( ^ω^)ブーンは歩くようです

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:44:31.18 ID:vOksW4G60

― 4 ―

(  ω )「さて、答えてもらうお」

川  - )「何をかな? とりあえず銃はしまってくれ。物騒なことこの上ない」

地上に上がれば、すでに空は真っ赤に染まっていた。
どうやら僕は半日以上も地下施設にこもっていたらしい。

空も大地も、何もかもが血のように赤い世界。
その上にたたずんでいたクーに銃を突きつけて、僕は言う。

(  ω )「お前にそれを言う資格は無いお。
      知ってるお。お前がいつも服の下に銃を忍ばせていることくらい」

川  - )「……やれやれ。大した観察力だな」

首を左右に振りつつ衣服の下から銃を取り出したクーは、
両手を上にあげて、握っていた銃をぽとりと地面に落とした。

カチャリと、黒鉄が赤土と衝突して音を立てた。
それを確認した僕は親指で差し金を引き、銃口を彼女に向けて尋ねた。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:47:24.51 ID:vOksW4G60

(  ω )「なぜ、僕たちは『今』にいる?」

川  - )「『今』? なんのことかな? 言いたいことがさっぱり見えんが?」

(  ゚ω゚)「とぼけるなお! 二千年後に目覚めるはずだった僕たちが、
     なぜ『今』……三○四五年の世界にいるんだお!!」

知らず震えた僕の怒鳴り声にクーはたじろぎもしなかった。
西日を背にした彼女の顔は、姿は黒に染まっていて、表情をまったく判別できない。

ただ欠片も動揺していないらしいことだけは、彼女の声色から察しがついた。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:49:13.59 ID:vOksW4G60

川  - )「勘違いじゃないか? 『今』は四○四五年。
      紛れも無い二千年後の世界だぞ? 施設内のコンピュータもそう表示していただろう?」

(   ω )「そうだお。おかげでまんまと騙されていたお。
      あまりにも巧妙な手口だったから、改ざんの痕跡を探し出すのに天才の僕でも丸一日かかったお。
      だけどさすがのお前も、『星』を改ざんすることまでは出来なかったみたいだお」

川  - )「……星? 申し訳ないが、星については専門外でね。詳しく聞かせてもらえんか?」

(  ω )「構わんお。尻の穴かっぽじってよーく聞けお」

影のような姿のクーが顔を空に向けた。茜色の空には未だ星はひとつも出ていない。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:52:37.29 ID:vOksW4G60

(  ω )「昨日、北極星を見ていて気づいたんだお。
     この空では、北極星はほとんど動かず北極星たりえていたお」

川  - )「当たり前だろう? 
     地軸の延長線上にあるから北極星は動かず、だからこそ北極星と呼ばれているのだ。
     そのくらい星に造詣の深くない私ですら知っている。常識中の常識だ」

(  ω )「ところがどっこい。違うんだお。
     今が仮に二千年後だとすると、北極星は北極星では無くなっているんだお」

銃の照門と照星を結ぶ直線の延長線上にクーの姿を捉える。
未だ彼女の表情は影となって判別がつかない。僕は続ける。

(  ω )「僕たちが冷凍睡眠に入る前の世界では、ポラリスという星が北極星の役割を担っていたお。
     でも、地球の自転には僅かな揺れがあるお。この影響から北極星は周期的に代わっていくんだお。
     今を二千年後と仮定した場合、北極星はケフィス座のエライになっているはずなんだお。
     だけど昨日見た空ではエライはまだ天球を回っていて、ポラリスは同じ位置にずっとたたずんでいたお」

ジッと見つめて、照準の先にクーを見る。
西日を背負って影絵となっていた彼女は、依然として動かないまま。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:55:55.01 ID:vOksW4G60

(  ω )「僕も星が専門だったわけじゃないお。かじった程度の知識しかなかったお。
     だけど、『今』を疑うにはそれくらいの根拠で十分だったお。
     一日をかけてコンピュータを調べたお。
     生半可な調査では一切痕跡が見つけられないほど巧妙に改ざんされていて驚いたお。
     星の位置に疑問を持っていなかったら、僕はきっとそこまでしなかった。
     多分僕は、一生騙され続けていただろうお。
     見事だったお。さすがはクーとでも言っておくべきかお?」

川  ー )「……お褒めに預かり光栄だよ。内藤博士」

ようやく動きを見せた影絵は、けれど相変わらず平時の声色で僕に言葉を投げかけるだけ。
僕は引き金を引いた。パンと乾いた音が響いて、弾丸がクーの足元をえぐる。彼女の動きが止まった。

(# ゚ω゚)「ふざけるなお! 今度ふざけたことをぬかしたら脳天に風穴が開くと思えお! 僕は怒っているんだお!」



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:57:46.41 ID:vOksW4G60

間違いなく僕は怒っていた。
あと一歩で我を忘れるほど、ギリギリの状態で理性を保っていた。

(# ゚ω゚)「二千年後の世界を復興させる。それがツンやみんなの願いだったんだお。
    それなのになぜ僕は千年後にいる? なぜお前は千年後の『今』に立っている!?
    ……もしやと思ってコンピュータの表示を是正したあと、冷凍睡眠装置のタイマーも調べてみたお。
    案の定、彼らが目覚めるのは『今』から千年後だったお。
    そう仕向けたのもお前なのかお? なあ、クー!?」

言葉を声に出せば出すほど怒りがこみ上げてきた。
握り締めた銃がプルプルと震える。

つい一日前まで好意を寄せていた目の前の影絵。

それが今は、どんなものよりも憎らしくてたまらなかった。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 21:59:34.63 ID:vOksW4G60

二千年後。

状態がかつての世界まで回復すると見込まれるそのときまで眠り、
託された人類の復興という仕事を他の天才たちと共に遂行する。
それが生き延びる代わりに僕に課せられた使命。

ところが僕は千年後の三〇四五年にいる。
いや、僕たちが眠りについたのは二〇四〇年だから正確には千五年後か。
そんな端数はどうでもいい。

なぜこうなったのか。
なぜ他の天才は眠り続けているのか。
なぜみんなの――ツンの想いとは別の時間に、僕は目覚めているのか。

その答えを知っているのは一人しかいない。
誰よりも先に目覚め、僕が目を覚ましたとき目の前で泣いていた人物。

(  ゚ω゚)「クー。お前しかいないんだお」

引き金をギリギリまで絞った。

――そして、僕は震えた。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:04:05.45 ID:vOksW4G60

なぜ僕の方が震えたのか。答えは簡単だ。

銃口の先のクーが、影絵同然で表情の判別が付かないはずのクーが、
それでも笑っていると確かに感じられたからだ。

銃を向けている僕の方が動揺する。
それほどまでに、彼女の雰囲気の変化はうすら寒いものだった。

クーはすっと右足を前に出して、ゆっくりと僕に近づいてくる。
西日を背負った彼女の表情が、徐々にわかるようになる。

川 ゚ー゚)「ご名答。すべては私がしたことだ。
    千年という数字は、単に縁起を担いで決めただけ。
    ほら、かつて十七世紀にはやった終末論の一派に千年王国論というものがあっただろう?
    あれをモチーフにしただけさ。
    それに千年も経てば、生きるに支障の無い状態に世界が戻っていると思っていた。
    事実、千年後の『今』は生きるになんら支障は無い。むしろ心地よさすら感じる。
    さしずめ今は、千年王国論で言う千年後の神の国といったところかな?」

(; ゚ω゚)「ち、近づくなお! 止まれお!!」

川 ゚ー゚)「どうして私とお前が千年後に目覚めたか。理由は簡単さ。
    私はな、お前と二人っきりになりたかったんだよ。内藤ホライゾン



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:06:08.92 ID:vOksW4G60

(; ゚ω゚)「来るな……来るなお!!」

思わず引き金を絞っていた。
再びパンと音が鳴って、表情が見え始めていたクーの頬を銃弾がかすめていく。

それでも彼女はひるむことなく、この世界の大地同じように赤い血を頬から滴らせながら、
妖艶な笑みでこちらへと近づいてくる。

川 ゚ー゚)「内藤。私はお前が好きだった。ずっとずっと、好きだったんだよ」

(; ゚ω゚)「な、何を言ってるんだお! 僕の質問に答えるんだお!」

川 ゚ー゚)「答えているさ。一言一句漏らさず、はっきりとな」

目の前まで歩んできたクーは、動揺する僕の手から銃を奪い取った。
それからもう片方の手で僕の右手をつかむと、それを彼女の左胸へと押しやる。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:08:24.00 ID:vOksW4G60

川 ゚ー゚)「内藤。私は女だ。わかるだろう?」

超繊維の生地の上からもわかるほどに柔らかい乳房の感触。
その下に、わずかな胸の鼓動も感じ取れる。

見たことが無いほど艶かしい笑みを浮かべたクーは、
顔には表さないものの、僕と同じように動揺しているようだ。

川 ゚ー゚)「ずっと好きだった。けれどもお前は私など見向きもしなかった。
     しかし、私はそれで良かった。ずっとお前の傍らにい続け、共に研究していられれば十分だった。
     お前がツンに想いを寄せていても一向に構わなかった。
     だってそうだろう? 私とお前の間には、ツンとの間にはないたくさんの子どもたちがいたのだから」

(; ゚ω゚)「……子ども? な、何を言ってるんだお!?」

川 ゚ー゚)「わからないのか? 今お前が触れているだろう?
     私が手助けし、お前が作りだしたこの超繊維だよ」



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:11:51.00 ID:vOksW4G60

その一言で、クーの乳房ではなく超繊維の硬い生地の感触が僕の手のひらを支配する。

僕はあわててクーの乳房から手を引いた。それからバッと飛びのいて彼女との距離を作る。
クーは少し残念そうに僕を見たあと、再び笑みを浮かべて続けた。

川 ゚ー゚)「他にもたくさんある。
     一粒で腹の満たされる食料。冷凍睡眠装置。新エネルギーシステム稼動基地。
     みんなみんな、私が手伝いお前が作り上げたものだ。
     紛れも無い、私と大切なお前の子どもたちだ」

(; ゚ω゚)「ま、まさか……」

彼女の言葉にハッと気づいて、僕は何も持っていない右手を彼女に向けた。
だが銃が彼女に奪われていたことを思い出して舌打ちし、奪い返そうと無我夢中で駆け出した。
しかし足を絡ませたらしく、僕は彼女を押し倒す形で地面へとうつむけに倒れてしまう。

反射的に起き上がろうとした。

けれどそれは適わず、代わりに僕の手を握った、
僕に覆いかぶさられる形で仰向けに倒れたクーの言葉が、至近距離から僕へと迫る。


川 ゚ー゚)「ああ、そのとおりだ。
     新エネルギーシステム理論を某国に流出させたのは他でもない。この私だ」



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:14:02.84 ID:vOksW4G60

(# ゚ω゚)「ふざけるなお!!」

無理やり彼女の手を振り払い殴りかかかろうとした僕の右腕。

しかし、それは止まる。
こめかみに押し付けられた銃口の無機質な冷たさに、僕は微動だに出来なくなる。

川 ゚ー゚)「まあ聞け。内藤」

(; ゚ω゚)「……」

冷たい。押し付けられた固い銃口が。
怖い。至近距離から見つめてくるクーの瞳が。

川 ゚ー゚)「お前と私が苦心して構築した新エネルギーシステム理論。
     さながら腹を痛めて生み出した我が子だよ。
     それを現物として見たい願う親心くらい、同じ研究者のお前なら理解できるだろう?
     幸い、研究所の監視システムは凡人どもが作ったものだった。
     その目を盗んで情報を流すことくらい、仮にも天才である私には赤子の手をひねるようなものだったよ」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:16:55.88 ID:vOksW4G60

(  ω )「……出来ないお。
     世界を崩壊させてまで見たいなんて、そんな狂った考えは理解できないお」

川 ゚ー゚)「おいおい。それは誤解だよ。
     さすがの私も世界を崩壊させようなんて微塵も思わなかったさ。
     単なる過失だよ。世界の崩壊はな。
     それにお前は私が狂っているといったが、それはあの世界の方じゃないのか?」

(# ゚ω゚)「……どういうことだお!」

川 ゚ー゚)「だってそうだろう? 新エネルギーシステム理論という素晴らしいものを、
     こともあろうに戦争の引き金にしてしまったんだぞ?
     自らの利権ばかりを重視し、大局に目を向けられない。
     おまけに世界を自分たちの手で崩壊させてしまった。ああ、なんと愚かだろう。なんと狂っているのだろう」

(# ゚ω゚)「……貴様!!」

川 ゚ー゚)「まあ聞けって。短気は損だぞ?」

こめかみに当てられていた銃がカチャリと声を鳴らした。
引き金が僅かに絞られたらしい。

また僕は動けなくなる。
まるで「いい子だ」と言わんばかりに、クーは三日月形に目を細める。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:19:00.16 ID:vOksW4G60

川 ゚ー゚)「そんなときだ。ツンが現れたのは。お前をたらし込んだ憎らしい女。
     しかしあいつは素晴らしい情報を私たちにもたらしてくれた。冷凍睡眠の話だよ」

(; ゚ω゚)「……」

川 ゚ー゚)「あの車の中で、私はすぐに妙案を思いついたよ。
     ずっと手に入れられないと諦めていたお前が、私のものになる素晴らしいアイデアをな。
     それが、『今』だ」

(; ゚ω゚)「……」

川 ゚ー゚)「冷凍睡眠装置に細工をして、お前と私だけを千年後に目覚めさせる。
     天才であり生みの親でもある私には簡単なことさ。実際、その細工はすぐに終わったがな。
     そうすれば嫌がおうにも私とお前は二人っきり。あとはお前と結ばれるだけ。
     私が思いついた生涯最高の理論だ。そう思わないか?」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:21:48.35 ID:vOksW4G60

僕の体に覆いつくされたまま地面を背にして、クーは僕の顔を見上げ、笑う。

見覚えのある笑顔。そう、確かあの時。
理論の流出とその対処のための会議の後に見せた、不覚にも美しいと感じてしまったあの時の笑顔。

そして今も僕は、それを美しいと感じてしまっている。
理性が否定しているのに本能が肯定している。そんな感じだ。
苦し紛れに僕は言う。

(; ゚ω゚)「……くだらない理論だお」

川 ゚ー゚)「くだらない? 何を言ってるんだ? 現にお前は私に惹かれていたではないか。
     知っているぞ? 毎夜、お前が私を抱こうと煩悶していたことをな。
     いったい何を迷っていたんだか。いつでも私はお前に抱かれる準備は出来ていたのに。
     そして……今もな」

こめかみの冷たい感触が消え、代わりに僕の首元に暖かい何かが触れた。
クーが銃を離し、両手を僕の首根っこに回したのだ。

そのまま彼女は僕の顔を引き寄せていく。
なぜか僕は逆らえず、引き寄せられた僕の頬が彼女の頬に強く触れた。

熱い。理性が崩れそうだ。



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:24:01.77 ID:vOksW4G60

川 ゚ー゚)「さあ、私を抱け、内藤。
     恥ずかしくなどないさ。ここには私とお前以外にいないのだから。
     どんなことをしてもいい。私はお前のすべてを受け入れる。
     だから情熱の赴くままに私を抱け。内藤」

僕の名を呼ぶ、耳元でささやかれる甘い声。
抱きしめてくる熱く柔らかい体。

体が芯から溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
地面についていた両腕が無意識に彼女の体へと動いていく。

彼女の腕が首元から解かれた。
代わりに、その腕が僕の下半身へと向かう。甘美な吐息が耳をかすめる。

川  ー )「……さあ、内藤」

それはこれまで一度も女性経験のなかった僕には、逆らえるはずのない強烈な誘惑だった。

理性が言うことを聞かず、意識が混濁する。
本能が主導権を握り、抱いてしまえと僕にささやく。

もうダメだと、両腕に力を込めてクーを抱こうとした。そのときだった。



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:25:37.42 ID:vOksW4G60

ξ゚ー゚)ξ「バイバイ。内藤」

あの時の、今と同じように混濁した意識の中で耳にしたツンの声が頭の中に響いて、
あの時の、去り際のツンの寂しそうな笑顔が僕の目の前を覆い尽くした。

それはきっと、ここでクーを抱いてしまえば一生ツンに顔向けできない、彼女の願いを叶えられない、
千年の眠りの中で脳に本能として焼きついてしまった、そんな想いが生じさせた幻覚に過ぎなかったのだろう。

けれど、目覚めるにはそれで十分だった。

そしてツンの面影は消え、代わりにクーの吐息が僕の耳を撫ぜる。
その吐息がいつかと同じように、僕にこう語っていた。

「私はこの状況を待ち望んでいた」

僕は跳ね起きると、仰向けに横たわるクーと距離を取り、叫んだ。



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:26:58.10 ID:vOksW4G60

(# ゚ω゚)「ふざけるなお! 
     ツンの想いを踏みにじったお前の思い通りになってたまるかお!」

気がつけば、真っ赤に染まっていた空はどす黒い色に姿を変えはじめていた。
沈んだ太陽の代わりに昇った月が僕たちを静かに照らしている。

沈黙。

クーは仰向けに寝転がったまま、星の出始めていた夜空をジッと眺めているだけ。
僕も冷静さを取り戻すため、荒れていた息を必死に整えていた。



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:27:52.18 ID:vOksW4G60

川  - )「それは、変わることはないのか?」

ようやく息が整ったころになって聞こえてきたクーの声。
それは本当に小さな声だったけれど、気味が悪いくらいにはっきりと聞こえた。

(; ゚ω゚)「……何がだお」

川  - )「お前が私を好きにならないというのは、決して変わることはないのか?」

(# ゚ω゚)「……当たり前だお」

川  - )「それは、あの女に縛られているからなのか? ツンを忘れられないからなのか?」

(; ゚ω゚)「……お前に話す必要はないお」

川  - )「ああ、そうか。千年経っても……私はあいつには勝てなかったのか……」



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:28:39.39 ID:vOksW4G60





川 ゚∀゚)「ははは……あははははははははははは! ひひ……ひゃははははははははははは!」







81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:30:52.86 ID:vOksW4G60

何が起こったのかわからなかった。
すっかり暗くなった世界に、狂ったようなクーの笑い声が響いたからだ。

いや、狂ったようなではない。このときすでに、クーは狂っていた。

彼女はゆらりと起き上がると、地面に転がっていた銃を拾い上げ、
こともあろうにそれを自分のこめかみに押し付けて、叫んだ。

川 ゚∀゚)「五年……お前は五年の孤独を考えたことがあるか!?」

(;゚ω゚)「な、何を……」

川 ゚∀゚)「五年! 実に長かったよ! 孤独にすごした五年間は気が狂いそうなほどに長かった!」

叫ぶ彼女は先ほどまでの笑みとはまったく異なった、まるでピエロのような笑みを浮かべていた。
「私は道化師だ」と、声に出すことはなかったが、彼女の表情は確かにそう言っていた。



86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:32:46.95 ID:vOksW4G60

川 ゚∀゚)「私は確かに千年後貴様が目覚めるよう細工した!
     それなのになぜか貴様は目覚めず、タイマーを見ればあと五年眠り続けるようになっていた!」

(; ゚ω゚)「……五年!? まさかお前、五年も前に目覚めていたのかお!?」

川 ゚∀゚)「ああ! そうさ!!」

驚いた。そんな表現が陳腐に感じてしまうほどに僕は驚いていた。
そしてその事実を聞いた今となってようやく、彼女の顔がかつてより老いていることに僕は気がついた。

いつだったか、地下にこもり悩んでいた僕。諭してきた彼女の顔を、僕は老けていると感じてしまった。
それは錯覚ではなかったのだ。

川 ゚∀゚)「まさか本当に気づかなかったのか!? 天才の名が聞いてあきれるな!
     何の経験もない私が、一朝一夕でこれほどの作物を育てられるわけがなかろうが!
     私はな、試行錯誤を繰り返して、施設内の味気ない食料で空腹を満たして、
     ようやく今に至るまでになったのだ!」



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:34:49.07 ID:vOksW4G60

それからまたクーは大声で笑う。
己のこめかみに当てた彼女の銃がプルプルと震える。

川 ゚∀゚)「五年……寂しかった! ああ寂しかったさ!
     一日は長く、夜の闇は自分が消えていくと錯覚させるほどに恐ろしかった!
     孤独に耐えかねて人の姿を探しにこの地を離れたことも何度もあったさ!
     しかしな、ここには貴様が眠っている! そして五年後に貴様は確実に目覚めるんだ!
     だからこそ私はここに縛られたまま遠くへ行けず、
     誰とも会うことがないままにここへ舞い戻ってきたのさ!」

なるほど。そのときにクーは護身用にと銃を持ち歩いていたのだ。
だからここに定住する今も名残で銃を腰に忍ばせ続けていたのだろう。
どうでもいいことに納得して、僕は彼女に叫ぶ。

(; ゚ω゚)「それなら起こせばよかったんだお! 
     僕でもいい! 誰でもいい! 寂しかったなら起こせば良かっただろうがお!」

川 ゚∀゚)「おいおい、貴様の脳みそはそこまで腐ってしまったのか!?
     起こせるわけなかろうが! 冷凍睡眠装置にそんな機能などはじめから存在しない!
     そのように理論を構築したのはほかならぬ貴様だろうが!」



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:36:18.32 ID:vOksW4G60

その言葉にハッと気づく。

そうだった。確実に目的の時間まで眠られるように、
誤作動の要因となる途中解除の要素を僕はあえて理論から排除していたのだ。

はじめから存在しない解除機能など、出口のない迷路みたいなものだ。
どんなに奇知を巡らせようと、あるはずもないゴールを見つけ出すことは限りなく不可能に近い。

それが複雑に複雑を極めた冷凍睡眠装置ならなおのこと。
下手にいじくれば眠る人物を永眠させることにもなりかねない。

つまり、クーには逃げ場がなかった。

たとえそれが彼女自身の招いた結果だとしても、五年間の孤独を想像して僕は同情を感じられずにはいられなかった。
哀れみのまなざしを向ける僕の前でクーは、依然として狂った笑みを浮かべたまま、叫び続ける。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:38:04.06 ID:vOksW4G60

川 ゚∀゚)「あれから五年! 私はひたすらに耐え続けた!
     そして貴様が目覚めたとき、私は涙を流すほど嬉しかったよ!
     これでようやく孤独から開放されると! 貴様と結ばれるときが来たのだと!
     しかしこの様だ! 貴様は私を選ぶことなく、千年も前に死んだ女を思い返すだけ!
     まったくもって傑作だよ! ここまで哀れな人間はどこにもいないだろうな! 
     ひひひ……ひゃはははははははははははははははははははははははは!!」

クーの高笑いが夜に響く。
月明かりに照らされた彼女は存分に狂っていた。

その笑いは僕と彼女、いったいどっちに向けられているのだろうか?

カタカタとゆれる彼女の銃。今の彼女なら撃ちかねないと、近づこうとした僕を彼女が制した。



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:39:39.84 ID:vOksW4G60

川 ゚∀゚)「近寄るな! 寄ればすぐにでも死んでやる!」

(; ゚ω゚)「馬鹿な真似はよすんだお! 銃をおろすんだお!!」

川 ゚∀゚)「馬鹿な真似!? ふざけるな! 私は五年の孤独を味わった!
     しかしな、その孤独にも救いはあった! それが貴様だ! 
     貴様が目覚めるという救いがあったからこそ、私は長すぎる孤独にも耐えてこられたのだ!
     そして今、貴様に拒まれた私に救いなど存在しない!
     今私を襲うのはあの時以上の孤独! それに襲われるくらいなら死んだ方がマシだ!」

(; ゚ω゚)「ま、待つんだお!!」

足が踏み出せないまま、手だけをクーに伸ばした。
引き金をギリギリまで縛った彼女は、それを見てニヤリと笑う。

川 ゚∀゚)「……ならば、最後のチャンスをやろう」

(; ゚ω゚)「なんだお!?」

川 ゚∀゚)「簡単なことさ! 私を好きだと言え! 叫べ! 私と子をなすと誓え! そして私を抱け! 
     それが偽りでも構わない! 私は貴様が口にした言葉だけを信じよう! さあ! 内藤ホライゾン!!」



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:41:50.07 ID:vOksW4G60

(; ゚ω゚)「!!」

叫んだクーの剣幕に、体がグッと押されるのを感じた。
汗がドッと噴出してくる。差し出した右手を戻し、こぶしをギュッと握り締めて考える。

ここでクーが好きだと言ってしまうことは簡単だ。そうすれば彼女は生きるだろう。

けれどもそれを口にしてしまえば、ツンの面影が取り返しのつかないところに消えてしまうような気がした。
僕が僕で無くなってしまうような気がした。

僕の脳にはすでに、ツンの願いを成し遂げなければならないという想いが本能と呼んで差し支えないほどに刻まれていた。
それを否定することは本能を失うと同じこと。本能を失った時点で生き物は生き物でなくなるし、僕は僕でなくなる。

だから僕は何も言えない。自分を失うのは怖いことだから。
そしてそれは、クーの言葉を否定したのと同じことだ。

無言で立ち尽くすだけの僕から、彼女もそれを察しとったのだろう。諦めたような声でつぶやく。



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:43:16.22 ID:vOksW4G60

川 ゚ー゚)「……そうか。もういい」

力なく声を漏らしたクーの顔に、さきほどまでの狂った笑みは存在していなかった。
その代わり、すべてを諦めたような悲しい笑みをこちらに向けている。

ああ、彼女は死ぬつもりなのだ。

確信すると同時に、僕の体が震えた。
得体の知れない恐怖が突然僕を襲ってきて、僕は我知らず叫んでいた。

(; ゚ω゚)「す、好きだお! 僕はお前が好きだお! だから死ぬなお! 頼むから死ぬなお!」



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:45:04.91 ID:vOksW4G60

川 ゚ー゚)「もう遅い。遅いんだよ。
     私はもう生きることに疲れた。そしてお前が嫌いになったんだ。内藤」

虚脱した笑み作ったクーの顔は、哀れんだ視線を僕によこした。
そしていつものような静かな調子で、こう遺す。

川 ゚ー゚)「内藤。後悔するがいい。
     私を失ったお前は、私の感じた以上の孤独に襲われて生き続けるのだ」

そう。それだ。
僕の感じた得体の知れない恐怖とはそれだったのだ。

彼女がここで死んでしまえば、この千年後の世界に僕は独り残されることになる。

顔面が蒼白になっていく僕。
それを見たクーは、最期に憎らしいほどの素敵な笑みを作り、涙を流して吐き捨てた。

川 ;ー;) 「お前は死ねない。あの女の怨念がお前の脳に刻み付けられているからだ。
      死ぬことも出来ず、お前はこの世界に永遠に一人ぼっち。
      人のいない、比べるものの存在しない世界では、天才というお前の自我に何の意味もない。
      何もかも失ったお前は後悔するだろう。『あの時素直に私を抱いていればよかった』とな」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:46:45.09 ID:vOksW4G60

(; ゚ω゚)「馬鹿! 止めるんだお!」

クーが引き金をわずかに引いたのがはっきりとわかった。
恐ろしいまでにゆっくりと移ろう世界の中で、僕は腰を下ろし、右足に力を込める。
泣き笑いの表情で自分のこめかみに銃を突きつけているクーを止めるため、駆け出そうとする。

川 ;ー;)「ああ、そうだ。最後に教えてやろう」

でも、その足も止まる。
彼女の終わりの言葉に打ちのめされて、僕は動けなくなる。

川 ;ー;)「お前が最後まで想い続けたツン。あいつには恋人がいた」



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:49:28.34 ID:vOksW4G60

(; ゚ω゚)「……う、嘘だお! 絶対に嘘だお!」

川 ;ー;)「嘘じゃないさ。私たちと知り合う前からいたそうだ。
      相手は確か……幼馴染と言っていたな」

(; ゚ω゚)「そんな……そんな……」

踏みしめた右足から力が抜けた。
落とした腰が深く沈み、カクンと膝が折れた。
頭の中が真っ白になる。

あのツンに恋人がいた? 
僕の前で楽しそうに笑っていた彼女に? 
自分の存在の証を僕に刻み付けた彼女に? 
人類の未来を僕に託してくれた彼女に?

川 ;ー;)「それともうひとつ。あの女は世界を救いたいと言っていたが、あれは嘘だったはずさ。
      あの女は凡人ながら、それなりに頭が良かった。
      あの状況が絶望的だったことはとうに知っていたはずさ。
      だからきっと、あいつはあのあと恋人の元に帰り、世界の終わりをそいつの腕の中で迎えたに違いない」

( ;ω;)「ちがうお! ……ツンは……そんなこと……」

川 ;ー;)「哀れだな、内藤ホライゾン。
      お前は現実でも独り。思い出の中でも独り。永遠に……独り」

にじむ視界の中。クーは笑ったまま哀れんだ視線を僕によこし、ゆっくりと引き金を引いた。



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/24(土) 22:50:50.25 ID:vOksW4G60

乾いた音が夜に響いて。
血と脳しょうが地面に飛び散って。
息絶えた肉塊がガクリとひざを突いて。

月明かりの下、地面に倒れた。

呆然と死体を見下ろしていた僕。
焦点の定まらない視線を夜空に向けて、意味のない言葉をつぶやいた。


(  ω )「ああ、今夜は満月なのかお」



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