( ^ω^)ブーンは歩くようです

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:39:49.96 ID:vyMrHQ0Y0

― 3 ―

僕が目覚めてから三ヶ月ほどが経過した。

その間、冷凍睡眠から誰も目覚めなかった。
しかし僕はそれを疑問に思うことなく、充実した日々の生活にただただ流され続けていた。

この三ヶ月で家を作った。それは家と呼ぶにはあまりにも粗末な、
子どもが秘密基地だといって喜ぶ程度の造りだったけど、僕とクーの家に間違いは無かった。

朝日とともに目覚め、河に水を汲みに行き、午前中は農作業にいそしみ、
気温の上がる午後には木陰に腰掛け、超繊維の布のストックを使って服や袋、タオルなどを作る。
日が沈む頃には心地よい疲労感に包まれていて、食事を取ったら間もなく眠りの底に落ちる。

それはかつての生活に比べれば地味以外の何物でもなかったけれど、
かつての生活では決して得ることの出来なかった充足感に満たされていた。

自然と一体化して日々を過ごし、だからこそ生きていることを実感できる、そんな充足感。



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:43:00.87 ID:vyMrHQ0Y0

( ^ω^)「心地いいお」

川 ゚ー゚)「ああ。そうだな」

南中する太陽を見上げ、手作りの超繊維タオルで汗を拭きながら呟いた言葉に、
嘘偽りはまったくといってなかった。
横に立つクーも同じようで、二千年前の彼女なら考えられないような微笑を終始顔に浮かべている。

白状すると、このときすでに僕はクーに惹かれていた。素敵な女性だと胸の内で想っていた。
それは僕の周りにはクーしかいないからとかそういう理由ではなくて、
これまで出会った女性と比較して純粋に魅力的だと感じていたのだ。

けれど僕の中でそれを口に出すことはどうにもはばかられていた。

例えば夜、二人で地上の住居で眠りに付いたとき、
僕は隣で眠る彼女を思い切り抱きしめたいという衝動に何度も駆られた。

健康な若い男女
――といっても僕たちの肉体年齢はすでに二十代後半だったが
――が一つ屋根の下にいれば当然のことだろう。

しかしいざ抱きしめようとすると、頭の片隅に決まってツンの顔が現れるのだ。
そのたびに僕は思う。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:44:58.02 ID:vyMrHQ0Y0

( ^ω^)「……ツンを忘れられないままでクーを抱くわけにはいかないお」

思春期か! そう突っ込まれても反論出来ないほどにウブで幼稚な考え方。

けれども実際の思春期を勉学と研究一筋に過ごしてきた僕にとっては、
二千年後のこのときがまさしく遅まきの思春期だった。

だから僕は自分の考えに何の疑問も抱いていなくて、それを正しいことだと信じきっていた。
そして共に過ごすクーの笑顔の裏には、醜いものなど何も存在しないのだと信じていた。信じていたのだ。

しかし、僕は気づいてしまう。

女の恐ろしさに。

――いや、人間誰しもが持ちうるであろう恐ろしさに。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:47:02.21 ID:vyMrHQ0Y0

その日、僕は深夜に目が覚めた。

むくりと寝床から起き上がって、隣にはクーがいて、
僕はいつものように彼女を抱きたい衝動に駆られる。

それをなんとか冷静と情熱の間に押しのけて、彼女を起こさないよう静かに家屋から外へ出た。

赤い大地がほとんどの、植物の姿があまり見えないこの世界では、季節の移ろいを視覚では認識しづらかったが、
肌寒い風の匂いと夜空の隅に浮かぶオリオン座の輝きが、季節が秋から冬に向かっているのだと僕に教えてくれていた。

( ^ω^)「よっこらセックス」

眠れそうに無かったので、大地のど真ん中に寝そべって夜空を眺めることにした。
二千年前とは比較にならないほど無数の星々が輝く夜空は、筆舌しがたいほどに明るく美しい。

( ^ω^)「ツン、この空を君にも見せたかったお」

そう呟ける自分が、少しうれしかった。



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:48:40.31 ID:vyMrHQ0Y0

「見せたかった」 

こんな風にツンに対して過去形の言葉を紡げるということは、
少なくとも以前よりは彼女の面影を思い出の向こう側へと押しのけることが出来ているのだろうから。

もう少しでクーに想いを伝える資格が得られる。
自己満足に夜空へと微笑んで、なんとなく北極星を探してみた。

北斗七星のひしゃくの先端と先端からふたつ目の位置にあるドゥーベとメラク。
メラクからドゥーベまでの距離を五倍すると、そこが北極星――ポラリスの位置になる。

見つけ出した僕は、それから飽きることなくポラリスを眺め続けた。
ポラリスの位置は何時間経っても変わることなくそこにあった。

――そう。そこにあったのだ。



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:50:01.42 ID:vyMrHQ0Y0

やがて、うとうとしてきた。
意識がゆるりと緩んでいって、眠りが僕の前に姿を現す。

そのとき、僕の脳の片隅にしまいこまれていた知識のふたが気まぐれに開いた。

思えばこの気まぐれが、僕のこれからを大きく左右することになった。
もちろんこの時の僕はそれに気づくわけがない。

ただバッと飛び起きて、もう一度ポラリスを確認して、驚くことしか出来なかった。



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:50:47.11 ID:vyMrHQ0Y0

(; ゚ω゚)「おかしいお……そんなのあり得ないお!」

夜空に向かって叫んだ僕は、それからクーの眠っている家屋へと走った。

扉を開ければ彼女はすやすやと眠っていて、
まだそれを疑惑程度にしか認識していなかった僕には、結局彼女を起こすことは出来なかった。

代わり懐中電灯を手に取ると、一目散に地下施設へと走った。

眠気はとうに消えていた。



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:51:56.59 ID:vyMrHQ0Y0

何度も通った地下への階段を下り、施設のメインルーム、
冷凍睡眠装置の設置室へと飛び込んだ僕はすぐさまコンピュータにかじりついた。

コンピュータが示す「今」は間違いなく「今」のまま。
しかし、理論上それはあり得ないことなのだ。

それから時間を忘れてコンピュータ内部を調べまくった僕。
眠っていた天才の才覚がようやく目覚めだしていた。

頭が冴え、手が自動的に動き始める。
そして完全に時間の感覚を失った頃になってようやく、僕はその痕跡を見つけ出した。



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/23(金) 00:52:54.29 ID:vyMrHQ0Y0

(; ゚ω゚)「ふざけるなお……これはいったいどういうことだお!」


正しい『今』を認識したコンピュータが映し出した数字。


三○四五


倉庫から拳銃を取り出して握り締めると、僕は地上へと駆け出した。



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