('A`)ドクオと( ^ω^)ブーンが旅行をするようです

5: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:21:15.14 ID:fdyApTHZ0
第21幕:散策(中編)


 『旅籠vip峡温泉』から出た途端、薄暗い館内とは対照的な眩い世界が広がっていた。
 午後の4時半ごろになっていたとは言え、初夏のことであったから、日差しはそれほど衰えていない。少しばかり西に
傾いた太陽からは、相変わらず首筋を刺すような強い日差しが降り注いでいた。
 すこし歩くだけで、額に、首筋に、脇の下に汗が滲み出る。ふたりはワイシャツ姿なので、それほど暑苦しい服装では
なかったものの、長ズボンが唯一恨めしく思えた。
 
('A`)「なんだか、営業で外回りやっているみたいな感じだな……」

 ワイシャツの一番上のボタンを外しながら、隣を歩いていたブーンに話を振る。

( ^ω^)「でも、なんの乗り物も使わないのは今までに無いお。それに、東京の暑さは、何だかこう、まとわりつくような
 感触がしなかったお?」

('A`)「そう言えばそうかな……」



7: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:24:02.51 ID:fdyApTHZ0
 少し、意識して外気を感じてみる。気温は高いものの、心なしか『純粋な』暑さに触れたような気がした。
 気の所為かと思ったところで、存外そうでもないことに気がついた。

 風があった。
 車の排気ガスや、エアコンの室外機からの風を孕んでいない風があった。
 そしてその風は、一陣の風となって周囲の木々や青い稲穂を揺らし、vip峡全体を駆けていた。

 音があった。
 先ほどの風が織り成す、サワサワと枝葉が揺れる音があった。
 音が涼しかった。
 風に乗ってくる、水の音が涼しかった。

 緑があった。
 無機質に聳え立つコンクリートジャングルの代わりに、山が、森があった。
 蠢く黒山の代わりに、風に身を委ねる稲穂や夏野菜の葉があった。



10: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:26:39.84 ID:fdyApTHZ0
 それらが溶け合って、vip峡全体を包む暑気となっていた。
 日本が忘れかけた、原風景の暑さだった。
 
('A`)「ま、心地よい暑さなんだろうな……」

( ^ω^)「心持ちだけでも、感覚が変わってくるものだお〜」

 暫らく歩いた。
 vip川に架かる橋を越えて、vip峡の東側へと渡った後は舗装された道から逸れて、青々とした水田を両手にした畦道を
歩いた。車に乗っていたときは分からなかったが、結構な数のトンボが稲の穂先で羽を休め、屈んで水面を覗き込んで
みると、後肢の生えたお玉杓子が泳ぎ回っていた。
 きっと、日が沈んだらvip峡全体が蛙の鳴き声で満たされることだろう。

 畦道を歩いていると、その脇に民家が近づいてくる。民家といっても、木造の平屋建てで、軒先には犂や備中鍬などが
立てかけられ、シャッターが開け放たれたガレージには軽トラックと耕運機が停められていた。典型的な農家なのだろう。
目を転じて少し遠くにある家々を見てみると、それぞれが同じような広い敷地の家に耕運機や鍬が見受けられた。家の
裏手には小さいながらも畑がある。遠くから見たのでよく分からないが、ナス科やイモ科の作物を栽培しているようだ。



14: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:28:19.55 ID:fdyApTHZ0
('A`)「いやぁ、まず生活が違うな……」

 稲穂のざわめきを乗せて吹いてくる風を頬に感じながら、感慨深くドクオは呟く。
 よくよく見てみると、他にも色々な点が見出された。
 散村で盆地な為か、vip峡に吹く風は余程強くなるのだろう。民家の中には、スギのような針葉樹が植わっているものも
あった。幼い頃、社会科の教科書の写真で見たことある散村の風景が、ここにあった。

( ^ω^)「社会科見学をしているみたいだお……」

 車が一台通れるか通れないかという畦道で足を止め、ふたりは随分と長い間風景を眺めていた気がした。

( ´ー`)「――おや? 見ない顔ですな?」



17: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:30:22.13 ID:fdyApTHZ0

 暫らくふたりだけの会話が交わされていた空間に、見識らぬ男の声が混じる。
 声のした方を向くと、今立っている畦道の丁度脇の民家から、地下足袋を履いた男が出てきていた。

( ^ω^)「こんにちはですお」

('A`)「ああ、こんにちは。地元の方ですか?」

 ふたりが取り敢えず挨拶をする。

( ´ー`)「地元の何も、生まれも育ちも、死に場所もvip峡でしょうて」

 言いながら、男はゆっくりとした足取りでふたりの方へと歩いてくる。
 近づいて男の顔を見ると、強い日差しに打たれてきたのか、顔には深い皺がたたまれ、浅黒い面に瘢痕が所々に
見受けられた。麦藁帽を被っているので、頭髪の程は分からない。だが、ふたりより年上であるということは容易に推測
することができた。



20: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:32:12.98 ID:fdyApTHZ0
( ´ー`)「ふむ……」

 その老齢の男はふたりに近づくと、細目でまじまじとふたりの顔を交互に見つめた。

( ´ー`)「お兄さんたちは、ここの者ではないですな。知った顔じゃないですし、第一服装が普通じゃない」

('A`)「――たしかに、ワイシャツは野良仕事には向いてないでしょうね」

( ´ー`)「町の方から、今度役場に赴任してきたとか?」

( ^ω^)「いや、そんな事はないんですお。ただ、風に吹かれるままに旅する風来坊ですお」

( ´ー`)「旅……ですか」



23: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:34:41.37 ID:fdyApTHZ0

 一瞬、間が開いた。

 その間、それまで吹いていた風が止んだような気がした。


( ´ー`)「――何処からいらしたんで?」

 老人は、もともと細かった目を更に細めてふたりに訊いた。

( ^ω^)「東京ですお。でも、今日は四国の方から来たんですお」

( ´ー`)「――――――――――」

 応えはない。

 まさか日本の首都、東京の名を知らぬものはいないだろう。それならば、それ相応の反応があって然るべきである。
 しかし、この老人はそう直ぐには口を開かなかった。



28: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:37:11.81 ID:fdyApTHZ0
( ´ー`)「――――――――――そうですか」

 長い沈黙のあと、短く、声が添えられる。

( ´ー`)「――――今日の宿はどちらに?」

('A`)「川を渡ったところにある、『旅籠vip峡温泉』です。まさか一般の民家にお世話になるわけには行きませんからね」

( ´ー`)「――――――――――なるほど」

( ^ω^)「あの、先程からどうかしたのですかお? 何か気になる点でもあるのですかお?」

( ´ー`)「――いえ、特には無いんですよ。――そうですか、東京からですか…………」

 その後も、老人は小さな声で、短く『東京』を反芻した。



32: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:39:10.30 ID:fdyApTHZ0

( ´ー`)「わざわざ遠い所からようこそ。温泉以外には特に何もない村ですが、のんびりしていって下さい。
 保養地ぐらいにはなりますでしょうて…………」
 
 そう言い残して、老人はくるりと背を向けると、出てきたばかりの民家の方へと歩んでいった。

('A`)「あれ? 農作業はしないんですか?」

 玄関の引き戸に手をかけた老人の背に向かって、ドクオは声をかける。

 しかし、無言の返事しか無かった。老人は、畦道のふたりには一瞥もくれず、民家の中へと消えていった。

 古びた木戸が閉められる音が響き、畦道には、呆と立ち尽くすふたりが残された。



36: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:40:47.98 ID:fdyApTHZ0
('A`)「――なんなんだろうね、一体」

( ^ω^)「まあ、用を足しに戻ったんじゃないかお?」 

('A`)「仮にそうだとしても、家から出て来て5分とも経っちゃいないぜ? そんなに緊急事態でもないだろうに」

( ^ω^)「とにかく、深いことは考えないようにするお。会話は歩いていながらでもできるお」

('A`)「まあ、そうだわな……」

 その言葉を合図に、ふたりは停めていた足を前へと進めだした。



40: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:43:09.60 ID:fdyApTHZ0

 暫らく歩いていると、畦道が舗装された道に合流した。やはり、日本最後の秘境と言われていても、あの橋に通ずる道
だけが舗装されているという訳でもないのだろう。

( ^ω^)「道がしっかりして、随分と歩きやすくなったお」

 ブーンがそういうのも無理はない。ふたりは元々は出張の身であるので、革靴を履いているし、ましてや替えの靴も
用意していない。所々ぬかるんだ畦道を歩いた所為か、革靴には鹿沼色の土がこびりついていた。

('A`)「ええと、地図によるとこの道は……と」

 ドクオが、Yシャツの胸ポケットから四つ折にした地図を出して広げる。暫らくは歩きながら地図上の道を指で
なぞっていたが、やがて、

('A`)「もう少し歩くと村役場に出るな」

との答えが出た。



43: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:44:25.51 ID:fdyApTHZ0
 たしかに、500メートほど離れたところには、vip峡には不似合いなコンクリート造の建物があった。
 
( ^ω^)「役場かお? 日曜日なのに開いているかお?」

('A`)「まあ、取り敢えず行ってみないと分からないじゃないか。ほかの地元の人に会えるかも知れないぜ」

( ^ω^)「ん〜。今何時だお?」

('A`)「ええと……、4時半ぐらいだ。相変わらず電波の状況は悪いようだがな」

( ^ω^)「5時かお……」

 腕組みをして、ブーンは暫らくその場で考え込む。

( ^ω^)「vip峡は、歩いて廻ってもそんなに時間が掛かりそうにないから、取り敢えずは廻れるだけ廻ってみるお。
 その方が晩御飯も美味しく感じられると思うお」

 そう言うと、ブーンは自分のワイシャツのポケットからも地図を取り出すと、軽い足取りで役場の方へと歩いていった。



50: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:47:16.36 ID:fdyApTHZ0
('A`)「せわしないな……。もう少しのんびり歩いても良いだろう……」

 ブツブツと独り言を呟きながらも、ドクオはブーンに倣った。 

 いま歩いている道は、先ほども言ったとおりの舗装された道であるが、瀝青の色のくすみ具合からすると、それほど
頻繁には整備はされていないようだ。道幅は、普通車がなんとか対面して通れるぐらい。センターラインは見慣れた
白色のものではなく、緑色だった。
 きっと、役場に繋がっているとは言っても、この道も農道なのだろう。耕運機特有のタイヤの形に、アスファルトに
乾燥した泥が着いていた。

 前を歩くブーンは、結構速いペースで歩いていた。何故と言うに、彼は夕餉に備えて腹を空かせたかったからである。
 最近、自分でも内心は気にしていたものの、オフィスの同僚の口からも、彼に向かって『メタボ』の単語が飛び出すように
なってきていた。丁度良い感じに汗を掻いているし、色々な景色を目に留めておきたいとの思いゆえの早足でもある。



54: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:49:18.01 ID:fdyApTHZ0
 対するドクオは、考え事をしながら自分のペースでブーンの後ろに着いていた。 
 何を考えているかと言うと、やはり、

 長岡の話である。
 タクシーの車内でした、5年前の話。
 vip峡で、東京からの男がふたり、奇妙な事件に巻き込まれたという話。
 できれば忘れて居たかったものの、ふと、文字通り、思い出したように脳裡を掠める話。

 境遇から察するに、もしかしたら自分たちが、新たな被害者或いは当事者になるかも知れない。
 折角東京からはるばる旅行に来たのに、そんな奇妙な事件に巻き込まれるのは御免被りたいものである。

 ――しかし。



60: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:51:14.20 ID:fdyApTHZ0
 彼の脳裡には、そんな考えすら莫迦莫迦しいと考える念も、確かにあった。
 幾ら5年前に長岡が、長岡のタクシーに乗った客が奇怪な体験をしていたところで、それがドクオ・ブーンのふたりに
降りかかるという確証は何処にも無いのである。

('A`)「何も無くて、無事に東京に帰れたら良いがな……」

 呆と、遠い空を眺めてドクオは小さく呟く。

( ^ω^)「ドクオ、歩くの遅いお!!」

 ブーンから声を掛けられ、ドクオは自分の世界から戻る。
 見ると、ブーンは相当ドクオの先の方を歩いていた。

('A`)「お前が歩くのが速いだけだよ。役場に着いたらそこで待っててくれ」



65: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:53:18.80 ID:fdyApTHZ0
( ^ω^)「わかったお。じゃあ、役場の周りでも探索してみるお〜」

 そう言うと、ブーンはさっきと同じ足取りで舗装された道を再び歩き始めた。

('A`)「さて……と」

 ブーンが歩き出したのを確認してから、ドクオは再び独り語ちる。

('A`)「ショボさんの書店にあった、『忌引』の紙は何だったんだ? これも5年前から続いている因習か何かなのか……?」

 ひとつの疑問を片付けたら、また直ぐに新しい疑問が浮かんでくる。前を歩いているブーンはあまりそんな事は気にして
いないようだが、ドクオは5年前と昨日の忌引が気になっていた。

('A`)「5年前……。東京から旅行に来た2人組の男が、vip峡で事件に巻き込まれた」

 ゆっくり歩きながら、確認するように呟く。



68: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:54:53.30 ID:fdyApTHZ0
('A`)「5年前も、台風が四国を直撃した。ふたりの旅の起点は、そこだった」

 口に出したところで何か新しい情報が得られるわけでもないが、なぜか呟かずには居られない。

('A`)「もしかしたら……」

 はたと、足を止める。

('A`)「5年前のことだ。高岡さんは何か知っているかもしれないな……」

 道の途中で、考え込む。

('A`)「――旅館に帰ってから訊いてみるか。何か情報が得られるだろう」

 言い終わると、ドクオは少し足を速めてアスファルトの道を歩き始めた。



73: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:56:46.29 ID:fdyApTHZ0

 5分ほど歩くと、vip峡の役場に出た。やはり、土曜日だからなのだろう、道と狭い駐車場とを隔てる門扉は固く閉ざされ、
入る者を拒んでいた。何処の部屋にも蛍光灯が灯っていないことからすると、無人なのだろう。

('A`)「ざっと見た感じ人の気配は無いが……、何か動きはあったか?」

 ドクオは、先に待っていたブーンに訊ねる。
 
( ^ω^)「いや、猫の子一匹見てないお。でも、気になる物はあるお」

('A`)「ん? 何だ?」

( ^ω^)「ほら、あれ」

 そう言って、ブーンは建物の屋根に立っているポールの先端を指差した。
 指差した先には、拡声器の形をしたスピーカーが3つ、vip峡を俯瞰するように設置されていた。



79: ◆spzKjTJd5o :2007/06/10(日) 23:58:47.39 ID:fdyApTHZ0
( ^ω^)「切りの良い時間帯になったら、誰かがvip峡じゅうに放送をするんじゃないかお?」

('A`)「まさか、その時間帯になるまでここで待つ……ってか?」

( ^ω^)「そこまではしないお。ただ、何かしらの情報が得られると思っただけだお」

('A`)「――まあ、無理に人を探す必要もないか」

 他に何か無いかといった風に、ドクオは周囲に目を巡らせる。
 役場の周りはvip峡の中でも比較的人が集まっている一帯のようで、役場のほかにも診療所や消防署の分団、小規模な
商店に、寄り合いの場になるであろう公民館などがあった。

 人家もある程度固まっていた。
 木造平屋建てであることには変わりないが、畦道沿いにあった農家とは違って、農業を営んでいるような雰囲気は
感じられない。きっと、vip峡では数少ない若い世代が暮らしているのだろう。


 それにしても――、



82: ◆spzKjTJd5o :2007/06/11(月) 00:00:26.67 ID:dHWolOfP0
( ^ω^)「人の気配がしないお」

('A`)「全くだ。俺たちが車に乗ってvip峡に入ったときには、もう少し人が外に出ていたよな?」

( ^ω^)「この時間になったら外に出ないという、一種の慣わしがあるのかお?」

('A`)「――少なくとも、俺が知ったところではない」

 暫しの沈黙が流れる。

( ^ω^)「とにかく、歩き回ってみるお」

('A`)「――そうするか」



第21幕:散策(中編)               了



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