いていないらしく、怪物は不思議そうな表情をつくりばかりだ。
むしろクーのほうに痛みは響いたらしく。彼女は苦々しく顔を歪ませた。



49: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:19:00.16 ID:+3Alyzmy0
川 ゚ -゚)「ふざけたことを……、そんな残虐なことをしておいて、
     自分達は平和を愛しているかのように気取るとはな。ダブルスタンダードもいいところだ。
     カス野郎が」

<○>「でも、でもな、仕方がなかったんだよお。
     それに、お前達人間が逆の立場に立っても、多分おんなじことをしていたと思うぞお」

その理論に、ドクオは妙に納得していた。
それが、下等生物に対する扱いなのだろう。
この怪物は上位の生き物として、人間達を自分たちに適するよう処理しただけなのだ。

<○>「まあ、今となっては取り返しのつかないことさなあ」

怪物は孤独感を漂わせながら、どこか虚ろにそう言った。

―――――――――――――――――――――――――――――



52: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:25:33.98 ID:+3Alyzmy0
('、`*川「……」

もういやだもういやだもういやだもういやだ。
なんで私がこんな目にあわなければならないの。私が何をしたっていうの。
ジョルジュくんは……なんで私を助けてくれないの。

怪物から逃げまどいながら、ペニサスはしきりに何かを責め立てた。
狂い笑い泣き怒って、そしてまた狂いそうになる。

地震が起こったかと思えば、上空から襲ってきた怪物。
彼らは一様に彼女を捕らえようと迫ってくる。
それらから逃げ続け、さすがにもう疲労困憊してしまっていた。

座り込む。怪物の姿を見つける。また走る。その過程を幾度繰り返した事か。
足取りおぼつかなくなった彼女は、いつしか一つのホールの前にいた。

迷いもせずそこに入る。怪物が、後から迫ってくるのが見えたからだ。



53: ◆xh7i0CWaMo :2008/02/18(月) 23:30:48.00 ID:+3Alyzmy0
しかしそこにも逃げ場は無かった。
中はどうやら図書館らしく、本棚がいくつかあり、床には本が散乱している。

迫り来る怪物。身を隠すような場所はない。逃げなければならない。
一握り残った、少なくとも正常といえる生存本能だけが働いていた。

ふと壁を見た。そこに光明があった。
本棚で隠されていたのではないかと思われるような場所に、一つ鉄扉が存在していた。

その扉が今、開いている。

・・・

・・



第九話「偉大なる献身」おしまい。



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