( ^ω^)ブーンは歩くようです
- 199: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:11:44.07 ID:Vd46qG3Z0
― 9 ―
降り出した雨は未明には姿を消し、日が昇る頃には雲はすっかり消えてしまっていた。
木々の葉から滴る雨露。森に立ち込める霧からは心地よい朝の香り。
山も森も空さえも、夜中の出来事など知らないように静かで、あたりの空気は実にひんやりとしていた。
夜通し歩き続け、日が昇りきり、霧が晴れた頃になって、ようやく僕は村へ着くことが出来ていた。
二度と訪れることはないと思っていた村は閑散としていて、大人の姿は一切見えなかった。
おそらく神の祠だった場所にでも行っているのだろう。
子どもたちの姿も見えない。
家から出ないよう言い含められているのか、それとも単純に眠っているだけなのか。
どちらにせよ、誰もいないというのは僕にとって都合がよかった。
今となってはすっかり見知った道を歩き、一年間住まわせてもらっていたしぃちゃんの家へと向かう。
- 201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:12:54.80 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……いないお」
しかし、屋内はもぬけの殻だった。
ギコの家も覗いてみたが、同じく中には誰もいない。
ほかの家々も覗いてみたが人の姿はどこにもない。
村には誰もいないらしい。
もしかしたら昨夜の爆発音や暴風、地鳴りを恐れてどこかに避難しているのかもしれない。
( ^ω^)「困ったお。どうするかお……」
一人村の真ん中にたたずみ、考えた。
誰か来るのを待って、伝言を頼むか?
いや、それは無理だろう。
大人が僕の話をまともに聞くわけが無いし、子どもに頼むのは不確実だ。
第一、それはしたくない。
ドクオの遺言を、誰かを介するという形でギコとしぃちゃんに伝えたくはない。
直接、二人に伝えたい。
- 204: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:14:02.97 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「お! そうだお!」
再び考えをめぐらせて、妙案が思い浮かんだ。
昨夜もドクオと行ったあの丘の上。
あそこで待ち続ければ、いずれしぃちゃんとギコが来るかもしれない。
( ^ω^)「そうと決まれば早速行くお」
誰もいない村。
今度こそ二度と訪れることの無い村を、僕はゆっくりあとにした。
- 207: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:15:16.51 ID:Vd46qG3Z0
歩きなれた森の道。
すっかり明るくなった空の下、枯葉の積もる地面をしっかりと踏みしめて歩き続けた。
丘への道半ば、もしかしたらと思い、ドクオの家に立ち寄ってみた。
ドクオの予想通り屋内は荒らされていて、けれども、そこに人の影は存在しなかった。
屋外に出て、石造りのそれを改めて眺めた。
主を失ったこの家は、いつまでここに存在し続けられるのだろう?
馬鹿みたいな物思いにふけって、続けて家の裏手の家畜小屋へと足を向けた。
ドクオが育てていたヤギを、森に放してやろうと思ったからだ。
( ^ω^)「ドクオはもういないけど、お前はちゃんと生きるんだお」
小屋から外に連れ出すと、ヤギはのん気に「メェ〜」とひと鳴きして、
散歩に行くかのような軽い足取りで森へと姿を消した。
それから小屋の扉を閉めようと振り返ったとき、僕はその中にあるものを見つけ出す。
- 208: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:16:57.46 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「これはドクオの石ヤリ……それと、袋?」
ヤギの影に隠れて見えなかったが、
小屋の奥にはドクオがいつも持っていた石ヤリと見慣れない大きな袋が
まるで隠されているかのように物陰にひっそりと置かれていた。
何かと思って手に取れば、袋の表面には、汚らしい字でこう書かれていた。
「ぶーんさへ。つかってけろ」
ドクオの笑顔と同じように不細工で、でもなぜか愛嬌と温かみの感じられる不思議な字。
袋の中には大量の保存食が詰め込まれていた。
草で作った傷薬など、原始的な薬品もいくつか入っている。
きっと旅に必要だろうとの気遣いから、ドクオが僕のために用意してくれていたのだろう。
- 211: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:18:08.90 ID:Vd46qG3Z0
しかしこんな大量の品、一朝一夕で用意できるものではない。
「僕を殺すつもりだった」と言っていたドクオだが、
もしかすると彼は、はじめから僕を信じていてくれたのかもしれない。
そうだとしたら、すごくうれしい。
言葉には表せないほどの感情の高ぶりが、体の芯から湧き上がってくる。
( ^ω^)「……ありがとうだお。だけど……」
しぃちゃんとギコにドクオの遺言を伝えた後、僕は死ぬ。
だから、僕が旅に出ることはもう無いのだ。
かといって、ドクオの贈り物を受け取らないわけにはいかない。
それが僕に出来る、せめてもの彼に対する感謝の表し方だったからだ。
石ヤリと大袋を持ち上げた僕は、あの丘へ向け、ゆっくりと歩を進めた。
- 216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:19:16.61 ID:Vd46qG3Z0
(;*゚听)「ブーン兄ちゃん!」
(,,゚Д゚)「……」
( ^ω^)「……しぃちゃん。ギコ」
丘に着いた頃には日はすっかり昇りきっていて、
昨夜置いた僕の荷物が転がっていて、
そしてギコとしぃちゃんがそこにいた。
僕の姿を見るや否やしぃちゃんはこちらに駆け出し、僕の足にしがみついてきて、
僕を見上げて大きな瞳をぱちくりさせながら、ろれつの回っていない声でまくし立てる。
(;*゚听)「あのあとな、うちにドクオ兄ちゃんさ来てな! どっか行ってな! そんでみんながけえってきてな!
んっと、あっと、ブーン兄ちゃんのことみんな悪いやつだって言って、ドクオ兄ちゃんも悪いって言って!
そんでな! そんでな! そすたらすんごい音さして、すんごい風さ吹いて、足元ガタガタ揺れてな!
みんなどっか行っちまってな! そんでオラたち森に隠れてろって言われたども、
ブーン兄ちゃんとドクオ兄ちゃんが気になってな、ドクオ兄ちゃん家さいなくてな、ここまで来たんだぁ!」
- 218: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:20:30.19 ID:Vd46qG3Z0
(;^ω^)「ちょwwwwwしぃちゃん落ち着いてwwwwwwwww」
(,,゚Д゚)「ドクオ兄ちゃん、どこ行っただ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらまくし立てるしぃちゃん。
一方、僕から距離を取っていたギコは、いつものやんちゃさなどかけらも見せず、
真剣な面持ちで聞いてくる。
(,,゚Д゚)「おっ父たち、おめとドクオ兄ちゃんが一緒だった言うてた。
音も風も地面揺れたんも、おめとドクオ兄ちゃんのせいだ言うてた。
でも、ドクオ兄ちゃんはんなことしねぇ。兄ちゃんがんなことするわけがねぇ。
怪しいのはおめだ、ブーン。おめ、何した? ドクオ兄ちゃんはどこさ行った?」
- 219: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:21:38.82 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……」
十歳にも満たないギコが、妙に大人びて見えた。
視線をおろすと、僕の足元ではしぃちゃんがすがるような目をして僕を見上げていた。
もともと嘘でこの場を取り繕うつもりはなかったが、
二人のこの視線を前にして、誰が嘘など言えるだろう?
僕は丘の上から風景を眺め、
はるかふもとのクレーター状にえぐれた大穴、神の祠の跡地を指差し、言った。
( ^ω^)「ドクオはあそこにいたお。だけど、もういないお。
ドクオは神さまと戦って、神さまと一緒に死んだんだお」
- 222: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:22:41.44 ID:Vd46qG3Z0
(*゚听)「??」
(;,,゚Д゚)「!!」
視線を戻せば、足元にはよくわかっていないらしいしぃちゃんの不思議そうな顔と、
対照的に事実を飲み込んだらしいギコの強張った顔が、それぞれ丘の上にあった。
ギコは僕の足元にいたしぃちゃんを引っ張ると、再び僕から距離を取り、
しぃちゃんを守るように自らの背の後ろへと移動させた。そして僕に向けて叫ぶ。
(;,,゚Д゚)「どういうことだゴラァ!
ドクオ兄ちゃんがいねって……神さんと死んだって何だゴラァ!」
( ^ω^)「……そのまんまの意味だお」
(,,;Д;)「……嘘だ! ドクオ兄ちゃんさ死んだなんて嘘だゴルァ!」
- 224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:23:34.05 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……」
ボロボロと涙を流すギコ。
しかし、彼は決して涙を拭おうとはしない。
潤んだ瞳で必死ににらみつけてくるその姿が、痛々しくてたまらなかった。
下唇を噛み締めボロボロと涙をこぼす彼の後ろから
顔をちょこんと覗かせ、しぃちゃんが恐る恐る尋ねてくる。
(;*゚听)「ねぇ? ドクオ兄ちゃん……死んだん?」
( ^ω^)「……そうだお」
(*;凵G)「……なして!? なしてドクオ兄ちゃんが!? ねぇ!?」
- 226: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:24:30.85 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……」
泣いて、喚いて、しぃちゃんはギコの背中に顔をうずめた。
彼女に背中を貸したまま、ギコは涙をこらえるようにうつむいている。
僕は目をそらすことなく、それを脳裏に焼き付けた。
決してそむけてはいけない何かが、今、目の前にある気がしてならなかったから。
そして顔をうつむけたまま、肩を、背中を、握り締めたコブシをぶるぶると震わせ、ギコは言った。
(,, Д )「おめが……」
( ^ω^)「お?」
(,,;Д;)「おめがドクオ兄ちゃん殺したんだ! そうだろゴルァ!」
- 229: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:26:08.10 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……」
何も言えなかった。直接的に僕はドクオを殺してはいない。
けれど彼を止められたのは僕だけで、結局僕は彼を止められなかった。
たとえドクオが死を覚悟していたのだとしても、
たとえ死ぬことがドクオの望みだったとしても、
だからといってそれが、僕がドクオを見殺し同然にした免罪符にはならない。
僕はドクオを殺していないといえばそうだし、広義の意味で捉えれば殺したともいえる。
(*;凵G)「ねぇ? ブーン兄ちゃん? 嘘だべ? 違うべ?」
( ^ω^)「……」
(*;凵G)「うあ……うあああああああああああああああああああああん!」
だから僕は、しぃちゃんの問いかけに何も答えることは出来なかった。
- 233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:27:48.76 ID:Vd46qG3Z0
ギコの肩に寄りかかり、しぃちゃんが顔をくしゃくしゃにして甲高い泣き声を上げる。
けれど、僕は目をそらさない。
そらしてはならない。そらすことなど出来ようがない。
風も遠のく丘の上。ギコの叫びが再び聞こえた。
(,,;Д;)「しぃ、泣くな! ドクオ兄ちゃんのカタキはオラが取ってやる!
ドクオ兄ちゃんより強くなって、オラがあいつをやっつけてやるだゴルァ!!」
まっすぐに見つめる僕の視線の先で、泣いているしぃちゃんを抱いたギコが、なみだ目で僕をにらみつけていた。
僕には、それがうれしかった。
流した涙をそのままに少女を守るその姿が、僕にはとてもたくましく感じられた。
そして僕は思う。ドクオの遺言を伝える必要はない、と。
ギコなら大丈夫だ。ドクオの遺志は確実に彼に受け継がれている。
贈り物は千年前からドクオに、ドクオからギコに、ちゃんと受け継がれている。
そしてギコからしぃへ、村の子どもたちへ、それらはきっと伝えられるだろう。
ああ、これで僕の役目も終わった。
そう思った――のだけれど。
- 236: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:29:19.09 ID:Vd46qG3Z0
(,,;Д;)「絶対……絶対おめぇをやっつけてやるだ!
だからそれまで死ぬんじゃねぇだゴルァ!」
( ^ω^)「……」
まいった。僕にはまた生きる意味が出来てしまった。
ギコが立派な大人になり僕を殺すその日まで、僕はまた生き続けなければならなくなってしまった。
泣き続けるしぃちゃん。泣きながら僕をにらみ続けるギコ。
二人が立派な大人になるその日まで、どうやら僕は死ねないようだ。
困ったことになった。村に留まることはもう出来ない。
ドクオの家に住み着くことも、しぃちゃんはともかくギコは許してはくれないだろう。
ならば、僕はどうすればいい?
二人が大人になるその日まで、僕はどこで時間をつぶせばいい?
丘の上から風景を眺め、誰にともなく問いかけた。
目に入ったのは、大きくえぐれた神の祠の跡地。
ドクオの死に場所であるその方角から、ひとつ強い風が吹いた。
それが僕には、ドクオの言葉のように感じられた。
- 242: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:31:07.51 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……ドクオ。君は僕に、また旅に出ろって言ってるのかお?」
風の向かう方角に目をやった。
北。これから冬が来るというのに、あんたは北へ向かえと僕に言うのか?
やれやれ。まあ、それもいいだろう。
旅の中で死んでしまえばそれまで。僕に非は無い。
生き延びられれば、ギコに殺されるため、またここに戻ってくればいい。
どうせ、あとは死に場所を探すだけの人生だ。
流れ流され、風の向くまま、気の向くまま。
向かった先のどこかに再び僕を受け取ってくれる人がいるかもしれないし、
途中で僕が野垂れ死ぬかもしれない。
そうじゃなくても、ギコに殺されるまでの時間つぶしに旅はちょうどいい。
うん。悪くない。
- 248: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:32:50.80 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……わかったお。
旅の途中で死ななかったら、いつかまた僕はここに戻ってくるお。
そのときまでに、ドクオに負けない立派な大人になるんだお?」
(,,;Д;)「うるせぇ! おめに言われんでもなるだゴルァ!」
( ^ω^)「おっおっお。楽しみにしているお」
昨夜、神の木がそびえる下で聞いた、ドクオと同じ力強い声。
僕は満足してうなずくと、荷物をひょいと担ぎ上げ、北へ向けて歩き始めた。
- 251: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:34:42.93 ID:Vd46qG3Z0
(*;凵G)「ブーン兄ちゃん!!」
最後にしぃちゃんの声が聞こえた。
振り返って眺めてみれば、しぃちゃんは最後の最後まで僕に対する疑いが晴れていないような、
複雑なまなざしで僕を見ていた。ギコの目も同じような色をしていた。
もしかしたら二人は、僕が直接ドクオを殺していないということを、
子どもならではの理屈ではなく感覚からの判断で理解してくれているのかもしれない。
けれど、ドクオの死を誰かのせいにしなければ気持ちの整理がつかなかった。
子どもの未熟な精神ではそうせざるを得ないであろう。
そうであってくれるのなら、僕は喜んで恨まれよう。
彼らがドクオの遺志を継いでくれるのであれば、僕は喜んで悪にでもなろう。
- 253: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/19(水) 03:35:53.38 ID:Vd46qG3Z0
( ^ω^)「……バイバイだお」
四つの瞳に見送られ、僕はまた歩き出した。
多分、もう会うことはない。
僕は旅の途中で死ぬのだろう。
そんな予感がした。
だから、「またね」とは言わなかった。
戻る/第四部 ― 10 ―