('A`)ドクオと( ^ω^)ブーンが旅行をするようです

6: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:03:32.77 ID:l7JX/G1/0
第25幕:湯けむりの中で


 晴れ渡った夜空に、月が出ていた。
 風も良い具合に吹いていて、体に纏わりつくような湿気もない夜だった。ただ、石造りの湯舟からは濛々と来い湯煙が立ちこめ、
周りを白く包んでいる。
 『旅籠vip峡温泉』の露天風呂は、本館からは離れた場所にある。裏口から出て森の方へと少々歩かなければならないのだが、
本館よりも寧ろ、森のほうに近い処に露天風呂はあった。露天風呂と言っても、湯舟のほかには屋根つきのこぢんまりとした
脱衣所しか無い。もし脱衣所もなかったら、それこそ野山に自然に湧き出た天然温泉と相違ないだろう。空を広く見渡せるという
趣向だろうか、露天風呂自体には屋根は付いてなかった。
 
('A`)「――温泉に入るなんて、何年ぶりだろうな」

( ^ω^)「これが旅の醍醐味だお〜」



11: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:06:48.53 ID:l7JX/G1/0
 ふたりは頭に手拭いを載せ、湯舟に浸かりながら月を仰ぎ見ている。 
 独り暮らしゆえ、普段はシャワーで風呂の用を済ませている二人にとっては、久し振りの全身浴であった。全身をすっぽりと
湯に浸しているふたりは、一糸たりとも纏っていない。もしかしたら――などと考える不埒な読者も居るかも知れないが、
ドクオの方はノンケなので、過ちは犯さない。じゃあブーンの方はどうなるのだ、と訊かれるやも知れないが、そんな質問は
野暮だというものだ。

('A`)「これで、この旅のイベントは全て終わりか、ブーン」

( ^ω^)「少なくとも、旅そのものはこれで終わりだと思うお。あとは旅館で朝食を食べるぐらい……」

('A`)「お前の食い意地は、何時になっても減りそうにないな。そんなんだからオフィスで『メタボ侍』呼ばわりされるんだぞ」

 手拭いで顔を擦りながら、ドクオはブーンの身体的特徴を揶揄する。



15: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:09:44.32 ID:l7JX/G1/0
 確かに、ひと月ほど前に会社単位で行った健康診断では、中性脂肪の値でブーンは飛びぬけて不味かった。
それ以来、オフィス内ではブーンのことを影で『メタボ侍』呼ばわりするようになったのである。
 悪いことは隠し通せないもので、今となってはブーンも知っている。そのことを、ブーンは気にしていない
振りを装いつつも、内心では深く気にしていたのだ。

(#^ω^)「――失礼な!! ただ、みんなが痩せすぎているだけだお!!」

 『メタボ』の言葉に激昂したブーンは、湯舟で仁王立ちになり、ドクオを見下ろす。見上げる側となったドクオは、ブーンの
むちむちとした肢体を下半身から余すところ無く見てしまった。

('A`;)「――やっぱり痩せろよお前。お前の腹は、今まで何本のズボンをオシャカにしてきたんだ?」

 醜くピザ……もとい、太ったブーンの体に嘔吐感を覚えつつ、腹の肉を揺すらせているブーンに言う。

(#^ω^)「何お!! あらかじめ太めのズボンを買って、ベルトで調節しているんだから、まだ入社してから3本しかダメに
 してないお!!」

 べしん。
 ブーンがボンレスハムのような腕で腹の肉を叩く。全身の脂肪が波打ち、辺りには何とも気の締まらない音が響いた。



19: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:11:51.06 ID:l7JX/G1/0


 時を同じくして。
 混浴風呂だというのに男しか入っていない温泉を、遠目から覘く者たちが居た。何の趣味があって男の入浴を覘くのだと
思われるやも知れないが、この男たち――ふたりの男は、至って大真面目である。

「――ホラ。今、立っているのがブーンだ。で、まだ湯舟の中に居る貧相なのがドクオ。間違いないな?」

 露天風呂がある開けた土地と、暗鬱と拡がる森との境目にある茂みの中で、男の声がする。

「ああ。――それにしても、双眼鏡を使っているとはいえ、湯煙で見えにくいな」

 男たちの声色は、それほど歳を重ねたモノではない。ふたりとも、聞く限りでは多く見積もっても40歳ぐらいのものだろう。

「――仕方ないだろ? 俺たちが見つかるわけにはいかないんだ。それに、脱衣所に電燈を付けたお陰で、これでもまだ見え易い
 方なんだぜ」

「まあ、それで良いとするか。何にせよ、全く見えないというわけではない」



24: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:14:07.20 ID:l7JX/G1/0
「――で、お前の獲物はどっちなんだ? お前の話だと、あらかた目星はつけているようだが」

「言うまでもないだろ? 誰が貧相な方を喰うかよ」

 応える方は、全く迷う様子も無い。

「じゃあ、ブーンか?」

「勿論だ。美味そうなカラダしているじゃないの」

「ふうん。ホモの考えることは俺には分からないね。俺なら、手軽に喰えそうな方を選ぶところだがね――」

「誰の所為でこんな事になっていると思ってんだ!!」

 茂みの中から、ひときわ大きな声が発せられた。



28: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:16:33.96 ID:l7JX/G1/0
「わかった、わかったよ。気づかれるかもしれないから、大きな声は出すんじゃない。――じゃあ、俺はあの肥えた方を何とか
 して連れて来るから、お前は先に行って待ってろ」

「当然だ。『あんなこと』が無ければ、誰が男を好き好んで漁るもんか――」

「言うな。じゃあ、アイツ達も風呂を出るみたいだし、俺たちも分かれようぜ」

「おう。しくじるなよ」

「わかってる。じゃあな」

 茂みの中で、ガサガサと葉の擦れる音に混じって足音がした。男のうち1人が身を
低くしてドクオたちの後を追う。
 もう1人の方は、暫らく茂みの中に留まっていた。

「今夜――積年の恨みが晴れるんだ――――」

 低い、声がした。



32: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:18:40.88 ID:l7JX/G1/0


 アッー!! な展開も無いまま温泉を出た二人は、火照った体にパリッと糊付けされた浴衣を纏い、下駄を履く。
 脱衣所から出て、ふたりが帰路へと足を踏み出したとき、一陣の風が吹いた。

('A`)「――今夜も風が強いな」

 見上げると、月明かりに照らされて薄雲が空を駆けている。例の台風の残滓なのか、風が吹き止む様子はない。温泉に
入っている間は気にならなかったが、いざ風を肌で感じてみると、妙に生々しく風が感じられる。 風はふたりにとっては
心地よかったが、その風は温泉の直ぐ傍まで迫った森の木々を揺るがせた。ざわざわと、風の強さに呼応するように、
闇の中から木の葉が擦れる音がふたりの耳に入って来る。

(^ω^; )「少し気味が悪いお――」

('A`)「――高岡さん、この辺りの山では熊や猪が出るとか言ってたよな、ブーンよ」



39: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:22:16.70 ID:l7JX/G1/0
( ^ω^)「――――――」

 ひときわ強い風が吹いた。
 木々ばかりだけでなく、風が森全体を揺らしているような、低く籠もった音がvip峡全体に木霊する。

( ^ω^)「早目に引き揚げることにするお。明日の朝は早いんだお」

('A`)「あァ、ここで獣の餌になるのは御免だぜ――」

 二人は、今一度吹いた風に身を震わせると、速い足取りで旅館へと向かった。
 ――いや、そのとき旅館に向かっていたのは、正確に言うと三人であった。



42: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:23:47.88 ID:l7JX/G1/0

 旅館へと引き返した二人は、布団の上に胡坐をかいて明朝の荷造りをしている。結局、この日は東京の同僚への土産を買うことは
無かったので、さほど荷物の量に変化は無い。元々軽装だったこともあってか、10分足らずで終わった。
 時刻にして、午後9時過ぎである。
 部屋の窓から見えるvip峡の家々は、皆一様に明かりを落としており、ただ、月明かりがその輪郭を浮き上がらせている。都会と
違って、ここの住民は陽が落ちたら早々と眠るようだ。

('A`)「さて――」

 旅行鞄のファスナーを閉じ、枕元に放り投げてドクオは言う。

( ^ω^)「この空気小説――――もとい、旅行も終わりかお。短いようで長かったお〜」

('A`)「ああ、そりゃ2ヶ月近く休載――、いや、この旅行中に色々とあったからなぁ――」

( ^ω^)「うん、台風で足止めを喰らったときはどうなるかと思ったけど、こうしてvip峡を――」



45: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:25:23.14 ID:l7JX/G1/0
('A`)「――そうじゃねぇ」

 それまでとは重い口調で、ドクオは口を挟む。

( ^ω^)「――まだ気になっているのかお?」

('A`)「ああ、おかしいと思わないか。申し合わせたようにショボさんが消え、そして5年前には俺たちと同じ境遇の男二人が
 奇っ怪な事件に巻き込まれているんだ。色んなフラグが立ちまくっているのに、それを回収しなければならないだろ――」

(^ω^; )「どうせもうすぐ完結だからと、あまりペラペラと喋らない方が良いお。最低限守るべき体裁というものが――」

('A`)「おっと、そうだな。まぁ、何にせよ、この旅には何かしらの因業が付き纏っているんじゃないかと、俺は思うんだよ」

( ^ω^)「つまり、まだ何か起こるのかも知れないと――?」

('A`)「そうだ。お前には言ってなかったんだけどさ、俺は夢を見たんだよ」



48: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:27:05.11 ID:l7JX/G1/0
 夢――?と言って、ブーンは布団の上で胡坐をかいたままドクオににじり寄る。

('A`)「読者も覚えてないだろうがな、俺は一昨日の夜、夢の中で木立を歩いたんだ。それが丁度、飯を食べる前に這入った森
 と一緒なわけさ。今になって思い出したが、祠の位置もピタリ――だ」

( ^ω^)「でも、そうは言っても単なる夢。信憑性も無ければ、何かが起こるという確証も無いお」

('A`)「まぁ、そう言うなって。予知夢ってものがあるだろう? 俺たちがここに来たのは、何らかの運命に導かれたからじゃ
 ないのか――と、日に日に思うようになってね。もしかしたら、また森の中へ入らなければならなくなるかも知れないぜ」

(^ω^; )「うーん」

 唐突なドクオの話に、ブーンは首を捻ったまま考え込んでいる。

('A`)「その時は――何かが起こる、と俺は踏んでいる。5年前からの謎も、そこで明らかになるかも知れない」

( ^ω^)「――5年前からの謎が明らかになる時は、もしかしたら、僕らの内のどちらかが災難に巻き込まれることに
 なるんじゃないかお?」



50: ◆spzKjTJd5o :2007/09/04(火) 22:28:55.82 ID:l7JX/G1/0
('A`)「あくまで推論なんだが、可能性としては――――その筋が有力だろうな」

 そこまで言うと、お互いが押し黙る。
 硝子越しに這入ってくる虫の声もが、気味悪いものとしてブーンの耳についた。

(^ω^; )「怖いお――」

 相変わらず、ドクオは黙ったままだ。尤も、何か話したところで、持っている情報の量に変わりは無い。

(^ω^; )「怖いから、僕は寝るお!!」

 そう言うと、ブーンは布団を頭から引っかぶる。

('A`)「――じゃ、俺も寝るか。ひとまず、外をうろつくよりかはマシだろう」

 常夜灯の無い電燈を消すと、部屋からは一切の光が経たれる。
 僅かに月光が差し込んでいたが、明るさに慣れていたドクオの目には見えなかった。
 程なくして、二人は眠りに就いた。



第25幕:湯けむりの中で             了



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