( ^ω^)ブーンは歩くようです

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:15:38.92 ID:vyMrHQ0Y0

― 2 ―

何をすればいいのかわからなかった。

地下ではなく地上に住居を作る。作物を育てる。
生き残っているかもしれない人々や集落を探す。

するべきことはたくさん挙げられた。けれども、有りすぎるからこそ何も手をつけられなかった。

僕の周りには何も無くて、あるのは現在の世界から浮いたかつての文明の残りカスだけ。
数十基の冷凍カプセルが墓のように陳列する地下の施設で、僕は一週間近くぼんやりとしているだけだった。

川 ゚ -゚)「内藤。こんなところにこもっていても何も始まらんぞ?」

日が沈んだ頃になって
――といっても僕は地下施設から外に出なかったため、あくまでこれはコンピュータの表示する時計からの判断だが
――農作業を終えたらしいクーが地上から降りてきて僕を諭す。

超繊維の布切れをはるか昔のローマ人のように袈裟型に着込んだ彼女は、
すっかりこの世界の生活にも慣れたようで、施設内のシャワーで泥の付いた体を洗い流したあと、僕に語る。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:17:43.00 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ -゚)「確かに、私も独り目覚めたときは似たような状態に陥った。
      しかしな、それじゃ何も始まらんのだよ。どんな地味なことでもいい。小さな一歩で十分だ。
      何か行動せんと、ツンやかつての世界のみなに申し訳がたたんとは思わんか?」

まったくもって正論だ。語るクーの顔が二千年前より老けて見えるほどに。
しかし正論だからこそ、僕は反発して彼女の言葉に耳を貸さなかった。

ぼんやりとしていたこの一週間で唯一考えていたことといえば、ツンのことだけ。
彼女は何をもって僕を二千年後まで生き延びさせたのだろうと、そればかりを僕は考え続けていた。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:20:25.41 ID:vyMrHQ0Y0

ツンは言っていた。

僕たちが生き延びれば人類は再興できる。
そして彼女が生きた証が二千年後まで残る気がする、と。

けれど、それに何の意味があるのだろう? 
人間は死んだら忘れ去られる。それだけだ。

史実に名が残る人間はほんの一握りで、そんな彼らの多くは幸せな生を生きておらず、
むしろ死んで評価が上がったり、生前より美化されて語られたりする者たちの方が多い。

結局名も残さずに死んでいった者たちのほうが実は幸せで、
幸せだからこそ名が残らなかったと考えることさえできる。

僕もそうだ。稀代の天才として名を残した僕の生は、密かに思いを寄せていた人を失って二千年後を生きるというもの。
そこにかつての平凡な幸せは無く、予想されるのは文明のかけらもない大地を生きねばならないという困難な人生だけ。

冷凍睡眠から目覚めて現実に直面してみれば、あの時ツンのあとを追って死んでいた方が幸せだと思えた。

「なぜあの時君は、僕も一緒に死んでくれと言ってくれなかったんだい?」

そんな恨み言さえ頭に浮かんでくる。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:22:09.56 ID:vyMrHQ0Y0

施設に備え付けられていた倉庫から一丁の拳銃を取り出した。
適当に的を置き、離れたところから照準を合わせて撃ってみる。

パンと差し金が薬きょうを撃つ音がこだまして、的の真ん中に小さな丸い穴が開いた。

(  ω )「ツン。僕の銃の腕はここまで上がったお」

君にこれを見せたかった。
あのときのような屈託のない笑顔で「すごい」と褒めて貰いたかった。
そのためだけに銃の腕を磨いてきたのに、君はもう、ここにはいない。

( ;ω;)「ツン……僕は何をすればいいんだお……」

暗い倉庫の床に膝を付いた。右手に握った銃がとても重くて。
その重みにひきずられるように床へうつぶせに倒れこみ、気が付けば僕は眠ってしまっていた。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:24:50.95 ID:vyMrHQ0Y0

翌日、僕は施設を出て地上へと上がった。
理由は特にない。考えることに疲れ果ててなんとなく足が向いた、それだけだ。

重い正方形の扉をこじ開けて外に出れば、
時刻は昼らしく、南中した太陽がさんさんと赤い大地を照らしていた。

ブロッコリーを巨大化させたような丈の低い広葉樹の幹に背を預け、木陰でぼんやりとした。

風の吹く音に混じって鳥のさえずりが小さく耳に響いてきた。
耳を澄ませば虫のものらしき羽音も聞こえてくる。

( ^ω^)「……生き物がいるのかお」

素直に驚いた。
荒れ果てた赤い大地を前に気づかなかったが、しかしよくよく考えてみればあり得ることだった。

少ないながら植物が生育している。クーが農作物を育てている。
それは大地が生きている証拠であり、そこに生き物が生息していてもなんらおかしくはない。

かつて人間が汚した世界は、ゆっくりではあるものの二千年後の今確実に戻りつつあるのだ。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:26:57.32 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「ようやく出てきたか」

気が付けば隣にクーがいた。

彼女はいつも、気配を感じさせること無くいつの間にかそばに立っている。
長い黒髪の美しい彼女は、確か東洋の島国の出身だった。
もしかしたらニンジャとかいう一族の末裔なのかもしれない。

僕の冗談を裏付けるように、
超繊維の布をまとって木製の農具を手にした彼女の姿は不思議なまでにさまになっていた。

知らず見惚れていたらしい僕に笑いかけると、彼女は木製の農具を差し出して僕に言う。

川 ゚ー゚)「どうだ、やってみんか? 
     頭脳労働一筋だったお前には抵抗があるかもしれんが、
     やってみるととてもいいものだぞ? 気分も晴れるしな」



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:28:17.82 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「どうだ? 農作業もなかなか気持ちのいいものだろう?」

( ^ω^)「……お」

手渡された木製の鍬を握り、袖で汗をぬぐう。

外気温は二十度弱といったところだろうか。日差しがあるためさらに熱く感じられる。
しかしまとった超繊維は発汗性にも優れており、ファッション性を除けばとても機能的なものとなっている。

それも手伝ってか、初めての農作業にいそしんでいた僕は、暑さを差し引いてもすこぶる気分が良かった。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:30:03.36 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「こうやって体を動かせば土がこなれる。いずれはここに農作物が育つ。
     一つ一つの作業は小さな一歩に過ぎないが、積み重なれば大きな前進となるんだ。
     頭の中でグダグダ考えるより、よほど素晴らしいことだとは思わんか?」

( ^ω^)「お。その通りだお」

川 ゚ー゚)「だろう?」

赤土を頬につけたクーが満足げに笑う。

もともと感情を表に出すことが少なかったクー。
しかし二千年後の今、僕は彼女の笑顔ばかりを見ている気がする。
彼女にはよほどこの生活が水に合っているのだろうか?

辺りを見渡せば、赤い大地には十個近くの農作物の区画が点在している。
それらはすべて彼女が一人で作ったのだろう。僕が手にしている木製の農具も。

いったい彼女は、目覚めてどのくらいになるのだろうか?



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:31:59.95 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「たいした時間じゃないよ。
     それにこのくらい、他にすることが無いのだから短期間で作れる。
     農業のいろはを記した書物も施設内にいくつか残されていたしな」

( ^ω^)「じゃあ、この水はどこから調達してきたんだお?」

僕は地面に座り込むと、傍らに置かれた木製の桶と、そこに満たされた透明な水を指差して尋ねる。

川 ゚ー゚)「ここからしばらく歩いたところに河が流れていてな。そこから汲んできた」

( ^ω^)「河が流れているのかお?」

川 ゚ー゚)「ああ。あまり大きくは無い。が、深いから向こう岸に渡ったことはない。
     赤い大地に流れる河だからレッドリバーなんて呼んだりしている。
     飲んでも大丈夫だぞ。私は一度も腹を下したことが無いからな」

ちょうどのどがカラカラだったので、手ですくって飲んでみた。
水は冷たくて、喉を優しくなでるように通っていく。あまりの美味さに、僕は夢中で口に含んだ。



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:34:27.30 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「あと、定期的に雨が降る。不純物など何も無い綺麗な雨だ。
     かつての酸性雨など微塵も感じさせない。文明や人が存在しないだけで、
     むしろここは楽園と呼ぶべき住みやすさを私たちに保証してくれている」

またクーは僕に笑いかけた。
それから僕の隣に腰を下ろして、桶の水をそっと手ですくう。

そのまま水の満たされた手を顔へと近づけ、泥の付いた頬を洗う。
無駄のない手馴れた手つき。
それを不審に思うことなく、滑らかな彼女のしぐさを僕は純粋に優雅だとさえ感じてしまった。

顔に水滴を滴らせたまま、クーは僕へと振り向いて笑う。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:35:35.88 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「内藤。お願いがあるのだが」

( ^ω^)「お?」

川 ゚ー゚)「家を作らないか? さすがに女手ひとつでは地上に住居は作れなくてな。
     寝るのは毎日地下施設内。正直、毎日地上と地下を往復するのは疲れるんだ」

( ^ω^)「お。そのくらい構わないお。でも、みんなが起きてからのほうがいいんじゃないかお?」

川 ゚ー゚)「どうやら冷凍睡眠から起きる時刻には個人差があるようでな。
     いつ誰が起きるのか予想が付かんのだ。
     それまで待つのはしんどいし、それに善は急げというだろう? 
     住居を作ったところで損になることはあるまい?」

( ^ω^)「……それもそうだお。じゃあ、明日から作ることにするかお」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:37:37.93 ID:vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「ふふふ。そうだな。
     ああ、とても楽しみだ。何だか童心にかえったような気分だ」

( ^ω^)「……」

不思議だった。

わずか半日体を動かし自然とふれあっただけで、沈んでいた僕の気持ちはここまで浮き上がっていた。
そしてそれ以上に、かつての無愛想さなど微塵も感じさせない笑顔を見せ続けるクーの変化が、僕には不思議だった。

でもそんな不思議さも、彼女の笑顔を見ればすぐに霧散した。
疑問も、あれほど地下施設内で悩んでいたことも、何もかもがどうでもよく思えていた。

とりあえず、今は生活の基盤を確保しよう。考えるのはそれからでいい。

これまでに無いくらいに楽観的で前向きな自分がそこにはいた。
そして隣には笑顔を絶やさない、常に僕の傍らを歩いてきた彼女がいた。



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