( ゚∀゚)ジョルジュはバトンを渡すようです

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:28:21.53 ID:CsoimlSv0




次の記憶は長かった。
何か、三ヶ月分くらいの記憶を過ごし続けていた。

その中で何度か想いが重なることはあったけれど、今までのようにそれで自分を制御出来るようにはならなかった。
どうにも今度は取り戻すべき記憶に、自分で気づかなければいけないらしい。

ある日の教室。
いつものように別のクラスからやって来たしぃが、俺を見て驚いた声を上げる。

(*゚ー゚)「ええ! 携帯電話買ったの!?」

( ゚∀゚)「……なんだ、俺は携帯電話も使えないほどの古代人だと思われてたのか?」

(*゚ー゚)「私とあなたとデレで携帯電話使わない三国同盟だったのに!」

( ゚∀゚)「すまんが、デレも買ってしまったな。悪いが俺たちは三国協商側に移らせてもらうぜ」

(*゚ー゚)「ガーン! えっと、立場が弱くなったので仏伊協商を結びませう」

( ゚∀゚)「ロンドン秘密条約もな」

(*゚ー゚)「ひど! それじゃあ三国同盟が崩壊するじゃないのよ!」



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:30:29.85 ID:CsoimlSv0

良く分からない三国同盟、終了。

今現在、この場にデレという優秀なツッコミ役がいないので、終わりどころを誤ると話が進まん。
今のでさえ互いに次の会話へのつなぎに悩んでいるし。

そんな中会話を推し進めるのはいつもしぃの仕事だった。

(*゚ー゚)「でも急よね? 何かあったの?」

( ゚∀゚)「ああ、デレがね、みんなが持っているから私も欲しいって言い出して一緒に買いに行った」

(*゚ー゚)「へぇ……みんなが持っているから、ね」

しぃは何か微笑ましいモノでも見るように笑った。
確かに、デレは変わり始めている。

あの日以来、本当に少しずつではあるけれど、デレは他のクラスメート達と話すようになって、
少しずつ相手に自分を出せるようになって来た。

俺がいなくても、誰かと話せるようになった。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:31:46.50 ID:CsoimlSv0

……なんだか感慨深いものがある。

嬉しさ半分、寂しさ半分。
成長した娘を見る父親の心境ってのはこういうもんだろうか?

そんな俺を見る、ニヤついた笑みのしぃ。

(*゚ー゚)「今なら私と付き合えるかしら?」

( ゚∀゚)「……アホ抜かせ」

……


(*゚ー゚)「それでさ、運動会の学年対抗リレー、そっちは誰が出るのよ?」

そっちが本題だったようだ。
しかし、それくらいちょっと先生に聞いたり何なりすればすぐに分かることだ。

と、いうことはすでにある程度の予測が付いていて、俺に聞きに来たのだろう。

勿体付ける様子もなく、俺は即答していた。



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:33:24.03 ID:CsoimlSv0

( ゚∀゚)「俺だ、VIP中のはぐれメタルと呼ばれていた俺を甘く見るんじゃないぞ」

(*゚ー゚)「はぐれメタルって柄でもないでしょうに」

( ゚∀゚)「安心しろ、ファミコン版のドラクエ2仕様だからな」

(*゚ー゚)「なるほど、HPが四十くらいあるのよね。それでいて経験値が千ちょっととかいうアレ」

( ゚∀゚)「ああ、そうだな。ちなみに言っておくが、デレはFF7でいうところのイン&ヤンだな」

(*゚ー゚)「攻撃動作が異常に長いアレよね」

なんでそんな詳しいんだお前は。

まぁ、自慢ではないが俺は運動は出来るほうである。
その分勉強は人並み以下なのだけれども。

それの逆を行っているのがデレ。
勉強はとても出来るけど、正直運動神経は皆無に等しい。



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:35:07.61 ID:CsoimlSv0

ん、そういや、運動と言えば……。

( ゚∀゚)「お前はどうなんだよ」

(*゚ー゚)「勿論私も出るわよ、私だってVIP二中の赤い彗星と呼ばれた女よ」

( ゚∀゚)「さいですか」

(*゚ー゚)「さいなのです」

そっか、やっぱり運動出来たんだなしぃって。
勉強も出来るらしいし、何気に完璧超人じゃねえか。

何はともあれ、これで俺と彼女は同じチームのメンバーということになるわけだ。

彼女はそのまま手を差し伸べて俺に握手を求めた……と思ったら、その手には何故かトランプ。

(*゚ー゚)「やっぱり、こういう上下関係はしっかりしないとねって私は思うのよ」

( ゚∀゚)「……勝負は?」

(*゚ー゚)「ブラックジャックの一本勝負。負けたら一日語尾に『にゃんぴー☆』と付ける」

( ゚∀゚)「OK」

……





71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:38:02.04 ID:CsoimlSv0

しばらく経って、どこかに行っていたらしいデレが戻ってくる。

彼女は少し慌てた様子で、それでいてどこか喜んでいるような表情で俺たちの所まで走って来ていた。
いったい何をそんなに慌てているのだろう?

ζ(゚ー゚*ζ「今回の学年対抗リレーにジョルジュとしぃが出るの!? 凄いね!」

(*゚ー゚)「……デレ、それはもう時代遅れな話題よ。ちょっと前に終了しちゃったにゃんぴー☆」

ζ(゚ー゚*ζ「……はい?」

ちなみにしぃは三枚連続で絵札を引き当てて敗北した。
二枚の時点で止めておけばいいものの、無用な勝負心は敗北を誘うということが分からないらしい。

それを鼻で笑っている俺は、そのままデレに言った。

( ゚∀゚)「でも恥ずかしいからあまりデカイ声援しないでよにゃんぴー☆」

ζ(゚ー゚*;ζ 「えっ、えええええええええええええええええええ!?」

人の事を笑えないんだけどね。



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:39:41.25 ID:CsoimlSv0



運動会当日。
学年対抗リレーの俺は第一走者だった。

周りから聞こえてくる声援に比例して鳴り響く心臓の高鳴り、流石にこういう場面では俺も緊張してしまう。

しかし、今の心臓は緊張とは違う原因で高鳴っているようにも感じられた。
それは、そう、身体が何かを急かしているようにも感じられた。

まぁ、しばらくはどうせ記憶の通りに身体が勝手に動いてくれるのだ。
ならば俺はこの異常について考えるのに集中していれば良い。

そう思った瞬間、スタートのピストルが鳴り響いた。

一斉に鼓膜を揺らす足音。俺の視界の中に前を走る他の学年の走者が見える。

あれ?

俺、今、走っていない?

そこでようやく気づいたのだ。
今この身体は自分の意思で動かすことが出来るということに。

( ゚∀゚)「……ああ、そうか」

そうだったそうだった、前に俺自身が理解していたことじゃないか。



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:41:01.78 ID:CsoimlSv0

――――取り戻すべき記憶に、俺自身が気づかなければならない。
 
自らの意思で、記憶を取り戻すために、俺自身が走り出さなければならないと。

他の走者とは大分遅れて、俺はスタートした。
身体の調子は、今までにないくらいの最高潮だった。

軽い、軽すぎる。

この調子ならばスタートの出遅れくらいは、大したことのないハンデだ。
あまりの速さに、視界がブレ始める。

速さのため? 違う、それは違う。
俺の視界の端にはまだ見ぬ記憶が見え隠れしているじゃないか、これもまた走馬灯だ。

俺が走馬灯の中を駆け巡り、生死をさまよう『今』に近づいている、何よりの証拠。

走れ、走れ。

そしてその手に握り締めているバトンを、次の走者に渡すのだ。

それが、今の俺に課せられた役目なのだから。



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:42:36.81 ID:CsoimlSv0

( ゚∀゚)「はぁ、ハァ――――ッ!」

走れば走るほど、呼吸が荒くなって、苦しくなって来る。
走れば走るほど、全身が燃えているかのように熱くなる。
走れば走るほど、身体の中の内臓が冷たくなって来る。
走れば走るほど、視界が明滅していく。

だけど、止まれない。
止まることなんて出来るわけがない。
こんなに楽しかった日常を、止めることなんて今の俺には考えられない。

一際大きな歓声が響き渡る。
どうやら、いつの間にか他の走者を抜いていたらしく、俺の目には他の学年の待機中の走者。

そしてスタンバイしているウチの学年の走者がいた。

第二走者、しぃ。

……コイツに渡すのか。まぁ、一番適役ではあるよな。

( ゚∀゚)「しぃ!!」

(*゚ー゚)「オッケー!」

彼女は笑みを浮かべながら、俺からのバトンを受け取ってくれた。

そしてそのまま走り出す。



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:43:36.49 ID:CsoimlSv0


ζ(゚ー゚*ζ 「しぃ――――ッ! 頑張れ――――ッ!!」


声援が聞こえた。
一際大きな声だ。

周りの応援団とかが呆気に取られて一瞬応援を停止させてしまうほどに。

ばーか、あまり大きな声で応援するなって、言ったじゃないか。
俺が言うことを完全に無視して、自分のやりたいことをしっかりと貫き通して……一人で、頑張ったじゃねえか。

うん、もう大丈夫だ。

そろそろ俺も季節外れの海に向かわなければいけない。


……





83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:45:18.18 ID:CsoimlSv0



そして、俺は『今』へ戻る。
残り少ない時間で、すべきことを為すために。

今まで俺が旅してきた過去の日常は、多分、一瞬にも満たない短い時間の出来事。
頭の中で起きた、夢のような出来事だ。

だけど、俺はそれでしっかりと記憶を取り戻した。
そして、最後に得る記憶は、もっとも最初に近い記憶。

一人の小さな女の子が泣いていた。

両親を失った悲しみに耐え切れずに、一人でずっとずっと泣いていた。

傍に一人の小さな男の子がいた。

彼は、その女の子に何をして良いか分からずに、ただ彼女の傍にずっとずっと立っていた。
 
俺は――――確か、この時に誓ったんだと思う。

今この子は一人になってしまったから、俺がこの子の傍に居てあげようって、自分自身に約束したのだ。

(  ∀ )「そっか……。あれは、俺自身との、約束、だったのか」

視界は暗転する。
けれど脳裏には、ゴールラインに立って、バトンを持っている俺の姿があった。



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:46:51.88 ID:CsoimlSv0

(*;ー;)「ねぇ! ジョルジュ! ちょっとしっかりしなさいよ! ねぇ! ねぇってば!」

声で、目覚めた。
全身に走るは死ぬほどに激しい痛覚。
その身体は血の海の中に沈んでいるってことに、今初めて俺は気づいた。

……全部思い出した。

俺達三人は季節外れの海へ行ったんだ。
名目は『リレー優勝記念』だったと思う。

その途中でデレを置いて、しぃと飲み物を買いに行って、横断歩道を渡っていたら車が突っ込んできた。

俺は無我夢中でしぃを押し出して、轢かれた。
その衝撃で、記憶を失っていたらしい。

つまるところ、俺を揺さぶって声をかけてくれてるのは一緒にいた、しぃだったのだ。

彼女は初めて見せるような、泣き顔で必死に俺に向けて怒鳴る。

だけど、その顔は今の俺の視界には上手く捉えられないし、声を聞き取るので精一杯で、言葉を返すことも出来ない。



89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:48:40.86 ID:CsoimlSv0

(*;ー;)「死なないでよ! デレとずっと一緒にいるんでしょ!? そう言ったわよね!」

うん、そうだ。
それが俺の役割だ、だからこそ俺は失った記憶を取り戻したのだから。

……やらなきゃ、最後の役目を果たさなきゃ。


全身は貫かれるように痛いけど、腕や足は自分の物ではないように動かないけれど。
心臓があり得ないスピードで鳴っているけど、冷たくて冷たくて今にも死んでしまいそうだけど。
死にたくなくて死にたくなくて泣きたいけど、コイツらと別れることがとてもつもなく辛いけれど。

それでも。

自分との約束だから、役目は果たさないと。



92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:50:13.60 ID:CsoimlSv0

(  ∀ )「……ぐ」

(*;ー;)「ジョルジュ!? ねぇ、大丈夫よね! 絶対に、絶対にいなくなったりしないわよね!?」

右手を、動かす。
一ミリ動くごとに、自分の中の大切な何かが千切れるようなブツンブツンという音が鳴るけれど、気にしない。
鳴る毎に身体の機能が見るからに減っていくけれど、もうどうでも良い。

バトンを――――彼女の目の前に差し出す。

俺が握り締めていたモノは、携帯電話だった。
デレと一緒に買った、デレとお揃いの携帯電話。

これがバトン代わりか、そう考えると何か面白いなぁ、なんて考えてしまう。

今、しぃがどんな表情をしているかも分からない。

笑ってはいないのだろう。

出来れば、笑っていて欲しいのだけど。

(*;ー;)「何……? これがどうしたのよ? ねぇ、何か言ってよ! それじゃないと何も分からないよ!」


(  ∀ )「譲る……から」



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:52:27.95 ID:CsoimlSv0

(*;ー;)「……え?」

言葉は、思った以上にスルスルと口から出た。
もしかしたら俺がそう思い込んでいるだけかもしれないけど、それでも良い。

このバトンを次の走者に渡せれば、俺はそれで良い。

( ゚∀゚)「デレと一緒に居る役目……お前、欲しいって言ってたろ?
     ……お前に、任せるから」

(*;ー;)「……!」

( ゚∀゚)「頼む……これだけはちゃんとしないと、俺、死んでもまた出てきちゃうかもしれないから」

冗談めかして笑ってみせる、つもりだったけど、表情は上手く動かない。
しぃは顔を俯かせて、俺の手を携帯電話ごと両手で包み込んだ。

それは俺の意図を察してくれたのだろうか?
それとも、ただそうしてくれているだけなのだろうか?

どちらにせよ……嬉しい。ありがとう。



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:53:56.52 ID:CsoimlSv0

彼女は、喉からどうにか搾り出したような声で、言う。

(*゚ー゚)「……そんなの、私はずっと一緒に受け持っていると思ってたのよ」

( ゚∀゚)「……え?」

(*゚ー゚)「デレと一緒に居る役目は、私とあなたで一緒に受け持っていられるって思ってたの。
     知らなかった?」

一瞬晴れた視界で見れば彼女の顔は、笑顔だった。
涙を堪えるような無理矢理と笑顔だったけれども、それでも胸に染み渡るような素敵な笑顔。

……そっか、しぃは、いつものように別れようとしてくれているのか。

じゃあ、俺もいつものように答えないと。

( ゚∀゚)「……さい、ですか」

(*;ー;)「さいなの、です」

しぃのその言葉を最後に、俺の視界が沈む。

暗闇に沈んでいく。



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 11:55:27.68 ID:CsoimlSv0

落ちていく最中に見えるは、走馬灯とは逆の、デレとしぃの未来の幻想だった。

ああ、ちゃんと笑えてるか。
すぐには無理でも、いつか笑える日は必ず来るみたいだ。

そして、最期に流れるは真の走馬灯。

それはとても楽しくて、とても悲しくて、とても辛くて、とても面白くて、とても愉快で、

――――とても大切な思い出。

誰かに譲ることなんて考えられない想いと、何よりも叶えたかった願いが込められた思い出。

うん、最後に確認できて良かった。


(  ∀ )「やっぱり俺は……幸せだったな……」



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/26(日) 12:04:45.29 ID:CsoimlSv0


――――…


俺の視線の先には、美しい衣装を纏った花嫁の姿があった。

本当に幸せそうに、皆から祝福され頬を赤く染めている。

「幸せになれよ。俺の分までさ」

そう、呟く。
だが、言葉は届かない。

わかっていても、言わせてくれよ。
これを言ったら、俺もちゃんと逝けるからさ。



             「大好きだ」


花嫁が、はっとしたように俺の方を見る。

そこには、立派な向日葵が空を見上げていた。



fin



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