('A`)ドクオと( ^ω^)ブーンが旅行をするようです
- 6: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:09:30.37 ID:obEBd1W10
- 第24幕:諍い
ブーンたちが去っていくと、離れは元々の静寂に包まれる。渡り廊下に通じる扉を閉めてしまうと、高岡は大きく息をついた。
从 ゚∀从「ふぅ……」
酔っ払いの相手をするのは、誰だって御免被りたいものだ。今回はツンの一喝によって厄介なふたりはすんなりと
帰ってくれたが、それでも高岡には精神的な疲れがあった。
从 ゚∀从「毎度毎度、客商売とは言え疲れるな……」
ひとり語ちながら、高岡は緩慢な動作で座卓の片付けに取り掛かる。二人分の食器は、厨房から持ってきた盆に容易に
収まった。それを持って、高岡はツンの居る厨房の方へと向かっていく。
- 7: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:12:20.32 ID:obEBd1W10
- 厨房と客間とを隔てている暖簾をくぐると、そこには椅子に座り、独りで冷酒を呷っているツンが居た。
从 ゚∀从「おい、まだ仕事は終わっていないんだぞ。酒なんか飲むな」
持ってきた盆を、無造作にシンクの中に置きながら言う。ガチャリと、陶器が擦れる冷たい音が厨房に響いた。
ξ ゚听)ξ「五月蝿いわねぇ……。私は厨房の中でせっせと料理を作り、やっと終わったかと思うと布団を敷きに行った
んですからね。ここで少しくらいは楽をしたって構わないでしょうよ」
从 ゚∀从「それは俺だって同じだ。いままで酔っ払いの応対をずっとしてきたんだぞ」
言い返す高岡に、ツンは更に畳み掛けた。
ξ ゚听)ξ「はっ、偉そうな口を聞くんじゃないよ。本館から厨房に戻ってきたばかりの私に、弱り目で『あの二人を追い返してくれ』
って、弱り目で言ってきたのはどこの誰よ」
- 11: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:14:31.10 ID:obEBd1W10
- 从 ゚∀从「――適任、というものがある。酔っ払いの相手は俺の手に余る」
ξ ゚听)ξ「はん。客の前でしか私に大きな顔をできない小心者の人間のクセに、よく言ったこと。客を盾に取っているだけ
じゃないか」
言って、ツンは右手に持っている日本酒の小瓶から直に酒を呷る。
高岡には酔った客以上に、この酔ったツンの相手のほうが何倍も体に堪えた。客の前では支配人という肩書き上、
ツンを顎で使うことができるが、いざ客が去ってツンに酒が入ると状況は一変するのだった。
ξ ゚听)ξ「――――アンタ、本当に今夜『アレ』をやる積もりなの?」
左手の甲で口元をごしごしと拭い、高岡に問い掛ける。
その質問に、高岡は少し身を強張らせた。
- 15: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:16:33.98 ID:obEBd1W10
- 从 ゚∀从「――――やるしかないじゃないか。もっとも、俺は裏方に徹するだけで表立ってはやらん」
ξ ゚听)ξ「でも実際はやるんじゃないのさ」
从 ゚∀从「そうだ。俺は巻き添えを喰らいたくないのでね」
ξ ゚听)ξ「ふん。いっそ、アンタがやられちまって性根を変えたらいいんだ」
呂律の回らない口調で、ツンはそう吐き捨てる。
ξ ゚听)ξ「大切な客に危害を加えるよりかは、そっちの方がはるかに良いだろうさ」
从 ゚∀从「――妻が言う言葉には聞こえんな。それに、部外者を狙うことの意義は何度も説明した筈だが」
- 17: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:18:15.73 ID:obEBd1W10
- ξ ゚听)ξ「大体、小心者のアンタに務まるかどうか、怪しいもんだわ。あんたは『客』を扱うわけじゃないのよ?」
从 ゚∀从「そこはじゅうぶん承知している。場合によっては少し痛い目に遭ってもらうかも知れんが…………」
言いながら、高岡は何度このやり取りを繰り返してきただろうと思った。
ξ ゚听)ξ「でも、結局は痛いでしょうが」
从 ゚∀从「だが、それが俺たちにとっては最善の結果でもあるんだ。もしかしたら、有り難がってくれるかも知れない」
換気扇を回し、胸ポケットから煙草を一本取り出すと、高岡はガスコンロで火をつける。煙を大きく吐き出すと、短く言った。
从 ゚∀从「他に良い案が無いだろう?」
- 21: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:20:51.94 ID:obEBd1W10
- 髪をかき上げながらそう言う高岡の目元に、ツンは嫌悪感を覚えた。
ξ ゚听)ξ「――ったく。私には分からないわねえ。男が何を考えているのか」
从 ゚∀从「そう言うな。今さら計画を変更するわけには行かない」
会話はそこで途切れる。これ以上お互いに話し合っても、平行線を辿ることは二人ともよく知っていた。
高岡は、まだ火がついて間もない煙草をシンクの水滴に押し付けると、煙草をゴミ箱に投げ入れる。
从 ゚∀从「俺はフロントの方に戻るぞ。この場は任せた」
そう告げると、高岡は返事をしないツンに一瞥もくれず、勝手口から外に出て行った。
- 24: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:23:37.97 ID:obEBd1W10
ξ ゚听)ξ「はぁ……」
独り残されたツンは、なんともいえない寂寥の念に包まれる。
ξ ゚听)ξ「何で私、ハインなんかと結婚したんだろ……」
独りになったとき、酒が入ったとき、ツンはよくこの事を考える。ツンの出身は東京で、高岡の許に嫁ぐまではvip峡のことを
全く知らない女だった。
10年ほど前、もともと行動派だったツンは大学も東京の私立を卒業したあと、友人たちと一緒になって小さなビルの一室を借り、
そこに旅行代理店を新しく立ち上げた。その際、新規のスポンサーになってくれる旅館などを探していたところ、
高岡の経営する『旅籠vip峡温泉』が唯一名乗りを上げたのである。
- 29: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:26:15.62 ID:obEBd1W10
- 若い社員4人の旅行代理店は混乱した。
なにしろ、それまでどの旅雑誌も掲載してないし、旅行会社も把握してないような旅館だったのだ。どこの馬の骨かも
知れない旅館がスポンサーになったところで、目新しいキャンペーンもはれない。増してや、場所が場所だけに、
キャンペーンをはったところで客が見向きもしない可能性が大いに考えられたのである。
分裂するする同僚に向かって、ツンはこう言った。
ξ ゚听)ξ『逆に考えるのよ。金の卵だとしたら私たちが宣伝をすれば、もしかしたらウハウハになるかも知れないじゃない』
この一言が不味かった。
もとよりvip峡に興味も抱いていなかった他の3人は、この言葉を以ってツンをリーダーに祭り上げた。そして、ツンは
調査と挨拶という名目のもとに、嫌々ながらも単身でvip峡に行かざるを得なくなったのである。
- 33: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:28:34.61 ID:obEBd1W10
- 東京からvip峡への道標となるものは、旅館から郵便で送られてきたB5の藁半紙1枚。半ば騙されているのではとの疑念を
拭い去ることができないまま、うら若きツンは東京から名古屋へと行ってそこからバスを乗り継いだ。
そして、足掛け8時間ほどで『旅籠vip峡温泉』に辿り着いたツンを待っていたのが、紛れもない高岡であった。
ξ ゚听)ξ「あの頃のハインは若々しかったんだけどな……」
酒臭い息を吐きながら、ツンは天井に向かってぼやく。
酔っていながらも、ツンは昔の高岡の容姿を鮮明に思い出せた。当時のハインは、東京で見る男の誰よりも洗練されていて、
とても秘境の旅館を経営しているような男には見えなかったのである。
それまで男日照りだったツンは、初めて感じる淡い恋心に胸が締め付けられるような錯覚に囚われた。大学の友人は、誰もが
『気性が激しい』ツンに対して一目置いていたために、世間知らずなツンは干からびた青春時代を過ごさざるを得なかった
のである。v
37: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:30:04.12 ID:obEBd1W10
- 初対面のとき。
从 ゚∀从「遠い所から、ようこそいらっしゃいました」
ξ////)ξ「――――――――」
機能停止。
契約の為にvip峡を訪れていたツンだったが、その後もツンはホイホイとvip峡を訪れた。
そして、知らず知らずのうちに婚姻届に判を押していたのだった。
从 ゚∀从「良かったのか、ホイホイ結婚の手続きをしちゃって」
ξ////)ξ「―――知らない!!」
- 40: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:32:15.94 ID:obEBd1W10
- まあ、旅館の当主となっていた高岡には結構な不動産があったので、そろそろ老いというものの恐怖を肌で感じ始めていた
ツンにとっては、かなり良い条件での結婚であった。
高岡の親戚も、ツンを若女将として温かく迎え入れた。結婚を機に東京に立ち上げた会社は退職せざるを得なくなったが、
業績に直接関わるという事は無かった。
凸凹が激しいカップルであったものの、新婚生活は順風満帆に進んだ。
ツンも、この倖せが何時までも続くといいと願っていた。
だが、5年前の事件を機にして、それまでの夫婦関係は脆くも崩れ去った。
- 45: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:34:12.60 ID:obEBd1W10
- ξ ゚听)ξ「5年前…………かぁ」
その頃から、高岡を見る目が変わった。それまで気にならなかった煙草も疎ましく感じられるようになったし、なんとなく
だが、高岡の胴回りや額の生え際、顔の皺など、些細なことが気になるようになった。
そして、離婚する気にもなれないまま、薄い紙で隔てたような夫婦関係は現在にまで至る。
ξ ゚听)ξ「のぼせてたのかな……私」
今の冷え切った関係から当時を省みると、どうしてもそう考えざるを得なかった。実際、高岡は所謂ボンボンであり、
長男でも若い頃は旅館を次ぐ気なんか毛頭にもなく、名古屋でフリーターをしていた。だが、やがて生活に行き詰った彼は
潤沢な財産があるvip峡に舞い戻ってきたのである。高岡と初めて顔を合わせた時、ツンが感じた垢抜けた印象は、これによる
ものであった。
- 50: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:37:03.93 ID:obEBd1W10
- ξ ゚听)ξ「ハイン……また5年前のようなことを繰り返すつもりなの?」
答える者は既に居ない。だが、彼女には答えは分かっていた。
ξ ゚听)ξ「――――このままじゃ、また5年後に新たな犠牲者が出るわね……」
体が熱い。
だが、心は空寒い。
ξ ゚听)ξ「――――止めに行ったほうが良いのかな」
連累のように続くその事態を、ツンは何としも避けたかった。
ξ ゚听)ξ「5年前は、私も共犯みたいなものだったからなぁ」
ぽつりと漏れた言葉は、ツンの耳に嫌に纏わりついた。
- 55: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:39:56.96 ID:obEBd1W10
ツンといいブーンたちといい、酔っ払いの多い夜であった。
離れの食堂から本館の自分たちの部屋へと戻るためにブーンたちは廊下を通らなければならないわけだが、
真っ直ぐ伸びた渡り廊下を通ることでさえ、足下が覚束ないふたりには難儀だった。それでも、人で蠢く東京の雑踏を
抜けるよりかは、人の気配がしない旅館の廊下を歩くのは安全といえば安全であった。
( ^ω^)「この旅館には、従業員は居ないのかお?」
板張りの廊下を軋ませながら、旅館の中では高岡とツンにしか会っていないことをブーンは不審に思う。
('A`)「人件費削減の為に、客が少ない日は従業員も減らしているんじゃないか?」
( ^ω^)「だとしたら、相当いい加減な経営なんじゃないのかお? 正社員は二人だけなのかお?」
('A`)「さあな。そこらへんは高岡さん達に聞いてみないとな」
- 59: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:41:53.93 ID:obEBd1W10
- そういうドクオも、内心は不審に思っていた。幾らなんでも二人でこの旅館を経営するのは無理がある。
自分たちが居るからこそ、二人だけしか居ないのではないか……と。
('A`)「――考えすぎかな」
( ^ω^)「ん? 何か言ったかお?」
('A`)「いや、何でもない」
それからは会話らしい会話はせず、ふたりは真っ直ぐに自分たちの部屋へと戻った。
- 62: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:43:46.39 ID:obEBd1W10
部屋に入るなり、ドクオは敷いてあった布団に大の字になる。ドクオは少しでも疲れている状態で酒を飲むと、直ぐに
眠くなるのだ。しかし、いざ寝ようとすると酔いの為になかなか寝付けないものだ。
('A`)「あー、頭が重い。ブーン、洗面所のコップで水を注いでくれ」
仰向けになったままで、ドクオは比較的酔っていないブーンに言う。
( ^ω^)「わかったお」
言い残して、ブーンは洗面所へと引っ込む。どこの旅館やホテルにもうがい用の綺麗なコップが用意されているものだ。
部屋に戻ると布団が敷かれているとか、こうしたちょっとした気遣いが妙にありがたい。
それまで仰向けになって寝転んでいたドクオが寝返りを打つと、視界に白い物体が入った。はじめはそれが何か分からな
かったが、それが篭に入っていること、黄色のタオルと一緒に入っていることから考えると、どうやら浴衣らしかった。
- 67: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:46:58.57 ID:obEBd1W10
- ('A`)「そう言や、ここには天然温泉があるんだっけな…………」
呟くドクオの背後から、両手にコップを持ったブーンが近づく。
( ^ω^)「ドクオ、お水が入ったお〜」
('A`)「おお、サンキュー」
水が入った陶製のコップを手に取ると、ドクオはごくごくと飲み干した。
('A`)「ああ、水を飲んだら少し落ち着いたな。でも、まだ心臓がドキドキしやがる」
( ^ω^)「まあ、仕方ないお」
('A`)「これじゃ温泉に入ったら心臓に負担が掛かるかな……」
- 73: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:49:01.33 ID:obEBd1W10
- ( ^ω^)「あ、そうか。温泉に入るのを忘れていたお」
ブーンはそう言うと、手早く浴衣とタオルとを取ってしまう。
( ^ω^)「やっぱり、旅の醍醐味として温泉は欠かせないお〜」
('A`)「元気があるな、お前。もう少し体の熱が醒めてから風呂に入らないか?」
( ^ω^)「どうせ体が熱くなるのなら、早いうちに入っておいた方が後々で楽になるんじゃないかお?」
('A`)「――ポジティブ思考だな」
( ^ω^)「よく言われるお」
- 76: ◆spzKjTJd5o :2007/07/16(月) 22:50:17.32 ID:obEBd1W10
- うーん、と、ドクオは10秒ほど唸って考える。今は温泉に入るよりも、寧ろ水風呂に入りたいような気分だった。この体の
内側から、なんかこう、ムラムラと来るような熱気を冷ましてから湯煙に包まれるのが良いような気がしていたのだ。
( ^ω^)「昔から、暑いときには熱いもの、って言うじゃないかお。心頭滅却すれば何とやらだお」
('A`)「分かった分かった。行くよ」
どっこらしょ、と重い腰を上げてドクオは浴衣とタオルとを手に取る。それから財布と携帯を持っていることを確認すると、
彼らは部屋を後にした。
第24幕:諍い 了
ξ;゚听)ξ(どうでもいいけど、酷い言われようだったわね……)
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