( ^ω^)ブーンは歩くようです

95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:32:31.22 ID:sWyXMb9G0

― 3 ―

意識が途切れてなお、僕は歩いていた。

朝日を受け銀色に輝く雪の上に足跡を残し、
太陽に照らされた赤土だけの広大な大地を通り過ぎ、
夕焼けにけぶる草原の中を渡り、真っ暗な森の中を駆け抜け、
降ってきそうな星空を見上げる。

見上げた夜空から顔を戻せば、あたりは一面、空色を反射した氷の世界。
すぐそばには隆起した氷山があって、その壁面には僕の姿が映っている。
いや、氷の中に囚われている。

その中で眠っているかのように目をつむっていた僕の姿は、パッと目を見開くと、僕を捉えてにやりと笑った。

そして僕に問いかける。



98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:34:21.07 ID:sWyXMb9G0

( ^ω^)「君はいったい、どこまで歩く?」

どこまで? 目的地なんてないよ。居場所がないから歩き続けてきただけだ。

( ^ω^)「なら君は、居場所を求めて歩き続けているのかお?」

そんなことはない。あえて言うなら、死に場所を求めて、かな。

( ^ω^)「死ぬため? 馬鹿言っちゃいけないお。死ぬ事を目的とする生き物なんていないお。
      生き物は、生き続けるために生きている。あるいは、種を保全するために生きている。
      死はその延長線上にあるに過ぎない。
      それ以前に、人間以外の生き物には死という概念すら存在しないお」

それは人間の主観に拠った身勝手な理論に過ぎない。
証拠はあるのか? すべての生き物がそう答えたとでも言うのか?
それ以前に、死こそが生の帰着点だと謳った哲学者は現にいた。



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:36:09.92 ID:sWyXMb9G0

( ^ω^)「くだらない能書きを垂れている暇があったら、僕の質問に答えてくれお。
      どんな言葉で着飾ろうと、生き物は本質として前に進むために生きている。
      人間だって同じだお。その先に何かを求めて歩いている。
      そして君だって同じだお。内藤ホライゾン」

内藤ホライゾン? 何を言っている?
僕は彼じゃない。僕はお前じゃない。僕とお前は別の意識だ。

けれども氷の中の彼は、ベーリング海峡の氷面に映った僕のものと全く笑みを浮かべて、
続けざまに問いを投げかけてくる。

( ^ω^)「なあ、君はいったい、どこまで歩く? 何を求めて、君は歩く? 
      今はまだ答えられないようだおね。答えに気がついたら、またここに来るといいお」

途端、足もとの氷は割れ、僕は何度目かの現実へと落ちていった。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:39:01.68 ID:sWyXMb9G0

(´・ω・`)「やあ、目覚めたかい? 死んでしまったのではないかと心配したよ」

低い声色に、間延びした一音一音が妙に連なった言葉。

ロシア語か。

言語野の認識から即座に意味の汲み取り体系を変更した僕は、
見上げていた鋭角状のテントらしき天井から目を移し、そばに座る男の顔を見上げた。

(´・ω・`)「飲みたまえ。体が温まる」

差し出された皿は湯気をたゆらせる液体で満たされており、
香ばしい匂いを放つそれを受け取ると、無我霧中で僕はすすった。

酸味の聞いたスープとしなびたキャベツ。ロシア料理のシチーに近いもののようだ。

すぐに中身をたいらげた僕は、活動しだした胃がさらなる食物を欲しがる声を聞いて
ようやく自分が生きていることを認識しつつ、起き上がって遅めの礼を彼にかける。



106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:40:54.31 ID:sWyXMb9G0

( ^ω^)「助かりましたお。ありがとうございますお」

(´・ω・`)「いやなに、旅は助け合いだよ。気にすることはない。
     それよりかなり衰弱していたようだからね。もう少し横になっていたほうがいい」

彫りの深いしょぼくれた眉毛の大男は、頬の無精ひげをじょりじょりと撫でながら、
つぶらな瞳を三日月形に歪めると、僕の体に毛布をかけてくれた。

(´・ω・`)「どれ、もう一杯持ってきてあげよう」

( ^ω^)「すみませんお」

男は皿を受け取ると、テントの外へと姿を消した。

しんと静まり返ったテント内で横になりながらあたりを見渡すと、
中には乱雑に置かれた毛布や食器類のほかには、
画板と思しき四角い板と、いくつかの筆しか見当たらなかった。



107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:42:23.59 ID:sWyXMb9G0

彼は絵描きなのだろうか? 

そんなことを考えながら耳を澄ますと、外からは聞き覚えのあるビロードの鳴き声と、
聞き覚えのない、別の犬らしき鳴き声が交互に聞こえた。

どうやらビロードも無事だったらしい。

ほっと一息入れていると、あの男が湯気の立った皿を手に戻ってきた。

(´・ω・`)「やれやれ、君の愛犬は僕のちんぽっぽに夢中なようだ」

(;^ω^)「僕の……ちんぽ……?」

(´・ω・`)「ははは。何か誤解しているようだね。
     違うよ、ちんぽっぽだ。僕の愛犬、旅のパートナーの名前さ」

( ^ω^)「お、おお……そうなんですかお」

それからまた夢中でシチーをすすり、腹が満たされて一息ついた。
文字通り生き返った感じがする。

腹の落ち着きとともに気持ちも落ち着き、冷静さも戻ってきて、
僕はようやく、現状について尋ねることを思い立つ。



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:44:29.99 ID:sWyXMb9G0

(´・ω・`)「僕の名はウラジミール・ショボンビッチ・アダムスキー。しがない旅人さ。
     ちょうどこの辺を通りかかった際、君の愛犬の遠吠えが聞こえてね。
     何事かと思い駆けつけてみれば、君が倒れていた」

( ^ω^)「そうなんですかお。おかげで助かりましたお。
      ありがとうございましたお、アナルスキーさん」

(´・ω・`)「うん、アダムスキーね。ショボンと呼んでくれたほうが嬉しいな。
     それに、感謝なら彼に言いたまえ。えっと……名前はなんだったかな?」

( ^ω^)「ブーンですお」

(´・ω・`)「ブーンか、いい名だ。君は良いパートナーに恵まれたね」

( ^ω^)「あ、ブーンってのは僕の名前ですお。犬のほうはビロードです」

(´・ω・`)「あっはっは! これは失敬した! どちらにしても、君は主人想いの良い犬をお持ちだ」



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:46:41.82 ID:sWyXMb9G0

ひとしきり大笑いしたショボンさん。
その口元には、大きな笑いじわが刻まれていた。

よくよく見れば、目もとにもいくつかの小じわが刻まれており、
年は四十代前後と勝手に想像された。

(´・ω・`)「それでビロード君」

( ^ω^)「ブーンですお」

(´・ω・`)「あっはっは! これはうっかり! で、ブロード君」

( ^ω^)「ブーンですお」

(´・ω・`)「あいや! 重ねて失礼! で、ビーン君」



115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:47:32.32 ID:sWyXMb9G0

まあ、名前を覚えるのが苦手な人はいつの時代、どこの場所にもいるものだ。

どちらにしても、快活な笑顔で声を上げる渋いロシア人の顔を前にすれば、
たとえ自分の名前を犬や剣や豆に間違えられたとしても、誰も怒る気にはなれないだろう。

なにより笑うショボンさんの顔は、ドクオの笑顔にとてもよく似ていた。

人種、体格、服装、顔の良さ、すべては全くと言っていいほど異なるのに、
ショボンさんの雰囲気だけは、ドクオのそれと不気味なまでに酷似していた。

だから、僕の警戒心も否応なしに薄れていく。懐の銃に手をやることすら忘れてしまう。



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:49:05.49 ID:sWyXMb9G0

(´・ω・`)「で、ビーン君。
      君はあんなところで、一体全体、どうして倒れていたんだい?」

発せられたのは当然の質問。
けれど場の雰囲気に油断していた僕は、一瞬、口をつぐんでしまった。

「北アメリカ大陸から海を越えて歩いてきました」

なんて言っても、彼には到底信じられないだろう。
かといって、うまい虚偽の理由も、病み上がりの頭ではなかなか思い浮かんではくれない。

何を言うべきか思い悩んでいると、
顔を上気させたショボンさんが身を乗り出して声をかけてきた。

(´・ω・`)「もしかして、君も『神話の道』を目指して来たのかい?」



121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:50:41.25 ID:sWyXMb9G0

(;^ω^)「お……おお?」

(´・ω・`)「おお! そうなんだね!?
      して、北に『神話の道』は続いていたのかい!?」

(;^ω^)「い、いえ……特にそういったものは……」

(;´・ω・`)「むむむ……そうか。やはりあの分岐で道を間違えたか……。
      これは引き返すべきだな……」

次々とまくし立てては、ひとり勝手に悩み始めるショボンさん。
渋い中年の外見とは裏腹に、結構饒舌な人のようだ。

腕を組んで糞づまりのように「うーん」と呻くと、
気を取りなしたかのようにさっぱりとした顔をあげ、ショボンさんはまた笑った。

(´・ω・`)「いずれにしても、ここで気づけたのは非常に助かった。君を助けて正解だったよ」

( ^ω^)「お、そう言ってもらえると嬉しいですお。それで、『神話の道』って……」

(´・ω・`)「ああ、すぐそこにあるよ。行ってみるかい? 立てるかな?」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:52:26.64 ID:sWyXMb9G0

( ^ω^)「お。多分、だいじょう……」

そう言って立ち上がろうとしたのだが、
不意に立ちくらみが襲ってきて、僕は力なく地面に手をついてしまった。
ショボンさんがあわてて僕の体を支えて、心配そうな顔で僕を覗き込む。

(´・ω・`)「厳しいようだね。三日も寝ていたんだから無理もない」

(;^ω^)「お、おお……そうだったんですかお。でも大丈夫ですお……何とかなりますお……」

しかし膝をついたまま、僕の体は一向に起き上がってはくれない。
するとショボンさんは僕を背負い、肩越しに僕を見てにやりと笑う。

(´・ω・`)「いい好奇心だ。旅人はそうでなくっちゃいけない。どれ、僕が連れて行ってあげよう」

(;^ω^)「お……何から何まですみませんお」



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:55:07.17 ID:sWyXMb9G0

背負われてテントから外に出ると、今日は雪が降っておらず、空は快晴の青さを存分に誇っていた。

あたりは黄土色をした広大な大地。
まばらな短草と山頂が白み始めた高い山々除けば、彩るものは他にない。

空腹のあまり朦朧としていて気付かなかったが、僕はこんな荒野の上を歩いてきたのかと、
自分が生きていることに対し、あらためて不思議さと縁のようものを感じる。

続けて、テントの付近を見た。
地面に打たれた杭とテントとの間に繋がれたロープの上で、ショボンさんのものと思しき衣類たちが天日干しにされていた。

耳垂れのついた防寒用の帽子。厚手の手袋。地味な色をした生地の厚い衣服。
冬へ入った季節の中、彼らは日の温もりを吸いつくそうと、目一杯風に揺らいでいた。

地面には燻りかけた薪と、その上に置かれた土鍋があり、中には先ほどのシチーがわずかに残っていた。
そのほか、荷物を積んだ僕のそり、ショボンさんのものらしき車輪のついた大きな台車が無造作に置かれている。
改めてテントを見上げてみれば、それはモンゴルのゲルを小型化したようなしっかりとした造りをしていた。

これらの荷物を見る限り、ショボンさんは正真正銘の旅人、それもベテランと言って良い程の位のようだ。

広大なユーラシアでこんな人に拾われるとは、自分の運の強さに呆れすら覚えてしまう



129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:57:22.83 ID:sWyXMb9G0

( ^ω^)「こりゃ……当分死ねそうにないお」

(´・ω・`)「ん? 何か言ったかい?」

( ^ω^)「おっおっお。独り言ですお」

(´・ω・`)「なんだ。独り言か」

背中の上の死に体のつぶやきが聞こえていたのかどうかはわからないが、
ショボンさんはそれ以上何も言わなかった。
かわりに僕の姿を見つけたらしいビロードが、黄土色の大地を駆けて僕のもとに馳せ参じてくる。

(*><)「わかんないです! わかんないです!」

( ^ω^)「おっおっお。僕は大丈夫だお」

千切れんばかりにしっぽを振りしだき、
ショボンさんの体をよじ登って僕の顔をなめようとするビロード。

懐っこい彼に頬を緩めていると、もうひとつ、別の鳴き声が聞こえてきた。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:58:35.86 ID:sWyXMb9G0

(*'ω' *)「ちんぽっぽ!」

(´・ω・`)「ちんぽっぽ。ちょっと出かけてくるから、留守を頼むよ?」

(*'ω' *)「ちんぽっぽちんぽっぽ!」

ビロードとおなじ銀色の体毛をした、猫のような顔の犬だった。
体つきはシベリアンハスキーに似ていたが、それより一回りほど体が大きい。
狼に近いビロードと差のない体つきをしている。

突然変異か、千年の間にこの世界に適応した結果そうなったのか。

どちらにせよ、ちんぽっぽという名前はいかがなものか?



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/23(日) 23:59:43.00 ID:sWyXMb9G0

(´・ω・`)「はっはっは! 可笑しな名だろう? 
      しかし、娘が付けたものでね。変える気にはならんのだよ」

( ^ω^)「そうなんですかお」

(´・ω・`)「それよりビーン君。『ペットは飼い主に似る』、という言葉をご存じかな?」

( ^ω^)「ブーンですお。知ってますお。で、それがどうしたんですかお?」

(´・ω・`)「いやね。あれを見たまえ」

テントからしばらく歩いてそう言うと、ショボンさんはもと来たテントに向け、
くるりを百八十度、身を翻した。

彼の肩越しからちんぽっぽの背面にのしかかろうとするビロードの姿が見えて、
僕は情けなくなって溜息をひとつ漏らした。



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:01:17.07 ID:HpJ3fza/0

(´・ω・`)「会って間もないというのに、毎日のようにビロード君はちんぽっぽに跨ろうとしていてね。
     彼はなかなかの好色家みたいだ。ということは、君もなのかな?」

(;^ω^)「馬鹿言わないでくださいお。でも、うちの馬鹿がご迷惑おかけしてすみませんお……」

(´・ω・`)「はっはっは! なーに、気にすることはない。
     うちのちんぽっぽも飼い主に似てるんだ。特に私の嫁にね。ほら、見てごらん?」

するとちんぽっぽは、背中に跨ったビロードを後ろ足で見事に蹴り飛ばしてしまった。
クリーンヒットを頂戴したビロードは、地面で二度バウンドすると、仰向けのままそれきりしばらく動かなくなった。

倒されてなお彼の股間でそそり立っていた陰茎が、彼の哀れさをさらに掻き立ててくれていた。

(´・ω・`)「ね?」

(;^ω^)「……おっおっお」

もはや情けなさも通り越した僕は、笑ってごまかすことしか出来なかった。



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:03:04.73 ID:HpJ3fza/0

それから半日近く、ショボンさんに背負われたまま南へと下った。

すぐそばと言っていたにもかかわらず、結構な道のり。
そんな道中でも僕を背負ってなお息一つ荒らげないあたり、ショボンさんは相当に旅慣れしているようだ。

あたりは相変わらずの黄土色と、頂に雪帽子をかぶった山々ばかり。
風景に色どりを添えるべき草木も、まばらにしか存在しない。

もともと生命の息吹からは程遠い土地柄だが、
それ以上にここもまた、千年前の戦争の影響をいまだに引きずっているらしい。



143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:04:36.14 ID:HpJ3fza/0

( ^ω^)「痩せた土地ですおね」

(´・ω・`)「ここらあたりは、ね。
      しかし神話の道沿いの大地はまだ肥沃な方だから、まあ安心したまえ」

( ^ω^)「……そうですかお」

神話の道、か。

ショボンさんの早合点のおかげで僕は神話の道を目指してきた旅人になっており、
そのため旅の理由について無駄な説明を省くことができているのだが、
「神話の道とは何か」を聞けないでいることには、正直やっかみを隠せない。

探究心の豊富な天才の脳みそを共有している身としては、これはなかなかにつらいことだ。



145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:06:24.67 ID:HpJ3fza/0

( ^ω^)(ドクオの村では探究心を押しとどめられたのに……なんでだお?)

死に際の、内藤ホライゾンとの邂逅。
そのせいで、一時的に僕の意識と彼の意識がシンクロしているとでもいうのだろうか?
それ以前に、内藤ホライゾンの意識は本当にこの体の中に存在しているのだろうか?

おそらく、彼の意識は存在しているだろう。
死に際の夢の中、氷山に囚われていた彼の姿は、彼の存在を証明する何よりの証拠だ。

では、彼が存在しているのだとしたら、どうして彼の意識は表に出てこようとしない?

(´・ω・`)「着いたよ」

( ^ω^)「お?」

疑問はショボンさんの言葉に遮られ、それ以上の驚きを前に風化してしまうことになる。



147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:07:56.83 ID:HpJ3fza/0

(´・ω・`)「ほら、あれが神話の道だ」

前を指さしたショボンさん。
そこはこれまでと違い、丈の長い雑草がひしめいていた。

違いといえばそれだけ。この雑草たちのどこを「神話の道」と呼ぶべきなのだろう?

(´・ω・`)「違うよ。もっと目を凝らしてよく見てごらん?」

( ^ω^)「……お?」

言葉どおりによくよく眼を凝らしてみると、
長い雑草に隠れるようにして、四角い人工物のような物体が目に入った。



152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:09:41.14 ID:HpJ3fza/0

( ^ω^)「屋根……かお?」

ショボンさんに背負われたまま黄土色の大地を進めば、雑草地帯が確実に目の前へと迫ってくる。
それに伴い、隠れた物体の正体が徐々にわかり始める。

四角い屋根。その下付近に、同じように角形をした物体が見える。

(;^ω^)「プラットホーム……? そんな馬鹿な……」

雑草地帯の境目に入って、はっきりとわかった。

目の前にあるのは、ホームと、その屋根。
雑草の中に隠されていたのは、紛れもない廃駅の姿だ。



155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:11:17.66 ID:HpJ3fza/0

(;^ω^)「ちょっ! 降ろしてくださいお!」

(´・ω・`)「かまわないが……大丈夫かい? ベーン君」

あるはずのない光景を前にして、僕は立ちくらみさえ覚えてしまう。

ショボンさんの間違いと気遣いに言葉を返すことすら忘れ、
それでも僕は地面に足をつけると、力の戻りきらない体で雑草地帯を掻き分けて必死に走った。

目の覚めるような緑の中、単子葉類の直葉に皮膚をわずかに割かれながらたどり着くと、
損傷はひどいものの、そこにはまごうことなきかつて駅と呼ばれていた廃屋の姿が。



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:12:29.40 ID:HpJ3fza/0

(;^ω^)「千年経っても残っているのかお……。で、ここの駅名は……」

何とか驚きを押しとどめて、地面からプラットホームによじ登り、駅看板を探してみた。
間もなく、ホーム中に転がっていた四角い板を見つけることに成功した。

拾い上げてみれば、そのほとんどは雪や雨やらで風化していてボロボロだったが、
かろうじて地名を類推できるだけの文字は遺ってくれていた。

(;^ω^)「……ルカ……ト?」

何とか解読できたのはこれだけ。
ここからかつての知識を呼び起こし、合致する地名を導き出す。

現在地はロシア東部、レナ川付近。そして、駅の所在地。

以上の条件で「ルカト」を含む地名はあるか?



160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:14:02.98 ID:HpJ3fza/0

(;^ω^)「ベ……ルカ……キ……ト……」

あった。ベルカキトだ。
ロシア東部、第二シベリア鉄道と呼ばれた、バム鉄道最北端の駅名。

(;^ω^)「……ということは」

ホームから見下ろしてみれば、そこには予想通り、なぎ倒された雑草に埋もれた
――雑草は、ショボンさんがここに来る際に倒していったのだろう
――並行した二本の錆びついた鉄の棒があった。

(;^ω^)「……線路だお」

錆びつき、枕木は朽ち果て、その合間から雑草が見え隠れしているが、
そこにあるのは紛れもなく線路だ。

遥かなるシベリア鉄道。

なるほど。「神話の道」の正体はこれか。



162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:16:13.02 ID:HpJ3fza/0

ホームから飛び降りてその先に目をやる。

線路は両脇を雑草に挟まれ、まるでそれらに守られるようにして地面に敷かれており、
どこまでもどこまでも、延々と続いているように見えた。

(;^ω^)「これが神話の道かお……それじゃ、この先には……」

(´・ω・`)「どうだね? 見事なものだと思わんかね?」

立ち尽くすだけの僕の傍らに、いつの間に現れたのだろうか、ショボンさんの姿があった。
彼は太い両腕を腰に当て、白みの混じった無精ひげを銀色に輝かせながら、後ろでくくった長髪を風になびかせていた。

わが子を愛しむように目を細め線路の先を見つめていた彼は、
顔に苦笑を浮かべると、罰が悪そうに頭をかきながら僕を見る。

(´・ω・`)「いやはや、この道を辿って行く途中でいくつか分岐があってね。
      適当に選んできたらこんなところに辿りついてしまった。
      しかし、道が途切れていたところは他にもいくつかあってね。その時は、歩いていけばまた道と合流できた。
      今回もその類いかと思いあそこまで歩いてみたのだが、いっこうに道とは合流できなくてね。
      いい加減引き返そうかと考えていた時、倒れている君を見つけたんだよ」

それから豪快に笑ったショボンさんの顔に、僕はドクオの面影を重ねることさえも忘れ、
目の前の疑問に言葉を紡いだ。



164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/12/24(月) 00:18:19.15 ID:HpJ3fza/0

(;^ω^)「ショボンさん……あなたの目指している場所っていうのは……?」

(´・ω・`)「ん? 君の村には伝わっていないのかい? 
      僕の村、ウラジオストクには伝わっていたのだがね?」

(;^ω^)「ええ……まあ……」

ウラジオストク。シベリア鉄道最東端の駅名だ。
戦争の発端地である某国とさして離れていない場所にはあったが、
立ち並ぶ鉱山の群れの守られたのか、未だに現存していたらしい。

となると、もはや「神話の道」の先は一つしか考えられない。

(´・ω・`)「ふむ……不思議な話だ。
     途中で立ち寄った村々には必ず伝わっていたのだが……まあいい」

顎鬚を指でなぞりながら訝しげに僕の顔を眺めた後、ショボンさんは再び神話の道へと視線を移した。
そして視線をそのままに、僕が思い浮かべた地名とわずかに異なった名前を、彼は口にした。


(´・ω・`)「神の国、もすかうだよ」



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