( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです

6: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:25:53.79 ID:BmVAMNI10
第十話「孤人たち」

从 ゚∀从「……ッ!」

覚醒すると同時に、ハインは反射的に飛び起きた。
慌てた風で辺りを見渡す。背中を汗がつたい、奇妙な寒気がした。
それから、両腕で自分自身を密やかに抱き締めた。溜息が零れる。

从 ゚∀从「あぁ」

虚ろに呟き、やがて腕をほどいた。
そこは変わらぬ殻世界の空間だった。今の彼女にとっては、それが何より安堵の要素となり得る。
彼女はただ悪夢に苛んでいたのだ。それは彼女の精神の根幹を貪るような、
耐え難き悪夢である。やがて彼女は自分の女々しさを嘲笑した。

从 ゚∀从「ったく、こんな時に限って訳わかんねえ夢を見るんだからな」

こんな時。そう口にしてからようやく、周囲の異変に彼女は気付いた。
もう一度周囲を見回す。だが、この複数人が同居するにはやや狭い一室に、
ブーンやしぃの姿はどこにも見あたらなかった。

ハインはベッドから降り、立ち上がって逡巡する。
彼らが消えた事、それ自体はさしたる問題ではない。
むしろ、彼らが何故消えてしまったのかというその理由の方が懸念すべき事項である。
遂に何かが発生したのか。そうだとして、自分は置いていかれてしまったのか。

从 ゚∀从「俺はお荷物だった、ってか」

天井を見上げる。あまりの静寂は世界の終末さえ感じさせた。



9: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:29:16.95 ID:BmVAMNI10
この閉塞空間で思考を巡らせてばかりいても仕方がない。
平和的に保護されたここは、外部の状況が全く知れないという弱点に晒されている。
ともかく外に出なければならなかった。

孤独であるが故の寂寞は微塵も感じず、むしろ身軽になったように思えた。
大体、この世界に来るまで、自己決定を優先させてきたのだからそれも当然だろう。
ハインを守る者は誰もおらず、またその必要もなかった。
強いわけではない。野垂れ死ぬ可能性は常に付きまとう。

ハインはただ平然と扉に向かう。そうして、躊躇する事もなくそれを開いた。
外に出て、最初に感じたのはやはり静穏だった。だが、しばらくして遠方からの衝撃音が鼓膜に届く。
住居から抜け出てまず目についたのが崩れたコンクリート片。
そこら中に散乱しており、一種の瓦礫の山を形成していた。

周囲の建造物は、それぞれどこか欠けて崩れ落ちている。
先程の地震では、ここまでの被害は無かったというのに。

見上げれば殻が破れて緑と紫が不協和的に交じった空が露出している。

紫が交じり始めたのは日没のせいか、日の出のせいか。或いは太陽など存在しないのか。
それはハインにとってさしたる問題でなく、むしろ壊れた殻の端々に群がり、そこから次々と落下している、
謎の物体の方が深刻であった。

从 ゚∀从「なんだぁ、ありゃ」

まるで他人事のように言って、ハインはしばらくその降下を眺めていた。
やがて、そんな冷めた視線でしか見つめていなかった自分を危惧し、どうしようもなくて笑みを浮かべた。
おかしい、寝ぼけているためか、どうもいつものように頭が冴えない。



13: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:32:20.44 ID:BmVAMNI10
だが、それは遠目から確認できる程度で、ハインには今のところ関係のない事柄だった。
現に、直上の空には最早コンクリート片さえほとんど残っておらず、物体の気配は感じられない。
いや、周りの惨状から察するに、もうこのあたりは蹂躙され尽くした跡なのだろうか。
だとすれば随分素早い仕事だ。確かに、この世界の住人は無闇に無力だが。

从 ゚∀从「……」

人影は見えない。さてどうしたものかと考える。
外敵が襲いかかってくるならば、おそらく安全地帯であろう、住居に引き籠もっておくのも手だ。
だがそうしたところでいつまで保つだろう。ホールが破壊された現在、
そのまま生き延びる事は不可能に近い。
だからといって、逃げ場があるのかといえば、これもまた疑問だ。

しかし、そういえばモララーが言っていた。下の世界が存在すると。
時間稼ぎにもならないだろうが、そこに逃げ込めるならば逃げ込むのも一つの手段である。
これほどの被害が出ているならば、もしや脆弱な足場は崩れきっているのではないか。

そこまで考えて、ハインは行動目的を決定した。
とりあえず逃げてみよう。しかし途中で敵に出くわしては話にならない。
慎重な行動が要された。

歩き出してみる。およそ遠くからの衝撃で、時折地面が小刻みに震えた。
整然たる街並みは、それゆえに恐怖心を増幅させ、それでもハインは笑い声をあげた。
他人に配慮せず、自分の意志で動くことができるという喜びだ。

从 ゚∀从「楽しいねえ、素晴らしいねえ」



15: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:36:14.82 ID:BmVAMNI10
音や振動が伝わってくる方向から逃げることばかりを考え、だがそれは成功の様相を呈している。
謎の物体に遭遇することもなく、ハインは順調に歩を進めることができた。
だが、鈍い赤色に塗れた物体を発見したときには、彼女は思わず足を止めた。

地面に横たわるそれは、どうも人の形をしているようであったが、まるで空気を抜いた風船のように、
皮膚だけが取り残されているのである。
つまるところ、本来そこにあるべき臓物や血管といった類のものがすべからく抜き取られているのだ。
まるで中身だけが、皮膚を脱いで出て行ってしまったかの状況。
現に、背中と思しき部分が大きく裂けている。

髪の長さから考えて、どうやら女性らしかった。とはいえ、知っている人物ではなさそうだ。
ハインは皮肉めいた表情を浮かべて、
その、最早人と呼ぶことすら躊躇われる物体に向かって手を合わせた。
そして同時に、かの少年の言を思い出していた。

从 ゚∀从「こういうことねえ」

少年は、怪物は人間を襲って、その人間をも怪物に変貌させると言っていた。
この残留物は、所謂抜け殻といったところであろう。
中身は怪物と成り果て、どこかへ消えてしまったのだ。
SF映画あたりによくありそうな設定である。

从 ゚∀从「……死ぬわけじゃ、ないんだな」

そんな安心を、ハインは図らずも得ていた。
例え襲われても死ぬのではなく、怪物として生存し続ける。
その怪物が確固たる自己であるかは甚だ疑問であるが、何にせよ生きていられるだけ僥倖である。

ハインにとっては、死ななければそれでいいのだ。
大体、過去の世界に於いても、彼女は人並みに生きていたわけではなかったのだから。



16: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:38:45.65 ID:BmVAMNI10
そういった『抜け殻』に注視すれば、そこかしこに散見する事が出来た。
生者には一人として出会わない。いつしかハインの鼓膜には、
自身の足音しか響かなくなってしまっていた。

やがて彼女は整列した建造物群を抜けて、やや開けた場所へとたどり着いた。
目の前には階段があり、その上には、ホールと同じような造りをした、
だがそれよりもややスケールの大きい、平屋建ての建物が目の前に鎮座している。
そうだ、ここは役所だ――ハインはすぐに思い当たった。

この世界に舞い降りたとき、最初に立った場所。それがこの役所にある一室だった。
意外と早い原点回帰だ。何も得られずに戻ってきてしまった事だけが悔やまれる。
異なる世界に生きて、少しでも成長できたかと問われれば答えは否であった。
これでは、場末のジュブナイル小説としても成立しない。

ただただ日々は空虚に過ぎていた。出会いはあったが、それが一体何をもたらしたというのだろう。
独りだから、思考が降下の一途を辿るのだろうか。いや、本来の性分がこうなのだ。

後退する事は憚られ、ハインに残された手段は階段を上る事だけであった。
溜息をつき、一段目に足をかける。
今気付いた事は、どうやらこの役所が、殻状空間において最も端に位置するという事であった。
逃げるにせよ、ここで行き止まりなのである。左右を見ると、何やら倉庫らしき建物が散見できた。

从 ゚∀从「ここでまた、収穫と」

階段を上りきって、彼女は自動ドアの前に立つ。



20: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:42:04.36 ID:BmVAMNI10
( ・∀・)「おや」

カウンターに、モララーが座っていた。彼と会うのはこれで、三度目か。

从 ゚∀从「また、奇遇だな」

( ・∀・)「奇遇も、二度目になると何か作為的なものを感じますねえ。
      あるいは、私たちは何者かの手によって操られているのでしょうか」

从 ゚∀从「そうだとしたら、ソイツにちっとも面白くねえと怒鳴ってやりたいな」

ハインがせせら笑って周囲を眺望する。
彼以外に人がいる気配は無かった。そもそも初めて来たときも、ここには三人しかいなかったのだから、
あまり人手を必要としないのかも知れない。

从 ゚∀从「しょぼんとか言ったっけ、あいつはどうした?」

( ・∀・)「あちらに……」

モララーは後ろの方を指さすが、やはりそこに誰かいる風は無い。

( ・∀・)「……皮だけ残ってます」

从 ゚∀从「なんだ、もうここは襲われてたのか。よく助かったな」

( ・∀・)「ほら、貴方たちが出てきた部屋があるでしょう? あの前で少し居眠りをしていたのです。
      そうして、気付いてこちらに来たときは、もう事後でしたよ」



22: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:45:05.74 ID:BmVAMNI10
从 ゚∀从「へえ。なんでまた、あそこに居たんだ? 俺らが来たってことは、
      もうお前の役目は終わったんだろう?」

( ・∀・)「慣れ親しんでいるからか、あの場所は妙に落ち着くんですよねえ。
      それに、私の役目は完全に終わったわけでは無かったのですよ」

一呼吸おいて、モララーは更に言い募る。

( ・∀・)「確かに種はこの世界にやって来ました。しかし種はいずれ育たねばなりません。
      貴方たちにそういった点で種と言うには論拠が乏しく、
      つまり本当に貴方たちが種であるかが極めて怪しいのですよ」

从 ゚∀从「……俺たちが、不完全だと?」

( ・∀・)「ですが仕方の無い事なのです。貴方たちとてただの人間のようですし、
      何よりたった四人でどうにかなるのであるほど事態が容易いとは到底思えない」

確かにそうだ。ハイン含め、四人は別に戦隊ヒーローでも無ければ、
そもそも正義の味方ですらない。大体ブーン以外は何かしら病的な要素を抱えているわけで、
そんな連中に、この世界に概念として存在する『種』などという役目を果たせるわけがないのだ。

从 ゚∀从「随分饒舌だな」

( ・∀・)「そうでしょうか。何せ暇なものでして」



25: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:48:19.47 ID:BmVAMNI10
从 ゚∀从「そういえばお前はここで何をしている?
      さっさと逃げた方がいいんじゃねえのか」

( ・∀・)「受付係も、しょぼんさんもいなくなってしまいました。この上私までいなくなったら、
      誰かが訪れたときに困ってしまうではないですか」

モララーは平然とそう答え、ハインはただ呆れかえるより他なかった。

从 ゚∀从「……お前の常識はよくわからん」

( ・∀・)「それはお互い様というものですよ。私にだって、貴方たちの常識などはかり知れません。
      あれは、確か最初の日でしたか。貴方のお連れの方が、ペットを必死に擁していた」

ブーンのことだろう。『お連れの方』という表現はいささか違う気がするが。

( ・∀・)「あんなもの、私たちの世界では考えられない事ですからね。
      ですがむしろ、種であるのだということを一層感じましたよ」

从 ゚∀从「悪かったな、役立たずで」

( ・∀・)「いえいえ……それに、こうなってしまってはもう、どうしようもありませんからね」

モララーはそう言い切って沈黙した。つられてハインも黙り込んだ。
言葉が無くなると、この空間もやたら静寂しきっていた。



27: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:51:39.61 ID:BmVAMNI10
しばらく、ハインは役所の中をぐるぐると徘徊した。
ここにいてもただ手持ち無沙汰だ。だが、出て行ってもやはり手持ち無沙汰なのだ。

从 ゚∀从「なんでこんなところに来たんだろうなあ」

ハインがここに来たところで、何も変わらなかった。
それはこの世界にとっても、ハイン自身にとっても、である。自分の存在はあまりにも無意味だった。
殻世界は変わらず虚ろなままであり続け、今こうして定められたかのように崩壊している。

全てが最初から設定されていたかのようだ、それほどにハインたちは無意味なのだ。
何が『種』だ。ただの劣弱な人間だというのに。
モララーは口をつぐんだままである。そんな彼に、ハインは思い出したように尋ねた。

从 ゚∀从「お前、怪物のことは知っていたのか?」

( ・∀・)「ある程度は教えられましたねえ。私たちにはもう関係のない、
      古代の産物であるというような説明で」

モララーが朗々と語り出す。
怪物には二種類いて、それを簡単に分類するならば、知識を持つか否かである。
知識を持つ怪物は賢く、文明を築き上げた。
そして、知識を持たぬ怪物と幾度となく争いを起こした。
やがて知識を持たぬ怪物は滅びてしまった。そうして、世に安穏が訪れた……。

( ・∀・)「ですがこの状況を見る限り、それらは捏造だったようです」



29: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:54:35.60 ID:BmVAMNI10
从 ゚∀从「今襲ってきているのは知識を持たない怪物だと」

( ・∀・)「そう考えるのが妥当じゃないですかねえ。
      というか、怪物という呼び名では無いと思いますよ。具体的には教えられませんでしたが。
      しかしまぁ、何故捏造された知識などを教え込まれたのでしょう。
      こうして、たった少し天井が剥がれるだけで事実は明るみに出てしまうのに」

从 ゚∀从「そりゃあお前、その教育システムか何かをつくったのが当の本人だからだろうさ。
      自己顕示欲のために自分たちのことを教えずにはいられない、
      でも本当の史実は恥ずかしい。
      だから捏造するんだろうよ、高等生物の阿呆が考えそうなことだ」

( ・∀・)「そんなものですか」

从 ゚∀从「そんなものだ、まあ、お前の常識じゃ分からないだろうが」

「ええ、さっぱり」とモララーは頷いた。何か面白くなく、ハインは彼から視線をそらした。

( ・∀・)「貴方も、何か捏造していますか?」

从 ゚∀从「いや、俺はそもそも誰にも身の上は教えちゃいない。
      教えてドン引きされても困るしな」

( ・∀・)「じこ、けんじよくというものは無いのですか?」

从 ゚∀从「聞きたいか?」

( ・∀・)「何せ暇ですからね」



30: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:56:44.19 ID:BmVAMNI10
从 ゚∀从「っても、そんなに大したことじゃねえよ。俺には戸籍がない。
      まぁ、この世界で言えばあの番号ってやつかな。
      俺は、自分の存在を他人に認められていなかったんだよ」

( ・∀・)「それは、随分困りそうなモノですがね」

从 ゚∀从「ところが、だ。そんな俺を育てるキチガイがいたんだよな。
      俺は少し前までそいつのところにいたよ。
      だが奴は、あくまで俺を自分だけのモノにしたかったらしくてな。
      ずうっと閉じこめられっぱなしだったよ」

そういった身分の人間は、ハイン以外にももう一人いた。
年は同じぐらいで、名前は努めて忘れる事にしたので覚えていない。
ハインは軟禁されたまま、その男の元で育てられた。
人並み以上の教育も施されたおかげで、無駄な知識は豊富に身についた。

時が過ぎて、ハインは普通ならば中学生というところの年齢にまで成長した。
この頃になると、当然反抗期に入る事になる。
ハインは主人である男に反抗を始めた。
そればかりではない。ハインは教育のおかげで世の中の事を無闇に知ってしまった。

世に出たいと思った。自由に生きたいと思った。
だがかの男はそれを許さず、常に反逆的な態度をとるハインに逆上した。

男の虐待が始まる。それは暴力ばかりでなく、性的なものにまで及んだ。
被害を受けるのはハインだけではない。当然もう一人の少女にもである。
それでもハインは反抗をやめなかった、男の虐待は日々エスカレートした。
ある日、ハインは背中に「雌豚」と大きな焼き印を押された。



33: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 22:59:16.52 ID:BmVAMNI10
いずれ殺されるであろう事を、ハインは察知していた。
それまでにどうにか逃げ出さなければならない。
ここまで来てもまだ、男はハインが自分に従順である可能性を持っていると考えていたようだった。

しばらく、ハインは以前のようにおとなしく振る舞った。
男は安心し、元通りに優しく接するようになった。
それについて、ハインはもう一人の少女にも説得を試みていた。

彼女は反抗する事は一度もなく、だがしかし被虐的な立場にばかり立たされていた。
それでも彼女は最初、ハインの行動をあまりよしとは思っていないようだ。
「何故そこまで従っていられるのか」と、ハインはたびたび彼女に疑問を投げかけた。
「バカだから」とその度に少女は答えた。

男が完全に油断しきったところで、ハインは遂に決行する事にした。
その日、男を殺して少女と共に逃げ出す……その手はずだった。
だが、土壇場で少女が裏切った。裏切りという表現が正しいのかはわからない、
ただ、彼女は「行かない」と宣言した。

そうなってしまっては、ハインにとって少女はあまりに足手まといだった。
だが失敗すればどうなるかわからない。必ず逃走せねばならないのだ。

从 ゚∀从「で、殺したよ、二人とも」

少女を殺したのは男の盾になられては困るからという意味もあった。
だが、それよりも何かどうしようもない憎悪の方が大きかったのだろう。
彼女はあまりにもバカだった。素直すぎてバカすぎた。

男を殺し、ハインは街へ飛び出した。
だが、そんなところで、何も身寄りを持たぬハインが生活できるわけがなかった。
思いつく手段と言えば、テレビで見た援助交際ぐらいである。



35: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:02:04.54 ID:BmVAMNI10
一度手にした自由を手放したくなかった。
一人で生きていくためには、それぐらい仕方ないとも考えた。
繁華街で待っていれば、そういったことを目当てとする大人はいくらでも見つかる。
そうしてハインは食いつなぐ事にした。

ある日、いつものようにハインは客を捕まえた。
そしてその時、彼女は世界から忽然と姿を消した。

从 ゚∀从「そんな顛末」

ハインが話し終えると、モララーはしばらくキョトンとした表情で彼女を眺めていた。
しばらくして彼は、「難しいですね」とだけ呟いた。

从 ゚∀从「ああ、この世界じゃ考えられないな」

( ・∀・)「殺した事に、後悔は無いのですか?」

从 ゚∀从「……さあねえ。よくわかんねえよ。あの時はああするしか無いと考えていた。
      今も大体そう思ってるが……正しいかどうかは知らん」

( ・∀・)「まぁ、私が物言える事でも無さそうです」

从 ゚∀从「……話しがいの無い奴だな」

口ではそう言っておき、一方でハインは安堵していた。
無駄に突っ込まれても困るし、今更同情されたくもない事柄なのだ。
それでも話してしまったのはやはり、自己顕示欲故なのだろう。



37: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:04:39.24 ID:BmVAMNI10
( ・∀・)「しかし、気の毒ですね」

从 ゚∀从「うん?」

( ・∀・)「せっかく自由を手にしたのに、こうしてまた種として拘束されてしまったわけですから」

皮肉にしか聞こえないが、おそらくモララーはそういう意味で言ったのでは無いだろう。
そもそも彼には、自由という概念がいまいち理解できないらしい。
まぁ仕方のない事ではある。この世界に、正常たる自由などどこにも無いのだから。

从 ゚∀从「まぁ、そうかなあ。でもよ、年食ったらそのうち身体も売れなくなるわけよ。
      そうなりゃ今みたいに生きてはいけない。
      結局野垂れ死ぬんだからなあ、結末としちゃ大して変わらないんじゃないか」

ハインが投げやり気味にそう言った時、ふと、小さな衝撃が地面から足に伝わった。
二人は沈黙して耳をすませる。遠くの方から、徐々に轟音が近づいてきていた。

从 ゚∀从「また、戻ってきたらしいな」

( ・∀・)「この世界を隅々まで歩き回ったんでしょうかねえ」

冷静に会話する。今更焦燥には駆られなかった。
どうしようもない。見つかれば殺される。
見つからなくても、ホールが機能しないのだからそのうち死ぬ。



42: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:08:08.51 ID:BmVAMNI10

从 ゚∀从「あいつらに襲われても、完全に死ぬってわけじゃないよな」

( ・∀・)「それはどういうことです?」

ハインはモララーに、かの少年に聞いた事をそのまま告げる。
即ち、怪物は人間を、人間として殺し、怪物として生かすのだと。

( ・∀・)「……それが、どうしたというのです?」

从 ゚∀从「わかんねえか? 怪物として生きれば、おそらく自由だぜ。
      知識を持たなくなるからその分、な」

( ・∀・)「……」

从 ゚∀从「どうせ死ぬなら怪物として生きるのも手段の一つだ。
      そう、思わないか」

ハインは冷笑し、モララーは異常者を見る目つきをした。
轟音と震動は未だ接近し続けている。

―――――――――――――――――――――――――――――



46: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:10:32.98 ID:BmVAMNI10
扉の向こうに、下の方へと続く緩やかな階段が存在していた。
怪物はすでに背後にまで迫ってきている。ペニサスに選択は与えられなかった。
血を吐くように絶叫しながら、彼女は鉄扉の向こう側に暗闇に飛び込んだ。

ペニサスにとってはあまりにも不幸すぎる事に、
その通路は怪物が通るにも十分なほどの幅が確保されている。
ゆえにまったく安心などできるわけもなく、事実怪物は彼女の後を追い、階段に脚をかけていた。
図書館から入る僅かな光を怪物の巨大な影が遮るのを視認し、
ペニサスはもう振り向かずに疾走を続けた。

通路は完全に闇というわけではなく、視界は僅かながらに利いていた。
しかし現在のペニサスがその感覚を駆使する事など不可能であり、彼女は何度も躓き、転びそうになる。
そのたびに彼女は怒り狂うように顔を歪ませて立ち上がり、嘔吐欲をこらえながら再び駆ける。

階段が終わって、今度はまっすぐ彼方まで伸びる一本道を彼女は走る。
その道は永遠のように思えた。耳鳴りのように鼓膜を震わせる怪物の叫声が、
もはや幻聴か現実かさえもわからない。
あまつさえ、自分が今何をしているのかさえ曖昧に頭の中で混濁し始めていた。

その中で彼女は、ただ一つ確固たる事実を掴んでいた。
即ち彼女は、どうしようもなく孤独なのだ。



57: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:12:52.08 ID:BmVAMNI10
荒い息づかいとともに種々の記憶が吐き出された。
ジョルジュに関する記憶。彼女が今まで大切にしてきた、恋する人の一挙手一投足。
喜び、幸福、微笑み、それら全てが態度を翻し、コバルトブルーに染められていった。
それと同時に気付く。嗚呼、私は愛されていなかったのだ、と。

電波に汚染されていた彼女の脳内領域が、不幸にも正常化しつつあった。
最後に刻まれたジョルジュの表情、今まではそれさえ、恋慕の表情と受け取っていた。
本当のそれは、怒りに満ち、憎しみに溢れていたというのに。
彼のことを知り尽くしていると思っていた。それと同時に、彼も全てを知ってくれているはずだった。
そんな確信や、一度も揺らぐ事のなかった愛情は、築き上げた時間にはあまりにも程遠い速度で瓦解した。

('、`*川「あぁ……」

罪悪感に塗れた吐息が零れた。なぜ私は今まで気付かなかったのだろう。
絶対的な危機に身を投ずる事で初めて気付いた事実、真理。
幸せはどこにも存在せず、あるとすればそれはペニサス自身の狂い具合のみだ。

自分は脳内に出来上がった桃色の花畑で酔い痴れる蛆虫だった。
迷惑をかえりみないストーカーだった、精神異常者だった、ゴミクズだった。
ジョルジュ君の恋人では、無かった。

怪物の足音は断続的に聞こえていた。
身体が大きいためか、通れるにしてもそれほど速く走る事は出来ないようで、
先程よりは少しばかり距離を離す事ができたようだ。

そしてペニサスは、静かに逃走の足を止めた。



67: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:14:32.38 ID:BmVAMNI10
途端に猛烈な内臓の蠕動を感じて、彼女は通路に向かって盛大に吐瀉した。
ほとんど透明な液体が彼女の内部を次々と逆流し、付近に激しい水音が響いた。
そうして吐き散らしながら、ペニサスはまともな頭で考えた――屑には似合った姿だ。

足音は徐々に大きくなり、ペニサスはそれを待っていた。
やがてその姿が闇の中から露わになったとき、彼女は歓喜の笑みを輝かせた。

彼女を視界に捕らえたとき、怪物は躊躇するように、彼女と距離をおいて立ち止まる。
急に態度を変えた彼女を警戒しているようだった。
そんな怪物に対して、彼女は平和的な態度で両手を精一杯広げる。
そして、極めて晴れやかに叫んだ。

('、`*川「殺してよ」

それは贖罪であり、彼女自身最期の幸福の追求であった。
ジョルジュに対していくら謝罪しても足らないだろう、死ですら足りるかわからない。
だがそうするしか無かった。少なくとも、ペニサスは死を逃れる権利を持たない。

そしてまた、それこそがペニサスにとって最大の悦楽であった。
ジョルジュには愛されておらず、また自分を蛆虫だと自覚しても、
それでもなお彼の事を愛して止まないのだ。

('、`*川「私が死ねばジョルジュくんは喜んでくれるもの、それが幸せなんだあ。
     だからはやく、殺してよ」



73: ◆xh7i0CWaMo :2008/04/22(火) 23:16:02.05 ID:BmVAMNI10
その叫びを、怪物が正確に解するはずもなかったが、
それらはしかし警戒心を解いてペニサスに接近し始めた。
彼女は目を閉じ、足音を聞く。聞きながらジョルジュのことを思うに徹した。

('、`*川「ごめんね、ごめんね。わたし、なんにも気づけなかったよ。
     ジョルジュくん、嫌がってたんだよね、こんな馬鹿なわたしを、嫌がってたんだよね。
     なんで気づけなかったんだろう、それなのにわたし、なんてことしちゃってたんだろう。
     わたしのそばにジョルジュくんはいないんだよね、いないんだよね。いないんだよね……
     ごめんね、わたしもう死んじゃうからね、あんしんしてよ、もういなくなるから、ね。
     ね、わらってよ。あたしこれから殺されちゃうから、わらってよ。
     ゴミクズみたいな私をわらってよ、おもしろいよ、おもしろいから。ね?
     ジョルジュくんだいすきだよ、ごめんね、だいすきでごめんね。
     こんなすとーかーおんな、わらってください、お願いします。お願いします。
     お願い……します」

瞬間、ペニサスの身体が軽々と持ち上げられ、その額に怪物の尾についた針が突き刺さった。
彼女は一瞬硬直し、それから恍惚とした表情を浮かべ、数秒後には無表情になって床に投げ出された。

怪物はしばらくペニサスを眺めていた。
やがてその背中が割れ、中から血液に濡れた五十センチ程の怪物が這いだしてくるのを確認すると、
安心したように背中についた目をいちど瞬かせ、振り返って通路を引き返し始めた。

後に放り出されたペニサスの死体、いや、怪物の抜け殻は、驚くほど滑稽な姿を晒していた。

・・・

・・


第十話「孤人たち」終わり



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