('A`)ドクオと( ^ω^)ブーンが旅行をするようです

11: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:29:15.95 ID:+VNBmjT30
第16幕:名古屋


 午前8時ごろ。
 この時間になると、日本の都市と言う都市が朝のまどろみからすっかり醒め、本格的に1日の活動を開始する。
 都市にとっては大動脈とも言われる公共交通機関はフル稼働し、眠っている間に休ませておいた血球を都市の隅々にまで行き渡らせる。

 オフィス街にはビルが乱立し、人々がそこに大挙して群がる様子は、さながら海綿に吸い込まれる液体のようだ。表面積ばかりが
大きくなり、取り込むだけ取り込んで、取り込みすぎると溢れる。
 夜になると、都市は限界まで取り込んだ液体を堰を切ったように放出する。ここでも大動脈はフル稼働だ。
夜はラッシュの時間帯が分散されるぶん、朝よりも負担は軽い。だが、大動脈が「大静脈」になることは無い。
郊外のベッドタウンが大都市の心臓部なのか、はたまた人が住むような環境ではないオフィス街が心臓部なのか、
一口では言えないからだ。



15: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:32:11.04 ID:+VNBmjT30

 午前9時45分のことだ。
 博多発東京行きのぞみ2号が、サラリーマンが多く待つ名古屋駅の14番ホームに滑り込んだ。
 ドアが開くと、土曜日だと言うのに、地味なスーツを着たサラリーマンたちがどっとプラットホームに
降り立った。彼らはみな、改札口へと向かう階段へ洪水のように押し寄せる。
 新幹線が停車してから、ものの1分も経たないうちに階段は人の流れでいっぱいになった。
 皆が皆、同じような服装で我先にと階段を小走りで駆け下りる。折角の土曜日だと言うのに、彼らの心中には余裕がない。
人の流れに、時間の流れに、ただただ自分の身を委ねている。
 まるで、毎朝同じ時間にセットされた目覚まし時計の様だ。
 そこには、ただただ時間通りに「動く」事だけが求められる。
 彼らには、自己としてのまともな意志らしい意志は無い。



16: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:33:15.87 ID:+VNBmjT30
 新幹線は乗客を全て吐き出してしまうと、プラットホームでじっと待っていたサラリーマンたちを取り込む。
降ろす乗客をすべて降ろし、乗る乗客をすべて乗せてしまうと、400メートルもある車両は、新横浜に向けて発車した。
 のぞみ2号が走り去ると、2つある名古屋駅の島式の新幹線ホームから車両の姿が消えた。
 人影が疎らなプラットホームに、束の間の静寂が訪れた。
 乗降客の雑踏や喧騒は既にもうない。
 朝の静けさを取り戻したプラットホームのベンチの殆んどが空いている。
 ただ、ひとつだけを除いて。

('A`)「あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜」
 
( ^ω^)「お゛お゛お゛〜〜〜〜」



17: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:37:12.16 ID:+VNBmjT30
 ベンチには旅行鞄がふたつ。そのベンチの前で、ワイシャツ姿のふたりが朝日に向かって大きな伸びをしている。
時折首をコキコキと鳴らしたり、腕をぐるんぐるんと振り回したり、屈伸運動をしている。

('A`)「疲れるな〜〜」

 上体を大きく反らして伸びをしながら、ドクオはブーンに呼び掛ける。
 
( ^ω^)「同感だお〜〜」

 ブーンの方はと言うと、隣のホームに向かって伸脚運動をしながら応じている。

('A`)「一番速い500系を使ったんだがなぁ……。どうも、乗り物というヤツには、乗っているだけで疲れる。そう思わないか?」

( ^ω^)「こればかりは、いつの世になっても打つ手は無いと思うお」



20: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:42:16.10 ID:+VNBmjT30
('A`)「ケツは痛いし」

( ^ω^)「肩は凝る」

('A`)「落ち着いて用を足せないし」

( ^ω^)「座席では足を伸ばせない」

('A`)「指定席だから静かだろうと思っていたら」

( ^ω^)「案の定、そこには何故か家族連れ」

('A`)「しかも、ぐずる幼児付き」

( ^ω^)「仕方ない事とは言え、まったく疲れるおー」

 新幹線が去った後も、ふたりは暫らくホームに残って凝り固まった体をほぐしていた。



23: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:43:46.59 ID:+VNBmjT30
('A`)「さて、もう行くか?」

 アキレス腱を伸ばしながら訊く。

( ^ω^)「じゃ、そろそろ行くかおー」

 ブーンはガニマタ体操を止め、旅行鞄を手に取る。

('A`)「よっ。次はバスの乗り換えか……っと」

 それぞれが旅行鞄を手にして、ホームの中ほどにある階段に進んでいく。



24: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:45:29.94 ID:+VNBmjT30
 人気のない階段を降りながら、ドクオは車内で目を通したショボのメモを思い返していた。メモの記述によると、
名古屋駅前のバスターミナル、その16番乗り場からひとまず1本目のバスが出るようだ。
 しかし、メモには肝心の発車時刻の記述が無かった。
 乗り換えに失敗すると何分、または何時間のロスになるのか分かったものじゃない。何しろ、今から向かう所は
秘境で知られている――本当は、秘境すぎて大概の人間は知らないが――vip峡なのだ。
 滅多に行かない旅行だし、まともなガイドブックも無いところが、すこし心配だった。

('A`)「ブーン、名古屋駅で乗り換えしたことあるか?」
 
 すたすたと階段を降りながら訊ねる。



25: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:47:31.19 ID:+VNBmjT30
( ^ω^)「んー、出張で少々来たことがあるから、少しは分かるお。でも、やっぱりそんなに頻繁に利用するワケじゃないお」

('A`)「やっぱりそうか。実は俺もこの駅にはkwskなくて、どこに乗り換えのバスターミナルがあるのやら、分からないんだよな」

( ^ω^)「まあ、改札を抜けたら案内板が沢山あると思うから、そんなに心配する必要も無いんじゃないかお?」

 階段を降り、案内板にしたがって長い通路を改札口のほうへと肩を並べて進んでいく。

('A`)「乗換えが駅の構内ならまだしも、いったん駅から出るってのはあまりやった事が無いからな……」

( ^ω^)「まあ、何でもやってみるもんだお。改札を出たら、まずはATMを探すお」

('A`)「ああ、忘れるところだったな。あやうく文無しで宿泊するところだ」



28: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:50:01.14 ID:+VNBmjT30
 長い通路の先に、『中央口』となっている改札口が見えてきた。
 そこにはスーツ姿の男に混じって中学生だか高校生だか分からないが、若者の姿も見えた。
 とにかく、老若男女さまざまな人間が狭い自動改札に押し寄せ、ごった返していた。

(^ω^; )「のんびりするために旅行をしている筈なのに、改札がこんなに混雑している様子を見るのはちょっと興醒めだお。
 ワイシャツ姿だと、なんだか朝の都心で乗り換えしている気分だお」

('A`)「仕方ないさ。私服持ってきていないんだから……」

 ふたりは改札の列に並ぶ。
 自動改札は無機質に人を捌いていく。
 人は無表情で改札を通り抜けていく。
  脇目も振らず、
 早く、
 速く、
 淡白に。



31: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:51:30.61 ID:+VNBmjT30
('A`)「よいしょっ……と、鞄が邪魔だな……」

( ´ω`)「痩せているドクオは、まだマシな方だお……」

 ふたりの場合、少々大きめの荷物が通行の邪魔になっているようだった。

('A`)「お前は、もうちょっと痩せないとな。vip峡では、あまり料理にがっつくなよ」

(#^ω^)「旅先で美味い料理をたらふく食べなくて、何が旅だお!!」

 緩慢な動作ながらも改札を出て、右手に折れると、開放的な駅のロビーが広がっていた。
 ロビーには金の柱時計や2階のテラスに繋がるエスカレーターなどがあって、なかなか瀟洒だ。
テラスからは燦燦と陽光が降り注ぎ、吹き抜けのロビーを明るくしている。
 ふたりは、立ち止まっても差支えがないように、金時計の下に鞄を下ろすと、辺りを見回した。



32: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:54:26.68 ID:+VNBmjT30
('A`)ゝ「さて、ATMはどこだ?」

 壁と言う壁は、売店の陳列棚や切符売り場、果ては広告用のスペースに利用されていて、少々ゴミゴミしている。
コンコースに立ち並ぶ柱には、みな同じようなポスターが貼られていた。
 看板と言えば、地下鉄やトイレ、観光案内所に新幹線乗換え口…………。
 目に入る情報が多くて、看板を探すのにも少し難儀する。
 そのうえ、背伸びをしているとは言え、小柄なドクオが雑踏の中で必要な情報を探し出すのはいささか難儀だった。

('A`;)「ダメだ、俺には見つからないよ」

 お手上げだという風に肩を竦め、ブーンを見る。

( ^ω^)「――右手の方に、改札口が見えるかお?」

('A`)「ん、そういや小さいのがあるな」



35: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:56:37.88 ID:+VNBmjT30
( ^ω^)「改札口がある通路の奥のほうに、キャッシュコーナーがあるお!」

('A`)「よく見りゃ本当だ。正面には無かったのな」

( ^ω^)「じゃあ、お金を下ろして来るから荷物を見ていてくれおー」

d('A`)「把握した」

 どさっ、とブーンは鞄を置くと、キャッシュコーナーの方へと小走りで駆けていった。よく見ると、右の矢印を
出している案内板の中に『キャッシュサービス』と書かれたものがある。



36: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:57:55.08 ID:+VNBmjT30
('A`)「さて、アイツが帰ってきたら、俺も金を下ろすかな……」

 ひとり待ちぼうけのドクオは、吹き抜けの天井の方に目を遣って自分の考えに浸る。
 
('A`)「そう言えば……、まだvip峡の写真を見てないんだよな。ショボさんの話が、情報の全てなワケで……」

 vip峡。

 ショボ。

 ちょっとした不安が、ドクオの頭を擡げる。

 もし、ショボに一杯喰わされていたとしたら?
 (そんな事は無いが、)もし、vip峡が本当は全国では名の知れた自殺&心霊スポットだとしたら?
 (そんな事は無いが、)もし、vip峡には昔ダム闘争のようなものがあって、凄惨な殺人事件が起こっていたとしたら?



38: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 21:58:38.18 ID:+VNBmjT30
('A`)「考え過ぎかな……」

 物思いに耽っているところで、ブーンが声を掛ける。

( ^ω^)ノ「待たせたお。とりあえず5万ぐらい引き出して来たお」

('A`)「オッケー。じゃあ、今度は俺が引き出してくるわ。荷物見ててくれ」

d(^ω^ )「把握したお」

 先ほどとは逆の形で、今度はドクオがキャッシュコーナーに行き、ブーンが時計の下で待つこととなった。
 ひとり待ちぼうけのブーンは、独り言にしては多すぎる独り言をする。



40: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:00:51.45 ID:+VNBmjT30
( ´ω`)「ああ〜、日曜日だったからATMに手数料取られたお」

 とか、

( ^ω^)「vip峡の料理はどんな感じかお?」

 とか、

( ´ω`)「vip峡に至るまでに、険しい山道を歩かなきゃならなかったら、どうするかお……?」

 とか、

( ^ω^)「そう言えば、オフィスのみんなへのお土産は何にするかお?」

 とか、本当に徒然なるままに考え、ひとり語ちている。

 独り言は、本当にひとりでするものか、或いは衆人環境でするものか、どちらかである。彼の場合は、後者だった。
 周りには人、人、人。少なくとも、その中にはブーンが見知った顔は無かった。
 なので、ブーンは大いに独り言をしている。
 あまりに人が多いと、人は他人にあまり関心を向けなくなるので、少々大きな声で独り言をしても
ブーンを奇異の目で見つめる者など居ない。



42: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:02:48.66 ID:+VNBmjT30
 しかし。

 確かに、そこには『彼』が居た。

 見たところ、『彼』の歳は30くらい。

 かっちりとした鼠色のスーツを着ており、一見したところそこら辺に居るサラリーマンとは異なる点を見出すことは出来ない。

 『彼』は金時計を挟んでブーンの反対側に立ち、その独り言を喧騒の中から聴き取ろうと耳をそばだてている。

 誤解を与えないために言っておくが、『彼』はブーンの顔を知らない。よって、『彼』はドクオではない。

 そして、『彼』とブーン、ドクオとには面識は無い。ましてや、今まで一度たりとも関わり合いになった事は無い。

 しかしながら、確かに『彼』は確固たる意志を持って、ブーンの独り言に耳を傾けていた。


 ブーンは5分ほど待っただろうか。ドクオがキャッシュコーナーから帰ってきた。
 それを見届けると、ブーンは時計の柱に凭れかかるのを止め、直立する。



43: 扇子(石川県) [ksk] :2007/04/22(日) 22:03:49.11 ID:+VNBmjT30
('A`)「悪い悪い。俺の前にやたらと操作が遅いバーサンが居てよ、列が詰まっていたんだ。参るよ」

( ^ω^)「僕はそれほど待ったワケじゃないから、どうって事ないお〜」

('A`)「えーっと、ATMでどれ位時間を使ったのかな……と」

 いま、ブーンは金時計に背を向けており、ドクオは顔を向けている。
 柱は思いのほか太く、ドクオのほうからは柱の向こう側に居る『彼』の姿は認められない。

('A`)「――今は10時を少し過ぎたくらいか」

 金時計の文字盤を眺めながら呟く。

( ^ω^)「――vip峡に着く時間が分からないから、駅弁でもそこのキオスクで買うかお?」

('A`)「お茶も飲んでしまったし、そうするか」



46: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:05:35.97 ID:+VNBmjT30
 ふたりは鞄を持ち上げ、すぐそばにあるキオスクへと足を進める。
 『彼』は、万が一にもふたりに見つかる事が無いよう、ふたりが振り返ってもすぐに隠れることが出来るように
金時計の物陰から少しだけ身を乗り出すようにして、ふたりの後ろ姿をじっと見ていた。

 陳列棚には本やら地酒に、駅弁やら土産物などが所狭しと並べられていた。

( ^ω^)「長谷川課長やオフィスのみんなへのお土産は、vip峡で買えばいいかお?」

('A`)「それが良いだろ。まさか、名古屋の土産を買っていくわけには行かないからなぁ」
 
(^ω^; )「そう言えば、四国でお土産を買ってこなかったお」

 広いが狭い店内をぶらぶらとしながら、お茶(どうやら静岡茶らしい)と、味噌カツ弁当なるものを手に取る。



47: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:06:39.41 ID:+VNBmjT30
('A`)「えーと、他に買うものは無いか?」

( ^ω^)「ちょっと待ってくれお。この『ひつまぶし弁当』ってのも美味しそうだお♪」

('A`;)「――勝手にしろ」

 弁当コーナーであれこれ逡巡するブーンを残して、ドクオはレジへと向かう。が、その途中で足を止めた。

('A`)「おっ、柿の種にスルメがあるな」

 レジの手前には、ガムとかおつまみとか、こまごました物が置かれていることが多い。ドクオはそのトラップに
見事に引っ掛かった。

( ^ω^)「何を探しているのかお〜♪」

 おつまみコーナーで逡巡していると、弁当ふたつにお茶を小脇に抱えたブーンが近づいてくる。



48: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:08:17.02 ID:+VNBmjT30
('A`)「ん、いや、ツマミも欲しいなと思ってさ。ブーンはどうだ?」

( ^ω^)「僕は小魚アーモンドが欲しいお!!」

('A`)「ああ、ガキのころ給食によく出てたヤツだな。じゃあそれと、柿の種にスルメでも買うか。ちょっと買いすぎかな?」

( ^ω^)「なにしろ旅路は長いんだお。それくらい気にしないお」

 ぺちゃくちゃと喋りながら、レジの順番待ちをする。
 こちらは、商品スペースの割りに店員が少ないためか、先ほどの改札とは違って流れは遅かった。



49: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:09:22.89 ID:+VNBmjT30
 暫らく待っていると、順番が回ってきた。

(´∀`; )「どうもお待たせしましたモナ。会計は一緒で良いモナ?」

('A`)「ああ、いいですよ」

( ´∀`)「では、8点で4977円になりますモナ」

('A`)「ブーンは弁当2個買うんだから、3:2でいいよな? 釣りはやるよ」

( ^ω^)「わかったお。はい、3000円」

('A`)「じゃあ俺が2000円出して、5000円だ」

( ´∀`)「では、5000円お預かりしまして、23円のお釣りです。どうも、有り難うございましたモナ」



50: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:10:44.01 ID:+VNBmjT30
 弁当3つにお茶2本、おつまみ3つが入ったポリ袋はなかなかの大きさだった。

('A`;)「両手が塞がるな、こりゃ」

( ^ω^)「ふたりに分けて持つのは効率が悪いから、ドクオ頑張るおー。ガイド的な役は僕がやるお」

('A`;)「これは明日筋肉痛かも知れんな……」

 右手に旅行鞄、左手にポリ袋を持ったドクオは、ヨタヨタと歩いて再び金時計のほうへと向かう。



53: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:12:55.40 ID:+VNBmjT30
 ふたりが、キオスクから出てこちらに向かっていることに気がついた『彼』は、咄嗟に身を引いた。
 背中をぴったりと時計の柱に密着させる。

 ――まさか、見つかってないよな…………?

 ――まあ、見つかったところで少なくとも今は、どうって事は無いだろうが…………

 ――やはり、都合は悪くなるかな…………?

 息を殺す。
 耳をそばたてる。
 少し汗をかいているようだ。
 いま立っているロビーには軽く冷房が効いているが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 煙草が欲しい。
 何もしないまま、こんな所に立っているのは苦痛だ。
 胸ポケットに手が伸びそうになるが、最近の駅は構内は勿論のことプラットホームも禁煙になっていることを思い出し、手を止める。



56: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:15:46.25 ID:+VNBmjT30
( ^ω^)「じゃあ、バスターミナルの16番のりばに行くお。次はバスだおー」

 背中越し、柱の反対側から先ほどの声が聞こえてきた。 

('A`)「俺を置いて行くなよー……」

 暫らく待っていると後方からふたりの姿が現れ、『桜通口』となっている大きな出入り口へと向かう。
 『彼』は、暫らくそこで立っていた。
 ふたりとの間に20メートルほどの距離が空く。
 そのタイミングを見計らい、『彼』は歩き出し、ふたりの後を尾ける。



57: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:17:03.33 ID:+VNBmjT30
 ふたりは、いったん駅のロビーから出ると、16番のりばを探してうろうろする。
 ふたりの目の前はバスターミナルだが、16番のりばが見当たらない。
 『彼』は、ふたりを誘導しようかどうか迷ったが、モロに自分の顔が見られることを自覚して重い留まる。

 やがて、16番のりばがあるターミナルは2階部分にあることが分かったふたりは、近くのエスカレーターに乗る。
 時間と距離を開けて、『彼』もエスカレーターに乗った。

 『彼』が2階部分に昇る頃には、ふたりはもう16番のりばを見つけ、そちらの方に歩いていた。
 レモン色のペイントが施された16番乗り場には、既に市バスがアイドリングしている。
 ふたりがそのバスに乗り込む。
 『彼』は、離れたところでその一連の動作を見届けていた。



60: 扇子(石川県) :2007/04/22(日) 22:19:10.60 ID:+VNBmjT30
 ふたりがバスに乗ってから、5分ほど経っただろうか。乗車扉が閉まり、低いエンジン音を辺りに響かせながら
バスはゆっくりとターミナルから発車した。
 結局、『彼』はバスには乗らなかった。

 ゆっくりとした動作で、『彼』はターミナルの端の方にある灰皿に歩いていく。
 煙草を胸ポケットから一本取り出し、100円ライターで火を点ける。
 ひと息、煙を肺に大きく吸い込んだ所で携帯電話を取り出し、どこかに電話をかける。
 暫らく電話を耳に押し当てていると、相手が出てきた。
 
 「俺だ。今しがた、ふたりがバスに乗った。名古屋は雲ひとつない快晴。視界は良好」

 空を見上げながら一方的にそう喋ると、彼は携帯を切った。
 『彼』は、ふたりが去ってからも、暫らくはゆっくり煙草の味を楽しんでいた。



第16幕:名古屋                了



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